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若林正恭の名言

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若林正恭のプロフィール

若林正恭、わかばやし・まさやす。日本のお笑い芸人、司会者、俳優。東京都出身。東洋大学文学部卒業。春日俊彰とお笑いコンビ「オードリー」を結成。

若林正恭の名言 一覧

ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ。


僕の出発点は、何でも最初は違和感なんです。


想いに苦しめられるとき、脳は味方だろうか? 敵だと思う。脳に人差し指を当てて「お前には負けない」と言うべきだ。


批判は割と簡単だ。だって完璧なものってこの世にはないから。批判は一瞬で、創造は一日にしてならない。だから、僕は歳を取ることに恐怖心を持っている若い男と批評家を信用していない。


若者は批判さえすればイデオロギーを持っているように見せられる時期がある。だが、おっさんは批判した場合すぐに対案を求められる。ホスト側の責任があるから。壊して終わりじゃない。


ライブで嘘がつけないのは、ラップも漫才も一緒だった。どの人も、覚醒して欲しいけどライブは時に無情だった。人間力、経験、熱量、技術、姿勢、純度、繊細さ、大胆さ、その他諸々。何かがほんの少し足りなかったりするだけで「ほんの少し足りない」ということをライブは本人と現場にただ知らしめていた。


しくじり先生の貴重な授業の数々で自分の心に一番残ったこと。それは「自分の弱さと向き合うことが一番難しい」ということである。特定の信仰を持つ人が少ないこの国では、自分の弱さを神の視点を通さずに自らの力でじっと見つめるのは難しいのではと感じた。


誰もやったことがないことをやるのは簡単だ。だって、誰もやったことがないことをやればいいんだから。でも、誰もやったことがなくて、笑いも起こるというネタをつくることはとても難しいことだ。


大きくヘコんだとき、その時点で「これは5日引きずるな」と見積もるんです。6日後には立ち直っていると思えば、実際はそこまで引きずらなくなる。


僕はヘコみやすいので、「仕事一つ」ではなく、「その日の仕事」で考えるようにしています。昼間の仕事でスベっても、夜の仕事がウケればOK。


わだかまりとかネガティブな感情って、分析すると少し落ち着くんですよね。自分の身体が騒がなくなるというか。たとえば誰かの言葉に傷つくとするじゃないですか。そんな時、なぜ自分は傷ついたのか、なんで相手はそんなことを言ったのかの両方を、何となく分析できると引きずらなくなるから。


ラジオとエッセイについては仕事だと思っていないんです。考えて、考えて、「これで、いいかな」と、自分自身が納得した地点で終わることができるというところに、プラモデルをつくる面白さみたいなものがあるんです。


「しくじり先生」という番組のレギュラー放送が終わった。深夜時代も含めれば丸3年間の放送期間で、約120人にのぼるしくじり先生の授業を受けた。3年間の授業で「しくじり」を回避する一番の方法は何だと思ったかというと、それは「耳が痛いことを言ってくれる信頼できる人を持つこと」である。「自分では自分のしくじりの種には気づけない」というのが、約120回の授業を受けたぼくの結論であった。


この国で非実力者が出る杭になろうとすると、風当たりが強いのは幼稚園の時からのお決まりだ。そして、出る杭として成功済みの実力者に対する態度はいつも甘い。その方法論にすぐに倣おうとする。たまたまその人にその方法論が合っていただけかもしれないのに。公式は内側で練り上げるものなのに。


M-1グランプリで準優勝して、自分の中で世界が反転しました。それから忙しくなって、仕事と睡眠を繰り返す毎日でキツかったけれど、そうやってたくさん番組に出させてもらったことが財産になっています。いまでも仕事をくれる人って、あの当時に出会った方々が多いですから。


