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野坂英吾の名言

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野坂英吾のプロフィール

野坂英吾、のさか・えいご。日本の経営者。リサイクルショップ「トレジャー・ファクトリー」創業者。神奈川県出身。中学生時代に起業家になることを志す。大学卒業後にリサイクルショップで起業することを決意し、大学在学中に既存のリサイクルショップを回り調査を行う。日本大学卒業後に開業。同社を成長させ上場させた。

野坂英吾の名言 一覧

かつては無理でも、現在は技術革新で可能になったことが多くあります。自分なりの視点で世の中に必要とされる変化を生み出してほしい。


私にとって企業家精神とは、「不可能を可能にしていくこと」ですね。このテーマは身近なところにたくさん転がっています。大革新ばかりが目立ちますが、身の回りの些細な事柄でも構いません。大切なのは、実際に挑戦することです。


「厳しい道の方が近道なんだ」と信じ切り、最短の道を選ぶための辛抱だと思えば耐えられます。自分が実現したい目標があるのに、自らその道を閉ざすことはありません。


何でも技を会得するときには、3回位は壁を乗り越えなければなりません。そんな時は、「そうすることが近道なんだ」と自己暗示をかけることです。


老舗の鰻屋のタレは、何年も継ぎ足し継ぎ足しながら熟成され、美味しくなります。企業も同様で、経験を通してフィードバックし、ブラッシュアップを続けることで、企業文化は成熟すると考えます。


会社が危機のときは今までのやり方が通用しなかったときですから、変化が求められます。つまり思い切った変革が出来るチャンスでもあるわけです。


リーダーは問題の根源に対して手を入れて行かなければならない。


常に3つぐらい手を打っていかないと、危機的状況は回避できない。


経営で重要なことは修正力。どう計画を変化させていくかがポイント。


他社との小さな違いを1000個つくることが大きな差別化になり、強さになる。


何かひとつのことで差別化する企業は実際は弱いのではと考えています。何か他と違うことを打ち出しても、すぐに他者も同じようなことを始めます。


地域やその時によって売れる商品は変わっていくが、その変化に対応出来ているかが重要。現場が臨機応変に行動できるかどうかが差別化になる。


次の高い次元の目標を設定することが成長につながる。 目標を設定し、それを達成する前に次の高い次元の目標を設定することが成長につながる。


結果を求めすぎて急ぎすぎたり、無理をすれば、ゴールには到達できません。プロセスを大事にしなければ、継続的な結果は出せないのです。


POSと店長や店員の知識やノウハウを積み重ね。デジタルとアナログを融合しているのが我々の強みです。


最近、何で新規事業に取り組めているのかと考えていたら、既存事業を任せられる人が育ってきているからということに気付かされます。


企業が次のステージに行くためには、時間やお金がかかっても組織の体制を整えること。これが年商30億の壁を超えられるかどうかのカギ。


たとえば、レジ内の導線。スタッフの動く導線を少し変えるだけで、何十万、何百万と業績に大きく反映されます。


私はこの場面は、あくまで氷山の一角ではと想像し、この状態の最悪のケースはどんな場面か考えます。今回一つのことを注意し、正しても効果は限定的です。


社長が直接伝えるのではなく、第一世代が第二世代を育てる際に、同じレベルまで引き上げられるかどうか、そのギャップを最小限に留めることが出来るかどうかが、経営者としての階段を上れるかどうかの分かれ目になる。


リーダーは自責で考える人が多いと思います。しかし、自分が悪いというのは潔いとは思いますが、本質的には問題解決になっていないケースが考えられます。何とか状況を変えることが出来ないかと考える方が前向きです。是非、自分事フィルターを実践してみて下さい。


育成についても、会社としてこれだけのことをしたから充分だと決めつけてはいけません。入社してくる人も年々変化しているので、現場に出してからズレが生じた際には、フィードバックして、育成基準にその結果を戻して、織り込む様にしています。


