石川康晴の名言

石川康晴のプロフィール

石川康晴、いしかわ・やすはる。日本の経営者。「ストライプインターナショナル」創業者。岡山県出身。学校卒業後、紳士服店勤務を経て23歳でクロスカンパニー(のちのストライプインターナショナル)を創業。レディスセレクトショップ「CROSS FEMME」オープン。その後、セレクトショップからSPA(製造小売業)に事業転換し、自社ブランド「earth music&ecology」を開始。同社を大きく成長させた。主な受賞に企業家ネットワーク年間優秀企業家賞チャレンジャー賞、岡山県男女共同参画社会づくり表彰事業者部門。そのほか、内閣府男女共同参画局推進連携会議議員などを務めた。

石川康晴の名言 一覧

起業間もない頃はとにかく必死で、生きるか死ぬかの瀬戸際という気持ちでした。執念ですよね。


取れる1番はすべて取れ。


普通のことをしていたら、おそらく店は潰れていた。


僕は創業以来、「人と違うことを考える」という信念を貫いている。


緊張感のある会議では創造性は発揮できない。それよりも立ち飲み屋やカフェのような気楽な雰囲気でミーティングを行うと、いろんな発想が出てくる。


大きな「商い」だけではなく、地道に数字を積み上げるのも立派なビジネス。


成功の秘訣は、小さく始めて検証を重ねたことです。分からないことは、まずお客さんに聞いてみる。


先入観や偏見にとらわれない柔軟さこそ、今最もビジネスパーソンに求められているもの。


新しい事業を次々と立ち上げる人に共通するのは、「信念」や「情熱」が強いこと。


イノベーションを起こせる経営者だけが、イノベーションが起き続ける会社だけが、事業を継続できる。


井戸は社長が掘って、水は社員が飲めばいい。土方仕事は社長が行い、水が出始めたら浄化するところまでは社長と社員の二人三脚、綺麗な水は社員が飲めばいい。


ずっと考え続けることが経営。


人間関係の悪い部署は絶対に利益が出ない。反対に関係性がいい部署は利益が上がってくる。人間関係の質が結果の質につながる。


短期的な流行に乗らない。今後10年間成長できるかという長期的視点で考えることが重要。


商品で差別化できないなら、プロモーションで差をつけるしかない。


イノベーションは、会議室では生まれない。居酒屋のような、好き勝手に話ができる空間で生まれる。


顧客の傾向が変わったと感じたら、大きく戦略を変えなければならない。


ターゲット層のお客様の横で生活するというのが一番勉強になる。靴、カバン、服などをじっとリサーチしています。


成功の秘訣はお客様の内側に入ること。


お客様と限りなく近い組織を作るということが一番重要なマーケティング戦略。


20代を振り返ると何もわかっていない経営者だったなと思います。ただ絶対潰れちゃいけないという執念でやってきた。


正社員制度の一番のメリットはノウハウが溜まるということです。さまざまなノウハウを溜めてステップアップすることができる。


商品の優位性は模倣されてしまうが、サービスの優位性はなかなか模倣されない。


ゼロが1になれば、1を100にするのはそれほど勇気は要りません。ゼロを1にするときは結構唇が震えます。


様々なチャレンジと進化を繰り返してきたが、常に人と違うことを考えることに注力してきた。


ES(従業員満足)なくしてCS(顧足満足)なし。まず、それに尽きます。


アパレルは日本の小売業の中でも特に生産性が低い業界でもある。それなら生産性をアップすればいい。そのためには何をすべきか。それは人に投資することだと思うのです。


我々はベンチャー企業ではありますが、大手に「人事はクロスカンパニーを見習おう」と思ってもらえるような業界のイノベーションを起こしたい。


企業が「もの」や「サービス」を提供する時に、僕が念頭に置いている概念があります。「有名になった方が勝つ」ということ。


歴史的にアパレル業界は、人材を軽視してきた背景があります。社員の働き方についても、従来のアパレルメーカーの常識を疑ってかかるようにしています。


新規ブランドや新規事業は特に、数字管理を徹底します。撤退ラインを投資額とともに定め、赤字が続けばどんなブランドでも撤退します。数字があれば、現場も経営も納得できます。


