茂木健一郎の名言

茂木健一郎のプロフィール

茂木健一郎、もぎ・けんいちろう。日本の脳科学者、理学博士、コメンテーター。東京都出身。東京大学理学部物理学、東京大学法学部をそれぞれ卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士号を取得。理化学研究所国際フロンティア研究システム研究員、ケンブリッジ大学生理学研究所研究員、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチー、東京藝術大学非常勤講師、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻連携教授、早稲田大学国際教養学部非常勤講師、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別研究教授などを務めた。脳科学についての一般向けの解説書を多数執筆。また、テレビ、雑誌、新聞などのマスメディアで積極的に活動し、様々な社会問題について評論活動を行った。

茂木健一郎の名言 一覧

その業界、その会社の仕事のやり方や基本を押さえる。それを踏まえた上であえてそこから半歩踏み出す。それができる人が成功する人でしょうね。


頭がいい人は相手の特性と動きを予測して、どんな話をすべきか選択する。つまり先を読む力がある。


仕事でも30代くらいに仕事がこなせるようになって、タカをくくる人はその先、伸びませんね。自分はまだまだと思うこと。それにはいろんな人をまず見ないとダメですね。


最近よく感じるのは、あまりにも物事を真正面でとらえちゃう人が多いかなと。ちょっと視点を変えるとか、うまく身をかわすというのが苦手になっている。違った見方とか、ちょっとひねた視線って大事じゃないかと。


個性において、長所と短所は表裏一体なのであって、良いところばかり、悪いところばかりということはありえない。


脳の仕組みは、小さな成功体験の積み重ねが、大きな変化を起こしていくようにできている。


人生に行き詰まったときは、哲学書を開くといい。自分の根っこを再点検するためのヒントが、たくさん詰まっている。


意味ややる気は必要ありません。ただ、目の前のことをやればいいのです。


個性というものは、長所と短所が表裏一体になったものである。


何歳になっても、自分が今までやったことがないことに挑戦する人は若々しい。


風を受けて育つ木は強くなる。そう信じて、世間の風圧を楽しむくらいがいい。


世間から褒められるだけの優等生には、破壊的イノベーションはなかなかできない。


現代におけるイノベーションは、旧来のシステムに対して破壊的作用をどこかで持つから、抵抗を受けるのは当然である。新しい技術や、サービスを提案する者は、必ずある程度の誹誇中傷を受ける。


今日という日は、二度と帰ってこない。だからこそ、日々の足元を見直すことが、幸せにつながる。


集中して時を忘れる「フロー」の状態では、頑張っていることは実は嬉しいこと、楽なことである。頑張るということは、決して無理をするということではない。


日本中を走り回らなくても、インターネットを使えば、世界中の人が発信している情報をつかむことができますからね。「この人とこの人が言っていることを組み合わせたらどうなるだろう?」とシミュレーションする中から、ブルーオーシャンが見つかります。


僕はアインシュタインが大好きなんですが、彼は5歳過ぎまでほとんど喋れなかったそうですね。学校生活にもなじめず、大人になっても奇行が多かった。現代なら完全に困った奴ですが、でも実はそんな面があったからこそ、強烈な創造性を発揮できたのではとも思うんです。


根拠なき自信を持つことが大切。子供はこの根拠なき自信を持って成長します。赤ん坊がヨチヨチ歩きを始めるときに「僕できるかな?」なんて思わないですよね。自信なんて根拠がある必要はないんですよ。


学生に言うのは「メタ認知」が大切だということ。自分の世界だけじゃなくて、そこから一歩引いてみて、他者も含めた世界の中で全体を捉えなおすという。ところが日本人って独りよがりの自己完結で終わってしまう人が多いんです。だから戦争にも弱い。


本を通してたくさんの人生や考え方を知る。いろんなものに触れることで、こんな考え方や生き方をしてもいいんだと、いままでの自分の中の抑制や枠組みを外すことができます。脳科学的にも抑制を外すと脳は自由に働きだすことが知られています。


オタク力がオーバースペックにつながり、才能が開花すると思います。僕も蝶集めに凝りましたね。研究者で昔は昆虫少年だった人が多いのです。オタク的な収集癖がある人はIQが高いという研究もあるのです。


人というものは、それぞれ、事情がある。仕事に集中できないプライベートの状況がある場合もあるし、何とはなしに不調ということもある。しかし、それらのことは、マーケットの向こうにいるお客さんには関係ない。


いかに前例のなさというブルーオーシャンの中に新しを追い求めるか。ここに、これからのビジネスの成功を考えるうえでのヒントがある。


脳が創造性を発揮するには、「空白」が必要である。隙間があってこそ、それまでに蓄積されたものが思わぬかたちで結びついて、新たな価値を生み出す。いつも時間に追われていると、その場の課題は片付けられるかもしれないが、その先に行けない。


最先端の場所に身を置かなければイノベーションは起こせない。


学校の勉強ができることと、イノベーションが起こせるかどうかはまた別の話だ。イノベーションに必要なのは、どちらかというと雑学である。学校の勉強ができるだけの「専門バカ」はもうコモディティ化してしまっている。そういう人はお金を払って雇えばいい。


社会人の大半は「時間がないから勉強できない」と思っている。しかしそれは思い込みにすぎない。大事なのはいかに長時間勉強するかではなく、いかに深く集中するかなのだ。


勉強するときも、ひとつのことを掘り下げるよりは、雑多な知識の引き出しを増やそうとすべきだ。僕が「この人は仕事ができる」と思う人は、学生時代に成績がよかった秀才というよりも、「この人、なんでこんなこと知ってるの?」と思うような雑学系に強い人が多い。


