名言DB

9413 人 / 110706 名言

谷まさるの名言

twitter Facebook はてブ

谷まさるのプロフィール

谷まさる、たに・まさる。日本のファッションデザイナー、教育者、学校経営者。「モード学園」「コンピュータ総合学園HAL」「東京通信大学」などを展開する「学校法人日本教育財団」創設者。愛知県出身。大学卒業後、服飾デザイナー・ジョオジ岡に弟子入り。エールフランス主催のデザインコンテストで特賞を受賞。名古屋モード学園を設立。その後、様々な分野の専門学校・大学を設立。

谷まさるの名言 一覧

あらゆる生物の中で人間だけが年をとっても変われる。いまからでも勇気をもって挑戦してほしい。ガムシャラにね。人生は一度しかない。「次」は無いんです。


遮二無二勉強しましたよ。「好き」もあったけど「一度の人生、悔いのないよう送りたい」と強く思ったから。


建物は見た人に感動を与えるデザインであるべき。いや、建物だけじゃなく、すべてがそうだよね。


誰だって才能はある。人はみな自分を過小評価し過ぎなんだ。


深いつきあいをしているから学生一人ひとりの適性が見える。「彼ならこの会社に合いそうだ」とベストなマッチングを細かにケアできるので、就職率100%が実現できるわけです。


学内デザインコンテストの採点コメントには、辛辣なことも書きますが、基本的には良い部分をしっかりと褒める。自信を持たせることは、最も大切な教育の役目ですから。


講師陣はプロの現場で活躍する人間ばかりで本学園の卒業生も多い。これなら地続きに「未来の自分」が見える。だから自然に尊敬の念も芽生える。そんな人材がまた巣立ち、キャリアを積んで講師として戻ってくる。


コンテストにも徹底的に応募させています。これで同級生の入賞者がどんどん出てくるでしょ? 成績はすべて学内に張り出す。すると身近な大したことないと思っていた同級生がいい成績を残すことに気づく。「オレにもできるんじゃないか?」と周囲のモチベーションが上がるんです。


努力の末にたどり着いたのがエールフランス主催のコンテストでの特賞でした。その賞品で渡仏。このとき「環境が人を変える」を実感しました。モンマルトルの丘を歩きフォーブール・サントノレを巡る。自然と感性が磨かれた気がしました。事実その後、描く線も色選びも生地選びもすべて変わった。デザイナーとしてのスキルを高め、視野を広げられたことが実感できたんです。


周囲から期待されたオートクチュール(特注品)のデザイナーになりたいとは思えなかったんです。ガムシャラにやって身に付けた知識や技術を、ひと握りの裕福な人のためだけに使うのはイヤだった。それなら皆が着てくれる既製服のデザイナーを育てたい。モノ作りより人創りをしようと考えた。当時の既製服は西洋のマネでした。企業ごとにマイデザインなんてなかったんですから。それでモード学園を立ち上げたわけです。


新宿駅西口にある50階建てのこの校舎、「コクーンタワー」は、新宿の高層ビル群に囲まれていますが、一般的なビルとは違います。普通ならできるだけムダのない効率のよい建物をと、ただの四角いビルを建てる。だけど僕は形にこだわった。コクーン(=繭)の名前通り、ここから優れた人材を羽ばたかせるため、圧倒的にスタイリッシュなビルを建てようと決めていましたから。なぜかって? それは、「環境が人を育てる」からですよ。


モード学園コクーンタワーは、特徴あるデザインだから「何、あのビル」と思う人もいる。でも「ココならオレの何かを引き出してくれそうだ!」と興味を持つ人もいる。それはすでに「好き」の第一歩でしょ。設立当初からの学生募集のCMにも同じ狙いがある。「豚に真珠は似合うのだ」「昨日の私と思うなよ!」と感性に訴えるものばかり。こうしたとがった環境にピンときた、やる気のある人だけが集まる。CMや校舎は入試代わりなんです。


すべての人間に可能性がある。僕の信条はまずそれなんですね。なのに、日本の教育は記憶力ばかりにウエイトを置き、偏ったモノサシで「お前は賢い」「お前はバカ」と序列をつけてきた。でも、それは学校の成績が悪いというだけで、もっといえば「勉強が嫌い」というだけでしょ? なのに「頭が悪い」と決めつけられたら「どうせそこそこの人間だ」と人は自分を過小評価したまま生きることになる。その瞬間、人はそこそこ以下の成果しかあげられない。必死で頑張ることなく人生を終えてしまうんです。だから本当に「好き」なことを選ばなくちゃいけないんですよ。


谷まさるの経歴・略歴

谷まさる、たに・まさる。日本のファッションデザイナー、教育者、学校経営者。「モード学園」「コンピュータ総合学園HAL」「東京通信大学」などを展開する「学校法人日本教育財団」創設者。愛知県出身。大学卒業後、服飾デザイナー・ジョオジ岡に弟子入り。エールフランス主催のデザインコンテストで特賞を受賞。名古屋モード学園を設立。その後、様々な分野の専門学校・大学を設立。

