野村克也の名言

野村克也のプロフィール

野村克也、のむら・かつや。日本のプロ野球選手、監督。現役時代は南海ホークスの名捕手として活躍。通算成績2901安打、657本塁打を記録。引退後はヤクルトの監督として采配を振るい、同チームを日本一へと導く。その後、阪神タイガースやシダックス、楽天ゴールデンイーグルスなどの監督を務めた。

野村克也の名言 一覧

覚悟に勝る交渉なし。


俺は「非難」と「賞賛」を使い分けて、選手の負けじ魂のようなものを引き出してきた。言葉の力は大きい。配球と同じだよ。とおり一遍の球を投げては駄目だ。相手がどう考え、どう動くかを読み、次の球を決める。交渉に限らずコミュニケーションとはそういうものなんじゃないのかね。


大事な交渉ごとも、日々の仕事から地続きにつながっているんだ。目の前の仕事に打ち込む、常に己を磨いておくこともまた、いざという時の交渉力になるということだ。


人は一人では何もなし得ることはできない。しかし、自らを信じて、信念を持って続けていれば、必ず誰かが支えてくれる。夢なんて言葉を使わずとも、前へ前へと進むことだ。必ずその先にいまより良い未来が、輝かしい明日があるんじゃないの?


知識欲というのかな。「なぜだろう?」「どうすればいい?」と自分を磨き上げるために貪欲に知識を得ようとするのは、野球選手はもとより、人としても極めて大事なこと。


「もうダメだ」「諦めよう」。今、そんな思いを抱いている人がいるなら、思い出してほしい。諦めた時は変わるチャンス。這い上がるタイミングなんだよ。


一芸に秀でる。どの世界でも、プロとして生き残るためには、最も大事なことだと俺は思う。そして自分自身が一芸に秀でることも大切だが、上に立つ者は若手の一芸を見出す努力もし続けなければいけない。


「野村の野球」とは、結果ではなくプロセスを大事にすること。目標を掲げ、そのために何を考え、何をするかが大事なんだ。すべてそうでしょ。


弱いチームの選手は点をとられる度に「負け」を意識しだす。「仕方ない」と振り返らない。何も学ばないから進歩しないんだ。


長い目で見れば、不器用な人間のほうが最後は勝つ。天才は深く考えないから、思想や哲学が生まれない。


俺には長嶋茂雄みたいな天才的な勘も瞬発力もない。しかし天才に負けたくないという欲があったから、とことん頭と眼を使って野球をするしかなかった。


自分一人では何もできないことを常日頃から意識することだ。周囲に報いたい、貢献したい。それが自分一人では湧き出ない大きな力を貸してくれる。気概と持続力を与えてくれる。


「自分は誰かに支えられて生きている」という感謝の気持ちを持つ人間は強い。


バカには逆らわないほうがいい。相手にのせられて、同じように激高するのは大損だよ。怒りの感情で我を忘れるような人間は、思わぬ闇に足元をすくわれることがある。


怒りの感情は、思考を停止させてしまう。それは勝負において不利な状況を自ら作り上げている。怒りの感情に支配されやすい人間ほど力を発揮できない。


悩みを抱えているとき、人は怒りっぽくなるよな。でも、それを仕事の現場で出してはいけない。必ず失敗する。


思考と感情は繋がっている。そして思考と行動もまた繋がっている。ならば、行動から変えてみればいいじゃないか。


「お前を絶対に信じている。任せたぞ」と伝えることで、選手に責任感と覚悟が芽生える。


ウソをついてでも勝つ。それくらいの気概が勝負には必要だろう。まっすぐにスクスク育った人間は、そこまでできない。いいのか、悪いのかね。


不調を「チャンス」、スランプを「節目」と考え直せるような人間には、負け癖なんてつかない。逆にいえば「俺はスランプだ」「負け癖がついている」などと言う人間は、言い訳しているだけなんだよ。


ひらめきはひとつひとつ石を積み上げていくような、地道な作業の先にしかない。


日本シリーズのような大舞台を経験すると、選手はガラッと変わる。一球もおろそかにできない。そんな緊張感が人を、リーダーをつくっていくんだよ。


ダメなリーダーとは、自分の成績のことしか考えてない人間だよ。昔からいるでしょ、あの大投手やあの大打者とか、なぁ(笑)。


親の背中を見て子供は育つというが、それは仕事も野球も一緒。監督やリーダーの背中を見て選手は育つもんだよ。


言葉の力は強い。「根拠は?」「~とは何か?」と言い続けるうちに必ず思考が変わり、行動が変わり、自分自身を必ず向上させていくはずだ。


結果よりプロセスが大事。良い結果に至ったプロセスが明快なら、また次も良い結果を出しやすくなる。が、適当なヤマカンで当たった結果には再現性がない。意味がない。


固定観念は悪。安直な判断ではなく、自分の目で見て、触って、自分の頭で判断することが肝要。


強いチームの特徴は、結束力や一体感が強いものだ。それは仲良しこよしという意味ではなく、ひとつひとつのプレーに盛り上がり、ひとつ勝つたびに「明日も勝とう」と自発的に互いを鼓舞し合うからだ。一方で、弱いチームの選手ほど、自分のことしか考えていない。チームより自分の成績のほうが大事だから、他人がどうだろうと気にしない。むしろ足を引っ張り合う。当然、それでは結果がついてこない。


コンプレックスや劣等感があるからこそ、自分を変えて、努力を積み重ねられる。


高い理想を求めていたからこそ、勝利にこだわり、自分を磨いてこられた。


監督と、選手やコーチ陣との人間関係をつないでいくものは理だ。理にかなった言葉を持つことが、上に立つための条件だ。


若いとき流さなかった汗は、年老いて涙に変わる。


野球に限らずプロなら、仕事のうえで感じるべきミスを恥だと感じなくなったら、もはや職業人として失格。


「失敗」と書いて「成長」と読む。


プロというのは、野球選手として当たり前のことを当たり前にする力を持つ者のこと。あるいは素人では難しいことを、あたかも簡単なことのようにこなせる人間のこと。


ゴマをすっている暇があるなら、努力をして実力をつける。それこそが、最大のアピールになる。アピールするなら仕事の本筋で。それに尽きる。


代打の選択肢として2人の選手がいたとする。ほぼ同じ実力、経験を持っていた場合、俺なら明らかに努力の量で選ぶ。


謙虚な人間は強い。「自分はまだひよっこだ」、そんな思いがあれば「結果が出ないのは努力が足りないからだ」と素直にたち戻れるから。


一流になるためには、避けて通れない道がある。努力という名の道だ。努力なしに一流にはなれない。


謙虚さは「自分はまだまだ」「もっと学ばなければ」という向上心の表れだと思う。だから良い選手ほど、謙虚なんだよ。


選手の時も監督になってからも、常に野球のことを考えていた。移動中はもちろん、銀座で遊んでいる時も(笑)。


俺がなんで失敗してもお前を使っているか、自分で考えろ。
【覚え書き|ルーキーへの言葉】


野球選手である前に、社会人としてしっかりとした自分を作りなさい。


見ている人は見ているのだから、仕事はいつも一生懸命でなくてはならない。


自己分析をして、しっかり準備して、もし壁に当たったら、変化する勇気を持て。


プロは結果が全てだが、プロセスを大事にしろ。


35歳を超えて敵がいないということは、人間的に見込みがないことである。


プレッシャーとは「重圧」。重圧の中身は「恐怖感、責任感、欲、自分を信じ切れない」ということ。


才能には限界がある。でも、頭脳に限界はない。


事前のシミュレーションが大切です。野村野球というのは、ひと言でいえば「準備野球」ですから。


若いときは24時間野球漬けになって、どうしたら成績を残せるかだけを考えなさい。決してバチは当たらないから。


私は野球のことしかわからないんですが、野球に関していえば、一流と二流の差は努力と頭脳の差だと思います。


「なぜあんな配球をしてしまったのか」「どうしてあのボールに手を出したのか」。恥を感じた者は、「なぜ」「なぜ」と自らのミスをしつこいくらいに振り返る。


ミスを恥と思わないヤツは見込みがない。その証拠にダメなチームほど「ドンマイ! 気にするな!」と言い合っている。


俺はプロとして恥ずかしい思いを常にしていたからこそ、何とかその恥ずかしさを消したいと願い、努力を重ねた。だからこそ、俺は誰よりも練習を積んだ。


部下が失敗したとき、顔つきを見ることだ。「恥ずかしがっているか」「笑ってごまかそうとしているか」で伸びしろがわかる。笑ってごまかし始めたら、終わりだ。


3人の友が必要。「原理原則を教えてくれる友」「人生の師となる友」「直言してくれる友」だ。最後のは俺の場合、嫁さんやな。耳の痛いことばかり言うわ。


勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。


夢や目標というのは、貧乏だったり、ハングリーな人の方が持ちやすい。そういう意味では、俺たちと違い、いまのような豊かな時代に育った世代は、目標設定することが難しいのかもしれないな。


