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間寛平の名言

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間寛平のプロフィール

間寛平、はざま・かんぺい。日本のお笑いタレント。高知県出身。12歳のときに大阪に引っ越す。高校卒業後、歌手を目指して上京するも挫折。すっとんトリオに弟子入りし、新世界のストリップ劇場「温泉劇場」で幕間コントに出演し修行する。その後、吉本新喜劇の研究生になる。以降吉本で頭角を現し人気芸人となった。

間寛平の名言 一覧

走ると嫌なことも忘れる。僕も借金から逃げずに、死なずにやってこられたのも、やっぱり走ってたからかなあ。


小さい一歩を踏み出すことで、周りの空気を変えていければいいと思ってる。


いまでも、走るなんて、好きやないですよ。しんどいもん(笑)。ただ、地球を走って一周するなんて、考えただけでもワクワクするやないですか。誰もしないから、しんどくても楽しいんです。


ヨットの学校に行って、免許も取って、いざいけると思って海に出たら、「あれ、違うわ」となって。航海中は「なんで? なんで?」の連続でしたね。


アースマラソン中は「まあ、いつか着くやろ」という感じ。いつも力入れてたら、くったくたになりますわ。


人間関係を円満にするコツは、とにかく「甘えること」ですね。人は、自分に甘えて頼ってくる相手とは敵対しないんです。地球一周に挑戦したアースマラソンでもね、現地のコーディネーターとか、怪しい人もいますよ(笑)。でも僕が甘えていくと、彼らも態度が変わってきます。そしたらもう安心です。


吉本でも才能ないし、セリフももらえんし、もうやめたいなぁと思ってたときに、芸人の木村進の励ましで思い直した。彼とはいいライバルでね。24歳のときに吉本新喜劇で木村とコンビで2人座長になったんです。でも一本立ちして1人で座長やれと言われたとき、それまで木村に頼ってたから僕は全然仕切れないわけ。そんなとき、めだかちゃん(池乃めだか)が入ってきて、僕をサポートしてくれてね。彼らがいなかったら、多分僕は潰れてたと思うよ。


芸能生活は40年以上になりますけど、僕はホント、人とのつながりだけで、ここまでやれてきた。芸能界に入ったのも、交通事故で入院したときに見舞いに来てくれた同級生の紹介だし、吉本に移ったのもその友だちの知り合いの喫茶店のママさんに仲介してもらったから。あの日彼が見舞いにこなかったら、当時やっていたタイル職人を今でも続けていたかもしれんね。


人に甘えて、そのつながりだけで生きてきた人間ですから、そのつながりは大切にしないといけません。だからこそ新年のごあいさつとなる年賀状は、毎年心を込めて、全部手で書いてるんです。お世話になった人、先輩後輩、吉本の関係者や芸人仲間たち、さらに高校の先生や野球部の先輩とも、ずっと年賀状を送り合っていますよ。全部で何百枚もあるから、書くのはメチャメチャ大変ですわ。でも、僕はパソコンとか、あまり使えんしね(笑)。気の利いたことなんて書けませんけど、手書きだと、やっぱりもらったときにあったかいでしょ。もらったときも、その一言がうれしいんです。


アースマラソンはもともと思いつきで始まった。ゴルフの帰り道、「世界一周走る!」って、天の啓示やないですけど、ふと降りてきたんです。まあ、それまで「自分にしかできないもんはないか?」ってずっと考えていたからでしょうけどね。


僕が中国に入るちょっと前に蘭州や西安で反日デモがあって。いやな気がしないでもなかったけど、そういう街に入るときは、あえて日本の国旗を胸につけて走ったんです。袋叩きにあおうが、こんなことで弱音を吐いてたらアカンと思って。でも、逆に中国の若い人たちは「ニッポーン」って手を振ってくれたりして、やっぱり、触れ合わんとわからんことがあるんやなと。


初のフルマラソンだったホノルルを3時間13分で走ったことで、なんか挑戦する面白さを見つけたのかもしれんね。当時は「芸人が身体鍛えて、どないするんや」とか、さんざん嫌味も言われたけど、言われたからこそギリシャのスパルタスロンへも挑戦したし、今回のアースマラソンにも結びついていったんじゃないでしょうか。


「地球を一周してくるわ」と、いろんなところで話しては、みんなを巻き込んでいったんです。結局、「東京オリンピック・パラリンピックの招致大使」として認められ、09年10月2日までにIOC総会が開かれるコペンハーゲンに到着しなければならないという絶対条件ができたんですけど、おかげで日本テレビと電通、吉本興業が三分の一ずつ出資する制作委員会ができあがり、借金しないで済んだんです(笑)。


30代は地獄でしたよ。借金だらけで、もう明日という日がないぐらい、すごい取り立てに追われていましたから。その筋の怖いお兄さんたちが吉本新喜劇の楽屋に訪ねてきたり、家に押しかけてきたり。そんなとき、マラソンの瀬古(利彦)選手が夢の中に出てきた。それがきっかけで実際に自分も走り始めたんですけど、どっかで取り立てから逃れたかったからかもしれませんね。走っているときだけは追っかけてきませんでしょう?(笑)


東京行きを決めたとき、はじめは周りのみんなから反対されたんです。「寬平ちゃんの芸は大阪向きやから、東京では無理ですよ。絶対、ウケませんから」って。でもやっと、神様が降りてきてくれたんやないですかね。東京の初代マネジャーだった比企啓之という男の頑張りもあって、ギリシャの鉄人レース・スパルタスロンで走っている姿を、テレビが放映してくれて、すごく話題になった。そこから仕事も一気に増えて、僕の人生もどーんと変わっていったんです。


間寛平の経歴・略歴

間寛平、はざま・かんぺい。日本のお笑いタレント。高知県出身。12歳のときに大阪に引っ越す。高校卒業後、歌手を目指して上京するも挫折。すっとんトリオに弟子入りし、新世界のストリップ劇場「温泉劇場」で幕間コントに出演し修行する。その後、吉本新喜劇の研究生になる。以降吉本で頭角を現し人気芸人となった。

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