虚淵玄の名言

虚淵玄のプロフィール

虚淵玄、うろぶち・げん。日本のシナリオライター、小説家。和光大学卒業後、ニトロプラスに入社。ゲーム・アニメ・特撮のシナリオ、企画原案などを担当。ニュータイプアニメアワード脚本賞、東京アニメアワード個人部門脚本賞を受賞。

虚淵玄の名言 一覧

人も変われば、時代も変わる。一つのスタイルに固執するのは無理ですよ。

虚淵玄の名言|一つのスタイルに固執するのは無理

作品の価値は、つくる人が考えることじゃない。

虚淵玄の名言|作品の価値は、つくる人が考えることじゃない

15年以上この仕事をつづけてきて、とにかく「ものを楽しむ」テンションを維持することが大事だと思っていて、「これは楽しいや」と思っていると、何か閃くんです。

虚淵玄の名言|「これは楽しいや」と思っていると、何か閃く

飽きちゃいけない、うんざりしちゃいけない、ぼんやりしちゃいけない。もしそういう感じがあるなら、新しいものを探した方がいい。

虚淵玄の名言|飽きたなら、新しいものを探した方がいい

『仮面ライダー』の仕事を受けたのはチャレンジでしたね。違う国に出て行く船があるなら、乗らないで後悔するよりも乗って後悔しようと覚悟を決めまして。

虚淵玄の名言|乗らないで後悔するよりも乗って後悔しようと覚悟を決めた

「食ってみたらわかりますよ」ではダメなんです。ちゃんと「食いたい」って思えるものを作らないと大勢のお客さんは食べてくれないんです。

虚淵玄の名言|「食いたい」って思えるものを作らないと大勢のお客さんは食べてくれない

楽しいことがしたいですね。制約があっても、面白そうならやっちゃう。つまらない苦労は絶対にしたくないんですけど、面白いなら制約があろうが楽しい。そもそも楽なことって大抵つまらないことじゃないですか(笑)。

虚淵玄の名言|面白いなら制約があろうが楽しい

別に大袈裟なことをやりたいとは思いませんが、未経験の領域には行ってみたい。やったことがないことを今後はやってみたい。

虚淵玄の名言|やったことがないことを今後はやってみたい

当時の美少女ゲーム業界は、いかに変なものを作り、自分たちのアイデンティティを打ち出してお客さんに受け入れてもらうか、みたいなところもあったんです。『鬼哭街』は自分なりのキワモノを作った感じがありましたね。ルールからはみ出したものを作ることを楽しんでしまう自分に、気づきはじめていたんでしょうね。

虚淵玄の名言|ルールからはみ出したものを作ることを楽しんでしまう

『Fate/Zero』では、ただ書くだけという自由さ、面白さに目覚めちゃいましたね。「自分が書くことに意味があるのか」とずっと悩んでいましたけど、意味がなくても楽しけりゃ書いていいじゃないかと気付いたんです。言ってしまえば、自分は傭兵に過ぎなくて、戦争をする意味はまわりが考えればいい。自分は戦うことにやりがいを感じられればそれでいいんだと思い切ることができたんです。

虚淵玄の名言|意味がなくても楽しけりゃ書いていいじゃないか

「吸血鬼もの」と言ったときに営業さんが机に突っ伏したのを今でも覚えてます。当時、吸血鬼ものは売れないというジンクスがあったそうで。でも、まあ(前作が)当たったからやってみましょうと最終的に言われました。

【覚え書き|『吸血殲鬼ヴェドゴニア』について】

虚淵玄の名言|ジンクスに反したことをやってみる

『続・殺戮のジャンゴ』では、ディレクションはかなり人任せというか。自分でディレクションとシナリオを引き受けてはいるんだけど、スタッフの考えたものに片っ端からオーケーを出したんですよ。みんなで面白いものを作ろうって。だから、演出も自由にやってもらったし、「とにかく遊ぼうぜ」って。作品作りを楽しむことができましたね。

虚淵玄の名言|作品作りを楽しむためにスタッフの考えたものに片っ端からオーケーを出した

『沙耶(さや)の唄』は、自分なりに結構キツい話を書いたなって感覚があったんですよ。デバッグしながら「イヤな話だなあ」ってしみじみ思ったんだけど(笑)。でも、いざ蓋を開けたら「沙耶かわいいよ沙耶」と言われて、むしろお客さんの懐の広さに負けましたね。ドン引きするだろ、というラインも越えて、萌えていただけた。いまだに海外のコンベンションに行くと、サイン会に『沙耶の唄』のパッケージを持ってくる人いますからね(笑)。お客さんは侮れないなと、あらためて思わされた作品です。

