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齋藤正勝の名言

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齋藤正勝のプロフィール

齋藤正勝、さいとう・まさかつ。日本の経営者。カブドットコム社長。東京都出身。多摩美術大学卒業後、野村証券系列の野村システムサービスに入社。第一證券システム部、伊藤忠商事を経て、カブドットコムの前身である日本オンライン証券設立の中心的な役割を果たす。その後、情報システム部長、取締役、COO(最高執行責任者)などを経て、カブドットコムの社長に就任。

齋藤正勝の名言 一覧

「株価で言ったら底値。これ以上、落ちることはない。ということは、努力をすれば、必ず上に行ける」。そう考えたら、努力のしがいがあると思えてきた。


人間は、他人の運や才能に嫉妬しても、成功を勝ち取るために費やした努力には嫉妬しない。


私が毎日心がけてきたのは、たいしたことではありません。「少しでも相手の期待以上のものを返す」、その積み重ねでいまがあります。


人の意見にもまれて初めて、その提案は「相手のためのもの」になるのです。そういう意識で行動し、提言を続けることが、いつか大きなリターンを生み出すものだと思います。


いくら相手のことを考えてやっても、すべてが受け入れられるとは限りません。私もたくさんの企画や提案をしてきましたが、すぐに採用されたことなどほとんどありません。しかし、それでいいのです。提案に甘い点があったらそれを指摘してもらい、改善して股提案すればいいのです。


注意が必要なのは、自分の評価のためではなく、あくまで相手のためになることをやるということです。自分の日記代わりに書いたブログより、読者に役立つ情報が書いてあるブログの方が人気があるのと同じ理屈です。そう考えることで、自然に相手の期待を上回る行動がとれるようになります。


毎日30分早く出社すると、偉い人に顔を覚えてもらえます。経営者や責任あるポジションにいる人ほど、早めの出社を実践しているものです。そういうキーパーソンから「あいつはいつも頑張っているな」と認識してもらうことが、異動や昇進など、思わぬところでプラスに働くこともあるはずです。


始業前の時間は電話もほとんどかかってきませんし、頭もスッキリしていますから、落ち着いて仕事に取り組めます。会社の仕事ではなく、自分の自己啓発のために勉強をしたっていいのです。たかが「1日30分」でも、毎日続ければ1か月で10時間、1年なら120時間分にもなります。これだけの時間、何かに集中して取り組むというのは大きいのです。


お勧めの習慣は「毎日30分早く出社する」ことです。私は社会人になってからずっとこの習慣を続けています。プロ野球で、選手がプレイボール直前に球場入りするなんて聞いたことがないでしょう?試合開始の数時間前からウォーミングアップをするのが常識です。それと一緒で、サラリーマンもぶっつけ本番で仕事に挑むのは、姿勢としてどうなのかと思うのです。


現場で作業をしていると、各支店の雰囲気や支店長の仕事ぶりなど、いろいろ見えてくるものがありました。最初は、気づいたことを自分のために書き留めていたのですが、どうせなら会社に役立つ情報にしようと思い、自分なりの情報分析と提言として、40の支店の経営分析レポートを経営企画室に持ち込みました。先方でも現場の情報が不足していたらしく、ずいぶん喜んでもらいました。それ以降、システムの仕事に直接関係のない場合でも、なにかと情報や意見を求められるようになりました。


この業界に限らず、いかに先んじて変化に対応できるかが、勝利への近道と考えています。


私は「同業他社と差別化し、勝ち組に」という意識で経営してきたつもりはまったくありません。「顧客ニーズ最優先の事業展開を進めて行こう」の一心でやってきました。今後もその姿勢でやっていこうという考えに変わりはありません。


国内の証券会社で初めて「競売買の方法によるPTS(私設取引システム)運営業務」の認可を受け、個人投資家主体の株式の夜間取引市場を開設しました。それは徹底した事前調査によって、とくにビジネスマンなど昼間の時間が制限される層の高いニーズがあることがわかったからです。


世の中、9割の人は当たり前のことができていません。当たり前のことをしっかりやればそれだけでトップ1割に入れます。さらに自分なりの工夫によって期待された以上に応えれば、一割の中の一割に入れるのです。


