茂木友三郎の名言

茂木友三郎のプロフィール

茂木友三郎、もぎ・ゆうざぶろう。日本の経営者。調味料メーカー大手のキッコーマンの社長。千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、一族が経営していた野田醤油(現:キッコーマン)に入社。その後、コロンビア大学ビジネススクールへ留学しMBA取得。米国での醤油の製造販売に尽力した。同社の海外事業部長を経て社長・会長。

茂木友三郎の名言 一覧

日本的経営の長所は、長期的な視点で物事を判断する点にある。短期の業績に多少のしわ寄せがあっても、長期で企業が成長できればいいという考え方は決して間違っていない。


米国では価格競争のことを「カット・スロート・コンペティション」と呼ぶ。カット・スロートとは「喉をかき切る」という意味で、できるだけ避けるべきと考えられている。


外からスカウトに来るぐらいに、自分の市場価値を高めろ。


チェックするためには質問をすることが一番よい。もし何か問題があれば、質疑応答を通じて浮かび上がってくるものだ。


昔から、偉くなった人は若い頃に一つの物事に対して打ち込むし、熱心に勉強したという経験を持っている。若い人には一つのことに没頭するほど、勉強に熱心になってもらいたい。


若い頃に厳しく苦しい経験をしたからこそ今がある。


生産性が向上するということはどういうことかというと、付加価値を上げるということ、そして、その付加価値をより少ない人数、短い時間で生み出していくこと。


効率を高めるだけでは経済成長に結び付かない。大事なことは付加価値を高めること。ですから、付加価値を高めながら、効率も高めていくことが必要。


消費者本位に立ち、消費者が欲するものをつくることが大切。


挑戦的になるにはどうすればいいかというと、難しい仕事に取り組むこと。


「よき企業市民である」ということ。これが伝わっているからこそ、愛される会社であることができる。


難しい競争社会で勝ち抜いていくには、全社一丸となって物事を成し遂げようとすることが大切。


ひとつのことに対して、信念を持って努力することで道が開ける。


需要があるから、それに対してモノを供給するのではなく、需要がなくても需要を創り出す。


経営者にとって大切なことは、受動的ではなく、能動的な行動をすること。要するに、自ら需要を創り出すこと。


四半期ごとの短期で上がった下がったと一喜一憂するより、長期的なトレンドが大事。


市場調査をして「これはいくら売れそうだから、これだけ作る」というのではなく、需要のシーズを生み出さなくては停滞から脱出できない。


努力をしたら報われる社会でなくては新しいビジネスも出てこない。


一番大事なのはトップのリーダーシップです。いまはしっかりと進むべき方向を示す時。


政府は口を出し過ぎず、民間も政府に頼り過ぎない。業界にもよりますが、企業は自己責任で生きていかなくてはいけない。


企業が需要を創り出す努力をすることが必要。


需要を創り出すことで、付加価値が生まれる。


挑戦的な体質が企業の発展に繋がる。


私たちがアメリカで醤油を広められたのはアメリカで醤油の需要を創造したから。国内外を問わず需要の創造力を強めていく必要がある。


なぜ海外進出が成功したかというと、挑戦的にやっているから。


一番売れ筋の商品を自分たちで作っていかなければいけない。そうしなければ下請け会社になってしまう。


企業経営者にとって大切なことは「戦う覚悟」を決め、グローバルな視点で考え、革新と差別化を念頭に置いて行動することである。


ただ売らんかなでは勝つことは難しい。全ての分野において優位に立っていなくてもいいのです。特定の分野でこれは絶対に負けないぞというものが必要です。


マーケティングのテクニックだけで技術のバックグラウンドがなければ、短期的にうまくいっても砂上の楼閣となるだけ。


顕在需要があればすぐにでも商売できますが付加価値は小さい。時間、手間とカネはかかりますが、潜在需要を掘り起こした方が大きく飛躍できます。


海外で仕事をするためには日本人としてのアイデンティティ、自国に対する知識も持たくてはなりません。知りません、わりませんでは自国のことを知らない根無し草とバカにされてしまいます。


