糸井重里の名言

糸井重里のプロフィール

糸井重里、いとい・しげさと。日本の経営者、コピーライター、エッセイスト、タレント。「ほぼ日」社長。群馬県出身。法政大学文学部日本文学科に入学。学生運動に参加するも、内部抗争が嫌になり大学を退学。その後、アルバイトをしながら宣伝会議のコピーライター養成講座に通ったのち、デザイン事務所サムシングに就職。同社在職中にTVCFアイディア賞で銀賞・金賞を受賞するも倒産したためフリーとなる。主な受賞に宣伝会議賞、東京コピーライターズクラブ新人賞・特別賞、東京アートディレクターズクラブ賞、谷川俊太郎賞、伊丹十三賞ほか。作詞家や声優、そのほか幅広い分野で活動した。

糸井重里の名言 一覧

ほぼ日のやり方は、「どうすべき」という目的意識が前提ではなく、「どうありたいか」という動機や望みを徹底的に議論するところから始まる。


収増益を続けるためには、自分たちがやりたいと思えるような、さらに新しいことを生み出す必要がある。


ゼロの状態から、自らの手で新たな価値を生み出せれば、めちゃくちゃうれしいですよね。自分も周りもうれしいという状況に、成長のきっかけがあります。


ずっと前に「魚を飼うことは水を飼うことだ」と、書いたことがあります。水が魚を飼うのによい状態になっていれば、魚は自然にうまいこと生きていけます。


自分の意見が方向転換させられたときこそが、組織にとって、「一番いい方法」にたどり着く兆しだ。本当は、そういう話し合いが一番クリエイティブで面白いはずだと、ぼくは思ってきた。


作り手は作り手の誇り、買い手は買い手の誇りがあれば、作り手は買い手を満足させたいと必死になるし、買い手は作り手と商品を育てたいと思うようになる。そんな相互関係が築ければ、息の長いビジネスになると思う。


根っこに「頑張れる理由」がある方が前進しやすくなる。


やりたいことをやり、言いたいことを言ったほうがうまくいく。たとえ相手が喜ばないことでも、言いたいことを言う。


苦しさとうれしさは紙一重。楽じゃないですよね。休みなしに働いている感はありますし、休んでいる時も何か考えている。


時価総額が上がるのは結果であって、それが目的じゃない。


いつの時代でも喜んでもらえるかどうかが、ほぼ日が事業を手掛ける基準。周囲の環境に影響されない、おいしいや美しいといった、人間が本来持っている基準。


会計帳簿に反映できないことを、僕らは山ほどしている。


「なぜやりたいのか」という動機が途中でなくなっている人は、次に何をすべきかというアイデアも出てこない。


大事なのは、アウトプット(実践)の回数を重ねること。そうする中で失敗も経験するでしょうが、そこから学んで次につなげられることはたくさんある。


自分自身が本当に満足する商品は何かと、頭が痛くなるぐらい考えなければ、顧客はお金を出し続けてくれない。


僕らはどんな仕事も、心配よりもやりたいという動機を大事に動いてきた。


自分たちが本当にやりたい、面白いと思えることを大真面目に追求したコンテンツや商品、イベントだからこそ、周囲から支持していただいている。


何が正しくて何が間違っているかなんて、本来、誰にも分からないこと。


生き残るブランドを作るためには、この商品ならではという要素が欠かせない。


何でも最短最速がいいとは限らない。


書く癖を絶対身につけた方がいい。アイデアは書けば書くほど次のアイデアにつながる。バージョンアップする。


自分の考えや感じたことを文章化すると、それまでもやもやと逡巡していた自分の思考がはっきりしてくることがある。


楽しんでいるからこそ、いい仕事ができる。


オンもオフも明確に分けることなく、「仕事」と「遊び」のあいだに、いい意味での「公私混同」があることが大切だと思う。


僕は、商品や物販もモノの形をしたコンテンツだと考えています。書籍は紙を買っているわけではなく、中身や内容を買っています。すべてのものが楽しむためのコンテンツなのです。


バイアスがかかったままでは、思考も判断も真実から離れ、ねじれる危険性がある。


しっかり腰を落ち着かせて、「事実をきちんと知る」ことが大事。


「虫歯をなくそう」だとか、「風邪をひいたら休め」だとか、「とにかく健康でいましょう」だとかね、子供に言うようなことを、言い続けているのです。いざというとき「ここで無理しようぜ」という余裕を残しておけるのも、健康あればこそですから。


最初からプロジェクトが用意され、担当部署も決まっていて、上司の指示を部下が実行する。そんな仕事だとすべてが決め事になるでしょう。決め事になると楽なんですよ。楽しちゃうと頭が休んじゃう。


「人がうれしいことって、どういうことか」。とにかくこればっかりを、しつこく考える。逆のいい方でもいいんですよ、「じぶんがうれしいことって、どういうことか」。たぶん、それがぼくらの最大で唯一の仕事です。


僕の経験だけで動いていてはいけないし、ほぼ日にも変化をもたらすことが必要だと思います。ほぼ日とは全く無縁だった世界の人とつながるとかね。ほぼ日に新しい血を入れることで、僕が考えつかなかったことが起こるかもしれない。


プロジェクトを進めるために何よりも大切なのは、トップが「現場に立って」動くこと。


オリジナリティーあふれるブランドに育てるには、お客さんに「ここは頑張って力を入れたよ」とアピールできる目に見える要素も必要。


次の仕事を考えながら今やっている仕事に取りかかることが大事。どんな仕事でも、「今の仕事は次の仕事の予告編」という気構えで取り組むと、本来の動機を見失うことなく、進んでいける。


