稲盛和夫の名言

稲盛和夫のプロフィール

稲盛和夫、いなもり・かずお。日本の経営者。「京セラ」「第二電電(のちのKDDI)」創業者。鹿児島出身。鹿児島大学工学部卒。技術者でありながら会計に明るく、「アメーバ経営」など独自の経営手法で同社を大きく成長させた。事業だけにとどまらず盛和塾という私塾を主催し後進の経営者育成を行った。京セラの会計についての著書『実学』がベストセラーとなった。

稲盛和夫の名言 一覧

環境が良くても悪くても、その中で必死で努力をするのが大切です。最近は、環境が悪いときには悲観して努力をせず、環境が順調であればあったで努力をしようとしない人が多いと思います。環境が悪くても良くても、努力を惜しまない。先が見通せない時代こそ、それを徹底するしかありません。

新天地を求めて会社を辞めてうまくいく人もいれば、そうでない人もいる。会社に残ってうまくいく人もいれば、うまくいかない人もいる。そう考えて、その会社に残った以上は必死に努力をしようと心の持ち方を変えた。

私は、自分のつたない経営の歴史の中で、順調に経営を進めていこうとすれば、トップの才覚だけではうまくいかないということを学びました。そのため、経営者マインドを持った社員を多く作ることに力を注いできました。

いいんだ、悩め。悩んで悩んで、考え抜け。必ずどこかでわかってくる。

リーダーは右往左往して取り乱してはいけない。何が本物かということを、心眼を見開いてですね。ドーンと構えて、意見を聞くにしてもですね、自分の心眼を開いて聞かなければいけません。

経営者を含め、全社員が同じ考え方を持つためには、誰から見ても正しいと思えるような哲学、それを私はフィロソフィと呼んでいますが、それが必要となる。

継続は力なりで、粘って、粘って、何度も何度もチャレンジしないと何ごとも成功しない。

今日一日を一生懸命に生きさえすれば、未来は開けてくる。

創造的な仕事とは、高度な技術を開発するということばかりではない。今日よりは明日、明日よりは明後日と創意工夫をこらし、改良、改善を積み上げていくことである。一人ひとりが自分の持ち場で、もっと能率の上がる方法はないか、昨日の欠点をどうしたら直せるか、考える習慣をつけることだ。

経営マインドを持った人材の育成には、小さくてもいいので自らの責任で部門運営をさせることが一番。

企業経営はヘリコプターと同じ。努力をして一生懸命にプロペラを回して宙に浮いていねばならない。

ゼロからスタートし、ハンデを背負っているのだから、条件のそろった人より何倍も努力しなければならない。

一所懸命に仕事をするというのは、自分が思うよりも、人からそう思われることだよ。

ここで生きていかざるをえないなら、これ以上、不平不満をいっても仕方ない、逆境に耐える努力をしよう。

厳しい環境が否応なく私を変えてくれ、生きる道を教えてくれた。

モチベーションを持てるよう努力するとき、自分の就いた仕事について、努めて「好き」になるのが一番いい方法。

私がそうだったように、あえて厳しい環境を見出していけば、必ず成長できるはず。

仕事は「ど」がつくくらい「ど真剣」に打ち込むべき。一度きりの人生を「ど真剣」に生き抜く真摯な姿勢があれば、どんな仕事も好きになる。

人生は、心の中で強く思ったことが原因となり、その結果が現実となって表れる。だから考える内容が大切で、その思念に悪いものを混ぜてはいけない。

俺を信じられないのは仕方がないが、辞める勇気があるなら、だまされる勇気を持ってくれないか。もし、おまえを裏切ったら俺を刺し殺していい。

よほどのことがないかぎり、部下として筋を通して一生懸命接していけば、上司もわかってくれる。

つらいことはいくらでもありましたが、歯を食いしばって頑張ってきました。

仕事でミスや失敗をしたら、反省をし、そこからまたやり直せばいい。

自分が本当に正しいと思う判断を行い、持てる能力を発揮し、常に情熱を傾ける。それが人生を成功に導く王道。

思いを強くする人に情報は集まってくる。

全従業員の参与がなければ良い経営は実現できない。

人生というのは志で決まる。それを貫くだけの意志があれば。

私は、会社経営の目的というものは全従業員の幸せになってもらうことにあると思っています。従業員が一生懸命働いてくれたら業績が上がり上場もできるのです。

企業というのは従業員たちが幸福になる仕組みでなければ、長く存続しない。

個人の能力や才能は人類や社会に役立てるために与えられたものである。

会計が分からなければ、社長は務まりません。

経営者を育てるには、社員に経営を経験してもらうことが一番。

ワンマン経営ではいずれ成長が止まってしまう。

事業経営においては、不誠実な人や不祥事を起こすような人はリーダーにはなりえません。リーダーはよほどしっかりした人間でなければならないのです。

企業は、改革し続けなければ現状すら維持できない。

精神主義かもしれませんが、「みんなのためなんだ」と周知徹底することは改革を進める上で何より重要です。

「もうこれでいい」と思った瞬間から、会社の没落が始まる。

我欲を満たそうとするから、慢心が起きる。

今、この瞬間が未来につながり、未来の結果を左右する。

人々を幸福にすることを働く目的にしている限り、現状に満足することはありえない。

「誰にも負けない努力」を続けない限り、大きな成果は期待できない。人並み以上の努力をせずに、大きな成功を収めるということは絶対にない。

「思う」ということは、人間のすべての行動の源となっている。経営者が何かを強く心に「思う」と、まさにそのことが実現していく。

現在は過去の努力の結果であり、将来は今後の努力で決まっていきます。だから、経営者は一瞬たりとも気を緩めてはいけない。

事業を成長させる出発点は、「何としても事業を成功させたい」という「強烈な願望を抱く」ことに尽きます。

人生において「無駄な苦労」というものは、実は一つもありません。なぜなら、苦労そのものが人間をつくっていくからです。

自分に厳しく、他人にも厳しく。

百年に一度という大変革期に巡り合わせたことを大変な幸運と思おうではないか。このチャンスを大事にして、成功に向けて一丸となって燃えよう。

リーダーが立派な人間性、人格を備えていなければ組織を引っ張っていけない。

最初から無理だと諦めてしまっては、何ごとも成功しない。

まだだ、もっとやらんかい。そんなことで満足しててどないすんねん。
【覚え書き|業績が少し上がった経営者への激励の言葉】

売上の10%くらいは税引前利益がなければ事業とはいえない。

「利益率が1ケタでいい」などという考え方は、自分を過小評価していることになる。

経営に関する数字は、すべてがいかなる操作も加えられない経営の実態を表す唯一の真実を示すものでなければならない。

経費を上げずに売上を上げる方法を考えるのが経営者やろ。

ちょこっと儲けて、ちょこっと使う。そんなことで満足してたらあきません。

利益を最大化することが大事や。それには、常に創造的な仕事を行うことで売上を最大化して、経費を最小化すること。そうすれば利益は最大化していくのや。

あなたの経営者としての値打ちは、その程度のものなんですか。売上に対して1~2%の利益を稼ぐことで満足しているのですか。社員の幸せのためにも、胸に手を当ててよく考えてください。

哲学とは迷ったときに立ち返る原点のような役割を果たしてくれるもの。哲学とは人生観や価値観、「人間として何が正しいか」「人間はなんのために生きるのか」という自分なりの答えでいい。

厳しい場面や先の見えない状況に陥ることは、仕事人生の中で何度もある。会社の現状や社会の状況はどうあれ、目の前の仕事に対して一生懸命、全身全霊をかけて努力すべきだ。

