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藤巻幸夫(藤巻幸大)の名言

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藤巻幸夫(藤巻幸大)のプロフィール

藤巻幸夫、藤巻幸大、ふじまき・ゆきお。日本の経営者、カリスマバイヤー。東京都出身。上智大学経済学部経営学科卒業後、伊勢丹に入社。同社で名物バイヤーとして活躍。その後、足袋・靴下・ストッキングメーカー「福助」、セブンアンドアイ生活デザイン研究所社長、藤巻兄弟社社長、参議院議員1期などを務めた。

藤巻幸夫(藤巻幸大)の名言 一覧

仕事の上で戦うことができるのは、情熱や気概や強い意志がある証拠なんだ。グッドファイトができずに、やられっぱなしの人生を送るなんて、悔しいとは思わないか?


忙しいからって仕事漬けになってちゃ駄目。遊んでこそセンスは磨かれますからね。良い意味でのサボり上手もビジネススキルのひとつです(笑)。


仕事の失敗は少しも恥じることじゃない。失敗は、成長への動線だ。


人生に垂れ込めた雨雲は、放っておいても消えてはくれないよ。うつむいた顔を上げて、空を見れば、どこかに光は見えるはず。そこに向かって「もう一歩」を踏み出していれば、人生の真夏日は必ず訪れるんだ。


仕事で失敗すれば「不運だ」と感じることもある。でも、自分のためにもう一歩の努力を積み重ねている人間なら、仕事に潰されたりはしない。不運の先に向かって、笑顔で生きていけるんだ。


必要なのは、会社や仕事とは違った部分で、どれだけ自分を高めるための行動ができているかなんだ。言い換えるなら、会社や仕事に人生を支配されていなければ、落ち込んでいるヒマなんかなくなるということだよ。


失敗をバネにして成長できる人間なら、さっさと立ち上がって、次の挑戦をする。これは失敗を恥だと思っていないからだ。だから、失敗を恥じることはないけれど、何もしないで落ち込む自分を恥じる気持ちは必要だということだよね。


ウソの姿はすぐにバレるものなんだ。第一印象とは、「自分の生き方を相手に示す」ことでもある。それを忘れないことだよね。


身につけるものでも、コミュニケーションでも、大事なのは相手を楽しませようとする心。おもてなしの精神をもたずに自分をデザインしていたら、嫌みったらしい印象しか与えられなくなってしまうものだよ。


縁こそがすべてだ。人との縁なくして、いい仕事は生まれてこない。


自分の願望にウソをついたり、自分の気持ちにムリをさせていたら、人は絶対に幸せにはなれない。


自分ひとりで何とかしようと思っている人が多い。でも、個人の力なんてたかが知れている。もっと、周りにいる人たちを巻き込んで手伝ってもらえばいいんだ。


お金の使い方を知らずに貯めるだけでは、心はどんどん貧しくなる。


志を実現しようと思ったら、お金は間違いなく大事になってくる。だから、「お金持ちになりたい」という願望は、持っていてもいいんだ。


お金の使い方は、ムダに使ったり、損をしたり、ときには恥をかいたりしながら上手くなっていくもの。


忙しくても心のゆとりは持っていたい。アイデアは余裕がないと生まれないからね。


中身の薄い言葉は相手の心には響かない。聞かされる相手も、面白いと感じるはずがない。


社内の勢力地図の中だけで自分の未来像を描き、上司の顔色ばかりうかがっているヤツは必ず潰れていく。


悩んだら即相談。ひとりで抱え込むより早くていいものができる。


お客様のニーズに応えるには「いま」が勝負だ。のんびり企画書なんか作っていたら鮮度が落ちる。


ゴールイメージを描けない人間は仕事が遅くなるし、面白さも感じられない。


本気で仕事に取り組んでいれば、自分から面白さを創り出すことができるようになる。仕事の面白さっていうのは、自分自身で見つけるものなんだ。


最初から面白い仕事なんかない。仕事は自分で面白くするもの。そこに気づいた人間なら、失敗さえも成長のバネにできるんだ。


人生を楽しんでいる人たちに共通しているのは、「失敗談を語れること」。できる人間は、できなかった経験もたくさんしている。


私は昔から、明日のことより「今」が大事と思って、何でも全力投球です。


何かあったら、いや何もなくても即電話。メールを打つよりも短時間で気持ちが伝わるよ。


「相手がハッピーになることを心掛ける」。聞き上手も、話し上手も、その発想が基本になる。


聞き上手でなければ、話し上手にはなれない。


人から直接聞く話は加工されていない生きた情報だから、荒削りだけれど新鮮な魅力に満ちあふれている。


ゴマすりと気遣いの決定的な違いは、「誰のためにやっているのか」ということ。ゴマすりは自分が認められるための「行為」だけれど、気遣いは相手のために尽くす純粋な「厚意」なんだ。


私にとって人生は遊び場です。自分が楽しむ以上に、人を楽しませたり、面白がらせたりするのが、とくに私は大好きなんです。


「ノー・プライド、グッド・ライフ」つまらないプライドを捨てると俄然生きやすくなる。


素直に頭を下げると、たとえ党が違ってもみんなちゃんと教えてくれる。


プライドにこだわっているうちは、まだまだ本気になっていないのだ。


沈黙が金で雄弁が銀なら、私は迷わず銀を選ぶ。


仕事=直当たり×縁×想い×愛×ビジョン。これが仕事なんだ。もっと根本的な言い方をすれば、自分の才能と情熱を「かたち」にするためのクリエイティブな生き方ということになる。


縁を次につなげるためには、どんどん直当たりすること。何度も会って、一緒にメシ食って、酒飲んで、バカ騒ぎすればいいんだ。本音を言い合ってね。ネット社会のいまだからこそ、そういう時間が必要になるんだよ。


人にナメられたくないと考える前に、もっと自分を磨く努力をしてみろ!


独立してから、いっぱい失敗もした。だけど、志は折れるどころか強固になったし、夢もひとつひとつ現実になっている。


批判した人が、自分の人生の責任を取ってくれるわけじゃない。責任を取れるのは、自分しかいないんだ。他人の声ではなく、自分の志と夢を信じて前に進む。それが「世に出る」ということなんだ。


人間、守りに入ったら、リスクからは逃げたくなる。反対や批判や失敗を恐れて、安全な橋ばかり渡るようになる。志は萎え、夢も持てなくなる。そんな希望のない人生を、この先何十年も過ごしていきたいのか?