株価で例えるなら、誰もがPER(株価収益率)を高く評価してもらいたいと思いがちですが、実力以上の割高なPERは下がるだけです。一方、割安のPERは実力を発揮すれば上昇トレンドに入れます。実力は割安に評価された方がおいしいと思うべきです。次のチャンスにつながったら、また期待以上に応えていけばいいのです。


自分のやりたいことを上に言い続けても、全部ができるわけではなく、余計なことを言って怒られることもあります。でも憎まれはしません。大切なのは己の分をわきまえることで、やりたいと打診し続けて、いいよと言われるまでは絶対にやらない。そして、OKが出たら必ず期待された以上に応える。すると安心感を持ってもらえます。


天下の三菱が我々を認めてくれ、のれんを使ってもいいと言いました。僕はオーナーシェフではなく、あくまで雇われ店長なので、ものを借りる相手は大きければ大きいほどいい。名前を借り、お金を借り、人を借り、何倍もテコを利かせて利息を返す。返せば評判や信頼という財産がたまり、それをもとにまた借りられる。その繰り返しです。
【覚書き|三菱東京UFJ銀行と業務資本提携をしたときの発言】


普通なら20年くらいかかるのを10年ぐらいで到達できたのは、相手に5を求められたら、必ず7とか10にして返してきたからです。


日本オンライン証券(カブドットコムの前身)を設立した当時、ITバブル崩壊で市況は低迷していて、増資が必要でもどこも応じてくれませんでした。僕は取締役部長として個人で駆け回り4000万円集めました。親戚にも10万円単位で借り、消費者金融へも通いました。そのときはトンネルでもゴールは先に見えていました。それでも本当にきつかった。


伊藤忠は人が、僕は看板が欲しかった。マイクロソフトにも出資を仰ぎ、自前のシステムを連日徹夜で作って、日本オンライン証券(カブドットコムの前身)を設立しました。
【覚書き|第一證券から伊藤忠商事に移りネット証券立上げた時を振り返っての発言】


システム部門は金食い虫に見られ、支店では邪険に扱われました。嫌われないよう、事前に営業マン全員の名前を憶えて懐に飛び込むと結構可愛がられました。そうして集めた各支店の情報を、今度はレポートにまとめ、本社のエリート部門の経営企画部に持っていきました。生の情報ですから重宝がられ、以降、何かと呼ばれてはアイデアを求められました。実質、経営企画部付きのお抱え軍師みたいになって、お歴々にも謁見できる身になりました。
【覚書き|第一證券システム部時代を振り返っての発言】


ゼロどころかマイナスからのスタートでした。自分もSEになりたいといい続けながら、毎日会社で合間に資格のための勉強をしました。戦国時代の百姓が侍になりたいと刀を振り回してアピールしたようなものです。
【覚書き|大学卒業後、野村証券系のシステム会社にSEとして採用されたが、無資格だったため夜勤のオペレーターに回された当時を振り返っての発言】


社長室を使わないのは、牢屋じゃないんだから何で牢屋に入らなきゃいけないんだよという感じです。うちはお誕生日席も何もないんですよ。みんな机も椅子も同じ向きにしちゃいました。いやなんですよ。意味ないじゃないですか。だから、あっちこっちチョコチョコと動いています。落ち着きがないくらいに。


作ろうとしているシステムには、絶対の自信があった。その仕事を続けていこうと思ったら、独立という道へ自然に絞られてきました。


たとえて言えば、ウチでしか食べられない世界一美味しいラーメンを作りたかったんですよ。他社と同じシステムを使うということは、他人が作った麺とスープを仕入れてラーメンを出すようなもの。それではオリジナルの味でお客さんを呼ぶことはできないと思った。


当社は昨年8月からKDDIとも連携し、新たなビジネスを模索しています。前面に出るのは別の大企業であって、当社は裏側でそれを支える黒子であればいいと思っています。金融インフラを作り、システムや付随サービスを売る戦略です。


