鎌田實の名言

鎌田實のプロフィール

鎌田實、かまた・みのる。日本の医師。東京出身。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県茅野市の諏訪中央病院に勤務し、地域医療に携わる。その後、同病院院長に就任。そのほか、諏訪中央病院名誉院長、チェルノブイリ連帯基金理事長、東京医科歯科大学臨床教授などを務めた。テレビ・ラジオなどにも出演した。著書に『がんばらない』『命があぶない医療があぶない』『病院なんか嫌いだ 「良医」にめぐりあうための10箇条』『鎌田實のしあわせ介護 苦しみを喜びに変える33のヒント』『超ホスピタリティ おもてなしのこころが、あなたの人生を変える』ほか。

鎌田實の名言 一覧

弱いよ、人間は。僕は自分がすごく強い人間かと思っていたけど、みんなと同じでした。

【覚え書き|働き過ぎて体調を崩した40代後半を振り返って】

鎌田實の名言|弱いよ、人間は

ハウツー本から得た知識は、手軽すぎて意外に身につかないもの。

鎌田實の名言|ハウツー本から得た知識は、手軽すぎて意外に身につかないもの

行動パターンを変えることでも、人は変わることができる。手っ取り早いのは起床と就寝時間を変えること。早起きを習慣化するのもひとつの方法。

鎌田實の名言|行動パターンを変えることでも、人は変わることができる

振り返ると、私は「やりたい」「やらねば」と思うことに携わってきた。

鎌田實の名言|「やりたい」「やらねば」と思うことに携わってきた

父から「うちみたいな貧乏な人間が、どんな思いで医者にかかっているのかを忘れるな。それだけは約束してくれ」と言われました。この言葉は医者になった僕の根っこにずっと残っています。

鎌田實の名言|医者としての根っこ

僕らの世代は右肩上がりの経済の中で、登ることを続けてきました。汗をかき、努力して登る。日本人の良さだと思います。でも、がむしゃらに登っていると足元しか見えません。僕は48歳で立ち止まった。周りを見回すことができた。下り坂からは世界が見渡せた。下る人生を始めてみようと思いました。

鎌田實の名言|がむしゃらに登っていると足元しか見えない

贅沢を感じる瞬間? 僕、毎朝4時半に起きて、コーヒーをいれるんですよ。岩次郎さん(養父)も好きだったから、一人分を半分に分けて、片方を仏壇に。手を合わせていると、心が落ち着くし、ホッとするなぁ。

鎌田實の名言|仏壇に手を合わせていると、心が落ち着くし、ホッとするなぁ

イラクへの支援を行っています。最初はテロや拉致が怖かったけど、砂漠の中で子供たちを診察していると、みんながやさしい。その姿を見ると、憎しみはボタンの掛け違いなんだと思う。

鎌田實の名言|憎しみはボタンの掛け違い

リーダーは5年先、10年先の目指すべきビジョンを示す。そうすればおのずと皆その方向に向かって進化していく。王道を歩むことが大切です。

鎌田實の名言|リーダーは5年後、10年後のビジョンを示せ

僕は赴任して14年後の39歳で院長になった時、僕らの病院は大学病院とどう違って、地域の中で生き抜くためにどうしたらいいかを語った。最先端の医療は充実していなくても、温かい医療、いい医療をやろう、と。働いている人は皆、自分の仕事に誇りを持ちたいと思っているものです。

鎌田實の名言|立ち位置を明確にすることの大切さ

人間とサルの進化の分かれ目は好奇心だったと思います。日本人は明治維新以降強烈な好奇心を武器に卓越した製品を開発し世界に提供、成長してきた。だが最近は意識が空洞化してしまい蛸壺に入っているように見えてなりません。高額な医療機器をいかに揃えるかが病院の競争力を決めると思っている医者が今も多いのに似ている。

鎌田實の名言|好奇心の大切さ

市場に耳を傾けて一般の人が気づいてもいない潜在的ニーズをつかんで、それを実現していくことが大事なのではないでしょうか。

鎌田實の名言|市場に耳を傾けることが大切

住民の声から多くを学びました。自宅で最期を迎えたいと希望する人のために在宅ケアを始めたり、介護をする人が大変なことが分かったので、介護をする人を楽にするためのデイケアセンターを立ち上げたりしました。今でこそいずれも全国で制度化されていますが、厚生省(当時)が僕らの取り組みに注目したのがきっかけです。