中途半端に支援したんでは、結果的には不親切になってしまう。

本当の親切というのは、のるかそるか、もう後に引けない状態にこちらを追い込んでやってあげることだ。

本来は経営者も社員も、「人間として何が正しいのか」を判断基準に行動すべきです。会社のルールや仕組みがあるからということではなくて、「人間として何が正しいか」ということをみんなに問い掛けて、みんながそれに気付いて仕事をすれば、こうした(品質管理の)不正はそもそも起きないのではないでしょうか。

他動的な力で経営がうまくいってしまうのは、非常に危ないですね。自分たちがどう努力をしてきて、現在のいい経営状態を作り上げてきたのかという、根源的な哲学のようなものを持っていないといけません。何となく経営しているだけでは、すぐに会社はおかしくなってしまいます。

それぞれの会社には、会社を律するためのルール、または仕組みというものがあるでしょう。不祥事が起きるのは、それ以前に、人間個人としていかにあるべきかという根本的な哲学が欠落しているからだと思います。

景気拡大の追い風が吹いているのなら、今こそ、全ての経営者が自らの経営をもう一度見直す必要があるでしょう。いつ吹くか分からない嵐に備えて、トップだけではなく、全ての社員が経営者マインドを持って仕事をするような組織に早く移行しないといけません。

錐(きり)は力を先端の一点に凝集させることで効率良く目的を達成する道具。錐のようにすべての意識や神経を一つの目的に集中すれば、誰もが必ずことを成し得るはず。

事を成さんとするには強い思いがいる。

人間は、たとえ年を取っても考え方は変えられる。

企業の根幹がズレたらガタガタになる。

人間は大きな命題を持って生きるべきなんです。そして命題を持てば、生き方はおのずと変わってきます。

人間の能力は未来進行形で発展します。たとえ今は実現できなくても、1年後、2年後に実現するつもりで努力を重ね、勉強をすれば必ず成長する。そのためにはまず、自分の能力が無限に発展すると信じることです。

私が創業した京セラは、もともとは中小零細企業です。私は、社員が希望を持てる会社にしたいという一心でやってきました。それには何が大事かというと「思い」です。それも非常に強い思いが必要になる。

思いが人生を形作ります。現在の自らの状況は、その人が思い続けてきた結果です。現状に満足していなくても、それはその人の思いの集積なのです。

自らにルールを課すのは大切ですが、ひとつのルールに固執し続けても会社の革新は止まってしまいます。

大きな判断を誤れば簡単に会社力破綻する時代です。かといって怖がって何もしなければ会社がジリ貧になっていくだけです。同じことを続けていくだけではリーダーとは呼べないでしょう。

社員を雇用しながら利益を出している良い状態は、言ってみれば空中に浮かんでいるようなものです。努力を怠ればあっという間に地に落ちてしまいます。当たり前のことです。

ひとつの分野だけではそのビジネスが苦境に陥れば会社が傾いてしまいます。そんな事態を避けるためには、会社を変革し事業を多角化していく必要がある。

誰にも負けないぐらいの努力をせよ。

10年間、「彼はスゴイ」と他人から言われるぐらい頑張れば、一廉(ひとかど)の人間になれる。

経営者は、特に大企業なら何万人、何千人と従業員を抱えているわけですから、リーダーとしての強い意志が求められる。

日本経済が低迷した大きな理由の一つとして、不撓不屈の精神が欠けてきていたからではないか。

どんな事が起ころうと、自分が立てた計画は達成しようという強固な意志、強い思いが大切。

よく言う者はあれど、よく為す者は少なし。
よく為す者はあれど、久しくする者はさらに少なし。
久しくする者はあれど、敬を加うる者はさらに少なし。

もうダメだというときが仕事の始まり。

他人に良かれと動き、仲間のために汗をかくとき、売上は爆発的に伸びる。

小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり。
大義を背負ったときに、人間は一番強くなれる。

僕は航空業界について何も知らない素人です。僕が持ってきたのは2つだけです。ひとつはフィロソフィー(哲学)、もうひとつは部門別採算制度です。
【覚書き|JALの経営再建に乗り込んだとき、幹部社員に向かって語った言葉。このあとJALはV字回復を果たした】

できない理由を並べ立てる人がいる。これでは新しい事業を達成することはできない。何もないことを前提として、目標を達成するために必要な人材や設備、技術をどう調達するかを考えなくてはならない。

リーダーの行為、態度、姿勢は、それが善であれ悪であれ、本人一人にとどまらず、集団全体に野火のように拡散する。集団、それはリーダーを映す鏡なのである。

あらゆる事象は心の反映である。したがって純粋な心でひたすら念じ続ければ、たいがいのことは成就する。

先入観に基づいて経営を行ってはならない。枠にとらわれない「心の自由人」でなければ、クリエイティブな発想も高い利益率も達成できるはずがない。

努力には限度がない。限度のない努力は本人が驚くような偉大なことを達成させるものである。自分の中にある既成概念を壊さなければならない。壁を破り、一線を越えることによって、成功に至る。この壁を突破したという自信が、さらに大きな成功へと導いてくれる。

製品には、つくった人の心が現れる。粗雑な人がつくったものは粗雑なものに、繊細な人がつくったものは繊細なものになる。「製品の語りかける声に耳をすます」くらいに、繊細で集中した取り組みで、製品をつくり上げるようにしなければならない。

人を動かす原動力は、ただ一つ、公平無私ということだ。天賦の才を決して私物化してはならない。むしろ、謙虚に、集団のためにその才能を使うべきなのだ。誰かと議論を行う際は、初めに相手の立場を考え、相手を思いやることのできる心の余裕が必要だ。そうすれば、互いの相違を乗り越えた、本当に建設的な議論ができる。

ビジネスを成功させるためには、夢を抱いてその夢に酔うと言うことがまず必要だ。夢に酔っていればこそ、それを実現させる情熱が湧いてくる。もちろん、 実際に事業に着手したら、理性的に判断し、リスクを未然に防ぎ、具体的な方策について考え尽くし、仕事を成功に導くようにしなければならない。

お客様から「尊敬」されるようになれば、たとえ他の会社が安い価格を提示しても買って下さるだろう。商売の極意とはお客様の尊敬を得ることだ。売る側に高い道徳観や人徳があれば、信用以上のものが得られる。

不運なら、運不運を忘れるほど仕事に熱中してみなさい。

人間には、自分で燃える「自燃性」、まわりから焚きつけられて燃える「可燃性」、まわりが燃えても燃えない「不燃性」の3タイプがある。

自ら燃える自燃性の人間になれ。

人間死ぬとき、地位も、名誉も、財産も持っていけない。あの世へ持っていけるのは自分の魂だけなんです。魂が生まれたときに比べ、どれくらい美しくなったかということが、最も重要と考えるようになりました。

昨今の世相の乱れを憂い、教育改革がよく叫ばれています。しかし、私は教育を論ずる前に、労働の価値と意義を子供や若者たちに教える必要があると思っています。多くの日本人が自分に与えられた仕事に打ち込み、また、世のため、人のために役立とうとするなら、21世紀の日本は素晴らしいものになると信じています。

禅の世界では、座禅を組むことと一生懸命に仕事をすることは同じです。妄想雑念を振り払い、ひとつのことに打ち込み、働く。その中でこそ、人格、魂が磨かれると教えているのです。生涯を農村復興に捧げた二宮尊徳があそこまで人格を高められたのも、なるほどそのためだったのかと。