苦しいときにこそ、基礎体力をつくる。天候が悪いときや、足に違和感を感じたときこそ真価が問われる。


売上げ、店舗数、業態が増え、Eコマースも手掛けるようになりましたので、多様な人材が入社してくれるようになったという印象です。企業規模の拡大と共に働き方や仕事の内容も多様化して、個々の社員にそれぞれの能力を最大限発揮できる場を提供可能になったと実感しています。


あえて急成長している経営者たちと接することで、自分自身もまだまだ上を目指さなくてはならないと刺激を受けるようにしています。現状で満足してはいけませんね。


急成長している経営者と可能な限り接するようにしています。スピード感のある企業家と話すことで、自分の潜在的に持っているスピード感の限界まで引き上げられる効果があるように思います。


何事も継続して積み重なっていくことを大切にしています。たとえばルールを作る上でも、それがきちんと継続できるものなのかどうかについて検討しています。


最近、社内から次々に新しい事業アイデアが生まれてきています。実は今、当社では月間300件の引越しを仲介しています。引越しの時には不用品が出ます。ですから不用品を当社で買い取り、それを引越し代金と相殺するのです。そうすることでユーザーは引越し代が安くなり、当社は不用品が手に入る。これも現場から生まれてきたアイデアです。


放っておいたら高く売れるのではなくて、売れるための売り場作りをしなければならない。「これはこういう理由で安い」とその商品の価値をしっかり伝えることが重要です。接客の技術もそうですし、値札での表記もそうです。


どのユーザーがどの商品を欲しているのか、そうでないかを数値で分析し、欲しいと思っていただける価格で出すのです。求められる商品は20年もやっていれば変化してくるものです。それを揃えられるのが私たちの強みであり特徴だと思います。


大学4年生のときに事業の選定を行ったのですが、まずは「身近なことで長く続けられること」、そして「社会に貢献していることを実感できる仕事」という視点で考えました。最初は50個ほど事業を考え、そこから今のリユース事業に行き着いた形ですね。このビジネスで行けるかどうかの確証はありませんでしたが、リユースなら自分が頑張り続けられるなっていうのはありました。もともと私自身が学生時代から環境問題やエコなどに興味を持っていたからです。


会社の未来に影響を与える採用条件ひとつにしても、定期的に確認することをお勧めします。常に採用基準は能動的に動いているものですから、一度決めたことも不変ではありません。見直しが重要です。必ず結果と照らし合わせ、採用条件に織り込み続けることです。


企業のステージが変わるポイントは、社長が直接教えることが出来た世代から、社長が育てた世代が次の世代を教えるタイミングです。仲間を増やし育てるという面で大きな局面の変化と言えるでしょう。第一世代から第二世代への人材育成の仕組みを構築できるかどうかが、企業の成長に大きな影響を及ぼすことになります。


組織の成熟具合によって情報管理も違ってきます。企業の成長に合わせ、他店舗の数字や成功例・失敗例も共有出来るように変えていきました。他店舗との比較から打てる手も変わってきます。弊社でも、株式上場を意識し、店舗展開のスピードを速めていった際に情報開示の方法を変えて、危機を乗り越えました。


各部門のリーダーにも意思決定を早めて欲しいのですが、前提条件や現状把握をしっかり出来ていない上での判断は危険な行為です。例えば、上長に指示を仰ぐ際にも、相手の立場になって考えていないと意思決定するだけの十分な情報を提示できていないということが考えられます。そんな状態で正しい判断が出来るとは思いません。


「貧すれば鈍する」と言います。失敗をして余裕がないとき、事前に対応策を用意していないと小手先の手立てしか打てません。するとさらに失敗を重ねてしまう。状況はさらに悪化し、リカバリーが難しくなります。往々にして初期の失敗の傷は小さいものです。早めにその時に打てる最良の手を打つことです。


先輩経営者から聞いた失敗談を自分だったらどう対処していただろうかと「自分ごと」として考える習慣を意識してきました。「変換力」と呼んでいますが、たくさん疑似体験をしてきたことは役に立ちました。


