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金井誠太の名言

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金井誠太のプロフィール

金井誠太、かない・せいた。日本の経営者。自動車メーカー「マツダ」会長。広島県出身。東京工業大学工学部卒業後、東洋工業(のちのマツダ)に入社。車両先行設計部長、主査本部主査、車両コンポーネント開発本部長、執行役員車両コンポーネント開発本部長、常務執行役員、取締役専務執行役員、マツダE&T社長、マツダ副社長、副会長などを経て会長に就任。初代アテンザのチーフエンジニアを務めた。

金井誠太の名言 一覧

「ひとつの理想型を追求し、それを可能な範囲で多方面に展開」を行えば、生産でも革新を起こせる。


少しずついろいろな人に頑張らせる。小さな努力も、積み上げたら大きな結果になる。イノベーションと呼ばれる大革新だって、こういうイモムシの歩みのような、小さな改善の積み重ねで達成できる。


ベンチマークの最大の目的は「自分の技術は、世界一の水準に、こういう点で、このくらいのギャップ。で届かない」という、いわば「負け」を、エンジニアに味わってもらうこと。


自分の知っていることだけを見て、その延長線上での改良を考える、そういう底の浅い技術検討じゃなくて、謙虚に他社の製品をしっかり調べて、「自分の設計はライバル社に比べ確かに優れている、あるいは世界一である」と証明してみせろ。


以前は部門間で仕事をバトンタッチして進めていた。「自分の分はやった。後はおまかせ」で。今は、企画、開発、実験、製造の「共創」――共に創る、創造の創、これがずいぶんできるようになっています。


異なる車種でも共通でいい固定部分と、クルマによって変えねばならない変動部分をきちんと分けよう。そのためには長期的に俯瞰して、将来の車種を早めに想定して考えることが重要である。


新しい技術への挑戦は技術者の本懐。しかし、大勢の人間が苦労しながら、スケジュールが遅れて時機を失し、売れ行きが振るわないのでは誰も報われない。


大変な仕事を通して、「大きな問題は分割して小さくしてから解決する」「そのためには、関わる全部門が協力して当たる」「協力するには、問題点と進捗度合いを全員が共有することが必要」といった意識が自分に生まれました。


よく誤解されますが、ベンチマークというのは、競合で一番高性能な部分をピックアップ。すること、ではありません。もっと細かくて、「ここは軽さを狙う、ここは安さを狙う、ここは思い切り性能を狙う」とアプローチを決めた上で、それぞれの分野でもっとも優れた競合を探し、その手法を勉強した上でさらに上回る知恵を出そう、少なくとも、同等のものは出さねばならない、という考え方です。


「Zoom-Zoom」は、現在も使っている我々のブランドコンセプトです。子供がミニカーで遊ぶときに、「ブーン、ブーン」と口にする擬音がありますね。英語だと「Zoom-Zoom」となります。子供のときに感じた「動くこと」への感動、憧れを持ち続ける方に、心ときめくドライビング体験を提供したい、という我々の意思を込めています。


「俺も足回りの設計が分かってきたな」と思っていた30歳の頃、アウトバーンでドイツ車を試乗して、心底打ちのめされました。あの悔しさは忘れません。「技術者としていつかは勝ちたい」という思いが、製品開発を支え、世界一への原動力になる。


「アテンザ」開発時、世界中からライバルになるクルマを買い集め、徹底的に試乗し、計測し、分解しました。その上で「我々の車はどこがどれだけ劣っているのか。重さか、性能か、コストか。どうすれば超えられるのか」を、要素ごとに考えた。


世界一と向き合えば、誰だって「自分は負けている」と自覚できます。真正面から敗北に向き合ってもらうには「時間が」「予算が」といった制約を、上司が腹をくくって取り除かねばなりません。


最初は解析と模倣でも全然かまわないんです。それで最低線の「一流」にはなれる。「なぜこんなことができるんだ?」と必死で考えるうちに、独自のやり方を思いつく。それが「超一流」への道を開く。