あの人は素晴らしい人だったと、どうすれば心から言ってもらえるようになるのでしょうか。家の書斎が宗教と哲学の本で埋まるくらい本を読みました。それでも疑問が消えず、禅寺に通い、在家ではありますが仏門に入りました。そこで改めて気づいたのが、心を美しくするにも一心不乱に仕事をする、どうもそれしかないなということでした。

セラミック分野での研究成果や技術を世界で試してみたいという思いを持ち、京セラを創業したのは27歳のときです。それからは、ただひたむきに、一生懸命、仕事に打ち込んできたつもりです。京セラは幸運にも発展を続け、私は経営者として称賛されるようになりました。

私は若いころ、プライベートな人生と仕事を分けて考えるべきかどうかということで、大変悩んだ時期がありました。働くとは生きるための糧を得る手段であり、自分の人生はまた別のところにある。こう考える人が多いのでしょうが、本当にそれでいいのかと。そんなときにこの本(内村鑑三『代表的日本人』)に出会ったのです。以来、働くとは自分を磨くことであり、自分の人生と仕事を別々にとらえるのはおかしいと考えるようになりました。

安全なくして、この会社が存在するわけがない。安全は一番大事なんだ。だけど、その大事な安全を守るためにはお金がかかるだろう?だったら、安全を守るためには、利益も生まないと駄目なんだ。
【覚書き|JALの経営再建時に語った言葉】

能力を未来進行形で考えなければならない。あえて自分の能力以上の目標を設定し、自分の能力を高い目標に対応できるようになるまで高める方法を考えるのだ。夢を現実に成就させるためには、強烈な意志と熱意が必要となる。「こうありたい」「こうすべきだ」という強い意志は、その人の奥底にある魂そのものからほとばしり出るものでなくてはならない。

会社には、たくさんのビジネスの渦がある。その回りを漫然と漂っているだけであれば、それにのみこまれてしまう。仕事の本当の喜びと醍醐味を味わうためには、渦の中心になって、周囲の人たちを巻き込むくらい、自発的に、積極的に仕事に取り組まなくてはならない。

利益を最大に、経費を最小に。経営とは簡単なことだ。売上を最大限に増やし、経費を最小限に抑えることによって、利益を最大にするという、最もシンプルな原則に基づいて事業を経営することだ。企業経営には、権謀術数が不可欠だと感じている人が多いかもしれないが、そういうものは一切必要ない。今日一日を一生懸命に生きさえすれば、未来は開けてくる。

土俵の真ん中で相撲をとるべきだ。余裕が充分あるうちから危機感を持ち、必要な行動を起こさなければならない。これが安定した事業を行う秘訣だ。楽観的に構想を練り、悲観的に計画し、楽観的に実行する。利益を追うのではない、利益は後からついてくる。

値決めは経営である。経営者が積極的であれば、積極的な価格になるし、慎重であれば、保守的な価格になる。値決めの目標は、お客様が喜んで買って下さる最高の価格を見出すことだ。値決め、それは経営者の能力と、経営哲学の反映だ。

情熱は、成功の源となるものだ。成功させようとする意思や熱意、そして情熱が強ければ強いほど、成功への確率は高い。強い思い、情熱とは、寝ても覚めても、二十四時間、そのことを考えている状態だ。

信頼関係は自分自身の心の反映だ。たとえ、自分が損をしたとしても、人を信じていく。その中でしか、信頼関係は生まれない。信頼とは、外に求めるのではなく、自らの心の内にもとめるべきものなのだ。人生というのは魂の修行の場ではないかと考えている。苦難は魂を純化、深化させるために与えられている試練であり、成功もその人間がどこまで謙虚でいられるかを試すものでしかない。

「素直な心」「熱意」「努力」といった言葉は、あまりにプリミティブ(素朴・原始的)なために、誰も気に留めない。しかし、そういう単純な原理こそが人生を決めていくポイントなのだ。

忙しい毎日を送っている私たちは、つい自分を見失いがちである。そうならないためにも、意識して反省をする習慣をつけなければならない。反省ある人生を送ることにより自分の欠点を直すことができ、人格を高めることができる。

素晴らしいチャンスは、ごく平凡な情景の中に隠れている。しかし、それは強烈な目標意識を持った人の目にしか映らないものだ。成功に至る近道などあり得ない。情熱を持ち続け、生真面目に地道な努力を続ける。このいかにも愚直な方法が、実は成功をもたらす王道なのである。

「これだけでも十分ではないか」という、足るを知る心によって初めて、人間は幸せを感ずることができる。そうすれば、今自分が生きていること、そのことに対しても心から感謝をすることができる。

長い人生の旅路では、失望や、困難、試練の時がなんどもある。しかし、それは、自分の夢の実現をめざし、すべての力を奮い起こして誠実に努力をする、またとない機会でもある。天は誠実な努力とひたむきな決意を、決して無視はしない。

ひとつのことに打ち込み、それを究めることによって、人生の真理を見出し、森羅万象を理解することができる。ひとつの仕事や分野を深く追求することにより、すべてを知ることができる。広くて浅い知識は、何も知らないことと同じだ。

高く自らを導いていこうとするならば、あえて障壁に立ち向かっていかなければならない。その際、一番の障壁は、安逸を求める自分自身の心だ。そのような自分自身に打ち勝つことにより、障壁を克服し、卓越した成果をあげることができる。

人生には、近道や魔法の絨毯は存在しない。自分の足で一歩ずつ歩いていかなければならない。その一歩一歩がいつか信じられない高みにまで、私たちを運んでくれる。これが、夢の実現に至る、唯一確実な方法なのだ。

人生とは、自分自身が脚本を書き、主役を演じるドラマだ。どのようなドラマを描くかは自分次第であり、心や考え方を高めることによって、運命を変えることができる。一日一日を懸命に生きれば、未来が開かれていく。将来を見通すということは、今日を努力して生きることの延長線上にしかない。

成功する人と、そうでない人の差は紙一重だ。成功しない人に熱意がないわけではない。違いは、粘り強さと忍耐力だ。失敗する人は、壁に行き当たったときに、体裁のいい口実を見つけて努力をやめてしまう。

経営者は常にチャレンジし続けなければならない。さらには、先頭を走る経営者が倒れても、その精神を継承した社員が経営者の屍を乗り越えてチャレンジを続けていく、そのような企業風土をつくらなければならない。

私は、仕事に関して完全主義だ。このような完全主義を自分に課し、毎日を生きることは大変つらいことだ。しかし、習い性となれば、苦もなくできるようになる。経営者は、完全性を追求することを、日々の習慣としなければならない。

経営者は、バランスの取れた人間性を持たなければならない。ただし、それは、中庸という意味ではない。ひとつの人格の中に、相反する両極端をあわせ持ち、局面によって正常に使い分けれられる者こそが、バランスのとれた経営者なのだ。

リーダーは、常に謙虚でなければならない。謙虚なリーダーだけが、協調性のある集団を築き、その集団を調和のとれた永続する成功に導くことができる。

多くの事業家は、自らの才覚と能力に頼る。しかし、それでは一時的に成功したとしても、自分自身の才覚におぼれ、事業が長続きしない。事業を成功させ続けるためには、心を高め、徳のある人格を築き上げていかなくてはならない。

人間として普遍的に正しい判断基準とは、簡単に言えば公平、公正、正義、努力、勇気、博愛、誠実というような言葉で表現できるものである。自分の心の中に、こうした人間として普遍的に正しい判断基準を確立し、それに従い行動することが成功への王道である。

私はすべての判断の基準を「人間として何が正しいか」ということに置いている。経営における判断は、世間でいう筋の通ったもの、つまり「原理原則」に基づいたものでなければならない。我々が一般に持っている倫理観、モラルに反するようなものでは、うまくいくはずがない。

