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藤原和博の名言

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藤原和博のプロフィール

藤原和博、ふじはら・かずひろ。日本の教育者、東京都発の民間人校長。東京都出身。東京大学経済学部卒業後、リクルートに入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長、ヨーロッパ駐在、フェロー社員として実務を経験したのち、杉並区立和田中学校校長になる。同中学校を活性化させ、ベネッセ賞、博報賞、文部科学大臣賞などを受賞。校長から退いた後は、和田中学校での成果を全国に広げる活動を行っている。

藤原和博の名言 一覧

キャリアを積み、信用度を上げていくことは、自分の人生をどのようなものにしていくかを考える基盤になります。それこそが、人生設計すなわちライフデザインの本質。


人が何によって人を信用するかを考えることは、ひるがえって自分がどんな価値観を持ち、何を善としてとらえているかを知ることにもつながる。


正解のない時代には、失敗しても修正しながら経験を積み上げ、腕を上げていけばいい。


何をしたいかが明確でなければ、何をしたくないかハッキリさせるといい。


人生のシナリオを描き、優先順位をはっきりさせる。自分の人生の編集権は会社でも他人でもなく、自分自身にあるという強い意識が必要。


悪いスパイラルから逃れるためには、自分で自分の人生を企画・演出する。つまり人生戦略を立てることが必要。


どんな方向を目指すにしろ、行動をシンプルにすることが不可欠。


成熟社会では、プロとして自分のスキルや技術で食べていく時代になる。心がけるべきは、自分の武器を見極めて、それを磨く時間を確保すること。


ひとつずつの分野では100人に1人のレベルでも、それを3つ掛け合わせれば、誰でも100万人に1人という極めて希少性の高い人材になれる。


成熟社会になるということを一言で言うと、「みんな一緒」から「それぞれ一人ひとり」の社会になるということです。


人が想像しない予定不調和な仕事に退路を断って挑戦すると、人から応援してもらえる。


私たちは仕事をしていく中で「あの人なら任せられる」というクレジット(信任)を貯め、それを現金化して自分の収入にしたり、再投資して次の仕事につなげている。


僕は、教育は伝染、感染だと思っているんだ。だって本好きの人の息子とか娘はやっぱり本好きになりやすいでしょう。


キャリアの複線化は、ビジネスパーソンにとっての憧れや夢なんかではなく、安全保障だと僕は思っています。


歳をとるほどに「生き生きと輝く人」と「覇気を失っていく人」の差は、自分で自分の人生をプロデュースできているかどうか。人生を主体的に生きられるかどうかで大きな違いが生まれる。


危機的な体験をすると、「自分は生かされている」という感覚を持つようになる。そして、こういった自分を危機に陥れるような挑戦は若いうちにしたほうがいい。


民間校長として改革に取り組み始めたとき、「無謀で」「不利な」挑戦だと言われましたが、そうであればあるほど、世の中の人は応援してくれることも実感しました。「得をしよう」と思っていたら応援は得られないし、「失敗したくない」と計算しすぎたら、絶対に跳ぶことはできない。


本を読まない人の発想は感情に基づく「思いつき」にすぎませんが、本を読む人には社会に対する独自の「考え」があります。この違いは大きい。


実社会で必要なのは、困ったときに、他の人や組織の外の人に助けを求めて、一緒に解決してくれる人を味方につけ、正解のない解を導く能力。


会社でのポジションなどとは関係なく、自分の価値を自分で高めていくべき。


僕は、先生と生徒のようなタテの関係ではなく、友人同士のようなヨコの関係でもない、「ナナメの関係」を作ることを勧めてきました。


大事なことは、情報を消費するのではなく、生み出す側に回ることでしょう。いくら多くの情報を持っていても、それを単に処理しているだけでは人から尊敬されない。人からアクセスされるのは、情報を編集し、正解のない問題にアプローチできる人です。


日本の教育では「頑張ること」ばかりを教えるでしょう。日本人は、言わば「頑張る教」の宗教教育を施されている。そのため、いったん止まる、降りる、退却する、断るといったことの大切さを学んでいない。