ビジョンが描けていれば、動機もなくならない。外野から口出しをされても揺らぐことなく、予想外の出来事が起こっても本来の目的を見失うことなく、我慢強く進んでいける。


誰もやったことのないような仕事を成功させるには、やはり「やりたい」という動機が大切。なぜやりたいと思えるのか。それは、実現した時のビジョンが見えているから。


僕がほかの人にはできないような発想や話をできるのは、自分の思考や経験を紙に吐き出しているから。それが僕の仕事になっている。


ユーザーの声は大切にしています。でも、何でも聞き入れるわけではありません。


シンボルマークをつくれば、何よりも当事者がうれしいし、参加者にも伝わりやすい。


面白そうと思った周囲の人は、そのアイデアに乗っかりたがる。つまり、楽しいところを攻めれば、実現するスピードも速まる。


僕は自分の思いの丈を発信できるメディアを持っているだけよかった。それがなければ、手帳に自分の感情をひたすら書き綴っていたと思います。


最良って何だろうと考えたとき、その道には失敗があるかもしれません。それでも進まなければならない。


スタッフには、「自分たちが、まず消費者であり、第一のお客さんなんだ」と繰り返し言っています。


商品開発について考えてないわけじゃないけれど、考えてないに等しいかもしれない。ただ、僕はユーザーとしての練習は絶えずしています。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」創刊時は、そこでモノが売れるとは考えていなかったです。ただ、最初からインターネットはビジネスになるとは思っていました。銀座の4丁目の角に自動販売機を置いたら、それだけで食っていけますよね。おでん屋でも花屋でも何でもいい。重要なのは銀座4丁目にあるということです。大事なのは「人のにぎわい」。人が、その街に行きたくなる理由があるかぎり、何をしたらよいかわからなくても、食う道はあると思っていました。


「何か言ってごらん」と促されて言うことと、本当に感じていることとは、別なんです。見極めが難しいけれど、本当に感じていることでないと意味がない。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」手帳も「自分が欲しい」が動機ですね。手帳に満足した覚えがなかったですから。
【覚書き|同手帳は年々改良され年間46万冊売れるまでに成長した】


売れるものなら何でも売りたい、というわけではなく、僕にとってはTシャツを販売することも、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で文章を書くことも、同じことなんです。商品も読み物も、すべてコンテンツ。やりたいことしかしたくない。


いま世間で「ラジオ体操をしよう」というメッセージの本が40万部を超える人気になっています。ラジオ体操はいいに決まっている。だけど、なぜしないのか。腹巻きと同じで、「格好悪かつた」からです。だったら、格好悪くないものを作ればいい。


僕がいつもしている「「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」ハラマキ」も、僕自身の強い動機から生まれたものです。11年前に販売を始めたのですが、今では、ほぼ日の主力商品にまで成長しました。今日も着けています。ほら。ある友達が「だまされたと思ってしてみて」とくれた腹巻きがきっかけでした。僕はお腹を壊しがちなところがあったんですが、着けてみたら本当に調子がいい。だけど、らくだ色の冴えない感じですから、ボロボロになっても、新しい物を買う気にならなかったんです。だったら、格好悪くない腹巻をつくればいいと。


僕の理想は、国でいえばブータンのような会社なんです。小さくても、国民総幸福量という独自のコンセプトを打ち出して、存在感を示している。「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」も同じで、売上や成長率はちっぽけでも、多くの人にいい影響を与えることができたら、と考えているんです。


週に1回1時間ほど、「こういうことを考えているから知っておいてほしい」ということを話します。彼ら(社員)が僕と話をする機会はしょっちゅうあるので。その場で意見を言えというリーダーもいますよね。でも、そういうのは得意じゃないんです。すべてをわかっていない状態で、今聞いた話に反応できるほうがおかしいと思っているので。


プロジェクトは会社が用意するのではなく、社員が自立的に手をあげてやります。決め事になると何でも楽なんですよね。しかし、楽をすると頭が休んでしまう。頭が休むとアイデアは生まれません。さらに、アイデアがないと周りを巻き込めないから、やる仕事がなくなります。


他の会社さんから提案が来たら、お会いするようにはしています。ただ、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」には「約束3原則」というのがありまして、それを基に動くようにしています。(1)できるだけ約束をする、(2)できる約束だけをして、守る、(3)守れなかったら全力で謝る、です。これにおまけとして、「頼まれたことは、こちらからお願いしてでもしたいことかどうか、1日置いて考える」がつきます。ですから、企業からのお誘いも、こちらがお願いしてでもぜひやりたいことかどうか、よく考えて返事をします。


ニュースは熱を帯びるでしょう。でも熱を中心に動機を集めると危ない。すぐ冷えますからね。「熱」と「冷」の間に「温」があって、ほとんどの人は「温」のゾーンにいる。「温」の状態が快適だから人はそこにいたい。「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」も、その「温」でいきたいと思っています。


商品に関する読者の方からの要望は、全面的には聞かなくても「これ面白いので見てみてください」といった提案はよく聞いているんです。ある本が面白いと聞けば、すぐに買って読む。「みんなにこの本を読んでほしい」と思ったときや、「この人を知ってほしい」と思えば、「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で紹介します。商品もそう。よそのものを売るのに全力になる会社って、あまりないんじゃないかな。でも僕らはいいなって思ったら、おカネになろうがなるまいが一所懸命手伝う。そうやっていると、やがて面白いことが生まれるんじゃないかと思っているから。