常に原理原則に基づいて判断し、行動しなければならない。原理原則に基づくということは、人間社会の道徳、倫理といわれるものを基準として、人間として正しいものを正しいままに貫いていこうということだ。人間としての道理に基づいた判断であれば、時間や空間を超えて、どのような状況においても受け入れられる。

新しい事業を始める際に、もっとも重要なこと、それは自らに「動機善なりや、私心なかりしか」と問うことだ。動機が善であり、実行過程が善であれば、結果を心配する必要はない。ものごとに筋が通っているか、すなわち道理に適っているかどうかを判断するためには、単に論理的に矛盾がないかということだけでなく、それが人としてとるべき道に照らし合わせて、不都合がないかという確認が必要だ。

人はインスピレーションを外に求める。しかし私は、内に求める。自分が今やっている仕事の可能性をとことん追求して、改良を加えていくと、想像もつかないような大きな革新を図ることができる。創造というのは、意識を集中し、潜在意識を働かせて深く考え続けるという苦しみの中から、ようやく生まれ出るものだ。決して単なる思いつきや生半可な考えから得られるものではない。

創造的な領域では、基準とするものがない。真っ暗闇で嵐が吹きすさぶ海原を、羅針盤も持たず航海していくようなものだ。そのような創造の領域では、自分自身の中に羅針盤を求めて、方向を定め、進んでいかなければならない。

異なった環境で育った人々の心を結びつけるには、世界中の人々から信頼や尊敬、共鳴や感動を得られる普遍的な経営理念がなければならない。そのような経営理念を世界各地の従業員が共有してこそ、文化の壁を越え、一体となって事業を推進できるのではなかろうか。

買収や合併とは、全く違う文化の違う企業が一緒になることであり、企業間の結婚のようなものである。したがって、最大限相手のことを思いやる必要がある。

商いの極意は、お客様から信用されることだと言われている。もちろん、信用は商売の基本だが、さらに信用の上に「徳」が求められ、お客様から尊敬されるという次元がある。尊敬まで達する、お客様との絶対的な関係を築くこと、それこそが真の商いではないだろうか。

会社が大きくなってから(会計や社内)システムを作るのではなく、小さいころからしっかりしたシステムを作ったから京セラは大きくなれたし、大きくなっても大きな問題が起きなかった。

いい商売、悪い商売があるのではなく、それを成功に導けるかどうかが重要。屋台を大きなフランチャイズチェーンに発展させる人もいるし、十何年屋台を引いても財産を残せない人もいる。

早く言えば売上から費用を引いたものが利益だから、売上を最大にして経費を最小にすればいい。そうすればいろいろな種類の利益もすべて問題なく増える。

利他の心に徹していると、人間の力を超えた「他力の風」を追い風のように受けることができます。しかし、その風を捕まえるためには常に自分の心を美しく磨き、しっかりと「利他の帆」を張っておかなくてはなりません。利己まみれの心では、他力の風を捕まえることはできません。

JALの経営再建時、京セラで私が編み出した独自の管理会計システム(アメーバ経営)も導入しましたが、何といっても、哲学が浸透していったことで、幹部、社員は自己犠牲を厭わないようになりました。みんな他人のために喜々として働くようになり、それにつれて業績もみるみる向上していきました。

中小企業の経営から始めた私は、「赤字を出してはいけない」という考えが体に染み付いています。中小企業は赤字を出したら簡単に潰れてしまいますからね。中小企業の経営者は収入が減ったらそれなりに支出を減らし、何とかして収益を上げることを考えます。しかし大きな企業は、1度や2度の赤字では潰れません。当事者意識を持ちにくい。経営者も従業員もいつしか、赤字に慣れてしまう。

経営者が自分を犠牲にしてでも従業員の待遇を良くしてやるとか、お客さまを大事にするとか、そういう心があれば、必ず従業員もお客さまも会社を大事にしてくれる。

航空業界ほど不安定な業界はないと思っています。例えば、天候が悪かったり、地震が起きたりしても需要は落ち込みますし、世界的な景気変動の影響も、まともに被ってしまうのが宿命です。突発的にいろいろなことが起こって経営が左右されてしまう不確実な業界なのです。ですから、私はたとえ再建がうまくいって、今は経営が順調でも決して安心はできないと思っています。

トップがいくら優秀でも、下が忠実に決まったことを守りさえすればいいという経営手法は時代錯誤。トップの経営陣と同じようなマインドを持った従業員がどれだけいるかで、会社の強さは決まる。

私は単純に、リーダーが組織を引っ張っていく上での物事の判断基準は、人間として何が正しいかという一点だと考えています。打算を捨て、自分に都合がいいとか悪いとかではなく、時にはそれが自分自身や会社に不利益をもたらしたとしても、正しいことを貫いていくことが立派なリーダーになるためには必要なのです。

最初は勝算も何もなく、どうすれば良いかという策も持っていませんでした。JALという会社はどういう会社なのか、どんな経営陣が残っているのか、それらを知ることから手探りでやらなければならない状況だった。
【覚え書き|JALの経営再建に取りかかった当時を振り返っての発言】

これは預かりものや。もちろん、その中から京セラの将来のために投資することは必要。それを怠ってはいかん。しかし、それがすべてではない。天からの預かりものだから、できるだけ多く、世の中を良くするために使うことが大事や。
【覚え書き|京セラの余剰資金について語った言葉】

いま、私に一軒の飲食店を任せてもらえば、何人かの人を雇って見事な店をつくってみせます。それは、ラーメン屋でも、おでん屋でも同じ。売上を増やし、コストを抑えるための創意工夫は、どの商売にも通じるからです。

私も経営者になりたての頃は、研究開発、製造、営業に忙しい日々を過ごしていましたが、経理については素人で、ベテランの経理部長に任せていました。あるとき彼と、次のようなやりとりがあったことを記憶しています。私が「利益は出ましたか?」と訊ねたところ、部長は「売上の一割程度の利益が出ました」といいます。そこで「そのお金はどこにあるの?」と聞くと、彼は「お金はありませんよ。まだ売掛金のままですから、税金は銀行から借りて払います」と答えるではありませんか。いわゆる「勘定合って銭足らず」という状態です。つまり、一割程度の税引前利益が出ていても、場合によっては資金繰りが苦しくなります。手元のキャッシュが少ないようでは、経営戦略上も有効な次の一手が打てません。

JALの再建で、私はあらゆる機会を通じて教育に全力を尽くしました。それが功を奏し、全社員が経営者意識を持って仕事に取り組んでいます。

会社を経営していると、思わぬ外部環境の変化に戸惑うことがあります。しかも、そこで対応を誤ると、取り返しがつかなくなることも少なくありません。しかし「変化はチャンス」でもあり、上手に生かせれば業務拡大にもつながります。

商売には「損して得とれ」という言葉もあり、今回は目をつぶり、次で儲けさせてもらうという考え方もあります。とはいっても、シビアに原価計算ができていないと、どこまでなら値下げしていいか、判断をくだせません。

私は「値決めは経営者の最も重要な役目のひとつである」と常々いっています。なぜなら、売り手にも買い手にも納得を与える値段でなければ商売はなりたちません。そのためには絶妙の経営感覚が求められるのです。

会計システムを確立し、原価、費用などの細かい数字を把握し、経費を最小限に抑えることで利益をあげることが会社継続の源泉。

私は、経営を学んでいく過程で、会計が現代経営の中枢と考えるようになりました。会社を長期的に発展させるためには、財務状況の実態を正確に把握されなければならないと気づいたのです。