私自身もこれまで無意識に出来たと思っていたことも、よく考えてみると先輩経営者から教えてもらった話を自分流に取り入れたものだと気付きました。ですので、私たちよりも若い世代の人たちが、「野坂さんの事例を参考にして、会社が成長しました」と言って貰えたら幸いです。


創業から20年が過ぎました。これまで起業・経営に関する取材も数多く受けてきました。会社の経営や他社の経営者との触れ合いを通して多くの事例を見てきました。出版社から1冊の本にまとめないかと提案を頂き、今回本を出すことになりましたが、自分の考え方を振り返るいい機会になったと思います。


会社がピンチの時は追い込まれているので、冷静に正常な判断を出来ないことが考えられます。社長は事前準備をしておくことが求められます。メンバーには考えも付かないが、「なるほど、その手を打てば良くなるよね」という案を提示できるか問われています。


どんなに辛い現実でもその場から逃げられないのが社長です。逆境のときこそ、その人の実力が試されるといいます。それはピンチの時に人間の本性が出るからです。私が大きな壁に当たったときも、ここでどう対応するか周りの人は見ている、ここが勝負どころだと覚悟を決めました。


私は経営をする上で「再現性」や「継続性」を心掛けてきました。それは何故かと言うと、理由も分からずに、たまたま成功することほど怖いことはないからです。上手くいったのだから、そこまで気にしなくてもいいじゃないかと思われる方も多いでしょう。そこが「継続して結果を出し続ける経営」が出来るかどうかの分かれ道だと思います。


継続して結果を出し続けるためには、本質的なことが重要。深く考えずに表面的な理解で判断・行動している場合がありますが、もっと問題の本質を掘り下げていたら失敗せずに済んだであろうという経験が私自身にも有りましたし、他社のケースでも見受けられました。


各店舗での取り組みを他の店長も見れるように情報共有が出来る体制にしました。情報の管理が出来なくなることを心配していましたが、他の店舗での取り組みを知り、自ら考えて自分の店舗でも取り組む店長が出てくるというメリットの方が大きかったと思います。


起業したからには永続する会社を作りたいと思っています。なぜ300年を目指すかというと、「徳川幕府を超えたい」という想いがひとつです。また短期より長期の視点で経営判断するほうが成功する可能性が高いと感じています。いかに永続して発展していくか、その想いを持って企業作りをしていきたいですね。


上場を目指して出店を急いだ時期に会社が危機に陥ったので、「これはプライベートを変えて、目標を達成する習慣をつけよう」と思ったのです。そこで前から興味のあったフルマラソンを始めました。自分自身を戒めて次のステージへ会社も自分も成長させたい。だからこそ、プライベートでも今までやったことのないことに挑戦しようと考えました。


世界でリサイクルショップを運営したいと私は思っています。そのためには多店舗展開を実現する仕組みが必要です。創業当時、他のリサイクルショップは多くても2店舗程度しか運営していませんでした。オーナー一人の知識や裁量でやっていけるのはそれが限界なのです。そこでシステム化やマニュアル化を推進しました。


もし私が起業前にリサイクルショップを3店舗ほどしか回っていなかったらこのビジネスを諦めていました。でも48軒もの様々なお店を一つひとつ回ったり、ロサンゼルスなどの海外のリサイクルショップも見たりすることで、何をどう改善すればいいのか、これからのリサイクルショップの具体的なイメージが出来上がってきました。


リサイクルショップを立ち上げることを決めた後、大学4年生の夏からリサイクルと名のつくお店を一軒一軒訪ねて行きました。合計48店舗を巡って、店長や店員の方たちに「色々教えて下さい」と頼んでみたのです。すると「何でも聞いてくれ」と、経営に立ち入った話までたくさん教えて下さいました。同業他社の人が聞きに来ても教えてくれないかもしれませんが、学生という身分が非常に良かったのでしょう。


