見城徹の名言

見城徹のプロフィール

見城徹、けんじょう・とおる。日本の経営者、編集者。出版社「幻冬舎」創業者。静岡県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、廣済堂出版編集者、角川書店『野生時代』副編集長、『月刊カドカワ』編集長を務めた。小説などの編集者としても活躍。数々のベストセラーを世に出した。角川書店取締役編集部長を務めたのち、独立して幻冬舎を設立。同社を大きく成長させた。

見城徹の名言 一覧

人と関わるうえで一番大切なのは、義理、人情、恩返し。頭文字をとって僕はGNOといっている。


抱えている仕事で憂鬱なことが3つ以上ないと不安になる。楽な仕事など、大した成果は得られない。憂鬱こそが、黄金を生む。


「負ける」と「負けている」は、まったく別のものである。負けたと認めたときに負けとなる。


人ができないと思うことを、圧倒的努力でやり切らない限り道は拓けない。大きな果実は手に入らない。


「正面突破」という言葉が僕は好きなんですけど、どんな場面でもまっすぐ筋を通すことが一番の近道だと思う。


圧倒的努力さえすれば、結果は必ず自分の人生を良くします。でも、やらないでしょう、ほとんどの人は。でもそれでいいんです。そういう人がいないと差がつかないからね(笑)。


自分が七転八倒して悪戦苦闘したものが、実を結ばないことなんてない。


リスクがなければ得るものはない。リスクがあるものをやらない限りは、鮮やかな成功は手に入らない。


私には人がそんなバカなということを選び、やり続けてきた自負がある。


小手先じゃなく、自分の方法を自分でつかみ取らなくてはならない。だから私はセミナーや講演に行ったことは一度もない。


知識を増やすだけの勉強には意味がない。血肉化されて初めて役に立つ。血肉化とは、文字通り、その学びを自分の体の一部にするぐらいの吸収をするということだ。


私は上辺だけまねるやり方が大嫌いだ。もっと自分の深いところを見て、変えようとしなければダメだ。


苦しまないところに結果はついてこない。難しい道を選ばない限り、結果なんかない。だからこそ、自分で七転八倒して、自分の勉強法を見つけることに意味がある。


政治家、スポーツマン、芸能人、どの業種でも、その世界の3人の大物と3人の輝く新人を押さえろ。信用されろ。関係を築け。3人ずつ押さえたら、無理に人脈をつくらなくても、その中間の必要な関わりは自然と広がりますから。


見城と仕事をすると自分の仕事がもうワンランク上に行くかもしれない、と感じてもらえれば成功。


僕にとっての義理とは、恩を感じるかどうか。利害損得と関係ない。


「上っ面」「思いつき」「小手先」「帳尻合わせ」「その場しのぎ」。これらが仕事や人間関係の5大悪。


かけた電話は絶対に先に切るな。


「この世にあらざるもの」をつくれ。


作家もミュージシャンも、表現者というものはどこか異常なんだけどね、だからこそ良い作品が生まれるんだ。


いまだってプロセスだから勝ち負けは決まっていない。結果は死の瞬間だけですから。


小さく生きて目立とうと思わず無名で死んでいく。そういう人達が僕は好きです。でも自分はそうなれない。


動くしかなかったわけで、望んでやったことじゃない。でも人生って、そういう風にしか動かないんだな、っていうのがよくわかりました。

【覚え書き|角川書店を辞めて幻冬舎を立ち上げた当時を振り返って】


人間は必ず死ぬ。死ぬことをわかっていながら生きるのだから苦しい。その救いとしての小説や音楽といった表現も生まれる。


いろいろな世界で頭角を現してくる人を見ていると、誰も自己顕示欲が強い。しかし、それだけではいけない。一方で、同じ分量の自己嫌悪が必要だ。魅力ある人間においては、必ず、自己顕示欲と自己嫌悪が、双子のようにつながっている。


SNSではまともな人付き合いはできないよね。僕は見城徹の名前を背負い、責任をもって言葉を吐き出してきたけれど、一般の人はほとんどが匿名だから、発言も無責任。真摯な人はごくわずかだよ。血の流れも、鼓動も伝わらない人と、濃いつながりができるわけがないよ。余分な時間が増えて、身動きがとれなくなるだけ。


異業種交流会やパーティー、催しと名のつくものは全部くだらないと僕は思っている。よっぽど義理のある人に頼まれない限り、参加しないよ。表面的な名刺交換をして、「いい天気ですね」って雑談をする程度で関係性がつくれるはずがないじゃないですか。人脈ができたと勘違いしても、実際は余計な名刺が増えただけ。