「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること」という京セラの経営理念を実現するには、どうしても高収益体質の企業にしなければなりません。

私の家が裕福で資産があり、それを元手に会社を設立したのであれば、オーナーとして余裕のある経営ができたでしょうが、創業時はお金もなく、実務経験もありません。黒字化は緊急課題だったのです。幸い、全員で必死の努力を重ねた結果、初年度から黒字決算になりました。

残念ながら、最近の経営者は何かというと「為替の変動で苦しい」とか「マーケットが冷え込んでいて」などという言い訳が先。うまくいかない条件を並べることは簡単ですが、そう思うことが、自分自身を、そして会社を低迷させている元なのです。信念があれば、悪条件を乗り越えてやっていこうという気持ちになれるのです。

私は京セラを立ち上げた際、経営についてはまったくの門外漢でした。それでも、日々様々な経営判断を下さなくてはならない。そこで私は、「人間として何が正しいのか」を判断基準にしました。だからこそ、迷わずに判断をすることができた。

現在の日本はもちろん、アメリカなどを見ても、企業内で様々な不祥事が起こっています。人間として何が正しいのかという哲学をベースに経営を行なえば、このような不祥事は決して起きないはずです。

フィロソフィは経営者やリーダーだけでなく、中間管理職も新入社員も、働く人すべてに必要なこと。世の中のビジネスマンは、「仕事に哲学なんて必要ない」と思っている人が大半。そういう人に対して、人生や社会生活においていかに哲学が重要かを言って気づかせてあげるのは、リーダーや管理職の仕事。

根底に哲学がなければ、欲望を肥大化させ、ついには破滅してしまう。根底に哲学が、とくに「利他の心」が必要。自分たちだけが良ければいいのではなく、みんなか幸せになっていくというものでなくてはならない。

どんな逆境にあっても、今、目の前にある仕事に、不平不満を抱かずに一生懸命頑張っていくことが、その人の人間性を高めていく。その熱心な、必死な努力が、いずれ必ず自分の人生を開いていく元になる。

いまに西ノ京原町一になるな、原町一になったら中京区一や、その次は京都一やで。そして日本一までいったら世界一を目指そうな。
【覚え書き|創業当時、従業員に語った言葉】

部下を叱ればいいというものではないし、褒めればいいというものでもない。経営者の目的は、組織を正常に機能させること。そのためには優しさと厳しさの両面が必要だ。
【覚書き|ある人に部下は褒めて伸ばした方がいいのか、叱って伸ばした方がいいのかと問われたときの返答】

おまえは、大学を出ているから「知識」は十分あるんだろう。通信事業をやってきたのだから「見識」もあるんだろう。だけどおまえには「胆識(たんしき)」がない。物事を決めるときには知恵だけじゃダメなんだ。本当にそれを自分がやりたいと思う。もしくはやらないといかんと思う。そして、そのためにはどうやればいいのか。それを考え抜いたうえで発言しろ。
【のちにKDDI社長となる小野寺正氏に言った言葉】

上司から指示された仕事を我が事にしてしまい、創意工夫を加えながらその仕事の範囲をどんどん拡大していけば、やれることは無限にあると同時に、いくつもの壁が立ちはだかってくることがわかります。営業ひとつとっても、「お前はこのテリトリーをやっておけ」と指示されて、そのとおりのことしかしない人は成長できませんが、決められたエリア内を深掘りしようと思えばいくらでも工夫はできます。そうすることによって仕事はいくらでも広がっていき、そして広げれば広げるほど、苦労は増えていくのです。頭角を現わしてくる人間は、みなそうやって「苦労を買っている」わけで、そのなかで揺るぎない信念が養われていくのではないでしょうか。

子供時代を過ごした鹿児島で、「若かころの難儀は買うてでもせい」とよくいわれたものです。いま振り返ってみると、まさに至言だと思います。信念とは苦難のなかで養われるものであり、そういう意味では、天が自分に苦しい状況を与えてくれたことに感謝しています。

私の世代は、大学を出ても就職先などないのが当たり前でした。そして、幸運にも仕事に就くことができたら、その仕事を必死でやるのが当たり前の時代でした。逆境のなかで耐えて、耐えて、必死になって働き続けることによって自分の精神が鍛えられ、揺るぎない信念が磨かれていったように思います。つまり私の信念は、自分で求めたのではなく、他動的というか、環境から授かったものという気がいたします。

揺るぎない信念はいかにして身につけることができるのかといえば、それは逆境のなかで辛酸を嘗めるような苦労を経験をすることでしか身につかないと、私は思います。

50人の従業員がいれば50とおりの個性があるわけで、リーダーがそれを束ねてひとつの方向に導いていかなければ会社はバラバラになってしまう。そして、従業員にとってたんに居心地がいいだけの甘い会社は、いずれうまくいかなくなります。リーダーは揺るぎない信念で、「いまこの会社にとって何が正しいことなのか」を従業員に説き続けなければなりません。

リーダーという存在は、相手が聞く耳をもっていようともっていまいと、自分の信じるところを諄々(じゅんじゅん)と部下に説いていき、心から納得させなくてはならないのです。

私はつれづね利己ではなく「利他」が重要だといっていますが、簡単に妥協してしまう人は利己的な人が多い。残念ながら、日本企業のリーダーにはこのことを自覚できている人が大変に少ないと思います。

盛和塾でもよくいっているのですが、いろいろな交渉などで簡単に妥協してしまう経営者がいますが、そういう人は信念が希薄だから妥協してしまうのです。なぜ、信念が希薄なのかといえば、それは大義を考えていないからです。つまり、簡単に要求を呑んで妥協してしまうのは、「この厳しい交渉を一刻も早く終わらせたい」という、経営者の私心にすぎません。相手が利己的なのではなくて、経営者こそ利己的なのです。

意識の変化には、JALの社員が倒産という「死の淵」を覗いたことも大きかったでしょう。その恐怖心がなかったら、本気で意識改革をしようなどとは思わなかったかもしれません。

私が塾長をしている盛和塾には、中小企業の経営者の方がたくさん集まっておられます。私が、「あなたはなぜ会社の経営をしているのですか」「経営にはビジョンとミッションが必要なのではありませんか」「会社をよくしようと考えたら、まずはみなさんの考え方から変えていかなくてはならないのではないですか」といったお話をしますと、みなさん「ハッ」と驚かれます。それまで、自分の会社の利益というミクロな問題にのみ汲々としていた経営者が、自分の仕事の大義とは何かに目覚め、思考がほぐれていくと、急に視界が拓けるように感じるのではないかと思います。大義を考えることには、こうした効果があるのです。

人間は多かれ少なかれ、世の中の役に立つべきであり、世の中の役に立つことをやるべきだという思いは昔からありました。「世のため人のためになること」を成すのが、人間として最高の行為であり、自分の人生はそのためにあるのだと信じて生きてきたつもりです。それが私のいう「大義」です。事業の展開を図るときも、つねにこれをベースにして考えてきましたので、大義は私にとって非常に大切な言葉です。

今の日本はあまりにも平穏で、安逸をむさぼっています。もうちょっと根性入れて仕事をせんかと思います。

会社が潰れたのは皆さんの考え方がおかしかったからで、その気持ちを変えて会社を立派なものに変えなきゃならん。
【覚書き|日本航空立て直しに取りかかったときに幹部たちに語った言葉】

些細なことでも社会に貢献したらどうですかと言いたいですね。いったんこの世に生を受けた以上、世のため人のためになるようなことをしようじゃありませんか。私たちは皆、何かを成すために生を受けています。それに気がつかないのは、空しいじゃありませんか。