俺は王(貞治)というライバルがいなければ、ここまでの成績を残せたかというとムリだった気もする。同時代を生きた天才にライバル心を持ったからこそ、俺の負けじ魂に火がついたんだと思うんだよ。


言葉は思想を表す。しかしいまの監督連中は思想がないとしか思えないほど野球論を語らない。現役時代はもちろん、解説者になってもな。


野球は「意外性のスポーツ」。弱者が強者を倒す、番狂わせが大いにありえる世界なんだよ。経済と天気と野球の予想は当たらないという。番狂わせが多いから、野球は面白いんだ。経済と天気は当たるほうがいいがな。


相手より劣る戦力でいかに巧みに闘うかが、監督の腕の見せ所だ。与えられた戦力をやりくりして勝利をつかむのが、上に立つ者の仕事だ。頭を使えば、少ない戦力でも、不利な戦いでも、必ず、やりようはあるんだよ。


俺は他の選手と違い、野球エリートではなく、京都の貧乏育ち。ある意味、最初から諦めていた。だから、いつも自分を変える努力ができた。そう思っているんだよ、今でもな。


現役時代、俺が諦めたものは「肩」があるかもな。キャッチャーにしては肩が悪いから走者を刺せない。しかし、その分、ランナーやベンチの心理を読む力を磨く努力をしたんだ。


謙虚さとともに必要なのは、やはり夢。己の未熟さを感じながらも、こうなりたい、ああなりたいと強く願っていくこと。2つが合わさった先に、成長がある。


自分は特別だという自信と、自分なんて普通の人間だという謙虚さ、その両方を持つ人間がプロとして頭角を現す。どちらかに傾くと消える。


一芸を持つだけでなく、「一芸が光る場所」を選ぶことも大事。俺の場合は南海だった。若手の捕手がいなくて、レギュラーになれるチャンスがあると思って入団テストを受けたんや。


努力に即効性はない。コツコツやるしかない。いつの時代にもいる一流選手と自分は何が違うのか。それを考えながらやるしかない。


長所は意識しなくていいが、短所は意識しなくては修復できない。そして短所を補うことができれば長所も伸びる。個人もチームづくりも同じです。


ホームランが出る確率は王貞治だって一割を切る。高くはない。


教えてくれないなら見て盗むことが大切。


一流の人を真似るのはプロの常識。そういう努力の中で、一流選手と自分との違いや、何が大事なのかということに気づいていく。


気づくことのできる人は、夢や希望、向上心、自分はこうなりたいという思いを根っこに持っている人です。


私は以前から、監督は「気づかせ役」だと考えてきた。


私は新人時代、契約で入った選手もテスト生もグラウンドでやることは同じ、ならばグラウンド以外でやることが勝敗をわけると考えた。バットだけはよう振ったな。日本一振ったと思ってる。


人間は24時間の使い方で差がつく。多少の遊びはいいだろう。しかし、いつも酒浸りで酔っ払っていては、普段から気力も体力も消耗させてしまう。


選手や部下を「育成する」というけれど、それは「自信を育てる」ということ。時間がかかるし苦労もするよ。そのうえ、自信をなくすのは一瞬だから怖いものなんだよ。


気の弱い奴を叱ると、自信をなくす。気が弱いかどうかは、すぐ見抜ける。弱い奴ほど強く見せたがる。すぐ怒鳴ったり、声が大きくなるような奴は弱い証拠だね。どこかの監督でもいたな(笑)。


現場に足を運ばないと、得られない情報がある。目で、耳で、肌で感じる。選手やチームの雰囲気は現場でしか感じられない。座学で知恵や教養はつく。しかし、直接見て、触れた「経験」から学び取る情報や気づきには、敵わないものがある。


経験を活かすには、3つの心構えが不可欠。ひとつは「問題意識を持つこと」、2つ目は「他人の痛みを知ること」、そして3つ目は「節度を持つこと」。


俺が「考える野球」に辿りつけたのは、スランプという経験のおかげともいえる。また根底には「負けてたまるか」という闘争心があったからこそ、もがき苦しみ、ID野球という戦略を見出すことができた。


一打席、一打席対峙するだけではつかめなかった相手の配球傾向が、データを集めれば、簡単に手に取るようにわかった。こうして俺の配球を見る目は段違いに上がった。以降、ホームラン王と打点王などタイトルを獲れるようになれた。


オレの好きな言葉に「人間の最大の悪は鈍感だ」っていうのがある。結局、能力や才能じゃなくて、多くの凡人が結果が出せるかどうかは、感じるか感じないかの違い。


誰かが自分を支え、自分も誰かを支えているのは変わらない。いつの時代も、ここがわかっている組織、個人は強い。


ちっぽけなプライドこそ、その選手の成長を妨げる。


細やかで丁寧な仕事を続ければ、激情に心を惑わされることもなくなる。やるべきことに平常心を持って常に集中しよう、という思考も根づくものだ。丁寧に丁寧に……。続けるうちに結果は、自ずとついてくるよ。


「こうしたい」という執念があれば、見て、考えて、何かが得られる。


言い訳を言う人間のもとにはツキというか、運は回ってこないんだ。鹿児島弁で「議(ぎ)」というらしいが、議を言えば余計に勝てなくなるんだよ。


負け癖がついているチームは、言い換えると「諦めが早い」チームだ。どんどんスランプに陥る。それはたいてい自分たちでつくる不調なんだ。


「俺は運が悪い」と運のせいにして逃げるのは簡単だ。しかし、不運には必ず原因があると覚えておいた方がいい。備えあれば何とやらだ。そうすれば、俺のように勝負運も仕事運も良くなる。


リーダーもまた誰かの背中を見ている。良きリーダーがいない真の理由は良き指導者がいないこと、環境を与えていないことなのかもしれない。それは野球でもビジネスの世界でも、似た状況じゃないの?


リーダーに必要な条件とは「この人についていこう」と思わせる信頼があるかどうかに尽きる。ようは「尊敬できる人物か」ということだ。


チームを強化する時、たいがいは他球団からの補強や外国人選手の獲得を考える。違うんだよ。今いる選手の中から模範となる人間を育てることが先決なんだ。


組織はリーダーの器以上にならない。今、ビジネスの世界、日本全体にもうひとつ元気がないのだとしたら、その辺に理由があるのかもしれないな。


ヒーローインタビューのとき、選手の話があるでしょ? あれは嘘や。賢い選手は本音を言わない。大勢の前で種明かしはしないよ。


捕手に配球の根拠を聞いたときに、「なんとなく……」「いや、直感です」等と答えた日には、こっぴどく叱った。たとえその配球がズバリ決まったとしても、根拠なき選択は次に活かせないからな。


いくつかの選択肢が見えた後で、最後の最後を決める時に必要なのは、「何があっても責任は俺がとる!」「失敗しても構わない」と腹を決められるかの「覚悟」なんだ。


「覚悟」なんてのは、上に立つ者が本気で示せば、下に続く者も自ずと抱いてくれるもの。俺こそがまさに上に立つ人間が腹を決めてくれたからこそ頑張れた。監督業で花を咲かせられた。


監督も上司も周囲に「自分の考え」を明確に伝えたいなら就任直後に限る。周りが「どんな考え方をしているのか」と聞く耳を持っているからね。


「部下がダメ」「上司がバカ」と誰かのせいにして逃げているチームは決して勝てない。あなたが変われば、部下や上司やチームも腹を決めるかもしれない。


俺をヤクルトの選手は信用してくれた。また俺も彼らを信用した。だからこそヤクルトは再生できた。就任3年目でリーグ制覇。翌年には日本一の快挙を成し遂げられた。


勝負ごとというのは、覚悟ができるまで考えに考え抜く必要がある。腹をくくれているチームはだから強いんだ。「ここまでやったなら失敗してもしょうがない」という境地にまでいくわけだ。


いま道具にこだわり、愛情を持って扱う選手はいるのかね。みんな用具係やメーカー任せなんじゃないのか。それは野球へのこだわり、愛情がないってことじゃない?


