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秋元康の名言

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秋元康のプロフィール

秋元康、あきもと・やすし。日本のプロデューサー、作詞作曲家、実業家。東京都出身。高校在学中にラジオドラマの脚本をニッポン放送に送り、大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属することとなる。中央大学文学部に在籍しながら放送作家として活動。放送作家一本でやる決意をし、大学を中退。その後、『オールナイトフジ』『夕やけニャンニャン』などをはじめとする人気番組の脚本を担当をした。AKB48などの人気アイドルグループのプロデュースなども行った。京都造形芸術大学副学長兼芸術学部教授、日本放送作家協会理事長。

秋元康の名言 一覧

何か仕事をするときに、どこかで「うちの業界はこうだから」「いまの市場は」などと勝手にワクをつくって内側でしか考えていなかったら予定調和しか生まれません。まずその発想を捨てないと、現状も予定調和も打破できないでしょう? 「自分はそれ面白いの?」と自問しなきゃいけない。


僕は過去に興味がないし、過去を分析しても意味がないと思う。じゃあヒット企画をどう生み出すかといえば、誰かじゃなく、自分が「面白い」と思うことをするしかないんですよ。


自分を「信じる」ことですね。たとえば料理を作って、人に食べさせたら、好き勝手に「塩加減がどうだ」「もっとコショウを」だのと言われる。全部に合わせていたら味なんてグチャグチャです。そこで「オレはコレだ!」と言い切る頑固さが強みになる。これは、芸能人でもクリエーターでも、僕が数々見てきた頭角を現す人の共通点。


AKB48の成功要因のひとつは「既成概念を破る」ことなんです。センターに立つ子すら代わる。数か月後に何をやるかも決めていない。予定調和が無いわけです。それって誰しもドキドキ、ワクワクするじゃないですか。少なくとも「新しいことをやろうという勇気」が伝わる。


「アイドルとはこういうものだ」「バラエティ番組とはこういうものだ」。そんなワクの中だけでモノを考えるから過去の先例の中でしか作り手は創作をしない。インターネットなどで本音を語る人がどんどん現れたら、予定調和のメディアやコンテンツは途端に古ぼけてしまう。


人間って形状記憶合金みたいなもので、放っておくと元に戻ってしまう。現状が一番楽なんです。だから、そうならないためには、どこかで負荷をかけなければいけない。


一度、山のてっぺんまで行ければ、次のてっぺんには、とても行きやすい。


僕には才能を磨いたり、何かを教えたりすることはできないかもしれない。でも、チャンスをあげることで、若者たちが自分で才能を磨くことができる。


プロデュースというのは、ゼロを10にすることではなくて、0.1を1にすること。あくまで素材ありきなんです。そんなに難しいことはやってないんです。みんな、どこかに他人と違う部分を持っている。多くの人は、人と違うことに不安を持つんです。でも、「そこがあなたの魅力なんだよ」ということを言って背中を押しているだけ。


僕らの仕事というのは、差異を生み出さなければいけないわけです。差別化されてないといけない。そのために、企画でもプレゼンでも、まずはみんなが想定するようなことを考える。それを捨てたところから初めてクリエーティブがスタートするんです。


道が二手に分かれているような時に立ち止まって一生懸命考えるのは、僕の経験ではあまり意味がなかった。どうせ地図を見て考え込んでも間違える時は間違える。それだったらとりあえずやってみて、間違いに気づいてから戻ってきた方がいい。


アイデアとは、その人の日常のモノの見方を反映する。


送り手と受け手の間に成立している予定調和を壊す。予定調和は、それだけで受け手の興味が薄らぎますから。


誰かが「当たらない」と言っている事業の方にしか、大ヒットの芽はない。


周りを何も見ずにやりたいと思ったことをやる方が成功する。


自分は天才でも何でもない。日常のちょっとした出来事にヒントがある。それに気がつくかどうかだけ。


今の大衆が何を求めているのかと聞かれても、正直全く分かりません。ただ、「見たことのないものを見たい」という心理はいつの時代も同じだと思います。


予定調和を壊せ。見る前から、聴く前から分かるものを人は選んではくれない。「なにそれ」ということに、人はハッとして注目してくれる。


同じことをして勝てないものは、やるべきではない。そこにパテント(特許)なり何かがないと簡単に逆転されてしまう。


お客さんを重視すると言っても、迎合するわけではありません。送り手と受け手の間に成立している予定調和を壊すようにします。予定調和は、それだけで受け手の興味が薄らぎますから。