生きていくには自分で何とかしなきゃならない。本来は社会がこうした強い自覚を持てるように仕向けなくてはならなかったかもしれません。ですが、「ダメなら助けてあげましょう」という制度が奮い立つ熱情を失わせていった。これは成熟した社会になればなるほど、ついてくる問題なのかもしれません。

日本は非常に成熟し、博愛の念や弱者への思いやりも強まっています。国民は生活保護法などで手厚く保護されるようになりました。しかしそれが、「何くそ」という思いで生きる人を阻む要因になっているのかもしれません。非常に逆説的な結果ですが。

日本はバブル崩壊後、平穏な状態になりました。あまり悪くもならず、そのまま二十数年間経過した。しかし「可もなく不可もなく」じゃいかんのです。

若い頃、私は思想家・中村天風さんの言葉に出合いました。「新しき計画の成就は、ただ不屈不撓(ふくつふとう)の一心にあり。さらばひたむきに、ただ想え。気高く強く、一筋に」。新しいことをやるには何事にもくじけない強い精神力がいる。であれば気高く、強く、一筋に思いなさいという意味の言葉です。

いまは核家族になっていますから、両親が美徳や価値観を子供に教えていかないとならない。両親にも日本人としての美徳や価値観が薄らいできている可能性があります。世界に誇れる日本であり続けるには、やはり親御さんの教育といいますか、親にしっかりしてもらうことが大事じゃないかと思います。

日本は今後、少子高齢化が進んで人口が減少していきます。そういう中で、これまでのような経済発展を求めるのは非常に難しくなると思うんです。そんな中でも日本が未来に残さないとならんものというのは、日本人の美徳といいますか、親切心やおもてなしの心、礼儀正しさといった人間性です。

よく言霊と言いますが、本当に自分の意思を伝えようと思えば、言葉に魂が乗り移っていかなければならない。だから終始一貫、相手の心に伝わるように精魂込めて話すんです。

技術的なことだけ進化発展しては近代文明は危ういものになってしまいます。人類の精神面の進化や豊かな人間性がなければ危なっかしい。

イノベーティブなことをやる人は、それはもう好奇心の塊で、探求心の赴くままに研究に没頭し、これまで成し得なかった研究や開発を完成させる。

人は誰でも幸せに生きていける。心のままに人生は存在するんだよ。

ちっぽけな満足はすぐに弾ける。事業は大きくしなければいかん。より多くの人たちの幸せのために、人一倍努力しなさい。さらに高みを目指せば信用も自然と蓄積される。

本社と現場の連携は大事です。そこにミドル層の社員が宣教師となって現場にフィロソフィを伝えていく役割を担うことになります。ですから、会社が一丸となっていくわけですね。そういったミドルを含む意識改革教育を始めたのは昨年の6月ぐらいからでしたが、数か月後には経営実績という形で成果が目に見えてきました。

もし、会社(JAL)が潰れていなければどうだったでしょうか。自分たちは日本を代表する大企業に勤めていると思っていたのでここまで私の話を素直に聞いてくれなかったかもしれません。しかし実際に会社は、倒産に追い込まれ、後がなかったものですから、自分たちも変わらざるを得なかったのだろうと思います。

もっと手を打っておくべきだったという人もたくさんおられますけれども、そのときには一生懸命考えてやっていたわけですから、想定外というのはあり得る。問題は、その想定外のことが起こった後、どういう手を打つのかという問題だと思う。

まだ毎日(日次)の路線収支は出てきていません。月次で各路線の収支が分かるようになっています。毎月「業績報告会」という形で、全幹部社員が集まって各部門別に採算がどうなっているかを発表し、議論することを通じ、会社の詳細で正確な経営状況を全員で共有するようにしています。

従業員に話すことは、世のため、人のために仕事に打ち込もうということだけ。純粋に物事に取り組んでいると、想像もできないようなことが起こる。

床にこぼれ落ちている原料や、職場の片隅に積み上げられている不良品が、まさにお金そのものに見えてくるところまで、私たちの採算意識を高めていかなければなりません。

会社を成功させるための3条件

  1. 会社を経営する目的を明確にすること。私は、「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という誰もが共感する経営哲学を掲げ、それを全従業員に伝え、共有化しています。
  2. 目標を数字で具体的に提示し、全員で共有し達成する仕組みを整えること。
  3. 従業員の求心力を高めること。そのためには社員とよく会話して、思いを伝え合うこと。

昨今では、企業の不祥事で企業の内部管理制度が非常に厳しく問われています。しかし管理制度を強化するだけでは、不祥事はなくなりません。その根幹に正義感がなければ意味がないのです。すべての社員が正しい経営哲学を共有しなければ、不祥事はこれからも続くでしょう。

私自身は、全くの新しい事業を成功させるのは容易ではないと考えていたので、自らの事業の延長上にある領域を拡大していくやり方を選びました。ここで決めたルールは2つです。「自分が得意な事業分野に絶え間なく進出する」「得意ではない全くの異分野には何があっても手を出さない」です。

命令で部下を動かそうとしても限界がある。「あの人のためだったら一生懸命に働きたい」、そう部下に思われるように、リーダーは、まず人として自分を磨かなければならない。

私はさほど悩みません。損得ではなく、「人間として何が正しいのか」、その一点で考える。自社にとって不利でも、正しいと思うことを選択するのであまり迷いません。

楽観的に構想し、悲観的に計画せよ。計画するときには慎重に進めなければなりませんが、考えるときには楽観的に発想する。楽観的でないと、せばまったことしか思いつかない。

私も中学生のとき、初めて挫折感や屈辱感を経験しましたが、でも、それがバネになり、私を励まし、背中を後押しし、勉強へと向かわせた。だから、その後の私がある。

上司として「こうすべきである」という信念や、「部下に成長してほしい」という思いがあるから、叱ることができる。信念と愛情を持って、一生懸命指導し、説得すれば、必ず通じる。

最近は、上司が部下を叱るのを避ける風潮があるようです。しかし、叱ることができないのは、信念も思いも希薄な証拠です。リーダーが叱らざるをえないときに叱らないと、組織は弱体化します。

機械の泣いている声が聞こえるか? 設備を擬人化し、その声が聞こえるほど対象と一体化し、仕事に打ち込まなければ、手の切れるような高品質の製品はできない。

錐(きり)は力を先端の一点に凝集させることで効率よく目的を達成する道具です。その力の源は集中力です。錐のようにすべての意識や神経を一つの目的に集中すれば、誰もが必ずことをなしうるはず。

今の仕事が「嫌だ嫌だ」と思っていたら、それが原因となり、結果としてモチベーションなど上がるわけがありません。成績も悪くなり、いい評価などもらえないでしょう。人生は強く思ったことが現象となって表れる。だから、今の仕事を好きになることが大切。

世の中で自分の好きなことを仕事にすることができる人は少ない。だからこそ、自分から仕事を好きになる。好きになれば、自ずと集中できるので、上達も早く、やりがいが生まれる。

モチベーションが上がる仕事に就けたら、人間は幸せですが、大半の人はそうではありません。結局はモチベーションが高まるよう、自分で努力をしなければならない。

迷いが生ずる状況では、まず人間として何が正しいかという基準で臨む。とにかく不屈、不撓の精神で行く。日本経済が低迷しているから、計画を立てられないと言いわけをせずに目標をやり遂げていく。思うことが大事で、そこが出発点。

会社経営の目標はあくまでも従業員の物心両面の幸福を追求していくことにある。そうすれば社内に向上心が生まれ、顧客のためになる商品・サービス開発につながり、利益を生み、株主へ配当することもできる。

