粟田貴也の名言

粟田貴也のプロフィール

粟田貴也、あわた・たかや。日本の経営者。うどんチェーン丸亀製麺などを展開するトリドールの創業者。神戸出身。起業をするために神戸市外国語大学第2部英米学科を中退。佐川急便にセールスドライバーとして勤務し開業資金を貯めたのち、焼き鳥の「トリドール3番館」を開業。鳥インフルエンザ発生を機にセルフ讃岐うどんチェーンの「丸亀製麺」を開業。同社を大きく成長させ東証1部に上場させた。

粟田貴也の名言 一覧

実現できそうもない目標を持つことで、自分たちの行動を変える必要性に迫られる。それがいい結果をもたらす。

攻めこそ最大の防御。守りに入った途端後退するような気がします。攻めているからこそ、次から次へとアイデアが出るし、組織の在り方も考えることができる。前に出ることで今を守るわけです。

いけるという自信めいたものがあればゴーサインを出します。ただあくまで仮説なんで、外れる場合もある。だから絶対大丈夫じゃないし、失敗もしています。ですからあまり過信してはいけないというのを自戒の念としてもっています。

「丸亀製麺」は10年間ブラッシュアップを続けてきたからこそ今がある。一夜にして生まれた業態では決してない。

同じ商圏には競合する外食店も無数にあり、何もしなければ、お客さまを失うことにもなりかねない。

よそはキッチンを見せることをリスクだと考えていますが、うちは全部見せることでお客様に喜んでいただく店。

もちろん新規のお客様も大切ですが、いかにいま来ていただいているお客様の心を離さないかが私にとって1番大切な目的です。

お客様に1杯のうどんをどう美味しく食べて頂けるかを考え、全てのコンセプトを作っています。

多店舗展開は、時間とコストをかけた教育をずっと続けているということに尽きます。

マーケットが縮小する中、消費者の心を鷲掴みにするような集客をしなければ競争に負けてしまう。

(6年で規模を5倍にしないと達成できない目標を立てたのは)別に根拠があるわけでなく、実現できそうもない目標を持つことで、自分たちの行動スタイルを変えていける。一瞬破天荒に聞こえるけれど、今のままではだめだというスタートになる。今を肯定しないことが大事です。

まず既存店。ここが利益の源泉。既存店が堅調なのが今の足腰の強さになっています。前年をクリアするのに何をすべきかを、それぞれの店が明確に意識し、実行しているのが一番の強みです。

他産業には手の届かない巨人がいる。ところが外食にはそれがない。やりようによっては自分たちもかなりのところにいけるのではないだろうか。

第一優先は客数を増やすこと。そこを徹底する。そのためには手間暇をかける。つまり店内での手作りにこだわるということ。これが自分たちの勝ちパターンであり、差別化戦略だ。

集客していくことがすべての数値を凌駕する。集客が増えて売り上げが上がれば全体の固定費の比率が下がり利益は出やすくなる。逆に先にコストカットに走ってしまうとお客様が来なくなり売り上げが減った瞬間にすべてのコスト料率が上がっていく。

「店前交通」「居住人口」「物件の見え方」の3つが整っていればこれまでの経験則からも勝算は十分ある。

弱気になると私はいつも、「いまここで人生が終わっていいのか」と自問自答しているんです。すると、もっと上にいきたいという気持ちが湧いてきます。そして、弱気がやる気に変わるんですよ。

もちろん私にも迷いや不安はあります。しかし、挑戦することのリスクよりも、何もしないリスクのほうが大きいと思えば、勇気が湧いてくるものです。

私はすごく小心者で、ネガティブに考える人間です。しかし、小心者だからこそ、大胆さをもち合わせなければ成功できないということにあるとき気づいたんです。

心は折れやすいものだし、沈み込んでなかなか起き上がれないこともあるでしょう。でも、ひとつの道がダメであっても、別の道もあるはず。最初から狙いどおりの人生なんてあり得ないし、もがいているうちに、予期せぬところに光が見出せたりするものです。

成功者の本を読んで夢想することで、やる気を高めています。スポーツマンもよくイメージトレーニングをすると聞いたことがありますが、それと同じ。イメージトレーニングの時間をもつことで、心を充足させるとともに、自分の目標を明確にして、諦めずに追いかけるマインドが形成されます。

くじけないためには、目標を自分だけのものではなく、公言してしまうという方法もよいと思います。私は経営に関しても「100倍の目標」を掲げていますが、自分を鼓舞するためにこれを従業員にも話しているんです。聞かされるほうにとっては夢物語のような話だったこともあります。「一部上場企業になる」と話したときなどは、みんな真面目に話を聞いていませんでしたよ。「社長はちょっとおかしいんじゃないか」と思われていたかもしれませんね(笑)。

