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石田建昭の名言

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石田建昭のプロフィール

石田建昭、いしだ・たてあき。日本の経営者。東海東京証券社長。北海道出身。小樽商科大学商学部卒業後、東海銀行(のちの三菱東京UFJ銀行)に入行。カリフォルニア州東海銀行頭取室付、欧州東海銀行頭取、東海銀行取締役、常務、東海投信投資顧問(のちの三菱UFJ投信)取締役社長、欧州東海銀行社長、UFJインターナショナル会長・社長、東海東京証券顧問、副社長などを経て社長に就任。

石田建昭の名言 一覧

変化の時代には挑戦する企業がうんと伸びるチャンスがある。


当社は「学び続ける会社」でありたい。


個人プレーで何でもできる時代ではありません。広い分野の知識を一人ですべて備えるのは難しい。だから会社として情報や機能やノウハウをどう社員に提供するか。組織勝負だと思います。


当社はとにかく徹底的にお世話をするんです。朝から晩まで相手先企業の人になりきってお手伝いしています。今後もこういう誠実さや手作りのサービスを活かしていきたいと思います。


我々は三大メガバンクや野村など大手証券とは違う独自のフィールドを探さなければならない。


これからは、わくわくするような証券会社にしたい。


私たちはホームマーケットである中部地区での圧倒的な存在感の確立を目指しています。市場での自分のポジショニングを意識して、当社グループの価値を高めることを主眼に、重点を置くエリア・対象を設定しました。名古屋へ本社移転などを実行し、中部地区での東海東京証券の認知度は飛躍的に向上しています。東京にとどまっていては展望できなかったことでしょう。


東海東京証券の社長に就任してから、私は激動の証券業界を生き抜くには当社グループの経営体質を根本的に改革しなければならないと感じました。経営環境が大きく変化する中、より大きく飛躍するためには、経営計画は5年間とし、じっくり取り組むことにしました。


従来の営業体制はリテール営業本部と投資銀行本部に分かれていて、ひとつの地域に当社のリテール(小口)顧客の担当者と法人顧客の担当者がそれぞれ営業を展開していました。それより地域ごとの特性を踏まえ、個人のお客様と法人のお客様それぞれのニーズを把握し、一体的に地域独自の戦略を構築していくべきであると考え地域本部制を導入しました。


中堅企業やオーナー向けのサービスは、富裕層向けのサービスに結びつけることができます。そのような意味で法人向け営業のスタイルが変わってきていると感じます。
【覚書き|個人営業と法人営業の部署を一体化したことについて語った言葉】


かつてヨーロッパで働いていたころ5本の指に入るくらい優秀な人を雇っていました。理系の博士号を持っている有能な人ですが、彼は毎日家に帰っても勉強していました。「帰宅してからも毎日2時間勉強する。酒なんか飲んでいては駄目だ」なんて言ってました。それくらい勉強してるわけです。それくらいレベルを上げればお客様にも信頼され、尊敬されるのです。


我々金融業は欧米などでも、まずリスク管理ありきだというのを徹底的に教え込まれます。たとえばトヨタ自動車が1円のコストを削る努力を積み上げているのに対して我々金融業は、先般の証券誤発注事件でもあったように、一瞬で何百億円という損失を出す可能性もある。だからこそ金融業はまずリスク管理ありきなのです。


ヨーロッパの金融業はまずコーポレート・ガバナンスありきです。当局の姿勢は非常に厳しい。単に役員が経営をどう見ているかという観点だけでなく、社員がどういう組織ルールに基づいて行動しているかを問われます。たとえば業務上のことでも、日本では社員が平気で部長を飛び越えて役員に話しかけます。それはご法度です。それもコーポレート・ガバナンス的な組織運営がきちんとなされていないことになるのです。


海外で長く銀行業務に携わってきたので、その経験から言いますと、欧米でもやりすぎてしまう人は少なくありません。壁をうち破ろうとする若いエネルギーを通常の社会、ビジネスのルールを逸脱しないようにどう導いていくかが大事です。エネルギーと公正なルールを厳守する仕組みの両方を兼ね備えていないと中長期的には成功しません。


石田建昭の経歴・略歴

石田建昭、いしだ・たてあき。日本の経営者。東海東京証券社長。北海道出身。小樽商科大学商学部卒業後、東海銀行(のちの三菱東京UFJ銀行)に入行。カリフォルニア州東海銀行頭取室付、欧州東海銀行頭取、東海銀行取締役、常務、東海投信投資顧問(のちの三菱UFJ投信)取締役社長、欧州東海銀行社長、UFJインターナショナル会長・社長、東海東京証券顧問、副社長などを経て社長に就任。

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