グローバル企業にとってダイバーシティーは大学の「一般教養」のようなもの。ここをしっかりやっておかないと「専門課程」には進めない。


人と違うことを考えるという信念で物事を決めてきた。


中小企業が大企業に成長できるかどうかは、経営者に負けないぐらい会社のことを大切に思っている社員がどれだけいるかで決まる。


厳しい言い方ですが、「代案なきギブアップ」は、ビジネスパーソンとして許されない。


「気になることは何でも言い合える」部署の雰囲気作りというのは、ミスを減らすために効果的。


ミスを「ゼロ」にするのは不可能だとしても、限りなくゼロにする努力は怠ってはだめ。小さなミスが続いているのに、その対処を怠れば、いつしか大きな「事故」になる。


初めは「分からない」でいい。でもそれを「嫌い」だと決めるのではなく、違う視点から物事を捉えてみる。こんな経験の積み重ねが、ビジネススキルをさらに高めてくれる。


新しい仕事をどんどん考え、実現できる人は、最終的に「評価」を得て「出世」もできる。


「関係の質」は、「結果の質」につながる。「関係の質」とは、「コミュニケーションの良し悪し」。


「一人で誰にも邪魔されない時間」がないと、新しいことは考えられない。新幹線の移動時間は、新規事業や組織戦略を考えるうえで極めて重要。


ビジネスで勝つ人に共通しているのは、「提案」と「行動」が必ずセットになっていること。


仕事の失敗は避けられません。失敗を失敗で終わらせないように組織で問題点を共有できる方が、よほど有益な財産になる。


組織は大きくなると、「前例主義」や「指示待ち仕事」になりやすい。問題を探すことすらしない人が増えるのは、組織にとって危険サイン。


「否定より提案」「思想より行動」を意識して仕事をしています。ビジネスでは「提案」と「行動」がすべて。


引っ越すにあたり考えたのは創造性の高まるオフィスにしようということでした。真面目にパソコンに向き合うのではなく、動きや笑いがたくさんあるオフィスを目指しました。


私たち流通業にとっては技術革新ではなく路線転換こそがイノベーション。


迷ったら現場に出よう。繰り返し現場に足を運んで「インプット」を増やすと、思いがけない「アウトプット」につながる。


新しい刺激と挑戦が、経営陣にも欠かせない。


社外の目を使い、問題はすべて洗い出したい。


仕事を趣味ととらえられたら幸せです。人生の時間の3分の1は職場にいるわけですから、それを趣味と言い切れば、人生は楽しくなるはず。


社外取締役の意見を組織に取り入れられるかは、社長の器量にかかっている。


アパレル業界では奇抜なビジネスでも、IT業界ならば「当たり前の発想」としてある。「他業種からアパレルを見る感覚」を、経営で大事にしたい。


「先入観」や「業界の習わし」にとらわれない柔軟さは、経営者だけではなく、現代のビジネスパーソンにも求められる。


ビジネスモデルが20年以上変わっていない業種でも、ITの力を使えば、売り上げを伸ばす余地がまだある。


会社の成長に必要なのは、売り上げを伸ばす「商品力」が土台にあること。次に、売るための「チャネル」をどうやって増やすか。


やはり現場主義、現場に入ることが一番大事なのではないかと思います。


ユーザーを理解できない人たちと組んだら、ユーザーに理解できないものが届いてしまう。


これまでの延長線上でビジネスモデルとか、プロモーション戦略とかを考えても何にもならないし、大義もない。


僕がいつも社員に言い続けているのは、「お客だけ見ていればいい」ということです。お客の目がファッション誌をとらえているならファッション誌だし、お客が共感に惹かれているのなら、共感でなければならない。


大きなマーケットで勝負していくということを決めたのであれば、自らが先陣を切って乗り込む。こういった決意が大事なのではないかと思っています。


ほとんどの会社がたくさんの若いお客さんを見失っているんじゃないかな。新しいモデルに共感出ず、それを理解できる社員もいないために。


リーダーには、突破していく胆力が大事なのではないかと思います。ゼロを1にする力、目をつぶって一歩前に出ていこうとする意志、不安なマーケットにも立ち向かうこと、どんな標的でも戦っていく力、そのような胆力は気質として大事なのではないかと思っています。


お互い意見を交わしながら、最終的な意思決定をしていくのがリーダーのあるべき姿なのではないかと思っています。


リーダーがコミットメントしない限り組織を変えることは難しいと思います。


海外展開には社長が行くしかないと考えています。大事なのは、創発戦略だと考えています。頻度よく軌道修正するという概念です。果たしてそれを「お前が行ってこい」と言われた課長でできるのか、非常に疑問を感じています。マーケット、競合などの外部環境もよく変わるので、頻度よくストラテジー(戦略)を軌道修正していくことが一番大事ではないかと思っています。


「経済成長と社会貢献」の両立が、これからの企業、またリーダーにとって大事な概念ではないかと思います。CSR(企業の社会貢献)は、世間体やIR(投資家への広報)的なイメージを意識して行う会社が多いのですが、現場の求めるもの、そしてリーダーが感じたものを行うべきではないかと思います。


データはしっかり分析する。ただそれだけではなく、プラスアルファで次のシーズンに向けて、どういうマーケットになっているのか。市場創造性について議論しなければいけないということです。


どうしても人間は成功事例や失敗事例に思考が引っ張られるという癖があります。パソコンひとつでデータが全部出てきますので、過去データと新規出店数を見て発注することは簡単です。しかし、将来的なマーケットの動きやトレンド性、競合の動きなどは、すべて創造的な概念で議論しなければなりません。論理的な過去のデータと創造的なデータをプラスしながら意思決定しないと、誤った方に引っ張られていくというケースが見受けられます。これは、私がバイヤーのときからずっと大事にしている概念です。


「挑戦と変化」が、突破力のあるリーダーとして押さえておきたい着眼点です。


セレクトショップからSPA(製販一体型)に変化したこと、そして起業に向けて本当に不安なこともたくさんあったのですが、「裸で生まれてきたので、裸になってもいいじゃないか」という胆力、会社をつくるぞという一歩によって、いまのクロスカンパニーがあるのではないかと思います。


CMを検討していたとき、他社事例も分析しました。国鉄からJRになったときのCMを分析したときに、大量のCM投下によって社員が人から見られているという意識が高まり、みどりの窓口のサービスが著しく上がったという話を聞きました。最終的に「間違いなく社員のモチベーションが上がるだろう」と、CM制作への投資を決断思案した。


これまでの自分の考え方を180度変えて、ヨーロッパから高級な商品を買い付けをしていた会社の体質を製販一体型の会社にし、高額品をやめてリーズナブルなものをつくる。さらにモードをやめて、ベーシックなものをつくるということで生まれたのが「earth music&ecology」という、我々がいま旗艦ブランドとしてマーケットで300億円売っているブランドです。業績は当時でいうと約3000万円の赤字だった会社がV字回復で6億円の利益となりました。逆から考えるという発想で生き残れたと、いま思っています。この発想がなければいまここに立っていないと思いますし、もう少し苦労していたのではないかと思います。


GAPなどアメリカにあるSPA(製販一体型)の先駆的な会社や日本ではワールドという会社などを分析しながら、ある程度ものまねで始めたSPAですが、始めた当初は自分もミシンを踏んでいましたし、ボタン留めや、裁断も行っていました。デニムをハサミで切ると手がかなり青くなっていくのですが、お店に立っていたころは夜はデニムを切ったり縫ったりしていたので、よくお客様から「お兄さん、顔も青いけど手も青いね。倒れないでください」と言われたものです。


創業当時に持っていたお金が300万円です。できることは限られているので、何とか100万円を運転資金にキープし、100万円を仕入れ代金に充て、残りの100万円でやりくりしたいと考えました。店舗の内装は、ハンガーも100円均一で買ってきました。レジ台は粗大ごみから拾ってきました。雰囲気のないお店をどうにか誤魔化さなければいけないということで、レコード屋さんからもらってきたフライヤーを壁に貼り、中古のレジは3000円で買ってきました。床のカーペットはホームセンターで購入し、什器も合わせて約35万円の内装投資をして起業しました。


