名言DB

9,553 人 / 112,978 名言

谷まさるの名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

谷まさるのプロフィール

谷まさる、たに・まさる。日本のファッションデザイナー、教育者、学校経営者。「モード学園」「コンピュータ総合学園HAL」「東京通信大学」などを展開する「学校法人日本教育財団」創設者。愛知県出身。大学卒業後、服飾デザイナー・ジョオジ岡に弟子入り。エールフランス主催のデザインコンテストで特賞を受賞。名古屋モード学園を設立。その後、様々な分野の専門学校・大学を設立。

谷まさるの名言 一覧

あらゆる生物の中で人間だけが年をとっても変われる。いまからでも勇気をもって挑戦してほしい。ガムシャラにね。人生は一度しかない。「次」は無いんです。


遮二無二勉強しましたよ。「好き」もあったけど「一度の人生、悔いのないよう送りたい」と強く思ったから。


建物は見た人に感動を与えるデザインであるべき。いや、建物だけじゃなく、すべてがそうだよね。


誰だって才能はある。人はみな自分を過小評価し過ぎなんだ。


深いつきあいをしているから学生一人ひとりの適性が見える。「彼ならこの会社に合いそうだ」とベストなマッチングを細かにケアできるので、就職率100%が実現できるわけです。


学内デザインコンテストの採点コメントには、辛辣なことも書きますが、基本的には良い部分をしっかりと褒める。自信を持たせることは、最も大切な教育の役目ですから。


講師陣はプロの現場で活躍する人間ばかりで本学園の卒業生も多い。これなら地続きに「未来の自分」が見える。だから自然に尊敬の念も芽生える。そんな人材がまた巣立ち、キャリアを積んで講師として戻ってくる。


コンテストにも徹底的に応募させています。これで同級生の入賞者がどんどん出てくるでしょ? 成績はすべて学内に張り出す。すると身近な大したことないと思っていた同級生がいい成績を残すことに気づく。「オレにもできるんじゃないか?」と周囲のモチベーションが上がるんです。


努力の末にたどり着いたのがエールフランス主催のコンテストでの特賞でした。その賞品で渡仏。このとき「環境が人を変える」を実感しました。モンマルトルの丘を歩きフォーブール・サントノレを巡る。自然と感性が磨かれた気がしました。事実その後、描く線も色選びも生地選びもすべて変わった。デザイナーとしてのスキルを高め、視野を広げられたことが実感できたんです。


周囲から期待されたオートクチュール(特注品)のデザイナーになりたいとは思えなかったんです。ガムシャラにやって身に付けた知識や技術を、ひと握りの裕福な人のためだけに使うのはイヤだった。それなら皆が着てくれる既製服のデザイナーを育てたい。モノ作りより人創りをしようと考えた。当時の既製服は西洋のマネでした。企業ごとにマイデザインなんてなかったんですから。それでモード学園を立ち上げたわけです。


新宿駅西口にある50階建てのこの校舎、「コクーンタワー」は、新宿の高層ビル群に囲まれていますが、一般的なビルとは違います。普通ならできるだけムダのない効率のよい建物をと、ただの四角いビルを建てる。だけど僕は形にこだわった。コクーン(=繭)の名前通り、ここから優れた人材を羽ばたかせるため、圧倒的にスタイリッシュなビルを建てようと決めていましたから。なぜかって? それは、「環境が人を育てる」からですよ。


モード学園コクーンタワーは、特徴あるデザインだから「何、あのビル」と思う人もいる。でも「ココならオレの何かを引き出してくれそうだ!」と興味を持つ人もいる。それはすでに「好き」の第一歩でしょ。設立当初からの学生募集のCMにも同じ狙いがある。「豚に真珠は似合うのだ」「昨日の私と思うなよ!」と感性に訴えるものばかり。こうしたとがった環境にピンときた、やる気のある人だけが集まる。CMや校舎は入試代わりなんです。


すべての人間に可能性がある。僕の信条はまずそれなんですね。なのに、日本の教育は記憶力ばかりにウエイトを置き、偏ったモノサシで「お前は賢い」「お前はバカ」と序列をつけてきた。でも、それは学校の成績が悪いというだけで、もっといえば「勉強が嫌い」というだけでしょ? なのに「頭が悪い」と決めつけられたら「どうせそこそこの人間だ」と人は自分を過小評価したまま生きることになる。その瞬間、人はそこそこ以下の成果しかあげられない。必死で頑張ることなく人生を終えてしまうんです。だから本当に「好き」なことを選ばなくちゃいけないんですよ。


谷まさるの経歴・略歴

谷まさる、たに・まさる。日本のファッションデザイナー、教育者、学校経営者。「モード学園」「コンピュータ総合学園HAL」「東京通信大学」などを展開する「学校法人日本教育財団」創設者。愛知県出身。大学卒業後、服飾デザイナー・ジョオジ岡に弟子入り。エールフランス主催のデザインコンテストで特賞を受賞。名古屋モード学園を設立。その後、様々な分野の専門学校・大学を設立。

他の記事も読んでみる

樋口武男

自分は住宅の営業なんかやったことがない。部下が飛び込み営業に出かけると、私自身も公団住宅の飛び込み営業をしましたが、いきなり飛び込みで営業しろと命令されても無理があるとつくづく感じました。ですから営業のシステムを構築しなければと思い、外部の方を呼んで新入社員と一緒に私も勉強しました。そこで住宅のことを覚えました。


