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落合寛司の名言

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落合寛司のプロフィール

落合寛司、おちあい・かんじ。日本の銀行家。「西武信用金庫」理事長。神奈川県出身。亜細亜大学卒業後、西武信用金庫に入庫。常勤理事、専務理事などを経て理事長に就任。

落合寛司の名言 一覧

変革期は小が大に勝てる絶好のチャンスでもあります。ですから、我々もビジネスモデルを大幅に変化させなければいけないと考えました。それがコンサルタント業務でした。大幅にビジネスモデルを変えたことが、お客様のニーズに合ってきたんです。


変化に対応することが結果的には大きな成長につながった。


自然界は弱肉強食ですので、基本的には強い者が生き残る。ところが、肝心なのは変化に対応しないと生き残れないということです。ですから、変革期をチャンスにする人とピンチにする人に分かれる。


野球少年はお金がもらえるわけでもないのに、毎日真っ黒になって練習する。それは自分の好きなことだから、夢があるから、苦にならない。仕事でも、将来の夢があれば自ら努力します。


ものごとには何でもメリット・デメリットがあります。会社を経営するうえでデメリットだけにスポットを当てたら、会社はどんどん悪くなります。逆にメリットに当てれば良くなっていく。


このままでは改革は遅々として進まない。トップが意識を変えなければ何も変わらない。


すべてのことをお客さん目線で見て、何ができるか、職員のアイデアを募集、優れたアイデアに対しては報奨金を出すようにしました。そうしたら500以上の提案があった。これによって、職員の意識は大きく変わったように思います。


経済が悪い、政治が悪い、デフレでは無理だ、といった具合にうまくいかない理由を探すことは簡単。でもそれでは何も解決しない。そうではなく、自責の心で考える。うまくいかないのは自分に責任がある。だったら自分を変えればうまくいくはずだ。そう考えていくと解決策も見つかりますし、何をやるべきなのかが見えてくる。我々の業績が伸びているのは、その結果です。


1人が30人と連携して仕事をすれば、結果的に30倍以上の仕事ができます。組織力ではなく、ネットワーク力で中小企業の経営改善に取り組んでいます。


取引先が元気になれば資金需要も起きてきます。我々は融資額の伸びを「お客様元気度曲線」と呼び、不良債権比率のことを「お客様元気度比率」と呼んでいます。お客様の元気が西武信金の業績につながっているのです。


西武信金は自分たちを「お客様支援センター」と位置付けています。そのため取引先の課題の解決をお手伝いする総合コンサルティングに注力しています。専門家とのネットワークを構築し、取引先の様々な悩みを解決する。この方針を掲げたのは10年以上前のことですが、今その成果が出てきています。


本当の意味で相談してもらえるようになるまでは時間がかかりました。「銀行は雨が降ったら傘を取り上げる」と言われるように、金融機関に不信感を持つ人が多かった。もし本当のことを言ったら融資を引き上げられてしまう、と思えば相談などするはずがありません。それを一つ一つ実績をつくることで、信頼を勝ち得ていきました。


今は変革期だ。先進国が主役の時代から新興国が主役の時代に変わり、産業の空洞化が起きた。日本は人口減少もあり、成長経済から衰退経済に向かっている。しかし変革期をチャンスとする人間とピンチとする人間がいる。戦国時代の織田信長は鉄砲で戦術を変え、農民出身でも大名に抜擢し、天下統一目前までいった。だから我々も変わる。変わることで日本一の信用金庫になる。職員の給料も日本一にする。


頑張っている人に共通するのは、前向きにトライしていることですね。課題に対して自責で取り組む。この自責というのは自分の責任という意味です。もちろん、うまくいかないことは変革期においてはたくさんあります。あるいは、今までと違ったコンサルをやると失敗するケースもあります。そのうまくいかないときに、世の中が悪いんだとか、金融を取り巻く環境が悪いと他に責任を転嫁する人は伸びていきませんね。


時代や業容が変化する時代となり、自分たちの組織内では足りない人材が出てきました。しかし、今から人材を育てようにも時間がかかります。だったら外部から採用すればいいと。当金庫は年齢に制限はありません。やってみたい方はどうぞいらしてくださいと募集をかけたら他の金融機関で働いていた40~50代の方々が集まって来てくれました。いまは高齢化という社会的な背景もあるし、寿命も延びている。年齢もマイナス要素にはなりません。