「凡人が秀才に勝てるわけがない」私たちはこう思い込んでいる。しかし社会人になってからの勉強次第では、高卒が東大出をさしおいてビジネスで成功するのも夢ではない。


脳の中には「集中しろ」という命令を出す「DLPFC(背外側前頭前皮質)」という司令塔のような部位がある。筋トレと同じで、この神経経路は繰り返し負荷をかけることによって太くなる。つまり一日に何度も集中しようと心がけることで、フロー状態(深く集中した状態)になりやすくなるのである。


欠点は劣等感に繋がりやすい。しかし、欠点は同時に長所でもあると考えれば、自分や他人の可能性をもっと信じることができるようになるだろう。


苦手なことが長所になり、得意なことが短所になることもある。そのような立体的な見方をしないと、人の個性はつかめない。


仕事の質について、「ゼロ」よりは何かの形がある方がいいと割り切る。形になれば、様々な人の意見も聞けるし、手助けをしてもらいやすい。


仕事は、淡々と論理的に考え、こなせばいい。そうすれば、きっと遠くにいける。


「できる人」になりたかったら、目標はぐっとのみ込んで、胸の中で温めておくのがいい。「これをやります」と口にして満足するのではなく、完成して初めて他人に言う。そんなストイックな姿勢が現代におけるスターを生み出す。


年をとってから創造性を発揮するためには、ふたつの条件がある。ひとつは、創造する意欲を失わないこと。もうひとつは、自分自身の経験にとらわれないこと。


笑いも創造性の大切な要素である。ユーモアのセンスを持ってものごとを見ることは、心をやわらかくして、固定観念にとらわれないようにしてくれる。


側頭連合野に記憶が蓄積されるということは、創造するための素材になってくれると同時に、固定観念にとらわれてしまうリスクともなる。例えば、過去の成功体験にとらわれてしまうと、新しいことへのチャレンジができなくなる。だから、年をとって、さまざまな経験を重ねることは、創造性のための素材が蓄えられる、という意味ではいいのだけれども、同時に、意欲を持ち、自分の経験にとらわれない冒険心を持つ必要があるのである。


創造のためには、側頭連合野の素材が、前頭葉に引き出され、活用されなければならない。そのためには、前頭葉を中心とする、意欲の回路が十分に働かなくてはならない。


創造することは、思い出すことに似ている。何かを想起する際には、側頭連合野の記憶が、そのまま前頭葉に引き出される。一方、創造するということはすなわち、記憶が編集され、結びつきを変えて活用されるということである。一見全く新しいもののようでも、実は、側頭連合野に蓄えられた記憶をもとにしている。ただ、結びつき、組み合わせが変化しているので、不連続であるかのように見えるだけなのである。


危機的状況のときほど、部下の緊張を解きほぐしてフロー状態に近づけるためにリーダーはユーモアを活用すべきです。暗い雰囲気のときでも、空気を換えて部下をリラックスさせ、潜在能力を発揮できるよう促すのがリーダーの務めです。


信頼されるリーダーになるためには、ユーモアを武器として上手に使うべきです。中でも自分の欠点をメタ認知し、自虐ネタに変えることは、ユーモアセンスを磨く一番いい方法だと思います。


人に面白いと思われることを言ったりしたりするためにはまず、自分の行動や言動が、他者から見るとどう突飛に、意外性をともなって映るかを知る必要があります。


つらいことや苦しいことは誰にでも平等に降りかかります。ユーモアを持ってマイナスのエネルギーをプラスに変えられる人にとっては「人生のエネルギー問題」は存在しません。日本は失われた10年、20年などといわれますが、私はずっと一人高度経済成長しています。社会がどんな不景気でも、自分の脳はデカップル(分離)して、貪欲に学んでいくことができるはずです。


はたから見て楽観的でエネルギッシュな人と、悲観的で元気のない人。脳の消費するエネルギーを見ると、大して変わりません。元気がない人に足りないのは、エネルギーそのものではなく、自分をフロー状態にするためのユーモアです。


困難なことにぶつかると、当然脳は緊張します。大きな課題を乗り越えるためには、自分をできるだけフロー状態に近づけて、あらゆる視点から解決策を導いていかなくてはなりません。ユーモアを持って脳を前向きにすると同時に、リラックスした状態にすることで、それが可能になります。


笑うと創造力が高まり、良いアイデアも出やすくなります。これはおそらく、笑うとうれしいときなどに出る神経伝達物質のひとつであるドーパミンが分泌され、脳の司令塔の機能を持つ前頭前野を刺激し、フロー状態に入りやすくするためです。


脳が最も創造的になっているのは、フロー状態にあるときです。フロー状態とは、集中しているけれどもリラックスしている状態です。努力することなく自然に、脳や身体が最大のパフォーマンスを発揮できます。私たちは、緊張してしゃちほこばっている状態を「集中している状態」と勘違いしてしまいますが、そうではありません。目指すべきは緊張ではなくリラックスです。


必ずしもいつも楽観的でいられるとは限りません。そんなときでもなお、前向きに明るく、という脳の基本的な態度を育むためにユーモアが重要になります。脳は自己暗示にかかりやすいため、悲観的なことでも面白くとらえ直したり、楽しいことを考えたりするだけで前向きになり、潜在能力の邪魔をしている蓋を外すことができます。