学校を出て、紳士服店で働きました。その後約3年近く修行という名のもと、アパレルでの仕事をして23歳のときにクロスカンパニーを創業しました。


クロスカンパニー創業のきっかけは14歳のときに「将来、洋服屋をやりたい」と思ったことが始まりです。当時DCブランドが全盛期で、なけなしのお金でよく洋服を買いに行っていました。店員のお兄さんが言った「そんなに服が好きなら洋服屋をしたらいいんじゃないか」という言葉が心に入り、やると決めて以来、一度もアパレル以外の職を選ぶかどうかで迷ったことがありません。


クロスカンパニーも利益以外の価値の測り方を模索しています。人類、社会、経済の3つのバランスを測りたい。


日本は欧米に比べて中間管理職の女性の割合が低く、圧倒的に女性が活動できない国になっています。その中で、我々はひとつのモデルをつくらなければということで、4時間正社員という制度を立ち上げました。扶養や税金の問題よりも、1日4時間でも正社員として企業に腰を据え、家庭と両立しながら責任をもって仕事をしたいという方々がかなりいることがわかりました。各企業が4時間の正社員枠、6時間の正社員枠、8時間の正社員枠と、多様性のある考え方でジョイントするような枠が出てくると、日本の組織も生産性が上がっていくのではないかと思っています。


リーダーは「胆力」「行動力」「創造性」「論理性」この4つの道具をもって前に進んでいくべきなのではないかと思っています。


組織や人の不活化は、経営者が最も避けたい問題。早速取り組んだ改善案の1つが、「席替え」でした。事業部別ではなく、機能別に変更し、担当しているブランドの枠を超えて一緒に座ることにしました。「席替え」効果は、想定よりも早く表れました。「成功」と「失敗」の事例がだんだん共有され始めてきて、情報交換が頻繁に起こる。やがて組織内外で風通しが良くなり、人や事業が密に連携してきた。面白いもので、組織が果たす役割が理想像に近づいてくると、会社の雰囲気も変ってくるのです。


定期的に組織をテコ入れするのは、戦略を遂行する目的に加えて、狙いがもうひとつあります。組織や人の「不活化」を防ぐためです。


経営をマネジメントしていく中で、「組織は戦略に従う」という言葉を意識してきました。高い戦略を掲げたら、それに見合う組織に変える必要がある。


派遣にしていたらノウハウが溜まらないどころか、怖いのは競争相手に行ってしまうことです。ノウハウ、リソースを確保しておくには正社員制度は必要なことです。


数字に弱い、論理性がない。でもリーダーシップが発揮できて、特に商品のリサーチ力とプロモーション力が高い女性がいます。そういう時は、数字に強いコントローラーをつけるようにしています。要は助さん角さんをつけて弱点を補えばいい。


1日2000本流れるCMの中で、人間が覚えるのは、70から80くらい。見たことがある、覚えているという中に入るには、ユニークとか創造性とか新しいワードでモノづくりをしないと、メッセージのあるCMはつくれません。


アルバイトや契約社員は一定期間を勤めると退職してしまいます。せっかくノウハウをつかんでも、会社の雇用形態を理由に辞めてしまうのです。こうした事態を防ぐためにはスタッフを正社員で採用するしかありません。


当社はスタッフ全員を正社員として採用しております。確かに正社員採用はコストという観点から考えると楽なことではありません。しかし私は人件費を収益の源泉と捉えています。なぜなら、社員の習熟度は収益の生産性と大きく関わっているからです。


あまり知られていない当社の強みが財務戦略です。第一に低資産。他社が大型店を構える中、当社は約20坪という小型の店舗に特化しています。自社の工場・物流センターを持たず、無理な投資をかけないように工夫しているのです。第二に高粗利。SPA(製造小売業)で中間コストを削減し、製品の利益率を上げています。第三に高回転。店の規模を小さくすることでダントツの商品回転率を誇っています。年間で13回商品が入れ替わりますので、1カ月に1度お店が変わっていくというスピード感をお客様に提供しております。


一定の品質を担保していれば、多くの消費者は「知っている」「親しみがある」ことを基準に買う。反対を言えば、「商品の力はあるのに、無名だから売れない」といったケースも現実にはある。


メチャカリや中古市場で、僕はアパレルの「川下」を引き延ばしたいと思っている。「新品を買って終わり」の世界から、それ以降も利用者と当社が接点を持てるビジネスを模索したい。見習っているのは自動車産業。


ストライプが創業したのは1994年。バブルが崩壊した後です。すでに業界は絶頂期を過ぎていました。そういう時期に、アパレル事業を始めたことで、旧来の常識に染まらずにやってこられたのかもしれません。


創業5年目、赤字になり、13人いた社員は3人になった。とにかくこだわりを捨てて、徹底的に今までと反対のことをやってみようと決めた。それまでやっていたことと、文字通りすべてを逆さまにしよう、と。逆転の発想といえば格好良いですが、崖っぷちにいたので「もう全部逆さまにしちゃえ」という感じでした。


創業から20年以上経ち、周囲から「あの急成長のアパレル」と持ち上げられることで、社員が少々天狗になっているのではないかという危惧があります。原点に返って創業時の「ひたむきに頑張る」気持ちを取り戻したい。


僕は、「自分の会社」と思って働いてくれるオーナーシップの感覚を持っている人と仕事がしたい。そういう人の方が、自ら創意工夫して新しいことにもチャレンジしてくれると思うからです。だから、創意工夫をせず惰性で仕事をしたような時は、真剣に叱ります。


当社は店員も含めて、全社員が正社員です。創業時に同業の先輩経営者たちから、「アパレルは浮き沈みが激しい業界。会社の収益が悪化した時に備えて、店員はアルバイトとして雇っていつでも切れるようにしておくべきだよ。人は調整弁だからね」と聞いていた。だけど、僕はそうしなかった。そんな考え方では、いい人材が集まらないと思ったからです。