一番よくないのは、驕ることです。人は何かを成し遂げたと思った瞬間、守りに入ってしまいます。自分の地位や名声を守ることを考えてしまっては、それより上にはいけません。ですから、うまくいっているときにも慢心しないこと。そのためにも、高い目標をもつことが大事なのです。100倍の目標をもてば、いまの自分がちっぽけだと思うじゃないですか。それに向かって無心に頑張ろうと思えるのです。

結果がみえるまでのあいだは、つねに問題意識を頭のなかにおいて、シミュレーションをしています。万全とはいえませんが、備えができるので、何もしないよりはしておいたほうがいい。

いまの自分には手の届かないくらいの夢や目標をもつことにしています。たとえば、いまの自分が100%だとして110%の目標であれば、手が届きそうに思うでしょう。しかし、たとえば100倍の目標だったら、簡単には届きませんよね。あえてそういう大きな目標をもって、自分を追い込んでいく。そうすると、次に向かっていけるのです。

よく神頼みといいますが、神様に祈るよりも自分に祈ったほうがもっといい。人に相談するより、自分で決めるしかないと腹を括ることで、行動体系が変わってきました。

必要以上に自分に厳しくなるということではなくて、弱音を吐いてもいい。失敗をしても醜態を晒しても、他人から笑われてもいいんです。私は、そんなことは一切気にしません。なぜなら、「自分なんてまだ大した人間じゃない」と思っているから。つねに他人のお手本でいなければならないような立派な人なら、弱音を吐くなんてできないでしょう。でも、「自分なんかまだまだだ」と思えば許せる。逃げ道をつくっているんですよ。でも、一方で、まだまだということは、上をめざさなきゃいけないということでもあります。実際、多くの成功されている人たちに比べたら、自分なんてまだまだですし、いつかは成功するんだ、と思っていれば、エネルギーが湧いてくるんですよ。

何か新しい挑戦をするときに、入念に調査や下調べをしなければ進めないという人もいると思いますが、私はそうではなくて、とにかくやり始めてしまい、何かあればそのときに考えればいい、というふうに進んできました。世の中にはさまざまな情報があり、否定的要素もたくさんあります。人に相談すればするほど、ネガティブな情報に触れて臆病になってしまう。「世の中そんなに甘くない」と、やってみもしないうちからいわれることもあります。しかし、優れた知恵も経験もない人間が成功したいと思ったら、大胆に行動してみて、トライ&エラーを繰り返すしかないんです。

危機に関しては、予測はまったくできていませんでしたから、危機に直面して初めて打開策を考えてきました。それでも切り抜けてこられたのは、柔軟な発想で次々にトライ&エラーを繰り返してきたからです。これがダメなら次はこれだ、と次々に試していくマインドはもっていますから。

うどん事業も最初からうまくいったわけではなく、最初はフードコートに出店することに鉱脈を見出しました。ところが、これでいけると思った矢先に、今度は都市改正法で大きなショッピングモールの建築ができなくなった。仕方がないので、ロードサイドの店舗を自分たちで開発して、今日のスタイルに到達したのです。最初から自信をもってやったことなんて何もないのです。

先見の明があったわけではないですよ。いまになって、「鳥インフルエンザをきっかけに事業の軸を焼き鳥からうどんに移した」ということを話すと、すごい決断だと思われるかもしれません。しかし実は、「次はうどんだ!」と即断したわけではなく、この時期にはさまざまな試行錯誤をして、数々の失敗をしてきました。やりながらたまたま「これならいけるかも」と確信をもつことができたのがうどんだった。

起業当時は、めげることのほうが多かったですよ。自分には店をもつなんて無理なのかな、という思いも去来しました。まだ若く、商売に精通していたわけではなかったので、狙って正解が出せるなんてことはあり得ません。模索して、あれもこれもと試していくなかで結果が出てきたという感じです。また起業してしばらくは資金繰りなども苦しく、借入先ばかりが増え、明日への不安がつねにありました。飛躍のきっかけになったのは、当時まだ地方では珍しかった、女性向けの焼鳥店を出店したことです。これがお陰様で繁盛しました。

起業に際して大学を中退し、佐川急使のセールスドライバーとして開業資金を貯めたのですが、大学を辞めるときはかなり勇気が要りました。「この道で生きていくのだ」と決意し、退路を断って自分を追い込んだわけです。追い込まなければ、その先の夢にたどり着けない状況でしたから。