ライバル車と比較するとき、大抵は「A車にはここで負けるけれど、こういう事情があるから仕方ない。自社比ではこれこれの改善」といった結論になりがちなのです。それは絶対に許さない。必ず数字で根拠を説明してもらい、突破策を提案してもらう。当社比という言葉は金輪際聞きたくないと宣言しました。


性能とコストは、普通にやっていたらトレードオフです。そこを解決し、どちらも満足させる、そのために苦労するのが技術者の仕事です。彼らが山のような課題を1個1個つぶしていく傍ら、最終的な目標を見失わないとうに、「やっぱり、志を示そう」と思いつきました。まだアテンザという名前が決まっていませんので、開発コードを表題に据え、「志」として、00年に作りました。


個性重視のマツダで育った我々は徹底的なコスト意識やそのシビアな計算方法をフォードから学んだわけですが、では彼らはソロバンだけ考えていた人間ばかりかといえば、そんなことはありませんでした。特にマーテンス(フィル・マーテンス当時常務)は、自動車会社の研究開発のトップとしては、ひとつの理想型と言ってもいい人間だったのではと思います。クルマを愛していて、運転が上手で、リアサスの件も我々以上に「これはなんとかしないと」と言ってくれた。彼と開発についてああだこうだとやりあう時間が、私は大好きでした。


まず、理想として求める特性(性能)がある。それに対して、エンジンならエンジンのたくさんあるパーツのうち、どれが、どのくらい寄与しているかを調べ、車種が変わっても同じにすべき固定部分と、変えねばならない変動部分を区分する。そして基本モデルができていれば、あとは変動部分だけを開発すればいい。理想の特性を最小限の手間で展開できます。しかも、これはMDI(マツダ・デジタル・イノベーション)が目指してきた3Dでの開発・シミュレーションのノウハウがもっとも生かせる考え方です。


長期戦略策定のひとつの柱は、販売台数や利益率などの数字をもって10年後のマツダを描くことでしたが、僕らは「そういうのは他の人に任せて、私らは商品と技術の世界でのマツダの10年後を描こう」と言っていました。経営企画、商品戦略、技術研究所、技術企画の部署の代表者たちに「環境対応はもちろんだけど、この際10年後にマツダは、どんなブランドになっていたいか、考えてみよう」と投げかけました。まずは理想を、ロマンを語ろう、と。


企画段階では、新型車にどんな技術を入れるかという「設計構想」を作ります。その策定にかかる前に、「競合車をしっかり調べたか」を確認するようにしたんです。ここは私はかなり頑張って、いろいろ無理をして入れてもらいました。もちろん、競合車を調べるのは当たり前のことですが、「そこで手を抜くな、3か月はベンチマークに没頭せよ」と。そのくらい競合車を勉強せずに、設計構想を作るなんて思い上がりだ。そんな思いが昔からずっとあったのです。モノを作る人間は唯我独尊になりがちで、量産に入る直前になって、よそのクルマにかなわない箇所に気がついて慌てる、なんてことも起こるのですよ。そうすると、売れないクルマを頑張って作ることになりかねない。


私は、「次はこんな設計構想で……」と言ってくるアテンザ(当時はまだ車名はありません)の開発の人間に「まだ目標が低い」とか「自社比では改善していても他社に勝ってると言えるの? もっと研究したら」とか言っていたわけです。まあ、言う方は楽なんです(笑)。それでも、かつてのむなしい開発作業……目標はその都度その都度作り、予想外の事態が多発して手戻りが発生、さんざん苦労して出してみたら売れない、という、誰も幸せにならない仕事を繰り返すのだけはもう嫌でした。先になすべきことを徹底的に考え抜いておこう、と気合いを入れたとき、「目標設定にミスがあれば、後で何をやっても取り返せない」と気づき、作ったのがこのベンチマークのプロセスです。だから、誰に恨まれようとも譲れません。何とかこう、仕事を、製品を、価値のあるものにしたいと思っていた。