意識したいのが、「今の自分のポジションには、どんなスキルが必要か」という視点。「地位が人を作る」という諺がありますが、逆の見方もできるわけで、ポジションに応じて求められるスキルは変わってきます。


社長ひいては会社が間違った方向に行こうとする時、それを正すのが役員。会社にとって非常に重要な最終ゲートのチェック機能を担っているわけです。よって、常に社長の顔色をうかがい、社長に対して決して「NO」と言わないような役員は存在する意味がありません。


役員に対して僕が最も期待しているのは「否定してくれること」です。社長の中には否定されるのが嫌いな方もいるでしょうが、コーポレートガバナンスがかかっている以上、僕は否定的な意見もありがたく拝聴しています。


当社が駅ビルに進出し始めた頃、当時は駅ビル開発が盛んではなく、「駅ナカ」という言葉もありませんでしたから、アパレル業界からは変人扱いされましたよ。安物のイメージが強い駅ビルなんかをどうして攻めるのかと2年くらい言われ続けました。その後、彼らは今度は「やっぱり駅ビルだよね」と言い出した(笑)。


働く動機として、その対象を好きであることは重要だと思います。僕も自分の趣味を生かし、起業後数年はメンズ向けの商品も4割程度扱っていました。でも客観的な見方も必要で、自分の趣味だけではビジネスは成り立ちません。SPA(製造小売業)へ業態転換したのを契機に、レディスに特化しました。


「見たくない」「聞きたくない」ことだとしても、常に自分から情報を集める姿勢が、ミスを防ぐことにつながる。他人の仕事のアラ探しばかりではいけませんが、「仕事でミスが起こらないことの方がおかしい」と疑うぐらいがちょうどいい。


SNSでのやり取りは、発信した人への対応を含め、その経緯を見ている「数万の人」に向けて、企業のメッセージと姿勢を示すことにもなる。


政治的な話になりますが、事業を推進している役職者に案件を持ち込まなければ、ビジネスは実現しにくい。これは、会社組織に属するビジネスパーソンならば、誰もが理解しておくべき仕組みです。自信と勇気があれば、社長に直談判してもいいでしょう。


ビジネススキルをたくさん学ぶのは、とてもいいこと。でも、MBAで勉強するようなケーススタディーやフレームワークを身につけても、仕事に役立たなければ意味がない。


世界のビジネスの成功事例を見ると、「自社の仕事に置き換える力」と、それを「実現する力」が、これからのビジネスパーソンには求められていく。


私たちは東日本大震災から多くを学びました。震災を教訓に拠点を分散しています。物流拠点を国内で2カ所、中国で2~3カ所、アジア全体まで含めると、国内外で計10カ所ほどに分散しなければ、持続可能な供給ができません。


崖っぷちに追い込まれた時、パナソニック創業者である松下幸之助さんの本を読みました。そこには「世間は正しい」と書いてありました。では、世間は何を正しいと思っているのか、赤字に追い込まれたことで初めて考えるきっかけができました。


この会社に自由・個性・ボトムアップという概念が当たり前のものとして根付かねば、トップダウンや管理だけでは成長できなくなると思い、様々なアイデアを取り入れながら今に至ります。


求められるのは、どんな社員にもある一芸を見極めること。「企画を立てる」「問題を見つける」「先導する」といった強みは誰にでもある。一人ひとりの個性をうまく組み合わせることで、仕事を確実に進めていく。


これからのビジネスは「高度化」「複雑化」しながら、「速さ」も「質」も同時に求められていく。昔とは違い、強いリーダー1人では、こなせない仕事が増える。


関係の質を高めるために絶対的に必要なのは、よく話すこと。「オフ」「オン」の境界線をコミュニケーションを通じて消すことが、「関係の質」を高める早道。仕事の話題だけではなく、「趣味」や「特技」などでもいい。相手の思考や個性を知る手がかりになる。


職場の仲間といい関係を保てている組織は結果が出やすい。仕事が複雑で高度化している時代には、個々の力はもとより、チームの力で乗り切ることが求められる。


テレビCMを放送すべきかどうか。まずは、同業他社の社長に意見を聞いてみました。すると声をかけた4人全員が、「テレビCMなんてカネのムダだかやめた方がいい」と否定したんです。それを聞いた瞬間、僕はやるしかないと思いました。なぜなら、人と違うことを考え、実行するのが僕の信念だったからです。


新幹線でずっと寝ている人を多く見かけます。一般の方に、移動中に「仕事をしろ」とは言いたくありませんが、マネジャーや経営層なら、移動時間を自分のビジネスの整理に有効活用することは、大事だと思います。そこで整理すると、次の日にものすごい勢いで仕事ができますから。


「MBAなんか意味がない」という人もいますが、「学びを実務に落とし込む」という明確な意思と目的があれば、間違いなく役に立つ。私は「会社を変えてやろう」と思って通っていますから、なおさらです。


昨年からは、京都大学大学院で経営学を学んでいます。「社会人なのに、どうして?」とよく聞かれますが、実務をこなしながら経営学を学ぶのは、とても価値があります。今日聞いたことを、明日から現場で実行できるのですから。


顧客は飽き性ですから、球を右に投げてくるかもしれないし、左に投げてくるかもしれない。どちらとも言えない。今は右に投げているから右にグローブを構えているけれども、急に左に来ても跳んで捕れるように、いつもかかとを上げた状態でいる。何度も大きな決断を繰り返すリーダーほど、このように考えておくことが不可欠。


ITのような成長のスピードの速い業界なら、「顧客の声を聞いていては遅い」ということになるのでしょうが、アパレル業界では、顧客の意見に耳を傾けることがすべて。


確かに既婚女性スタッフが退職していくことがあります。でも、せっかく投資した社員に辞められるのは痛い。それに結婚・出産などで経験値と人格を高めた人材は、より大人向けの店舗で力を発揮してくれるはずです。そこで、どうすれば好きな会社を辞めずにすむかを考えます。小売業が最も忙しいのが週末なのは事実ですが、既婚者は週末や祝日、大型連休に休みを取れるようにすればいい。これなら働き続けられるでしょう。