物珍しいだけでは、単なるキワ物になってしまってダメ。


「次は何が起きるんだろう?」という意外性を、どうやって受け手に感じてもらえるかが大切。


アーティストはマーケットを考えず、自分が作りたいものを作る。
プロデューサーは、お客さんのことを考える。


たくさん考えた企画がすべて当たるなんてことはありません。でも、場数を踏めば、失敗から学ぶことも増える。


各界一流の方々と仕事をさせていただいて分かったのは、「自分の仕事に飽きない」ことこそ最も重要だということ。


最初から目の前にあるもので何かを生み出そうとしても、予定調和になってしまう。


何も関係の無い所からヒントを得るからこそ、新しいものが生まれまる。


「クールジャパン」の本質とは、自国のコンテンツに自信を持つことです。納豆にたとえると、今までは外国人に売るために臭いや粘りを消そうとしていた。でも糸を引き、臭うのが納豆なんだ、と開き直る。それが必要なんだと思います。


僕は総合プロデューサーですが、全員は見られない。ファンがメンバーのプロデューサーでもあり、その集合体がAKBなんです。


CDが売れることよりも、メンバーに“ご贔屓筋”ができることが重要。


芸能人もビジネスマンも運ってすごく大事でしょ。じゃんけんって、その人の運の強さを量れるからバカにできないんだよ。


AKB48の人数が増えて、全員が歌ったりCDジャケットに写ったりテレビに出たりできなくなったとき、最初は僕が16人のメンバーを決めてたの。でもそのうちファンから「秋元はわかってない」という声が出てきた。だったらプロ野球のオールスターみたいに一年に一度、ファン投票で決めてもらおうって。
【覚え書き|AKB48総選挙を始めたきっかけについて語った言葉】


いわゆる本流は予定調和の世界であって、受け手は送り手の出すものを予測できてしまう。この流れに乗った企画はエンターテインメントとして面白くない。ゲリラを目指して、その時々の流行の裏を行く。


企画が評価されるためには、「次は何が起きるんだろう?」という意外性を、どうやって受け手に感じてもらえるかが大切。


日常の中で「面白い」と思えることがなくなったときが、僕が仕事を辞めるときでしょうね。


予定調和を壊すというのは、「予定調和とは何か」を考えてその反対に行くことではない。奇をてらうのではなく、「制限を作らない」ことなんです。何かをやろうとするとき、これはダメ、あれはダメといった制限を取り払って考える。すると、結果的に予定調和を壊した発想が出てきます。


僕は、17歳くらいからずっと人の運命を見ているんです。普通の人が突然売れたり、逆に売れなくなったり。その様子を間近で見ていた。そうすると、実はチャンスは全員にあるということが分かったんです。全員にチャンスがあるのに、みんなそのことに気づいていない。


「50個アイデアを考えて、それを全部捨てて51個目を持ってくるように」と言っているのは、予定調和の答えを消すため。パッと思いつくアイデアが出尽くしたところで、唸りながら捻り出した51個目は、今まで誰もやったことがないものになる。それに、「51個目を」と言えば、言われた側は50個分は頑張るわけですよね。


「50歳を過ぎた男性が、なぜ若い女の子の歌詞を書けるんですか?」とよく聞かれるんですけれど、あれはつまり「AKBの観察日記」なんですよ。要するに、見ていると彼女たちがどういうことに悩んでいるのかが分かる。たとえば、高橋みなみを見ていれば、思春期における自己の在り方、存在証明みたいなもので悩んでいるという具合に。