郷に入っては郷に従え。海外では日本流にやることは考えません。その上で、日本の経営の良さは取り入れます。


革新と差異化をすることによって新しい付加価値を生み出すことができる。


「体力」と「気力」。この2つは経営者にとって必要な要素。


民間と政府の両方が、それぞれの立場で最善を尽くすことで、日本経済のさらなる成長につながる。


企業が存続していくためには、良き企業市民でなければいけない。そのためには経営の現地化を図らなければいけない。


経営者として最も大切なことは、需要を創り出すこと。需要を創り出すのが企業を率いる経営者の役割の最たるもの。


広報の良し悪しで企業の明暗が決まってくることもある。


需要を創り出すために必要なのは、革新(イノベーション)と差異化。差異化とは、人のまねをしないこと。


私やキッコーマンのビジョンだけでは駄目だったでしょう。地域に貢献できること、それが一番のポイントだったと思います。
【覚え書き|アメリカ工場建設時を振り返って】


もちろん、個性を生かすことは大切だが、全社が一つの目標に向かって進んでいかないと競争に勝てない。


学生時代はスポーツの応援でみんなが団結する経験を多くの人がしているはずだ。企業も同じで、何か応援するものがあると、みんながまとまる。


戦略のフレームを崩さないでやっている。崩しはじめたらガタガタになる。


常に技術的な優位性を保つこと。特定の分野でいいので、ここは絶対に負けないという強さを持つことが大切です。


実際に商売をしながら、潜在需要を発掘・開拓していくことが大切です。顕在需要がなくても潜在需要があれば、諦める必要はありません。


海外進出の際は現地の弁護士や公認会計士、コンサルタントを見つけることが大切です。現地に適したビジネスの仕方をしなければいけません。


コーポレートガバナンスで最も大事なことは2つ。ひとつは、能力のある強力な社長を選ぶこと。もうひとつは、社長の仕事ぶりや取締役会の機能チェックをすること。


いま国際政治が大きく揺れ動いています。日本は今まで以上に世界の中で責任ある行動をとる必要があります。きちんと正論を主張して、しっかりした対応をとるという姿勢が重要なのではないでしょうか。


日本国内で政府に頼る発想がないように、海外でもきちんと計画を立て、販路づくりなど地道な活動が必要。


リーダーシップを発揮するために大事なことは2つ。一つは情報を集める仕組みだ。もう一つが集まった情報を分析することだ。


経済人の役割は、事業の創造。とにかく事業を作り出し、付加価値を高めること。


とくに重要なことは、需要がないから縮こまるのではなく、需要は創り出すものだということです。


日本人は切羽詰まらないと本格的に議論しないが、すでにそのタイミングが来ているように感じる。


経営者が長期的な視点で投資を増やせないのにはトラウマがある。現在60代の社長は、バブル経済が崩壊した時期に中間管理職だった人が多い。当時の自分たちの上司が謝罪会見をしたり、新聞で糾弾されたりするのを見ているので、自分たちはそうなりたくないと思っているのだろう。


生産性は生み出した付加価値を人数や時間などの労働力で割って算出する。生産性向上というと、効率を高めることに意識が向きがちだが、分子の付加価値を高めることによっても生産性は向上する。その方が潜在的な可能性はむしろ大きい。付加価値を高めることに逆行するのが極端な価格競争だ。


人口減少による労働力不足が深刻化している中、わが国の未来は生産性向上を実現できるかどうかにかかっている。これからの人生100年時代を見据え、今こそ生き方・働き方・学び方を見直していく必要がある。


各政党が日本をどうするのかという長期的構想を持つべきだ。政府に長期的な構想があれば、企業もそれを参考に投資しやすくなり、政策と投資の相乗効果も高まるだろう。それによって経済の好循環が生まれることが期待できる。


いつでもキッコーマンを辞められる人間になりなさい。いつでも辞められると思うからこそ、思い切ったことが言えるし、大胆なことができるのです。


打つべき手を打てば、夜の後に必ず朝が来るもんなんです。夏は夜が遅くて朝が早い、冬は夜が早くて朝が遅いという違いはあるから、なかには長引く不況もあるでしょう。いずれにせよ、開けない夜はないのです。


人間は深刻なことを言っている方がインテリに見えるんですね。あまり能天気だと、お前は脇が甘い奴だ、なんて言われてしまう。だからマスコミにせよ、経済評論家にせよ、暗いことばかり書きたがるわけです。


自由主義経済の下では好況と不況があるのは当然のことです。好況だからといって浮かれていれば、必ず不況がやってくる。ですから、不況がやってきても、周囲の空気に振り回されてあまりビックリしすぎないこと。こういう心構えが肝心だと思います。


不況だから、消費者はどうしても価格志向になってしまう。これは仕方のないことですが、それに応じようとすると、企業は価格競争に巻き込まれてしまいます。これはよくない。不況だからこそ付加価値の高いものを売る努力をすべきです。


リーダーシップを鍛えるには、小さい会社を経営してみるのが一番です。小規模な会社でいいから、企業の責任者というポジションを一度経験してみる。そうすると、人と組織はいかにすれば動くかということがよく見えてきます。我が社の幹部にも、関連会社の経営者をやった連中が大勢います。