仕事道具にこだわる人間は、仕事に対する貪欲さを常に持っている。だから、成果をあげられるのかもしれん。


最近は同級生の人間がバタバタと亡くなっとるわ。間違いなく、俺の順番も近づいてきた感じだな。ただ、俺は「わが人生に悔いなし」と言って死にたい。だから、まだまだ死ねんよ。いまだ悔いがあるからな。


正しい努力をできることは野球選手として成功するための必須条件だといってもいいでしょう。これは、私の指導方針の大きな柱でもあります。方向違いの努力に走って、自らの才能を潰してしまう選手を数多く見てきましたから。


伸び悩んだり、才能の限界にぶつかったりしたとき、「もう駄目だ」と諦めるか、「どうすればこれを突破できるか」と考えるか。一流と二流は、まさにそこでわかれる気がします。


なんといっても己を知ること。いまの自分には何が足りないのか、どこが弱いのか。こうしたことを正しく認識することが極めて重要です。それには、自分の課題について感じたり、考えたりする癖をつけて、感知するセンスを日々磨くしかありません。そうして自分の課題がわかったら、次にそれを補い、克服するための方法論を必死に考えるのです。


新人のころ、私が夜、合宿所の庭で素振りをしていると、盛り場に繰り出す先輩たちが、「おい、野村。この世界は才能だ。バット振って一流になれるなら、みんななってるさ」とからかうんですよ。でも、私はそうは思わなかった。才能がすべてならこっちはとっくにお払い箱ですから、努力を信じてやるしかなかったわけです。


選手がどういう場所で生きてくるかを気づかせるのが監督の役目でもあるんです。監督業というのは「気づかせ業」だと思っています。気づかせることが「再生」なんです。南海時代、それまで1勝もしてなかったピッチャー3人をトレードで獲得して「俺が言うとおりに投げれば間違いない」と言って3人とも2ケタ勝利で優勝。それで再生工場というような異名がつけられたわけです。


綿密な下調べという意味では、監督は頭の中で、最低一試合につき三試合はやります。想像野球、実戦野球、反省野球。想像野球はいつも完全勝利です(笑)。そして、実戦野球のあとで、想像と実戦の間に差が出た理由を考えるのが反省野球です。


勝つときにはいろんな勝ち方があって、相手が勝手にずっこけたり、勝手にミスしてくれたりして「ああラッキー」という勝ち方もあります。しかし、負けるときというのは、負けるべくして負けるものです。勝負の世界にいると、勝って反省というのはできないが、負けたときには反省する。敗戦の中にいい教訓があると思います。


環境が人を育てるというのもありますから、安いクラブやバーには一切行かずに、一流の店に行くことにしました。まあ、私は酒を一滴も飲めないのですが。


監督は広報担当も兼任しなきゃいかんと思っています。なぜかというと、プロ野球は人気商売だからです。いまのファンは試合を見るだけでは満足しません。新聞を読んだり、テレビを観たりして、球団の裏側を覗きたがるわけだから、そういうものをファンに提供する義務が監督としてあると思います。マスコミとうまく付き合わなければ、プロ野球は成り立ちません。最近、マスコミ嫌いで通している監督がいますが、あれはプロ意識が足りないと思います。


野球選手、とくにピッチャーは自惚れが強いから、嫉妬も当然強いのです。ライバルよりも俺の方が実力は上だと信じているような奴らばかりで、そういう選手たちに理解させるには信頼関係しかありません。


失敗した選手でも、こいつは我慢したら働く、伸びてくると思えば辛抱します。三振して帰ってくる選手の顔をじっと見てみると、悔しい顔をして帰ってくる若い子は見込みがあります。あっけらかんとしているのはダメですね。なぜダメだったのかを考えられる人間には、次のチャンスを与えたいと思います。


現役時代、僕がバッターボックスへ入ったときに、相手チームのベテランキャッチャーが話しかけてくるわけです。「おまえ、構え(打撃フォーム)変えたのか」とかね。何も変えてなかったのに指摘されて、えらく気になって「そうですか?」なんて答えている間に三振を取られたことがありました。バッティングの基本は集中力と積極性ですが、話しかけられて集中力が乱されました。逆にこれは使えると思って「ささやき戦術」を始めたのです。


結局はマスコミですね。敵に回すととんでもないことになります。阪神時代に家族のことなども報道されて、マスコミ総出で叩かれるような大変な目にあって、絶対、マスコミを味方につけないと球団経営が成り立たないというのが骨身にしみました。


僕はもう、南海ホークスの育ちですから、人気がないっていうことの虚しさが骨の髄までしみこんでいるわけです。両軍ベンチの選手の数の方が、スタンドのお客さんより多いといわれるくらい人気がなかった。実際数えてみたら、本当に選手の方が多かったこともあります。同じプロ野球なのに、巨人と南海でどこが違うんだ、南海の方がよっぽどいい野球をしていると思うんだけど、客が入らない。大阪の中心地の難波に球場があるのに、関西のファンはみんな阪神電車に乗って甲子園へ行ってしまう。とにかく、観客を増やすにはどうしたらいいかを常に考えていました。


プロ5年目から突如打てなくなってしまいました。なぜ打てないかを考えてみたところ、どうやら自分はプロでやるには不器用すぎるという結論に行き当たりました。ストレートを待っているところにカーブが来ると、とっさに反応できないのです。いくら練習でバットを振っても打てるようにならないはずです。こうなったら、読みの精度を上げるしかない。そう思った私は、データを集め、他チームのバッテリーの配球を徹底的に分析しました。


V9時代の巨人を指して、「あれだけの選手がそろっていれば、どうやったって優勝できた」という人がいますが、それは違います。あれは王貞治、長嶋茂雄という「チームの鑑」がいたからこそ、成し遂げられた偉業なのです。事実、私が南海で四番を打っていたとき、巨人から移籍してきた相羽欣厚(あいば・よしひろ)という選手がこう言っていました。「ON(王・長嶋)は練習でもいっさい手を抜かない。球界を代表するあの二人があれほど練習しているのです。自分たちだってやらないわけにはいきませんよ」。それを聞いて当時の私は、身が引き締まる思いがしました。


私自身のバッターとしての才能は、はっきりいって二流でした。打率でいえば、いいとこ2割5分です。けれども、戦後初の三冠王をはじめとして残した結果は一流だと自負しています。なぜそんなことができたかというと、人の何倍も努力したからです。


京都の片田舎にある無名校から、十把一絡げのテスト生として入団した私は、最初から努力以外にこの世界で生きる術はないとわかっていました。だから連日連夜、誰よりもバットを振りました。3年目でレギュラー、翌年にはホームラン王になれたのも猛練習のおかげです。


いまの選手はあまり努力をしない。彼らは憧れだったプロ選手になったことで満足してしまっているんです。本当はようやく出発点に立ったに過ぎないというのに、そこがゴールと勘違いしてる。だから、チームから与えられたメニューしかやらない。それで一流の結果なんて出せるはずがないじゃないですか。