20代のうちは夢中になって働いていればいいと思います。でもそこから先は、何か技術やスキルを身につけないといけない。


AIが高度化するほど、人はより人間らしい仕事をするようになり、人間としてより必要な知恵や力、人にしかないぬくもりが求められていく。


躊躇せず、頓着せず、少しの遊び心をもって一歩踏み出してみる。それは「若さ」でもあるし、スジがいいものだったら、道は絶対に開けていくはず。


人は保守的であり、自分が理解できないものに対して拒むことが多い。ただ、それ以前に敬遠されるのは、説明方法に問題ありかも。たとえば、難解なカタカナで説明したら、まず聞き入れてくれません。こんな時は、相手がわかる言葉を見極め、そうした言葉だけで説明してみましょう。


「前例がないから」と言う人に対して「前例を作りましょう!」と熱く迫っても、理路整然と説明しても無意味です。こういう人は「失敗して、責任を取りたくない」ということしか頭にありません。この場合は、まず前例を何としても探し出してくること。その上で、「責任は自分が取る」と明言することです。


まずは資料をかき集めて、相手の人となりを徹底分析。「相手がどんな人物か」を予測し、それを絡めた提案をします。著名人でなくても、いまはブログなどで情報が手に入る。なのに、多くの人は、下調べが甘い。ネットで10分程度調べる労力さえ惜しんでは、相手の協力を得られません。


お客様でも上司でもとにかく話を聞くことが重要。ただ、いきなり「何をしたい?」と核心に迫っても答えてくれません。まずは出身地や趣味など雑談的な質問から。そうして雑談をしていると、相手は親近感を感じ、ヒントにななることを話してくれるものです


何か頼み事をしても、人は簡単に動きません。「他のことを差し置いてでも、それをやりたい」。そう思わせないと、人は動かないといっても過言ではありません。何かを頼む時には、相手から進んで手を挙げたくなるよう、話を進めることが不可欠。


人を動かせる人とそうでない人の違いは、「リサーチ力」にある。言いかえれば、「相手は何をやりたいと思っているのか」を掴む力。ロジックや熱意で、自分の希望を押しつけても、人は動きません。「これを引き受ければ、やりたいことが実現できる」。そう思わせて、初めて動いてくれるのです。


天才でもない限り、成長する奇策はありません。野球選手のイチローだって同じでしょう。彼は10代のころから千本ノックを受けている。それどころか10万本ノックを受けているかもしれない。表には出さないけれど、とにかく常人とは桁違いの数のノックを受けて、それゆえにあれほどの選手になっているんです。何の努力もしないで、ビジネス界のイチローになれるわけがありません。


仕事に関する技術を向上させるには、ともかく最低限、仕事の量をこなすことです。「仕事は量より質」と言う人もいますが、それは量をこなした人間のみが到達した領域にすぎません。


もし上司が悪かったら、5年、3年とはいわず、即刻転職すべきです。あるいは、会社に上司を変えて欲しいと申し出るべきです。サラリーマンは気づいていない人が多いのですが、上司は最大のリスクになりえます。最も伸びる20代後半から30代前半に言葉は悪いけど、ヘボ上司にあたったら、せっかくの成長のチャンスをふいにしてしまう。前例を踏襲するしか能のない人はもちろん、部下のチャレンジや失敗に寛容でない人も、いい上司とは言えません。


仕事の地肩(じかた)がついていない段階で、自分探しなんてことはしない方がいいと思います。それから、適職診断などもあまりあてにしない方がいい。自分の可能性がどこで花開くかは、20代ではわかりません。あれやこれや、業種は職種で悩む暇があったら、目の前の仕事に徹底的に取り組むべきです。


アポ取りでも営業訪問でも企画書作成でも、とにかく量をこなす。飛び込みだったら、50軒ではなく100軒というように。リクルートでは、基本的に「量が質を生み出す」という考え方でした。営業感覚を身につけたいなら、100軒回ればその勘所がわかってくるはずです。


編集であろうと、リクルートの営業であろうと、あるいはゴルフ場のグリーンキーパーであろうと、そんなことは実はさほど重要じゃないんです。ギリギリ必死で取り組んだ仕事によって、その人にしかできない技術が身につくのです。


最近つくづく思うのは、20代後半から30代前半の5年ほどの間にどんな仕事習慣を身につけたかが、非常に重要だということです。「この5年間がその後のビジネス人生を大きく左右する」と言ってもいいくらいです。とくに40代以降に、圧倒的な差となって表れます。私自身、20代は身体を壊すか壊さないかといった、ギリギリのところで必死にやっていました。