経営者というのはスペシャリストの中のスペシャリストでなければいけません。経営のプロでなくちゃいけません。昔のエリートはゼネラリストで、いろいろな仕事を少しずつ経験して上にあがっていった。そして、下があげてきた案件に対して、「よきに計らえ」といっていればよかった。おおざっぱな調整能力さえ持っていればよかったのです。しかし、現代の経営者はそうはいかない。そんなに甘くはないんです。


新しい部署に配属されたら、最初の半年間は自分の時間を相当犠牲にする覚悟を持つことが必要です。スタートの半年間で、その仕事に関する勉強を一気にやり込んでしまうのです。そうやって、その仕事のスキルを相当程度身につけてしまう。ある程度のレベルまで半年で駆け上がるのです。すると、仕事に追いかけられなくなります。これができないと永久に仕事に追われる状態が続きます。


スペシャリストになると仕事のコツや勘所が見えてきます。これは、どんな仕事にも応用が利くのです。40歳以降は、それまでに培ってきた自分なりの仕事の仕方を、全部の仕事に応用していけばいい。そうすれば、結果としてどんなジャンルの仕事もこなせる人間になれます。


最低でもひとつの仕事を10年やる。そういう経験がとても大切です。30歳までにひとつの仕事。40歳までにもうひとつの仕事。40歳までにふたつの仕事でスペシャルになれば、どこへ行っても通用する人間になれます。


私の理想としては、少なくとも10年間は同じ仕事をやるべき、やらせるべきだと思っています。3年ぐらいでは、とてもスペシャリティなんて身につきません。その世界では、まだまだ下っ端ですよ。最低でもひとつの仕事を10年やる。そういう経験がとても大切です。


ひとつの仕事を3年しかやらないなんてナンセンス極まりない。そもそも3年サイクルのローテーション(部署異動)は、エリート官僚のためにできた制度なのです。いまや多くの人が大学に進学する時代でしょう?大卒なんて、エリートでも何でもないのです。そんな人材が3年サイクルでグルグル仕事を変わるなんてことは、まったく意味のないことです。


優れた人材がどんどん辞められるのはもちろん困りますが、いつでも辞められる、どこへいっても働けるぐらいの人材じゃないと、社内で思い切ったことができないのです。自分の意見だっておっかなびっくりでしか言えない。上からにらまれて、クビになったら困ると思いますから。そんな人材に長くいてもらっても、会社にとってもいいことはないのです。


付加価値の高いものを売るというのは、どんな時代でも難しいものです。まして不況の時代はなおさら難しい。しかし、付加価値の高いものをまず手に取っていただくという発想は、どんな時代でも大切にしなければと思っています。


不況だから、消費者はどうしても価格志向になってしまう。これは仕方のないことですが、それに応じようとすると、企業は価格競争に巻き込まれてしまいます。これはよくない。不況だからこそ付加価値の高いものを売る努力をすべきです。


石油危機では相当なショックを受けました。しかし、アメリカでの事業は経済状況が正常に戻れば必ず軌道に乗るという確信があったので、それほど落ち込むことはありませんでした。確信がなければ工場建設なんてしませんから。事実、比較的早期に赤字を脱出することができました。
【覚書き|キッコーマン初の海外工場を稼働させた3か月後に石油危機が発生した当時を振り返っての発言】


重要なのは、顧客との間に「あの人が断るのなら仕方ない」と思われるような信頼関係を普段から構築しておくこと。お調子者では駄目だし、安請け合いも禁物だ。


あの動作(お客様がスーパーでキッコーマン商品をカゴに入れる動作)は見ていて一番楽しいですな。ありがとうございますとは言えないから黙っていますけど。


ピーター・ドラッカーの『現代の経営』の中で一番大切な部分は、企業が社会に存在する価値とは、顧客を創造する、需要を創造するということです。これに尽きると思います。利益を出し、株式配当を可能とする。それができて初めて、企業が経済・社会に貢献したといえます。


KII(キッコーマン・インターナショナル、海外での醤油販売会社)設立を担ったのは英語は駄目でしたが営業センス抜群の駐在員です。英語が堪能な人を駐在員にするのが当然の時代でしたが、経営陣はいい判断をしたと思います。


海外進出では経営の現地化が必要です。そのためには、「よき企業市民」であり続けることが重要です。現地の人を多く採用し、現地の活動に参加する。それから条件が同じなら現地企業と取引をする。これがグローバル展開で欠かせない点なのです。


潜在的ニーズを見誤ると、たいへんなことになります。20年ほど前でしょうか、ある日本企業から南米につくったしょうゆ工場を買ってくれないかと頼まれました。アメリカのスーパーにキッコーマンのしょうゆが並んでいるのを見て、しょうゆは海外でも売れるんだと思い、南米に進出したと言うんです。しかし、潜在ニーズを掘り起こさなければ売ることはできません。


