辻本憲三の名言

辻本憲三のプロフィール

辻本憲三、つじもと・けんぞう。日本の経営者。ゲーム・アミューズメント会社のカプコン創業者。奈良県出身。高校卒業後、雑貨商の辻本商店を開業。綿菓子製造機の販売をして各地を回っているときに、駄菓子屋の店先のパチンコ台にお客が集まっているのを見てゲーム・アミューズメント事業の将来性を確信。IPM(のちにアイレム→アピエス)を創業し、タイトーからライセンスを受け『IPMインベーダー』『カプセルインベーダー』をリリース。経営方針について役員と対立しIPMを退社。その後、カプコンを設立し同社を大きく成長させた。そのほか、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)理事長、コンピュータエンターテインメント協会会長などを務めた。

辻本憲三の名言 一覧

ゲームの世界もワインの世界も挑戦を続ければ、その都度新しい発見がある。これからも楽しんで仕事を行っていきたい。


ワインづくりを始めて良かったと思うときは、やはり、飲んでくれた人が喜んでくれたときです。それと、これまでゲームの世界では出会うことのなかった人たちに出会えたというのも良かったですね。


ワインにも、ゲームにもそれぞれ苦労はありますが、何事も近道はありません。自然と向き合いながら一歩一歩着実に歩んでいくしか道はないと思っているので(苦労も)楽しかったです。


世界に通じる組織が無いと世界で戦えないし、ソフトを開発することもできません。だから、日本中心に物事を見るのではなく、海外に出て、世界を見ることが大事ですね。


今でも苦しいことはありますけど、あまり神経質になってもいけないし、1年も経ったら気分が変わるだろうと思ってやってきました。


どんな商品でも、世界のトップクラスでなければいけません。トップに入るような商品は、必ずどの分野でも5つ、6つはありますから、それらと比較して負けるようなものはつくらない。たとえ日本でトップであっても、世界は関係ない。世界で売れるような商品を開発し、マーケティングをしていこうということですね。


モノが売れない時期があったり、資金繰りで苦労した時期もありましたけど、人は苦労した方が知恵が出るんです。身体が悪くなっては元も子もないけど、貧乏していたから身体は強くなったし、もともとゼロから始めた商売ですし、人に迷惑はかけたくないという一心で50年来たような気がします。


人のできないことをやる。お客さんはほかと同じものでは喜びませんからね。


日本でトップというだけではあまり意味がない。世界を舞台に戦わなければならない。


うちの資料は全部数字なんです。言葉はいらない。その数字で会議もする。そして悪いところは改善する。それだけです。


知恵を絞ることは大変なことです。


新しいことに絶えず挑戦していけば、当然成功もするし失敗もします。


社員を新しいことにどんどん挑戦させて、「上手くいかないこと」を見つけ、対策を練るのが経営者の役目です。


トップは現場に足しげく通うのではなく、判断するために存在しているのです。


(再建できたのは)損が出ていた部分を落として、利益のある部分だけ残した。ただそれだけの話。


売れていても、いつまで続くかは保証されるものではない。時代の移り変わりとともに何が求められるかはコロコロ変わる。だから結局、常に次のことを考えていく。これだけですよ。


発売後は売り上げが伸びたか落ちたかに目をやります。落ちた場合は、何が悪いのか徹底的に分析する。ゲームの内容なのか、マーケティングなのか。


ゲームを作る才能がある人間が必ずしも経営の才能があるわけではない。


アメリカで通用するものをつくるためには、まずは現地でアメリカ人の気持ちを持って仕事をしなければならない。


バンクーバーの事務所には200人近い開発チームがいますから、当社にとって重要な拠点になっています。海外に行くと、いろいろな人たちが働いているので楽しいです。出身国も違えば、肌の色も違う人たちが同じ場所で働いているわけですからね。何ていうか、いろいろな人たちが集まってくる国連のような場所だと思います。


社員に挑戦を促すのであれば、経営者はきちんとセーフティーネットを用意してあげなければなりません。ネットも敷かれていない空中ブランコで背中を押されても、誰も飛び出したくはないですから。