自分は選手に対して、「無視」「称賛」「非難」の三段階で接しているんだ。プロとしてのレベルに達していない選手は無視をする。一定レベルに達した選手は称賛する。そして、一流選手に対しては、徹底的に非難する。


エリートたちを出し抜くには、同じことをしてはダメだと悟った。グラウンド以外での過ごし方が大事になると考えた。そこでいつも俺は練習が終わった夜の街に繰り出す先輩たちを尻目に、ひたすら素振りと筋トレを繰り返したんだ。「他がやっていないことなら俺だけやってやる。今の状況を変えてやる」と。


上を目指したいなら、自分が何が苦手で何に劣等感を抱いているか。目をそらさずに鍛え上げるか、あるいは、それを補う「策」を練る必要がある。そうやって、自分の弱みに対する「策」を練る。それがコンプレックスを武器にするためのつき合い方だと、俺は思う。


強烈なコンプレックスがあったから、なりふりかまわず自分を磨けた。またそれをバネに自分を変えられた。くさっていたら終わりだった。また先輩の言う通り、他の選手と同じことをしていても、今の俺はないだろう。


「どうせ俺は……」と諦め、くさるタイプのコンプレックス人間は、こう考えたらいい。「諦めた、ということは変わるチャンスだ!」と。諦めた、ということは、今のままではうまくいかない、ことに気づけたということ。それは幸運だよ。


コンプレックスを持っている人間は、まず理想が高いんだ。「こうありたい」「ああなりたい」という高い理想が自分の中にある。その理想に届かない自分にいらだち、劣等感を抱いてしまう。ならば、つき合い方は簡単や。「武器」とする、に尽きる。


スカウトで入った人間は当然、契約金が入る。しかし俺のようなテスト生は契約金ゼロ。給料も契約選手の半額以下。テスト生あがりという事実は、間違いなく俺のコンプレックスになった。俺はそれを「奴らには負けたくない!」という闘争心に変えた。


「長所を伸ばそう!」。人を育てる時に、最近はやたらとそう言われるようだ。しかし、それだけでは人は育たない。短所が長所の邪魔をすることもあるからだ。少なくとも、コンプレックスを感じるような自分の短所、弱みとは何か。怖がってそこから目をそらしていたら、改善しようがないだろう?


なぜ俺が常にボヤくのか考えてもらいたい。「理想が高い」んだよ。選手時代も監督時代も、俺は野球に関しては常に高い理想を追い続けた。しかし、理想は高ければ高いほど、現実とのギャップが生まれやすい。「何でや……」という悔しい思いがあるから、ボヤくわけだ。


「信は万物のもとをなす」ともいうが、信じてもらえるような人間になるには、理にかなった深い言葉を学び、知っておく必要がある。上に立つ者、会議で自分の意見を相手に明確に伝えたいと思う人間は、本を読み、経験を重ね、理にかなった言葉を獲得する努力を怠ってはいけない。


リーダーは誰よりも自分を磨いておく必要がある。組織は、リーダーの力量以上に伸びない。いくら相手の耳を開かせる技術や工夫をこらしても、話す内容や話す者の人間性が低いレベルであれば誰が聞く。発するひと言が、胸を打つような中身がなければ、とうてい人の上に立つ者として信用されない。


一方的に口にするだけでは意味がない。そこで使ったのが「問いかけ」だ。「おい、人間とは、何や?」「生きる、意味を答えてみい」すぐさま答えが出る選手などいない。考えてないからだ。しかし、こうして問いかければ考えざるを得ない。ひとりに問いかければ、自然と周りも考え始める。それが狙いや。


よい会談をするなら環境作りも大事。ヤクルト時代、アメリカ・ユマでのキャンプ時のミーティングは最高だった。田舎で周囲に何もないから、話を聞くしかなかった(笑)。


人間は、恥ずかしさという思いに比例して進歩する。恥ずかしいと感じることから進歩は始まる。監督になってからも選手たちに「プロとして恥ずかしくないのか」と声をかけてきた。


大人になってからの恥は、屈辱的だ。プライドはずたずたになり、気持ちも揺さぶられる。しかし、そうやって深く沈んだ時こそ、人は高く飛び上がれるものだ。恥を存分にかいたのなら、存分に取り戻さなければ損だろう。


俺は「恥の意識」を「プロ意識」と同義だと思っている。当たり前のことができない野球選手は、恥ずかしいことに他ならない。しかし、そんな時に「恥ずかしい」と思えることもまた、大事なプロの条件。例えば試合でミスをした時。心底、恥ずかしいと思った人間は、次の策を練るもんだからだ。


「仲がいいか悪いか」で人選するような組織に属す者は、能力よりも処世術を磨くようになる。仕事ができる人間より、おべっかがうまい人間が重用されるようになるからな。それでは、勝負の世界で勝てるチームができるはずはない。


俺は「夢」という言葉が嫌いなんだ。理由は二つある。まずは、星野(仙一)が、サインするたびに「夢」という言葉を書くからや(笑)。もう一つは夢というのはだいたい理想だけで終わるからだ。「こうなりたい」「ああしたい」。いくら願っても、実現させなければ何の意味もない。夢なんて言葉を使う時点で「ダメで元々」なんて心持ちになるんだよ。


使えるものはすべて使う。そんな意識も「番狂わせ」を呼びこむ弱者の兵法だ。「人が足りない」「金がない」と、ないものばかり探していたら番狂わせなど起こせるはずがない。「何か使えるものはないか」と相手の弱みや隙を狙うんだ。チャンスは必ずそこにある。


現役を長く続ける秘訣は、「常に考える」ことだろうね。プロの世界はある程度までいくと、誰かに教わる段階を超える。対戦相手をよく見て、感じ「どうすれば攻略できるか」を自分の頭で考えなければ伸びない。裏返せば、最大の悪は鈍感なことだ。


何事も「すべて勝つ」必要なんてないんだよ。限られた力、人員を疲れさせないために、ある部分は諦めて力を溜めて、全力を出せる時まで待つ。たとえば、そんな意識を持つことが、「まず諦めるが勝ち」を生むひとつの原理といえるだろう。


1日は24時間しかない。そのために何ができるか。そう考えて、一心に自分を磨く。こうした一個ずつ一個ずつ、小石を積み上げていくような積み重ねがあって、はじめてすぐに正しい決断ができるようになる。


「すぐやる」とは、時間をどれだけ大事に考えているかという話でもある。1日の時間は皆同じ。それをどう使うかだ。


すぐやる、決める。野球に限らず、勝負ごとというのは判断、決断の連続。やるべき時、変わるべき時。その潮目にタイミングよく判断して、即断することは勝負の分かれ目になる。


現役時代、監督時代、さらに解説者時代を通して「アタマを使って野球をする、語る」ということを強く意識してきた。その結果として、今があると思っている。残念ながら、日本球界では「アタマで勝負」という人間が少なかったからな。おかげさまで、食えとるわけや。


決め球をひとつ持つピッチャーはバッターからして怖いんだよ。決め球を警戒しすぎるあまり、他のたいしたことのないボールにまで気が回らなくなり、逆に決め球以外のボールでも抑えられるようになる。一芸に秀でるメリットというのは、そういうところも生み出す。


野球なら「走る」「打つ」「守る」。ビジネスなら「売る」「つくる」などだろうか。しかし、そんな王道の戦力だけが組織に必要なのではない。たとえば口が抜群に上手い人間、ユーモアを持つ人材だって、一芸に秀でるほどならば、必ず組織にとって替えが利かない戦力となる。主役だけじゃなく名脇役がいてこそ、物語は光るんだよ。


野球とは頭のスポーツです。それ以外の答えは出てこない。一球一球の間合いに考え、次に備える。それが野球です。しかし現在の。プロ野球は投げて打って、それだけ。苦労して、考え、苦しむというのがないからドラマにならない。オーナーや球団社長には、もっとしっかりしてほしい。