しょうゆは国際的なビジネスです。ただし、絶対に安売りをしないという我慢強さがないと成功しません。


アジアはしょうゆ文化圏ですから、その国の経済力が十分でないうちに、他社の安いしょうゆが市場にあふれるかもしれません。安売り競争をするつもりはまったくありませんから、そのときはアジアと同時に南米に入っていくことも考えています。南米の所得はまだ高くありませんが、肉が主食の地域です。肉としょうゆは相性が良く、期待できます。


「食と健康をグローバルに」。これがキッコーマンの事業のコアであり、求心力となる理念です。しかし、これだけでは定義が広すぎますから、M&A(企業の買収・合併)の際には、メインのビジネスとのシナジーがあるかどうかを判断する必要があります。それは私の重要な仕事です。


セールスは現地の事情を一番よく知っている部門に任せるのが原則です。アメリカはアメリカ、ヨーロッパはヨーロッパ、アジアはアジアの現地法人に任せています。ただし、売上目標は管理しています。


以前、ワシントンポストの編集長がインタビューに来たとき、キッコーマンはアメリカ企業だと信じていたというんです。アメリカで勝負するには、アメリカの商品として定着する必要があります。だから最初から日本のブランドを強調しなかったのです。
【覚書き|海外進出は現地工場建設を含めた現地化から始めていることについて語った言葉】


農地を残したいと願う地主や、環境破壊になるのではないかと心配する地元住民を説得し、地域と協力していかないと事業は上手くいかないと気づかされました。同条件なら地元企業と取引し、労働力も現地の人を使う。日本人だけで固まらないように、駐在員は分散して住まわせ、お祭りなどにも積極的に参加させるなど、できる限りの現地化を進めました。
【覚書き|初めて海外に醤油工場を建設したときを振り返っての発言】


1973年にアメリカに初めて建てた工場が出荷開始した直後にオイルショックが到来しました。赤字を出して苦労した時期もありましたが、心の底に「醤油は売れる」という確信があったから、割合楽観的に対処できました。


過去に誰かほかの人が創造した顧客に便乗し、単に需要があるから対応するというだけの企業活動に終始していてはダメです。便乗商品には付加価値が少ないので多くの利益を上げられません。給料も余計に払えず、人も多くは雇えません。顧客満足も低く、GDPにもさして貢献できないでしょう。


個々の企業の付加価値が積もり積もると、経済成長につながります。GDP(国内総生産)のかなりの部分は、企業の付加価値の総和です。顧客の創造はすべての原点になるといっていいでしょう。


顧客創造が企業活動の核であり、それが試行錯誤の連続だということは、我々がビジネスの実践を通して強く感じたことです。我々の海外でのマーケティング活動が本格的に始まったのは1957年、アメリカのサンフランシスコに販売会社を設立してからです。いまでこそ、営業利益の6割を海外市場であげていますが、当初は醤油とはほとんど無縁の土地での新規開拓です。まさに自ら顧客をつくり出す必要がありました。


もともと読書は好きで、昔はいろいろな本を読みましたが、近年は時間がとれず、じっくり読めるのは海外出張の飛行機の中くらいでした。そこで10年ほど前から、20代後半から30代の優秀な若手社員を年に8人選び、定期的に読書会を開いています。8人にベストセラーを含め、毎月4冊ずつ本を読ませ、読書会でそのうちの4人が1冊ずつ内容を発表し、皆で議論するのです。僕はこれで月4冊、本を読んだことになり、いま何が話題になっているのかもわかります。若手社員にとっても勉強になるし、経営者である僕と直接対話することもできるので一挙両得です。


初めて国際化と醤油という二つのキーワードが、頭の中で結びついたんです。そんなことに気が付かなかったのかと反省したものです。
【覚書き|米国留学中、現地のスーパーマーケットでキッコーマンの濃口醤油が売れているのを見たときを振り返っての発言。当時、醤油は日本人、もしくは日本国内でしか売れない商品という先入観を持たれていた】


私は繰り返し言っているんです。アメリカでつくったビジネスモデルを世界中で展開していかなきゃいけないよ、と。アジアの次にはほとんど手付かずの南米があります。さらにはアフリカもある。


10年前、複数の国からお誘いのあった工場をオランダに建てた。数年後、有力な候補地のひとつだったデンマークの工業相が来日した際、私はなぜオランダを選んだのかを率直に説明した。こういう場面では、選ばれなかった者の欠点ではなく、選ばれた者の利点を述べることだ。