リクルートには営業マンは「客先の担当者を偉くすることを目標にせよ」というのもありました。ある大手銀行の採用担当者のところへ営業に行った際、採用広告をいただく糸口がつかめず、結局、受注できたのは、資料請求ハガキの集計発送業務だけでした。しかし、小さな受注とはいえ、先方の担当者にしてみれば、繁雑な業務をアウトソーシングできたわけで、社内では鼻高々です。ひょっとすると、仕事の権限が増したり、昇進するかもしれません。そうした小さな積み重ねが、将来の受注拡大につながるのです。


リクルートの新人の頃、先輩の仕事を見て印象的だったのが、クレームを言ってくるお客さんを大事にしていたことです。クレームを投げてくるということは、それだけこっちの方を向いているわけで、その気持ちを上手く反転させれば、大きな仕事につながります。ですから、社員は皆、お客さんからクレームがあったと聞くと、新しいプレゼンテーションのチャンス到来とばかりに鞄を持って飛び出していっていました。


人は共通項の多い人からの頼みごとを優先的に聞き入れます。共通項の多い相手は自動的に信頼のおける人になるのです。共通項探しにはテクニックがあります。出身校を聞くなら、大学はコンプレックスがある人もいるので高校を聞きます。そして出身地や趣味などを聞いたら、聞きっぱなしではなく、そこをきっかけに会話を広げるのです。


プレゼンテーションとは、自分の主張を伝えるものと考えがちです。しかし、本当に上手いプレゼンテーションとは相手の頭の中に自然にイメージをつくることです。


人は皆、テレビゲームの主人公のように、自分の世界観の中で、そのルールに従って生きています。強気な人ほど、その傾向は強くなります。大切なのは相手の頭の中にある世界観を見極めることです。部下にとって何が格好いいことで、何が成功なのか。ゲームの構造とルールがわかれば、動機付けが可能になります。


周囲の人の性格を把握することはコミュニケーションの基本です。私が上司なら最初の2週間で部下にあらゆることをインタビューして、一人一人のキャラをつかむことを心がけます。部下も30人いれば、30人30様で性格も考え方も様々です。一人一人を知ることが必要です。


主導権をとるとは無理にこちらの方向性に引き寄せることではありません。相手が自分の得になるから一生懸命動こうと思うように環境を整えることです。結果としてこちらの希望が叶うのですから主導権をとったことと同じです。


他部署を動かすには、まずキーパーソンを見極める必要があります。必ずしも部長がキーパーソンとは限りません。部長が必ず意見を聞く部下がいれば、その部下がキーパーソンです。接待はキーパーソンにしないと意味がないのと同じで、他部署との議論もキーパーソンとしないと意味がありません。


どのような道に進むにしてもオリジナリティの高い人になることが大切。要はその道のプロになること。経理や人事だって10年真剣に仕事をすればその道のプロになる。実際、僕の後輩で経理部にいた人間がいました。彼は10年経理を極め、独立して経理のアウトソーシング会社を起業。いまでは大きな会社に成長させています。


人生をひとつのゲームとして捉えた方が柔軟な発想ができる。30代、40代と自分が設定したミッションをクリアすることで新しいステージに上がるイメージ。年齢を経て魅力的に輝いている人は、そんな前向きな生き方をしてきたはず。


感謝は人間関係を育み、人生をうまく回すために必要不可欠。ただし、おざなりの感謝をしていても、相手の心には響かない。それどころか、上っ面の感謝は見抜かれて「この人にはがっかりだ」と思われることすらあり得る。


苦しい体験が2~3年に一度襲ってきています。だから僕は感謝の気持ちを強く持てるのだと思います。平穏無事な人生を歩み、それが当然と勘違いしていれば、周囲に感謝なんてしないでしょう。そう考えると、人間には苦しい体験が定期的に必要なのかもしれません。


意に沿わない部署に異動になったとか、子供のPTAの役員に選ばれたなどの「偶然」が、自分を思わぬ世界に引き合わせてくれることだってあります。友人に誘われて出た勉強会や趣味の集まりが、新たな扉を開いてくれる可能性もあるでしょう。


掛け合わせが大事。例えば、お笑い芸人として成功しようとするのは大変なことです。美容師で成功するのも、これまた大変。だけど、美容師の技術があって、そこそこ面白ければ、「お笑い美容師」と打ち出せる。


中学校の経営者(校長)になった私は、新しい試みを次々に行いました。いきなり来たよそ者が変えようというのですから、「相当な反発があったでしょう」とよく聞かれるのですが、邪魔をする先生なんていなかった。教師や保護者は子供が喜んだり、成長に繋がったりするアイデアに対して100%支持でした。


