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駒崎弘樹の名言

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駒崎弘樹のプロフィール

駒崎弘樹、こまざき・ひろき。日本のNPO設立者。NPO法人フローレンス代表理事。東京都出身。慶応義塾大学総合政策学部在学中にITベンチャーを立ち上げ社長を務める。その後、母親の知人が子供の病気のため仕事を休んだことを理由に解雇されたのを知り、病児保育問題についての活動を開始する。そのほか、慶應大学SFC研究所訪問研究員、医療法人小坂成育会 監事、経産省ソーシャルビジネス委員会 委員、NHK中央審議会委員などを勤めた。

駒崎弘樹の名言 一覧

倫理観を失うと、信頼そのものが崩れる。


悪人の秘密結社を倒せば一発で世界が変わるというものではないと思います。必要になるのは、当たり前のことを静かに積み重ねていくような地味なアプローチだと思います。


自分の家族と夕食を食べる時間があって、子どももかわいがって。自分の最も近くにいる人たちをきちんと幸せにするという姿勢なくして、社会を幸せにしようというのはおこがましい。だから僕は島耕作にだけはなるまいと誓ったんです。


私の原動力は感謝欲だと思います。感謝されるのが本当に気持ちよくて。たとえば病児保育をやっていると、「これがあったおかげで3人目の子どもを産もうと思った」と言ってもらえることがあります。ベタですけど、そういう声を聞くと、やっていてよかったなあと。


僕らの世代は、批判のことを「DIS(ディス)る」といっています。DISはラップ文化のひとつですが、僕らの世代は社会をDISることに限界を感じているんです。タイタニック号が今まさに沈没しようとしているときに、「船長、ダメじゃん」とDISっても、何にもならないですよね。だとしたら、もう自分たちで穴をふさぐしかない。DISるのは後でもできるから、とりあえず板とトンカチ持とうぜ、という気持ちで社会起業する人が多いのだと思います。


何か変えようとするなら、その対象に触れないといけないはずです。でも、典型的知識人にはそれが足りなくて、概念としての日本を語って満足しているように見えます。それは企業人も同じ。


上の世代の方々に伝えたいことがあります。男性が仕事に全人生をささげる「課長島耕作」的な価値感で、日本を、日本の未来を語らないでほしいのです。職場での責任を果たしながら、家庭と地域社会にも参画し、自己実現しようと、僕らの世代は挑戦しています。それを、「いまの若いやつらは草食系で……。俺らの時代は朝まで働いた」といった話で、潰さないでほしいと思います。


現在、厚生労働省の(男性の家事・育児進出を応援する)「イクメンプロジェクト」の一員をやっています。実は最初、こんなことを国レベルでやること自体、ナンセンスだと思っていました。でも、戦略コンサルタントであるとか、一線でばりばり仕事をしている男性たちがイクメンの賞に応募してくるなど、予想以上に盛り上がっています。僕らは、新しい夫婦像、家庭像を生み出していく世代なのだと感じます。


子どものいない男性から、「自分はまだ一人前じゃないから子どもが持てない」という相談をよく受けます。そこで僕は言うんです。あなたが一家の大黒柱になることは、たぶん一生ないと思うよ、と。今後、賃金が上がるかどうかわからないし、あなたの会社が将来あるかどうかもわからない。待っていたら、奥さんは産み時を逃すかもしれない。もし子どもが欲しいのであれば、どんな家庭を作りたいか、ビジョンと照らし合わせて産んでみる。その代わり、男性もきちんと家事・育児に進出していこうよ、と。


ワークライフバランスはもはや福利厚生ではなく、生産性の向上、離職率低下による人事コスト削減等、「経営戦略」としてとらえるべき問題です。


短い時間で従来と同じかそれ以上のアウトプットを出し、生まれた可処分時間を自らの付加価値向上に投資する。そんなサイクルを持つ人が、今後求められる社員。


もちろん会社のために一生懸命働いてもいいと思います。でも僕らは、会社に所属すると同時に、社会の住人でもあるという多元的な所属をするべきだと思います。多元的に所属していれば、会社が社会に対してよろしくないことをしたときにも、迷うことなくいさめたり、内部告発できます。


島耕作がサラリーマンのロールモデルになる時代は終わらせなきゃいけないと思います。島耕作は会社の中で地位を向上させていくことが自己実現で、家庭を顧みず、離婚して、育児もノータッチ。それで本当にいいのかと。


世の中を変える勝利というと、僕らは得てして「バーン、ドッカーン、どうだ」と、ローマの凱旋式みたいな派手な勝利を思い浮かべます。しかし実際に僕が経験した歴史的改革は、そうじゃなかった。世の中を変える一歩というのは、誰にも注目されず、拍手すらされません。でも、それでいいのです。たぶん気がついたらいつのまにか、するっと変わっているという変わり方が、日本社会に大きな変化をもたらす気がします。