僕のやってきたことには、マニュアルがないんです。放送作家にしても作詞家にしても、「どうやったらなれるか」と勉強したわけじゃない。実践型なんですよ。何かを体系的に学んだのではなく、実践の中で身につけてきました。だからこそ、その時々で自分が面白いと感じることをやっていた方がいいと思えた。頭だけで考えて戦略を練っても、うまくいかないんです。


AKB48の一生懸命なところが好きという人は多い。たとえるなら高校野球ですね。新設校が頑張って初優勝した。その成長が楽しい。「来年はどうなるの?」っていうのもあるしね。


最近、皆いい子になって「アレもできる、コレもできます」という人たちばかり。でも、幕の内弁当っていくら美味しくても記憶に残らないでしょ? それよりも「これだけはオレは負けない」という武器をひとつ持ったほうがいい。「経理ならオレに任せろ」「笑顔ならアイツだ」だっていい。そこを磨いたほうが目立つし、際立つ。誰かに思い出してもらえます。


よく「時代をついたうまい仕掛けでしたね」とか「緻密な戦略ですよねえ」なんて言われるけれど、正直違うんですよ(笑)。僕はマーケティングやニーズを徹底して、「こんなプロセスを踏めば当たる!」と緻密な計画に従って企画を立てていない。自分自身の「面白そうだ」っていう気持ちを、忠実に実現しているだけなんです。


当たり前のことですが、人生で失敗しないことなどあり得ません。40歳を過ぎていろいろなことがわかってくると、むしろ時には負けたり、引き分けたりすることが人生なのだと気づきました。


失敗する勇気をもって挑戦しなくては、成功することもできないでしょう。


10戦10勝を目指すのではなく、「5勝4敗1引き分け」でいい。そう思ったら自分自身がとても楽になりました。たとえスタッフの仕事にミスがあったとしても、怒るのではなく、逆に励ますことができるようになりました。


嫌われる勇気をもって自分を出さなければ、人に好かれることはありません。


転職するかどうか1年かけて悩んでも、今日1日で決めても、正解率はおそらく変わりません。それならば、瞬時に決めて、こっちだと思う方に全力で走ってみるべきです。もしその先が行き止まりだったら、また全力で戻ってくればいい。そして、この「戻ってくる力」こそが若さなのです。


若い人、とくにそれなりの責任を負うようになった30代の人の中には、失敗をしたくないと考える人も多いかもしれません。しかし、どれだけ慎重になろうが、人に聞こうが、データを調べようが、残念ながら人は必ず失敗します。でも、そう考えたとき大事なことは決めるということ、それも「瞬時に決める」ということではないかと思います。


遠くにある幸せを探すより、身近な幸せをどれだけ見つけられるかが重要です。


周囲と比べて「結婚していないから不幸せ」とか、「マンションを持っていないから不幸せ」とか言う人は、たとえそれを全部手に入れても、まだ足りないものを探そうとします。それに対し、独身だろうが、賃貸暮らしだろうが、そんなことは気にせずに、近所の銭湯に行って、「ここで風呂上りに飲むコーヒー牛乳は最高だね!」と満足している人が勝ちです。


コアなファンを獲得するためには、どうすればいいか。最近、コンテンツ業界の会議に出ると、「刺さっているか、刺さってないか」が重要だと発言しています。昭和のころと違って、大衆はたくさんの選択肢の中から好きなものを選んでいます。数ある選択肢の中から「これじゃなきゃダメだ」と言ってもらうためには、その内容が相手に「刺さっている」ことが決め手になります。


テレビの影響力は確かに大きいのですが、常に新しい情報を発信しているため、情報が古くなると注目されなくなります。だから長続きしない。ところがAKB48のように、ひとつの劇場からスタートすると、ファンはそこに通うのが習慣になります。コアなファンは裏切らないから人気も長続きするんです。


これからは、少人数のグループに共通するものが広がっていきます。テレビなどのマスメディアからヒットが生まれた時代から、小さなところで点いた火が広がっていく時代になったのです。マジョリティーの優位性がなくなりつつあるんです。