接客にも感動がなければなりません。たとえば“アイメッセージ”。「私、初めてワンピースを買うの」というお客様に対して、「その初めての買い物を私がお手伝いできて嬉しかった」という“私”のメッセージです。これは人と人が対面する小売の接客ならではのもので、インターネットでは生まれません。


小売りで「服を売る」だけではなく、服のメンテナンスといった「川下」を伸ばす必要がある。自動車メーカーなら、クルマを売るだけではなく、その後の車検などがありますよね。これと同じです。


グループ化に当たって特に気をつけたのは、「当社の仕事のやり方を相手の会社に無理に押しつけない」ことです。相手の会社の良いところを伸ばし、足りないところを補完するのが、M&Aのあるべき姿。


無数にある競争相手と、少子化していく小さなパイを取り合うと牛丼戦争になる。そこから当社はポジショニングをずらして、事業領域をアパレルからライフスタイルとテクノロジーに移行していこうというわけです。


失敗しているところの特徴は、POSデータでものを作っていることです。これが売れたから来年も作ろうと。でも、一回買った商品と同じようなものは買いませんからね。当社は半分POSデータですが、半分は企画の人たちが店舗に行って、お客様を見て、今着ているものの次に何を着るかを、常に推測しています。


ダメな人は、すぐに「何かのせい」にしてしまう。他人、他部署、あるいは事業そのもの……。こういう仕事ぶりだと、市場にどれだけ「追い風」が吹いていてもチャンスはつかめない。


仮説がいくら優れていても、正しいとは限りません。「ちょっと違うなぁ……」と感じたら、たとえ「朝令暮改」であっても、修正する勇気が必要。周りの人たちに影響を与えてしまうならば、修正する「目的」と「理由」を説明する。これを面倒くさがって強行突破しようとすると、仕事はだいたい失敗します(笑)。


「もの」や「サービス」を新たに作るには、既存の事業に「プラスアルファ」をどう加えるかだと考えています。いわゆる「イノベーション」が生まれるきっかけは、既存事業の「組み合わせ」にある。


新しい事業には未体験の事柄がつきもので、立ち上げから「難題」を抱えることは多い。そんな仕事を任された社員は、優秀な人ほど、問題点を見事に洗い出してくれる。問題なのは、「洗い出しだけ」で終わる人が多いこと。これでは「自分がやりたくない理由」を必死に見つけただけにしか映りません。


創業当時の目標は、起業した岡山で一番おしゃれだと言ってもらいたいとか、岡山で売り上げ1位とか、小さな目標だった。でも目標というのは、スポーツ選手もそうですけど、次から次へとアップツーデートしていくんです。今は世界ベスト3に入ることしか考えていません。


モチベーションの源は、やっぱりアントレプレナー精神でしょうね。道を切り開く。歴史に自分が載る。そして日本を背負う。アパレル業界を変える。そういうことが楽しい。お金や名誉より、それが突き動かす原動力になっています。


テクノロジー事業に関しても、競争相手がIT企業になってくる。彼らの成長スピードについていけないと、全部持っていかれてしまう。だからこそスピードが重要。


会社を22年間、経営していますが、毎日危機感はあります。同じところを目指している企業はチャイナなどアジアに複数ある。それなのに、一歩ずつだと言って時間をかけたのでは、我々が入っていく隙間がなくなってしまう。


企業が成長を続けていくには、絶え間ないR&D(研究開発)が必要。これまでも主力事業の営業利益の3分の1をR&Dに回していました。主力事業がしっかり稼いでいるうちにエントリー事業を育てていきます。


中国での日本企業の敗因の一つは意思決定の遅さでした。韓国の企業などはトップが来て交渉するのに、日本の企業は意思決定できる責任者が不在であるために負けたのです。


なまじ成功体験があると、路線を変えることは自分を否定することになります。「失敗したら、どうしよう」とも考えます。それでも踏み込むことでこそ、事業の持続・継続があるのです。


過去3回、倒産の危機がありました。その3回に共通するのは「同じこと」を繰り返していたときでした。逆に路線転換をしたときは足元の1~2年は大変な闘いになりますが、大きな伸びに繋がります。


むやみにインプットを増やすのは得策ではありませんが、「気になること」があれば現場にすぐ向かう。すると、アウトプットにつながることも多い。


新しい事業を考えたり、次に進むべき方向が漠然としていたりする場合、アウトプットは先に決めにくい。僕は「現場主義」なので、何度も現場に通いインプットを増やします。理想のアウトプットを引き出すには最適な策だと考えています。


社外取締役を迎える目的は、「経営者の暴走を止めること」だと思われがちですが、それは1つの役割に過ぎません。むしろ、企業成長や景気低迷に伴い、躊躇しやすい「投資」という重要な企業活動を、「後押しする」役割の方が大切だと、僕は考えています。


仕事という趣味ともう一つ何か違う趣味を持つべきだと思っています。私の場合は、それがアートです。休日を利用して美術館に行ったり、海外のアートコレクターがうちに遊びに来たり、アパレル業界に閉じこもっていては絶対に会えない方とも出会えます。沢山の友人を作ると、その分多くの情報が入ってきますから、やりたいことが実現できる可能性が高まるでしょう。


仕事を趣味だと思うべき。私は本当に仕事が楽しい。少年時代に友達の家でファミコンをしていた、あの感覚に近い。何時間でも続けられます。挑戦にも失敗にも学びがある。上手くいかないとき、這い上がろうとしている自分すら楽しめる。


私自身がクロスカンパニーという会社の中でやってきたことを捨て去りたかったのです。最終的にはその想いが背中を押した。
【覚え書き|社名変更について】


社外取締役は、保守的な経営者に対して「もっと頑張れ」と後押しすることが一番の役割だと思います。しかし、私は積極的に先行投資する経営者なので、むしろ手綱を持ちブレーキをかけてもらうことを期待しています。私がアクセルを踏みすぎた時に、ブレーキをかけられる存在は年上で経験のある人物です。今回の選任は、私より年上で、場合によっては私のことを怒れる人にお願いしました。