脳の神経回路は、楽観的に物事をとらえていないと、潜在能力を発揮できないようにできています。悲観的なときの脳は、言うなれば潜在能力に蓋をして抑え込んでいる状態なのです。


アイデアを生み出すときに大切なのは「集中とリラックス」のバランスです。アイデアは、基本的に脳がリラックスしている状態でないと、生まれません。脳にはデフォルト・ネットワークと呼ばれる回路があり、脳内をぐるぐる回りながら、何か面白いことがあるとピックアップしてくる働きを持っています。たとえば、何時間も考え抜いた末に疲れ果てて、お風呂に浸かった瞬間「ひらめいた!」となるのが「デフォルト・ネットワーク」の効果です。


企業としては、もちろん本業は大切です。売上もあげなくてはなりません。しかし、すべてが効率優先になってしまうと、結果としてその企業の伸びしろを、自ら限定してしまうことにもなりかねません。


企画会議などで、あらかじめひとつのゴールを想定して進行していくことは大切です。しかし、一方では自由奔放に拡散していくベクトルも必要です。理想的なのは、誰が提案したのかもわからないような議題の立て方をして、皆でどんどん意見を出し合う方法です。イメージとしては飲み会での連想ゲームです。最初はまともな議題だったのに、皆でワイワイ話しているうちに、出発点がどこだったかわからなくなるくらい連想が飛躍するような形です。


大学3年生から一斉に始まる就職活動、この騒ぎを見るたびに「この国は集団発狂しているのではないか」とすら思えてきます。春の田植でもあるまいし、一斉に、しかも新卒のみを躍起になって集める就職戦線は、世界的に見ても全く珍奇な騒ぎとしか言いようがありません。優秀な人材を集めたいならば、そろそろ新卒プレミアム的な幻想は捨てた方が賢明です。合理性は見当たらないのですから。


脳にとっては、言語も一つの運動です。とにかく一度出力しないことには、自分が本当に考えていることや、潜在的な可能性も見えてきません。情報のインプットとともに、アウトプットも恒常的に行わないことには、その考えが真に自分のものとなることはないのです。


トーク・スルー(他人にアイデアを話すことで、そのアイデア洗練させたり新しいアイデアを生み出す方法)のポイントは、生煮えでいいという点です。人に話す前に完ぺきでなければと思う必要はありません。マーケットを把握していなくてもいいのです。とにかくアイデアを人に話すことが重要です。


人間は自分の脳内にどのような情報が詰まっているか、意外と把握していないものです。それが、人に話している過程で浮上してくることもあれば、逆に相手から質問されることで新しい発想に誘導されることもあります。


グーグルのCEOエリック・シュミットは、新規のアイデアを募るために、まずは人の意見を徹底的に聞き取るそうです。30人のアイデアを集めて、そこから取捨選択するのが、彼流の仕事術です。他者というフィルターを通過することで、隠されていた創造性の原石が発見されることは、よくあることです。


創造性を生み出すのに適した作業は、メタファー、つまり隠喩です。日本では、あまり日常的に用いられることはありませんが、欧米では会話においても文章においても、メタファーを駆使できるかどうかが、その人の創造性を判断する決め手となっています。発想を置き換える、その行為こそが創造性と大きく連動しています。


日本はいま、社会的にも経済的にも厳しい状況にあります。従来経済をけん引してきたはずの製造業も、いまは苦しい立場に陥っています。この局面を乗り越えるには、創造性のスキルを身につけることが何より大切になってきているのです。


ビジネスマンにとって必要な資質とはなんでしょう。受験時代までは記憶力が重視されてきました。多くの知識を詰め込み、必要に応じて引き出していく能力です。しかし、いまの時代、単なる情報ならコンピュータで検索収集できます。問題は、いかにして、その集めた情報をアウトプットしていけるか。どれだけそこに新たな付加価値を付け加えられるか。創造性がかつてないほど必要とされる時代になってきました。


ビジネスにおいても、人生においても、「深掘りする」ことは大切。表面的に理解するだけでなくて、その対象の奥のほうにある、なかなか見えない「本質」を探求する。そのような経験をすることで、脳の認知や思考の機能が鍛えられる。


私は新しい知識を調べているとき、得た内容をパワーポイントにまとめ、人に見せることがあります。知人や友人はもちろん、仕事上の関係者にも見せ、意見を求めるのです。見せた人が喜んでくれれば脳内にはドーパミンが分泌され、思考回路がますます強化されます。逆に反応がイマイチだったとしたら、それはまだ自分の思考力が足りないということ。「調べ、発見し、まとめる」の繰り返しによって、考える力を鍛えていきましょう。


従来の教育は、与えられたルールの中で正確な答えを出す人が優秀とされてきました。でもこれはまさにAIが得意としていること。今後はルールの中で高い成績を上げられる人ではなく、自らルールを作れる人が生き残っていけます。既存の枠組みの外に出て物事を考えられる「アウト・オブ・ボックス思考」が求められているともいえます。


仕事ができる人、ものごとがわかっている人は、見込みについて案外慎重。完成したプロジェクトの質についても、手放しで褒めないことが多い。できない人ほど自信があり、できる人ほど慎重である。


自分自身を客観的に観察する能力を「メタ認知」と呼ぶ。メタ認知がなければ、自分の欠点もわからないし、目指すべき目標もつかめない。自信過剰な困った人にならないためには、自分の状況を客観的に見る訓練が必要となる。