生活・文化面で今年のキーワードをあげるとしたら「最小公倍数」でしょう。これまで日本では「最大公約数」が重要でした。音楽業界やテレビ業界も、子供からお年寄りまで、万人に受け入れられるものを求めてきたんです。しかし、これだけ嗜好が細分化されてくると、そういうやり方はもう通用しません。


任天堂がスーパーファミコンを発売したときに、人々はマリオゲームをやりたいからファミコンを買いました。ソフト先行になれば、そのソフトをどう作るかによって、ハードはそれを生かすものにおのずと変わっていくはず。


僕は、時代によってこのアイドル像が変化してきたとは思っていません。アイドルやエンターテインメント業界が変わってきたのではなく、消費する側のファンが変化してきたのだと思います。結果的に大衆に望まれ続けたものが残り、それを並べて見たときに「ああ、アイドルって変化してきたんだな」と皆さんが感じるんです。


アイデアは料理でいう「食材」のようなもの。並べただけでは料理になりません。何かをプロデュースする場合、「この食材をどう料理すればおいしいのか」を食べる側に立って考えます。


場数を踏むこと、たくさんの企画を考え続けることが大切。野球に例えると、打席に何度も入り、経験を重ねるしかない。大切なのは打席でボールを見送らず、バットを振り続けること。とにかく規定打席数に達していないバッターは、ヒットメーカーとは決して言われません。


いわゆる本流は予定調和の世界であって、受け手は送り手の出すものを予測できてしまう。この流れに乗った企画は、エンターテインメントとして面白くなりません。ゲリラを目指して、その時々の流行の裏を行く。


アイデアは料理でいう食材みたいなもの。並べただけでは料理になりません。調理して初めて料理、つまり使える企画になるのです。その一方、食材が揃わなければ、おいしい料理はやはりできない。食材と調理、どちらも大切です。


まずは先輩の台本をもらって、それを参考にしながら書いた。「テレビの台本はこう書くのか」「コンサートの演出はこうやるのか」と書きながら学んでいった。
【覚え書き|駆け出しの頃を振り返っての発言】


はじめは「秋葉原48」という名前でした。名前はどうでもよかったんです。アイドルらしい、フルーツやお菓子みたいな可愛らしい名前ではなく、無機質な商品開発番号みたいなものにしたかったんです。それと「48」には別に意味はないです(苦笑)。いろいろな説があるらしいんですが、勝手に言われるのも面白い。


テレビはいわば、最大公約数の仕事なんです。視聴率を上げるために、子どもからお年寄りまで、誰もが楽しめるものをつくる。だからいつも大衆を見ているんですよね。そんな仕事をする傍らで、劇団への憧れがあった。つかこうへいさんや野田秀樹さんといった方々の舞台ですね。本当に好きな人がわざわざ時間を割いて、お金を払って見に来てくれる。本当に人が熱狂するものをつくりたいと思っていました。
【覚え書き|AKB48劇場を立ち上げた理由について語った言葉】


僕の場合、高校2年生の夏休みで時間が止まっているんですね。今でもその光景を覚えています。机の上に参考書とノートがあって、それをパタンと片付けて、「じゃあ、ちょっとニッポン放送に行くわ」と出かけて行った。だから一度もビジネスだと思ったことがない。


僕はいつでも「いまそこにある偶然」が面白いなと思うんです。つまり、与えられた状況でどれだけ楽しめるかという話です。


冷蔵庫を開けて、そこにある残りものを見て、どんな料理を作れるかを考えられる人は、きっと幸せになれると思います。でも、「これじゃすき焼きは作れない」「チーズフォンデュができない」と考える人は、幸せから遠ざかってしまう。だって、世界一大きな冷蔵庫にたくさんの食材を集めたって、きっと作れない料理が出てきてしまいますから。「いまあるものでどうやったら楽しく生きられるか」を考えられる人が、実は発想が豊かで、同時に幸福な人なのだと思います。