もともと商品開発に自信はありました。同時に、1ヵ月に1個、新商品を出せと言われたら絶対できない自信もある(笑)。でも、それでいいと思うんです。商品開発のプロじゃないから構わない。


こういう商品を作ってほしいとか、この商品をこう改良してほしいというご意見は、なるべく聞かないようにしています(笑)。もちろん、お客さんのご意見は聞きますが、モニターとして意識しすぎると、「あぶはち取らず」になってしまう。だから、意識しすぎないようにしています。アンケートも当てにしすぎるといけません。どうしても「考えるために考えた」アイデアが入りますから。


「永久紙ぶくろ」という、ジッパーもなければ間仕切りもない、長方形のナイロン製の袋も、僕自身が欲しくて作ったものです。90年代の半ば、釣りばかりしていた時期があって、そのときに餌の袋だとか、いろんなゴミを放り込めるような袋があれば便利だと思った。商品としては、人に差し上げられるくらいの、ちょっとした袋に発展したのですが。ビニール傘に近い発想でした。


僕は、世の中がデフレになりかけた時期に、「安い、安いでいいのかしら」という百貨店の広告を作ったことがあるんです。このときにはすでに広告コピーまで「安い」が最も効果的な言葉になってしまっていました。けれど、「安い」ことが一番の価値なら、広告をするより値段を下げたほうがいいし、そうした「安い」を追い求める流れが、いい流れのようには思えませんでした。「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」で最初のTシャツを作ったときも、たくさん作ったことで原価は安くなったけれど、安さで勝負する気はなく、やっぱり動機が大事だったんです。仲間と一緒に着られるTシャツを作りたい。その時に、買ってくれる人がいると原価が下がるから、よかったら買いませんか?というくらいの気持ちでした。そしたら、欲しいと言ってくれる人がけっこういた。3000枚売れたのですが、まさかそんなに売れるとは思っていませんでした。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」は、最初は事業だとも思っていなかったですから。広告の仕事をするなりゲームを作るなり、我慢してでも稼いで、そのおカネを入れれば回っていくだろうというくらいに考えていました。当初は「芸能人のレストラン」みたいな、中途半端なところがありました。


「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」が大切にしているのは、「やりたい」という気持ち、つまり動機なんです。僕はもともとコピーライターで、そのときの動機というのは、表現力を発揮したいとか、お客さんである企業の役に立ちたいとか、いろいろありました。でも、企業や元請けの広告代理店の事情が優先されて、自分の動機とは重ならなくなるときがあるんです。だから、自分が決裁できる、自分で決められる仕事をやりたいと思って始めたのが、この仕事なんです。


よそのインターネット会社が何をやっているかを考えないで始めた会社ですし、今でも、ほかとどこが違うのか、考えることをしていなんです。もともと「ほぼ日(ほぼ日刊イトイ新聞)」は、僕の「やりたい」思いというより「やりたくないことをやりたくない」思いから始まった事業ですから。


「専門家に聞かない」というのは、イノベーションへの道の1つじゃないかな。経験豊かな専門家の不在は、スピードは遅くなる分、想像力を使うので、面白さは増すはずです。


プロジェクトに協賛していただくためには、企業が協力したいと思い、「それならお金が出せる」というアイデアを、こちらが考えて用意する必要がある。


ほぼ日手帳は「自由に使いなさい」がコンセプトで、それが多くの人に受け入れられている。でも、使いこなせないというお客さんもいるんですよ。僕が白紙でもいいんじゃないと言うと、皆安心したような顔になる。それだけ流れゆく時間をムダにしたくないという人が多くて、書くことの意味が大きくなりすぎているのかもしれない。


僕らのやっていることは標的を絞った狩りではなく、農業なんです。荒れ地も農地。石をどかせば、そこで枝豆を作れるよというのが農業です。今までは水と太陽で育ってきた、天然の成長です。最近ようやく、農作業をやりながら発電もできるじゃないかとか考えるようになりました。


上場前は、アイデアを思いついても「いつかやろう」と先延ばしにする部分があった気がします。でも上場したことで、「いつやろうか」と考えるくせがついた。チャンスが巡ってきたときに、その運を見失わないために起きていなきゃなと思っています。


震災以降、僕らはいつもより2~3割増しで働いてきましたが、やっぱり気を抜くと停滞します。食べていけない職業も出てきた昨今、うちだけが大丈夫だと言えるはずがない。「この事業は食べていけるかどうか」。そんな問題意識を持ちながら仕事に取り組まなければと思っています。


いわゆる仕事のできる子たちが集まった集団がそつなく手がけた仕事と、才能や実力が真ん中より少し下の子たちが一生懸命にやった仕事は、案外、差がないと思っています。弱点があっても、一生懸命に頑張ることが重要なんです。


僕は弱点を大事にした方がいいと思っています。例えば、「観光」というテーマにおいて、山奥という立地は、通常の価値観から言うと弱点になります。でも、「星がきれいだからわざわざ行きたい」という価値にもなります。不便なことを弱点ではなく、個性と呼べば、その価値が分かりやすくなるでしょうか。


僕は、バンドマンが観客を呼ぶために工夫するのと同じようなことをやってきました。ミュージシャンが最初にギターを習うとき、ギターでどう稼ぐかではなく、「どういう音楽をつくりたい」「どういう演奏をしたい」といったことを真っ先に考えると思います。利益や売上、顧客の価値について考えるのはずっとあとになってからだと思うんです。たぶん僕も、「まず音楽がつくりたかった」というミュージシャンと同じような感覚で経営してきたと思います。