経営者の仕事の一つは、壊すこと。創造性を意識した破壊で、これまでの流れを断ち切るのです。私たちで言えば、企業理念、事業領域、社名を変えました。また、完成度の高まったブランドを一度見直したり、無くしてしまったりするのも社長の仕事です。これは、優秀な部長でもなかなか出来ません。


経営者の仕事の一つは、ゼロから1をつくること。中国に会社を作った時も、ゼロから1にする瞬間は、私を含めトップが現地へ開拓しに行きました。次に1から100にするのは組織ですから、現在は新しいメンバーが中心になって進めています。


私の場合、明確に決められないことが山ほどあります。悩んでいないように見えて、実はずっと悩んでいる。右か左か決断できない自分がいるのです。しかし、随時新しい情報が入ってきます。すると、散らばっていた悩みの種と解決策が一直線にそろう瞬間があるのです。その時に初めて路線変換の号令を社内でかける。その瞬間が時には朝から夜のたった8時間で訪れることもあれば、今回の社名変更のように2、3年かかる場合もあります。


社名変更は過去の成功体験を全部捨てるのが一番大きな目的。3年ほど前からやや大企業病の傾向が出てきました。社員は保守的になり、私自身も少し守りに入っていると感じた。よりグローバル化を促進し、事業領域もテクノロジーを前面に押し出していくのだという強いメッセージが社名変更に繋がりました。


アパレル業界の異端児と言われ続け、新しい分野に挑戦していますが、「成長が見込めない分野には進出しない」のが僕の経営哲学で、その手法は「地道」かつ「理詰め」だと思っています。


直近では、ビジネススーツの製造販売「コナカ」、学生服メーカーの「菅公学生服」とコラボレーションをしました。互いに手を組み合えば、例えば、制服や自由服(制服に準じた基準服)、リクルートスーツで新しいマーケットが見込める。自力でチャネルを広げるには限界があるので、「現実を正しく踏まえて、実現できること」を1つずつ地道に積み上げる。こうして将来的に「450億円」の事業規模まで伸ばしていけると見込んでいるわけです。


「全員正社員」をやってきた結果、ほころびも生まれました。正社員であることに責任を重く感じてしまったり、正社員に「ならなくてはいけない」という理由で、ストライプを敬遠するような人が出てきたりしたのです。出店を増やして、採用を増やした時期は、「ブラック企業」などと呼ばれることも多かった。そこで、最初から正社員にせずに、「体験入学」のようにアルバイトで雇ってから、希望があれば正社員にするという方法を取り入れました。現在正社員の割合は約7割となっています。雇用政策は、時代の要請に合わせて変えなくてはいけない。


起業した頃、アパレル起業の新参者として、同業の先輩経営者に話を聞きに行くことがよくありました。その際に言われたのは「人は調整弁と思え。正社員なんて入れたら、切れないぞ」と。理論的には正しいのかもしれないですけど、「それ、社員の前で言えますか?」と思いました。それ以来、僕は「社員の前で言えないことはやらない」と決めました。創業してから20年間は100%正社員で賄ってきました。


当社では、主力事業の営業利益のうち3割を新規事業に投資しています。主力事業が強い時にも、継続して新しい種を植える努力をしてきました。それが、今、コスメや飲食事業、ホテル事業という形になって少しずつ表れています。これらはそうした「3割投資」を続けてやってきた結果。気まぐれに「あれをやろう、これをやろう」と手を伸ばしているわけではありません。


洋服だけ売っていれば成長できる時代は終わりました。そのため、新規事業やM&A(合併・買収)には積極的に取り組んでいます。M&Aは、足りないパーツを素早く自社に取り込めるメリットが大きい。昨年秋にも東北以北に強いアパレル企業のアルファベットパステル、子供服のECに強いスマービーを買収しました。これにより東北以北の店舗強化や子供服ECのノウハウの吸収が一気に進みます。ほかにも、米国のロボット企業などにも出資しています。新規事業では、飲食事業やコスメティクス事業、今年夏にはホテル事業にも参入します。


なんとかオープンさせたセレクトショップの出だしは好調でした。最初の2~3か月で月間約50万~60万円を売りました。特徴は接客です。1人のお客さんに、3時間くらい接客することもありました。商品数も限られていますし、話す内容は商品のことというよりは、お客さんのこと。家族構成や、学校での生活、音楽の趣味などを話しているうちに、家族のようなお客さんがどんどん増えていきました。とにかく顧客を隅々まで知る。これは僕の原点にもなっている体験です。


僕が課長クラスに求めるのは「部下に同調する力」。課長の役割は、部下一人ひとりの強み、やりたい仕事、職場の状況などを継続的にヒアリングし、それらの調査から共通項を見いだし、職場の改善に生かしていくこと。そのためには、決して上から目線ではなく、虚心坦懐に部下の言葉に耳を傾ける必要があります。


本社を岡山から移すことは、僕が社長の間はありません。創業当初の大変な時期に岡山のお客様に買っていただいたという感謝の気持ちが強いし、当社が成長する様子を間近で見て「同じ県民として誇らしい」と言っていただけるのは僕もうれしい。


(新卒で入った会社では)胆力がつきましたしね。早朝5時に出社して、深夜1時に帰宅。そんな毎日でしたから、とにかくがむしゃらに働きました。ただ、ビジネスの基礎を学べるうえに、お金までもらえる専門学校に通っているような気持ちだったので、全く苦ではありませんでしたね。本当にいい経験をさせていただきました。


ミスが生まれる原因は、「無理」を重ねることにもあります。無理は連鎖します。それを防ぐには、早め早めの「ホウレンソウ(報連相)」が大切で、ギリギリまで粘って「ミス」が起きるぐらいならば、「代案を持って謝りに行く」のが賢明です。代案で切り抜ける方法は、計画は果たせなかったものの、ミスではない。場合によっては、「評価」の対象にもなります。