「捨てる」ことと「得る」ことは、人生の中でリンクしているんだ。いらなくなったものを捨てれば、余地が生まれる。余地があればこそ、新しいことも吸収できる。その繰り返しによって、人間は成長していく生き物なんだ。


「孤独」な時間を「寂しい」ことだと決めつけるのは、自分が孤独から逃げている証拠。孤独を知ってこそ、人は大人になれる。孤独を楽しめる人間じゃなければ、強く生きて行くことはできない。


20代、30代のうちは、周りをどんどん巻き込みながら、でっかい夢を追いかけたらいいんだよ。夢なき者に成功なし。名声や財産なんて、成功すれば自然に手に入るものだ。


フジマキは個性的だと、いろいろな人から言われる。そんな第一印象は、「お客さんを楽しませたい」という気持ちで若い頃から一生懸命デザインしてきたものだ。伊勢丹に入社したとき、相当ダサかったよ。でも担当した3坪のバーゲン売り場で「伊勢丹の寅さん」と呼ばれる名物社員になれた。それは自分でデザインした結果と言っていい。


自分の印象というのは、自分自身でデザインするものだ。外見だけでなく、喋り方、話題の選び方、話の聞き方、相手との間合いの取り方――それらはすべて、自分が自由にデザインできる要素だということを、もっと自覚してもらいたいな。そう、第一印象で相手の心をつかめない人間に欠けているのは、自分をデザインする努力なんだよ。


「仕事」のために100%の力を注ぐのは当たり前、そこに満足せず、普段から「自分」のためにもう一歩の努力をし続ける。「体を動かす」「心を動かす」「(読書で)脳に栄養を与える」といった行動術は、どれも自分を高めるためにフジマキが実践している「もう一歩の努力」なんだ。


落ち込むと、ヤケ酒を飲んでストレスを発散するという人もいるだろうけど、そんな酒が美味いはずがない。酒が飲みたければ、フジマキは仲間を誘って楽しく盛り上がる。こういったことを普段からやっているから、フジマキには落ち込むヒマなんかないんだ。


次に向かうには、スパッと気持ちを切り替えるに限る。でもそのために特別なことをする必要はないんだ。普段自分を磨くためにやっていることを、当たり前のようにやってみればいいだけのこと。


相手に隙を突かれない、すなわち「説得力のある仕事」ができれば、無用な争いをすることなく、仕事で勝つことだってできるんだ。これは戦わずに逃げる人生とは正反対。たとえ仕事で誰かと対立することがあっても、笑って相手を巻き込んでしまえるようになる。これもホントの話。グッドファイトができた相手は、自分にとって貴重な人脈に変わるんだ。


「男に逃げられたくなかったら胃袋をつかめ」って女性へのアドバイスあるでしょ。あれはビジネスマンにも通じる手。フジマキも部下や大切な人とは飲みに行ったり食事に行ってコミュニケーションの大切さを実感してるよ。


「説得術」や「勝ち方」のノウハウ本なんか一冊も読まなかった。自分の戦い方くらい自分でつかめなければグッドファイトはできっこない。一番勉強になったのは古典や歴史書。太平洋戦争での日本の失敗を分析した『失敗の本質』という本なんか、戦うことの意味を学ぶには最高の教科書になった。


逆境に陥ったりすると、自分ブランドが揺らいでしまうことがよくある。会社や商品であれば、閉塞状態を打開するためにリニューアルをする場合があるよね。そのときに、安易にコンセプトやネーミングを変えたケースは、ほとんど信用を失っている。一方、リニューアルで信用を取り戻したケースは、コンセプトがブレていないんだ。


自分の生き方に明確な「思想」や「哲学」はあるだろうか? 相手の心を動かすような「行動」を示し続けているだろうか? この問いに「イエス」と答えられるなら、キミは信用という強力な武器をすでに手にしているはずだよ。


ブランドの力は、一朝一夕に手にできるものじゃない。会社や商品で言えば、明確な「コンセプト」があり、素敵な「ネーミング」があり、相手の心を動かす「コンテンツ」を生み出し続けることで、初めて獲得できる。自分ブランドも同じ。


税 金や国債で予算をまかなうのは政治の仕組みかもしれないけれど、自分で稼ぐという発想がもっと必要なんだよ。だって、こんなに借金まみれの状態は、民間の会社だったらとっくに潰れているはずなんだから。


商品の使い方、用途がお客さまに理解されなければ買っていただけないのは当然です。


「伝える」ということは本当に大切です。どう見せ、どう伝えれば効果的なのかを考えなければいけない。


ほんの少し発想を変えるだけなんですよ。サイズを少し変えるだけで売れるようになるものがある。


私は職人のこだわり、頑固さは大好きです。しかしビジネス的に見れば、残念ながらこうした考えでは生き残っていけない。やはり時流に合っていないと通用しません。


色は最初に目につくのでとても重要な要素です。


機能はすべての商品が持っているものです。それを少し変えたり、加えたりするだけで売れるようになるんです。


リーダーは「現場」です。私はできるだけ現場に出て社員と向き合い、本音で語って、本気で動いて、そして本質を見抜くようにしていました。それは今でも同じです。


価格を上げても売上が伸びる場合だってあるんです。価格は、必要以上に安くしなくてもいい。「高くても売れるものはある」というのが私の持論です。


日本に足りないものは、「VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)」です。これを簡単に言うと、どうやって商品を見せるか、どうプレゼンテーションするか、です。


私は社員に常に言っていましたね。「伝えろ。伝えろ。伝えろ」と。会社経営はこのことに尽きます。日本には今、コミュニケーションが足りないと思います。コミュニケーション欠乏症です。


僕は相手が怒ったり、機嫌を損ねたら、私のどこが悪かったんですかと正直に聞いちゃんうです。それで顔が怖いといわれたら、家に帰って鏡の前で優しく見える表情の研究をしたりしてね(笑)。


KKD(経験、勘、度胸)が揃ってやっと、いついかなるときも臆することなく、自分の想いを伝えられるようになるのです。


いかにもつまらなさそうな顔で生返事などをしながら聞き続ける人。これでは相手を傷つけるだけで、何の意味もありません。話すときも聞くときも、相手の心を思いやるホスピタリティの精神、それが会話のセンスというものなのです。


相手を言い負かそうという気持ちでいたら、どんなに熱い思いも絶対に伝わりません。「思いを共有したい」、あるいはプロジェクトなら「一緒にやろう」という気持ちで接することが大切なんです。たとえ相手の態度や言葉遣いが気に入らなくても、愛や思いやりを失ったら、その時点ですべての関係は破壊されてしまう。そいうい当たり前のことを忘れては駄目です。


若者というのは往々にして、経験が浅いくせに自己主張だけは一人前ですから、聞いているほうがカチンと来ることだってあります。でもそれを頭ごなしに否定したところで、こちらの言いたいことは伝わるわけでもないでしょう。また彼らの話にも、耳を傾けるに値する意見があるかもしれません。だからこそ、大人の余裕で最初は聞き役に回って、相手の気が済んだところでこちらの意見を伝えるという手順を踏むんです。そうすると、案外上手くいくんですよ。


僕は相手の職業や肩書で話し方が変わるようなことはありません。年下だろうがフリーターだろうが、自分の知らないことを教えてくれる人に、最大限の敬意を払うことは当たり前のことだし、相手が誰であろうと同じ目線で話すというのは、コミュニケーションの基本だと、僕は思っています。


話すネタのインプットが増えたからといって、アドリブでいくらでも話せるわけではありません。他流試合、数場を踏むことが大事です。それで失敗を数限りなく経験してはじめて、僕のようにアドリブでも上手く話せるようになるんです。