僕はただ、「こうしたら人が喜ぶんじゃないか」「こうしたら自分が気持ちいいんじゃないか」と思うことを中心にやってきたんです。


僕のやっていることにユニークな部分があるとしたら、「本当は誰も、働きたいなんて思ってないんじゃないか」という疑いから組織のあり方や仕事の仕方を考えてきたことです。そして、この点に秘密があるんじゃないかと考えています。


僕は「仕事をするのが嫌」というのが前提としてあるんです。小さいときから会社に勤めるのが怖くてしょうがなくて。夢に見るほど嫌でした。「何時から何時まで会社に来い」と言われて喜んで来る人がいるとは、僕はいまも思っていません。皆いつでも「どこかに遊びに行きたい」と思っている。そのことを前提に組織や仕事のあり方について考えてきたというのが本音なんですね。


「ほぼ日刊イトイ新聞」は「酔狂なコピーライターがやっている遊び」と見られがちですが、この先もずっと企業として社会の中で存続していきたい。だから客観的に自分たちの個性を評価してくれるところを探していました。
【覚書き|ポーター賞に応募した理由について語った言葉】


お客さんにたくさんの仕事をさせた商品ほどよく売れる。例えば、大雨の中、僕はある演劇を観に行きました。傘を差してもズボンの裾が濡れてしまって不快に思いながら、何百人ものお客さんが傘を手に会場へ向かう光景を見た時、ここまでお客さんに仕事をさせるこの演劇の力は素直にすごいなと感心したんです。お金を支払う側に仕事をさせてしまう商品力、それは一体何なのかと。


生産者側の僕らの仕事は、「お客さんは何をうれしいと思うか」を一生懸命に考えて具現化すること。うれしいと思ってくださって多くの支持を得た商品ほどよく売れます。


仕事そのものが大好きという人はいないというのが僕の持論。その仕事のおかげで「人に喜んでもらえる」「ご褒美がもらえる(評価、お金、栄誉など)」「自分の可能性を広げられる」「自分が楽しい」という4つの要素が欲しいからこそ、モチベーション高く仕事に打ち込めるのではないかと思うのです。


「僕が売ったら売れますよ」というやり手の営業マンは、ほぼ日では要らないんです。現に、ほぼ日は、書籍以外は営業担当がいません。それは、「商品自体が営業マン」と考えて作っているから。


心配性の僕は企画を成功させるに当たり、「こうはならないようにしようね」という考えをメンバーに伝えます。それは僕の経験則から出る言葉ですが、例えば、「うまけりゃうれるべ市。」では、「売ることが目的だけど、それを目的だと思いすぎてはいけない。おいしくなかったら売れないよということを、最初から分かっておかなければいけない」と乗組員に伝えました。


僕は経営者として、経験という地図を持って進むべき道を考えている。当然、そのチャレンジが失敗した時の影響も考えています。そのために借金も作らずにこれまでやってきた。だから、そこそこ無謀なチャレンジをしても、ほぼ日の46人の乗組員の生活は、2年は大丈夫ですと言えます。


人を育てるときに、僕は手取り足取り教えたくはない。仕事のノウハウを人から教わるのは簡単です。マネをするだけで、それなりの仕事はできてしまいます。だけどそうやって、みんなが優等生になってもつまらない。自分で考えることで得られるものこそ、成長につながると思うんです。


「覚悟の形が柔らかい」と、思いもよらぬ状況に陥った時にも幅広く柔軟に対応できる。強い力で束ねると身動きが取れず苦しくなり、結果、いいものが生み出せないもの。


気仙沼ニッティングは、零細企業ながらも世界中が知っている企業になるようなブランド力を少しずつ育てています。それが長く続くビジネスになるとも考えています。


いい状態で仕事をするためには、健康も大事。僕は、気になっていることをそのままにしないようにしています。この前は産業医の先生に「本当に物忘れがひどくて」って相談したら、脳ドックをすすめてくださったので、すぐに受けてきたんですよ。何にも異常はなく、健康だってわかりました(笑)。体調が悪いのは、体のせいじゃなく、自分のせい。体を言い訳にしないことです。


リフレッシュは京都に行くこと。食事の予定を入れたり、本を読んだり、リゾートでやるようなことをするんです。今は2、3カ月にいっぺんくらいの頻度で行っています。滞在は短期だと2泊3日、長期だと一週間くらい。そういうときこそ考えられることがあるので、仕事の道具は一式、一応送る。けど、たいてい仕事はしません。でも、実はそのときに生まれているアイデアってものすごく多いんです。


生産力を最大にするのって、僕、夜中なんですよ。夜の10時くらいから、ベッドに入る4時30分くらいまでは、一人になれる。その間にDVDを観たり、犬と遊んたり、ジャムを煮たり……。その足し算が僕を決めている時間であり、僕が生きている時間なんでしょうね。


スケジュールは、秘書から毎日メールでもらっています。日ごとに更新されていくので、毎日の予定をちゃんとはつかんではいません。でも、そのくらいがいい。スケジュールを把握していると上手にやろうとして、力の入ったスイングばかりになっちゃうというか。やっぱり何があっても、「はい」ってスタートできるようじゃないと、たくさんの仕事を動かせないんですよね。


僕は、自分たちで作っている「ほぼ日手帳」は完全にメモ帳として使い、日々食べたものや観た映画とか考えことを記録しています。そうすると、「あのときこうやったな」「一昨年のあれ、今なら実現できるな」とか考えることができる。