どんな人間にも「長所」と「短所」はある。性格や考え方、仕事のスキル、生活環境だって違う。あらゆる市場で消費トレンドが多様化しているのと同じく、職場で働く人たちの価値観も様々です。それらを生かすには、組織に属する人たちが個性を把握し合い、「関係の質」を高めることが欠かせない。1つの事柄をいくつもの考えで捉えることで、新しいビジネスを生む「チャンス」にするのです。


現代アートの収集を始めたのは5年前。ニューヨーク在住の河原温さんの作品12点が売りに出されていて、何もしなければ外国に渡ってしまう。だったら僕が、と購入。それからコレクションを始めました。現代アートを見ていると、自分のアタマが固いことを思い知らされる。発想を決めつけない重要性を気づかせてくれます。


3か月に一度、席替えをしています。事業部など部署ごとに集まるのと、デザイナーなど職能別に集まるのを繰り返しています。これをやることでコミュニケーションを図れ、ノウハウが共有できます。以前は事業部が違うと会話はほとんどありませんでしたが、このマトリックスを採用してからは、部署が違ってもコミュニケーションが取れるようになりました。


無謀な投資にならないよう、スタートアップする事業に全部キャップを付けています。例えば「KOE」なら50億円のキャップです。累積赤字が50億円出た段階で、どんなに将来性があっても、そこで終わりです。直営店も2年赤字で退店です。すべての事業が同様で、R&Dにどんどん突っ込み、店も拡大しても、ここまで来たら畳むと決めてある。だからこそ思い切り走ることができるのです。


日本のどの業界もそうですが、多くの企業が著しい勢いで成長する中国に進出しています。でも、うまくいっていないところもあります。それは本気度が足りなかったからでしょう。例えばですが、数人の執行役員を中国に送り込んで、「頑張ってこい」ではどうにもなりませんよ。中国では決断のスピードと大胆な意思決定が求められるのに、執行役員レベルでは本社への相談なしに物事を決められないんですから。そこで僕自身が中国に乗り込むわけです。


売り上げが100億円を超えた時、現状のままではこれ以上、大きくできないと思ったんです。僕には経験知がある半面、論理力が乏しい。大学でそれを学んで経営に生かせば、会社をもっと大きくできると考えました。大学の先生はすごい。「こういう本を探しているんですが」と尋ねると、求めていた本をボンと瞬時に教えてくれます。本が1万冊くらい頭に入っているんじゃないでしょうか。今の若者の趣味・嗜好を直に感じられるのも、大学に通う利点ですね。


(宮﨑あおいさんにCM出演を打診したとき)実は一度断られているんです。だけど僕が諦めきれずに再挑戦。その時、どうやら他社も宮﨑さんにアプローチしていたようです。では、うちはどうやってアピールしようかと考えて、CMの制作スタッフを大リーグのオールスターのようなすごいメンバーで揃えたんです。そして宮﨑さんに、「このチームの4番としてどうぞ来てください」とプレゼンテーションしました。CMの反響は大きく、既存店の売り上げが前年度比140%となったうえ、社員のモチベーションも上がりました。


05年以降、倒産の危機こそありませんが、実は09年頃の社内は決していい状態ではありませんでした。中間管理職が動かなくなったんですよ。あくまで例ですが、現場の店長から相談のメールが来たのに、一向に返事をしないとか。店舗のスタッフにはお客様、経営陣には株主やマスコミの視線があり、適度な緊張感があります。それがない中間管理職は、気が一番緩みやすいのかもしれません。そこであえて荒療治をしました。社長室から各店長にアンケートを直接送ったんです。「問題解決の早い中間管理職と遅い中間管理職の名前を3人ずつ、それぞれ3つの理由とともに答えてくれ」と。200以上の店舗から集まった回答の集計結果は、「ワースト1位は○○氏」という具合に会議で発表しました。このアンケートは「毒薬」だったと思いますが、1人も辞めさせないという決意で実施に踏み切りましたね。おかげで結果発表後は、現場にいる店長や店舗スタッフの不満はぐっと減りましたよ。


創業5年目でガクンと急降下。業績は赤字転落。そこでSPA(製造小売業)に取り組み始めて、2年後の2001年には売り上げ21億円、営業利益率27%の数字を叩き出したんです。「自分は天才じゃないだろうか」と勘違いしましたね。完全な勘違い。翌年には一気に倒産危機というところまで落ち込んだんです。創業5年目の失敗の原因と同じで、僕はすぐ天狗になってしまう。失敗というお灸を据えられても、その効果がずっとは続かないようです。


失敗の原因は、「儲かるかどうか」ということばかりに気を取られ、マーケット戦略が足りなかったこと。そこで、商売の基本である消費者のニーズに応えた商品展開をしようと、まずは会社の方向性を確認する作業から始めました。「我が社のターゲットは、ヤングOL。彼女たちが求めるのは低価格の服、それを購入するのは駅周辺」という具合に。かっこいい大型店は必要ない、内装投資を抑えられる小型店が望ましいという結論に至り、そこから駅ビル戦略が始まったんです。


冷や汗もののトラブルはいろいろあります。飛行機が離陸する直前まで仕事に打ち込んでいたため、閉められた検査場をすり抜けようとして、7人の警察官に取り押さえられたんですよ。「どうしても、あの飛行機に乗らなければいけないんだ」と一生懸命訴えると、何と乗せてくれたんですよ。しかも「荷物がたくさんあるから、ここに座りなさい」と案内してくれたのが、生まれて初めてのビジネスクラス! 「非常識を常識に変える力」とでも言えばいいんでしょうか。何かを成功に導きたいのなら、そういう底力が必要だと思います。


学生時代、アルバイトに励んでいたので、就職前に100万円の貯金が手元に既にありました。当時は有限会社の設立に300万円が必要だったので、3年間の会社勤めで残りの200万円を貯めることを目標にしたんです。ですから質素倹約の生活ですよ。給料から少しずつ貯金。お酒の誘いは、「今日は体調が悪いので」と断ることが多かった。3回に1回は腹痛を起こしていたなあ(笑)。もちろん、ボーナスには一切手をつけませんよ。