現役時代にホームラン王を獲得した翌年、スランプに陥りました。そのとき先輩に言われました「野村よ、ぶん殴ったほうは忘れても殴られたほうは忘れないぞ。勝負だから、相手から自分を見ることも大事なんだ」と。殴られたら殴り返すという当たり前のことに気づかなかった。自分ばかりでなく相手も変わることに気づかなかった。先輩の、あの言葉は未だに耳に残っています。このときからですよ、データに夢中になったのは。相手の自分に対する攻め方が変わったのか変わらないのか。それを知るにはデータしかなかった。


現役時代、友人に頼んで稲尾の投球フォームをカメラで撮影してもらい、その映像をテープがすり切れるくらい見て研究しました。そしてボールの握りから、インコースについては100%わかるようになった。稲尾攻略です。しかし、それに気づいた稲尾も対応してくる。他の投手もグラブでボールを隠すようになるのはこの頃からです。


素振りはつまらないし、回数を基準にすると続かない。私がこの単純作業を継続できたのは、振ったときのブッという振幅音に興味を持ったから。ミートポイントで力を爆発させるようなスイングができたときは、この音が短い。そして、この短い音を出すためには、力を抜いていないとダメだということに気がついた。これがおもしろくて、1時間、2時間はすぐに過ぎていきました。


野球に限らないだろうが、「一流」と呼ばれる人間は、100人に1人いたらいいほうだ。しかし、そんな才能ある人間も、必ず多くは脱落していき、ダメになっていく。努力するよりもラクな道を選んで、成長しなくなるからな。俺の知る野球の世界でいえば、堕落の原因となるのが「酒、女、ギャンブル」の3つだよ。


場数を踏めば踏むほど、間違いを多く経験してどこに問題があるかを探そうと、普段より頭を使うようになる。負けた時こそ「なぜだ?」「原因は?」「どうすれば勝てる?」と考えるからね。だから俺は「失敗」と書いて「せいちょう」と読む。その意識を持てるか。それが経験を糧にできる人とできない人の別れ道じゃない?


相手の気配を感じることは大事。鼻が利く……というのかな。ただぼーっと状況を見るのでなく、見えない何かまでつかみとり、洞察力を働かせる。そして相手の気持ちや考えを推し測るのは、勝利のセオリーだから。


第1段階は「強い欲を持つ」ことだ。「優勝したい!」「稼ぎたい!」。こうした目標や夢があれば、「絶対に勝ちたい!」という執念が宿るもんだよ。すると「勝つには何をすればいいか」「足りないものは何か」と自ら努力し始める。


俺は自分が歩んできた野球での経験しか話さないし、それしかできない。おかげさまで、いろんなところから講演の話もいただくけど、そればかりさ。どんな世界でも通じることがあるんだろうね。


チームメイト、コーチや裏方のスタッフに応援してくれるファン……。「大勢の人が自分を支えてくれている」と認識していると、ここ一番の勝負所で、集中力が違ってくる。自分の成績や名誉だけしか考えていない人間は、それがないから、逆に気負って空回りするんだ。


記録とは自己満足。そんなもの人生で何の役にも立たないから、(自分が持つ記録を抜かれても)別に腹など立たんよ。そもそも俺は怒ったり、カッとなることなどない人間だ。ボヤくだけや。感情に走ると勝利はこぼれ落ちる。平常心なき者は、勝負ごとで力を発揮できないからだ。


ウソといえばそれまでだが、頭を使った駆け引き、詐欺師ともいえる声がけは、自軍には励ましや、勇気づける道具になる。裏を返せば、ウソが下手な正直人間は、部下や周囲をもり立てるのが下手、ということなのかもしれない。


監督業の基本の「き」は人を見抜くこと。野球には9つのポジションと打順があって、それぞれ違う役割がある。その役割にフィットする人材を置くことが勝利のセオリー。ようするに、監督というのは選手一人ひとりの適性を見抜く眼力がなければ務まらない。


人を見抜き、適材を見出すコツはゼロベース、白紙の状態で人を見るということ。「彼はずっとあの仕事をしていたから」「あいつはこういう役割だから」。そんなのは前の監督、会社だったら上司が、間違って押しつけたことかもしれない。人を見抜きたいなら、心がけたい言葉はこれや。「先入観は罪、固定観念は悪」だ。


「選手が最も活きる場所、光る場所はどこだろう?」を念頭にしっかりと人を見る、適性を見抜く。野球の監督のみならず、チームを率いる時、これが外せない第一歩になる。実はこうして見抜いて適材適所に配置すること。それこそが、人を再生させるコツ。野村再生工場のカギだったんだよ。


見抜くというのは、言い換えれば「観察して、洞察して、分析すること」。宮本武蔵の『五輪書』に「観見二眼」という言葉がある。相手の動きを実際に「見る」のはもちろん、相手の心の動きまでも「観る」ことが大事だという意味。そんな意識を持つことが、人を見抜くコツだよ。


問題は不調に見舞われた時、多くの選手が「技術」ばかりに目が向くことだ。「フオームが悪いのでは?」と悩み過ぎ、コーチや記者にまで意見を求め始める。そして迷い、むしろフォームが崩れ、また自信喪失という悪循環に陥るんだ。


「負けグセ」というものがある。何をやってもうまくいかない。することなすこと悪い方に転がる「スランプ」のことだ。野球に限らず、どんな仕事にだって、好不調の波はあるだろう。しかし、大事なのは復調する術を知っていることなんだよ。


「弱い相手からは、必ず先に点をとれ」。南海で選手だった頃、鶴岡一人監督に徹底して叩きこまれた考え方が、それだった。弱いチームは心が弱い。失点すると「また負けだ……」とすぐ心が折れる。だから先制点で出鼻をくじけば、いとも簡単に自ら調子を崩す、というわけだ。


考えた後で、観察すると、ふと浮かぶ時があるんだよ。考え抜いていなければ、同じものを見ても気づかないはずだ。だから俺は常に野球のことを考えるし、ID野球といわれたように、敵も味方も過去のデータを徹底的に集めたわけだ。


ひらめきというと、直感的な思いつきや、突然アイデアが降ってくるようなものと考えている節がある。それはまったく違う。それまで得てきた知恵や知識を少しずつ蓄積してはじめて、いままでにないユニークな発想が生まれてくるんだ。


運は、すべて「準備を怠らなかった」から引き寄せられたとも思っている。いつかチャンスが来るから、と信じて練習を続けたからな。準備さえできていれば、突然、目の前に現れるチャンスを逃がさずつかめる。努力なき者はこれができない。それこそが幸運・不運を分ける正体じゃないかな。


いま思い返すと、俺を引き上げてくれた2軍コーチやキャンプで俺を試してくれた鶴岡(一人)監督との出会いというのも、ツイていたからなんだろうな。良きにせよ悪しきにせよ、人との出会いもまた運だよ。


リーダーというと口が達者で、能力が高い者が組織を引っ張るべき人間のように思われがちだ。が、本来それだけの人材では、真のリーダーには到底なれない。むしろ、つべこべ言わず自らの言動や所作、いわば「背中」を見せることで、周囲を引っ張れるのが、誰もが認めるリーダーになれるわけだ。


言葉の力が強いだけに、禁句というのもある。「妥協、限界、満足」や。「この程度でいいや」「そろそろ限界だ」「もう十分だな」。そんな風に自分の器を小さく見積もるようなことばかり言っている奴は、本当に小さな器になる。自分の言葉で、自分の成長を止めているようなものなんだよ。


ヤクルトの古田(敦也)にせよ楽天の嶋(基宏)にせよ、彼らにはよくこう言ったもんだ。「(配球の)根拠は何や?」とね。どんな組み合わせを選び、捕手に投げさせるかは監督ではなく捕手のサインにかかっている。野球はドラマだ、なんていわれるが、それなら捕手は「脚本家」といっていい。だから、俺は捕手の配球に、必ず根拠を問う。


