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茅野亮の名言

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茅野亮のプロフィール

茅野亮、ちの・たすく。すかいらーく創業者。すかいらーくの前身であることぶき食品を設立。74年にすかいらーくに商号変更。大きな外食産業グループをつくり上げた経営者。労働省婦人少年問題審議会、同産業労働懇話会、同中央職業安定審議会の委員、東京商工会議所議員なども務めた。

茅野亮の名言 一覧

過去はあっさりと捨て、消費者に受け入れられるものを作ることが最も大切なことです。


新規事業は失敗を恐れていてはできない。手掛ける仕事の10分の1も成功すればいい。


余裕がある人は、問題を突き詰めずに先送りしてしまう。我々のように後ろがないと、先送りすると崖から落ちてしまいます。だから必死です。ひたすらお客さんに受け入れられる提案をし続けるだけなのです。


偶然、ガストは何回かの試験で完成しました。仮にできなかったとしても、受け入れられるまで提案し続ければいいのです。その後ガストは大きな手直しを繰り返しながら、いまではすっかり定着し、930店舗を超えるところまで来ました。そろそろ新しい業態に作り替える時期かもしれません。


要はいかに変化に対応するかです。先見性というような格好いいものではなく、決断力という難しいものでもない。血の小便を出すなんて絶対にしちゃいけません。世の中の流れをよく見て、対応していくだけです。


バブルが崩壊して経営環境が激変しました。国内外の価格差がなくなり、一気に低価格競争に突入しました。そこで始めたのがガストでした。低価格レストランチェーンの草分け的な存在です。当時、すかいらーくは650店舗を超えていました。せっかく築いたすかいらーくというブランドを捨てるのは、もったいないと思われる方もいるかもしれませんが、そんなことにこだわっていては生き残れません。


(初めて立ち上げた乾物屋を続けなかったのは)正直言って小売業で頑張るにはお金がなかった。当時流行の450坪スタイルのスーパーマーケットをつくるには数億円必要でしたが、とても用意できなかったのです。そこで、当時日本にはなかったファミリーレストランをやることにしました。米国でショッピングセンターの次に外食チェーンが全国に普及していったので、日本も必ずそうなると確信が持てたからです。


上京し兄弟とともに小さな乾物屋を始めました。小回りの利く店舗で繁盛しましたが、ひょっと気が付くと、世の中が大きく変わりそうな予感がしたのです。当時、ダイエーの売上高は百数十億円、イトーヨーカ堂は100億円に満たない時期でしたが、まさに大量消費時代の前夜といった感じでした。スーパーマーケットのような大規模店舗でないと、時代に対応できないと感じました。小さな乾物屋が人々の日々の糧を扱う時代ではない。すでに米国がそうなっていたし、米国を追いかけてきた日本がいずれそうなるのは明白でした。


会社経営を成功させる秘訣は、自分が置かれている状況をどこまで突き詰められるかにあります。いまやっている事業が時代に合っていなければ、合うように変えるか、すべてをやめて一から作り直すか、どちらかしかありません。


茅野亮の経歴・略歴

茅野亮、ちの・たすく。すかいらーく創業者。すかいらーくの前身であることぶき食品を設立。74年にすかいらーくに商号変更。大きな外食産業グループをつくり上げた経営者。労働省婦人少年問題審議会、同産業労働懇話会、同中央職業安定審議会の委員、東京商工会議所議員なども務めた。

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