イチローのようにストイックで、強い意志を持っている人ならば、大人になってからでも自分を変えられるかもしれません。でも、僕はつねに「自分はダメなほうの90%に入っている」という意識があるんですよね。人に何かを教えるときでも、「言ってもやらないだろうな」と思いながら教えているところがある。それは自分が教わってもきっと実行しないだろうなと思うから(笑)。だとすると、むしろ変わらないでいること、自分を変えない楽な方法で何かを生み出すことを考えたほうがいい。そのほうが多くの人にとって有効なヒントになると思います。


「今日はどんな一日だった?」と聞かれて、「フツーの一日だった」という人はクリエイティブには向いていないし、あまり幸せにもなれない気がします。「ねぇねえ、今日はこんなことがあったんだよ!」と話せることがどれだけあるか。それが発想の源だし、幸せを形作っているものだと思います。


自分一人が面白いと思ったなら、必ず他にもそれを面白いと思う人がいる。言い換えれば、面白いことに気づいている自分がすでに面白い。クリエイティブというのは、そういうものだと思います。


放送作家はみんな「人に話したくなること」が大好きなんです。映画を観ていても「あの映画のここがね」と話せることを探している。八百屋さんに行っても万能ネギを見て「ネギはもともと万能な食材なのに、なぜわざわざ万能とつけるんだろう? 面白いな」と人に話せることを探してしまう。それが発想の素になっているわけです。


本物の天才は別として、多くの人は発想するときにさほど創造的なことをしているわけではないと思う。見聞きしてきたものを組み合わせているだけです。だから、発想は生み出すものというより、「気づく」ものなのかもしれません。


誰でも、日頃からいろいろなものを見て、聞いていますよね。それを「面白いな」と思ったときに、頭の中で付箋が貼られて記憶になる。すると、何かアイデアが必要になったときに「あれが使えるな」と反射的に思い出す。その瞬間の作業が発想なんだと思います。


発想というのは、うんうんうなってパソコンの前でひねり出すものではない。どちらかといえば反射神経の問題ですね。


人生を振り返ると、90%は先人たちの言っていることのほうが正しい。だから、制限を外して考えることの難しさはよくわかります。でもそれを乗り越えなければ、新しいものが生まれないのも確か。そう考えると、発想法の前に、まずはセオリーからはみ出す「勇気」を持つことが必要なんだと思いますね。


自分が敵わない人って、みんな天才だと思ってる。ビートたけしさんも石橋貴明も三谷幸喜も宮藤官九郎も、みんなそれぞれの分野で天才。だから僕は彼らと競う必要がない。そういう人たちと競うんじゃなくて一緒に何かをやるのが楽しいんです。


誰しも最初は頑張ろうと思うものですが、えてして飽きてしまいます。しかし、一流の方々が飽きることはないのです。仕事に慣れてからどこまで貪欲になれるかが勝負。


僕は目の前にあるものは何も見ません。現在の流行とは1、2年の遅れを経てここに形になっているため、今から同じ事業を展開しようと思っても絶対に間に合わないのです。


私は50歳を過ぎて人気アイドルグループAKB48の曲の作詞をしていますが、女子学生に対して取材など全くしておりません。私が女子学生に話を聞いて作詞してしまうと、普遍的に理解できない曲ができてしまうのです。私は、誰もが受け入れられる言葉の中から面白いと感じたものを使います。


起業家やベンチャービジネスの若者たちを見ていても、大事なのは、やったかやらないか。ビジネスのアイデアにしても、飲みながら「こんなことをやったら儲かるよね」と言うだけの人はたくさんいる。でも、大事なのはアイデアを元に自分の貯金を出したり親に借りたりして会社を作って、リスクを背負ってまで、本当にやるかどうかなんです。


(京都造形芸術大学教授就任依頼は)最初はお断りしようと思っていたんです。スケジュール的に考えたら、難しかったので。でも、実際に大学に行ったら、そこには30年以上前の自分がいた。タイムマシンに乗ってあの頃の自分に会ったような気がしたんです。その時の自分が出会った人の役割を、今度は僕がやりたいと思った。つまり今の僕にできることは、チャンスをあげることなんです。