幻冬舎を起こしたときはたしかにものすごくきつかったけれど、「新しく出ていく者が無謀をやらなくて一体何が変わるだろうか?」という気概もあって、なんだかうまくいくような気がしていたんですよね。


圧倒的努力も、3~4か月ならともかく、1年中やっていたらそりゃぶっ倒れる。大きな果実を得たらしばし、甘美で官能的な休日を取ってね。そしてまた新たな難しいハードルに向かって闘っていくという繰り返しです。


圧倒的努力というのは、人が寝ているときに寝ないことなのである。人が休んでくつろいでいるときに、自分は仕事や勉強に取り組む。さらに言えば、人が諦めてしまうものを諦めないということだ。それをやるかやらないか。しかも決然と決意できるかどうか。仕事にしろ、勉強にしろ、結局は覚悟の問題だ。


成功している起業家とは3万人のうちの1人だ。頭角を現さなかった2万9999人は消えているから、歴史に残らない。成功した人たちだけが残っているから、成功した起業家がいっぱいいるように見える。だが、その背後は死屍累々の有り様で、成功した起業家になるのは奇跡に近いことなのである。


僕は回遊魚と同じで、動いていないとダメなんです。立ち止まって考えたりしていると、なんだか切ない気分になってしまう。じっとしていると、その切なさに押しつぶされてしまう気がするんです。だから生きているという実感が欲しい。生の実感、たとえば歓喜とか官能とか快楽とか、そういったものを味わいたい。そのために仕事で闘う。頑張る。たしかに闘うプロセスというのはつらい。圧倒的努力を求められますから。でも、つらければつらいほど得られる歓喜も大きいんです。


いまはだいたい朝の6時に起きて、まず手帳を開いてその日の予定をチェックするんです。すると、「こいつとは会いたくねえな……」とか、「この会議、やだなあ」とか、「この案件は今日中に決断しなきゃだな……」とか、憂鬱なことが3つはある。でも逆に、憂鬱なことがないと不安になってしまう。だって憂鬱じゃない仕事をやったって、たいした果実は得られませんから。


大学を出て仕事に就いたばかりのころは、「一番難しいことをやろう。誰もやり遂げていないことをやろう」と思っていました。子供のころから劣等感の塊だったから、とにかく人ができないことを成し遂げたいわけです。そうじゃないと、人に認めてもらえない気がして。1から5までの道があるとすると、一番難しい5の道を選ぶというのが僕のスタイル。


僕が入社したころは、角川はブランドでも何でもなくてね。文藝春秋や講談社とは仕事をするけど、「角川とはちょっと……」という作家がほとんど。そんな作家を一人ひとり口説き落としていくんです。五木寛之さんもその一人でした。とにかく五木さんの作品を読み込む。全部読む。書き下ろしや連載小説だけではなく、どんな小さなエッセイや対談も必ず読む。そして、発表された5日以内には手紙を送るということを自分で決めたんです。単に「読みました」という手紙じゃ意味がない。書き手に新しい発見をもたらすというか、「ああ、そういう見方もあるか」と刺激になるようなことを書かなきゃいけないわけです。大変でしょうって? 大変だよ、そりゃ(笑)。人が寝ているときも寝ずに、手紙を書く。人がくつろいでいるときも、悪戦苦闘しながら書く。五木さんには、17通目の手紙でようやく返事をいただき、25通目の手紙でついにお会いできることになりました。


幻冬舎を立ち上げたのが43歳のときです。最初の3~4年というのは、まあ、デスマッチを毎日やっているという感じでしたよ。耳鳴りはするしね(笑)。幻冬舎ができる前までの20年間で、出版社を起こして成功した例なんてひとつもなかったですから、周りの誰からも「やめとけ」って言われました。誰もが「見城は失敗するだろう」と踏んでいた。


男の一番のモチベーションは女性だと思っています。僕は好きになった女性に愛されたいし、恋焦がれさせたいですよ。もしも僕が恋する女性が、僕が素晴らしい仕事なんかしなくても振り向いてくれるなら、僕は頑張りません。スッピンのただの自分に振り向いてくれるなら、ウエイトトレーニングも何もしないでしょう。でも、そんなことはあり得ないでしょう? だから仕事で闘っているんです。少しでもいい男になってやろうと。


見城徹の経歴・略歴

見城徹、けんじょう・とおる。日本の経営者、編集者。出版社「幻冬舎」創業者。静岡県出身。慶應義塾大学法学部卒業後、廣済堂出版編集者、角川書店『野生時代』副編集長、『月刊カドカワ』編集長を務めた。小説などの編集者としても活躍。数々のベストセラーを世に出した。角川書店取締役編集部長を務めたのち、独立して幻冬舎を設立。同社を大きく成長させた。

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