顧客が海外の情報に敏感になるように定期的な海外視察も行っています。先日はカナダに、事業視察のために430名の中小企業の経営者を送り込みました。直接現地を行くことで、帰国後、普段何気なく聞き流していた海外のニュースにも敏感になります。常に海外に目を向けることで、ビジネスチャンスを見出してもらえればと考えています。


融資だけではありません。取引先が経営危機に陥った場合、当社の取引のある企業を紹介するなどして、どんどん仕事を回していく。その代わり、経営にも口を出すし、人も出します。必要なことはなんでもやります。当然ですが、そこの社長が酒やゴルフにうつつを抜かすことは許しませんし、無謀な投資にも反対します。取引先と西武信金は運命共同体です。真の協同組織金融機関として、取引先を徹底的に支えていきます。


NPOのためのインキュベーションオフィスを開設し、安い賃料で使ってもらっていますし、NPOに対する貸出金利は0.1%です。しかも専門家のアドバイスを受けるのも無料です。なぜこういうことをやるかというと、いずれ地方公共団体は財源不足に陥ります。この時、行政に代わって住民サービスを行ってくれるのがNPOです。信用金庫は地域の力に支えられています。NPOの活動によって、地域が元気になれば、取引先も元気になります。その結果、我々も元気になるのです。


人事制度も大きく変えました。まず年齢による定年制度をなくしました。60歳を過ぎても昇進や昇給もあります。これは高齢者のためだけではなく、若い人のためでもあります。これにより、組織の中から年齢というキーワードをなくしました。何歳であっても、能力があれば高い役職につくことができるし、人事異動も自分で決めるように変えました。そのため、年収400万円の若手が支店長になり、一気に年収1300万円になったケースもあります。あるいは何年後かに年収1千万円を目指そうと思えば、そのポストに就くためにどういう能力を身につけなければならないかが分かるため、それに向かって努力する。


私が入庫した頃は、金融機関はつぶれないと言われていました。ところが1991年から2003年までの間に、360の金融機関がなくなった。金融機関もつぶれる時代になったのです。そこで改めて考えたのは、自分たちの役割です。信用金庫は株式会社ではありません。株主のために利益を上げる必要はありません。信用金庫は会員のために営利を追求しない協同組織です。だとしたらその原点に帰ろう。会員である利用者を守るためならリスクを取ろうと考えたのです。


時代は変わりました。付加価値の高い商品やサービスを創り出さなければ生き残れない時代になったのです。ですから、当金庫のようなコンサル機能を持つ金融機関という存在が重要になってくるわけです。コンサル料金はほとんど当金庫が払っています。なぜなら、当金庫と取引をしてくれて、金利で当金庫に収益を上げさせてくれるわけですから、お客様が元気になれば取引も増えます。どんどん好循環になるわけです。やはり何にお金を使うか。活きたお金をどう使うかということは、すごく重要なことになります。


メイン先は潰さないという制度を作ることができる点が協同組織の強さだと思います。信頼を得るために、メイン先は潰さないような体制を作るわけです。私たちは協同組織です。会員制度になっていますから利用者保護を最大の使命としているわけです。そのため、利用者の役に立つことをやっていかなければいけない。だからこそ、大事な会員を守る体制を作らねばなりません。要は本来の制度に、もう一回原点に戻ったということになります。


今では大学教授から弁護士、税理士、中小企業診断協会の診断士といった3万人を超える専門家の方々と連携し、お客様の課題を解決できる金融機関になることができました。当初は自分たちでやろうと思ったのですが、専門家ではありませんからうまくいかない。ありとあらゆる方々と連携した結果、半分ぐらいの案件で成功するようになり、お客様からの評価も上がってきたわけです。


立川南口支店長に就任したとき、相談業務を始めました。税金で困っている方やバブル崩壊の影響により経営改善で困っている方など、何かあったら言ってくださいと。専門家を紹介した経営改善を進めていった結果、1年半で預貸の合計残高を86億円にすることができました。この経験が今の「お客様支援センター」というコンサルタント業務の入口につながりました。