ベネッセさんが協働してくれたのも、こちらの本気度が伝わったからだと思います。もちろん、当社が切り込み隊長となって、後ろに控えるMUFG(三菱UFJフィナンシャル・グループ)など他の金融機関にも広がることを期待してのことだとも思います。


事業計画書を作って、プレゼンさせてもらおうと、いろいろな会社を訪ねました。でも、ほとんどが門前払い。考えてみれば、そのときの僕は何の後ろ盾もない「フリーターの齋藤」だったんです。相手にしてもらえないのは、当然でした。しかし、諦めずに続けていたら「一緒にやろう、ウチの社員になれ」と、伊藤忠商事の小林栄三社長が声をかけてくれたんです。


第一証券に入社したとき、最初はみんなと意見が合わなくて、戸惑うこともありました。でも、それは新しい職場を前の職場と比べている自分に原因があったんですよ。わかりやすく言うと、新しくできた恋人を昔つき合っていた彼女と比べるようなもの。その考え方を捨てることができれば、自分の熱意は新しい恋人に伝わると感じたんです。


張り切り過ぎちゃって、倒れたんです。入退院を2回も繰り返して、これで自分が担当したプロジェクトも中断してしまうと思ったら……。何の影響もなかった。結局、自分は会社の歯車で、僕の代わりなんかいくらでもいるんだという、大組織の底力を思い知らされました。

【覚え書き|SE時代を振り返って】


音楽の世界は残酷だなと思いました。僕よりも圧倒的にレベルの高い作品をつくる連中がゴロゴロいた。しかも、鼻唄を歌いながら気楽に譜面を書いていたりする。芸術の世界には、音楽でも、絵画でも、天才的に上手い人間がいて、悔しいけれども、努力だけでは彼らに追いつけない。その現実を知って、僕はこの世界では生きていけないと痛感したんです。夢に挫折して、仕方なく就職した先が、この(証券)業界だったんです。


上司とのコミュニケーションは、言葉を交わすことだけじゃないのを知っておくべき。たとえば飲み会で意気投合しても、ミスをしたらコロッと評価が変わったりします。また、ご機嫌とりばかりでは、他の上司や同僚から嫌われます。でも、「彼とはじっくり話したことがないけど、いつも朝早く仕事してるな」という評価は手堅い。「早出(はやで)」は、毎日無言のコミュニケーションを積み重ねるのと同じなんです。だから、たとえミスをしても「一生懸命やってるんだから許してやろう」と思ってもらえる。


まず、「真面目にがんばっている人」というブランド感を獲得することが大事。そこでおすすめしたいのが「早出(はやで)」です。私の知る限り、課長・部長など管理職クラスの人は始業時間よりも早く出社していることが多い。毎朝気持ちよく挨拶する部下がいれば、あいつは他の若手と違ってマジメだと印象に残る。


金融村の思考だと、どうしても商品を販売して顧客になってもらうことが目的になってしまいます。しかし、取り扱う商品の多角化は限界にきているので、ITと金融を融合したフィンテックを新たなビジネスに据える流れが業界で目立っています。カブドットコムはどんどん金融機関ではなくなっていく。


多くの方が株取引を始めるのは、在職中はやらなくて、あるいは会社からやらせてもらえなくて、退職金を手にした60歳とか65歳になってから、特別勉強もせずに、やりながら覚えていく、または近所の知り合いに聞きながらとか、対面証券に頼るパターンなどです。今回の取り組みは、取りあえず準備体操をしてからプールに飛び込んだ方がいいですよ。その際は、当社のような金融機関が前面に出るのではなく、教育のプロと組んだので、そのカリキュラムに従って勉強しましょうという発想です。

【覚え書き|ベネッセと制作した投資教育カリキュラム「カブスタディ」について】


齋藤正勝の経歴・略歴

齋藤正勝、さいとう・まさかつ。日本の経営者。カブドットコム社長。東京都出身。多摩美術大学卒業後、野村証券系列の野村システムサービスに入社。第一證券システム部、伊藤忠商事を経て、カブドットコムの前身である日本オンライン証券設立の中心的な役割を果たす。その後、情報システム部長、取締役、COO(最高執行責任者)などを経て、カブドットコムの社長に就任。