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赤坂祐二の名言

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赤坂祐二のプロフィール

赤坂祐二、あかさか・ゆうじ。日本の経営者、エンジニア。「日本航空(JAL)」社長。北海道出身。東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修了後、日本航空に入社。羽田整備事業部生産計画グループ長、安全推進本部部長、ご被災者相談部長、執行役員整備本部長、JALエンジニアリング社長、日本航空常務などを経て社長に就任。

赤坂祐二の名言 一覧

私も現場によく顔を出しますし、私から伝えたいメッセージは社内の様々なメディアを使って送っています。社員との対話はしっかりできている。本当に相当な労力をかけてやっていますよ。


地方創生やインバウンド需要の地方誘致は、当社にとっても非常に重要な取り組みです。確かに地方には少子高齢化に伴う人口減少の問題がありますが、まだまだ需要を喚起することは可能だと見ています。


植木(義晴)会長には経済界など社外の様々な活動を通じて、当社のプレゼンスを保つことに専念してもらう形です。正直なところ整備一筋で外向きの活動には慣れていないので、非常に助かります。私は会社経営にできるだけ専念していこうと思っています。


JALには、2010年の経営破綻という苦い経験があります。それを踏まえて、社員が「ここで働いていてよかった」と思えるような会社を作り上げていきたい。まずはこれが大きな目標です。


昔のように背中で教えるやり方では通用しません。皆に自分の考えていることや行動の真意をきちっと言葉で伝えなければなりません。その上で、さらに行動で示し、その行動の理由も説明する。そして、相手の意向も聞いて、初めて伝わります。


破綻当時は現場での業務が増加する一方、経営は厳しくなったファイナンスにかかりきりになった。その結果、経営と現場が離れ、社員のモチベーションが低下。それが破綻の一因になったのではないかと思う。破綻以降は経営と現場のつながりを大事にしてきた。


本社に勤務して感じるのは、安全に対する意識が本社部門と現場でまだ若干だが距離感があること。安全を盤石なものにするには、最前線の現場だけではなく、全社的に安全の層を厚くすることが大切だ。具体策はこれからだが、私が「それでは現場は動かんぞ」とうるさく言っているので、意識改革は少しずつ前に進んでいる。


私に大きな影響を与えたのは東日本大震災です。当時、安全推進本部にいたのですが、被災地の光景を見れば、「破綻とか、再建などといっているレベルではないな、それよりも日本の危機といえる状況で、我々に何ができるのか」といったことを必死に考えました。それが結果的に視野を広げ、責任や立場の再確認につながっています。


社長就任後、毎日が目まぐるしく過ぎていまして、スケジュールも今まで以上にタイトになりましたから、1日が終わるとヘトヘトになっています。当分はその繰り返しですね。


私は整備本部長として羽田の整備工場にいた。前社長に呼ばれて退任の話を聞いたときは、後任を誰にするかの相談をされているのだと思った。しかし、よく話を聞いていると自分を後任に、という話だった。最初は断ったが、航空会社のトップは安全に責任を持たなければいけないという思いを聞いて、社長就任を引き受けた。整備部門一筋で安全運航に心血を注いできた経験を買われたのだと思う。


航空運送事業と並行して新規事業にも取り組んでいく。超音速旅客機や宇宙開発などの新分野も研究しているが、我々の強みが活きる周辺事業から開拓する。20年の首都圏空港機能の拡大で、海外キャリアの乗り入れも増えるが、海外キャリアは日本でのグランドハンドリング(空港地上支援業務)や整備に割くリソースには限界がある。そこに我々が果たせる役割かあるはずだ。


経営破綻時に離職した社員にはこれまで、「JALグループで再雇用しない」という制限を設けていました。この制限を新LCCの人材を募集するに当たって撤廃したのです。外部登用すると言っておいて、かたや特定の人の登用を制限するのは不平等ですから。パイロットに限らず他の職種でも撤廃します。とはいえ当時の離職者を優遇するわけではありません。どの応募者も同じ基準で採用します。


JAL本体については、これまでも計画的にパイロットを自社養成してきましたし、採用も比較的順調に進んでいます。20年の羽田・成田の発着枠拡大も含め、十分対応できると考えています。一方、新LCCでは社員を外部から広く募集し、パイロットは30人程度を見込んでいます。最近はパイロットの人材の流動性が非常に高まっており、十分達成できると見ています。


昨年発表した中期経営計画で、「世界で一番お客様に選ばれ、愛される航空会社になる」と宣言しました。「世界で」という部分が重要だと私は思っています。長らく日本人向けのビジネスが中心だったJALは、世界中で知られている航空会社とは言えません。でも外国人の利用者に一度でも乗ってもらえれば、他の航空会社とはサービスの質が全然違うぞ、と必ず実感してもらえるはずです。良いイメージを海外にどんどん広げ、JALを世界に通用するブランドに育てていきたい。