入庫2年目に、私が担当していた会社が倒産してしまいました。社員40人程度の会社ですが、4人家族だとして160人、さらには取引先も加えるともっと多くの人が倒産によって苦しむことになる。どうすれば倒産させないですんだのかを考えた結果、自分がもっと相談に乗ることができていれば防げたのではないかという結論に達しました。そこでできるだけ取引先の相談に乗ろうと、中小企業診断士の資格も取りました。その後、立川南口支店長になったのですが、周辺はある信金の牙城です。でも私は業績を大きく伸ばすことに成功しました。当時はバブル経済が終わった後で、税金の支払いなど、課題を抱えている事業者が多かった。そこで困っている人は相談してくださいと呼びかけ、来られた方にはその場で専門家に電話してアドバイスをしてもらう、という取り組みを始めたところ、業績が上がっていきました。これを見た当時の理事長が全庫で取り組むことを決め、今のお客様支援センターにつながります。今では3万人を超える専門家と連携し、取引先の課題を解決しています。


会社の商品が良くないとか、上司が悪い、部下が悪いといった理由はあるかもしれません。しかし、そんなことを言っても、自分の環境や能力は何も変わりません。そうではなくて、こういう世の中でもうまくいっている人はいるじゃないかと。あの人と自分は何が違うのか。自分のどこを変えればいいのか。自分はあの人と同じではないけれど、自分の強みをさらに強くしてしまえばいいんだ。弱みを克服すればいいんだといったように自分を変える意思を持っていること。これが自らの成長や成功につながるわけです。こういうことをやっている人は成功します。


成果報酬型の給与体系では年収が下がるといったことも当然あります。ですから、それを月々の給与にしてしまうと、1回もらったらそのまま変わらなく支給されてしまうので意味がなくなります。それで私は給与を一般的な固定費として考えず、変動費に切り替えました。通常の給与の固定費はそんなに変えず、賞与という変動部分で多く出すようにしたんです。年3回、賞与が出ます。そうすると、これは成績の労働分配ですから成績が上がればより多く出ますし、成績が上がらなければ下がります。賞与にすることによって固定費の人件費を変動費に変えたわけです。ですから、思い切ってお金を出せるようになりました。


成果報酬型の給与体系を進めていくうちに給料をどんどん上げると、利益もどんどん上がり出した。なぜかと思ったら、年収2000万円とかもらっている職員が2億円とか3億円稼いでいることが分かったんです。名目賃金と実質賃金の違いですね。450万円と2000万円ではどちらが高いかといったら、2000万円の方が名目賃金では高い。しかし、いくら稼いだかというリターンを入れると、年収450万円の職員の方が当庫ではコストが高くなるのです。このことによって、頑張ればどんどん収入が増えるぞといった雰囲気が庫内で醸成されていきました。


私は野球が好きなんですが、昔、野村克也さんがヤクルトの監督を務めていたとき、巨人と給料が違うということを言っていました。そのときは何気なくそんなものかと思っていたのですが、その後、サッカーのJリーグが始まり、各チームの選手の年収と成績を調べてみると、ほぼ正比例することが分かったんです。それで「そうか、給料はたくさんあげた方が成績は上がるんだ」と。それで成果報酬型の給与体系を作ろうと思いました。今では26歳の職員で年収1000万円を超えるケースが出ていますし、支店長で最も高額なケースだとメガバンクよりも高い5000万円ほどです。ですから新卒採用でも約100人の募集に対し、多いときには約2万人のエントリーがあります。


私は大きく人事制度を変えながら、コンサル機能が発揮できる体制を作りました。たとえば、定年制の実質廃止です。コンサル業務は決して若いことがプラスではありません。お客様からすれば自分の息子のような年齢の若者に本当の相談などしません。だったら、年齢の高い人を増やせばいい、と。それで始めたのが定年制の実質廃止。もう年齢で定年にするのはやめようと。高齢化という社会的な背景もあるし、寿命も延びている。年齢もマイナス要素にはなりません。それなのに、なぜ年齢で区切るんだと。それで年齢で定年を決めることを止めて、能力で定年を決めるように変えました。


落合寛司の経歴・略歴

落合寛司、おちあい・かんじ。日本の銀行家。「西武信用金庫」理事長。神奈川県出身。亜細亜大学卒業後、西武信用金庫に入庫。常勤理事、専務理事などを経て理事長に就任。