結局、無理していた時代は、全然ウケなかったですね。あるとき、トークライブのVTRを見直したら、ツッコミ役の春日が2回しかツッコんでなかった。元々、人の話を聴いて、それを正す性格ではない(笑)。それで、僕がツッコミ役になった。そこから、ライブでも自然な感じでラクになった。


外の世界には仕事や趣味、そして人間がいる。内(自意識)を守るために、誰かが楽しんでいる姿や挑戦している姿を冷笑していたらあっという間に時間は過ぎる。だから、僕の10代と20代はそのほとんどが後悔で埋め尽くされている。そんな陰鬱な青年期を過ごしてきたから、おじさんになった今こそ世界を肯定する姿を晒さないと駄目だと思った。慣れていないからたどたどしいし、背伸びしている姿は滑稽に映るだろうけど。


親父が死んでからは本格的に冷笑・揶揄は卒業しなければならないと思い始めた。死の間際、病室で親父が「ありがとな」と言いながら痩せこけた手で母親と握手している姿を見たからだ。その時にやっと、人間は内ではなく外に向かって生きた方が良いということを知った。教訓めいたことでもなくて、内(自意識)ではなく外に大事なものを作った方が人生はイージーだと言うことだ。


「ネガティブを潰すのはポジティブではない。没頭だ」。その言葉が出てきたのは、当時、ポジティブシンキングを薦める本が流行っていて、マイナス思考なんて忘れなさいとか、考えすぎだとか、そんな文句が大きく謳われていた頃のこと。その風潮に、「自分の脳細胞が勝手に考えちゃうんだから、そんなの絶対、無理だよ!」という違和感というか、怒りを抱いて。だったら僕は――という想いから出てきた言葉ですね。


かつて書いていたブログは「イタいが現れた!」みたいなことになって、やめてしまったけど、(紙媒体での)エッセイは、もう7年も書いているのにそういうことがない。読むにも、意見するにも、紙媒体はネットより距離があるからでしょうね。そんな心地よい距離のなかにある「自分を出してもいいかな」という安心感。それもエッセイを書く楽しさのなかには含まれていますね。


最近周りの環境の変化に驚くことがある。共演者やスタッフに年下が多くなってきたのだ。マネージャーも現場では全員年下だ。となると、こっちの方が経験があるから知っていることが多い。当然、こっちから話しかける頻度は増える。そんな状況で人見知りなんて成立しない。若者は社会のゲストで、おっさんはホストだ。昔の僕は、お客様だから人見知りなんてしてられる余裕があったのだ。


正直に言うと、これ以上正論が強くなることが僕は怖い。同調圧力や全体主義、そして排除の気配を感じてしまう。でも、それらは今後さらに強まると思う。正論はたぶん正しい。でも、面白くはない。「共感できないけど一理あるかも」って脳がパッカーンってなるあの瞬間が好きなのにな。


経験上、自己否定は完治ではなくシャットアウトという対症療法が有効。シャットアウトに効果を発揮するのは没頭。それは、仕事かもしれないし、趣味かもしれない、友達と会うことかもしれないし、アイドルを応援することかもしれない、無料のゲームアプリかもしれないし、筋トレかもしれないし、新しい恋かもしれない。とにかく自分が「楽しい」と思えることで時間を埋めまくるのだ。それを何カ月も(何年も)続けて、いつのまにやら「あれ? そういえばあんまり考えなくなったな」という時が来ればしめたもの。


(海外に行ってみて)日本で生きている自分のことがよくわかりました。環境と、自分というもののブレンドがその人なんですよね。日本にいれば、誰もがその環境の影響を受けている。それが、物理的に距離を離しただけで、こんなにも影響を受けなくなるものなんだなあと思ったし、逆に日本人である自分も発見できる。これはすごくいいなと。


僕は楽屋でも1人で本を読んでいます。周囲から芸人っぽくないとか「売れないぞ」と言われました。でも、人間のタイプは様々なのに、なぜ芸人だけは1種類にしたがるのか不思議でした。飲んでコンパで騒いで、という芸人的なノリにはなじめなかった。それである番組で「人見知り芸人」というテーマを提案して放送されたところ、反響が大きかったのは、嬉しかったというか、ホッとしました。