イメージトレーニングは、何でもいいと思いますよ。尊敬する人がいたら、その人の本を読んで、自分もこうなりたいと考える。その人と同じブランドのスーツを買ってみるとか、形から真似するのでもいい。飛行機に乗っているとき、「これはプライベートジェットだ」と想像したっていい(笑)。人からバカだといわれそうなことでもいいんです。

経営の話でいえば、イメージトレーニングで数字を頭にインプットするんです。「前年比何パーセント」といった複雑な数字ではなく、何年後に年商いくら、という単純な数字をつねにイメージしておく。それを自分に言い聞かせる。それだけでは何も生まれませんが、心をポジティブに転じさせるには十分です。

弊社は「お客さまに喜んでいただきたい」という思いを常に具現化してきた会社です。お客さまを捌くとか合理化を優先するのではなく、どうすれば、お客さまに来ていただけるかだけを考え続け、形にしてきました。

モスクワでも大行列ができています。やはりお客様の視線は、大きな釜の湯気や麺を打つ料理人の姿に目を奪われています。人の本能に関しては世界共通だと思いました。

少し前に、認知度調査を実施したところ、それなりの高さはありましたが、100%には到底及びませんでした。そういう意味では、まだまだ認知度を高め、新規顧客を獲得できる余地は十分に残っているのです。その起爆剤になるような仕掛けを、会社の施策として打ち出すのが早急の課題です。

前例がないので挑戦になりますが、プラス思考で考えれば、仮に受け入れられれば、独占マーケットがそこには存在していることになります。
【覚え書き|海外進出について】

「早朝からも召し上がっていただける」という認識を持っていただくことで、新規顧客にアプローチすることはもちろん、既存の顧客層にも新たな利用シーンをご提案する必要性があるのです。
【覚え書き|早朝営業を始めたことについて】

弊社では中長期的に現在の約2倍となる1千店舗体制の構築を目指しており、それを実現するためには、お客さまの来店動機を作り出す必要がある。

フェアとして新メニューを投入することはありますが、基本はうどんというベーシックな商材を常に磨き続けることが重要であり、実際にそれを続けていることが強み。

味を均一にすることが私たちの至上命令ではありません。それよりも、絶対的においしいものを作ることのほうが、私たちにとってはプライオリティが高いんです。

外食チェーンは優れた調理人を必要とせず、属人性を否定することによって展開してきた。私たちは旧来の外食チェーンをもう一度否定した。だから店員に惜しみなくノウハウを提供しますし、長く続けているパートさんの中には、すぐにでもうどん屋を出せるという人もいますよ。

ゆでる工程だけを1週間みっちり練習すると、その工程においてはプロになれるんです。10の工程があれば、10人の「細かなプロ」を育てるという方式です。

丸亀製麺の売りは、製麺のシーンそのものです。席数を削ってでも、どんな小さな店でも、製麺機だけは背負っていきます。

想定しない外的環境の変化や、成長するための施策で一時はやむなく足を止めることもある。これを対前年比だけをとらえて「成長に陰り」といわれるのは厳しい。安定的に利益を出していることにも注目してほしい。

外食マーケットが縮小している背景にはコンビニの存在がある。私の考えは常にコンビニとは逆方向のかじ取りを意識することです。簡便ではなく、飲食店ならではの付加価値、これを放棄してはいけません。

日本と違い海外は予定どおりいかないのが普通。これまでの海外への初出店では苦労しましたが、多少のことは目をつむる寛容さが身に付きましたね(笑)。

海外で成功している日本の外食はいない。僕の言う成功は、日本メーカーのように海外で収益を生み、収益構造の上でも海外事業がある程度のボリュームを持つ会社。丸亀製麺を全世界に広げていく。国ごとの食習慣に合わせてローカライズしながら、丸亀ブランドを拡充していく。

原動力は危機感と野心。外食産業は外的環境に影響を多く受けます。その中で生きていくには、日本国内にとどまっていいのかとか、丸亀製麺という事業体に固執していていいのか、常に考えています。そこで新業態を開発し、海外に活動拠点をつくっている。これはリスクヘッジです。野心という観点でいうと、外食にはガリバーがいない。やりようによっては自分たちもかなりのところにいけるんじゃなかろうかと。そして海外で成功している日本の外食はないということも、我々の夢をかき立てています。

粟田貴也の経歴・略歴

粟田貴也、あわた・たかや。日本の経営者。うどんチェーン丸亀製麺などを展開するトリドールの創業者。神戸出身。起業をするために神戸市外国語大学第2部英米学科を中退。佐川急便にセールスドライバーとして勤務し開業資金を貯めたのち、焼き鳥の「トリドール3番館」を開業。鳥インフルエンザ発生を機にセルフ讃岐うどんチェーンの「丸亀製麺」を開業。同社を大きく成長させ東証1部に上場させた。

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