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辻村深月の名言

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辻村深月のプロフィール

辻村深月、つじむら・みづき。日本の小説家。山梨県出身。千葉大学教育学部卒業後、会社に勤めながら小説を執筆。『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。

辻村深月の名言 一覧

人間って、良くも悪くも他人にそれほど興味を抱かない。その無関心さや鈍感さに救われることって案外あるよなと、最近思うようになったんです。


大丈夫だよという普通の言葉を誰かを救う力に変えるのが、小説を書くということなのだとしみじみ思う。


天才って、才能といわれるものと引き換えに必ず何かを失っている人のことだと思う。その分、誰にも生み出せないものを生み出すことができる。


自分が詳しい分野のことでなかったとしても、自分の言葉で話せる人は一目置かれる。ネットから拾い集めたものではなく、自分の言葉で話す訓練をしてみてください。


目標や実現したいことを口に出して周囲に伝えることは、周囲からバックアップを得るためだけでなく、自分にプレッシャーをかける方法としても有効。


記憶に蓋をして前を向いたほうがいいのかと思うこともあるけれど、どうしても忘れられない、というその子の「許さなくてもいいですか」という問いに「絶対に許さなくていい」と伝えられたことが本当に嬉しかった。


昨日の自分はいつか大人になる自分に絶対、繋がっている。「今すぐ誰かに見つけてほしい、自分は何者かだと証明したい」という自意識を抱えて過ごす10代は、気が遠くなりそうなほど長く果てしないように思えるけれど、どうか未来の自分を信じて、大人になっていってほしい。


なんてことないセリフが何より心に残ってくれたなら、目指していたものが書けたということなのかな。


みんなが知っている平易な言葉が全然ちがう輝きを持って受け止められるにはどうしたらいいんだろう、ということをいつも考えています。


好きという気持ちを貫くためには、やはり、業のようなものを背負わざるを得ない。才能をうらやましがるのはたやすいけど、彼ら(天才たち)にしてみれば、「その分お前らは自分たちには決して手に入れられない楽しさや幸せを享受してきただろう!」って言いたくなるだろうなって。


直木賞を受賞したとき感じたのは、自分の言葉で話せる人は魅力的だということでした。いろいろな人からお祝いの言葉をいただいたのですが、なかにはネットの記事に書かれているあらすじを暗記しただけのような感想も実はありました。ただ、そういう言葉はすぐわかるし、受け取ってもあまり記憶に残らない。一方、今でも私の記憶に残っているのは、会社員時代に尊敬していた上司から言われた「賞は後からついてくるものであって、最初から狙うものではない」という言葉でした。小説はほとんど読まない人だったのですが、誰かの借り物ではない心からの言葉だと思えて、素晴らしいなと感動しました。


学生の頃、私は自分が書いた小説をクラスメートに読んでもらっていました。面と向かってのやり取りなので、相手も責任を持って感想を伝えてくれる。あえて批判する場合には、関係性が悪くなる可能性がわかったうえで率直な意見を言うわけだから、言葉にも重みが出ますし、そういう覚悟のある言葉でなければ受け取る意味がありません。建前を言って取り繕うことばかりが、マナーではないんです。


不言実行のほうが「いつの間にそんなことをやっていたの?」と驚かれて気持ちいいし、失敗したときのリスクも低い。でも宣言した夢が叶わないことなんて、本人には重要なことでも、他人からしたら、実はそんなにたいしたことではないんですよね。ならば、どんどん自分の思いや考えを人に発信して、自分を追い込みながら、周囲の応援を得たほうがずっといいですよ。


私に限らず、20代の若い頃って、自分の好きなものや価値観ばかりを頭の中で耕して、頭でっかちになりがちな時期です。自分の価値観が絶対だと思い込んでいるから、自ずと視野が狭くなって、周りの人にも敬意を払えなくなる。職場の人たちをよくよく見てみると、本はぜんぜん読まないけれど身のまわりで起こっているニュースのことについては聡い人、社交性がないけれど真面目に資料管理ができる人など、いろんなタイプの人が見えてきました。人の長所や頭のよさというものが一面的ではないことに気づかされた私は、その道のプロフェッショナルのかっこよさというものを初めて知りました。そのおかげで入社して早い段階で、頭でっかちの自分の価値観を捨て、一気に視野を広げられた気がします。


これまで小説を書いてきたなかで、地方に生きる女性を描くのがうまいといわれることが増えたのですが、その感覚が読者から多くの共感を得ているのならば、地方の感覚こそスタンダードに近いのかもしれないという実感があって。東京が日本のスタンダードのように扱われがちですが、実は東京だけが異質な都市なんじゃないかと思うんです。渋谷で統計をとるよりも、どこかの地方都市でとったデータのほうがおおよその日本人の感覚に近いんじゃないのかな、と。


困ったことがあるなら助けてあげようくらいの軽い気持ちで。おいしいものを食べさせてあげたい。住むところや仕事を探しているなら紹介しよう。そんなシンプルな動機で、人は案外、誰かのために手を差し伸べるものなのだということを、私自身が信じられるようになってきた。物語をつくるためには、主人公以外のキャラクターにも強烈なエネルギーを持たせねばならない、と昔は考えているところがあったのですが、激しい情動だけが人を動かすわけではないと知ったことで、通りすがりの人たちの善意をきちんと描けるようになったのかもしれません。


