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稲村純三の名言

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稲村純三のプロフィール

稲村純三、いなむら・じゅんぞう。日本の経営者。「明電舎」社長。東京都出身。慶應義塾大学工学部卒業後、明電舎に入社。取締役、専務産業システム事業本部長などを経て社長に就任。

稲村純三の名言 一覧

大事なことは、人の考えを虚心坦懐に聞くこと。そして鼓舞すること、一緒にやっていくこと。


自分も助けてもらった。その分、誰かを助ければまたいつかは返ってくる。「助け合う気持ち」は激変の時代も乗り越える力になる。


人は失敗と成功を繰り返すことで、人間的にも成長していく。


答えは必ずどこかにある。そう思うことで、一時的に苦しいことはあっても、できないことはない、何か手はあるはずだと、未知の分野にも前向きにチャレンジできた。


小さな組織の中でいつも感じていたのが、誰かに助けてもらったら自分も誰かを助けることの大切さでした。すると、別の時にまた助けてもらえるものです。


私の座右の銘は「真実一路」です。まずは自分の信じる道を正々堂々とまっすぐに進んでほしい。答えは必ずあります。間違えた道ならまたやり直せばいいのです。若者たちには悩まず、明るくチャレンジしてほしいと思います。


ものづくりに必要なのは、世の中にないものをつくる、社会に喜んでもらえるものをつくる――、そういうことに挑戦していく気持ちです。いろいろなことに興味の翼を伸ばし、ぜひ若い人にはそれにチャレンジしていってほしい。


一人ひとりが熟考して悩むより、まずやってみる。「答えは必ずどこかにある」という探究心と「新しいものをつくる」というチャレンジ精神。この2つを両輪に、若い皆さんには、新しいことに伸び伸びと挑戦していっていただきたい。


最近社内で話をするたびに「この1年、何か新しいことを始めましたか、何かを変えましたか、何かをやめましたか」と社員に問いかけています。胸を張って手を挙げてくれる若い人がたくさんいます。変えるという意識を持つ社員が大勢出てくれば、会社は確実に変わります。


入社して配属された沼津工場では、当時会社が注力していた弱電分野を担当しました。大学で専攻した重電分野から世界が大きく変わりましたが、学んだことがそのまま役立つとは思っていなかったので、さほど悩みませんでした。私は元来、おいしいか、まずいか、まず食べてから決めようというタイプです。


私は新人のときから35年間ダイナモメーターシステム一筋にやってきました。発電機や変圧器などインフラ事業が柱となってきた当社の中では売上高の10%にも満たない小さな部門です。そこから社長に選ばれのは、小さいけれども営業や技術、製造という経営の要素がすべてあって、それを運営できた経験が買われたからでしょうか。


社長就任直後にリーマンショック。ようやく景気も落ち着いたかと思ったところに東日本大震災が襲ってきました。当然、当時は当社の業績への影響も大きなものがありました。でも、私はリストラは全く考えませんでした。リーマンショックの際は、従業員に対して5~6%の賃金カットをして、みんなで耐え抜く道を選択しました。それは、人のつながりや助け合う力こそが企業の強さだと長い間思ってきからです。


昨年、入社10年以内の社員約20人が中心になり、明電グループ社員が共有し、実践すべき行動指針を策定しました。若い人たちに社員として進むべき道を考えてもらったのです。内容は、常に問題意識を持って物事を考え続けよう、みんなで考え、みんなで行動しよう、そしてお客様から愛される会社になろう、というものです。


入社当時、自分なりに決めていたのは、どんな仕事でも最初のうちは周りの先輩に聞きまくろうということです。周りには本にも書かれていないような知識や技術を持った先輩たちが大勢います。その人たちに聞くのがスキルアップできる早道だと考えたからです。若い人たちには、聞くことが恥ずかしいことではないこと、そして聞いて知識を吸収することの大切さを知ってほしい。


私は社長になった時、重電部門は詳しくはありませんでした。だからではありませんが、役員、事業部長のところに私から出向いて「何をしたいか」を一生懸命聞きました。人口減の中、インフラが増え続ける時代ではありません。私の中では、補修・管理などサービス事業を育てる方向が浮かんでいたのですが、歴史ある事業だけに変革も簡単ではないはず。一緒に変えよう、始めようという気持ちで接していった。


入社して4年ほどたった頃のこと。私は、ダイナモメーターの新しい制御装置の開発を受け持っていました。よりコストを下げ、精度を上げるという課題を負っていたのですが、大みそかになっても解決できませんでした。ある先輩に面倒をみてもらっていたのですが、どうしてもうまくいかず、2人とも諦めて帰りました。ところが、元日の朝になってその先輩から電話がかかってきました。「アイデアが浮かんだ」というのです。すぐに会社に行き、正月気分なんかそっちのけで取りかかりました。その時、心から痛感しました。先輩でも後輩でも誰かと助け合う気持ちは大きな力になる、と。それから私は、頼まれたことは基本的に断らないことにしました。


振り返って思い出すのは、うまくいった仕事よりも失敗した仕事のほうです。あれは入社7、8年目のころ。私が設計した回路が意図したように動かず、睡眠2、3時間という日々が続いたことがあります。6月ごろのことで、夜が白々と明けるころ帰宅し、一眠りして出直すという生活が1か月ほど続きました。同じプロジェクトの先輩4人も付き合ってくださり、なんとか解決に至りました。こうした経験に共通したのは、疲労感や達成感よりも、答えが分かったことへの感動や驚きです。そんな経験を重ねるうち、答えのないテーマやクレームはない。そう確信するようになりました。たとえ実現不可能ということが結論だったとしても、その理由が判明したことは立派な答えの一つ。固有技術の蓄積につながります。


稲村純三の経歴・略歴

稲村純三、いなむら・じゅんぞう。日本の経営者。「明電舎」社長。東京都出身。慶應義塾大学工学部卒業後、明電舎に入社。取締役、専務産業システム事業本部長などを経て社長に就任。

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