私はどんなに忙しくても、週に3日は本屋に顔を出し、映画も毎月10本以上観ます。美術館やコンサートにも積極的に足を運びます。もちろん人に積極的に会うし、会話の中で知らないことが出てきたら、知ったかぶりなんかしないでどんどん質問して教えてもらいます。そういう日々を送っているから、毎日が発見や感動の連続なんです。私はいま雑誌の連載を7本抱えていますが、ネタに困ったことなんて、一度もないんですから。


昼間は会社でダラダラ仕事をして、夜は同僚と上司の悪口をつまみに安酒を飲み、休日は家でゴロ寝……。こんな生活をしていれば、発見も感動もないでしょう。面白いネタに出合いたいと思ったら、まず五感を刺激して、好奇心を目覚めさせなければいけません。


話しが下手なのを才能のせいにしてはいけません。上手く話せないのは、その人に話す内容がないからです。すぐに詰まったり、会話が続かなかったりするのは、そのためでしょう。


二時間の講演どころか、アドリブで12時間しゃべったことだってありますよ。私の人生は基本的に、すべてがアドリブですから(笑)。
【覚書き|メモなしで講演をする理由について語った言葉】


私は彼の言動を失礼だとは思わないし、彼の主張も理解できます。ただ悲しいかな、彼は周りを巻き込む力とホスピタリティが少しばかり足りないような気がします。それからTシャツも悪くはありませんが、できればパステルカラーを使うなどして、可愛さを演出すればいいと思います。そういうことを教えるブレーンがいないのかな。僕でよければ、いくらでもアドバイスしますよ(笑)。
【覚書き|オン・ザ・エッヂ(のちのライブドア)創業者の堀江貴文氏に対する印象を尋ねられての発言】


リーダーとは自分の夢をどんどん語ることができ、しかもみんなの力を借りながらそれを実現することができるというポジションなのだ。これほど素敵なことがあるだろうか?これこそ毎日フル回転で働こうとも心の中から実感できる幸せな生き方ではないだろうか。皆で分かち合える喜びや楽しみのデカさは一人で何かに取り組む時の比ではない。


表面的な部分だけでリーダーになろうとするな。小手先の技に走れば、いずれ周りの人から底の浅さを見透かされてしまう。チームをうまく率いるための最大のポイントは高度な理論を学ぶことでも、高度なテクニックを身につけることでもなく、あなたがチームの中をひたすら歩きまわって真剣にメンバー一人一人とコミュニケーションをとることなのだ


メンバーの誰を次のリーダーとして育てていけばいいか。私が次期リーダーを探すときに注目するのは以下のような点だ。1、想いがある 2、志が高い 3、人間を見る力がある 4、明るく元気 5、勝ち方を知っている(成功体験がある) 6、器の大きさ(自分の手柄に固執しない)これらの点に優れる人は若くてもリーダーに抜擢するべきだ。逆にキャリアの長さからリーダーに抜擢するのは、私は結果的にその人を苦しめるだけだと考えている。リーダーはやりたいことがあって責任をとれる人。


リーダーは偉ぶる必要はないので、メンバーや部下からノウハウを吸収することを恥じることはない。どんどんやればいい。ただし、リーダーはみんなを目標の実現に導く存在なのだから、教わりっぱなしではダメ。そこから考えをめぐらそう。教わったノウハウは目標に向かうための戦略にどう組み込めそうか


リーダーというのは別に偉い人なんかじゃない。本質的にはやりたいことがある人が手をあげてリーダーになればよく、手をあげた以上はやることに責任を持つ人であるべきだ。だから言いだしっぺでもあり責任者でもあるリーダーのほうから、他のメンバーに近づき、関係を深めて、全員でやりたいことの実現を目指すというのは至極当たり前のことなのだ。


リーダーはメンバーのプライベートからも目をそむけるな。生活習慣やその人にとって大切なものも十分につかんでいけ。たとえばメンバーがどこから通っているか頭に入っているか。仕事量は同じでも通勤の差で本人への負担は若干違ってくる。また、そのメンバーに恋人や家族はいるのか。チーム内にはいまは仕事だけに没頭したい人から、仕事も頑張るけれど好きな人との時間も大切にしたい人まで様々なタイプがいるはずだ。そこへの配慮ときには早く帰れるように促す気配りをしないと誰もが周囲に引きずられて過剰に働き、一見いいムードのようで実は多くの人が疲労しているといった事態になりかねない


リーダーはカリスマでなくてもよいと思っている。しかしそれは魅力的に見える人物になることを放棄しろということではない。あなたがリーダーとして成し遂げてきたことがあるなら、人の心をとろかすような立ち居振る舞いを努力で身につけろ。あなたは人をひきつけるような表情や空気を震わす動作というのをいままでどれほど意識してきただろうか。もっと深く、より濃密に、人と通じ合っていこうとする努力。その努力を怠らなかったものであってこそ、はじめて魅力的なリーダーへと成長していける


朝礼の席でも、あなたがみんなを呼び集めた席でもいい。ともかく褒めたい人については大勢の前でまずあなたがその人の取り組みを紹介し、そのうえでみんなで拍手喝采したり本人を持ちあげたりして身も心も舞いあがらせよう。本人は照れるだろうが、そうされて嬉しくないはずがないのだ。その演出によってメンバーが多くの人の称賛を浴びるようになればそれぞれが自分の仕事に一層誇りを持ってくれるようになる。そしてあなた自身はチームにヒーローを生みだすことが楽しくてたまらなくなっているはずだ。


第一にある仕事についてここまでなら失敗してもリーダーのあなたが責任をとれるという範囲を見極めること。第二にその範囲の中で好きなようにやってみろとメンバーに思い切って仕事を任せてみること。第三に本人が任務を成し遂げたらしっかりと褒めることだ。そうしてこそ仕事を任せられた側も自分で悩みながらも工夫を重ねるようになり、結果を出した時に自信をもってくれる。


メンバーを見守り続けること、人間を見ていくこと、それを面倒くさいと感じるならば、あなたはリーダーになどなるべきではない。だからこそリーダーは現場に降りてメンバーのすることを丹念に見つめなければならない。何度でも繰り返すが、椅子にふんぞり返っている暇などないのだ。


私がいまでもよく覚えているのは、若かったころの自分の社内プレゼンを当時の上司が絶賛してくれたことだ。それは上手くプレゼンしたところですぐに売り上げに結び付くものではなかったが、おかげで私は人前で話すことへの自信を深められたし、なにより自分の成長を見てくれている人がいるということに奮い立った。仕事へのやる気というのは、そうした手ごたえがあってこそ高まるのではないか


日本には沈黙は金、雄弁は銀という沈黙の素晴らしさを表した言葉がある。たしかに余計な話はしすぎないほうがよい。だが、みんなで目指す夢というのはどんなに語っても語りつくせぬほど大きな思いのはず。リーダーにとっては雄弁こそが至上なのである。


リーダーがあまりにも完璧にふるまうと空気がピンと張りつめ、周りが軽々しく発言しづらいムードになりやすい。だからリーダーはときにはボーっとしているところや、自分の弱みをあえて隠さずに周りに見せるといい。いくつもの顔をリーダーは自在に使い分けなければならず、引く手あまたの俳優になったつもりで、その舞台を存分に楽しんでほしい。