本作(『青空と逃げる』)では、担当してくださっていた記者さんの存在も大きくて。原稿をお渡しするたびに感想とともに「こんな展開はどうでしょう」という提案をくださったんですが、それが全部、私が普段心がけているリーダビリティとは違っていて。引きの強さや構成の面白さではなく、感情を情景とともに読ませてほしいという彼の要望が新鮮で、毎回ヒントをもらいながら最後まで書ききることができたんです。自分ひとりでは書くことができなかった物語だと思いますし、描写を中心に物語を引っ張っていくことができるんだという自信にもなりました。


コミュニケーションについて私が大切に感じているのが、顔の見える相手に意見を求めること。今はSNSなどを通じて、不特定多数の人とネット上で簡単につながることができます。でも、顔が見えない不特定多数の人々は、存在しない他者とそんなに変わらないというのが私の考えです。


昔の私は、大人の無理解に対する怒りが強すぎて、今読み返すと自分でも引いてしまうくらい相手に猛省を促していたんだけど、『かがみの孤城』に関しては、大人の読者の方から「読み終えて、やっぱり子供を救うのは大人じゃなきゃいけないんだと思いました。なぜなら私達もかつて子供だったのだから」と言われ、私自身も大人になったんだなと感じました。大人に絶望していたと言いながら、私にも信頼できる大人はいて、それが、自分の大好きな本を書いていた作家さん達でした。見えない彼らに手を引かれるようにして書き始めた私の小説が、今、誰かの手を引けるようになっているとしたら、すごく嬉しい。


メフィスト賞出身ということもあり、初期の私はミステリー作家として認知してほしい気持ちが強かったんですよね。物語として多少不自然になっても、ミステリーとしてのフェアさや美しさを重視していましたし。でもデビューから13年経ち、自分はミステリーというおうちに対しては分家の立場なのかもしれない、と気が付いた。跡継ぎの重圧がない分、自由で気楽な立場だけど、本家に一大事があれば駆けつけたい(笑)。正当な本格ミステリーを書かねばという重圧から解放された今、物語としての完成度を優先させつつ、ミステリー要素を取り入れられるようになりました。


私は、自分の文章がそれほどうまいとは思っていなくて、その人だけが編み出せる芸術性の高い表現みたいなものは書けない。だったら私に何ができるのかというと、ストーリーで人を魅せ、想いを伝えていくことなんだろうなと。みんながわかる言葉で、まだ誰も発見したことのない感情を表現する。そういうことがしてみたい。


天才だからといって努力なしに何でもできるわけじゃないし、むしろ能力があるが故にやらざるを得ないことも多くなるはず。さらには、彼らのつくったものを万人が称えるかといえば、実はそうでもなくて。才能と数字は直結しないことも多いし、飛び抜けた才能を持った人より、一段下の秀才がつくるもののほうが、濃度が薄まっている分、世の中に広く浸透しやすい。才能があるからこそ、大衆に受ける道よりも、理解されなくても作品にとって最善な道を選ばざるを得ない苦しさもあるんじゃないのか。


姉妹で育ったので、これまで私の生活には男子の感覚がなかったんですが、今は息子やその友達を通じて、男子のものの考え方やとらえ方みたいなものを吸収しているところがあって。男でも女でも10歳がむずかしい年頃であることには変わりありませんが、もし今作(『青空と逃げる』)で描いていたのが娘なら、もっと饒舌な物語になっていたでしょうし、逃避行中も始終、母親と喧嘩ばかりしていたでしょう。女の子って、心を閉ざすときも開くときも言葉が先に出がち。だけど男の子は、びっくりするほど自分の内面をしゃべらない。女の子に比べて成長がゆっくりに感じられる反面、言葉を必要としないところでいつのまにか成長していたりする。


(『青空と逃げる』は)初めての新聞連載ということもあり、いろんな意味で無我夢中だった作品ですが、読んでくれた友人の一人から、「選べるラストになりましたね」と言っていただけたことが一番嬉しかった。人は何か悲劇が起きてから、どこかで歯止めがきいたんじゃないかと振り返るものだけど、たいていの人たちはのっぴきならない事情で選択できない状況に追い込まれている。だからこそ歪みが生まれ、破綻してしまう。早苗と力も最初はただ逃げるしかなくて、行き先もほとんど選びようがなかった。だけど過酷な場所にも自ら飛び込んで、ゼロから居場所を作り上げていったことで、帰れる場所をいくつも持てるようになったんです。選択肢が生まれたからこそ最後は自分たちで道を決断する自由を得た。私はきっとそういう物語が書きたかったし、だからこそこのタイトルをつけたんだと気づきました。同じ日でも土地によって晴天もあれば荒れている日もある。だけどどんなときも空はつながっているから。二人の逃避行を読者と青空に見守ってもらうような気持ちでいたんだなと、書き終えた今はそう思います。


辻村深月の経歴・略歴

辻村深月、つじむら・みづき。日本の小説家。山梨県出身。千葉大学教育学部卒業後、会社に勤めながら小説を執筆。『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、『鍵のない夢を見る』で直木賞を受賞。