選手によく使ったのが、「とは」という言葉だ。「野球とは?」「勝負とは?」「バッティングとは?」。ものごとに関して、しっかりと問題意識を抱き、自らの頭で考えているか。それを問う意味で、常に「~とは何か?」を問うてきたんだ。プロ野球選手が「野球とは?」と聞かれた時に答えられなかったら、それは「考えてない」ということだ。


選手たちに野球を離れて人間学のような話をしたのは「野球だけの人間になってほしくない」という思いもあった。プロ野球選手は30代後半にはほぼ引退する。だからこそ結果を出して選手生活を駆け抜けてほしいし、引退後も活躍できるような人間になって欲しかったからね。


チームのマインドを変えるのは監督の大事な仕事。肝心なのは何事も最初だ。だから、俺は就任直後、アリゾナのユマという田舎町でキャンプした。田舎町で野球しかできないという最高の環境。そんな場所にまずチーム全員を置いたんだ。

【覚え書き|ヤクルトスワローズ監督就任時を振り返って】


大きな大会で勝つチームというのは「実力」以外のところで差が出る。それほどのレベルになると、出場チームの力は拮抗するからね。それは「腹を決めて勝負しているか否か」ということ。ひとことで言えば「覚悟」だ。


真にプロフェッショナルならば、ミスはまず「恥ずかしいこと」と感じなければ失格だ。恥ずかしいと受け止めて初めて「二度とミスしたくない」と思い、「じゃあ、どうすれば失敗を回避できるか。改善できるか」と考えられるからね。


今年から俺がヤクルトの監督になったが、大きな責任と覚悟を持って監督をやるつもりだ。一人が誰かを支えて「人」になるように、みんなも誰かを支えてほしい。そして、本気で、覚悟を決めて野球に臨んでほしい。


「弘法筆を選ばず」という言葉は、書の腕も一流だった弘法大師のような達人は「どんな道具を使ってでも、いい仕事ができる」という意味だ。しかし俺は道具にこだわる者こそが、一流のプロだと思う。道具が変われば結果が変わることを、味わってきたからな。


ミーティングでは、直接野球とは関係のない話もした。「人間とは何か」「プロとは何か」「生きるとは何か」。こうした哲学めいたことを考えさせることで、「人として」「社会人として」の力が伸びる。野球人もひとりの社会人だ。人としての成長がなければ、野球選手としても成長しない。それに選手生命を終えた時、他の世界で通用しない人間にはなってほしくなかったからだ。


監督時代、俺がミーティングでことあるごとに話したのは、煎じ詰めれば「無形の力を養え」ということだった。ヤクルト、阪神、楽天……と、俺が請け負ったのは才能と力に溢れたチームというよりも、他より劣った弱いチームだ。打力や走力、球の速さなど「目に見える力」では勝ち目がないし、伸びしろも少ない。しかし、配球や駆け引き、相手チームのデータ分析、さらには敵の心理を読んだ上での戦術といった「形のないもの」を感じとる力は、後からでも養える。努力でいくらでも磨けるからだ。裏を返せば、こうした無形の力は自ら学び、磨くことが欠かせないということだ。


2007年4月の対日本ハム戦、2回途中から中継ぎとして一場(靖弘)に投げさせた。6回まで毎回得点。5回の間に18被安打、14失点というすさまじい打たれっぷりだった。交代させなかったのは、「あえて恥をかかせた」かったから。学生時代の栄光を引きずっていた一場に、一皮むけてほしかった。打たれて、打たれて、ボロボロになって、「恥ずかしい」「なにくそ!」という気持ちを奮い立たせたかったんだ。その後、一場は球団初の最下位脱出の立役者のひとりとなってくれた。


現役時代、俺が毎晩、宿舎で誰よりも素振りをしていた。テスト生として入団した俺は劣等感の塊。いつクビになるかわからない危機感を持っていた。だから、練習後も試合後も「うまくなりたい」と常に素振りしていたわけだ。夜になると、夜の街へ消えていく他の選手とは対照的にな。むしろ「どんどん飲みに行け」と願うほどだった。ライバルが減るからな。


一芸に秀でた人間が、気づけば他の芸も身につけ、さらに一流のプロとして磨きをかける。そんなことも少なくない。ひとつを極めた人間にとっては、別の道でも「何をどうやれば結果が残せるか」が見えやすくなる。そして、一芸で得た「自分はデキる!」という自信が、別の道でも自分を磨く時の余裕となる。つまり一芸があれば、他の道も開くんだよ。


この年齢になると、食よりも、俺が体力や気力を維持させられる理由は「睡眠」かもしれんな。昔も今も1日8~10時間は寝るんだよ。年寄りは眠れなくなるというが、俺はいまもそれだけ寝ている。カメ理論だよ。ワニやカメみたいに、じーっとしている動物ほど長生きするものだ。だから、俺はしぶとい(苦笑)。

【覚え書き|80代になってからの言葉】


「酒」でダメになるという人間が、圧倒的に多いんだ。理由は簡単だ。女性に関しては相手の都合がある。ギャンブルはカネがいる。しかし、酒だけは24時間飲むことができる。タダ酒の機会もあるし、自制心がないと転がるように酒に溺れてしまう、という仕組みだ。多少は遊んでも構わないだろう。しかし、酒は思っている以上に怖いんだよ。自制が利かないなら、飲まないほうがいい。俺はそう思い、酒を飲まなかったんだ。


叱られて燃えるか、褒められたら頑張ろうとするか。自信のない自分に共感して欲しい、そっとして欲しいかも違う。性格や習性によって、欲しい言葉もタイミングも違うってことだよ。裏返せば、上滑りの言葉や間の悪い言葉はむしろ「俺なんて見てくれていないんだ」と自信をなくさせてしまう。だから相手がどんなタイプか見極めることが、重要なんだよ。


相手の気配を感じる力は「勘ピューター」のように天から降ってくるものじゃない。普段から相手を観察し、データをとって分析する地道な努力。面倒をいとわず情報と知識を詰め込んだ者だけが手にできる境地だから。要するに相手を読む執念が大事なんだ。「気配を感じ取る」「洞察力を働かせる」力は、観察して分析し、考え抜いた上ではじめて成り立つもの。またそこまで考え抜くから勝てるんだよ。


「個人の成績がチームに対する貢献になる」と考える選手がいる。逆だよ。「チームの勝利を目指してそれぞれが取り組んだ結果が、個人の成績になる」。だから、監督になってからも、俺は選手たちに「チームのために戦え」「他人への感謝の気持ちを忘れるな」と常に言った。自分のことだけを考えて仕事をするヤツは、長く続かんよ。


俺は、現役時代657本のホームランを打った。それなりの個人記録だよ。しかし、ホームランの数を狙って重ねてきた数字ではない。「俺が俺が」とホームランを狙って打席に立つと、バッターというのは必ず力み過ぎ、読みもフォームもおかしくなる。しかしチームのため、勝利のために「確実にヒットを出そう」と考えるから、全神経をピッチャーの投げる球に集中できた。余計に力むことなく、バットを振れた。それがホームランにつながり、結果、チームに勝利を引き寄せたんだと感じている。


勝負とは、確かに力と力、知恵と知恵のぶつかり合いだ。しかし、人間が互いに競り合う時、そこには必ず、感情や性格といった心理的なものが大きく関わってくる。いくら力がある者でも、ふとしたひと言で心が動揺することはある。いくら優れた技術を持った者でも、心穏やかならぬ出来事があれば、ワザの精度は狂うからな。これを戦略的に武器として使ったのが「ささやき戦術」だよ。


怒りに感情を左右されないためには、敏感さを磨くことだな。怒りで我を忘れるのは、いわば鈍感である証拠だ。カッとなって平常心を失ったら自分の力は発揮できない。そんな当たり前のことに気づけないのは、鈍感そのものだからなんだ。自分のキャリア、仲間からの信頼……。そうして積み上げたものを、怒りの感情は一瞬にして台無しにしてしまうことがある。日頃から丁寧に仕事を積み上げてきたならば、そんな無謀なことができるはずがない。では、敏感さはどう磨けばいいか、といえば、それは丁寧に仕事をするしかない。