家電量販店でアルバイトをしたとき、「今まで使っていたものを処分してほしい」というお客様の依頼が多いことに気づきました。まだ使える商品でもゴミ捨て場に捨てられているのを見て、「もったいない。これらの商品はお金を払っても手に入れて使いたいというニーズがあるかもしれない」と思いました。これがリサイクルショップを構想するきっかけになりました。


ビジネスモデルや事業計画を練り出したのは大学4年生になってからです。すでに起業することは決めていたのですが、具体的なアイデアや事業プランはありませんでした。そんな時、あるベンチャー企業の方に「やってみたいことを50個紙に書き出せ」というアドバイスを頂いたのです。最初は「それで決まるなら悩んだりしない」と思ったのですが、他に頼るものもなかったし、言われた通り50個書き出してみました。その一つがリサイクルショップを運営する事業プランだったのです。


起業を志しても学生時代に出来ることは限られていますから、野球のキャプテンをしたり、学園祭の実行委員長をして、「リーダーとは何ぞや」を学びました。50人くらいの仲間を集めて皆が一つの目標に向かって取り組んでいくことを学べた経験が今でも活きています。


企業家になりたいと思った最初のきっかけは中学生の時です。熱心に働く商社マンの父を超えたいという気持ちがありました。父は非常にバイタリティのある人で、一生懸命に働く姿を見て、子どもながらに「同じ道を歩んだら、到底敵わない」と感じたのです。ではどうすれば父を乗り越えられるだろうか。「自分が社長になれば、父を超える一番の近道ではないか」という答えに行き着きました。


私は問題が起こると原因は自分にあると考えた方が解決が早いと考えています。自分の伝え方が悪かったのかもしれない。そもそも期待値がどのくらいなのか思いを共有できていないのかもしれないと考えます。


一般論としてリユース品が売れると新品が売れなくなると言われますが、事実は違うようです。リサイクルによってクローゼットの中が片付くと、スペースが空いて新しい購買意欲が湧きます。リユースのマーケットは、世の中に出てきた新品を循環させていくのが使命です。


調子の良い時には皆からアイディアが出てくるので、どのようにして周りを盛り立てて、その人たちの意見を活用していくのかが重要になります。逆に、本当に大変な時に采配をどう振るうか、判断するのがリーダーの役目だと思います。


学生時代にベンチャー企業の社長とお会いして話をたくさん聞きましたが、内容は十人十色でした。当時、私は強引に引っ張って行く人がリーダーだと思っていました。しかし、話を聞いている内に究極の自分を追求していけば誰もがリーダーになれるのではないかと思うようになりました。リーダーのタイプは様々だと思います。


リーダーとは、一番大変な時に皆を支える存在、力を発揮する人だと思います。逆境やピンチの際に、自ら中心になって乗り越えて行く人がリーダーだと思います。


自分の考えはどんどん変わっていくが、時系列で書いておけば、いつ、どの出来事にどう影響されたのか確認できる。特に起業前は1歩進んで2歩後退する、という繰り返しだったので、決断で迷った時にノートが非常に役立った。


講演で聞いた先輩社長の話も、「自分が取り入れるとしたら、具体的にどうするか」まで落とし込んで書くことで、自分の血肉にしてきた。


モチベーションが上がることを聞いたり見たりした時に、ノートに積極的に書くことで、自分を奮い立たせてきた。


単に精神面のリフレッシュであれば家族や友人たちでもできます。しかし、仕事に対して前向きになれる、やる気が起きるアドバイスは、冷静な立場で助言できる第3者が適していると思います。


上長に指示を仰ぐ際に情報が足りない人への対処法ですが、逆にこの人が部下から報告され、判断を下す立場だった場合の話をセットでしなくては、腹落ちしないでしょう。「この情報量で本当に判断が下せるのか?」と上長の立場で考えられるようになって初めて、上司への提案の質が変わってきます。さらに連動して、社外に対しての提案の場合も考えられます。本質的な解決とはそういうものです。


