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長谷川滋利の名言

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長谷川滋利のプロフィール

長谷川滋利、はせがわ・しげとし。日本のプロ野球選手。兵庫県出身。東洋大学附属姫路高等学校野球部時代、甲子園に3度出場。立命館大学野球部でエースとして活躍。大学卒業後、ドラフト1位でオリックス・ブルーウェーブに入団。その後、メジャーリーグに挑戦し、アナハイム・エンゼルス、シアトル・マリナーズなどで活躍した。

長谷川滋利の名言 一覧

励ましの言葉は、相手の悲しい気持ちに「共感」していることを伝えるのがコツ。


体調が万全でない時にチームメートから気遣いの言葉をもらえると嬉しいもの。私は誰かの体調が気になった時は、自分から声をかけるようにしています。


自信を失って悩んでいる時の特効薬は、自分がベストの結果を出していた状態を強くイメージすること。


何を言っているか聞き取れないと、自信がなくなる。だから、まずはリスニングを強化しました。


教科書通りの堅苦しいフレーズで、逆に相手を堅くさせてしまうケースをよく見かけます。「とにかく丁寧に言えば相手は気を良くする」というのは、日本人の大きな勘違い。肩肘張らない自然な表現の方が、相手を慮る気持ちが強く伝わります。


アメリカ人はYESとNOをはっきり言うと思われがちですが、「少し考えさせて」とワンクッション置き、相手の気分を害さないようにするのは日本人と同じです。


日常会話で相手が気にするのは、「興味を持ってくれているかどうか」。ですから、素直に思いついた感想を伝えましょう。


初対面の相手と打ち解けるのが得意な選手に共通するのは、人を褒めるのがうまいこと。そんな彼らを見て、私も褒め上手を目指すようになりました。


「紹介」を通して人脈を広げることは、アメリカで成功するための絶対条件。プロスポーツの世界もビジネスの世界も、さらには日常生活でも、紹介によって物事がうまく進んだり、得をしたりすることがあるからです。


お礼を言う瞬間は、相手と親密な関係を築くチャンス。


いきなり「助けてほしい」なんて言われたら、誰でも警戒します。大事なのは、その前に理由を伝えること。理由をはっきり伝えれば相手の共感を得られます。


頭に血が上っていた状態では、いくら弁明してもこじれてしまう。誤解を解くには互いに冷静になること、誤解を受けた側が真摯に言葉を尽くすことが大事。


意外に思えるかもしれませんが、反論する際に相手の気持ちを慮って言葉を選ぶ傾向は、日本人よりアメリカ人の方が強い。


とにかく初めは、生の英語に慣れること。そして、使えそうなフレーズを丸暗記してしまう。もう一度受験勉強をする気持ちで反復し、ある程度基礎が身につくところまでやったら、後は楽しめるように遊び感覚で英語学習に向かうといい。


立命館大学の野球部時代に、米シアトルで開催された親善試合に参加したことが、英語を本格的に始めるきっかけでした。大学でも英語の勉強はしていましたが、実践的な英語は未経験だったので、全く通じなかった。その時に、「ああ、俺ってこんなに英語ができないんだ」と痛感して。そこからですね、英語の「勉強熱」が高まっていったのは。


聞き上手になるためにまず実践したのは、相手が強調したいフレーズや単語をリピートする方法でした。「なるほど、なるほど」と自然な相づちを打つ感覚で、フレーズや単語を繰り返します。繰り返した言葉が相手が言いたかったこととズレていても、「ちゃんと聞いてくれている」ということは伝わります。


様々な国や地域から個性豊かな人間が集まり、ひとつのチームを作っているのがメジャーリーグの球団です。そんな環境で信用を得るために、私は「話し上手になるより先に、聞き上手になること」を目指しました。


一人ひとりが自立したプロの世界では、「コーチだから偉い」という理屈は通りません。これはビジネスの世界でも同じだと思います。名の通った監督や経営者ほど目下の人への表現に気を配っている印象がある。


日本人があまり話さない話題の1つは家族。アメリカでは、ビジネスシーンか否かにかかわらず、相手の家族を気遣ったり、自分の家族の近況を伝えたりすると、相手に心を開いていることを示せます。


英語初級者で気をつけたいのは「質問を練習しすぎない」こと。そこだけ流暢に話してしまうと、相手は「英語が分かる人だ」と勘違いして、普段の速さで返事をしてきます。「相手に散々しゃべらせたのに、実は理解できていなかった」となったら、ちょっと失礼。そうならないように、あえてゆっくり話しかける工夫も必要。


政治や宗教の話題は避けましょう。外国に住む人たちは、そうした話題に敏感です。政治や宗教について尋ねられても「今は何とも言えないです」などとお茶を濁すのも、友好な関係を築くコツ。