ひとりの人間が、ずっと生きてきた、その軌跡の中からにじみ出る言葉は、時に人の心を打つ。たくさんの経験に裏付けられた短い言葉の中に、凝縮された「叡智」がある。


私の周辺でも、「あいつは欠かせないな」という人物が何人かいる。そのような人物は、ある特定の問題の専門家であるというよりは、「場」をつくることができる人物だというケースが多い。単純なようだが、宴会のときに注文などを仕切ることができる。話題を絶やさずに、その場にいる人を楽しませることができる。その人がいると、何とはなしに安心で、楽しい。姿が見えないと、あいつはいないのかと探してしまう。そういう人は、必要な人だ。人と人との関係を、潤滑油として触媒することができる。そのような人は、結局、会社に求められる。


これからの会社にどうしても必要な人材とは、「点」にこだわる人ではなく、「点」と「点」をつないでいくような人であろう。逆に言えば、そのようなイメージで自分の能力を高め、人脈を築いていけば、いつまでも会社にとって必要な人材でいられる。


ひとつの仕事を成し遂げるために必要な能力は多様化している。会社の業務がうまくいくためには、それらの要素の組み合わせを、迅速かつ柔軟に設計、実装していく人材が不可欠である。


IT関連の仕事をするためには、コンピュータのプログラム能力があったり、最新の技術を知っていなければならない、というのは単なる思い込みである。実際、世間で注目されるIT関係のベンチャー企業の創業者と会って話していても、ITオタクでない人はたくさんいる。むしろITの細かい点については、「えっ、こんなに緩いのか」「いい加減なのか」と驚くくらいの人のほうが、優れたベンチャー経営者になっているように思う。仕事を進めるうえで必要な能力は、ひとつひとつの「点」にではなく、その「間」にこそあるのである。


自分ができなくても、できる人を知っている。あるいは、誰に任せることができるか判断できる。このような能力は、管理職はもちろんのこと、一般社員でも必要な能力とまっている。


現代の社会は、人々が結びついて、協力しあうことで仕事が進んでいく。以前からそうであったが、特に、インターネットの発達によって、その傾向が強くなった。このような時代に必要とされる人材は、特定の能力に長けていることはもちろんだが、むしろ、人と人とを結びつけることができる人だろう。


立場が違うからといって、コミュニケーション自体を断ってしまうのは愚かである。反対の立場の人との対話を続けることが、プロジェクトの成功に欠かせないことも多い。


知識やスキルは、置き換えることができる。一方、人間関係は、簡単には入れ替えられない。「あいつがいると、チームが何となく円滑に動き、盛り上がるんだよな」というような存在は、会社に一番欠かせない人材であると言える。


人間の脳の使われ方の中で、最も高度なものの一つは、コミュニケーションである。知識やスキルは、人工知能やロボットに置き換えられてしまう時代。関係性や、絆こそが、ビジネスで最も大切な「人的資源」となる。


市場は常にオリジナリティを望んでいる。もちろん、オリジナリティがあるだけでは足りない。その独創性が、人間の普遍的な感情、価値観に訴えかけたとき、大きなヒットにつながる。


僕にも長期的な夢や目標がありますが、とにかく目の前の仕事を誠心誠意一生懸命やる。そして、そのなかで小さな快感(達成感)を得るようにしています。小さなステップを着実にクリアしていくことで、ある時にグンと能力があがり、大きな目標に近づくことがあるんです。


脳を活発化するには弱点を克服したという成功体験を持つこと。私の弱点は人見知り。克服した頑張った結果、いまでは初対面でも普通に対応できるようになりました。


自分の目標がわからなくて悩んでいる若いビジネスマンが意外に多い。そういう人は尊敬できるビジネスマンに会うといいでしょう。そして彼らの本物の言葉に触れて感動することが大事。そうすれば大きな夢を持つことができ、その夢に向かってどうすればいいか、考えられるはずです。


僕はドストエフスキーの話が好きで、『罪と罰』なんて、借金返済のために追われるようにして書いたという。いろんな意味で脳は適度な負荷をかけたほうがやる気が上がる。借金は極端にしても、いつもより「ちょっと多いかな?」「キツいかな?」くらいの仕事に挑戦することですね。


いまの大学生って社会に出て即戦力というので、必要十分な知識や能力を得ようとするのですが、そこから「はみ出した」のはムダだと考えるフシがある。たとえば車のセールスやっている人がガーデニングの知識がすごいとか。一見ムダに見えるスペック=能力がじつは重要じゃないかな。


哲学は、人生という樹の根っこのようなもの。根っこがしっかりしていれば、枝葉もしっかりと伸びていく。逆にいくら枝葉のことばかり気にしても、根っこがしっかりしていなければ十分な成長は期待できない。


「やる気」って贅沢品なんです。「やる気がわいてきたから、一気に仕事が片づく」なんて、人生の中でそう起こることではないですから。逆に言うと、いつもやる気がある状態だと疲れてしまいます。そうではなく、やる気がなくてもやれるように習慣化することが大事。


朝型を習慣化するには、やる気が必要なのだと思っているかもしれませんが、習慣にやる気って必要ないんですよ。私は何十年も朝型を続けていますが、朝からやる気満々のときなんてほとんどありません。やる気がなくても、習慣になっているからできているだけです。


もし、ある法則に従ってものづくりをすれば必ずヒットするのであれば、世の中にはもっとヒット商品があふれていそうなものだが、そうでないのは、物事がそれほど単純ではないということを示している。