私の見えないところで起きている問題を解決しないと会社全体に対しての効果が現れないという発想を持っています。目の前の問題だけではなく、それに付随する潜在的な問題もセットで考え、本質的に問題を解決することです。自分が作ってきた組織なのですから、それを招いたのは自分でもあります。私なら、伝え方に問題がなかったか検証する機会にします。


最近の取り組みとして、ビフォア・アフターをきちんと示すことを徹底してもらっています。「こうしたい」というアフターについては皆注目しますが、「コレをこうしたい」という「今」を意識する観点が抜け落ちていることがあります。現状を正しく把握しなければ、徐々に目標もズレていきます。新しいことを提案する人の頭の中を整理するためにも必要な手順です。


結果が出た理由をただ分解するだけではなく、どう派生させるのかを考えます。「変化」させたり、「進化」させることも重要です。分解した要因を調合する応用力が試されます。事例が増え、得られる情報が増えれば、いくつものパターンが考えられ、その組み合わせによっては、もっと強力な再現性が得られることもある。


私は大学を卒業し、社会人経験をすることなく起業しました。それが原因かは分かりませんが、何事も自分が改善できるとしたら何が出来るかなというフィルターに自動的にかける習慣があります。すると、1回目は失敗しても、次はこうしてみようかなと考えられるようになりました。会社では日々どこかで問題が生じています。どこの組織でも同じことでしょう。そんなとき、面倒だなと思うのではなく、その問題を自分事化し、自分だったらどうプラスに変えられるだろうかと考えてみて下さい。一人では小さな力でも全員がそう考えるようになったら大きな影響力を持ちます。


創業して間もない頃は、自分が育てられるタイプの人材に偏りがあり、少し尖っている人は敬遠していました。いくら教えても覚えられないだろうという決め付けでした。しかし、それは食わず嫌いであって、間違った考えであることに気付きました。きっかけは成長スピードが上がり店舗数が増えていったので、自分が苦手だと勝手に思っていたタイプの人も採用せざるを得ない状況になったことです。嫌だと言っていても何も始まりません。「少なくとも3つの事例を見るまでは決め付けないようにしよう」と、自分に言い聞かせました。


私の趣味はランニングで、年間に数回フルマラソンや100kmを走るウルトラマラソンの大会にエントリーし、完走しています。長い距離を走ることで、途中での食事や休憩の重要さを改めて知ることが出来ます。フルマラソンのときには必死で気付かなかったことに、ウルトラマラソンを走ってみると見えてくることがありました。視点を変えてみることで、フルマラソンを走る際に改めて取り入れられることがあると気付きました。これは経営にも言えることです。


大きな変更に関しては、どの経営者も意識しています。しかし、ちょっとした微調整や小さな変化を5個、10個と積み上げることの方が、実は大きな変更よりも何倍も効果があるのです。小さな変化を積み重ねていくと抜本的な変革のきっかけが見えて来るようになります。単純に小さなことを続けるのではなく、常に大変革のことを頭の片隅に置きながら、積み上げていくと、抜本的な変革が出来るタイミングが出てくるので、そのときは満を持して大変革を実行します。そして、また小さな変化を生み出せるベースを築いていくのです。


経営が軌道に乗り店舗数が増えると新しい問題が起こってきます。店舗スタッフも私に見られている感覚が薄まり、度を超えた好みが店舗の中に現れ始めました。顧客視点が抜け落ちた個性が顔を出します。具体的には、自分の好きなジャンルの店内音楽を流してしまうといったことも起こりました。買い取りも趣味嗜好が目立つようになります。自分の好みではない商品は軽んじ、自ら顧客層を絞るようなマイナス面が現れはじめました。「これはマズイ!」と思い、極端でしたが一度しっかりとしたルールを作りました。しかし、これは自由度がなく、窮屈に思えたので、どの辺は任せても大丈夫か確認し、微調整を加えていきました。