僕は毎日寝る前に腕立て伏せ50回、腹筋20~30回、それとスクワットをやっています。「しまった」っていう写真を見てから一念発起したんです。朝晩には体重計にも乗っています。50グラム単位で量れるものを使っているから、効果が目に見えるし、ゲーム感覚で楽しくなる。長続きするコツかもしれません。


「誰々に会う」「どこどこへ行く」というスケジュールは他人のものです。「スケジュール表が真っ黒」って言い方がありますが、他人のもので埋め尽くされてしまっているので、それを続けているとおかしくなってしまう。


現場で体を使って初めて学べるものがある。教科書を読むよりも問題集を解いた方が成績が上がりやすいように、何かを始めるには現場で体を動かしながら地元の人の声を聞き、物事を進める。それは、何かを始める一番の近道だと痛切に感じます。


似たような商品やサービスを考えている人は世の中にたくさんいて、そんな中で「似ているんだけど違うもの」だけが生き残っていく。その「違うもの」はすぐ真似ができてしまうものではダメ。


長い助走は真似のしにくいオリジナリティーの創造につながる。オリジナリティーを生み出すには、「目に見えにくい要素」が必要です。例えば、協力していただく方との出会いや、相手をよく知り、自分たちを知ってもらう時間。一緒にお仕事をしていく中で交わした言葉や、考えの変遷など。このような属人的な要素が数多くあった方が真似がしにくいストーリーが生まれ、結果、強固なブランド力につながります


ビジネスの現場では、進行が速いと何もかもうまくいっているという成功イメージを持たれ、進行が遅いと何やらうまくいっていないと判断されがちです。でも、前例がない事業を進めるには、「ここは急がず、時間をかけましょう」などといった感覚が大事だと思っています。


仕事道具に関しては、皆「使いこなしたい」と言い過ぎる気がしますね。使いこなさなければという義務感になると手帳の奴隷になり、毎日が楽しくなくなるんじゃないかな。


被災地から発信するからどんなものでも売れるわけではない。厳しいことを言うようですが、最初は同情で購入してくれたとしても、それは長く続かないんです。やっぱり人は満足するものにお金を払いたいから。


自分たちが考えたことが正しいのかどうか、確認する時に初めて他社の商品を見ればいい。作る前に横を見れば、他社と同じような形式の枠にとらわれてしまい、面白い発想ができなくなります。形式が思考を決定するんです。


ひとつ大きなチャレンジをすれば、達成感や充実感を体感できる。「あの時は大変だったけど楽しかったね」「やればできるもんだね」と、笑いながら皆で口々に言い合える。


僕は実は昔より今のほうが働いています。それは楽しくて仕方がないから。働くことは大変だとか、仕事をナメちやいけないとか、生きていくためにお金を稼がなきゃいけないとか言う人が僕の周りにもたくさんいたけれど、僕はそうは思いません。働くことは、やっぱり楽しい。大変なことも難しいことももちろんあるけれど、それでも面白い。それが今、一番伝えたいメッセージなのです。


やっぱり、人間に余白は大切です。多忙な人に休養が必要なように、予定にやたら盲従せずに、立ち止まって自分を見つめる時間を一日のどこかで持ってほしい。


ほぼ日手帳は、予定のための手帳というより、過去を振り返り、そこにいる自分を眺める手帳という性格が強いと思います。考えたこと、感じたことを記録するから、そこに持ち主の人間性が表れるんです。


宣伝費をかけるよりも、信頼される会社として世の中に認知された方が、企業イメージは高まり、消費者の購買意欲につながるケースも増えている。


長いスパンで見た時に、目先の利益や結果だけを求め、売ることが目的になった商品やサービスは、必ず顧客を落胆させる。それはどのビジネスでも同じ。


「うまけりゃうれるべ市。」では、実際に僕たちが試食し、味はもちろん、お薦めできるポイントはあるかなど、毎回厳しい吟味を重ねています。


僕らは「このツールなら失敗しない」「失敗後の予想がつく」ことを選んでやっています。これが失敗すると倒産するという内容じゃないから、あまり怖くない。もし失敗してもプロセスが面白かったならそれはプラスですし、次は失敗しない勉強にもなる。


プロジェクトを育てるには、1つのモデルケースを作って進めることが非常に大事。新規事業はモデルがないと、本気にされにくいですが、具体例があれば、次につながる話ができる。


理想は、誰かに役立つようなやりがいと利益が矛盾なく結びつけばいい。こうしたテーマの追求こそ、今後の企業のあり方を示唆するように感じます。


人が喜ぶことをテーマに働くことはお金になる仕事ではないかもしれないけど、やりがいを持って働き続けるために必要な仕事なのではないかな。それを選び取れない仕組みの世の中が何か間違っているのではないか。


さほど儲からない仕事を混ぜられるのは、普段の業務でしっかり利益を出しているから。利益をきちんと出しながら、やりがいのある活動もできることこそ、今後の「企業」のあり方であり、多くの人が望む働き方。


企業文化、DNAを本当に根付かせるには、一つ一つの仕事の中で刻みつけていくことが大切。ある仕事の中で、これはいいよれ、あるいはこれはダメだねということを繰り返すことで、いい悪いの基準を共有していく。これを日々行っていくことで、ほぼ日らしさが未来につながっていくのだと思います。


ほぼ日手帳を作って分かったのは、これは半完成品だということ。買った人が好きなように書き込んで、1年たって完成品になる。そして自分の使い方を人に自慢する。こういう使い方があるのかと、お客さんに教えてもらいました。今では61万部が売れ、海外のファンもたくさんいらっしゃいます。