中長距離LCC(格安航空会社)に参入する大きな理由としては、中長距離LCCのプレーヤーがほとんどいないというところです。また、LCCビジネスが成立すると分かったことです。当初はフルサービスの事業へとカニバリゼーション(需要の取り合い)を起こす懸念がありましたが、出資しているジェットスタージャパンを分析すると、新しい顧客を生み出していることが分かります。その中で、近距離だけでビジネスが成り立つのかというと、そんなことはなく中長距離でも需要は創出できると考えています。


成田空港のトランジット(乗り換え)のお客様が多くいらっしゃいますが、空いた時間をどうするかという課題を抱えています。そういった方に空港周辺の体験型の農園があると、喜ばれますよね。海外ではこういった体験型の農園は珍しいようですから期待しています。農業以外にもいくつかの事業に参画していますが、まだまだ小粒な事業ばかりです。ですが、空港の役割も広がっているのでビジネスの種は必ずあります。そういった意味では地方の空港にチャンスがあると思っています。


航空運送事業だけではボラティリティ(変動率)が高いので、そこに安定的な事業を加えてリスクを減らしていこうとしています。ただ、様々な失敗をした過去もありますから、慎重にならざるを得ない部分もありますが、航空運送事業を守る意味でも、新事業の分野を伸ばしていきたいと、中期経営計画でもうたっています。まずは航空運送事業や空港事業の周辺から見つけていこうとしています。


私は1987年の入社で、就職活動が始まる前の85年に御巣鷹山の事故がありました。学生時代には航空工学を専攻していましたので、いずれは飛行機の設計などを仕事にしたいと考えていたのですが、大きな事故を目の当たりにして、設計というよりも飛行機の運航などの、より現実的な仕事に就きたい、安全を確保する仕事には意味があると強く感じて、その当事者である日本航空に飛び込んでみようと思ったのです。


当社の採用は業務企画職(総合職)の中で事務系と技術系で分かれています。技術系で入社すれば最初は整備部門に配属されます。私も技術系の採用でしたので整備に配属されましたが、その後も一貫して整備、安全に携わってきました。これまでも安全を最優先に取り組んできました。「少しでも安全に懸念がある飛行機は飛ばすな」、と現場で教えられてきましたし、そう指導もしてきました。


(JALの経営破綻を振り返って)「技術屋」だったという立場で言えるのは、大型旅客機をあまりにも増やしすぎたのが致命的だったと考えています。大型機はとにかく整備に手間がかかりました。経営破綻前は、本当に整備が終わらず、1年の半分ぐらい休ませている機材ばかりという状況でした。機材の稼働率が上がらず、経営状態が悪化していったのです。会社を立て直そうと様々な手を打つ経営側と、日々の安全運航にいそしむ現場との間で、少しずつ距離が広がってしまったのではないでしょうか。


LCCは一般的に、食事や手荷物預かりなどの付加サービスを有料化し、利用者が不要なサービスを省いて運賃を抑える仕組みです。すべてを省いた基本運賃で、JALのエコノミークラスの半額程度に抑えるのが目標です。LCCはフルサービスとビジネスモデルが全く違います。フルサービスはエコノミークラスといえど一律かつ最大限のサービスをしますが、LCCはお客様の選択が前提です。近距離のLCCとも異なります。JALが持つ様々なノウハウや資産を投入し、スケールメリットを出していくつもりです。それが運航コストを抑制していく上で非常に重要になってくると考えています。


農業については、私としてはそこまで航空運送事業と無関係とは思っていないのです。航空運送事業を行うということは、騒音問題などを含めて、空港周辺の住民の皆さんの生活に関与していかなければならないわけです。そういった中で、農業用地として活用できる土地を生かして観光施設を造り誘客することで、地域の活性化に貢献しようという狙いがありました。また、海外で日本の農産物の価値が認められてきていますから、空港近隣であれば、海外にそのまま運べるということも考えています。今回誕生したJALアグリポートでもこれからイチゴ等を栽培していく予定なのですが、イチゴは海外からのニーズがあります。そんなに儲かるものでもないのですが、空港や航空の事業と比較的親和性が高く、参入は必然的だったと思っています。


破綻に至った経緯の中で、イベントリスク(事前に予期できない出来事によって引き起こされるリスク)に対応できなかったという大きな反省があります。ですから再建の道のりの中でも、リスク耐性を確保するのが大きな課題になっていました。特に財務体質をしっかりしたものにして、不測の事態が起こっても耐えられるような蓄えをしていこうというのは、再建プロセスの一番重要なテーマだったと思います。今はある程度の蓄えができていますから、これをキープして今後のリスクイベントに備えていくことを考えています。


赤坂祐二の経歴・略歴

赤坂祐二、あかさか・ゆうじ。日本の経営者、エンジニア。「日本航空(JAL)」社長。北海道出身。東京大学大学院工学系研究科航空学専攻修了後、日本航空に入社。羽田整備事業部生産計画グループ長、安全推進本部部長、ご被災者相談部長、執行役員整備本部長、JALエンジニアリング社長、日本航空常務などを経て社長に就任。