将来のキャリアを考えるときには、希少性を高めるだけでなく、人生の複線化も欠かせない。人生が仕事一本の単線だと、その道が先細って狭くなったときに行き詰まってしまう。そこで会社のほかに、自分が属すコミュニティを複数つくり、人生に保険をかけておくことが重要。


ある分野で100分の1(100人に1人の人材)になったら、次は営業ならマーケティング、経理なら財務というように、隣り合う分野にシフトして100分の1を目指す。2つの分野で100分の1の人材は、100分の一×100分の1=1万分の1の希少性を持つ。このかけ算が重要なのだ。ひとつの分野で1万分の1の人材になろうとすると、9999人に勝たなければいけない。そのための努力は、とても1万時間では足りない。しかしかけ算を利用するなら、隣り合う分野に再度、1万時間を投入すればいい。


30代になっていまの仕事で100人に1人の人材になっていない人は、仕事への取り組み方や普段の生活に何か問題があると言わざるをえない。パチンコやケータイゲームばかりしていたり、月に一冊も本を読まない人は論外。そうした生き方を否定はしないが、自らそれを選んだ人にかけるべき言葉を私は持ちあわせていない。


レアな人材になって付加価値を高めるには、まずいまの仕事で100人に1人の人材にならなくてはいけない。100分の1と聞いて腰が引けるかもしれないが、実はそれほど難しくない。マルコム・グラッドウェルは『天才! 成功する人々の法則』で、さまざま実例をあげながら、どんな人もある分野について1万時間練習すれば、その道のマスターになれることを示した。1万時間は、1日8時間、年間200日働いたとして約6年。営業でも、経理でもいい。多少の個人差があるかもしれないが、その仕事を少なくても10年真面目にやれば、誰でも自ずと100人に1人のレベルに達するのである。


時給の差は、一時間の労働が生み出す付加価値の差と言っていい。では、付加価値は何によって決まるのか。それは希少性だ。ファストフード店のバイトはほかにできる人がたくさんいるため、時給800円。一方、大前研一さんや堀紘一さんといったトップコンサルタントは、ほかの人と取り換えがきかない。だから人々は彼らに時給8万円を払う。そのことを前提にすると、「転職すればキャリアアップになる」というよくある考えは甘いとわかる。


ある分野のプロになるには時間が必要。天才と言われる人が天才たり得るのは、資質ではなく、練習時間が圧倒的に長い。どんな人でも1つのテーマに1万時間を費やせば、少なくとも二流の一番にはなれる。


日本は激変していますが、今を悲観視する必要はありません。むしろチャンス。自分の周りのヒト・モノ・カネをリストラし、成熟社会を生き抜く人材に変わるための好機。


本当に仕事ができる人は皆、自分の「マイナスの情報」を実に魅力的に語ることができる。あえて相手に自分の「弱み」を握らせると言ってもいい。それはそうした「負の体験談」こそが人を惹きつけ「この人を応援したい」と無意識に感じさせると知っているからだ。


教師に最後に残る役割は、「学ぶのが大好き」というオーラを出すこと。これはAIにはできない芸当だと思う。先生の学ぶのが大好きというオーラがあるから、子供たちも勉強が好きになったり、もっと知りたいと思ったりする。


「分かったつもり」って結構、重要な言葉なんです。学校がただ単に授業で教えている限りにおいては、分かったつもりにさせているだけで分からせていない場合が多い。


アクティブラーニングを一言で言うと、児童生徒が「寝ない授業」だと言っているの。つまり生徒が主体的にそのテーマについて考えて関わっているということ。


情報を子供にインプットしていくと、コップから水があふれるように自然に子供たちが意見を言うようになるのか。そうではありません。問われないと意見は形成できないし、まずは間違ってもいいから意見を言ってみないと始まりません。さらに論理的にしていくためには、ディベートのような方法で鍛えないといけません。


一度会社から離れ、コミュニティでの活動や被災地支援、最貧国の子供たちを支える取組みに参加するなど、会社以外の活動に目を向けるといいでしょう。そうした活動から、これまで取り組んできたこととは大きく異なる「自分がやりたいこと」や「やるべきこと」が見えてくるものです。


私たちのような凡人は複数の軸で勝負すべき。ある分野で「100人に1人」になったと自覚できるようになったら、もう一つ別に「100人に1人」の分野をつくる。すると、100分の1×100分の1で、1万人に1人の人材になれる。