「イチローの弱点を徹底的に見抜いてやろう!」。そう思ってスコアラーも交えて、徹底的にイチローのビデオを見て、分析したんだよ。出た答えは「攻略法がない。打たれるのは仕方ない」(苦笑)。じゃあ、どうしたか? 俺はマスコミを使ったんだ。テレビ局の取材で「ああいう特別な打者は逃げたら必ず打たれる。だからイチロー攻略には危険を承知で、思い切って内角中心で攻めさせます」と大胆に宣言した。それもイチロー、そしてオリックスの仰木監督の耳に届くようにな。そしてシリーズが始まると、イチローが打席に立ったとき、思い切って外角攻めをした。コメントで内角を意識させておき、逆をついたわけだ。さすがの天才も崩れたよ。シリーズ中はイチローの打率を2割台に抑えて、ヤクルトは4勝1敗で日本一になった。


俺の場合は、子供の頃から「打撃の神様」といわれた川上哲治さんが憧れだった。だから2軍の時から、オープン戦で巨人と対戦する時は、いつも川上さんの練習ぶりを見ていた。すると、ある時、練習で川上さんがいつもゴルフのように、やたらと低めの球を打つ素振りをしていることに気づいた。「なんであんなことを?」と考えて、自分でもマネしたんだ。聞きにはいけないからな。マネして低めに何度も何度も素振り……。すると、ハッとわかったんだ。その後、普段通りに素振りすると、何も負荷がかからない。しかし、低い位置で素振りしていると「膝」「腰」の使い方、回し方がより強調されるんだ。下半身の使い方を体に覚えこませるため、低めの素振りをしていたんだな。引退後、川上さんと話す機会があり、尋ねたら「その通りだ」と言っていたよ。


不調に陥ったら3つの側面から原因を究明するべきなんだ。

  1. 「相手の変化」。敵に自分を研究されたら、当然成績が落ちる。自分のクセを覚えられたことを、不調と勘違いすることも多い
  2. 「肉体疲労」。この場合、技術を見直すことなどせず、単に体を休ませるべきだ。
  3. 「技術的な問題」。人によっては不調になって思い悩み過ぎ、本来の良いフォームを崩して、なお成績を下げるから気をつけたい。

「不調になったら汗をかけ!」。昔の野球界には、そんな言葉があった。いかにも古くさい考え方だが、じつは一理ある。というのも、思い切り走るなどして汗をかくと、それに没頭して、配球や打撃の不調など忘れられるからな。不調な時というのは、ムダに心が乱れ、冷静な判断ができなくなる。しかし、その根本的な原因である野球そのものから一度離れれば、冷静になれるわけだ。


バッターが不調になる原因で意外に多いのが、「ホームランへの欲求が出てきた」時だ。ジャストミートしたボールがスタンドに吸い込まれる。大歓声に包まれる中、ダイヤモンドを悠々と駆けめぐる。ホームランには打った者だけがわかる唯一無二の快感がある。それが、怖い。たとえば、ヤクルトの飯田(哲也)。そもそも俊足が売りで、ヒットをコツコツと重ねるタイプの打者だ。しかし、ホームランを打つと、途端に飯田は大ぶりになるクセがあった。結果、打球は伸びず、内野ゴロばかり続く、という不調によくみまわれていたよ。


相手チームには、データから導き出した策でなく、いかにも「ひらめき」のように見せておくことも肝要だ。「データに裏打ちされた戦略的なチーム」よりも「わけのわからないことをしてくるチーム」と思わせたほうが相手の警戒心が強まる。そうすると、常に「何か奇策があるのでは?」と勝手に深読みしたり、不安になってくれる。精神的にもこちらが優位に立てるわけだ。事実、何も考えていない時でも「ノムさんのことだから、何やってくるかわからない」と言われたものだ。人はミステリアスに思われたほうが、相手にとって怖いものなんだよ。


監督時代、知将といわれた俺は、常に突拍子もない「奇策」がひらめいていたように思われていた。しかし、いわば誰よりも野球のことを全力で考え、知識を増やし、知恵を絞ってきた結果でしかない。「あのピッチャーのクセはなんだろう?」「あのバッターを攻略するにはどうすれば?」。暇さえあれば、そんなことばかり考えていた。こうして考え続けているとな、ひらめくんだ。


俺は「運」というものをことさら意識して生きてきた。例えば「ゲン担ぎ」。現役時代、俺は連敗すると、球場入りするコースを変えていった。パンツもだ。試合に勝った日は下着を変えなかった。ただ5連勝もするとさすがに臭って、困ったもんだ(苦笑)。こうしたゲン担ぎに効果があったのかどうかはわからない。しかし、運は自らたぐり寄せられる。ずっとそう思って生きてきた。


かつて社会人野球でシダックスの監督を3年したことがあるが、彼らの学びたいという姿勢は怖いほどだった。社会人野球の選手や監督にとっては、俺たちプロを「野球博士」くらいに思っているからね。オープン戦の時なんて、相手チームの監督、コーチに呼び出されて「選手に効果的な練習法とは?」「野球における監督の役割とは?」と、「とは」「とは」「とは」のオンパレードや(笑)。正直、俺ですら答えに窮することがあった。おかげで「野球とは?」「監督とは?」という本質的なことを改めて考え、理解できるようになった。そして他人に伝えられる言葉を手にできた。それ以前よりも、確固たる自信をもって監督業ができるようになったんだ。


現役から退いてから9年間、野球評論家をしていた。当時の監督・コーチは、ざっと見渡しても全員大学出の名門野球部出身者。田舎高校からテスト生で成り上がった俺が監督になれるとは思ってなかった。しかし、ヤクルトから突然、声がかかった。相馬(和夫)球団社長に「なぜ、俺なんですか」と聞いたよ。開口一番「野村さんの明快な解説をTVや新聞でみて、これが本当の野球だと思った。ぜひヤクルトに野球の真髄を教えてください」と返ってきたんだ。仕事は一生懸命やるもんだと思ったよ。評論家になってから、克明にスコアをつけて、試合の問題点は何か、投球の根拠はどこか、と真剣に伝える活動していたのが報われた気がしたね。見ている人は見ているんだって。


うちは貧乏だった。ある日、母が言うんだ。「かっちゃん、学校の成績は兄ほどでもないし、中学を出たら就職して、私を助けてくれないか」。ショックだったよ。望みをかけていたプロ野球への道もすぐに消えるのかと。ただ、人生は面白いものでな。夢が夢として消えかけたとき、必ず誰かが支えてくれるんだ。最初は兄だった。3つ上の兄は俺と違って成績優秀。オール5の秀才だった。その兄が母親に言うんだよ。「俺は大学に行かず就職する。克也を高校に行かせてくれ」。嬉しかったな。兄のおかげで母は折れ、俺を高校に行かせてくれた。プロ野球選手への道は閉ざされずに済んだわけだよ。


公然と「俺は個人の成績のために頑張る」と豪語する人間を「立派な目標だ。力を貸してやろう!」と、周囲が本気で思うはずがない。勝手な目標は組織の和を乱し、勝負の足を引っ張ることになる。ライバルに勝つ。個人の好成績を目指す。大いに結構だが、それは胸に秘めておくべきだ。あくまでチームの目標が第一なんだよ。その結果として個人の目標、成果がついてくるんだ。会社と社員の関係でも似たところがあるんじゃないか。


個人的な目標は「心の中で思う」だけが正解、ということだ。「今年の目標は?」と聞かれて、個人の成績や数字を口にする選手がいるが、あれは二流選手の証拠だよ。野球はチームで勝利を目指す団体競技だ。いくらホームランを量産しても、ストライクを重ねても「チームの勝利」に貢献できない選手に価値などない。「いや、俺の成績が良ければ、チームに貢献できるはずだ」と言う者もいるが、それは詭弁だ。個人を優先する人間は、局面局面で自分勝手なプレーをしてしまう。ランナーを確実に送るべき場面で、力んだバッティングをしてチャンスを潰すようなことをしてしまうんだよ。