ゴールを目指す作戦を練る時、あなたが必ず余白を示すこと。たとえば10のことを決める必要があるなら、あなたが決めていいのは3ぐらいまで。残り7はあなたはどう思うかとメンバーから意見を募っていこう。大筋ですでに決まっているプランは、メンバーのやる気を損なうものだ。


ITによる伝達には情報を知識として瞬時に広められる利点があるものの、情報の感性や熱意はほとんど伝えられない。発信する情報にありったけの想いを乗せられるのはあくまでもアナログでの情報伝達なのだ。しかもアナログなら全員への呼びかけではチームの一体感を刺激し、個別の語りかけでは各々の心をくすぐる。といった具合にアプローチを変えることによってメンバーのさまざまな心の襞にビジョンをしみ込ませていける。


私たちが仕事をするのは業績や売り上げのためじゃない。すべての仕事には人をワクワクさせるような可能性が山ほど眠っていて、その可能性を感じさせる言葉に人は揺さぶられるのだ。自分たちのやろうとしていることでどんな素敵なことが起こるかを徹底的に考えよう。


ビジョンとはチームの将来像であり、自分たちがこれからどこに向かうのかをわかりやすく示したもの。その土台となるのは当然あなたがいまチームでやろうとしていること。現実させたいと思っていることだ。ビジョンはあなただけでなく全員にとって魅力的であること。あなたが高い志をもっていても、メンバーにその視点に立つことばかりを求めてはいけない。


チームに新しいメンバーを迎えたいときは、自分だけでは判断しない。必ずその人を客観的に見れる他のメンバーの判断を仰ぐこと。新メンバー候補が見つかったら、現チームの中心的な存在であるメンバーたちにもまず意見を求める。そこで多くのメンバーの反応が薄いようなら、ひとまずチームに招くのは見送ろう。目指すのは一人一人が互いを認め合って力を発揮していくチーム


あなたが気心の知れた友人をチームに迎えるときはくれぐれも注意してほしい。チームにはあなたと違った視点を持ち、あなたとの距離感もそれぞれ異なる様々な人が集まっている。そうしたチームの中にあなたが信頼もすれば相談もしやすい友人を無条件で入れたらどうなるか。実は私は過去にそれに近い事をしてしまったことがあった。結果はと言えば、チームは確実に割れる。自分にとって頼もしい人が、必ずしも他のメンバーにとってもそうであるとは限らないからだ。


リーダーはその権限をもとに候補者にチーム員になることを「命じる」こともできるだろう。だがそれではメンバーはあなたに従うだけで、みずからは動いてくれない。そんな表面的なチームのなんとつまらないことか!理想は必要なメンバーから「手伝いたい」という言葉が出ることだ。まずあなたの方からメンバーのもとに降りていき、その人に何を求めたいのかを一から真剣に語る必要がある。


職場や仕事の現場を歩きまわり、人とコミュニケーションをとる中で「ここは何かが欠けているかもしれない」といかに気づいていけるかどうか。そうしたあらゆる「隙間」を察知していく完成も、リーダーには不可欠だ。メンバーとなる人の「隙間」を他の人とのコラボレーションでうまく埋めていくのもリーダーの仕事だ。
(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


「できる人」についてはプラス面だけでなくマイナス面も考えろ。逆に「まだ力不足」と感じている人については、マイナス面だけにとらわれず、プラス面まであぶりだせ。何事においても完璧な人などいないのだ。しかも、多くの人はその欠けている部分の影響で、その人ならではの持ち味まで押し殺されてしまう。
(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


実務面だけをとらえれば、なにごとも効率だけを重視してチームを組めばよさそうなものだが、そんなチームがベストだと感じる人が、果たしてどれだけいるだろう?たとえば、能力はそこそこだがその人がいるだけで場がなごんでしまうタイプの人。能天気と言われながらも実は気配りの達人で、周りを仕切るのがうまい人。世の中にはそんな人が大勢いて、そうした個性的なメンバーが化学反応を起こすと、何とも魅力的なチームを作り出す。
(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


メンバー同士の壁を突き崩し、人と人とを結び付けてこそリーダーだ。ともかく楽な方に逃げず、能力的にも性格的にも多彩なチームを目指そう。そんな人たちが、あなたの努力も実って互いに理解し合うようになったら、チームのポテンシャルはもはや天井知らず。多面的に意見を出しあい、それをさらに多面的に検証することでチームは極めてパワフルになる。(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


チームメンバーの相性は確かに大事。が、同じような思考や価値観を持った人ばかり集めて仕事をしやすいチームにすると、案外桁外れのパワーは生まれにくくなる。最強チームを目指すなら、互いに衝突することだってあり得る多様なバックグラウンドを持つ人たちを臆せず束ねていこう。
(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


リーダーの船出には向かい風がつきもの。組織の中で新しい事を試みようとする人が周りから叩かれるのは良くある話だ。とくに経営も順調な組織ではあなたが想いを語って動き出そうとしても余計なことをするなと必ず反発されることだろう。そんな場合は想いを引っ込めて機会をうかがうべきだろうか?いやそれは断じて違う。どんな組織でも、あなたがリーダーであるなら「いつでも変革の波を起こしていく」という気概を持ってほしい(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


想いをみんなに切り出すことは大事だ。しかし、その想いを実現していく実行力なしに、どうしてリーダーが務まるのだ?立場や経験など関係ない。あなたがリーダーになるなら、ゴールに向かうまでのイメージをまず自分自身で描くことが大切だ。(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


人間が3人以上集まれば、それはもうチームであり、そのチームで何かを始めるときには必ずリーダーを必要とする。たとえば子供たちが遊ぶ時は誰かが「野球しよう」などとやるべきことを決めなければならない。ものごとがとどこおりなく進むようチームをまとめることがリーダーの仕事と思っている人もいるかもしれない。むしろそれは管理者(マネジャー)の仕事だ(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


人間の心はシステムやルールだけでは絶対に動かせない。志や人間力なしにチームの火が付くことなどありえない。リーダーになるあなたにはその点を強く胸に刻んでほしい。リーダーに欠かせないのは志。だからあなたが「これを実現させたい!」と強い思いを持つならば、リーダーとしての最大の素養を手にしていることになる。その思いをけして枯らさぬよう大切に持ち続けてほしい。(藤巻幸夫、ふじまきゆきお、複数の企業のアパレルのバイヤーを歴任しブランドを立ち上げる)


古くて重い荷物を背負ったままでは、いまよりも広い世界に出て行くことはできない。地位、評価、実績、財産、くされ縁、プライド。そういった人生の荷物にいつまでも執着し、捨てることのできない人間に、進化は望めない。


若い頃の僕も、「お金には興味がない。お金に左右されるような人生は嫌だ」、そう考えていた時期があった。でも、あるとき気づいたんだ。一流の大人になろうと思ったら、お金は必要であり、お金を持つことを否定しちゃいけないということに。


洋服を買うのはファッション業界でプロとして生きていくための自己投資だと思った。いろいろな店で飲み食いするのは、自分のセンスを磨き、仲間を増やすための授業料だと思った。若い時はお金があれば、とにかく使ったものだよ。貯めようなんて、あまり考えなかった。人間性は、そこに表れるんだ。