これからの時代に生き残れるのは、他の人と替えることができない能力を持った「希少性の高い人材」。どうすればそうした人材になれるかを意識しながら、キャリアを積み重ねることが大事。


学校教育で子供たちに太宰治の小説『走れメロス』を読ませて、「帰り道でのメロスの気持ちに近いものを以下の4つから選びなさい」というような問題を解かせるでしょう。そういう勉強ばかりやらされているから、選択肢は会社が与えてくれるのではないかと勘違いしてしまうわけです。問題自体を設定する力、情報を編集して人と人をつなげる力があれば、コミュニティーを使ってイノベーションを起こすこともできます。


評論家の西部邁さんは、男が正気に戻れるのは、大病を患うか、独房に入れられるか、戦争に行かされる時だけだと述べています。確かに病気にかかると、自分自身を振り返る機会が得られます。


30歳で心身症の一種であるメニエール病にかかってしまい、それまでのペースで働くことができなくなった。そこで出世コースから降りて、専門職へと方向を転換したんです。以後、40歳でリクルートを辞めるまで収入は固定されたままでしたが、新規事業の立ち上げや欧州駐在など、やりたいことをやらせてもらいました。思うに、僕の場合は、自分が本当にやりたいことを病気が教えてくれたんですね。そのおかげでキャリアを複線化させる準備ができたから、ラッキーだったとも言えます。


ゴルフに例えれば、時間をかけてもいいから少ないアプローチでゴールするのが成長社会での戦い方のルールでした。しかし成熟社会では何回打ってもいいから、とにかく早くゴールにたどり着くというルールに変わったのです。


右肩上がりの成長時代が終わったいま、みんなで幸せになれる成功モデルはなくなりました。成熟社会では、個人がそれぞれの価値観で独自の幸せを追求しなくてはなりません。いわば正解のない時代なのです。


できれば40代の人には、50歳になるまでに自分の本を出すことを目標にしてほしいと思います。自費出版でも構いません。その本が、組織を離れた場合でも、会社の名刺以上の効果をもたらしてくれます。私自身、42歳で出した『処世術』という本がベストセラーになったことが、その後の活動で強い威力を発揮してくれました。思いついてすぐに本を出版できるものではありませんから、メモでもブログでもいいので、日ごろからコツコツと準備しておくといいでしょう。


会社の資産を利用してスキルを磨き、いつでも自営業者になれる力を身につけるつもりで仕事をすることは、人生における大きなリスクヘッジにもなります。万が一、会社が危機に瀕しても、自分の能力を見極めて次のステップを踏み出せるからです。


いきなり独立するのはハードルが高いですが、組織内自営業者という考え方で働くことは可能です。つまり、会社の資産を利用してスキルを磨き、いつでも自営業者になれるくらいの力を身につけるつもりで仕事をするのです。


最も危険なのは、会社の成すがままにされることです。会社にすべてを委ねた結果、ある日突然リストラされたり会社が倒産したりすれば、後半の人生は一気に下り坂を転げ落ちていってしまいます。そこで、会社員であっても自衛のために自営業を意識してほしいのです。


管理職になるということが、誰にとってもベストな選択とは限りません。もし私が営業職であれば、管理職にはならず、現場の営業として働き続ける代わりに、報酬は現状を維持して、数字が上がったらその分を上乗せしてもらうよう会社と交渉します。そうすれば、会社はやる気のある若手を抜擢できますし、私自身はマネジメントから解放され、頑張り次第では大きな報酬も期待できます。アメリカでは当たり前ですが、日本でもこれからは、積極的に会社に条件交渉を持ちかけていくべきだと思います。


会社員が30代後半から40代に差しかかると、会社はその社員に対して棚卸しを行います。その人が持つ知識や経験、技術をチェックし、「使えるかどうか」を判断するのです。そして、「いまの部署では力を活かせないから、こっちに飛ばしておこうか」などと考え出します。会社に自分の人生を振り回されないためには、会社に棚卸しされる前に自分で棚卸しをし、会社の棚卸しに自分の考えを加えてもらうように動くべきです。


40代はこれまでの自分の価値観や、自分が属してきた会社というコミュニティをもう一度冷静に見つめて、見直すべきところは見直していかなくてはなりません。自分の棚卸しをしてみることをお勧めします。