上手くいっている事業は放っておけばいい。問題を抱えていたり、計画通りに行かなかったりする事業を上手くいくように変えていくのが経営者の仕事でしょう。


いま、成熟国家で何が起きているかみなさんご存知でしょう。モノの価格がどんどん下がってきています。昔だったら到底考えられない価格で購入できる。昔はよいものは高く、悪いものは安かった。いまはよいものがどんどん安くなり、悪いものはまったく売れなくなっている。だから消費そのものが減っていなくても、GDPは下がり続ける。こうした中でいかに利益を上げていくのか。それこそがこれからのビジネスです。


カプコンは経営のIT化を推し進め、すべての現状を経営者が実数で、かつリアルタイムに見られる体制をつくり上げました。こうして集まる数値を把握し、上手くいっていない事業を瞬時に察知し、対策を含めて判断していく。それの繰り返しです。ずっと問題ばかり見ているので、人生あんまり楽しくないですが。


私は創業者でしたから、失敗したときのセーフティーネットが敷かれていませんでした。だから何度も死にたくなるような目に遭いました。IPO(新規株式公開)直後に日本経済のバブルが弾け、本社や工場建設などに使った800億円を10年で返さなくてはならない状況に陥ったときは、正直どうしようかと思いました。結局、全部返済して何とか乗り切りましたが、常に冷や冷やしていました。


最近、中国だ、インドだという経営者が増えています。労働力が安価だ、モノをつくるコストが安いという理由で海外に出ていく経営者は20年先を見ていない。いま、決して成熟国家から逃げたらいかんと思っています。勢いを持って成長している新興国が成熟するのはあっという間です。日本企業は成熟国家で来るべき時代に向けて知恵を絞りだし、競争力を磨かなければならない。それが目先ではなく、中長期的に競争力を保持していく必須条件だと思います。


カプコンは進化の速いゲーム業界の中で環境変化を上手く捉えて成功しているとよくいわれますが、実際は違うといいたい。早いタイミングで飛び込んでいって、失敗しながら対策を練るという思考錯誤を繰り返しているだけです。


休みはありません。日本にいるとき、平日は朝から晩までカプコンの仕事、平日の夜と土日は個人事業のワインの仕事と区切っています。50代のときよりも働いていますね。
【覚え書き|70代半ばの発言】


ヒット商品を生み出す秘訣は、見る側、遊ぶ側の立場に立って商品を開発するということです。『ストリートファイター』には登場人物が日本人だけでなく、米国人もいるし、中国人もいる。だから世界中で遊ぶことができるんです。我々のマーケットのターゲットは世界中ですから、世界中で売れる商品を開発している。日本向けの商品は1割ぐらいではないでしょうか。


日本だけの発想で物事を考えるのは間違いです。たとえば、日本だけにいたらスマホブームでスマホ用のアプリだけを開発していればいいけど、スマホ用のアプリって日本と韓国しか売れないんです。米国人は車を運転するから、ゲームは家に帰ってからやる。電車に乗ってスマホの小さい画面を見ながらゲームをしているのは主に日本と韓国くらいです。だから、米国でスマホ用のアプリを開発したところでヒットしない。これは欧州も同じ。


大切なのは、自分の置かれたポジションを冷静に考えて、時代の変化についていくということです。私もずっとハードにこだわっていたら、ここまで来ることはできなかったでしょうし、ファミコンだけでなく、ソニーさんの「プレイステーション」にしても、スマートフォン用のアプリにしても、ハードの進化を読みながら、技術を磨いて対応していかなければならない。それをいかに素早く対応していくかです。


アメリカにも家がありますが、私は日本で生まれた日本人で、日本が好きだから、海外に移住することはありません。日本は島国で、独自の文化や風土を育んできました。日本人は、賢くて勤勉で、本当に良い国だと思います。最近は良い国過ぎて、若い人たちが外に出て行かないから国際競争力も落ちているのが問題になっていますが、それくらい日本は良い国だと思います。


大切なのは進化し続けること。今、盛んにAI(人工知能)が騒がれていますが、ゲームというのはAIと同じようなものなんです。というのも、ゲームというのは人間の知恵でつくられている。結局、ゲームは人間の知恵を図って、その期待に応えていくんです。これはいわばAIの技術と同じ構図です。結局、ゲームの世界は5年単位で進化していく。だから、10年後の世界がどうなっているか、現時点では予想もつきません。