夢は全力で伸ばした手の指先の1ミリ先にある。たとえ1ミリ先でも、手に触れてないから、みんなすごく遠くにあるような気がしてしまう。まだまだ届かないと思ってしまう。だから無理かもしれないと思う人は多いんですよね。でも実際には、全力で手を伸ばした人だけが、「夢はたった1ミリ先にある」と気づき、そこからの努力もあって、夢を手にしているわけです。


僕は、愛というのは「見ていてあげる」ことだと思っています。愛の反意語は無関心ですから、まずはその人を見るということが大事。それはビジネスのシーンでも同じだと思います。丁寧に人を見ていれば「こういうことを大切にしている人なんだな」とか「こういう価値観を持っている人なんだな」と気づくことができる。そうすることで、人の良さを引き出すことができるんです。


「オレなんてフツーのつまらない人間だし」「どうせ変われないんだ」。そんな風に思う必要はない。だってね、とんねるずも、おニャン子クラブも、もう全員が全員フツーの人だった。そのフツーの人間が、翌日いきなりスターになる、そんな現場に僕は30年間、立ち会ってきた。ようは「自分は無理だ」「変われない」なんてウソ。自分を信じる力の強さで誰だって変われる。特別な人間なんていません。


心掛けてきたことはソフトを重視してきたこと。他の業界、特に製造業系の人と話をしていると、多くの人がハードウエアの「スペック」を重視していると感じます。例えばテレビなら、4Kや8Kってこんな性能で、こんなにすごいんですよって最初に説明しますよね。でもその性能を使ってどうするのか、という視点が足りないのではと感じます。4K、8Kで何を見たいのか。そのソフトの部分が一番重要。


昔からスタッフにはよく、「カルピスの原液を作れ」と言っています。その原液があれば、色々なところがそれを使ってアイスクリームやキャンディーなどを作りたいと言ってきますよね。今のアイドル産業は、例えるなら誰でも使えるカルピスの原液を提供している産業。オープンなプラットフォームだからこそ、僕なんかが思いもつかないアイデアを、誰かが持ってきてくれるんです。


今は昔に比べて、メジャーとマイナーの差が縮まっている。この影響は大きい。マイナーな存在がメジャーとして認められるのは、昔は難しかったけれど、今は何かをきっかけに認められる。マイナーな存在を持ち上げることが、メジャーを期待する受け手との間にある予定調和を壊すことにつながり得る。


僕は自分が高校生で放送作家になったのも、作詞家になったのも、すべては縁だと考えています。たまたま高2の時にラジオ局に送った台本が面白いと言われて、「遊びにおいで」と言われたところから始まった。それからいろいろな人に出会って「テレビの台本を書かない?」とか「コンサートの演出をやらない?」「作詞をやらない?」という具合に、人との出会いの数だけチャンスを頂いた。それが今につながっている。だから、僕も今まで自分がそうしてもらったように、チャンスだけはあげたいと思うんですよね。


「説得は納得である」。もし自分が相手の立場だったらどうしたら納得できるかを考えるのが、説得するということ。多くの人は、よかれと思って後輩にいろいろなことを言う。けれども、若い頃の自分が、その時の先輩に同じことを言われても分からなかったようなことを言ってしまいがちなんです。子供に「勉強しなさい」と言う親と同じ。自分が小学校とか中学校の時に親にそんなことを言われても決して勉強しようとは思わなかったわけですからね(笑)。


自分が先生だと思ったことも、師匠だと思ったこともないんです。AKBのメンバーたちにも「ああしなさい、こうしなさい」とは言わない。「僕はこう思う」ということだけを言う。仕事をするのは山を登るようなものなので、「ここには石があるよ」とか「ここは道に迷いやすいよ」ということは言います。でもそれは、あくまで「僕が登ってきた道」のことでしかない。みんな自分の経験則がすべてだと思ってしまいがちですよね。でも、僕はあくまでも僕個人のこととして話すんです。