平均寿命で考えても、40代の人にはまだ30年、40年の時間が残されています。発想を変えてこれからも新しく何かを始めれば、もうひと山もふた山もつくれるかもしれません。坂を下るだけが人生の終わりではありません。


転職しようが、ほかの業界に移ろうが、あるいはNPO(非営利組織)や行政機関で働こうが、キャリアを複線化しようとするときに試されるのは、自分がどのような「武器」を持っているかでしょう。


僕は「1万時間の法則」を唱えていて、何であれ、1万時間かけて訓練すればマスターできると言ってきました。1日6時間のトレーニングを365日続ければ、1年で約2000時間、5年で1万時間に達します。それだけやれば、何でもほぼこなせるようになる。さらにもう5年続けたら、しっかりとした技術やスキルとなって身につきます。


ビジネスパーソンは会社に棚卸しされる前に、自分の価値をはっきりさせ、会社と取引できるようになっておいた方がいい。営業でも経理でも総務でも、何でもいいから自分の得意分野を見定めて、組織の中にいながらにして自分の店を出すつもりで働くんです。別に独立しなくても、組織内で自営業者のように振る舞うことはできます。例えば管理職にならないで、一介の営業マンのままでいるというキャリア選択もあり得る。報酬はとりあえずキープしてもらい、業績に応じて多くもらうという契約で働けばいいんです。ただし、そのためにはコアな技術やスキルが欠かせません。それがないままキャリアを複線化するといってもどこか虚しい。


多様なコミュニティを渡り歩く際には、自分の軸をしっかりと持つことも大事ですね。何が軸なのかがわからないまま、単に渡り歩いても意味がない。


会社を辞めなくても、企業人という本線とは別のキャリアを複線化させることはできます。たとえば地域コミュニティに参加するとか、学生時代にやっていた研究を蒸し返すとか、そういうことでもいいんです。


20代の後半になったら、本線とは別にキャリアの線を1本持ち、30代で3本、40代で4本、50代で5本に増やしていった方がいい。人生の後半になって、いきなり線を増やそうとしても間に合いません。人生の後半に登るべき山をつくっていくためには、早いうちにキャリアを複線化し、裾野を広げておいたほうがいいんです。


あえて極論を言うと、僕は、企業そのものが人を育てられない装置になってきているのではないかと疑っているんです。日本企業は、この10~15年の間にリストラをやって、組織をシンプルにしました。それによってムダもなくなりましたが、失敗が許されない組織になってしまった。僕たちの時代は、社員がムダや失敗を積み重ねながら成長できたけど、今の企業でそれは許されません。しかし、その結果、人を育てる機能が弱まっている。


自分のキャリアを見つめるときに私がいつも提案しているのは、今の仕事を、「時給」に換算してみることです。ちなみにサラリーマンは、平社員から取締役までだいたい2000~5000円です。1万円以上のエキスパート、あるいはそれより上のプロを目指すなら、組織内での役職や月給よりも、時間あたりの市場価値を意識すべきです。


信用力とは「他者から与えられた信任の総量」。あらゆる出会いで、人と人は顔を合わせた瞬間から無意識で相手に信任を与え、反対に相手から信任を受け取ってもいる。「自分は相手からどれだけ信じて任せてもらえるか」という視点の下、自分に欠けている部分の行動を改めて、信用力を積み上げていくことが重要。時間管理などのノウハウと違って、信用力はスマートには身につけられない。汗をかきながら習得に挑戦してください。


「相手はどんなシナリオなら動いてくれるのか」を相手の身になって考え、それに沿って話すことが大切。たとえば学校の先生なら「どんな教育を施したいのか」と予想し、自分が頼みたい仕事とうまくミックスさせてお願いする。すると、相手の反応がまるで違ってきます。これを繰り返していれば、相手の心を掴めるようになりますよ。


入社後から20代の後半まではとにかく与えられた仕事に必死で取り組む。私自身一人前になるためには必死で頑張りました。20代後半から35歳くらいにかけては、営業、経理などの分野を問わず、あるいは語学でも資格でも構いません。とにかく1万時間を何らかの習得に当てる。何かをマスターしプロになるためには1万時間が一つの目安。