顧客からの頼みごとを断る際、手紙を出すことで済まそうとするのは失礼だ。直接断りに行かなければならない。テクニックの問題ではない。誠実さが大切であることは、洋の東西を問わない。


企業のグローバル化や国際戦略に、近道や特効薬はない。試行錯誤しながら、一つずつ経験を積んでいくことが成功の道をひらくと実感している。米国流のビジネスが、事実上の世界標準になったとしても、ビジネスは人が遂行するものだという原理原則に変わりはない。熾烈なグローバリゼーションの時代に向かって、企業はもっとグローバルな人材の育成に真正面から取り組み、その層を厚くするべきだ。


惚れ込む仕事に出会えるタイミングには個人差があると思いますが、若い人たちには志を持ち、惚れ込む仕事を見つけていただきたい。


若い人たちに伝えたいことは、若いときにはしっかり勉強するということです。私自身、米国留学時代は寝る間がないほどひたすら勉強してきました。


労働人口が減少する中で経済成長するためには、生産性の向上が不可欠です。また、今までの仕事をより少ない人数でやるという発想だけでは不十分です。何より付加価値を高めることに徹していくことが重要です。付加価値を高めながら、新しい商品やサービスを創り出していくという発想が求められてくるのです。


米国留学中は自分の興味のある分野であるかどうかは関係なく、とにかく勉強しました。専門教育とは徹底的に勉強しなければ身に付かない。それを思い知りました。2年間で体重は10キロ減。それだけスパルタ教育でした。


海外における戦略の鍵は、和食とセットで売り込むのではなく、いかに現地の食材や料理にしょうゆを使ってもらうかという点でした。素材を選ばず、様々な料理になじむしょうゆの特徴を生かして、現地の食文化との融合を図ることがしょうゆを普及させるために大切だと考えたからです。


需要を創り出すには革新と差異化が重要。人々がこんなものがあればいいなというモノができれば、ちょっと高くても消費者の購買につながる。そうすれば企業の付加価値も高まり、企業の収益が増し、同時に分配力も増す。


重要なのは「革新」と「差異化」。要するに、人まねをしない革新。これによって需要が創造できる。需要を創り出すということは「こんな商品があったらいいな」と思ってもらえる商品をつくること。


ただ守るだけでは駄目で、ピンチを前向きに乗り超える。そういう意味で、我々は、積極的に立ち向かう姿勢を貫いてきました。いろんなピンチをその都度、努力によって乗り越えてきたことの繰り返しなんです。


企業の寿命は30年と言いますが、大体30年に一度くらいは大きな問題が起きるものです。企業が長期間生き延びられるかどうかは、それを乗り越えるかどうかということにかかっています。


ファミリービジネスの良い点は、使命感が強く、情熱を持っている人が多いということ。そういう面を生かしながらやっていかなくてはいけない。


しょうゆの味を覚えてもらい、レシピ開発を通じて、しょうゆの使い方を知ってもらう。この2つの戦術がうまく融合して相乗効果を発揮。米国でのしょうゆの認知度は高まりました。


これからグローバルな競争がますます激しくなる。どこへ出ても通用するスペシャリティを身につけないと人との競争に勝てないし、自分が働く会社も勝てないだろう。


1つの分野の専門家になると、2つ目の分野の専門家になるためのコツを身に付けることもできる。スポーツで1つのものに秀でた人が他のスポーツもマスターしやすくなるのと同じだ。


プロになるためには努力が必要である。まず分からないことがあれば、先輩社員に指導を受けなければならない。初めの2~3年は知らないのが当り前なのだから、分からないことはどんどん質問することである。その機を逸すると質問がしにくくなる。


かつて経営者はゼネラリストでなければならないといわれた時期があるが、現在のように地球規模の激しい競争が展開されている時代において、あちらこちらの分野について少しずつ知識や経験を持った人では全く役に立たない。企業グループや企業を経営するプロ、すなわち経営のプロでなければならない。


私は毎年、弊社に入社した新入社員諸君に対し「40歳までに2つの専門分野をつくりなさい」と言っている。新入社員は、まず配属された部門で専門性を身に付ける努力をするべきである。


ヒットしている「いつでも新鮮しぼりたて生しょうゆ」の価格は通常の商品と5倍ほど違います。良い商品は高くても売れるということです。


当社は資本集約型の企業です。海外進出をする場合も市場立地型なのです。つまり労働力が安いからといって進出することはありません。市場のあるところに行って商品を生産する。ですから、アメリカに進出し、アメリカに工場を作ってアメリカの需要のためにしょうゆを造って売っているわけです。


経済全体で新陳代謝を高めることが重要。生産性の低い企業に市場から退出してもらい、生産性の高い企業が新たに市場に加わることで全体の生産性が高まる。その際、職を失った人に対しては訓練などをして、再び生産性の高い企業に戻ることができるような労働市場をつくることも必要。