後悔するような生き方はするな。いまの50代にはね、自分の人生を後悔している人間がいっぱいいるんだ。20代、30代ならできたのに、年を重ねるごとにもう変えられないということが人生には山ほどある。キミたちは、いまならまだ人生を変えられるんだ。自分の力で、自分のためにね。


20代、30代の頃のお金の使い方が、40代以降の人生に大きく影響してくる。若い時期にせっせと小金を貯めてばかりいたような人間が、40歳を過ぎてから活きたお金の使い方をしようと思っても、怖くてできないはずだ。


百万円の現金は、誰が持とうが百万円の価値しかない。でも、百万円で得られるものの価値は、使い方によって天と地ほども違ってくる。「貯めること」ではなく、「使い方」に意識を向けることで、はじめてお金は活かすことが出来る。


人と会って話を聞くのは、ものすごくエネルギーを使う。だけど、この「聞く力」が「話す力」の源になり、「話す」という力を磨くことにつながるんだ。「聞く」と「話す」は表裏一体なんだよ。「充電」と「放電」の関係だね。


外部の人と会うときも、一生懸命相手のことを知る努力をしているよ。毎日、いろいろな分野の人と会っているけれど、相手が有名人で著書などがあれば、必ず読んでから会うようにしている。有名人じゃなければ、時間が許す限り出身地や経歴くらいは調べてから会うようにしているよね。


自分のことばかり考えている人間は、ゴマをすることしかできないけれど、相手のことを考えられる人間は、信頼関係を築くためにゴマを使いこなすことができるんだ。そういう人間になれなきゃ、多くの人の心に響く仕事はできるはずがない。


私も相手への気遣いには細心の注意を心掛けている。自分の部下に対しても、ちょっと落ち込んでいたり、体調が悪そうな者がいたりすれば、たった1行のメールをよく送る。相手への気持ちというのは、サラリと伝えるだけで十分。これ見よがしにやれば、せっかくの気遣いもゴマすりに変わってしまうんだ。


私は「この人の力を借りたい」と思ったら、速攻で連絡を取る。手紙、ファックス、電話、メール、そして、どうしても口説き落としたい相手には「切り札」として電報を送る。「アナタトシゴトガシタイ」なんて電報を受け取った相手は、ほぼ100%会ってくれるものだよ。


仕事が速い人というのは、常にゴールイメージが明確。バイヤーにとってゴールといえば、顧客のニーズに他ならない。お客さんが喜ぶものは何か。そのイメージが鮮明に描けていれば、不要なものに惑わされることなく、ゴールまで最短距離で突き進める。


「あなたは普段、自分のペースで仕事をしていますか?」と問われて「イエス」と答えた人は、「自分は仕事が遅い」と思ったほうがいいかもしれないね。ビジネスの世界では、自分自身のベースなんか、どうだっていいんだ。大事なのは会社のペース。会社のペースというのは、顧客のニーズを満足させるスピードだよ。


最初から面白い仕事なんか世の中にはないんだよ。どんな仕事だって、最初はつまらない作業の連続。その作業を積み重ねてきた人間だけが、創造的な仕事を切り拓いていけるようになる。


会社が傾けば、社員だって「仕事がつまらない」と思うもの。それは仕方がない。だけど、勘違いしてはならないのは、仕事がつまらない理由を会社や経営者の責任にすることだ。「福助」の再建では、社員の一人ひとりの意識改革に着手した。それが「仕事を面白くするのは自分自身だ」という生き方に気づかせることだった。


仕事はね、自分が楽しむためにやればいいと私は考えている。楽しむためなら、努力は苦にならない。けれども、行動しないヤツもいっぱいいる。下手に動いて、失敗したくないからだ。そういう人間とは、一緒に仕事をしたいとは思わないね。


「石の上にも三年」というけれど、どんなにつまらない作業でも、真剣に三年も続けていれば、見えない景色は見えてくる。30代を過ぎて、「仕事がつまらない」なんて言っている人は、自問してみたらいい。自分は仕事の面白さを見つける努力をしてきたのかと。


会話の上達はとにかく場数を踏むこと。うまくやろうなんて考えなくていい。失敗して笑われてナンボのものと開き直って、とにかく数をこなす。そうすれば、どんな人間も学習能力はあるので、必ずうまく話せるようになる。


会話において極めて重要なことは、「投げられたボールは必ず投げ返す」ということ。先日、居酒屋で飲んでいると、隣のテーブルの話が聞くとはなしに聞こえてきた。「ゴルフはやりますか?」「やりません」「……」と会話が続かず、し-んとなってしまった。気になったので、相手がトイレに立った隙にそれとなく聞いてみたところ、ゴルフの話題を持ち出した人は「実は先週、ホールインワンしましてね……」と、照れ笑いを浮かべながら告白してくれたのである。惜しいじゃないか。会話が続いていたら、「えっ、ホールインワンですか!」となり、その場は大いに盛り上がったはずなのだ。だから、たとえゴルフをやらず、興味も知識もない場合も「一度やってみたいのですが、きっかけがなくて。ゴルフ、お上手なんですか?」と、会話を続けていくべきなのだ。


会話で相手を褒めることが大切。褒めるのはペンや名刺入れといった持ち物だっていい。「そのペン書きやすそうですね。どこで買ったのですか」「実はもらいものなんです」「ほお、どなたから?」「息子がこの前イタリアに旅行に行って、そのときの土産なんですよ」「そうでしたか。息子さん、なかなかいいセンスをしていらっしゃる」ペンひとつからでも、こうやって話は膨らんでいくのである。


会話では、相手を褒めることを常に意識するといい。アメリカの心理学者、マズローによる有名な欲求段階説によれば、究極の欲求が自己実現で、その次が承認欲求となっている。つまり、誰だって認められると嬉しいのだ。


コミュニケーションテクニックを「盗む」対象は、必ずしもプロである必要はない。たとえば合コンの席で、話かうまくてあっという間に女の子たちの注目を集めてしまうヤツがいたら、腹の中は穏やかではなくても、ひとまずそれは抑えて、彼が何の話をしたとき座が盛り上がったか、あるいは女性陣から笑いが起きたときの彼の話し方などを、こっそり箸袋の裏にでもメモしておく。そして、家に帰ってからそれを研究し、同じようにできるようになるまで練習するのだ。


話し方はお笑い芸人から学ぶといい。餅は餅屋というように、彼ら話芸のプロは確かな技術を持っている。それを盗んで自分のものにするのだ。私も若い頃は演芸場にずいぶん通った。とくに役立ったのが落語の「間」。この間の取り方を覚えると、トークの質は格段に上がる。


共通点があると目線の高さが同じになるので、相手も心を開きやすくなる。若い部下と意思疎通が上手くいかないと悩んでいるなら、試しに人気アイドルの音楽を聴いてみたらどうだろう。上司がアイドルについて語れるとわかれば、部下の方から話しかけてくるはずである。


私はいつも「試飲」「試食」「試聴」「試着」「試読」の「5つの試」を心がけている。試読は立ち読みのこと。時間があれば本屋に飛び込んで目についた本や雑誌を開くようにするだけでも、雑学の幅はどんどん広がっていく。