長谷川武彦

傷がなければ、人は楽で痛みもありません。けれども、傷を負わなければ、そこからは何も発想することはないし、何も創造することはできないんです。うまく機能していた既成の秩序に傷(問題)が入ると、こんなにうまくいっていたのに傷が入ってしまったとみんな落胆します。しかし、傷が入ることはこれまでのやり方を見直すきっかけになってくる。


中野健二郎

営業現場を担当する部門で、延べ約4000名の社員が本部に呼ばれました。いくら調査しても、事の真相がなかなか見えてきませんでした。状況が進展しない中、私が担当統括役員でしたので急遽、臨時支店長会議を開催しました。私は、「責任は、一切経営陣で負うから、現場の人には本当のことを報告してほしい。現場には責任は負わせない」と宣言し、さらに人事部長にもその場で、「もし真実を話したことで、左遷や降格を受けることがあれば、私は人事部長を飛ばす」と明言しました。全国の現場の営業職員のモチベーション維持と調査との狭間で苦心しました。
【覚書き|三井住友銀行のデリバティブ商品が独占禁止法違反にあたるのではという指摘を受けて調査を担当したときを振り返っての発言】


堀之内九一郎

いくつもの事業に失敗し、離婚も経験しました。商売は数知れない人を相手に、人を介して行うものだから、結婚以上に自分の思い通りにはならないものだと考えたほうがいい。「そもそも人生なんて、うまくいくもんじゃない。思い通りにならないのが普通なんだ」と、とらえ直さないと、俺はずっと失敗を繰り返すことになる。これが、開き直りの第一歩でした。


佐藤廣士(経営者)

新しいアイデアのすべてが成功に至るわけではありません。「千三つ」の世界でしょう。農業でも10の収穫を得るには1000の種をまくといいます。ならばそんな無駄はせず、はじめから10の種をまけばいいではないかというとそうではなく、1000の種をまくから最後に10が残る。最初の1000の種を大事にするからこそ、オンリーワンの製品や技術が生まれるのです。


能町光香

自分がやるべき仕事は何かを常に意識すること。「プロとしてその仕事をまっとうできるか」という視点を持っていれば、自分にとって二の次や三の次の仕事はキッパリ断れるはずです。むしろ「他の仕事を断ってでも、自分のやるべき仕事を優先させる人」という信頼も得られます。


斎藤康博

足の筋肉は20歳から減少を始め、50歳からそのスピードが加速。80歳までにおよそ40%減少するといわれています。高齢期に寝たきりになるリスクを減らすには、やはり若いうちからの運動とたんぱく質の摂取が大事。私もウォーキングの後には、必ずプロテインを飲むことを習慣にしていますし、朝食時には牛乳、チーズ、そしてヨーグルトでしっかりたんぱく質を補給しています。


石渡美奈

私も社内では、とくに生産現場の社員たちと会話が噛み合わなくて、おかしいなと感じていました。でもやがて、その原因はコミュニケーションの取り方の違いにあるとわかってきたのです。私は直感や感覚が強いタイプで、早口だし、話をしながらどんどん話題が展開していきます。一方、生産現場の社員は技術者ですから、ひとつひとつ積み上げるようにじっくり考えてから発言するタイプが多い。そうした違いを考えずに自分のスタイルを押し付けていたから、手ごたえのあるコミュニケーションがとれていなかったんです。


塚田公太

イギリスからもらった名目だけのタイトルなんか返上したらどうか。日本にも明治33年までは居留地があって外人から見下されていたが、日本人自身の自覚と努力によって、ついにその壁を打ち破った。
【覚書き:英国領インドで綿花取引を行っていた際、現地のインド人ブローカーに言った言葉。このブローカーはのちにインド独立運動に身を投じ、ガンジー派の幹部として活躍した】


水田正道

当社は上場企業を含め90社が集まった寄り合い所帯ですが、各社がバラバラですと多様性のある働き方は提供できない。ライフスタイルに応じた働き方を提供するために、シームレスな状態を作っていきます。


村上太一

起業のチャンスは、日本はどの国よりもある気がします。大学生でも会社を興せるし、投資家から言わせると投資したい人がいないというくらいだから資金はあると思います。実際、私の知人でいいと思った人で資金が調達できなかった人はいないし、本当にいい技術を持っている人が調達できない例もほぼない。VC(ベンチャーキャピタル)の方の目利きはやはりさすがと感じるので、光が当たらないケースはその技術がそんなにいいものではないことが多い気がします。


井上礼之

2000年代前半、ヨーロッパが記録的な猛暑に襲われ、暖房中心の市場で一気に冷房が普及する可能性がありました。私は現地に入り込んで販売計画の練り直しを指示し、業務用ではなく、家庭用のルームエアコンの生産を他社に先んじて一気に拡大しました。もちろん情報収集や分析はそれなりにしていましたが、戦略の方向性がおおよそ定まったところで一気に決断を下しました。現地に飛び、現場を見たとき、私の目にはそのときこそが「欧州エアコン市場の夜明け」とうつったのです。この動物的な勘によるタイムリーな決断が、その後に当社の欧州事業が急成長する基盤となりました。