今の目標はピンピンコロリ。周囲に迷惑をかけずポックリ死ぬことだよ(苦笑)。ただ現役時代は、誰より強く目標を胸に抱いてバットを握り、マスクをつけていたよ。例えば南海に入団して間もない頃は「一刻も早く成功して田舎の母親を楽にさせてやりたい」一心だった。だから先輩に飲みに誘われても、断って毎日寮の庭で素振りに打ち込んだ。「誰よりもうまくなればレギュラーになれる。人の3倍は練習しよう」と、ガムシャラに頑張れた。ただし、いっぱしのレギュラーになった後は、俺の目標は別のものになっていた。王だ。あの王貞治だよ。ライバルを言い換えると「目標」になると、俺は思う。「彼に勝ちたい」という思いは、強い動機づけになるからね。


最近はハングリー精神を持てず大変じゃないか? 俺が子供の頃は戦後まもなくで、みな貧乏。京都の片田舎で金持ちになろうとしたら、プロ野球選手になるしかないと思った。そこで新聞配達などしながら、入団テストを受け南海に入った。2年目にはクビ宣告までされたけど「南海電車に飛び込む!」と言い、球団に解雇の撤回をさせたよ。


最も大切なのは1戦目だ。弱いチームの特徴は、出鼻をくじかれると見るも無残に倒れていくことだ。初戦で負けると「やはり俺たちはムリだ」「勝てるはずがないんだ」と勝手に思い込んで、いつも以上に力が発揮できなくなるからな。しかし、初戦で勝つと弱いチームほど逆に、勢いづく。「俺たちは強い!」「思ったほど相手は強くないぞ!」と強く思い込む。いつも以上に自信を持って戦えるんだ。


衣食住なにひとつとってもプロ意識とつながるよ。今の選手たちは栄養の知識もあるし、食事のバランスもいいが、果たして意識はどうなのかね?


能動的に言葉を聞き入れる意識を持たせるのは簡単だよ。こう聞くんだ。「今後どんな選手になりたい?」「いくら稼ぎたいんだ?」。そして、続けて言うんだ。「そのためにどうすればいい?」。モノが溢れた時代を生きる今の若い奴らはハングリーさがない。しかし、だからこそ夢や目標を明確化して、「何のために自分は頑張らなきゃいけないか」を示してやらないといけない。夢のために「変わらなければ」とくすぐる必要がある。面倒臭いことではある。しかし、そこまで考えてやらな。下地となるのは愛情だろうな。下地が無いまま「こうしろ」「ああやれ」なんて声かけしていても、人は動かないよ。


技術についてアドバイスする時は、「すぐには教えない」ことが大切。進歩とは「変わる」ということ。上司や監督はそのためにアドバイスする時は、「すぐには教えない」ことが大切なんだ。人は変わることを基本的に嫌がる。変えることで「今より悪くなる」という不安が、行動に待ったをかけるんだろうね。だから頭ごなしに話してはダメ。相手が自ら思い悩み、「この状態から変わりたい」と能動的になっているタイミングを見計らう。そうなった時、人はスポンジが水をすいとるように言葉を染み込ませていく。


俺の場合、選手を再生する時に、もっとも意識したのが「自信をつけさせること」だった。なぜか? 力を出せずにいる選手に共通するのが「マイナス思考」だからだよ。「僕にはこれが限界です」「どうせ、俺はこの程度だから」。くすぶっている選手は、自分が作った限界という殻にとじこもっていることが多いんだ。しかし、プロ野球選手として球場に立っている時点でそれなりの力を持っている。それに気づかせ、自信に火をともすのが指導者の役割なんですよ。野村というと「ボヤき」や「叱っている」イメージしかないだろうけどね(笑)。俺はそう考えて声をかけてきたんだ。


俺が南海に入団した4年目の時、パ・リーグでホームラン王をとったんだよ。しかし、この後、壁にぶつかったんだ。翌シーズンが始まると、パッタリと打てなくなったんだ。「もっと練習するしかない!」と毎晩のように素振りを繰り返し、手は豆だらけ。ところが、打てない。打率も2割6分、2割5分……と、みるみる落ち込んだ。いったい、どうすればいいんだ、とロッカールームで頭を抱えていた時、先輩が見かねて言ってくれた一言がヒントになった。「野村よぉ。殴った人間っていうのはそれを忘れても、殴られた側は痛みを忘れないもんだぞ」。ハッとしたよ。俺はスランプを自分の目線でしか見ていなかった。「相手から自分を見る」という視点が抜け落ちていたんだ。そこにスランプを抜け出すヒントがある、ということにも気づいた。ホームラン王になった俺自身は変わらない。しかし、若造に打たれた相手チームのバッテリーは、悔しさとともに俺を警戒し、研究するようになっていた。つまり、スランプ脱出のためにすべき努力は、自分目線で素振りに梢を出すことじゃない。相手目線、つまり「敵チームのバッテリーの配球をどう読むか」だったんだ。


南海に入って4年目。俺は3割打者となった。プロとして満足な結果や。ところが、5年目の打率は2割5分。翌年以降も似たようなもので、気がつけば打順も8番が定位置になった。最初は焦ったよ。打率で3割と2割5分では評価が大違いだからな。ただ、この時、「2割5分」という数字をズラしてみたんだ。「100本のうち25本をヒットにする」。それが2割5分だと捉え直したんだよ。じゃあ3割はわかるか? そう。「100本のうち30本ヒットを打つこと」だ。ようするに、その差は「5本」でしかないんだよ。「たった5本か」と思えるだろ? そうしてまず気持ちを軽くしてから、俺は昔読んだテッド・ウィリアムズの打撃論などを読み直した。もちろん自分の打撃も見直した。「たった5本だ」と軽くなった頭と体に、改めて打撃の基礎理論が染みこんだ気がしたよ。結果、8年目の時、打率を2割9分6厘にまで戻した。


ヤクルトの監督を引き受けるに当たり、「3年欲しい」という条件を出した。監督が変わったからといって、当時のヤクルトのような弱小チームが、ガラリと変わることはない。1年目はまず畑を耕すことからしなければならない。2年目にいいタネをようやく蒔いて、それを育てる。つまり、チームが花を咲かすのは、早くても3年後になるからだ。わがままな頼みだ。しかし、相馬さんは言ってくれたよ。「野村さんには悪いが、素人の私も監督を代えたからといってうちのようなチームがすぐ優勝できるようになるとは思っていません。急がずゆっくり選手を教育してやってください」とな。この言葉に支えられて、俺はヤクルトを文字通りじっくりと畑から耕すように育てられた。結果、3年目でリーグ優勝――。あの時、「3年ください」と交渉しなければ、なしえなかっただろう。


「監督をしてもらえないか?」。現役をやめ野球解説者になった頃、突然、ヤクルトの当時の相馬(和夫)球団社長が家を訪れ、そう言われたんだ。耳を疑った。南海から西武まで俺は一貫して現役をパ・リーグで過ごした。セ・リーグには縁もゆかりもなかったからな。しかし、相馬さんは続けた。「野村さんの解説を聞き、サンケイスポーツの連載を読んで、これぞ本物の野球だ! と感心していた。ぜひ、うちのバカどもに本物の野球を教えてやってほしい。そう思って、お願いにきたんです」。見ている人は見ている。仕事は一生懸命やるもんだと、強く感じたよ。


野村克也の経歴・略歴

野村克也、のむら・かつや。日本のプロ野球選手、監督。現役時代は南海ホークスの名捕手として活躍。通算成績2901安打、657本塁打を記録。引退後はヤクルトの監督として采配を振るい、同チームを日本一へと導く。その後、阪神タイガースやシダックス、楽天ゴールデンイーグルスなどの監督を務めた。

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