僕の趣味は日本語ラップ、プロレス、純文学とときに「中学生かよ」と揶揄されることもある。だけど、その時気づいた。普通に熱いものが好きなんだな、と。そういうものが、移動中の車内で、帰宅後のリビングで、休憩中の喫茶店で、腐りがちな僕の心に何度も何度も命を吹き込んでくれた。冷笑が強い時代だし(それはどの時代もそうかもしれないけど)、熱さは冷笑主義者の標的になりやすい。そして、自分だってそういった側面を持っている。冷笑主義者がなぜ冷笑し続けるかというと自分が冷笑されることに怯えているからだ。冷笑は竜宮城だ。温度の高いものに、外野から冷や水をかけ続けて自分では何もしない。そして、ふと気づいた時には白髪だらけが成れの果てだ。近頃、気づかないうちに出る杭になるときに必ずかけられる冷や水に怯えていたのかもしれない。


よく「お笑いは常識を知っていてこそ非常識なことができる」という理屈を聞くことがあるが、その「常識らしきもの」をテレビで耳にする時に驚くことがある。コメンテーターが発した言葉がその場で多くの共感を得ているのを目撃した時に「え、そっち!?」とびっくりすることが多々あるのだ。そんな瞬間は、自分が常識だと思っていることも世間が常識だと思っていることもどちらも信じられなくなる。その自分がテレビの正論大喜利で良い回答ができるはずがない。


人は、それまでの栄光や幸運、高い地位や環境から突き落とされた後、自分自身の欠点や短所と向き合わざるをえなくなる。なぜ、向き合わなければいけないかというと「そうしなければ生存していくことが危ぶまれる」からだ。シンプルに言うと「生活ができなくなる」からだ。弱さと向き合うというとてもタフな行為を、カメラの前に勇気を持ってさらけ出していただいたしくじり先生方にはどの角度からも頭が上がらない。


枠があっても、「はみ出しちゃおう!」と思う人もいると思うんですけど、僕は枠があれば気をつける人間なんです。でも本には枠がない……というか、大きい。だから本に対する信頼が、高校時代くらいからずっとあるんだと思う。マイノリティーからマイノリティーにしか伝わらないようなことも書いてあるし、本当に多種多様。こんなにいろんな考え方を受け入れる媒体って、やっぱり本なんじゃないですかね。


キューバの記憶は、ものすごく強く残ったんですよね。別に僕は普段記憶力があるほうでもないんですよ。ここ1週間のうちにあったことは、全部忘れてますから。交通事故を見てしまったらいつまでも忘れられないのと同じで、脳への刺激が強いものは忘れられなくなるのかもしれない。キューバにいたのは、正味3日なんですけど、その3日で何年分かのことを感じたような気がします。子供の時って1日が長いじゃないですか。その感覚もちょっとありました。脳への刺激が強いと、1日が長く感じることにもなるのかもしれない。


お笑いにもポピュリズムのようなものがあって、ちょっと前だったら「ハロウィン」今だったら「インスタ映え」なんかを冷笑・揶揄すれば笑いが起こりやすいという面もある。でも、「出待ちでぼくの著書を手に待ってくれているような人たちのためにも冷笑の笑いは違うのではないか」と思い始めた。それからは、ゴルフを始めたりキューバやモンゴルやアイスランドに一人旅に行き始めた。新しい趣味のプロレス観戦には、それこそ冷笑の対極にある熱さを教えてもらった。


若林正恭の経歴・略歴

若林正恭、わかばやし・まさやす。日本のお笑い芸人、司会者、俳優。東京都出身。東洋大学文学部卒業。春日俊彰とお笑いコンビ「オードリー」を結成。