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鶴岡秀子の名言

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鶴岡秀子のプロフィール

鶴岡秀子、つるおか・ひでこ。日本の経営者。「ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト」CEO(最高経営責任者)。東京出身。日本大学経済学部卒業後、(株)ロベリア、朝日アーサーアンダーセン、サイバーブレインズ取締役などを経てザ・レジェンド・ホテルズ&トラストを設立。

鶴岡秀子の名言 一覧

営業や接客で大切なのは「お客様に好かれること」ではなく、「お客様を好きになること」。自分が相手に好意を持つと、相手からも好かれます。


夢の実現に動き、周囲に夢を語ると応援してくれる人が現れます。


妄想は「思う」だけ。夢は「行動」を伴うもの。


アクションは最高のメッセージであり、人に語ると夢は成長する。


一日一日進めるところまで進むことが大切。周囲の協力は一朝一夕で得られるわけではありません。1歩進むと応援してくれる人がほんの少し集まり、さらに1歩進むとまた少し集まってくれる。私はこうやって1600人の株主の賛同を得ました。夢を少しずつ実現する姿を見て、周囲の人は信用してくれるのでしょう。


自分の売りたいもののことはひとまず忘れて、お客様の本番を共有するよう心がけることが大切。お客様の本番はお店を出た後にあります。その服を着てどこへ行こうとしているのか、その思いを共有できると商品は勝手に売れていきました。


鶴岡秀子の経歴・略歴

鶴岡秀子、つるおか・ひでこ。日本の経営者。「ザ・レジェンド・ホテルズ&トラスト」CEO(最高経営責任者)。東京出身。日本大学経済学部卒業後、(株)ロベリア、朝日アーサーアンダーセン、サイバーブレインズ取締役などを経てザ・レジェンド・ホテルズ&トラストを設立。

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