やはり生産者が工夫して、より良いものをつくろうと考えることが大事です。ワインづくりは最適な畑で、最高のスタッフに囲まれて初めて良いものができる。機械化で生産性を高めることは大事ですが、私は手間暇かけて、人間がつくったワインの方が美味しいと思います。植物が育ちやすい環境を整え、その上で育てる人たちが技術を磨いていくことが大事なのです。


家庭用ゲーム機では7割ぐらいが海外です。当社は90年代から海外を視野に入れたビジネスを行ってきました。91年に発表した『ストリートファイターⅡ』が大ヒットして、自分たちで40億円ほどかけて実写版の映画をつくったんです。この映画は25年経った今でも世界中でプロモーションしているから、未だにロイヤリティ収入も入ってきます。一般的なゲームであれば5年も人気は続かないと思いますが、映画を作ってプロモーションすれば、25年経っても売れるんですね。


当初は知り合いの方にお願いしてワインづくりを始めたのですが、そこそこのワインでは面白くない。せっかくやるなら世界最高のワインをつくりたいと思うようになりました。やはり、ワインもゲームと同じで、どちらも生きるために不欠なものではないんですね。しかし、だからこそ、私は一番いいものをつくらないと誰からも見向きもされないと考え、世界一のワインづくりを目指すことにしたのです。


創業してからは、ゲームセンター向けの業務用ゲーム機の開発をしていましたが、ハードだから大量の半導体を買わなければならない。でも半導体がかなり高価だったので、理想とするゲームをつくるにはとても商売にならない。そうこうしているうちに任天堂さんが家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータ(ファミコン)を開発して、それが大ヒットしたということで、うちはソフトに特化して生きようと考えるようになりました。


当社を育ててくれたのは子供たちなんですよね。今年の新卒は開発部門で120~130人採用したんですが、それくらい人も量も多様な人材が必要なんです。特に今の若い子は幼稚園の頃からゲームに親しんできた世代ですから、大学を卒業する頃には十何年間ゲームをやってきた人たちなんです。だから、彼らはゲームの歴史を知っているし、感性も違うと思うんですね。こうした新しい感性を持った人たちが進化して行ったら、50年後のゲーム業界はどんな風になっているのか。だから、本当に面白い時代だと思います。


面白い商品をつくるにはコストと時間を惜しんではいけない。今回の「モンスターハンター:ワールド」だって、4年ぐらい開発に時間をかけました。発売開始から約1か月で750万本を突破しました。通常のソフト開発というのは2年から2年半くらいです。ただ、4年も開発に時間をかけるということは50か月ぐらい同じことをやっているのだから、開発の発想が4年前と同じでは困るわけです。だから、時代の波にうまく乗ることができるような商品開発というのは、なかなか難しい面もありますね。


もともとは高校を卒業して、叔父が経営していた菓子問屋を手伝っていました。ところが、数年して叔父が店を畳むというので、21歳で独立して菓子店を開いたんです。その後、取引先が持ち込んできた綿菓子製造機に興味を持って行商を行うことにし、九州の駄菓子屋さんで子供向けに改良した改造パチンコに出会ったんですね。改造パチンコというのは、中古のパチンコ台を子供向けに作り直したもので、子供がそれに熱中している様子を見て、ゲームに注目するようになりました。当時は娯楽が無い時代だったので、駄菓子屋やスーパーに置いたら、大人気。子供だけでなく、いろいろな人が集まってきました。その後、米国で流行していたピンボールのレンタルをやるようになりました。当時のゲームはみな米国製ですから、米国に行き来するようになったのですが、米国でテレビのモニター上でピンポンをやるソフトが開発されたというので、見に行ったんです。それがテレビゲームのはしりで、当社でもテーブル筐体型のゲームを生産することにしたんです。それがインベーダーゲームのブームと相まって大ヒット。タイトーさんからライセンスを取得して、生産したら相当売れました。


辻本憲三の経歴・略歴

辻本憲三、つじもと・けんぞう。日本の経営者。ゲーム・アミューズメント会社のカプコン創業者。奈良県出身。高校卒業後、雑貨商の辻本商店を開業。綿菓子製造機の販売をして各地を回っているときに、駄菓子屋の店先のパチンコ台にお客が集まっているのを見てゲーム・アミューズメント事業の将来性を確信。IPM(のちにアイレム→アピエス)を創業し、タイトーからライセンスを受け『IPMインベーダー』『カプセルインベーダー』をリリース。経営方針について役員と対立しIPMを退社。その後、カプコンを設立し同社を大きく成長させた。そのほか、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)理事長、コンピュータエンターテインメント協会会長などを務めた。