私は年代論はあまり好きではない。一括りにしてしまうと、その中にある様々な個性や多様性が見えなくなってしまうと感じる。また、年齢で人の生き方や考え方が決まるとも思わない。現代においては、何歳になっても若々しい人たちもいるし、子供でも、大人顔負けの知識やスキルを持っていることも多い。


いわゆる悪い意味での「意識高い系」の学生に共通した問題点は、実力以上に自分を大きく見せようとするところであろう。本当は、長い時間をかけて、粘り強く実力を培うべきなのに、表面だけ取り繕おうとする。その結果、上滑りしてしまう。


スマホは手軽に知への扉を開いてくれるが、同時に「単なる暇つぶしの娯楽を提供する」という麻薬のような側面も持っている。たとえばいま流行のオンラインゲームをダウンロードすれば、いくらでも暇をつぶせてしまう。いわばパチンコ屋的な刺激を与えてくれるものでもあるのだ。一台のスマホをハーバード大学にするか、ただのパチンコ店にするかは、あなたの志にかかっている。


いま日本では「裕福な親の子供しか、いい教育を受けられない」という教育格差が話題になっている。しかしインターネットは万人が平等にアクセスできるものだ。ということは、勉強するかどうかは本人のやる気次第。勉強しようという「志」があるかどうかである。


日本では「インターネットで勉強する」という発想があまりないが、本気で学びたい人にとっては宝の山である。試しにカントの『純粋理性批判』やダーウィンの『種の起原』を検索してみてほしい。原文がすべて無料で読めることに驚くだろう。あるいはグーグルの「Google Scholar」で検索すれば、興味のあるキーワードを入れるだけで論文がPDFファイルで読めるようになっている。ということは、勉強したい気持ちがあるなら、もはや大学へ行く必要はない。僕はインターネットだけで勉強してノーベル賞をとる人も、いずれ現れると思っている。


「まとまった時間がなければ勉強できない」というのは幻想にすぎない。僕はいま、朝から晩までわずかな時間の隙間を縫って何かしら勉強するようにしているが、その結果、いまや瞬間的にフロー状態(深く集中した状態)に入れるようになった。意識の切り替えが素早くできるおかげでストレスとも無縁である。


通勤電車の中で、あるいは注文した料理が出てくるまでの数分間でも、集中して知識を吸収しようと努める。ほんの2、3分でも、累積すればかなりのものになる。また、このようなスキマ時間の集中勉強法は、脳の特性にマッチした学習法でもある。なぜならインターバルをあけて何度もインプットを繰り返すことで、学んだことが記憶として定着しやすくなるからだ。


人間は最高に集中すると雑音も聞こえなくなり、まったく疲れを感じない「没我」の状態になる。このようにリラックスしていながら、なおかつ集中している状態のことを、脳科学では「フロー状態」という。このフロー状態に自分を持っていくのが、多忙な社会人が勉強するときのポイントだ。


自分が一番賢いと過信している人はマネジメントには向かない。むしろ、他人が自分よりも優れている点を認め、助けてもらうこと。他人から積極的に学ぶこと。そのような謙虚さを持っている人こそが、卓越したマネジャーになる。


子供の頃から優等生だった人が案外社長に向いていないのは、自分が何でもできると過信しがちだからである。他人のほうが自分よりも優れた点がたくさんある、教えてもらうことや助けてもらうことがあると「感覚」でわかっている人でなければ、優れた社長になることはできない。


自分は若いからまだ大丈夫と油断していると、将来、高齢になってから後悔することになる。脳も体も、鍛えるほど強くなる。若いうちにさぼっていると、加齢とともに、急に衰えがくることもある。


脳の「アンチエイジング」においてもっとも大切なのは、「新分野」に挑戦することである。自分ができるかどうかわからないことに取り組んで成功すると、脳の報酬系のドーパミンが前頭葉を中心とする回路に放出される。ドーパミンが放出されると、脳は喜びを感じるとともに、そのきっかけとなった行動の回路が強化されるという「強化学習」が起こる。


日常の中で、仕事をしたり、勉強をしたりしているときに、ある意味では本番以上のプレッシャーを自分にかける。そのプレッシャーの中で練習していると、本番ではむしろリラックスできる。


自分の長所や短所は、他人という鏡に映って初めてわかる。面と向かって「君はこうだ」と言ってくれる場合もあるし、ちょっとした言葉、仕草、表情に、自分の姿が反映されることもある。


頑固な人は、それだけ取れば短所だが、一つのことをやり遂げるという意味では長所である。優柔不断な人は、決断できないという意味では短所だが、さまざまな角度からじっくり考えるという意味では長所である。


脳も筋肉と似ていて、確実にできることをやっているだけでは成長しません。できるかどうかわからないギリギリのところを成功させて、初めて脳内の回路は強化されます。


脳は、少しでも進歩すると、喜びを感じます。すると、ドーパミンという物質が脳内に放出され、喜びを感じた脳内の回路が強化され、成長するのです。これを「強化学習」と言います。こうした脳の学習メカニズムは、歳を取っても衰えることはありません。だから、いくつになっても脳は成長するのです。


過度に感情的にならないことが必要。しばしば「やる気」や「情熱」の必要性が強調されるが、それだと、仕事が気分に左右されてしまう。むしろ、フラットに、淡々と目の前の仕事を進めていく。そんな態度が身につけば、ビジネスを進めるうえで大いに役に立つだろう。


自分の能力や仕事の質についても、必要以上にくよくよと考えないほうがいい。自分の能力がたとえ足りないとしても、とにかく、目の前の仕事にベストを尽くすしかない。そのことで、学習して能力が上がるかもしれないし、思わぬ形で、うまくいく方法が見つかるかもしれない。