30歳のとき、会社の廊下を歩いていたら、突然、目の前が真っ暗に。冷や汗がどっと出て、歩けない状態に……。診断結果はメニエール病。何時間も続く猛烈なめまいが突然起こる病です。原因はストレス。幸い、めまいは1週間で収まりましたが、5年間、後遺症に悩まされました。この経験は僕にとって良い転機になりました。当時私は自分の力を過信していた。しかし、この病気によって、「自分は弱い。いかに健康がありがたいか」、また家族や同僚のサポートを得ることで、「いかに自分が周囲の人々に恵まれているか」に気づかされました。同時に、出世ゲームに没頭していた自分の姿に疑問を持ち始めた。これが教育分野に突き進むひとつのきっかけとなった。


大事なのは、自分のキャリアを棚卸しして、不要なもの、必要なものを明確にすること。たとえば営業を一通りやって接待の経験が十分なら、社内接待に時間を使うよりも仕事の専門性を高めるための時間をもったほうがいいとか、法務の仕事をやりたいから専門の勉強をしたいとか、自分のキャリアに肉付けすべきこと、逆に削除すべきことがはっきりわかればいいのです。


校長時代、ときには学校にクレームの電話もかかってきました。でも、電話を受けるのは私だけ。就任時に「クレームは先生方に対応させない。校長の私に全部話してください」と宣言したんです。教師が一番嫌いなクレーム処理の仕事を私が引き受けたことで、私への信頼が増した。リクルートでのマネジメント経験を活かすことが出来ました。


ずっと4択問題ばかり何千問も解いてきた子は、たぶん選択肢は必ず誰かから与えられるものだという態度を身につけることになる。ところがいまの実社会で求められているのは、4つの仮説を全部自分でひねり出して試すこと。でも、いまは与えられた4つの選択肢の中に必ず正解があると信じる子を育てているようなもの。


報酬とは、もちろん仕事の対価として得られるものですが、自分が積み上げてきた信頼と共感の関数=信用度に対して支払われるものでもあります。いくら能力や自信や知名度があろうと、他者からの信用が得られないような仕事の仕方をしていたら、素晴らしい実績を挙げることはできないでしょう。報酬は決して信用度に先立つものではなく、信用度があってこそ手にすることができるものです。


私は、財産があることは、金融的な信用にはつながるけれども、人としての普遍的な信用にはそこまで深く関係していないのではないか、と考えています。フランスには「ノブレス・オブリージュ(身分の高い者がそれに応じて果たすべき社会的な責任と義務)」という言葉があります。欧米の経営者や資産家が社会貢献に資金を投じるのは、そのことが、金融的な信用を超えた、自分の人生の「信用度」を上げることを知っているからでしょう。


転職の意志の有無にかかわらず、これまでの自分の「履歴書」を書いてみることを勧めます。このとき、「新規事業のプロジェクトリーダーを務めた」「営業部の次長に就いた」というように、自分がどんな部署にどんな役職でいたか(=Be)という「位置エネルギー型」の経歴ではなく、「連携不足の解消に組織横断的な役割を買って出た」「不足していた○○の技術を補うために部内に専門部署をつくった」など、自分がどんなことをしてきたか(=Do)という「運動エネルギー型」の実績を書いてみてください。そうすると、今後自分はどこに力を入れるべきか、どの部分をさらに深めればよいか、エネルギーの矢を放つべき方向性が現実感をもって見えてくるでしょう。


規模の大小に関係なく、組織にいることの大きなリスクは「上司」の存在です。サラリーマンである以上、上司が間違いなく幸せの半分のカギを握っていると私は考えています。そして40歳よりも45歳、45歳よりも50歳と、年齢が上がれば上がるほど、リスクは大きくなります。若いうちは、たとえ直属の上司と気が合わなくても、異動や組織改革で環境が変われば、新しい上司からチャンスをもらうことができます。しかし、昇進につれて異動できる場所は限られていき、評価を下す上司の顔ぶれもだんだん決まってきます。そして晴れて部長になったとき、常務や専務と合わなければ、「あいつはダメだ」と烙印を押されて「終わり」。一度下された評価は二度と覆らないまま、退職までの長い時間を過ごすことになります。そう考えると、「転職」「独立」のリスクと「留まること」のリスクは、45歳以上からは実はほぼ同じと考えてもいいのではないでしょうか。


自分の希少価値は、キャリアの掛け算で高められます。40歳まで働いていれば、誰でも1つ2つキャリアは築けているはず。そこからは、いままでのキャリアから離れた業界やスキル、職種などに挑戦してみることをお勧めします。キャリアを掛け算したとき、あなたの希少価値は上がり、50代60代で活躍の舞台がもっと広がるはずです。