上手く話せるようになるには、日頃からあらゆることに好奇心を持ち、雑学を仕込んでおくことだ。例え浅くても知識や情報が少しでもあれば、どんな話を振られても、とりあえず話をつなぐことはできるからだ。


私は一年前に国会議員になった。それ以前は、政治とはまるで無縁だったので、いまだに政治家の使う言葉がよく理解できないことがある。そんなときは「ごめんなさい、それってどういうことですか」と、頭を下げて教えを請う。当たり前である。私は一政治家として本気で日本のために尽くそうと思っている。恥ずかしいなんて言ってはいられない。


自分のことをシャイだと思っている人は、言葉を発しようとすると、「こんなことを言ったら周囲にどう思われるだろう」「こんなことを聞くと笑われるかもしれない」という気持ちに襲われ、発言を躊躇してしまうのではないだろうか。そんなの、つまらないプライドだ。自分のプライドを傷つけないことばかり考えていたら、いつまで経っても人と上手く話せるようにはならない。そういう人はもっと素直にならなくちゃダメだ。


「僕はシャイなので話が苦手で……」なんていう言い訳を私は信用しない。コミュニケーションというのは、その気になって努力すれば、誰だって上達する。うまく話せないのはシャイだからではなく、「自分はシャイだ」と屈理屈をつけて、努力することから逃げているだけだと思うのだ。


私がいまのように、どこに行っても巧みな弁舌を振るえるようになったのは、必要に迫られて努力した結果であり、「生まれつき」なんかではないということを覚えておいてもらいたい。


伊勢丹に入社したてのころ、ある会合に参加した帰り道に、同席した上司から「おまえは人を楽しませる話が何ひとつできないのか。こんなやつ連れてくるんじゃなかった」とボロクソに言われた。私はその会合の出席者の最年少で、経験が浅いこともあって、たしかに何を話してもウケなかった。だが、言われっ放しでは腹の虫がおさまらない。いまに見ていろ。そこで一念発起し、必死になってトークの技術を磨いた。


信じられないかもしれないが子供の頃はどちらかといえば、物静かで口数の少ない方だった。最初の転機は小学生のころだ。父親の仕事の都合で、私は小学校を4回もかわっている。新しいクラスでは友達もいないので黙っていると、なかなか仲間に入れてもらえない。ともすれば、あいつは何を考えているかわからない暗いヤツだとみ在され、イジメの標的にされてしまう。実際、何度もつらい目に遭った。わが身を守るためには、陽気なおしゃべりになるしかなかったというわけだ。


仕事っていうのは、物語をつくることなんだ。そして、物語は登場人物が多いほど面白くなる。人と人とが直に触れ合えば、必ず何かの化学反応が起きる。そこに「想い」があり、「愛」が芽生えれば、必ず新しいものが生まれてくる。これが仕事だね。


情報というのは読んで字のごとく、人の「情けに報いる」ことを指す。ネットのような一方通行で上っ面だけのつながりは、縁じゃない。そこを勘違いしちゃいけない。ネット上の人脈を増やしたり、名刺交換をすることが仕事のスタートじゃない。人と人とが直にぶつかって、はじめて本物の仕事は生まれてくるんだ。


独立すると決めたときも、多くの人たちから反対されたものだった。福助の再建を引き受けたときも、「オマエにできるわけがないだろう」という批判をバンバン浴びた。でも、そんな声を恐れて心がぐらついていたら、何も得ることなんかできはしない。


いま得ているものに執着し、それを守ることしか考えられないような人間は、出世なんか望むべきじゃない。べつに会社を辞めなくたっていい。会社の中にいても、現状に満足せず、新しいことに挑戦できる人間だけが、出世の道を自ら切り拓くことができるんだ。


最近ね、フジマキの思考の中では、「仕事を頑張る」=「楽しみを極める」に変わりつつある。もともと遊び好きの道楽者だけれど、いまは仕事も遊びと同じように楽しんでいる。「道楽から、極楽へ」これはフジマキの人生の中で最大の出世かもしれない。


20数年前、ちょうど「父の日」の少し前のころでした。ニューヨークのバーニーズのウィンドウディスプレイに驚かされました。ボードが置いてあって、それに従業員のお父さんの写真がズラッと貼られている。それも約300枚。それだけなんです。セピア色した古ぼけたものもありました。その前に、ネクタイをただ巻き付けただけの古木が置いてある。これで懐かしい音楽でも流されればジーンときますよね。プレゼントの一つでも買っていこうかなんて……。これですね。五感に訴える、いわゆる「エモーションマーケティング」です。つまり、ものを売ることは、感情を引き出すことなんです。


新車(ニューモデル)試乗会といったらワクワクウキウキしてくるものです。外国車の試乗会は、華やかな雰囲気で美しいコンパニオンが入り口で待っていました。そしてコーヒーを用意して案内してくれました。悪い気はしませんよね。一方の日本メーカーのほうは、飾りつけはされていますが、入り口では疲れた顔の男性セールスマンが旗をふって呼び込んでいました。入るのをやめようかと思いました。商品は悪くないのに、見せ方一つでイメージが大きく違ってくる。


「VERY」という光文社の女性向けのライフスタイル誌があります。この編集部とブリヂストンがタイアップしてママチャリをつくりました。これが大好評。実はブリヂストンはおしゃれなママチャリを開発しようとしていたんですが、開発チームは男ばかりで、どうも女性の感性にフィットしていなかった。たとえば、色はパステルピンクがいいんじゃないかとか、ソフトな感じのボディがいいだろうとか……。男どもが勝手に、こうすればヤングママが好むだろうと考えてつくっていたんですね。「VERY」編集部は、まさにママチャリターゲットのママ友仲間です。その提案はまったく違っていて、「黒のスポーティでおしゃれな自転車に乗りたい」というものでした。おしゃれに対する感覚が全然違っていたわけです。これを猛烈にブリヂストンに売り込んだ。できた自転車は、それまでのママチャリにはなかった黒っぽいシャープなデザインのもので、価格も少し高くなりましたが、これがヒットした。


私がイトーヨーカ堂の衣料部門の立て直しを頼まれたときのことです。まずネクタイの一新を図りました。一年半後、売上はV字回復ですよ。平均単価も、百貨店レベルとはいきませんがかなり上がりました。商品単価が上がって売上も伸びた。商品は、価格ではない。


孤独を寂しいと感じるか、それとも楽しんでやろうと思えるかは、本人次第なんだよ。難しいことじゃない。孤独は「時空を超えた心の中の旅」なんだ。旅を楽しむつもりで、孤独を楽しめるようになれれば、きっと日常の時間の使い方だって上手くなる。


ネット上のつながりよりも、生身の友達や、生身の自分自身と向き合っていたほうが、得られるものは絶対に多い。断っておくけど、SNSを否定しているわけじゃないよ。フジマキだってフェイスブックで5000人の友達とつながっているし、投稿だってして更新している。だけど、自分が磨かれているとは感じないよね。