鎌田實の名言|前例がなくても求められるサービスを立ち上げることが大切

脳卒中で倒れる人を減らすため、仕事が終わったら病院から出て、地域に足を運ぶことにしました。講演でも相談でも声がかかれば赴く。それが住民から見ればどんな病院であってほしいかを聞かせてもらうチャンスになった。この地方は野沢菜漬けをかなり食べるため塩分摂取量が高く、脳卒中を招いていることも判明した。以来、生活習慣病を減らすべく、職員らと公民館などで食生活の指導などを週末や夜に毎年80回展開するようになり、脳卒中などが減少、長野県は健康寿命で見ても日本一になりました。

鎌田實の名言|地域に足を運んで直接話を聞くことが大切

私が諏訪中央病院に来た当時の長野県は全国で2番目に脳卒中が多く、中でもこの病院がある茅野市は県内で脳卒中の死亡率が最も高かった。脳外科を充実させ、運び込まれてくる患者さんの救命に医師もスタッフも一同必死に取り組みました。救命率は徐々に上がっていきました。医師として病院の評判をもっと上げるには、高額な医療機器を入れてさらに救命率を上げるという選択肢もあった。だが脳卒中の場合、救命できても障害が残る。「なんで俺を死なせてくれなかったんだ」と患者さんに泣かれることもありました。そうした中で、そもそも脳卒中で倒れないようにする方が住民の皆さんにはありがたいはず、と考えるようになりました。

鎌田實の名言|治療より予防を

厚生労働省が今年2月に発表した都道府県別平均寿命で、長野県が初めて男女ともに沖縄県を抜いて日本一となりました。この記録は、僕が25歳で諏訪中央病院に来て以来、38年間、取り組んできた医療の方向性がおおむね間違っていなかったことの結果と思われ、王道を歩むことの大切さを改めて痛感するこの頃です。

鎌田實の名言|王道を歩むことが大切

いま、ビジネスの世界は短期決戦ばかりです。でも、そうやって目先の花ばかりを咲かそうとするより、すぐには芽が出なくても、ホスピタリティの種をいっぱい蒔いておけば、いずれもっと多くの花が咲くものです。そのために必要なのが、おもてなしの「心がまえ」です。たんなるテクニックを超えた、心がまえ。それがあれば、どんな仕事でもうまくいくはずです。

鎌田實の名言|おもてなしの心構えを

当たり前のおもてなしを超える、もうひとつ上のおもてなしをめざしてほしい。

鎌田實の名言|当たり前のおもてなしを超える、もうひとつ上のおもてなしをめざしてほしい

たんにサービスを手がけるだけでなく、もう少しでもお客さんにしてあげられることはないかと考える。この「もう少しでも」の姿勢が、サプライズにつながるんだと思います。

鎌田實の名言|もう少しでもの姿勢が、サプライズにつながる

目の前の人が何を喜ぶのかと考えるとき、大切なのは、「自分たちはここまでしかできない」といった思い込みを少し超えることなんです。

鎌田實の名言|自分たちがしてあげられることに限界を設けないことの大切さ

以前、諏訪中央病院で、末期の癌を抱えた患者さんがいました。彼女はレストランの経営者でした。それなのに半年間、癌との闘いで、大好きな料理をいっさいつくれない状態でした。彼女は僕に、「もう一回料理をつくりたい」といいました。そこで僕たち病院のスタッフは、彼女のために何ができるかを考えて、病院で厨房を用意し、彼女にフランス料理をつくっていただきました。彼女は本当に嬉しそうに、こういいました。「ありがとう」。普通に考えると、病院で料理ができるなどとは誰も思いつかないでしょう。でも、目の前の人がこうすると喜ぶのではと考えて、その期待に誠実に応えて差しあげる。そこで必要なのが想像力であって、またサプライズなんだと思います。

鎌田實の名言|目の前の人が喜ぶことを考えることの大切さ

ホスピタリティ精神を身につけるのにまず必要なのが、他人が何に喜ぶのかを想像する力でしょう。その次に大切なのが、サプライズです。

鎌田實の名言|他人が何に喜ぶのかを想像することの大切さ

僕は、仕事とは究極的にはすべて「社会への奉仕」だと思っています。お客さんに必要なサービスを提供して「あげる」のではなく、人びとの求めに沿って「させていただく」。そうした意識に立って、目の前の人に仕事を通じて何ができるかを考えていれば、必ずその仕事の成果にもつながるし、その後、さらにいい仕事が自分のほうに転がり込んでくるはずです。