チャンスをつかんで売れた人と、そうではない人の違いは、全員にチャンスがあるということを信じられるかどうか。それを信じられない人は行動を起こさない。すべての人にチャンスがあるのに、それを信じて抽選くじの箱の中に手を入れる人は、実際には全体の一握りしかいないんです。みんな「当たるわけない」と思って、手を出さずに見過ごしてしまう。でも、たとえ半信半疑であっても、AKBの初期のメンバーたちはそのくじを引いたんです。会社で働いている人だって、チャンスはいろんなところにあるはず。上司から「企画書を書いてごらん」とか「商談に同行しなさい」と言われることだってチャンスの1つなんですから。


僕は20代、30代の頃、「オールナイトフジの視聴者はこんなタイプだから」「これは女性ファンが多いから」と考えながら、大衆に向けて企画を立てていた。マスメディアであるテレビはそれが自然だと。ところが、よく考えてみると、テレビを観ていない自分がいた。「大衆」と言いながら、そこに「自分」が入ってない。大衆向けに作っています、と言って自分が観ないようなものを作ったら、つまらないものになるのは当然ですよ。僕は40過ぎて自分が面白いと思うものだけを作ろうと思った。特にいまは、作り手の思いが伝わる時代だと思うんです。「こいつらガチじゃないな」と思われたら見向きもされないですね。これはコンテンツ産業はもちろんですけど、多くの業種や職種の人もあてはまると思います。


AKBを着想したときは、「そもそも僕が面白そうだと思うアイドルって何だろう?」が始まりでした。ご存じのように、僕はずっとテレビの世界にいました。テレビは一瞬で流行を作りだす装置。瞬間の爆発力が圧倒的なメディアです。だからこそ、小劇場から少しずつ動員数を増やしていく劇団の人たちの力強さや、ライブハウスから徐々に大きくなって、ドーム公演にまで辿り着くロックバンドのスタイルに憧れみたいなものがあった。同じように「アイドルグループがそれをやってみたらどうなるんだろう?」と考えた。そんなこと考えていたらワクワクしてね、僕が学生の頃につかこうへいさんの舞台へ通っていたことを思い出した。公演に並んで、何だかわからないけどドキドキして、戦略もマーケティングも無い、いかにも自分発想というものにワクワクしたんだ。


「とんねるずと出会ったときどうでした?」「歌詞が生まれたきっかけは?」「AKBのアイデアの源は?」インタビューのとき、必ずそういう質問があります。でも、思考って、当時はまとまっていない。むしろ「そんなに考えてなかった」と言ったほうが正しい。たとえば、美空ひばりさんの歌で僕が作詞家として広く認められるようになった『川の流れのように』の誕生ストーリー。これも、何度もインタビューで聞かれるので、セリフのように「ニューヨークに住んでいて、どこかに望郷の念があったのでしょうね。いつも眺めていたイーストリバーも日本に繋がっているんだと思い、『川の流れのように』というタイトルが浮かんだんです」と答えてます。ウソではないけれど、どこかで後からつじつまを合わせている。あくまで、「いま思えば」という話で、その頃は明確な意図や意志なんてありませんでしたよ。僕はそういったつじつま合わせの過去に飽きているんです。これは僕だけじゃなくて、皆もどこかで過去に飽きている。率直にいえば予定調和にね。


秋元康の経歴・略歴

秋元康、あきもと・やすし。日本のプロデューサー、作詞作曲家、実業家。東京都出身。高校在学中にラジオドラマの脚本をニッポン放送に送り、大橋巨泉事務所の放送作家グループに所属することとなる。中央大学文学部に在籍しながら放送作家として活動。放送作家一本でやる決意をし、大学を中退。その後、『オールナイトフジ』『夕やけニャンニャン』などをはじめとする人気番組の脚本を担当をした。AKB48などの人気アイドルグループのプロデュースなども行った。京都造形芸術大学副学長兼芸術学部教授、日本放送作家協会理事長。