僕は「自分は孤独だ」と、いつも感じている。だけど、それは少しも恥ずかしいことじゃない。自分と同じ境遇、同じ夢、同じ悩み、同じ苦しみを共有している相手なんて、世の中にいるはずがないんだ。孤独というのは、生きていれば誰もが味わうものなんだよ。


孤独な時間は、自分のイニシアチブで自由に使える時間でもある。信頼し合える仲間というのは、とても大切な存在だとフジマキは思っている。お互いに切磋琢磨することで伸びる能力もたくさんある。その一方で、独りにならなければ磨かれない力というのも、じつはたくさんあるということを知って欲しいとフジマキは思う。


部下を持つようになってからも、仕事の基本は巻き込みだった。情報はすべて共有し、どんな仕事でもメンバー全員で取り組む環境をつくった。巻き込む人間が多いほど、困難を乗り越えて大きな目標を達成できる。


まだ金持ちにはなれていないけれど、お金を追いかけるような生き方はしたくないと思っている。それは、古典や先人たちの生き方が教えてくれているんだ。「お金が欲しい」という夢を追いかけて世の中で成功した人間なんか、ひとりもいないんだから。


目の前に不意においしそうな兎がたくさん出てきたら、目移りしてしまうものだ。あるいは全部手に入れたいって思うかもしれない。でもね、そんな目先の兎に惑わされてはダメなんだ。まずは、自分が追うべき一兎を確実に捕まえる。それができれば、二兎でも三兎でも追えるようになるから。


ファッションの世界で自分らしい仕事がしたい――それは社会人になったときからのフジマキの夢だった。当時の自分にとっては、身のほど知らずの夢だったかもしれないけれど、多くの仲間を巻き込むことで、夢は現実になったんだ。


時間をつくっては寄席に足を運び、お客さんを楽しませるための話術を必死に学んだ。百貨店の社員としてはタブーだったヒゲを伸ばしたのも、お客さんから「面白い店員がいるぞ」と思ってもらいたかったからだ。振り返ってみれば、相手をもてなそうとする努力の積み重ねが、いまのフジマキの印象をつくったと感じている。


相手から気に入られるために、自分に何ができるか。それを常に考えながら人と会うことを心がけている。自分でデザインした第一印象というのは、相手の心をつかむための大切なオリジナルメッセージなんだ。あえて個性を殺してしまうような灰色のスーツに身を包み、当たり障りのない会話しかできないような人間は、フジマキの目には、人から気に入られることを拒否しているようにさえ映る。


企画に対する情熱をいろいろな人にぶつけて、企画への賛同者をどんどん増やして外堀を埋めていった。さらに社長の「OK」を確実なものにするために、フジマキが狙いを定めたのは当時の部長。社長に「モノが言える」存在だったんだ。部長に企画を認めてもらい、後押しをしてくれたおかげで、前代未聞の大改革に社長のゴーサインが出た。こうして誕生したのが「解放区」のプロジェクトなんだ。


あなたは仕事でケンカしたことがあるだろうか。同じ質問を30代のビジネスマンにして、返ってきた答えにフジマキは驚いた。「逃げるが勝ち、ですよ」と。もちろん、それが正しい場合もある。しかし、「逃げるが勝ち」とは、強い者が言えばこそ深い意味になるんだ。ケンカもできないヤツに、この言葉を吐く資格はない。むしろ真剣勝負を放棄していると言っているようなものだ。


これまで自分ブランドを、自分のためではなく、相手のために生かすことを常に考えてきた。信用の主語は「オレ」ではなく、「アナタ」なんだ。信用というのは、自分一人で築けるものじゃない。人と人とのつながりの中でしか培うことはできない。自分ブランドを、相手の視点で磨き続けることができるようになれば、黙っていても信用は備わるものなんだ。


皇居前にパレスホテルがあるよね。リニューアル・オープンして、大評判になった。個人消費の低迷で宿泊客が減り、一時はいろいろなことに手を出していたけれど、その時期は自分ブランドが揺らいでいたんだよ。でも、原点に戻り、開業時のレストランメニューやバーを復活させて、見事にブランド力を取り戻した。信用というのは、ブームに左右されたり、目先のことを追いかけてばかりいたら、絶対に築けないものなんだ。


民間人の感覚というのは、泥臭く言えば「汗水たらして稼ぐこと」だよ。費用対効果を考えて、ムダなコストを減らして、少しでも収益を増やす努力をする。そして儲かった分は、家族の豊かな生活のために費やしたり、将来のために投資したり、社会に還元したりする。そんな当たり前の感覚が、いまの日本の政治には欠落しているとフジマキは思う。


50代になって、同世代を見渡すと、自分よりもお金を持っている人はまわりにたくさんいる。でも、高級車を何台も持っているとか、ブランドの腕時計を何本も持っているとか、そういうところにしかお金を使えないお金持ちからは、何の魅力も感じられない。お金の使い方というのは、魅力ある人生を送るための知恵なんだ。尊敬されている経営者を見てごらん。松下幸之助にしても、本田宗一郎にしても、私腹を肥やすようなお金の使い方はしなかった。だからこそ、人生も輝いて見えるんだよ。


聞くことの大切さを痛感してから、身近にいる聞き上手な人を観察してみた。すると、共通点が見えた。聞き上手の人はみんな「話させ上手」なんだ。どうやったら、相手は気持ちよく話ができるか。それを考えれば、聞くコツは見えてくる。大事なことは、相手がリラックスして自分のペースで話せる状態をつくること。必要なのはホスピタリティ。つまり、おもてなしの精神ということだよね。


普段から「仕事がなかなか片付かない」と感じている人は、自分が何のために時間を使っているか、検証してみたらいい。たとえば、報告書や企画書などの書類を完璧につくる人。なぜ手を抜かない? 顧客のニーズを満たすのは、体裁の整った美しい書類じゃない。必要なのは、描いたゴールイメージをかたちにする熱意と行動力なんだよ。


職場環境なんて、社員のヤル気次第でいくらでも変えられる。いま、仕事がつまらないと感じている人に聞きたい。「一体、どんな仕事なら面白いと感じるんだ?」。考えてごらん。楽しく生きている自分の姿を具体的にイメージしてみればいい。それが答えなんだよ。イメージした自分を、現実に変えていくために行動する。それすらできないような人間なら、そもそも仕事をする資格なんかないと思ったほうがいい。


部下だって人間なんだ。部下と一緒にいい仕事をしようと思うなら、上下関係を振りかざす前に、一人の人間として接することが大切だ。そのためには、どんなことでも本気で、本質を、本心から、本音で語ること。それができてこそ上司は本物のリーダーになれるんだ。ナメられないことよりも、言いたいことを部下と言い合える関係を築くこと。それこそが有能な上司の条件なんだ。


エラい人間ではなく、立派な人間になることだ。部下に対して上司がエラい人間になるのは簡単なんだ。そもそも地位が上なんだから、エラそうにするための努力は必要ない。そして、エラそうに接すれば、部下も従うと短絡的に考えている上司が現実にたくさんいる。だけど、エラいだけじゃ人はついてこない。心から尊敬されるのは、エラい人間ではなく、立派な人間なんだ。部下から立派な上司だと思われていれば、絶対にナメられたりなんかしないはずだよ。