特に世界史の中での日本を見てほしい。歴史を学ぶというのは、将来を展望する上で欠かすことができない、大切なことです。これからの日本人は、グローバルに活躍することが当然のように求められます。そうなると世界の歴史を知ることは、今以上に大切になってくると思います。


優秀な社員を大事に囲うのではなく、可愛い子には旅をさせろではないですが、どんどん海外に送り出して責任ある仕事を任せる。そこにこだわってきました。


優秀な社員をとにかく海外に行かせること。それも3年などの短期ではなく、少なくとも7~8年、できれば10年くらいは行ってもらう。優秀な社員には、若い頃からそういう経験をして、勉強してもらうことが大切。これを繰り返しましたが、今まで人材不足に悩んだことはありません。


海外で働いている人は挑戦的。日本人が海外で働くことには困難が付きまといます。その困難に向き合っていると、自然と挑戦的にならざるを得ない。そういう厳しい環境で頑張っている。


今日の社内の会議でも「少数意見を尊重しなさい。少数意見を大事にしないと、いろんなときに問題が起こってくる」という話をしました。そのためにも、やはりみんなで議論をして物事を決めていくことが重要で、議論のキャッチボールができるよう、教育現場でも、民主主義の教育を再度していくことが必要ですね。


需要が発生するモノをつくる、あるいは需要が発生するサービスをつくる気概を持つことで、企業は付加価値を生み、その積み重ねが経済成長につながっていく。


アメリカに出る時、ターゲットをどうするかという議論はありました。最終的には「現地のアメリカ人」をターゲットにすることに決まりました。アメリカに日本人や日系人がいくら多いと言っても、限界があります。でもアメリカ人を相手にすると数億人になる。だったらそちらに挑戦しようと。


緊急対策等もあり得るでしょうが、長期的な施策をしっかり実行していくことが必要。


会社の株が急に下がったり上がったりして驚くこともあるかもしれません。しかし、長い経済の歴史の中では、いろいろなことが起きてくるのは確かですから、あまり慌てず常にイノベーションを考えていくべきです。


高齢化もプラスにしなくてはいけない。高齢化になると、食べる量が少なくなります。その意味では、食品業界にとってマイナスなんです。しかし、高齢者が食べやすい商品が出てくれば、これはむしろビジネスチャンスです。


海外進出で大切なことは、需要を確認することです。需要は顕在需要と潜在需要の2種類があります。顕在需要があれば、進出は容易ですが、すでに市場があるので競争は激しくなります。そこで競争に勝つための差別化が必要です。一方、我々の場合は潜在需要でした。この場合は最初からあまり大規模に進出するのではなく、需要を確かめ調査やテストを繰り返しながら展開します。


海外進出時に店頭のデモンストレーション(試食)でしょうゆの味がわかっても、どのような料理に使えばよいのかを伝えるには不十分です。使い方の幅が広がらなければ、売り上げも拡大しません。そこで米国進出時、「しょうゆのレシピ開発をしよう」と、サンフランシスコにある販売会社の中にテストキッチンをつくり、ホームエコノミストの女性を雇って、彼女達にレシピ開発をさせました。ホームエコノミストによって肉料理、魚料理、サラダドレッシング、スープ、その他数限りないほどのレシピが開発されました。


大切なのは政府は政府の役割、民間は民間の役割を果たすということ。政府は民間が仕事をしやすい舞台を用意することに徹するべきです。政府がやりすぎるのは良くありません。民間も政府に頼り切ってはいけません。


海外で仕事をする人材に最も重要なことは専門能力に優れていること。海外で仕事をすると人に気軽に相談できないケースが多い。人に相談せずともできる何か専門のエキスパートになることが必要です。もうひとつは異文化への適応性。外国での仕事は、日本で仕事をするのとはまったく環境が違います。へこたれても反発してもいけません。現地の文化にとけこみ異文化への適応性をっていることが大切。


海外進出の原則は現地にとけ込むこと。一つ、取引はできるだけ現地の、なるべく工場近くの企業と行う。二つ、なるべく現地の人を採用する。三つ、日本人だけで固まらない。四つ、現地の活動に参画をする。現地の活動は地域社会の役員を引き受けるとか、ロータリークラブなどの奉仕活動に参加するなど。地域の活動を通じて企業市民と認められるのは、どこの国でも同じです。


世界中で高まる健康志向は日本食の拡大にとって大きなチャンス。家庭の中に入り、現地の食文化に入り込むことも大切だ。日本食レストランだけでは限りがある。現地の食文化と融合していけば、普及に弾みもつく。