現在、幅広く活動できているのは、私のキャリアに「希少価値」があるからだと思っています。とくに40代で経験を積んだ「民間人校長」のキャリアは大きい。40歳時点での私のスキルは、20代で培った営業力と、30代で身につけたマネジメント力の2本柱でした。リクルートから離れたとき、コンサルタントに転身していたら、私の希少価値はそれほど高くなかったでしょう。でも、営業とマネジメントの世界とはまるで無関係に見える、「民間人校長」という3つめの要素が加わることで、他にない存在になれました。


和田中の校長になって、学習塾とも連携しました。従来、学校の教師と塾講師は、反目し合うような関係でした。教師は塾に行かすまいと大量の宿題を与えたり、塾講師は「学校の勉強だけじゃ進学するには不足」と学校の悪口を言ったりね。そんな足の引っ張り合いはやめて、生徒のために役割分担すればいいと思った。放課後の後者を使って、塾の講師が教える「夜スペ」という授業を実施しました。すると、生徒の学力が伸びたことはもちろん、学校と塾の先生同士で勉強会を開いたり、意見交換したりするほどに関係が良好になったんです。


テレビなどメディアで教育問題について意見を求められる機会が増えるにつれて、無力感を感じ始めた。だって、いくら外野から評論しても、学校は変えられません。リクルート時代から私のやり方は「現場主義」です。ものを売った実績がないやつが、理論だけで批判しても説得力がない。同じように学校も自分で経営しないと問題の核心部分はわからない。そこで、「現場に入れてください」とお願いしたんです。幸いにも多くの方の尽力で実現しました。杉並区立和田中学校に都内で義務教育課程初の民間人校長として就任したんです。


労働時間と賃金のバランスも検討が必要です。たとえ月給が2割上がったとしても、3割長く働いていたとしたら、効率は悪化していることになります。「だったら時間あたりの効率を高め、時給を上げよう」という発想に自然となるでしょう。「もっと稼ぐには、もっと働かないと」というのは、経済が拡大し、何もしなくても全員の時給が自動的に上がっていった成長社会の発想です。成熟社会では、いかに効率よく仕事を終わらせ、できた時間でどう自分のキャリアを充実させられるかが勝負になってきます。時給で考えることで、自分のための「働き方改革」ができるのです。


計算するだけでなく、ひとまずやってみることも大事です。私が東京都で義務教育初の民間校長になる初めの一歩は、息子の小学校のボランティアに顔を出したことです。コンピュータルームの前時代的な使われ方に唖然とし、父親5人でサポート隊を作ったことが始まりでした。校長になろうとか、教育を変えてみせるとか、そんな考えはなく、「小学校に行くのは久しぶりだな」くらいの気持ちでした。


「信用度」を%で示すことができるとすると、たとえば信用度0%の人が事業を始めたとしても、元手となる資金を貸してもらうことや、必要な人材を紹介してもらうことなどは難しいでしょう。逆に信用度100%の人なら、場合によっては、投資の申し込みが次々に舞い込むかもしれません。もっと身近なことで言えば、困ったときに相談したり助けを借りたりしたいのは信用度30の人よりも70の人ですし、逆に助けてあげたいのも後者でしょう。つまり、信用される人のほうが人生の自由度がより高く、何かと有利であるといえます。キャリアを積んで自分の目標やビジョンを実現させるには、できるだけ信用度を上げるよう、努力することが必要なのです。


世の中には「信用される人」と「信用されない人」とがいます。人は、「あの人の言うことは間違いない」と、理性によって相手を「信頼」し、また「彼(彼女)の取った行動はもっともだ」と、感情面で「共感」することによって、相手を「信用」します。つまり「信用」とは「他者から与えられる信頼と共感の関数」と定義することができます。仕事で言えば、他者からの信用が大きければ大きいほど、より重要なミッションを任せられる可能性が高まり、裁量の範囲や自由度も拡がっていくのです。


藤原和博の経歴・略歴

藤原和博、ふじはら・かずひろ。日本の教育者、東京都発の民間人校長。東京都出身。東京大学経済学部卒業後、リクルートに入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長、ヨーロッパ駐在、フェロー社員として実務を経験したのち、杉並区立和田中学校校長になる。同中学校を活性化させ、ベネッセ賞、博報賞、文部科学大臣賞などを受賞。校長から退いた後は、和田中学校での成果を全国に広げる活動を行っている。