鎌田實の名言|仕事をする上で重要な考え方

「人のために」という意識に立って手がけた仕事は、ブーメランのように、巡り回って自分のところに帰ってくるものです。

鎌田實の名言|人のためにという意識に立って手掛けた仕事は、自分のところに返ってくる

ホスピタリティ精神は、すべての職業につながるはずです。ホテルマンでも、ラーメン屋さんでも、保険のセールスレディーでも、ホスピタリティの心があるかないかで、仕事の中身は大きく変わる。だからこそ、一人でも多くの働いている方に、ホスピタリティの大切さに気づいてほしい。

鎌田實の名言|ホスピタリティ精神はすべての職業で大切

「ホスピタリティ」とは、ひと言でいえば、「心のこもったおもてなし」のことです。言い換えれば、相手の立場に立って考える習慣のこと。この「ホスピタリティ」の大切さに気づけば、プライベートもうまくいくし、なにより仕事の世界でも一番になれる。

鎌田實の名言|ホスピタリティの重要性

人と歩調を合わせることも大事だが、それだけでは一人前になれない。自分にしかできないこと、本当にしたいことを見つけ、行動することが大切。何も見つからないなら、人とは違う色のスーツを選ぶなど、外見から変えていくといい。

鎌田實の名言|自分が本当にしたいことを見つけ、行動することが大切

空気が常に正しいとはぜ限らない。「小泉劇場」に「新政権誕生」、大きな空気が何度かこの国を支配したけれど、その結果良くなっているとは思えない。

鎌田實の名言|空気が常に正しいとはぜ限らない

「行動変容」といって、人間は自分の習慣や行動パターンを変えることで自分自身を変えることができる。たとえば洋服を選ぶ時、流行ではなく自分の好みの色で選んでみるなど、少しずつ自分の行動を変えてみるのもいい。

鎌田實の名言|習慣や行動パターンを変えることで自分自身を変えることができる

空気を読むことの恐さは、「王様はハダカだ!」という心の声を皆で閉じ込めてしまうことなのです。ムードが沸点に近づいている時、皆がその気になったような時、水をさす発言をする人間がいる社会は健全なのです。空気をかき回す人こそ組織に必要なのです。

鎌田實の名言|「王様はハダカだ!」と言う人がいる社会は健全

25歳のときに諏訪中央病院に赴任しました。実際に赴任してみると、ひどいのだろうなという予想を上回る大変な病院でした(笑)。でも、下がっている波は必ず上がるもの。やるべきことはいっぱいありました。まずは病院への信頼を取り戻すことでした。

鎌田實の名言|下がっている波は必ず上がるもの

考え方を転換してみる。例えば節分には「鬼は外、福は内」と唱えますが、「鬼は内、福は外」に変えてみるのです。外の人が幸福になれば、巡り巡って自分に福が訪れる。他の人に福をもたらすために、自分は鬼になって誘惑や甘えを遮断して精進に勤しむ、そうすると新しい世界に踏み出す勇気も生まれていきます。

鎌田實の名言|言い方、考え方を転換してみる

とかく我々日本人は世の中の通念というものに弱い面があります。世間の目を気にして、やりたいことを自制してしまいがちです。それは一方で、一歩踏み出す怖さから目をそらす言い訳にしている面もありますが。

鎌田實の名言|日本人は世の中の通念というものに弱い面がある

今は資本主義が行き詰まりを見せ、企業も個人も閉塞状態に置かれています。皆が自分の利益を最大化することに執着して、他の人を顧みる余裕がなくなった結果ともいえます。何事も自分優先で振る舞えば、他人の反感を買い、足を引っ張られるだけです。

鎌田實の名言|自分優先で振る舞えば、他人の反感を買い、足を引っ張られるだけ

18歳の夏。その日は家が貧しいことを理由に僕の大学進学に大反対だった父が、最後の最後に折れ、許してくれた日のことです。この時に思ったのです、夢を叶えるには今のままじゃダメだ、生き方を変えようと。その日から毎朝4時半に起きて受験勉強をしたのです。生活習慣を変えてから、短気でむらっ気が多かった僕の性格が気長になっていったと思います。行動を変えることで性格まで変えることができるのです。