外国を旅した人が、日本の良さに目覚めるように、他者との出会いがあって初めて、身近にある幸せの泉に気付くことができる。


「隣の芝は青く見える」という。他人を羨ましく思うことが、明日への活力につながることもあるし、国全体としての経済成長を促すこともあるだろう。しかし、それがいきすぎると、こだわりや執着を生む。何よりも日々の生活が、「いつか幸せ」になるためのプロセス、手段になってしまう。


幸せとは、「気付く」ことであると、さまざまな研究結果が示している。自分の人生の中の、ごくあたりまえの恵みに目覚めることが、汲めども尽きぬ幸せの泉となるのだ。


パニックは、自分がどうすることもできない事態に直面することから起こる。これから大変なことが起こりそうだという予感も、不安の原因になる。そのようなときには、できるだけ論理的に、しかも定量的に考えることをお勧めしている。難しいようだけれども、慣れてしまえば、簡単なことである。


どうせ「深掘り」するのならば、その価値があるものにしたほうがよい。掘れば掘るほど新しい側面が見えてくる。「本質」にたどり着いたとき、深い感動がある。そんな対象を見定めなければならない。深掘りする価値があるものを見極める一つの方法は、世間で評判が高いものを追い求めることである。専門家が強く推薦するものもいい。


好きなことに熱中していると、ときには時間が経つのも忘れてその物事に没入する「フロー状態」に入ることもあるでしょう。これまた、脳の成長にとっては非常に重要な状態です。先日、解剖学者の養老孟司氏とお話しする機会がありました。そのとき養老氏は、「茂木君、僕なんか大好きな昆虫採集をしているときには、いつもフローだよ」とおっしゃっていました。だから、80歳になった今でも、あれだけ頭脳明晰なのです。


楽しみながら取り組んだほうがドーパミンは分泌されやすいので、自分が好きで熱中できるものがいいでしょう。たとえば、私は今コーヒーにハマっていて、よりおいしいコーヒーを求めていろいろな知識を吸収しています。コーヒー豆の種類や淹れ方などを調べていると、次々と「そうだったのか!」という発見が得られる。たとえば世の中には、ジャコウネコの糞から取り出した未消化のコーヒー豆などというものがあり、香りが良くて非常においしい。こうして楽しみながら学んでいくたびに、どんどん脳が強化されていくのです。


僕は様々な業界のトップランナーの方にもお会いしてきましたが、何かを成し遂げる人というのは、やはりどこか規格外の人が多いですよ。約束の時間から必ず1時間は遅刻する、会社のパソコンを年に3回なくす、思ったことをいって炎上するなど様々ですが、彼らがそういった面を幼少期から直そうと暮らしてきたら、今ある彼らの成功はあったのかなと思うんです。


小学生の頃、早くできた人から先生に提出する計算問題のテストがありました。1番に済ませようと必死に問題を解いた結果、高い持続力を生み出す原動力になりました。


仕事がデキる人は、コミュニケーション力と、新しいものを生み出す創造性に秀でています。どちらの能力も数値化できない不確実なモノにどう対処するかという判断力や直感が必要。なにが起きるかわからない人生の現場に飛び込むことが必要になってきます。そこで脳の強化学習が必要。


脳の強化学習を支えるドーパミンという物質は、「100%できる」という状態よりも「できるかできないかの不確実」な状況の方がより分泌される傾向にあります。向き合う学習問題が簡単でも難しくてもダメ、ちょうどその中間あたりの学習をすることで脳が活性化されるのです。つまりドーパミンが分泌されるような学習法がベスト。


脳科学的に見ると、いままでの仕事の5~10%プラスくらいの負荷がちょうどいいですね。適度に負荷をかけることでモチベーションアップにつながります。それ以上の負荷がかかると逆にストレスでパフォーマンスが落ちてしまいます。負荷のコントロールができれば、もう一人前でしょうね。


現代人は、メールやSNSなどの情報に翻弄され、時間がどうしても細切れになりがちである。そんな中で、まとまった活動の予定を立てることには、いろいろと困難があるだろう。しかし、細切れの時間は、しょせん細切れの結果しかもたらさない。時には思い切って活動時間という「予算」を確保することが、学びの深掘り、出合いの充実につながる。


走ることには、身体のコンディションが整ったり、より健康になったりといったメリットがある。さらに、走っている間に、脳がアイドリングして、特別な回路が活性化し、様々な記憶が整理されたり、ストレスが解消されたりといった効果もある。このような「ご利益」は、短い距離でも、あるいは歩いても得ることができるから、ぜひ試してほしい。例えば、仕事に行くときにひと駅前で降りて歩くというのでもいいのである。


習慣化させるということを難しく考えすぎなのです。たとえば何か勉強するにしても、最低でも30分はやらなければと考える人は多い。でも、5分でも1分でもいいんです。英単語を一つ覚えるなら1分でできますよね。1分やれば脳の活動としては十分。1分単位でものを考えると、ハードルが下がりやれることがたくさんあることに気づくでしょう。


「朝起きられない」という人は、話を聞いてみるとほとんどの人が部屋を暗くしたまま起きている。これは良くないですね。まずは朝起きたら、部屋の明かりをつけるか外光を浴びる。できれば太陽の光がいいです。理由は太陽光の波長が脳の覚醒スイッチを入れるのに効果があるからです。脳は環境の変化に非常に敏感。朝、目を覚ましても部屋の中にいると、「これはまだ休んでいてもいいのかな」という判断をしてしまいます。反対に、外に出ると「もう朝だ。目を覚まさなきゃ」と脳が判断するので自然に目覚められるのです。