僕らが発展するだけでは意味がないのです。僕らは今、「おうち保育園」を9園やっていますが、それが20園、30園になっても、待機児童問題は解決しません。待機児童を減らすには何千という園が必要で、そのためにはいろいろな参入プレーヤーが入ってきて、業界全体で発展していったほうがいい。


興味を引かれていろいろ調べてみたら、アメリカのNPOはボランティアではなく、ビジネスの手法を使って社会問題を解決するソーシャルビジネスという形が多いということがわかりました。収益を出しながらやっていくなら長続きしそうだし、日本でもできるのではないかと思って、僕も社会起業という形でやることにしたのです。


2年くらいITベンチャーをやって、これは自分が本当にやりたいことではないなと。じゃあ何をやりたいのかと自問自答して浮かんできたのが、社会をもっとよくすることでした。


乳幼児期の子育てを考えるうえで私が重きを置いているのは、いかに子供の「心のOS」を育むかということ。人を大切だと思ったり、自分と同じように人も傷つくのだということを理解させることが最優先であり、それもできないうちから英才教育を施すべきではない。豊かな「心のOS」を育むには、子供とじっくり向き合い、その行動の意味を理解し、個性を伸ばしてあげることが大切。


NPOは「よいことをする」という前提があります。しかし、何が善であるかを判断するのは難しい。どんなに「いい」といっても独りよがりになってしまいます。やはり歴史的に積み上げられた思考の枠組みを根拠にした方がいい。


ワークライフバランスは、日本にとって重要な概念になります。これまで日本の市民社会は脆弱だといわれてきましたが、それは30代、40代の働き盛りの男性が、市民社会に一切タッチしてこなかったからです。しかし、可処分時間を手に入れたビジネスパーソンたちがパブリックな事柄に参加し始めれば、市民社会の厚みが増していくでしょう。


ワークライフバランスというと日本では、「女性のもの」「子育て支援」という文脈で語られることが多いですよね。しかしもともとは欧米で、産業構造の変化から生まれたものです。労働市場でのニーズは、ものづくり中心の工業経済下で必要だった「長時間働き続ける工員」から、知識経済下で必要な「付加価値を発想してくれるできる人」に移った。付加価値を生み出すには、勉強したり、社外の人とコミュニケーションを取らなくてはならない。そこで出てきたのがワークライフバランスです。会社が社員の人生に配慮して生まれた考え方ではなく、ビジネス上の要求なのです。その一番のポイントは長時間労働の是正です。


NPOはノット・フォー・プロフィット。利益の最大化ではなく、社会的課題の解決そのものを最大の目標とする団体ですね。このため、運営資金は国の補助金や民間からの寄付に頼りがちで、自立できないところが多い。特に日本では「ボランティアの集団=NPO団体」と見なされる傾向が強く、善意のみで動く組織と思われがちで、継続的かつパワフルに社会的な課題を解決する存在にはなり得ていませんでした。そこで欧米から社会起業という考え方が出てきました。経済的に自立し、持続可能な事業によって社会を変革していくのだ、と。この潮流の中で、私自身も国が再配分の中心となってセーフティーネットを構築するのには限界があると考え、ビジネスの手法を活用し、包摂力のある大きな社会を作ることを目指しています。


ビジネスパーソンこそ、積極的に寄付をするべきだ、と私は思います。ビジネスの基本は人に与え、喜んでもらうこと。自分の都合を押しつけるようでは売り上げや利益には結びつきません。短期的な投資効果にとらわれず、いかに相手の役に立てるかを考えることが成果につながります。そうしたセンスを磨くうえで、寄付はすごくいい訓練になるのです。


「情けは人のためならず」という言葉がありますが、実際に寄付は、寄付する人にとっても、巡り巡って得るものが大きい、ハイリターンの投資行為と言えます。例えば、ある復興支援団体に寄付すれば。その瞬間から当事者の目線で、より深く物事を見つめるようになります。そこから学べるものの大きさも、ただの傍観者とはまるで違います。被災地で奮闘するその団体の職員やボランティアたちと同じフィールドに立つためのチケットが寄付なのです。


駒崎弘樹の経歴・略歴

駒崎弘樹、こまざき・ひろき。日本のNPO設立者。NPO法人フローレンス代表理事。東京都出身。慶応義塾大学総合政策学部在学中にITベンチャーを立ち上げ社長を務める。その後、母親の知人が子供の病気のため仕事を休んだことを理由に解雇されたのを知り、病児保育問題についての活動を開始する。そのほか、慶應大学SFC研究所訪問研究員、医療法人小坂成育会 監事、経産省ソーシャルビジネス委員会 委員、NHK中央審議会委員などを勤めた。