経営で一番大事なのは、幹部がどういう哲学、判断基準を持っているか。その基準が正しければうまくいきますし、間違えば会社は傾きます。

日本はあまりにも平穏で豊かになりました。親御さんも優しいので、子どもは働かなくても生きられます。でも本当は逆境に陥れて、そこから自力ではい上がらせる、そういう状況にしなきゃいけない。皆を奮い立たせるには、逆境に追い込まないといけないと思います。

長年の行いの結果、尊敬を受けるようになる人は本当に少ない。それはその間に、経営者の心が変わってしまうからでしょう。

私は、「自分だけがよければいいという判断基準で経営をするな」と常々言っている。再建で資金がいっぱいできたから、今こそ相手を潰そうなんて、そんなケチな人間ではありません。

大企業での経験をバックに「俺が助けてやろう」なんていう傲慢さは、まったく見せなかったつもりです。航空業界の知識は皆無だったわけですから、謙虚に振る舞うことを心掛けました。とっくにリタイアしてもおかしくない老人が、ちっとも威張らないで、無給で頑張っている。だから皆さん、味方として受け入れてくれました。

JALはかつて、航空運輸事業だけで子会社30数社、従業員5万人の大会社でした。にもかかわらず、経営はグループ全体の損益計算書だけで見ていました。着任したときに「先月の数値はどうか」と聞くと、「3カ月前の数値ならありますが、先月の数値なんて、まだとても」と言う。これでは、今会社がどういう道を歩いているか、わかりません。それで、路線ごとに月次、あるいは日次で採算を管理するように、経理のシステムを大幅に変えた。さらに、各職場の人が数値を意識して働いてくれるよう、部門別管理会計制度を導入しました。膨大な仕事で、完成には約1年かかりました。

JALの再建では「リーダーが私利私欲に走らず、利他の心で判断すること。要は人間として正しくあることを、経営でも考えなくてはいけませんよ」と話すことから始めました。するとエリート幹部たちは、「なんでそんな当たり前のことを教わらなきゃならんの」という顔をする。それでも私は、「知ってはいるでしょうが、自分の身に付いていないでしょう」と、懲りずに何回も話し続けました。本当に納得してもらうまで、50回くらい話したと思います。

経営者というのは、あらゆる面で日常の仕事の中、大変厳しい環境に置かれたり、いいときもあったり、悪いときもあったりと、いつも予期せぬことに見舞われます。それがまさに修行で、うまくいかなくなったときに動揺したり、うまくいったからといって有頂天になったりしてはいけません。いいときでも、非常に厳しい環境の中でも頑張っていくということがまさに修行であって、そうした経験を経ていくことで自分の心が高まっていくのですね。

「社長業には何が大切か」と聞かれて、こんなふうに答えたことがありました。第一に、「社長は公私の区別を峻厳に設けること」。第二は、「社長は企業に対し無限大の責任を持つこと」。第三は、「社長は自身の持つすべての人格と意志を会社に注入しなくてはいけない」。さらにいえば、経営者にはひとかけらでも「私」があってはならない、ということです。

私もこれまで、才覚あふれる経営者たちが流星のごとく現れてはやがて没落していった例を多く見てきました。彼らが没落していった理由は、「成功」という試練に耐えられず、人格、人間性、考え方などが変わってしまったからにほかなりません。そう考えると、成功を持続させる働き方として大切なのは、「無私の心で働く」ということだと思います。

現在でも仕事上の会食以外では、豪勢な食事をするようなことはめったにありません。何万円もするような食事をしようと思えばできるのでしょうが、そんな豪華な食事を平気で取れるという、慢心が恐ろしいのです。自分が贅沢をしたりするということは、慢心や驕りにつながっていくと自らを戒めてきましたので、それが習性になっているのだと思います。
【覚え書き|82歳時の発言】

金を儲けたいという強い思いを持つこと自体は、決して悪いことではありません。特に事業をスタートさせる時期には、「何としてもこの事業を成功させ、豊かになりたい」という強い「思い」も必要になります。しかし、成功した事業を永続的に発展させていくためには、「お金を儲けたい」という経営者の私的な願望だけが目的であってはうまくいきません。なぜなら、いったん成功して私的な願望が実現してしまうと、もはやその経営者は一生懸命働こうとはしなくなってしまうからです。それでは従業員を不幸にしてしまいます。

財産や利益が目的の人もいれば、地位や名誉が目的の人もいるでしょう。しかし、そうした数字や肩書によって示されることが目的であれば、その目的が達成されてしまえば、あとは目指すものがなくなってしまいます。

何としても事業を成功させたいという強い「思い」や、格闘技にも似た「闘争心」のない者は、そもそも経営者にはふさわしくありません。逆に、そうした「思い」さえあれば、資金や技術、人材などに恵まれなくても、熱意と執念がその不足を補って、ものごとを成し遂げていくことができるのです。

「ただ儲けたい」「楽をしたい」ということだけが人生の目的では、経営者自身が真の幸福を得ることはできません。また、企業を永続的に発展させることもできません。それよりももっと高邁な目的が、経営者には必要なのです。

経済的に豊かになりたいという気持ちは、決して悪いことではありません。特に事業を始めるときにはそうした強い思いも原動力になるでしょう。しかし、いつまでも利己的な欲望だけを原動力にしていては、たとえ成功したとしても、いずれは行き詰まるでしょう。あるところまでいったら、他人のために尽くす「利他」の精神が必要です。

私自身、大学を卒業して入った碍子メーカーはずっと赤字続きで、給料の遅配も当たり前という状況でした。そんな会社ですから、会社の中には不満が常に充満していました。最初の頃こそ同じく不満を持っていた私ですが、このままではダメだと思い、「少なくとも自分のいる研究部門だけは必死で頑張ろう」と考えを改めた。そして、「不平不満はあるかもしれないが、それを横に置いて、今、目の前にある研究に全身全霊を傾けよう」と呼びかけ、仲間とともに必死に、一生懸命に研究に打ち込みました。その結果、徐々に研究の成果が上がるようになり、社内での評価も高まり、仕事も楽しくなってくるという好循環が生まれたのです。そして、このとき身につけた技術が、京セラの創業にもつながっていきました。

テクニック以前に、人間としての基本を、もう一度、取り戻す努力をすべきだと思います。特に経営者は本来、そのことをよく分かっていなければなりません。ところが最近は、部門の業績を上げてきたといった数字面での実績だけで、トップに立つ人も少なくないようです。業績以前に、トップに立つのにふさわしい人間性を持っているのか、そこはもっと考慮されるべきでしょう。

哲学を何一つ持たないまま、年功序列でトップに立ったような経営者が多くなりました。若い頃から組織運営を任され、リーダーとしてのあるべき姿とは何かを自問自答し続けて、自分なりの経営哲学を体得した人が、いまどれほどいるでしょうか。そういう人がトップに立っていれば、社員の熱意はもっと高まっていくんだろうと思いますけれども。

想定外の事態が起こったときに、その後、復活していくのには、その組織の末端が元気に生きていることが大事。トップの脳神経が壊れれば手足が麻痺するというのではなしに、それはもう下等生物みたいに、腕や足が切れても腕や足そのものが動いているということがありますね。つまり、全てが、全組織が生きているという状態であれば、想定外の事態に遭遇しても、それぞれが自発的に対処し動いてくれますから、復旧も早い。