1日のワークスケジュールは、ハンググライダーをイメージしてもらえばいいと思います。朝起きた瞬間が飛び立ったときで、そのときが一番高いところを飛んでいます。つまり朝はトップスピードで仕事をこなしていくわけです。そして時間の経過とともに降下していくグライダーは、夕方に向かうにつれて仕事の効率が落ちていくのと同じ。このようなイメージでスケジュールをこなすのが脳科学的にも理にかなっています。


私たちは日中の活動を通して、目や耳から様々な情報を得ています。その情報は大脳辺縁系の一部である海馬に集められ、短期記憶として一時的に保管されます。その後に、大脳皮質の側頭連合野に運ばれますが、この段階では記憶は蓄積されているだけです。睡眠をとることで、記憶が整理され長期記憶へと変わります。すると朝の脳は前日の記憶がリセットされるため、新しい記憶を収納したり、創造性を発揮することに適した状態になります。この脳の仕組みが、朝の時間がゴールデンタイムだと言われる理由です。


なぜ、ヒット作の法則を見出し、事前に予想することが難しいのか。根本的な原因は、「ヒット」の背景に、人間の脳に「新奇性選好」という性質があるからだと考えられる。人間は、今までに見たことがないもの、「新奇性」があるものを好む。生まれて初めて見るものに対して、脳のドーパミンなどの報酬系は特に強く活動する。ヒット作の背後には必ず、この「今までに経験したことがない」という要素が存在する。


現状をさらによいものにするために、批判的思考が必要なことは間違いない。諸外国との比較も冷静で客観的な評価のためには欠かせないだろうし、時には、厳しい言葉を使うこともやむをえないかもしれない。それでも、批判の背後に、日本を肯定的にとらえる心情があるのだということをきちんと伝えないと、建設的な批判でさえもなかなか届かない時代になっているように思う。


実は、勉強が苦手だった人のほうが、社長に向いているということもある。子供の頃から勉強ができる優等生だった人は、何でも自分でやる習慣が身についている。大学入試までのペーパーテストは、結局「個人競技」である。ひとりの人間として、どれくらいの点数がとれるかが問われる。一方、社長の役割は、自分が仕事をすることはもちろんだが、社員にいかに気持ちよく能力を発揮してもらうか心を砕くところにある。30人の社員がいる会社ならば、それぞれにいかに効率よく働いてもらうかがポイントになる。


僕の読書は「積ん読」が多いのです。積ん読に対して罪悪感を持つ人もいますが、そんな必要はありません。欧米では「TSUNDOKU」という言葉がポジティブなかたちで注目されているくらいです。本は、そこにあるだけで豊かな気持ちになれますし、積ん読の本は、いつか読めるという「お守り」の役割を果たすもの。積ん読でも大丈夫と思えたら、それは自分自身を肯定できていることとも言えるのです。


現代のビジネス環境では、複数の仕事を同時に進めなければならないのは、むしろ普通のことである。そのようなときに、完璧主義の人ほど、どの課題も完全にはできないと動揺することが多い。そうではなく、複数の仕事をどれも少しずつでも進めていく。どんな場合でも、「今、ここ」で取り組んでいることに集中すれば、とにかく、やらないよりは「ゴール」に向かって近づいている。


人工知能が発達するにつれて、人間にとっても、人工知能のやり方が参考になると感じることが多くなった。あくまでも、論理的に、しかも定量的に考える。そのよう強人工知能のアプローチは、もともと、人間の脳の持っている働きを取り出し、モデル化したものである。だとしたら、人間にもできないはずがない。そして、実際にやっている人がいる。


しばしば、「ぼくはビッグになります」と言う人がいるけれども、そのような人が実際にビッグになったのを見たことがない。逆に、何も言わずにコツコツと努力をしている人は、しばらく会わない間に大きく成長して、「大化け」していることもある。個人だけではない。会社のような組織も、やたらと目標を掲げるよりは、静かにそして地道に仕事をしているほうが、結果として伸びている。


年齢を重ねると脳は衰える、というのは大きな誤解。脳は何歳からでも育てることが可能です。キーワードは「達成」。脳は何かを達成するたびに、どんどん成長していくのです。学生時代、一所懸命に考えて問題がやっと解けたときの感覚を思い出してみてください。「できた!」「わかった!」という喜びでいっぱいだったはず。このとき、脳の中ではドーパミンという物質が分泌されています。ドーパミンとは、快感を生み出す脳内物質の一つ。この分泌量が多いほど、大きな喜びを得ることができるのです。脳は、このときの喜びが忘れられず、ことあるごとにその快感を再現しようとします。そして、もっと効率的にドーパミンを分泌するため、脳内では神経細胞がつながりあって、新しい神経回路が生まれる。つまり、脳が成長するのです。そして、快感を生み出す行動がクセになり、再び新しい問題に挑戦する。そのサイクルを、強化学習と言います。これを繰り返すことにより、思考の老化を防ぎ、いつまでも若々しい脳を保つことができるのです。


AIが得意とするのは、ビッグデータをもとに学習し、適切な解を見つけ出すことです。ですから既存の分野、とくにプレーヤーが多く、過去の事例や情報が膨大に蓄積されている分野においては、AIと競っても敵うわけがありません。一方、これから成長が見込める新たな分野を開拓したり、今まで誰もやってこなかったアイデアを実現したりといったことは、AIが苦手とする分野であり、ここでこそ人間の思考力が発揮されます。こうした能力を私は「ブルーオーシャン力」と呼んでいます。


