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都築明寿香の名言

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都築明寿香のプロフィール

都築明寿香、つづき・あすか。日本の学校経営者。「都築国際育英財団」理事長。福岡県出身。東京大学大学院学際情報学府博士後期課程満期退学。日本経済大学学長、リンデンホールスクール中高学部校長、都築国際育英財団理事長、都築学園グループ副総長などを務めた。

都築明寿香の名言 一覧

常に夢を描いて、「ないものは創り出す」。そのためには課題をひとつひとつ潰していき、実現できるように行動します。強く思い続ければ必ず道はひらけると信じています。


今は、誰かに対して感謝するとか、利他的なことをする意味がわからないという若者が増えています。そういう風潮を正すには、人のために何かをしたり、感謝したりする尊さを、大学や高等教育で教えるべきだと思っています。


両親からは「教育と経営は両輪であって、母体となる経営がしっかりしていないと、教育という花は開かない」と常々言われていました。ボランティアで私学経営はできません。教育理念にしても、しっかり経営ができてこそ実現できるのです。


私どもでは、ODAを充足するかたちで人材育成面の支援をしたいと思っています。日本の大学が新しい国づくりにひと役買うことも、グローバル化における日本の大学の役割と責任だと考えています。


原点は「ないものは創り出す」という都築家のDNAだと思います。創始者の頼助先生、創立者の貞枝先生は、とても行動力がありましたから。いかに将来の国を支える人材を育成するか。これは、今ではグローバルな人材と言い換えていいと思いますが、この思いは、学園創立から60数年経っても変わっていません。将来の日本を考えれば考えるほど、まず人を育てることが第一歩です。


(起業支援施設ハッチェリー渋谷で支援した会社の株式は)上場後もずっと持っています。その理由は、彼らの成長を見守りたいというのが一つ。さらに、私たちが支援を決めたのは、彼らは起業した頃から世界に向けて日本からイノベーションを起こしたいというビジョンを描いていたからなのです。今はまだその途上ですが、一緒に夢を追い続けたいというのが、二つ目の理由です。


アメリカ留学中、歴史の授業で第二次世界大戦の話になった時のこと。先生が「戦争責任について皆さんの意見が聞きたい」と、アメリカ人はもちろん、世界各国からの留学生全員に意見を求めました。私は「日本の戦争責任をどう思うか」と聞かれたのですが、日本でそんなことは勉強しなかったので、答えに困ってしまって。私が「東京裁判や賠償によって一定の責任を果たしたのではないかと思う」と話したら、「それは歴史上の出来事であり、あなた自身はどう考えるのか」と先生は言うのです。その問いに答えられなかった時に、初めて自分を日本人として意識しましたし、国際社会ではこういうことに直面するのだということを目の当たりにしました。そして、「英語ができても、自分の中にアイデンティティがなければ通用しない」と痛感したのです。


私は15歳から19歳まで、米ペンシルベニアの伝統ある女子校に留学したのですが、当時は「使える」英語ができなかったので苦しみました。数学の問題も、わかるはずなのに言葉がわからないから解けない。それが本当に悔しかった。歴史や英語の科目は、単語を調べるだけで2、3時間かかるので、睡眠時間は毎日3、4時間。眠気を覚ますために、針で手を刺しながら必死で勉強しました。「英語さえ乗り越えられれば私はできる」と暗示をかけて。


経営者を育てることは本当に大切です。これまで私たちはITやエネルギー、医療といった分野で支援をしてきたのですが、今後は社会の課題をビジネスで解決していくソーシャルベンチャーの育成にも力を入れていきたいと思っています。なぜなら、お金の消費のされ方をデザインすることで世の中は変えられるのだということを若い人たちにもっと知ってほしいからです。松下幸之助先生や渋沢栄一先生などの明治・昭和初期の実業家のように、自分のためではなく人や社会のためにお金と労力を費やすことで世の中は変えられます。いわば「三方よし」の考え方です。そういう人材が増えれば世の中がもっとよくなるし、世界での日本のプレゼンスも高まると思います。


私がアメリカに留学していた頃、サンフランシスコでは多数のベンチャー起業ブームが起きていて、ベンチャーキャピタルができ、インキュベーション施設も立ち上がり始めていました。帰国すると、東京でも起業ブームが始まっていたのですが、学生も起業家もみな若くて実績がないので、オフィスや資金を借りることができず困っていたのです。一方で、彼らのようなロールモデルを育てることがとても大切だと考えていました。当時はまだアントレプレナーシップや起業家教育というものがなかったので、インキュベーション施設をつくり、資金面の援助と場所の提供、それにリーガルサービスなど専門家の紹介といったお手伝いをしたのが(起業支援施設ハッチェリー渋谷の)スタートでした。


建学の精神を現代の教育に反映させるために、建学の精神とは何か、その精神を実践するには各分野で何をすべきか、これらを体系化する取り組みを教職員の皆さんと一緒に進めています。建学の精神を今後はもっともっと共有していこうと思います。というのも、企業は新人研修で企業理念や社訓といったものを徹底的に教えますよね。それなのに大学ではなぜやらないのか不思議でした。だから教職員研修でちゃんと教えるべきだなと思ったのです。大学というのは、先生一人ひとりが建学の精神を意識して取り組むことで形づくられますし、それが学生にも伝わっていきます。


都築明寿香の経歴・略歴

都築明寿香、つづき・あすか。日本の学校経営者。「都築国際育英財団」理事長。福岡県出身。東京大学大学院学際情報学府博士後期課程満期退学。日本経済大学学長、リンデンホールスクール中高学部校長、都築国際育英財団理事長、都築学園グループ副総長などを務めた。

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