仕事をしていた80代初めまでは、日々、反省をしていました。特に第二電電、今のKDDIを創業して、自分の専門外の事業に乗り出していったときには、本当に毎日のように反省していました。「動機善なりや、私心なかりしか」ということをね。「毎晩寝る前に、ベッドの上でそれを繰り返し口に出して、自分に問いかけるのです。おまえが今やろうとしていることは、動機は善なのか、私心はないのか、天地神明に誓ってそう言えるのかと。そのおかげで、たとえどんな誹謗中傷を受けようとも、これは絶対に負けないで頑張ろうという闘魂が湧いてきたんです。

(最初に入った)会社は給料を遅配するような状況で、職場のモラルが非常に低下していました。サボったり、ダラダラと仕事をして残業をしたり。私は残業をすると人件費が上がって会社の経営もうまくいかないと思ったので、残業をしないようにと現場で働く社員たちに徹底したんです。そうすると、残業代を当てにしていた社員たちが、猛反発をしたんです。「役職も何もない若造が」と言って、出荷用の木箱を積んで、その上に私を立たせて、その周辺にみんなが集まって人民裁判のように糾弾が始まって。おまえみたいなやつが会社の回し者になるから困るんだと。その夜、連中は集団で寮にいた私を襲いに来て、けんかになりましてね。窓のガラスが割れて、私は頭を切って血が出たんです。連中は、もうあいつは会社には来ないだろうと思ったでしょう。ところが翌日、私が包帯を巻いて行ったものですから、みんながびっくりして(笑)。それ以降、みんなが言うことを聞いてくれるようになりました。結局、私の強い意志が伝わったのでしょう。物の道理に合わないことに対して自分の説を曲げてまで従うのは、心の底から許せなかったのです。

私も人生を振り返ってみると、どんな環境にあろうとも、たとえ怖いと思うときでも必死に努力をするしかないと思って、それを実践してまいりました。今の若い人たちも含めてですけれども、いい会社に入れなかったといったちょっとしたことでも、すぐにくすんでしまう人が多いと思います。けれど、どんな環境に置かれようとも必死に努力さえすれば、必ず変化にも対応できますし、結果もおのずとついてくると私は信じています。

家庭や学校も含めて、人間教育をもっとしていく必要があると思います。私が子供の頃は、身を修めると書いて「修身」という科目がありました。それを戻せとは言いませんが、人間としていかにあるべきかを根本から教える機会が減っているのが問題だと思います。ただ単に知識を身に付けて、いい学校に行くということだけが人生ではありません。教師も親も、人間としてあるべき姿を自問自答したり、教わったりしたことがない人が多くなったように思います。

私が長年言ってきた、会社の中に小さなアメーバという経営体をいくつも作り、活性化することが大切なのです。アメーバという組織が本当に生き生きと、自分たちで経営し、利益を出していく状況を作り出すことが、外部の環境が良いときにこそ重要です。そういう力強い経営体を今、作ることができなければ、景気が減速したときに非常に大きな問題が出てくるのではないかと思います。

最近は、会社経営も含めて、自分の人生について、どうあるべきかという根源的な問いをあまりしないのでしょう。それが大きな問題ですね。やはりトップとして社員をリードしていくには、社員が「なるほど、うちのトップが言うのはもっともだ」と思えるような話をして、それを自らの行動で示していかなければなりません。それは、その人の人生観や人格の問題ですよね。そういうものに社員たちが触れて、納得してついてきてくれるような状況が、経営には必要です。逆に言えば、そういう哲学を持っていない方がトップに立った場合に問題が起こるのでしょう。

アメーバ経営は、会社を小さな組織に分割して、各リーダーがトップの経営者と同じようなマインドを持って採算をしっかり見ながらそれぞれの組織を経営してもらうというものです。そして、ただ単に任せるというのではなしに、トップが持っている経営哲学や経営の手法を伝授して、リーダーにそれを咀嚼して身に付けさせ、実践させていくことが欠かせません。そうすることで多くの経営者を育てて、トップ一人だけの力ではどうにもならない大きな組織を生きた組織として動かしていくのです。小さなアメーバ組織が生き生きと経営をしてこそ、その集合体である会社全体の経営がうまくいくのです。私が経営者として追求してきたことは、それに尽きると言ってもいいでしょう。

社員が当事者意識を持てないのはトップの責任でしょうね。企業のトップが社員に対して、経営哲学や経営の目的を明確に示せていないのが問題だと思うのです。どういうふうに経営することによって全社員が幸せで充実感のある会社人生を送っていけるのかといった哲学を説いていないからでしょうね。そういうリーダーが、あまりにも少なくなってしまいました。

あまり苦労しなくても経営がうまくいっているという状況が、私には心配なのです。本来、経営というものは辛酸をなめて、苦労して、一生懸命やって初めて、うまくいくというものでなければなりません。会社の業績は、経営トップだけではなく、社員全員が努力をし、辛酸をなめた結果、良くなるものです。ところが、全体的に景気が良くなり、自分の会社も何となくうまくいっているという状況は、実は非常に危険です。そのような状況では、小さな嵐が吹いただけで、会社も日本経済ももろくも崩れてしまいます。

できるだけ現場を回り、直接社員に話すようにしてきました。たとえばキャビンアテンダント(客室乗務員)にはこんな話をしました。「客室乗務員の皆さんがお客様に一番接するのですから、お客様にJALは本当に素晴らしいと思っていただけるかどうかは皆さん次第です」と。給料も下がり、ボーナスも出ないという経済的にも大変な状況でありながら、今まで以上の働きと、今まで以上のサービスをしていかなければ会社としてはやっていけないと口酸っぱく言ってきました。また、パイロットにも同じようなことを言いました。整備部門の社員にも、生産性を上げて、少しでも低コストでさらに安全な良い整備をして欲しいと。そういったことを繰り返して私が話し、社員もJALフィロソフィを勉強していくと、どんどんサービスが向上し、無駄が省けるようになり、結果として採算も良くなってきました。

私がJALに来て最初に思ったことは、幹部社員に「会社が潰れた」という実感がないということでした。ですから、私はみんなに「JALは潰れたんですよ」という認識を徹底させるところから始めました。そして、「幹部社員はもちろん、現場の社員まで含めて、一人ひとりが経営者と同じ気持ちで努力をする以外にないんですよ」と訴えてきました。

JAL(日本航空)がここから立ち直っていくには、全員が本当に我を忘れて、一生懸命再建に努力する以外にない。誰も助けてくれないよということです。意識改革のために、まず幹部社員の連中に、このJALはつぶれたんですよと。これを何としてでも立て直していく。それには末端の人たちまで含めて、幹部はもちろんのこと、一人ひとりが経営者と同じ気持ちで努力をする以外にないんですよと。

私はオイルショックのときに、こういう想定外の不況というのは来るんだと。そのときにどう対処するかということが一番大事なんだというので、本当に自発的に皆して、今までの何倍も努力をしようと。売る物もない、作る物もないわけですけど、それならば皆して、手が空いているなら売りにいこうと。売ったことのない現場の人間でも売りにいこうと。また技術を研究している連中はこういうときにこそ新しい技術開発をしようではないかと。注文がなくてヒマなんだから、新しいものを考えようではないか、というので末端の人まで皆が一斉に動き始めた。

稲盛和夫の経歴・略歴

稲盛和夫、いなもり・かずお。日本の経営者。「京セラ」「第二電電(のちのKDDI)」創業者。鹿児島出身。鹿児島大学工学部卒。技術者でありながら会計に明るく、「アメーバ経営」など独自の経営手法で同社を大きく成長させた。事業だけにとどまらず盛和塾という私塾を主催し後進の経営者育成を行った。京セラの会計についての著書『実学』がベストセラーとなった。

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