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長妻昭の名言

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長妻昭のプロフィール

長妻昭、ながつま・あきら。日本の政治家。東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業後、日本電機(NEC)、日経ビジネス記者、平成維新の会事務局長代理などを経て衆議院議員選挙で当選。厚生労働大臣、民主党代表代、民主党幹事長代行、民進党代表代行、立憲民主党代表代行・政務調査会長などを務めた。

長妻昭の名言 一覧

人材に上も下もない。多様性を認め多様な生き方も認め、全員野球で、というのが、我々の前提です。


今回気付かされたのは、私自身が永田町に染まって、数の論理、国会では多数派を作らなければならないと思ってきたことが正しかったのかということでした。国会の中で無理して多数を作ると、国民の中では支持は少数に減ってしまう。ところが、国会の中で少数派になってもきちんと主義主張を曲げずに発信し続けると、国民の中で支持が広がるという逆の状況が生まれるということです。


大事なポイントとしては、「格差が拡大すると経済は成長できない」ということです。その考え方は、今世界でもほぼ共有されつつある。OECDもIMFもリポートを出し、ノーベル経済学賞のスティグリッツ教授もそう言っています、その感覚が、今の政権には圧倒的に欠けているんです。格差が拡大すると、力を発揮できる人というのは恵まれた家庭に生まれた人に限定されてしまう。一部の人の働きに留まってしまうので経済成長もなかなかできない。だから、その壁を取り除くことで社会経済の基盤を固めるということです。壁を取り除くための社会保障を行うことは経済政策でもある。


長妻昭の経歴・略歴

長妻昭、ながつま・あきら。日本の政治家。東京都出身。慶應義塾大学法学部卒業後、日本電機(NEC)、日経ビジネス記者、平成維新の会事務局長代理などを経て衆議院議員選挙で当選。厚生労働大臣、民主党代表代、民主党幹事長代行、民進党代表代行、立憲民主党代表代行・政務調査会長などを務めた。

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