みんな一斉にヨーイドンでスタートし、みんな一緒にゴールインしようという日本社会ならではの同調圧力が教育現場にもはびこり、大人になっても苦しんでいる人は多いと思う。だってアメリカでは、学校ではなく自宅で勉強する子は200万人単位でいて、むしろオーダーメードの教育を選べることでアイビーリーグに合格する優秀な人間もたくさん出ていますよ。飛び級や留年も普通ですしね。同学年が一斉に同じ速度で歩んでいくという「理想」はむしろ特殊で奇異ですよ。


結局僕は、一番の元凶は日本の学校教育制度にある気がしてならないんです。勉強についていけない子、逆に学校の勉強が簡単すぎてつまらない子、そもそも学校という場の集団行動になじめない子、彼らを無理に「普通」にする努力を学校や親はしますけど、そんなのは無駄な努力で、さっさとホームスクーリング(学校に通わず、自宅を中心に学習すること)などほかの選択肢に切り替えたほうがいいんですよ。


僕は「発達障害」という言葉自体に違和感を抱いている人間です。もちろん研究の重要性は理解していますし、実際に困っている人を診察されている先生のような方は非常に尊敬しています。ただ、診断される側のマインドが問題で、例えばわが子に診断が下ったとき、必要以上にパニックになり、将来を悲観してしまう親御さんも多いですよね。まるで烙印を押されたかのように落ち込む人がいて、でもそもそも「自閉スペクトラム症(ASD)」という言葉からもわかるように、本来人間の特性は「スペクトラム(連続体)」であり、「正常」と「障害」の明確な線引きなどできないはずですよね。


職場内で尊敬する人とか、手本にする人を見つけることは大事ですよね。ミラーニューロンという神経細胞が脳にはあって、関心のある人を見ているだけで、その人の行動や言動を脳の中で再現すると言われています。無意識にマネをするというわけ。オーバースペックで面白い人って必ず職場にいるから、まず見つけて手本にすること。


脳を鍛えて頭を良くする方法の一つが、決断を早くすることだと思います。いませんか、昼食のメニューひとつもなかなか決められない人。どんな人でも食事の選択から仕事上の判断まで、1日に20とか30のディシジョンポイントがあります。それを意識的に早く決定するように心がけるだけで脳は活性化しますよ。


いわゆる「クリエーター」だけでなくビジネスの最前線に立つ方々の中でも、いい仕事をされている方ほど、のんびりとした、空白の時間を上手につくっているように思う。古来、「忙中閑あり」と言うが、そのわずかな「閑」を大きくふくらませることができる人が、いい仕事をされているのである。


これまで様々なクリエーターの方々とお目にかかってきた。振り返ると、いくつかの共通点があるように思う。強く印象に残ることの一つは、良い仕事をされているクリエーターの方ほど、その人の周りに、ゆったりとした、自由な空気が漂っているということだ。本当は、忙しいのに決まっているのである。スケジュールに追われたり、決めなくてはいけないこともたくさんあったり、頭の中は仕事でいっぱいのはずなのである。それでも、それを他人に見せない。実は、ここに創造性の秘密があるのではないかと思う。


アメリカには大言壮語する人が多いという印象もあるかもしれないが、実際にはそうではない。アメリカのマサチューセッツ州に拠点を置く「ボストン・ダイナミクス」というロボットの研究開発をする会社がある。人型ロボットの「アトラス」がバク宙をする映像がを見た人も多いかもしれない。ボストン・ダイナミクスは、アトラスをはじめ、倒れても起き上がる「ビッグドッグ」や、部屋を自由に動き回り、空き缶をつかんだりする機能を持つ「スポットミニ」のようなロボットを開発している。ボストン・ダイナミクスは、「私たちはこのようなロボットを作る」というような目標を言い立てない。ただ、ロボットを開発して、出来上がった「作品」を、いきなりネット上に公開するのだ。このような、開発途中では何も言わないで、出来上がってから初めて公開するというやり方は、現代の先端技術開発に関わる「できる人」たちの共通のやり方のようだ。


仕事柄、いろいろな方にお目にかかる。経営者やベテランのビジネスパーソンの場合もあるし、若い社会人や、学生さんとも会うことがある。そんな中、「できる人」と、「できない人」を比較したときに、見分けるための一つの指標になることがある。「できる人」の特徴。それはずばり、自分の目標をやたらと人に言わないこと。逆に言えば、「私はこれを目指しています」「ぼくはこんなことをしたい」と言い続けている人は、結果が出ていないことが多いのである。どうやら、目標を言うことで、すでに満足してしまっているようなのだ。


茂木健一郎の経歴・略歴

茂木健一郎、もぎ・けんいちろう。日本の脳科学者、理学博士、コメンテーター。東京都出身。東京大学理学部物理学、東京大学法学部をそれぞれ卒業。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了、理学博士号を取得。理化学研究所国際フロンティア研究システム研究員、ケンブリッジ大学生理学研究所研究員、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチー、東京藝術大学非常勤講師、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻連携教授、早稲田大学国際教養学部非常勤講師、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科特別研究教授などを務めた。脳科学についての一般向けの解説書を多数執筆。また、テレビ、雑誌、新聞などのマスメディアで積極的に活動し、様々な社会問題について評論活動を行った。

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