他の記事も読んでみる

野部剛

商談中に相手が乗ってこないときは「もしかして、何か問題点をお感じなのですか?」と聞いてみましょう。こう指摘すると、「こちらのモヤモヤを感じてもらえた」とお客様は喜び、本音で話してくれるようになるでしょう。


海老根智仁

仕事は忙しいですが、時間に追われている感覚や焦りはまったくありません。なぜなら、自分と会社の目標が明確で、それに達成するための項目がスケジュールに組み込まれているので、そのとおりにこなしていけば、必ず目標達成に近づけるとわかっているからです。


三谷宏治

本来、リスクのあるチャレンジは資本に余裕のある大企業のほうがやりやすい。ところが大企業ほど「失敗を避けたい」という風潮が強い。ベンチャー企業が女性の登用に長けているのは、そうした「社内の理屈」にとらわれないからかもしれません。


中井紀之

仕事をなかなか始められない人は、「まず準備をしないと」「今はあまり時間がないから」などと、いつも先延ばしにする言い訳を考える。そんなことは考えずに、とにかく「今すぐ」始めること。動いてしまえば、仕事のスピードも加速する。


三宅宏実

自分を変えようともがいていた時、「自分は何者か」「どんな人間なのか」と自分探しをしていました。書店に行くのも、自分を探すためかもしれません。「私は何をしたいのか」「なぜ落ち込んでいるのか」「何が足りなくてどんなふうに変えたいのか」といった、その時の自分の心情を把握して乗り越える方法を、本の中の言葉から探しています。そうやって今の自分を知れば、様々な要因で心が乱れても、冷静に考えられる。弱い心に屈しないことにつながるのではないでしょうか。


加藤俊徳

脳細胞は胎児期から赤ちゃんの時期が最も多く、その後、年齢を重ねるにつれて減少していくことから、「歳をとるにつれて脳は衰えていく一方だ」と一般的には考えられていますが、これも誤解です。確かに脳細胞は歳とともに減少しますが、成人後も、脳内には未熟な細胞が豊富にあります。アミノ酸などの身体にとっての栄養成分が供給され続ける限り、脳の未熟な細胞は死ぬまで成長し続けるのです。


田原祐子

不況期に売れないものでも売れるチームをつくるためには、マネジャー側の意識改革が必要です。これまで営業という分野は、システマティックに人を育てる仕組みがなく、根性論が幅を利かせていました。しかし、時代は変化し、お客様も変わっています。これまでのやり方では売れませんし、気合や根性だけではマネジャーは務まりません。


小澤三敏

経営者として、とくに株主の視点に立って執行役員を監督する取締役の会長という立場になると、良否だけでは判断できません。むしろ(業績の)良し悪しの判断が重要なのです。つまり、悪しにも3分の理があると、悪しの存在も認めざるを得ません。


ジェームス・スキナー

「やってみる」はダメだ!どっちつかずの行動はあり得ない。「絶対やるんだ!」というマスト(絶対に●●しなければいけない)状況に追い込めば成功するのは簡単。


久保華図八

苦い経験をバネにして、いまの幸せな状況をつくってきた。


野口悠紀雄

執筆中の書籍の原稿などを除いて、パソコン上で原稿や資料を分類することはありません。こうしたものは編集者とGメールでやりとりするので、相手の「人名」とその文書に含まれているであろうキーワードで過去の送信メールを検索すれば、すぐに目当てのメールを引き出せます。Gメールの検索機能は強力なので、検索すれば10年前に書いた原稿でも即座に見つかります。


木川眞

大事なことは、「単なる値上げか」と思われないために、サービスレベルを上げ、物流の効率化をどんどん進め、また、これからも伸び続けるeコマースの荷物にもしっかり対応していくことです。


伊藤惇夫

相手か次にどんな人事をするか、新しい政策をどう打ち出してくるか……を知りたいときは、先輩政治家が過去に同じような局面でどのような判断をしたのかを調べよう。驚くことに政治の世界では「先輩」「後輩」の関係にあたる政治家の動きは似ていることが多い。


井上和幸(ヘッドハンター)

私の実感では、若いころに情やコミュニケーションの問題で苦労をし、それを乗り越えた人が出世しています。逆に、若いころから人当たりがよく、相手にすぐ共感してしまうような人は、会社経営には馴染まず経営陣には入れません。これからはとくにその傾向が強まると思います。


今敏

アニメーションって企画から初号まで二年は必要なんです。企画が二転三転したりして、いろいろ調べたりで準備に半年近くかかって。シナリオをやって、キャラクターデザインをやって、コンテの準備したりしてるうちに、また半年が過ぎて。作画に入って一年弱、で、その後の作業を含めてだいたい二年。そうすると10年でうまくいって5本。自分が60歳になるまでが20年としてね……そんなに作れないんですよ。でも、やりたいことはたくさんあるし、これからもアイデアは生まれてくるだろうし。
【覚書き|生涯で10本映画を作りたいという発言の理由を尋ねられて】