偉くなると、腕組みをして椅子にでーんと腰かけ、面倒なことは部下にすべてやらせればいいみたいに思っている人がいるようですが、実は社長が一番「小間使い」しなければいけない。


事業を成立させるには僕らなりのリサーチが欠かせません。できることとできないことを分析する。何が足りていて何が都合がつかないかを、一つひとつひもといてみる。そうした作業を進める中で、僕が考える計画の実現は割と難しくないことが分かってきました。


同じ商品が大量生産される時代だからこそ、「手編み」という手作業に付加価値がつく。多少値が張ってもオンリーワンを欲しがる市場は必ずある。


生産者の心が躍っていれば、商品は消費者の目に魅力的に映る。例えば、ほぼ日手帳のカバーも、「自分ならこんなものを持ちたい」という作り手の思いから始まっている。お客さんが手に取ってくださるのはその思いを丁寧に伝えたから。作り手のわくわく感は商品作りには欠かせません。


僕は何より消費者の目線が大事だと考えていて、「消費者は何を欲しがるか」「自分が欲しいものは何か」という視点から市場を見つける。さらに言えば、市場の動向より人の心を見ることの方が大事。よく観察すると消費者は生産者にサインを送っているわけです。でもその「消費の心理」は作り手の心が躍らないと見えてきません。


「しかし、こういう事実があるから」などと言い出せば、全体のバランスを取ることばかりに気を取られアイデアはなかなか形になりにくい。理詰めの思考は、時にアイデアを潰してしまうことがある。


新しい仕事を始める時は、様々な壁が立ちはだかります。それは、参考にする前例がないことへの戸惑いなどから生じたりするわけですがそこを突き破るには、やはりアイデアが必要で、「それ面白そう!」と思ってもらえる企画を立てなければいけない。


「何も知らないよそ者がうっかり進めちゃった」ということが、何かを変えるエネルギーになったのではないか。


地方へ行くと、「水と緑の美しい○×町」と書かれた看板をよく見かけます。それは、海と山さえあればどの場所でも言えることで、看板を掲げても意味がない。水と緑の町がどう魅力的なのかを知って初めて視線は集まるんです。ハワイやバリも、海や自然という「財」を素敵に見せるからこそ、皆が行きたいと思うリゾート地になる。


以前なら「俺はこの会社をつぶすぞ」ってわがままも言えたかもしれないでも上場準備の過程で、それは無理だと気付いたんです。ほぼ日は読者や顧客も含めた組織です。自分でも意外なくらい、顧客のことを考えるようになったんです。まさかこんな人間になるとは思わなかった(笑)。上場によって、僕の会社ではなくチームの会社にやっとなれました。それが喜びを持って迎えられたことは、すごくうれしいですよ。重たくもあり、誇らしくもあります。


大げさな言い方かもしれませんが、(ほぼ日の事業で)共通するのは肯定感でしょうか。同じものを見て面白いと肯定するか、悲しいと否定するかは人それぞれです。僕自身は否定感を抱えている人間なんですが、振り返って「生まれてよかった」と言える人がいる社会の方が、少なくとも他人を幸せにしますよね。だから、その肯定感につながるものを提供するというのが、ベースにある気がします。


成長は当然したいですよ。あめ玉を売る会社が「世界中の人がこのあめ玉をなめたらすごいぞ」と意気込むように、誰もが自分の会社が何百倍もの規模に育つことを想像している。でもビジネスでは、逆の事態もあり得ます。あめ玉のせいで病気になる人が出てくるかもしれない。軽々しく時価総額が何倍になりますとか、支店を100出しますとか言えませんよね。だからちょっと静かに考えませんか、と思うんです。


これまで以上に、仕事のことは考えています。ドラッカーで言えば、「顧客の創造」についてですよね。私たちは、何によって社会に憶えられるか、です。「あんたらがいて、よかったわ」と言われるチームに、ますますなっていきたいものです。僕ら「たいしたことないもの」なりに、働く気は、いままで以上に湧いていますからね。


楽じゃないようにしておけば、人は必ずジタバタします。ジタバタすると波紋が起こるんですね。で、波紋が起こるとそれに巻き込まれる人が出てくる。巻き込まれた人が一緒のチームになって、プロジェクトとして動いていく。与えられた仕事じゃないから、みんな必死に考えて、もがいて……。そうやって生まれたものこそ、面白いんです。


どんな仕事でも、仕上がりの絵は想像できても、それを使ったり、参加したりするお客さんの姿までイメージできている人は、案外少ないのではないでしょうか。ほぼ日の社員は、そのビジョンが割と共有されています。だから、イベント会場を選ぶ際も、「ここで開催するとお客さんは喜んでくれるかな」とか、「少しイメージと違うからほかも探してみよう」という迅速な判断に結びつく。


面白かったという体験を共有してほしい。3月に六本木ヒルズで「生活のたのしみ展」を開催しました。僕たちが、「こんな商店街があったら楽しい」という街をつくったのです。いらしてくれたお客さんには、「ほぼ日は面白いことやってるね」と思ってもらえたのではないでしょうか。これが一番の差別化です。ほぼ日がやることなら面白いはず、そう思ってもらえる商品やイベントを提供していきます。