鎌田實の名言|行動を変えることで性格まで変えることができる

離島の診療所で余生を過ごすということも考えていました。しかし、これは僕にとっては自己満足にしかならないのです。それよりも国が進める地域包括ケアシステムや、都市に住む高齢者に元気なうちに地方移住を促すCCRC(継続的なケア付きの高齢者たちの共同体)の動きを、民の力で進めるために一肌脱ぐことの方が社会に役立てると考えた。

鎌田實の名言|余生を社会に役立てる

僕は昔もいまも間違いなく99%は自分のために生きています。でも、残った1%で誰かのためにと思ってきた。それが地域の健康作りのためのボランティアだったり、始めたチェルノブイリの子供たちへの支援だったり。行動の根っこにあるのは、岩次郎さん(養父)に拾われて自分の命がつながったという感覚です。だから、この1%に自分らしさがあるのかな、と。この先、できる経営者の演技はやめて、誰かのために生きていくのも面白いと思ったわけです。実際、誰かのために1%と思っていると、経験できないような出来事と遭遇します。みんなが1%を出し合い、あったかな連鎖が積み重なれば、世界も変わるんじゃないか。そんなふうに楽観視しているんです。

鎌田實の名言|誰かのために生きていくのも面白いと思った

いい病院を継続させるためには赤字ではいけない。大きな黒字とまではいかなくとも、せめてとんとんでなければ僕や職員の思いを遂げることができなくなります。いまも自治体の病院のほとんどは赤字経営です。そんな中、僕が院長になった1期目から諏訪中央病院は黒字を出し、継続していきました。支えてくれたのは、数字に強い事務長、仕組み作りが得意な副院長、柔軟な対応で病院を応援してくれた市長。その他、様々な人の力があっての黒字です。

鎌田實の名言|様々な人の力があっての黒字

30代は戦いの時代でしたね。自分の感覚を信じて、制度がないならつくればいい、と。『頑張らない』なんて本を書いた本人が、ガムシャラで猛烈な仕事中毒。担当の患者さんが集中治療室に入ると、人に任せられなくて付きっきり。夜、容態が安定したら、ボランティアに出て行く。そんな毎日で、サトさん(奥様)に当時のことを聞くと、「2週間ぐらい家に帰らないこともしょっちゅうだったね」と言われます。家族には迷惑をかけました。でも、あったかな病院が形作られていくことが面白くて仕方なかった。

鎌田實の名言|ガムシャラで猛烈な仕事中毒だった30代

僕らは「あったかな病院を作りたい」と語り続け、日本で制度がないうちから訪問看護やデイケアを始めた。しかし、制度が整備されていませんから、看護師を送っても、病院には一銭も入らない。「健康作り運動」を続けるうち、地域の健康意識が高まり、結果的に自治体が負担する医療費は安くなった。その頃、やっと行政が動き、僕は厚生労働省に呼ばれ、デイケアの仕組みを説明し、制度化されました。

鎌田實の名言|行政が動くのを待たずに行う

じつは芽野市周辺は脳卒中で倒れる人が多い地域でした。そこで、僕らは地域を健康にしたいと思って、仲間たちと病院の外へ出た。診察を終えた後、地域の公民館などで年間80回近く「脳卒中で死なないための健康作り運動」を行いました。大学時代の同期には「潰れそうな病院なのに、(健康作りの)ボランティアで患者を減らしてどうする」とあきれられましたが、しばらくすると空気が変わってきた。地域の人たちが、あの病院はすごい。医者が自分の時間を使って村に来て、私たちのことを考えてくれる、と。病院が失っていた信頼を取り戻すきっかけになりました。

鎌田實の名言|地域に出て行ったことが信頼を取り戻すきっかけになった

鎌田實の経歴・略歴

鎌田實、かまた・みのる。日本の医師。東京出身。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県茅野市の諏訪中央病院に勤務し、地域医療に携わる。その後、同病院院長に就任。そのほか、諏訪中央病院名誉院長、チェルノブイリ連帯基金理事長、東京医科歯科大学臨床教授などを務めた。テレビ・ラジオなどにも出演した。著書に『がんばらない』『命があぶない医療があぶない』『病院なんか嫌いだ 「良医」にめぐりあうための10箇条』『鎌田實のしあわせ介護 苦しみを喜びに変える33のヒント』『超ホスピタリティ おもてなしのこころが、あなたの人生を変える』ほか。

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