フジマキが伊勢丹に入社したときは、素晴らしい上司に恵まれた。その背中を毎日見ていれば、ナメる気持ちなんか起きなかったよ。そして、尊敬できる上司と同じように、仕事をする背中を見せて部下を育てられる上司になろうと思った。誰よりも勉強し、誰よりも仕事をして、教えられることはすべて教えた。叱るときは本気で叱り、喜ぶときは肩を抱き合って喜ぶ。ときには一緒に泣きもした。そうやって部下と接していたから、伊勢丹時代にはフジマキ軍団と呼ばれ、「解放区」など百貨店の常識を打ち破る挑戦ができたんだ。


女にモテたいと思って、あれこれ考えているヤツほど、モテないものだ。「モテる」というのは結果なんだよ。一方、「モテたい」というのは目的でしかない。そこを混同していると、薄っぺらな生き方になってしまうんだね。自分を磨くことが目的になっていれば、普段の努力が自分の魅力を高め、その結果としてモテる人間にもなれるんだ。ところが、モテることが目的になっていると、モテるためのノウハウばかり考えるようになって、人間的な魅力を磨くことが二の次になる。結果的に底の浅い行動しかできなくなり、モテたいのにモテないヤツになってしまうというわけだ。


昨日、フジマキは京都に行ってきた。出張で地方を訪れる機会は多いけれど、旅先では意識的に孤独な時間をつくるようにしているんだよ。そして、知らない街や雰囲気のいい場所を、一人で歩いてみる。途中で気になる店を見つけたら、物怖じしないで入ってみる。そこには必ずと言っていいほど、素敵な出会いや発見が待っている。感性や感覚というのは、そういう体験の積み重ねによって磨かれるものなんだ。


孤独というのは、誰にも邪魔されることなく自分の内面と向き合うチャンスなんだ。研ぎ澄まされた時間の中に身を置くことで、「夢」や「志」といった本能をむき出しにして、自分の生き方を客観的にかえりみることができる。見逃していた自分の弱さや甘えを再確認し、それを補うために必要な武器に気づかされる。そして、強く生きていくための行動が生まれるんだ。


周りを巻き込んで協力してもらうのは簡単なことなんだ。まず、自分が相手の役に立つことを心掛ける。そしてマメに、コミュニケーションを取る。分け隔てなくね。どんなにくだらない話でも、みんなに同じ話をする。仕事を直接手伝えなければ、せんべい1枚の差し入れでもいいし、ねぎらいの言葉をかけるだけでもいい。そうやって人間関係をつくっていれば、周りの人たちも自分の仕事ぶりをしっかり見てくれるようになるんだ。その視線の先に頑張っている姿があれば、誰だって応援したくなるものだよ。


フジマキは、小さいけれど会社も経営している。自分の家も財産も、全部事業資金の担保になっている。会社が潰れれば一文なしになるし、社員に給料も払えなくなる。だから、命懸けで仕事に取り組んでいる。そういう覚悟が、信用にもつながるんだ。昨年つくった藤巻百貨店は予想以上の反響で、いま世界中からオファーが殺到している。これは、フジマキの覚悟を、たくさんの仲間たちが支えてくれているおかげだと思っている。と同時に、ブランド力が認められた結果でもあると感じている。


倒産する会社は何が悪いのか? 細かい分析を抜きにすれば、理由は1つしかない。「信用」を失うことだよ。これは、人間も一緒。どんなに能力がある人間でも、信用されなくなったら社会で力を発揮することはできない。では、信用って何か? これはね、言葉を換えれば「自分ブランド」ということなんだ。自分ブランドがない人間なら、代わりはいくらでもいるんだよ。そして、「アナタだから頼みたい」という仕事に恵まれることなく、その他大勢の中に埋もれてしまうことになる。信用というのは、生きていく上でそれほど大事なものなんだ。


「自分には目立った特徴がない」と感じているなら、目立つように自分をデザインすればいいんだよ。ただし、絶対に履き違えてはならないことがある。自分をデザインする目的は、自分をカッコよく見せたり、自分が褒められるためではないということ。欠かせないのは、相手に心地良いと感じてもらえるためのセンスやユーモア。言い換えれば、「おもてなしの精神」だとフジマキは考えている。どうしたら相手が喜んでくれるのか、何をすれば相手が面白がってくれるのか。その視点に立って自分をデザインできれば、第一印象はガラリと変わるはずだよ。


人間関係は第一印象が勝負だとフジマキは感じている。初対面で相手から気に入られると、その後の人間関係に何が起こるか? 相手の心の中に「えこひいき」が生まれるんだ。えこひいきをするのは悪いことだと一般的に言われている。でも、人間関係の大部分は「好きか、嫌いか」で決まる。誰だって、面白い人間や、一緒にいて楽しい人間と仕事がしたいと思うだろ? それが人情というもの。だからフジマキは、会った人のすべてからえこひいきされたいと真剣に思っている。えこひいきされれば、相手の懐の中にもどんどん入っていけるし、本音で物事を言い合える関係も短期間で築くことができる。


仕事で失敗した日の夜、会社から帰宅して、寝るまでの数時間で何をするか。まず、「体を動かす」こと。心と体は連動しているから、心のコントロールがヘタな人は体を動かして気持ちを切りかえればいい。運動で体を鍛えてもいいし、疲れているならマッサージでもいいね。それから、「心を動かす」こと。一番手軽なのは映画だと思う。これを見れば元気になれるという作品は、誰にでもあるんじゃないかな。フジマキの場合は『街の灯』や『ショーシャンクの空に』。何度見ても気づきがある。そして、「脳に栄養を与える」ために本を読む。読書は脳のサプリメントだよ。とくに、先人の教えが詰まった古典や名著を読んでいると、ネガティブな気持ちになっている自分がバカバカしく思えてくるよね。


フジマキには悔しい思いをいっぱい味わってきた過去がある。あれは30代の前半、駆け出しのバイヤーとしてバーニーズに出向していたときのこと。本場ニューヨークのバイヤーたちから素人扱いされ、買付けに行っても商品にも触らせてもらえない。荷物持ちをさせられたり、タクシーの手配をさせられたり。挙げ句の果てには、「オマエのセンスは最悪だ」と言って、履いていた靴を川に捨てられた。ハッキリ言って、イジメも同然だったよ。だけど、文句を言っても勝てなかった。英語力もないし、ファッションの知識もかなわない。どれだけ戦いを挑んでも、結局は自分の未熟さを思い知らされるだけだった。でも、負けの中からフジマキは学んだよ。説得力のある仕事をしていなかったら、グッドファイトで勝ち目はない、ということを。帰国したのは33歳のとき。それからの3年間、勝つための猛勉強に明け暮れた。


藤巻幸夫(藤巻幸大)の経歴・略歴

藤巻幸夫、藤巻幸大、ふじまき・ゆきお。日本の経営者、カリスマバイヤー。東京都出身。上智大学経済学部経営学科卒業後、伊勢丹に入社。同社で名物バイヤーとして活躍。その後、足袋・靴下・ストッキングメーカー「福助」、セブンアンドアイ生活デザイン研究所社長、藤巻兄弟社社長、参議院議員1期などを務めた。