退店(撤退)条件はそれほど重要だと思われないかもしれません。しかし、負のスパイラルに陥った時は、ボクシングのボディーブローのように効いてきます。危機の時に可能な限りダメージを少なくするために、調子の良い平時のときから考えておくことが重要だと思います。「何とかしたい。何とかなる」と信じたい気持ちが勝り、退店の判断は難しいものですから。


創業8年目の2003年に最大の経営危機に陥りました。目標を達成するために、一気に6店舗をオープンさせました。それは果敢なチャレンジでしたが、会社に大きなダメージを与える結果となりました。新規オープンした6店舗が単月赤字を続けるだけでなく、既存店までが次々と赤字になってしまったのです。業績が不振になると会社の雰囲気も悪くなります。社員の不平不満も耳に入るようになりました。これまでの自分のやり方を否定されたようでショックを受けましたが、落ち込んでいても業績は回復しません。自らを奮い立たせ、売り上げが落ちた理由を分析することから始めました。


突然売上げが落ちた場合、安売りのセールをするのも対処法の一つかもしれませんが、私はお勧めしません。これを許してしまうと、安易に叩き売りする悪しき前例が出来てしまいます。一時的に状況は好転するかもしれませんが、また同じ問題が起こったときにはどうしますか。対策は一つだけでなく、複数考えた方がいいでしょう。その中にどうスパイスを入れられるかです。同じ失敗をしないだろうと思える工夫を混ぜてみてください。易きに流されないことで、社内外に対して、当社は本質的な解決方法を考える文化があることを示すことが出来ます。


なぜ上手く行ったのか、その本質を理解しないで安易に次に進むと、予想もしない大きな失敗をしてしまうことがあります。何か結果が出たということは、必ず理由があります。出来れば一つではなく複数の理由を挙げられることが理想です。その要因を分解していけば、何か再現できるポイントが見つかるかもしれません。再現出来ることが分かれば、それは継続することが可能になりますので、「再現性」と「継続性」は最も意識してきたポイントです。


トレジャー・ファクトリーの創業時の売上げは1200万円で、1億円なんて想像もつきませんでした。それが3億、5億と増えていくにつれ10億が見え、20億、30億と積み上げていくと100億円が見えてきた。こうして1000億円、1兆円へと繋がっていくと信じています。階段を一歩ずつ登っていくと、その先のまだ見ぬステージがおぼろげながら見えてくる。大きく構想しつつ、足元のチャレンジを一歩一歩着実にやり遂げ、それを積み重ねて欲しいと思います。


高度経済成長時代の延長上にあった大量消費社会では、使い捨てが当たり前。まだ使えるものがゴミになって溢れていて、「捨てるのではなく資源を有効活用した方が良い」と叫ぶ私たちの声もなかなか届かなかった。しかし、その中でも少しずつ啓蒙し、リユース品を売るための仕組みを作り上げてきました。今ではリユース、リサイクルは当然の時代になっています。このように、社会の問題や課題を一つずつ解決していくことで、便利な住みやすい世の中づくりの一翼を担うことができる。企業家冥利に尽きます。


タイに進出しました。日本で培ってきたノウハウを現地に適用し、調整を重ねているところです。顧客のニーズは地域によって全く異なりますからね。日本人のコミュニティが近くにあれば、転勤時期などに応じて集中してモノが動きます。今後はより現地に溶け込み、地域に即した店舗に仕上げることが目標です。店舗のマネジメントも、現時点では日本人に任せていますが、いずれタイ人のスタッフにも関わってもらいたいと考えています。


野坂英吾の経歴・略歴

野坂英吾、のさか・えいご。日本の経営者。リサイクルショップ「トレジャー・ファクトリー」創業者。神奈川県出身。中学生時代に起業家になることを志す。大学卒業後にリサイクルショップで起業することを決意し、大学在学中に既存のリサイクルショップを回り調査を行う。日本大学卒業後に開業。同社を成長させ上場させた。