若い頃は、つまんないものでも俺のコピーで売ってみせる、という思いがありました。でもそうじゃないんですね。誰がコピーライターでも売れる商品を作るべきで、広告はそのお手伝いにすぎません。本物以上に見せてはいけないのです。ですから「ほぼ日」のキャッチフレーズは、広告屋が作ったとは思えないものになっています。そしてこれは会社についても同じで、「うちの会社はこんなにいい会社です」ということは言いたくない。言葉ではなく、その中身をよくしていきたいと考えています。


スタッフ用のTシャツをつくろうとしていたら、「それ売れるんじゃないですかね」と言ったやつがいて、やってみたら、2300円のTシャツが約3千枚売れました。この780万円が、ほぼ日の最初の売り上げのようなものです。これは二重の意味でうれしかった。自分たちのためのTシャツがほかの人にも支持されたとい喜び。そしてお金が入ってくることの喜びです。以来、様々な商品を販売してきましたが、基本的にはこのTシャツと同じように、自分たちが欲しい、必要だ、というものをつくり、それを売っています。


もし広告を入れたら、そのための営業が必要になってくる。そして恐らくスポンサーは条件をつけてくる。そのやりとりをする自信が僕にはなかった。自分たちのやりたいことをやるために始めたのに、やらなければいけないことに変わるだろうなと。自分自身、広告屋でしたが、過去に広告によって駄目になるケースも見てきたので、過剰に考えたんだと思います。広告を入れることで自分たちが主語でなくなることが怖かった。

【覚え書き|ほぼ日刊イトイ新聞に広告を入れなかったことについて】


事業を存続するには、自分たちが社会を見る目と社会が自分たちを見る目が重なり合わなければなりません。この視線をキープするというのはなかなか大変で、一時的な情熱だけでは続きません。僕はこれまでに、一世を風靡しながら消えていった人たちを山ほど見ています。その原因はやはり視線がキープできなかったから。続けるにはそのための仕組みが必要です。


上場して変わったことは責任感の重さですね。これまでだって責任がなかったわけじゃないですが、その心が分かるようになりました。本当にずしんとくる重さです。言い方を変えれば、自分でやっていることを鏡で観察するようなものです。ほんとに大丈夫か、行くべきか行かざるべきか。そういうことを今までより一段ディープなところでとらえるようになりました。これは予想以上でしたね。


株価については考えないようにしています。自分で決めようがないですから。上場による変化は自分が一番知っています。今何をやっているのか、何に苦しんでいるのか、何がうれしいかを自分は分かっているけれど、株価はそれとは全く関係ないところで動いている。ですからあまり気にしない。高いからといって喜び過ぎないよう、低いからといってドタバタしないよう、心掛けています。


今年は残すところ2か月ちょっとだけれど、特別な年だったからこそ、書くことを義務にしてみてもいいんじゃないかな。毎日10分手帳と向き合うとかね。白紙と対面すると「あ、俺って意外と何も考えてないな」って思うかもしれない。それも気づきなんですよ。白紙を見ている自分は白紙の自分なんです。1日ずつ日々をしっかり相手にすることを素晴らしいと思える、そんな年になるかもしれません。


手帳には、たとえば読んだ本の一部を写すというのではなく、読んで何を思ったかを書くことが多い。鑑賞した映画もそうですね。しょうもないと思っても、何がしょうもなかったのかを書く。ポイントは、そのしょうもなさの中にも何か刺激があったかどうか。あとは僕は常に何か考えているので、思いついたことを書き留めています。それがコラムのネタや商品アイデアになることが多い。


東日本大震災後、手帳は空白になりました。何も書けなくなってしまった。僕の予定は社員が管理してくれるので、もともとギッシリ書くタイプではなかったし、空白の日もありました。3.11以降はアイデアを書き留めるどころではなくなりました。自分のために何かを記す余裕が全くなくなった。あの日以降、毎日の記録をし続けられなくなった人は、僕以外にもたくさんいると思うんです。後で見返した時に、白紙が続くという状態も含めて手帳なんです。


ミスは、ある確率で起こるに決まっています。そのときの気持ちが真剣であろうがなかろうが、さんざん練習したことであろうが、起こります。起こしてしまったミスを、くりかえさないようにするのは、その場で、いま、やれることではありません。だとしたら、次の手について考えるのがやるべきことです。起こったことを怒っている暇はないんですよね。ミスは悪事じゃない。ミスはコストだ。これは甘さとか厳しさの問題じゃなく、育ちながら戦っていくチームの正しい姿勢ではないかと、僕は見ています。


僕ら、ひとりずつのフリーの仕事じゃなくて、会社という集団のかたちで仕事をしていることで、しみじみ助けられています。考え込むんじゃなくて、「つながりながら動く」ことが、チームの仕事ではとても大事になります。もし、いま、僕が昔のようにフリーでやっていたら、できもしないことや、考えてもわからないことを、ずっと何週間も考え続けていたかもしれません。「棚卸し」とかね、とても具体的な仕事があって、ほんとによかったなぁと思っています。


「じぶんのリーダーは、じぶんです」と、急に僕は思って、そう書きました。「じぶんというじぶんのリーダー」は、平和なときには、眠っていてもよかったのです。誰のせいにするのでもなく、覚悟し、選択する。じぶんのリーダーとして、じぶんの判断をするわけです。ひとつ強くなった人が、次の時代には、いままでの何百倍も増えてると思うんですよね。「じぶんのリーダーは、じぶんです」と、急に僕は思って、そう書きました。


売上高や利益率や従業員数や資産という既存の尺度で測れば、ほぼ日なんて本当にちっぽけな存在です。でも僕は、ほぼ日の価値はそこにはないと思っています。いかに多くの人に影響を与えることができるか。「よく売れたものは、より多くの人に影響を与えることができたと考えよう」と特には話をしています。そこにこそ、ほぼ日の価値がある。