虚淵玄の名言|お客さんは侮れない

営業の方々からは売れっこないって言われてましたけれども(笑)。自分としては「自分が一番面白いと思えるものを作るしかないだろう。そこで嘘をついたらおしまいだ」という考えが当時からあったので。市場の流行を最優先はせず、自分が良かれと思った方向で作りました。発売後にネットで大きな反応があって。おかげで自分の感覚は正しかったなと嬉しくなりましたね。

【覚え書き|デビュー作『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』について】

虚淵玄の名言|自分が一番面白いと思えるものを作るしかない

大学生のころに映画サークルにいたんです。自分の監督作は頓挫してしまったんですが、ほかの自主制作映画を手伝っていたことがあったので、ありものの素材でいかにやりくりするか。いかにロケ地をごまかすか、といったやり口を見ていたのがかなり糧になりましたね。

虚淵玄の名言|学生時代のサークル経験が糧になった

世間の流れを見て、泣きゲー(感動的なシナリオでユーザーを「泣かせる」ゲーム)がいいらしいな、と見込んで最初の企画言を書いたんですが、その手ごたえがイマイチで。ならば開き直って自分の趣味を出したほうがいいのかなと思って出したのが(デビュー作の)『Phantom -PHANTOM OF INFERNO-』の企画書でした。それが社長や副社長にウケたんです。

虚淵玄の名言|開き直って自分の趣味を出したほうがいいのかなと

『PSYCHO-PASS(サイコパス)』のときは、結構プロデューサーと口論したりもしたんですが、現場には「つまらない作品を作ろうとしている人はいない」わけで、プロデューサーが何を不満だと思い、どこが弱点と思っているかを聞き出せば、そこは「こうやって補強していますよ」と説明することができる。細かいやり取りが多い現場でしたが、プロデューサーにはよく付き合っていただきました。

虚淵玄の名言|現場にはつまらない作品を作ろうとしている人はいない

アニメ制作会社のGONZOさんから持ち込まれた企画があって、自分が企画書を書いていたんです。それは「呪いのバイクに乗った若者たちのバトルロイヤルもの」で、当初はその通りにオリジナルアニメをつくるはずだったんですけど、板野(一郎)さんが監督として入ってきて内容がガラッと変わりました。板野さんにコテンパンにされたんですね。それまで自分は独学でやってきて、自分よりキャリアと経験があるクリエイターから説教された経験がなかったんです。行き詰まりを感じていた自分にとって、違う世界で違うことをやっている人と出会うことは大きな刺激になりました。

虚淵玄の名言|違う世界で違うことをやっている人と出会うことは大きな刺激になった

『Fate/Zero』の第1巻がコミケで発売されたときのお客さんの人数を見て、「この人数が読んでくれるなら生涯目標を達成したな」と充足感がありました。やっと自由になれた気がするんですよね。生きているうちにやらなくちゃいけないことや野心はそこで満たされたというか。そこから先は好き放題やらせてもらってます……(笑)。いまだに自分の代表作は『Fate/Zero』なのかなと思っていますね。原作は奈須(きのこ)さんだけど、自分なりにやり尽くした充実感は格別なものでした。

虚淵玄の名言|自分なりにやり尽くした充実感は格別なもの

(仮面ライダーの)伝統といっても、なんせプロデューサーから提示されたお題が「フルーツ」「錠前」「鎧武者」ですからね。このお題をクリアした『仮面ライダー』を作らないといけない。実際の仮面ライダーの現場はそんなに伝統に縛られる場所じゃなかった。ホン読みの後半になったときに、むしろ伝統にこだわっていたのは自分かもしれないなと。終盤にプロデューサーや監督から「まさかそんなに仮面ライダーが好きだったなんて」と言われましたからね(笑)。

虚淵玄の名言|実際の仮面ライダーの現場はそんなに伝統に縛られる場所じゃなかった

『鬼哭街』は低予算の小作品のつもりだったので、最小限の要素でテキストアドベンチャーゲームとしての体裁を成立させようとした実験作でした。『Phantom』や『吸血殲鬼ヴェドゴニア』は美少女ゲームだったので、根底にはユーザーが疑似恋愛できるようにしないといけないというサービス精神があったんです。でも、そういうことを抜きにしてもいけそうだなという感覚を抱きはじめた作品でしたね。「無理に頑張って美少女ゲームのセオリーに則らなくてもいいんじゃないの?」って。

虚淵玄の名言|無理に頑張ってセオリーに則らなくてもいいんじゃないの?

虚淵玄の経歴・略歴

虚淵玄、うろぶち・げん。日本のシナリオライター、小説家。和光大学卒業後、ニトロプラスに入社。ゲーム・アニメ・特撮のシナリオ、企画原案などを担当。ニュータイプアニメアワード脚本賞、東京アニメアワード個人部門脚本賞を受賞。

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