「自分も、クルマの足回りの技術者として、一人前になってきたな」と少しうぬぼれ始めた30歳すぎのこと。速度無制限のドイツの高速道路、アウトバーンをうちのカペラで走ったら、アクセルを床まで踏んでもやっと時速170km。音はうるさいし、車体も震える。ハンドルやブレーキをうかつに操作するとクルマがどこに飛んでいくのか分からないという恐怖と緊張で、例えでなく本当に「手に汗を握る」、それはとても運転を楽しむどころではない体験をしたのです。その後、ドイツのプレミアム車といわれるクルマに乗ると、200km出してもそんなに手に汗をかかない。むしろ、運転が楽しくて気分が爽快になる。官能的ですらあった。愕然としました。「あのレベルに追いつくまで、何年かかるんだろう」。以来、彼らに負けない、いや、勝てるクルマを作りたい、どうせやるなら世界一だ、という目標が自分の中に生まれたんです。だから、「ハンドリングと性能」を、マツダの目標として掲げてくれたのがすごくうれしかった。やっと「おまえ、挑戦してもいいよ、存分に戦ってドイツ車をあっと言わせてみろ」と言われたみたいな気持ちでした。もちろん、誰もそこまで言ってくれたわけじゃないんですけどね(笑)。


1997年ごろ、親会社であるフォード(のちに資本関係を解消)から「マツダは我々のグループの中で、どんな個性を発揮したいのか」という問いかけを受け、社内で議論の末「スタイリッシュ、インサイトフル、スピリッテッド」、商品特性として言えば、際立つデザイン、抜群の機能性、反応の優れたハンドリングと性能という言葉が出てきた。それを一言で表す言葉として、2002年から「Zoom-Zoom」というキャッチフレーズが使われるようになりました。これに私は、すごく共感しました。どの方向に個性を出すのかというのを、会社として示してくれた。方向が定まった。技術者にとってはとてもありがたい。もうその場その場で、「さて今度はどんな個性にするか」と考えなくて済む。しかもその方向が、ラグジュアリー路線や「とにかく室内広々」などじゃなく、スポーティーな、走って楽しいというところに行くんだと言ってくれた。


フォードの考え方は、お手ごろであること。だから商品性目標の多くは「アマング・ザ・リーダー」。二流では困るが、一流といわれるグループに入っていればよし。世界一なんて言うと、マツダの技術者はすぐに高くつくクルマを造るからね(笑)。それゆえ、同じ部品をとにかくたくさん使って、コストを下げることに熱心です。世界屈指の大量生産・販売メーカーとして、まったく正しい考え方だと思います。一方、中規模のマツダに必要だと私が考えていたクルマは「ベスト・イン・クラス」。最高で超一流、つまり世界一。最低でも一流、アマング・ザ・リーダー。たまたまですが、言葉の上ではフォードの「目標」が最低ラインになっているわけです。両社の目指すところには距離がある。


ある程度の「枠」の中ならば、「理想のプラットフォーム」「理想のエンジン」「理想の足回り」「理想のデザイン」……といったものは、ほとんど共通しています。基本を作り込んで、サイズや重さの大小による差分を調整すればいいのです。ミソは、ここで言う「共通」とは、「部品の共用化」ではないこと。もちろん構造は相似ですが、それに加えて、たとえばエンジンなら燃焼の特性、サスペンションならタイヤの動かし方、プラットフォームなら衝突時の特性、という、「性能の共通化」であることがミソです。車種によってサイズや重さが変わりますから、たとえばセダンとSUVでは、形は似ていても違う部品を使わねばならないことがあります。ここが理解してもらいにくいところで、「違う部品を作ったら、コストが上がってしまうではないか」とよく言われるのですが、決してそうではありません。なぜなら、部品代はかかっても、特性を共通にすることで開発のコストを下げることができ、トータルでは安くなるからです。


金井誠太の経歴・略歴

金井誠太、かない・せいた。日本の経営者。自動車メーカー「マツダ」会長。広島県出身。東京工業大学工学部卒業後、東洋工業(のちのマツダ)に入社。車両先行設計部長、主査本部主査、車両コンポーネント開発本部長、執行役員車両コンポーネント開発本部長、常務執行役員、取締役専務執行役員、マツダE&T社長、マツダ副社長、副会長などを経て会長に就任。初代アテンザのチーフエンジニアを務めた。