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竹下佳江の名言

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竹下佳江のプロフィール

竹下佳江、たけした・よしえ。日本のプロバレーボール選手、バレーボール指導者。福岡県出身。高校卒業後、「NECレッドロケッツ」、「JTマーヴェラス」などで活躍。日本代表にも選ばれ、オリンピックや世界選手権でメダル獲得に貢献した。

竹下佳江の名言 一覧

どんな逆境も一つの試練と捉えられるような強いメンタルは、勝負強さに繋がり、技術だけでは届かない結果へと導いてくれた。


私だって人間だから、心が弱くなることもある。ただ、「メダルを諦めきれない」という執念が私を強気にさせた。


ケアやサポートをしてくれた監督やスタッフの力がなかったら、絶対にメダル獲得はなかった。


身体は小さくても、心はでっかく。


苦しんだぶんだけ人は成長できる。


身長159センチという弱点を武器に変えればいい、身長が低いからこそどんなボールの下にも滑り込んでやる。そう考えて復帰を決めました。


それまで寮と体育館を往復する生活で、バレーのことしか考えなかった。すると、いったんネガティブな思考に陥るとなかなか抜け出せないんです。それが地元で、介護福祉士を目指そうとハローワークに通ったりして、世間を知ることで視野が広がった。バレー界以外の人に会って話すことで、いろいろな考え方があるんだと、思考が柔軟になったように思います。また、大事な人とのつながりを改めて実感できたことも確かです。


身長が低いというコンプレックスがあるからこそ、プレーや強い心で勝負しなければいけないと覚悟したところから、私のバレーボール人生は始まっているんです。だからこそ技術を磨き、頭を使い、心が強くないと、バレー界では生きていけないと思ってきた。そのために、365日休みなく練習し、弱音も吐かなかった。


長いバレーボール人生、結果が出なくて辛い思いは数えきれないぐらいしてきたけれど、それらを乗り越えられる心を作ったのは、やはり、あのシドニー五輪の予選会での挫折です。心を強くせざるを得ない経験でした。


ロンドン五輪前、怪我を理由に、欠場するという選択肢は考えもしなかった。あったのは、「メダルを諦めきれない」という執念だけです。諦めきれないから、どうすれば痛みを抑えながらプレーすることができるのかという思考しか、頭に浮かびませんでした。


チーム力の向上は必須ですが、一方で一致団結と意識しすぎるのはダメな面もあります。「誰かがやってくれる」という個人競技にはあり得ない妥協が生まれるからです。自立した選手が何人コートに立つかが、チームの強さのカギ。


壁にぶつかって苦しんでいる後輩がいても、ある程度までは声を掛けないようにしています。すぐに助けてしまうと、いつでも助けてくれると思い、成長が止まってしまう。どうしても駄目なときに、何かのきっかけを与えるくらいでいいと思います。


私は159cmしかないので、バレーでは大きな弱点です。もちろん、そのことに悩んだ時期もありますし、周りから非難され、一時バレーから離れたこともあるほどです。ただ、転機となったのは、それを長所に変えるためにどうするか、と思考を変えることができたことです。


子供向けのバレーボール教室で教えていても、最初から答えを知りたがる子供が多いように思います。その際には、やはり自分で考えるよう仕向けることが大事だと考えています。


結果論かもしれませんが、やはりメダルを取った年はチームワークが良かった気がします。違いは、目標が明確だったかどうか。目標がしっかりしていれば、それに向かって走り続けることができますから。


ロンドン五輪は、年齢的にも自分にとって最後のオリンピックになるだろうなと考えていました。だから、いままで蓄積してきたものを一滴も残さずロンドンに置いてきたい、そう決心し全身全霊を傾けていました。


指の骨折くらいで諦めきれるほど、バレーボールに捧げてきた時間は薄いものではない。それに、チームの中心としてやっていたので、私のせいでメダルを獲るという計画を乱すわけにはいかない。そんな思いから、メンバーにもケガのことは知らせず、練習で痛みの出にくい角度を探ったり、体に痛みを覚えさせながら、トスを上げ続けた。出場する以上、弱音も痛みも外には出さず、やりきろうという思いで試合に臨みました。

【覚え書き|ロンドン五輪1週間前に左手人差し指を骨折したことについて】


竹下佳江の経歴・略歴

竹下佳江、たけした・よしえ。日本のプロバレーボール選手、バレーボール指導者。福岡県出身。高校卒業後、「NECレッドロケッツ」、「JTマーヴェラス」などで活躍。日本代表にも選ばれ、オリンピックや世界選手権でメダル獲得に貢献した。

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