ネガティブな気持ちって、仕事の環境に飽きてきた時に生まれてくるんですね。だから、ほぼ日では、新しい人を入れたり、引っ越しをしたりして、環境を変えるようにしています。席替えなんかもその1つ。部署の異動もない会社だから、実務上は必要ないけど、気になる子の隣に座れたりすると、これが意外にワクワクしゃちゃう(笑)。それに、席が替わると、様々な人の仕事のやり方を見られるので刺激になるし、新しい発想が浮かぶきっかけになるかもしれない。


会社が本当に上手くいかなくなったという経験はないんですけど、危険な匂いを感じたことは何度かありましたね。皆の目がネガティブな方に向けられて、ちっちゃいネガティブがぷつぷつ湧き出すような……。うちは皆で協力しながらやる仕事ばかりだから、誰か1人の小さな不満や不信でも、隣の人に伝染する恐れがある。それが広がってしまうと、不信の派閥ができて、サボっているのがカッコイイなんて風潮が生まれたりします。じゃあ、それを防ぐにはどうするか。もっと目を向けざるを得ないポジティブなプランをぶつければいい。面白いものが見つかると、人は飛びつくんです。楽しいことで忙しくなれば、いつしかネガティブな要素は消えてきます。


アイデアが足りないと周りを巻き込めない。巻き込めた仲間こそが、「最初の顧客」なんです。次々と社内の人を巻き込むことができる企画は、成功する確率が非常に高い。みんなが応援するから。つまり、社内顧客をどれだけ創造できるかがプロジェクト成功の決め手になってくる。自信を持って入社してきた人でも、社内顧客を作るのは結構大変です。だから、入社してすぐに結果を求めなくても大丈夫と、僕は社員に言います。チャンスは絶えずある環境にしている。苦労して社内顧客を開拓した人ほど、強いですよ。


誇りというのは、買う人だけでなく、作り手にも必要だと、ニッティング事業を始めてつくづく思いました。気仙沼の人々を集めて開いた編み物のワークショップで、ある女性が手を動かすのは楽しいとおっしゃってくださった。そして、自分が作っているものが、周囲からいいものだと思われることがとても大切だと。役に立たない、もらってもあまりうれしくない商品は、作り手もやっぱりモチベーションが上がらないんです。それは、作り手に誇りが持てるかどうかにもつながる。


僕らは、商品の安さで勝負するような横並びのものを用意するのではなく、満足のいく作り方と、満足いく商品、満足のいく渡し方、それから購入後、満足いくサービスや暮らしを提供できるビジネスの仕組みを作ればいい。そんなきめ細やかな対応ができるのは、機械ではなく、やっぱり人の手。成功すれば、素晴らしい市場になると思います。「人手の機械化」から「人手の人間化」へ。僕らが今やろうとしていることは、こうした「原点回帰のようで、実は先取りのビジネス」へのチャレンジです。


僕はこれからどうしたいという目的意識よりも、この手帳(ほぼ日手帳)がどんなふうにいいのかをきちんと伝える方が大事だと思っています。使っている人が喜ぶシーンを想像しながら一生懸命に努力して作り、それを伝えていければ、この商品を使い続けてくれる人は必ずいると。そんな人々をがっかりさせない努力を継続していきたいですね。


自分たちが欲しいと思うものが実現可能か、本当にそれがいいのか、ひとつひとつ調べて試していく。当時、社員が他社の手帳を調べようとしたので、「それはやめよう。横を見てはいけない」と言いました。普通の発想だとマーケティング調査をしたくなる。でも、横を見ると、それだけで仕事をした気になっちゃうんですよね。そこから生まれるものはほとんどなくて、まず自分の頭で考えることが大切なんです。


手帳を発売してから5年ほどたつと、事業の規模も大きくなってきます。リーダーとしての自覚も出てきた。でもまだビジネスのことはよく知りませんでした。この当時、読んだのが、アップルにジョン・スカリーが入り、スティーブ・ジョブズを追い出し、ダメになっていく過程を描いた本でした。スカリーが会議に出ると、ウサギの着ぐるみを着ている社員がいる。スカリーはそれが我慢できなかったそうです。この本を読んでから、働くとはどういうことなのか。ウサギを着ているのはいいのか悪いのか。普通の会社とはどんな会社なのか。いろんなことを考えました。それで目指したのが、きちんとした会社でありながら、ウサギを着てもかまわない会社です。この2つは相反するものではなく、両立するのではないかと考えたのです。現にシリコンバレーでは、成長し続ける会社でも、社員がモノを食べながら自由な服装で社内を歩いている。ほぼ日もそれを目指そう、と。


糸井重里の経歴・略歴

糸井重里、いとい・しげさと。日本の経営者、コピーライター、エッセイスト、タレント。「ほぼ日」社長。群馬県出身。法政大学文学部日本文学科に入学。学生運動に参加するも、内部抗争が嫌になり大学を退学。その後、アルバイトをしながら宣伝会議のコピーライター養成講座に通ったのち、デザイン事務所サムシングに就職。同社在職中にTVCFアイディア賞で銀賞・金賞を受賞するも倒産したためフリーとなる。主な受賞に宣伝会議賞、東京コピーライターズクラブ新人賞・特別賞、東京アートディレクターズクラブ賞、谷川俊太郎賞、伊丹十三賞ほか。作詞家や声優、そのほか幅広い分野で活動した。

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