他の記事も読んでみる

林要(経営者)

私は「ものづくり」でキャリアを築いてきたので、やはり新しいものを作りたい。更にヘルシーに事業を継続できるように「稼ぐ」という意味で事業の将来性も考えると、やはりロボットなんです。


新井田傳

過去、様々なことに挑戦しました。ご飯ものを増やしてみたり、揚げ物を置いてみたり。ただ、メニューを広げて成功したことはありません。麺のメニューを増やすのは問題ないのですが、まったく違ったものをやろうとすると上手くいかない。まあ、私がどうもあんまり器用な方じゃないんですな。


兼本尚昌

リーダーになる人は、仕事の能力が高く、ストレス耐性も強いのが普通です。そういうタイプの人は、基本的に他人の能力を推し量るのが苦手です。自分を基準に「これぐらいはできて当然」「自分と同じぐらいまでは耐えられるはず」と思い込んでしまうのです。しかし自分にとっては普通でも、他人にとっては苦痛にすぎないことはままあります。だから、何かのときに部下が反乱を起こすということも不思議ではありません。


尾崎健一(尾﨑健一、臨床心理士)

出世欲は大きな成果を生み出すエネルギーになる一方で、欲の海に溺れてしまうと他人を傷つけたり、不正を犯したりと、問題行動につながります。そうならないためには、自分を見失わないこと。自分の異変にいち早く気づき、手を打つことが大事です。


小飼雅道

強みを放っておいて、弱みを克服することなんてできない。


柳澤大輔

ウェブサイトをつくるうえで注意する点は、あらかじめサイトの目的を明確にしておくことです。同じウェブサイトでも、実店舗への誘導を目的とするのか、ウェブ上で売上を完結させるのかでは、サイトのつくりがまったく異なります。


高須克弥

僕はお金儲けをしようと思ったことはない。やりたいことをやったらお金が入ってきた。


島津義久

隠し立てしなければ恥ずかしいようなことは、してはならぬ。人の目は天にかかっているものである。


マーティン・イェッター

顧客とIBMとの接点を増やす取り組みも進めました。これまで神奈川県大和市にあった基礎研究所を東京都内に移し、IBMの技術を社外に啓蒙する拠点として活用しています。東京以外の顧客とも対話をするため、4カ所の地域営業拠点には、毎年春と秋に私を含めた経営チームが訪問し、お客様向けフォーラムを開いています。


田中孝司(経営者)

企業はユーザーから離れると必ず堕落します。それはスマホシフトに出遅れた2007年前後の当社の経験からも明らかです。私はユーザーが欲しいものを先回りして提供し、満足感と驚きを提供することにこだわりながら、KDDIの経営を舵取りしていきたいと考えています。


高田明(ジャパネットたかた)

メーカーさんと議論するうえで僕が「高い」と言いましたら、メーカーの担当者は「いや、これでも価値がありますから」という。でもこれは私とメーカーさんの議論でしかないですね。お客さんがどう評価するんですかというところに踏み込まないと市場は作っていけません。


長谷川京子

何年か後に「あのタイミングであのご縁を信じて良かったね」と言えるように。まずは、ひとつひとつ目の前のことに取り組んでいこうと思っています。決断が正解かどうかは結果論でしかわかりませんから。


永野毅

海外にリスクなり利益なりを分散させていかないと、国内の事業を守ることも危うくなる。


檜谷芳彦

「自己満足の実力磨き」はほどほどにして、まずは職場で一番身近な直属の上司とゆっくり飲みに行ってみましょう。職場では話せないことを、顔を突き合わせ、相手の目を見て、「最近どうですか? ○○さんも大変ですよね」なんて話を聞いてみる。それだけで、グッと親密になるというものです。こうして親密な関係ができれば、企画も通りやすくなるし、窮地のときは助けてくれる。厳しい時代の今だからこそ、血と血の通ったつき合いが大切なんです。


草野顕之

先日、小学校の教壇に立つ卒業生と話をしたのですが、彼女はまず生徒の言い分をじっくりと聞き、感情に寄り添うことが、困難な問題を氷解していく力になることを実感していると言っていました。


ページの先頭へ