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立石義雄の名言

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立石義雄のプロフィール

立石義雄、たていし・よしお。日本の経営者。「オムロン」社長・会長。同志社大学経済学部卒業後、立石電機(のちのオムロン)に入社。同社社長・会長を務めた。創業者・立石一真の三男。そのほか、京都商工会議所会頭、国際高等研究所理事長、社会福祉法人京都府社会福祉協議会会長などを務めた。

立石義雄の名言 一覧

創業者である父は「常に大型ベンチャー企業であれ」と説いていました。社会が求めるニーズのいち早い創造にチャレンジすることを最大の社会貢献ととらえ、今後も企業理念の実践に取り組んでまいります。


価値観は行動を決定します。したがって、真に社員を行動にモチベートする理念は、企業や社員個人の利益を超越したものでなければなりません。そうでなければ大きな力を生まないと考えています。


今後は企業理念を求心力の源泉とした価値観の共有が、より重要な企業経営の手法のひとつになっていくと思います。


私は能力・人格を兼ね備えて、みんなから推される人が社長につくべきだと考えます。


創業家以外から社長を出したことも社員の意識を変えたと思います。頑張れば社長にもなれるんだという意識の変化は、大きなモチベーションにつながります。こういったことは時代の変化に合わせて進化させていく必要があるのです。


創業者である父は適者生存の法則を例にとって、変化に対応することの重要性をいつも言っていました。私は社長になったあと、社名を立石電機からオムロンに変えました。立石家の会社から脱皮し、社員が自分たちの会社だと思えるようにするためです。


社会に貢献すれば、それに見合った利潤を得ることができます。その社会への貢献が大きければ、社員や株主への分配も大きくなります。


新しい企業理念策定段階で、「会社は誰のものか」といった議論を何度となく行いました。その結果、基本理念として「企業は社会の公器である」ことを明確に宣言しようとの結論に至ったのです。企業の活動に必要となる人、資金、土地はすべて社会から供給してもらっています。いわば社会インフラの上に成り立っているわけですから、事業活動の成果を社会に還元するのは当然のことです。


創業者が亡き後、創業家一族の存在がオムロンの求心力になってきたのは事実です。しかし、今後の発展のためには「人」ではなく「理念」を求心力の源泉にする必要があります。分権化やグローバル化によって成長という遠心力が急速に働くいまこそ、企業理念を求心力として、企業統治を行っていかなければなりません。


創業者である父が1959年に社憲を制定しました。半世紀たって、改めて企業理念の見直しを行いました。企業に求められる価値の質が変化、従来の経済的価値から社会的価値への相対的ウェイトの変化、カンパニー制・分社化・子会社化による判断基準の多様化、海外社員比率6割を占めるなどのグローバル化の中で、この時期にいま一度、企業理念を見直すことにしたのです。


課長の意識はどうすれば変わるのか。意識改革のために導入した制度のひとつが、最長3カ月間のリフレッシュ休暇です。「3カ月も休んだら課はどうなる」と心配した課長もいました。しかし、いざ休暇を取ったら、帰って業績が向上する部署も出てきました。課長が長期休暇を取ったにもかかわらず、課の業績が向上した理由は単純です。人材育成など、本来課長が果たすべき職責を果たさず、課員に任せるべき仕事をしていたからにほかなりません。課長の仕事に対する意識は大きく変わりました。


会社が健康体に戻るには、組織や事業の構造改革も必要ですが、まずは社員の意識改革が欠かせません。中でも、顧客に最も近いところにいる管理職、つまり課長の意識改革は重要です。課長にしっかりと仕事をしてもらい、部長以上がそれをサポートする。私はそれを「課長経営」と呼んでいました。組織図にすると、顧客が最も上に来る逆ピラミッド型になります。


オムロンという会社は、どんなに規模が大きくなっても、中小のニッチ事業の集合体でなければなりません。つまり、自分で考え、自分で行動し、自分で責任を取る、自己完結型の事業体が社内にいくつもあるということです。こうした分権経営は当社の創業精神に根差したものであり、それを時代の変化に合わせて変えていくことが、改革の基本となります。


全社員の意識改革に最も効果があった施策のひとつが、本社の移転と社名変更でしょう。社名の由来となった京都・御室(おむろ)の仁和(にんな)寺の近くから、京都駅前、つまり表舞台に本社を移しました。また、立石電機からオムロンに変えることによって、社員から見れば「創業家の会社から自分たちの会社になった」わけです。いずれも創業者(立石一真)が健在なうちに実行できて、本当に良かったと思います。


世の中には、自分の在任中に生じた問題を先送りして辞める経営者もいるようですが、私は責任を果たしたうえで退こうと考えたのです。私の退任後も、立石家以外から選んだ後継者のもと、構造改革は順調に進みました。創業精神は継承しながら、変えるべきは変えてきた成果だと思います。


大企業病は生活習慣病。健康体に戻るには、組織や事業の構造改革も必要だが、まずは社員の意識改革が欠かせない。


立石義雄の経歴・略歴

立石義雄、たていし・よしお。日本の経営者。「オムロン」社長・会長。同志社大学経済学部卒業後、立石電機(のちのオムロン)に入社。同社社長・会長を務めた。創業者・立石一真の三男。そのほか、京都商工会議所会頭、国際高等研究所理事長、社会福祉法人京都府社会福祉協議会会長などを務めた。

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