人を紹介してもらう時に遠慮は不要です。「自分よりずっと上の立場の人を紹介してもらうのは失礼じゃないか……」と心配になる人もいると思いますが、アメリカには社員と会社のトップが気軽に挨拶を交わすような習慣が根づいているので問題ありません。むしろその積極性が評価されるかもしれません。


感謝の気持ちを伝える時、フレーズと同じくらい重要なのが、表情や目線、声のトーンです。たった一言でも、相手の目を見て丁寧に言えば、深い感謝の気持ちが伝わります。一方、視線を外してそっけなく言えば、「感謝なんてしてないよ」という意思表示になる。


アメリカで相談事を円滑に進めるコツは、「アドバイスを下さい」と一方的に頼むのではなく、「一緒に考えて、解決してもらえませんか」というように自分の身になって考えてもらうこと。「これまでに私と同じ問題を抱えたことがありますか?」と尋ねてもいいと思います。


相談相手を褒めて持ち上げ、気分よくさせるのも効果的です。その方がアドバイスを得られやすい。例えば、成功の秘訣を聞き出したい時は、「どんなトリックを使っているのですか?」と、大げさに驚いたようなジェスチャーを入れて尋ねてみる。笑いを誘えるので、秘訣を教えてくれる空気が出来上がります。少し「照れくさい」と感じるかもしれませんが、アメリカではこのぐらいが普通。


ビジネスの場で「揉め事を丸く収めようとする意識」は、日本人よりアメリカ人の方が強いと感じています。理由は「人の異動が激しい」ことが挙げられます。例えば、メジャーリーグの選手や監督・コーチは「今は敵だが来年は味方かも」「今はこのチームを離れるが、また戻ってくるかも」などと常に考えています。だから、揉め事は極力起こしたくないし、険悪な関係は引きずりたくないと考えます。


アメリカ人に対して上手に謝罪するコツは、迷惑をかけた理由を丁寧に説明すること。「故意ではなかった」ことを添えると効果的です。アメリカでは、「理由を言う」という意味で、言い訳はした方がいい。謝罪の言葉を言うのではなく、説明をしながら謝罪の気持ちを伝えるのがアメリカ流と言えます。


勝手に勘違いして激高する相手の場合、腹が立つこともあります。それでも私はその日の晩にメールで真意を伝え直すなど、自分から誤解を解く努力をしています。それがアメリカで良い人間関係を築く1つのコツだと思っています。


交渉や商談の場で相手に同意を求めるようなケースでは、相手に気を遣わせないことが大切です。そのためにはまず、「上下関係」を取り払うといいでしょう。自分が相手より上の立場なら、目線を落としてフレンドリーに。丁寧な言葉を使って同意や賛同を求めます。自分が下の立場の時は、へりくだりすぎて壁を作らないように注意しましょう。「alliance(同盟関係)」の空気を作るのがコツ。


「アメリカ人に何かを伝えるときは、強くハッキリ言わないと駄目」と考えている人は少なくありませんが、実際には、アメリカでの生活、特にビジネスシーンでは、日本と同様に「相手を気遣ったソフトな表現や遠回しな言い方」が好まれます。アメリカ人は、「強く言われたら、強く言い返す」傾向があるので、結論ありきの断定的な表現は逆効果になります。


「アメリカではイエスとノーをはっきり言わないと相手になめられるんでしょう?」と聞かれることがよくありますが、私は違うと思っています。イエスをはっきり伝えるのはいいことですが、ノーは相手の立場やその場の空気を慮って、言葉を選ぶべきです。断り方が下手で、人間関係を悪くする人も少なくありません。アメリカ人にも、言葉を気にする人や打たれ弱い人は大勢いますから。


メジャーリーグには毎年、世界中からたくさんの新人選手がやってきます。最初はチームに馴染めず、日常生活にも苦労する選手が少なくありません。チップの払い方にさえ戸惑う選手もいる。私も渡米した頃はそうでしたから、彼らの気持ちがよく分かります。だから誰かを見て、「困っているな」と思ったら、自分から声をかけるように心がけていました。周囲の人のピンチは、その人との距離を縮める絶好のチャンスです。


外国人の多くは、日本人は控えめで、なかなか自分からは声をかけてくれない」と思っています。日本人は特に、「目上の人に対して出しゃばらない」のが無難だと思う傾向があります。でも、アメリカ人は、相手が目上の人であっても、自ら進んで「手助けする姿勢」を見せます。それができれば、「この日本人はちょっと違うな」と、好印象を勝ち取ることができるでしょう。


長谷川滋利の経歴・略歴

長谷川滋利、はせがわ・しげとし。日本のプロ野球選手。兵庫県出身。東洋大学附属姫路高等学校野球部時代、甲子園に3度出場。立命館大学野球部でエースとして活躍。大学卒業後、ドラフト1位でオリックス・ブルーウェーブに入団。その後、メジャーリーグに挑戦し、アナハイム・エンゼルス、シアトル・マリナーズなどで活躍した。