見本市などのスポットで海外に出るのではなく、飲食店やスーパーなど日常の中で売れるルートを作り、自らのマーケティング活動で販売を増やしていく必要がある。


異文化に順応するのではなく、適応することが必要だ。適応性は順応性と違う。順応性というのは、一応適応はするが、元に戻らなくなってしまうことを指す。たとえば、アメリカに住んだらアメリカ人になってしまうということだ。適応性とは相手が変われば、それに応じて自分も柔軟に適応できる能力のことである。アメリカに住めばアメリカの文化に、ヨーロッパに行けばヨーロッパの文化に適応できる人でなくてはならない。


雇用が約束されると組織の中の不安がなくなり安定する。野球やサッカーなどのスポーツでも、在籍が長い選手が多いチームは連携がとれて強い。安定雇用を前提とすれば、社内教育も充実させやすい。


ビジネススクールに派遣した社員が転職してしまうと、その人への教育投資が無駄になることもあるが、私はそれでもいいと思っている。社内教育の充実は会社の魅力を高め、優秀な人材を呼び寄せることになるからだ。


企業は社会の公器であるという自覚を持たなければいけない。企業もある一定の規模になると、社会の公器になる。経営者は、その企業が社会の公器になったら、株主のことだけ考えているのではいけない。従業員や取引先、顧客などすべてのステークホルダーのことを十分考慮に入れて仕事をしなければならない。「良き企業市民たれ」ということ。


15年ほど前にワシントンポストの東京支局長の取材を受けたのですが、その支局長は東京に赴任するまで、キッコーマンはアメリカの企業だと思っていたそうです。それを聞いてうれしくなりました。ワシントンポストで働くエリートまで、キッコーマンをアメリカ企業だと思いこんでいた。日本に本社があるけれど、それぞれの国で受け入れられてきたと実感できました。


醤油瓶を持って、味見をしてもらって、何度も説明して回りました。時間はかかりましたが、建設に着工する頃には、ほとんど反対する人はいなくなっていました。雨降って地固まるということわざではないですが、最初に強硬な反対があったことでかえって、地元の方々との関係を深めることができたのではないでしょうか。相互理解が進み、いろんな方々とのお付き合いもできました。
【覚え書き|初の海外工場建設を振り返って】


創業8家からたくさん入社し、しかも必ず役員や社長に就くとなると、他の社員が嫌になっちゃうでしょ。会社の雰囲気も悪くなる。次の社長には創業・非創業家問わずその時点で最も優秀な人物が就き、人選については時の社長に任せる。先人の知恵が今も生きているから揉め事にはなりません。最近は非創業家の優秀な社員が入ってくるので、競争は厳しい。8家から社長が出ない状況が続くかもしれない。入社試験の段階で落ちる可能性すらある。


キッコーマンが米サンフランシスコに販売会社を設立したのが1957年。当時の政府には食品を輸出しようといった考えはなく、我々も政府に何かを頼むこともなかった。社内で「営業の神様」と言われた幹部社員を派遣し、苦労して販売数量を伸ばした結果、いまでは海外に7つのしょうゆ工場を持ち、世界100カ国以上で販売し、営業利益の73%を海外で稼ぐようになった。民間が自ら努力しなければ輸出は伸びない。


米国に工場を作ったとき、米国人マネジャーや弁護士たちと人事制度を話し合った。結論としては終身雇用は無理だが、できるだけ長く働いてもらう安定雇用を基本方針とすることに決めた。就業規則では、業績が悪化すれば、レイオフの前に社員の賃金を一律カットすることを明記した。その上で募集したら、この方針が支持され予想以上に多くの応募者が集まった。転職しやすい米国でも、解雇されるのは誰だって嫌なものだ。実際、工場建設から40年以上経つが、一度もレイオフはしていない。


企業も長期ビジョンをつくるべきだ。中期経営計画をつくる企業は多いが、長期ビジョンを作成する企業はまだまだ少ない。あまりに長期だと夢物語になりがちだが、自社をどういう方向に進めたいのかという展望は持った方がいいだろう。中計だけだと予算の延長のようになってしまい、企業の体質を変えるような抜本的な改革はなかなかできない。長期ビジョンをベースに中計をつくり、毎年の予算に落とし込めば、中長期的な支店での投資もしやすくなるはずだ。


当社は1917年に株式会社として設立されて、今年がちょうど100周年になります。会社設立後、近代化を進めていく中で、1927年に激しい労働争議が起きました。待遇改善要求に端を発した問題が労働運動史上空前の大争議に広がっていき、紛争は翌年春まで218日に及びました。逮捕者も出るきわめて不幸な出来事ではありましたが、会社はこの争議を大いに反省し、改善に向けた取り組みを行いました。近代的な会社に生まれ変わらなければいけないと考え、「産業魂」を社是と定める契機にもなりました。


