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立石一真の名言

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立石一真のプロフィール

立石一真、たていし・かずま。日本の経営者。精密機器製造メーカー「オムロン」の創業者。熊本県出身。熊本高等工業学校(のちの熊本大学工学部)電気科卒業。兵庫県庁に勤務したのち、立石電機製作所(のちのオムロン)を創業。同社を大きく成長させた。

立石一真の名言 一覧

自分の受け持つ仕事に打ち込みなさい。功利的な思惑がなくても、将来必ず何か役に立つときがある。


行く道には深い川や険しい山がある。自力で越えなければ、それだけの器ということや。


よく考えて働け。成功する道は人の倍働くことや。


解決法はあるけど教えへん。教えたらあんたのためにならん。


最もよく人を幸福にする人が最もよく幸福となる。


人に褒められて有頂天になり、人にくさされて憂うつになるなんておよそナンセンス。なぜなら、そんなことくらいで自分白身の価値が変わるものではない。


永守さん、私も同じ道を歩いてきた。あなたもその道を乗り越えんと向こうの世界に行けない。答えなんて人から聞いたらあかんで。
【覚え書き|日本電産創業者・永守重信への言葉】


ダメと決めつけるのはたやすい。しかし、改善の余地ありでなければ、創造の将来はない。「まずやってみる」が我々が築き上げてきた企業文化なのだ。


企業は生き物で、いつも変化しているので、経営者は常にそれを見守って組織の修正を早手回しにすべきだ。
【覚書き:この発言当時、社員数が1700人を超えたため、本社の部長級の人員を専務として各工場に転出させ業務の効率化を図っていた】


人間は誰でも幸福になる権利があります。しかし、人を押しのけたり、足を引っ張ったりして自分だけ幸福になろうとしても、決して幸福にはなれない。親は子を、子は親を幸福にする。夫は妻を、妻は夫を幸福にする。兄弟姉妹を幸福にする。それから友人を、同僚を幸福にしていくと、いつのまにか幸福な人たちの中にいる自分も幸福になっているのです。


事業に100%安全なものはない。また、リスクのない決定は決定と言えない。というのが私の考えです。ベンチャーとは言うまでもなく冒険。未知のものに挑むことである。アメリカ人の言うフロンティア・スピリットを実践することです。立石電機は創業以来このベンチャー精神を貫いてきました。時代がどう移ろうと、企業としてどれほど大きくなろうと、ベンチャー精神を忘れてはなりません。


立石一真の経歴・略歴

立石一真、たていし・かずま。日本の経営者。精密機器製造メーカー「オムロン」の創業者。熊本県出身。熊本高等工業学校(のちの熊本大学工学部)電気科卒業。兵庫県庁に勤務したのち、立石電機製作所(のちのオムロン)を創業。同社を大きく成長させた。

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