日本の産業の中で生産性が最も低いのが宿泊飲食で、その次に低いのが小売りと卸です。この背景にあるのは日本の安売りの文化です。日本ではお客様のために価格は上げないといいます。この日本の価格原理主義が大きな問題なのです。流通業は低価格主義で自分たちの付加価値を下げているばかりでなくメーカーの生産性も下げているのです。価格原理主義からの脱却が日本再生への第一歩となるといえるでしょう。


私は日本生産性本部の会長も務めていますが、生産性を高めるには付加価値を高めることが一番大きなアクションになります。そしてこの付加価値を高めるためには規制を取り払い、新しいビジネスが出てくる環境整備が必要です。ベンチャーがどんどん起業しやすいようにして、生産性の高い企業が市場に入ってくることが必要です。同時に生産性の低い企業には市場から退出していただく。こういった経済の新陳代謝が起こるようにするためにも、大胆な規制改革に取り組まなければなりません。


米国に留学して驚いたのは、学生によく勉強させることである。私の場合は経営大学院だったが、留学して2年間で体重が10kgも減った。朝は8時に起きて9時に学校に行く。午後3時までの授業の後、間に夕食を取って夜11時ごろまで図書館で勉強する。さらに寄宿舎に戻り、論文や事例研究などの準備をすると朝3時か4時になる。起きるのが8時だから、体重が自ずと減ってしまう。土曜も一日中勉強し、休むのは日曜の午前中だけ。学期が始まったら終わるまでマラソンレースのように走り続けなければならない。アルバイトや運動などの時間はなかった。


市場経済で重要なことは、ルール違反を厳しく罰することです。ルール違反をしたほうが得だということになれば、市場経済そのものが成り立たなくなってしまう。ルール整備は行政の仕事です。公正な取引、フェアーな取引が行えるようなルールづくりをしてほしい。また、ルールづくりと同時に、ルール違反があったかどうかの事後チェックも政府の重要な役目です。


日本の社会では、議論の中で少数意見が出てきません。民主主義の先進国であるアメリカやヨーロッパになると、少数意見を考えながら最終的に多数決でものを決めていきますが、日本は少数意見を言うと「変わった人物だ」といったことになってしまう。これは日本社会の非常に大きな問題だと思います。これは、企業という組織の中でも、気を付けなくてはいけない問題です。


私はかつて「新しい日本をつくる国民会議(21世紀臨調)」の共同代表を務め、マニフェストの導入を提案した。民主党の失敗によって「マニフェストそのものに現実性がない」という印象を持たれてしまったのは残念でならない。マニフェストには財源の裏付けと期限が不可欠だが、民主党のそれは財源の裏付けが曖昧だった。マニフェストは中期的な目標であるため、それを毎年の予算に落とし込まなければならない。そのときにマニフェストの中身をもう一度チェックして、現実に即した実行計画に変える作業が必要になる。民主党はマニフェストを実行計画と履き違えてしまった。本来は予算にする際にマニフェストを必要に応じて修正すべきだったのに、強引に進めてしまったのだ。


日本では価格は安ければ安いほど消費者のためになり、経済のためにもなるという「低価格原理主義」が根強く、商品の価格をどんどん下げていく企業が多い。価格競争はきりがなくなる場合が多い。差異化しづらいから仕入れた商品や、つくった製品の価格を下げるというのは、最後の手段のはずだ。しかし、日本ではそれを安易に使ってしまう。価格競争が行き過ぎると商品のイメージが悪くなり、コストを下げると品質が落ちる。その結果、商品が世の中から消えるなど悪循環に陥り、結局は消費者のためにならない。


茂木友三郎の経歴・略歴

茂木友三郎、もぎ・ゆうざぶろう。日本の経営者。調味料メーカー大手のキッコーマンの社長。千葉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、一族が経営していた野田醤油(現:キッコーマン)に入社。その後、コロンビア大学ビジネススクールへ留学しMBA取得。米国での醤油の製造販売に尽力した。同社の海外事業部長を経て社長・会長。

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稼げない人たちはひどく疲れた表情をしている。一方、とてつもなく稼ぐ人は1日3時間しか眠らずに全国、全世界を飛び回っている人もいるが疲れた顔を見せない。疲れた顔を見せないばかりでなく、毎日が楽しそうなのだ。この違いは何か。簡単な話だった。「目的」を持ち、それを達成しようとしている人と、毎日、「目標」に追いまくられているだけの人との差。これだったのである。言うまでもなく稼ぐ人が前者、稼げない人が後者だ。


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