僕が就職した当時は今と違って学生の売り手市場で、選択肢はたくさんありました。その中で、「どの会社で働くことが、将来起業するための最短ルートになるか」を就職先選びの第一条件にしていたので、百貨店や大手アパレルメーカーを5、6社受けたんですが、ピンとこなかったんですよね。結局、大阪証券取引所2部に株式を上場していて、「今後3年間で東京証券取引所1部に格上げするのが目標」という会社に入りました。僕には「会社勤めは3年まで。その後は独立」というビジョンがあったので、その会社の「3年」という数字が自分とぴったりと重なったんです。入社後の3年間、アグレッシブな経験をきっと積めるだろうと。


趣味をそのまま仕事にしてしまいました。中学2年生の時、洋服を買いに行った店のスタッフから、「洋服が好きなら、洋服屋で働けばいいんじゃない」と言われたんです。僕はもう、すっかりその気。「アパレル業界へ一直線」ですよ。しかも店員ではなく、店のオーナーになりたいと思いました。普通、若い頃は「将来何になろうか」「どの大学に行こうか」と悩むでしょう。でも僕の場合、人生の指針がブレることは一切ありませんでしたね。


僕は現代アートに触れて20年以上経ちますが、楽しむコツは「概念で見る」ことだと考えています。例えば、写真作品ならば、構図や被写体の良し悪しではない。作品を前に、「どんな概念で作られたのか」を妄想するのです。視点を「A」から「B」に変えると物事が変わり、新しい発見がある。こんな視点の転換力が、新規事業の立ち上げや社内改革にもつながる。現代アートは難解だと敬遠されがちですが、ビジネスパーソンは転換力を鍛えるイノベーションの筋トレとして、アートを活用するのがお勧めです。


僕たちは岡山市や岡山県と直接ジョイントし、自治体と我々とが所有する資産の力で、人の流れを増やし、地方創生を試みようとしています。今回の取り組みは、社員教育の格好の場になることにも気づきました。僕たちの取り組みを簡単に言うと「地域貢献」。社員たちがボランティアとして参加できれば、地方創生の最新ビジネスを、肌で感じられる。「岡山の発展に貢献している企業の社員」という自覚に加えて、クリエーティブな刺激、地域経済というミクロの視点、さらに新しいビジネスのヒントも得られる。


いまの新入社員は最初の5年は、伴走しないと倒れてしまう。新入社員が社会にジョインするまで、5年かかる時代ということです。そうして大切に育てると、5~6年後に突然大化けするんです。受け身だった社員が、新規事業のアイデアを出し、その事業のプロジェクトの中心メンバーになっていく。おっとりした若手が変身するのを何回も目にしました。それならば、猛烈文化を叩き込もうとするより、ゆっくり育てて後伸びしてもらった方がはるかにいいですよね。


当社では新入社員を大きく3つに分類して、特性に合わせて育てる試みを始めました。1つは、猛烈に頑張るタイプの社員。「スピードキャリア」と呼んでいます。自己啓発しながら先輩から貪欲に学び、上を目指す社員です。次が「スローキャリア」、今は自分のキャリアを明確に考えられないけれど、「5~6年先に店長になれるといい」と思っている社員です。最後が「サポーター」、上司や先輩をサポートすることにやりがいを感じるタイプです。この3タイプは、「総合職」「一般職」などと人事制度で明確に区分けするものではありません。社員には、働き方の「モデルケース」として伝えています。組織には全タイプが必要で、それぞれ2対6対2くらいになるのが1つの目安になると考えています。最初の3年間は、自分の能力や適性に合った働き方はどれかを考えてもらう。新入社員は実際に現場を経験しないと、本当の意味での「今後のキャリア」は考えられません。働くうちに目指す方向が見えてきます。そこで目標を変えてもいい。


僕自身、バブル手前の年代ですし、自分がやってきたように「猛烈に仕事をする人」を求める傾向があります。しかし、若者の変化を実感するにつれ、それではダメだと思うようになりました。平成生まれは「僕たちとは全然違う」ことを認識し、それぞれに適した育て方をしなければいけない。逆に、それができないと、社員はすぐに辞めてしまい定着しません。するとノウハウが社員に蓄積されず、新しいサービスも出なくなり、会社が成長しなくなります。


僕は、本社ビルを持ったことを後悔しています。業績が低迷したら、土地代が安い場所に小さな事業所を借りる。業績が良くなれば、ビジネスがしやすい場所に大きな事業所を借りる。それでいいと思います。何も自社で土地を買って建物を所有する必要はない。本社ビルの設立を決めた時は、起業した「象徴」が欲しかったんです。地元・岡山の住民に対する見栄やプライドもあったかもしれません。若気の至りです。


好調は長続きしませんでした。2001年11月をピークに売り上げが落ちていき、2002年春には全く売れなくなった。売上高が前年同月比50%と半減する月もあり、危機的な状況に陥った。僕たちの店で服を買ってくれる人が増えたのはよかったのですが、その半面、街中で同じ服を着ている人をよく見かけるようになってしまった。その結果、多くの人が、「他人とかぶるから、アースミュージック&エコロジーの服はもう買わない」と思い始めた。そこで僕は思い切って、顧客ターゲットと販売チャネルの変更を決断。ラフォーレ原宿のようなファッションビルで10代後半の学生に売るのではなく、駅ビルで20代のOLを対象に売ろうと決め、手始めに、JR東日本グループのルミネと小田急電鉄と組み、駅ビルに出店しました。


岡山では、僕たちがセレクトショップを運営していた時に買い物をしてくれた顧客がいたけれど、東京ではそうした顧客はいない。売り上げを上げるには、プロモーションに力を入れてブランドの価値を伝えていく必要があると考えました。僕たちの店は競合店と比べて品揃えはいいし、接客サービスの質も高い。プロモーションさえしっかりすれば、必ず売れるという確信がありました。だからオープンから1か月後、東京・千駄ヶ谷に事務所を借りて、そこを雑誌に載せる商品を扱うプレスルームにしました。プレスルームを設けてから、僕は「社長兼宣伝販促部長」として、営業活動を始めました。


石川康晴の経歴・略歴

石川康晴、いしかわ・やすはる。日本の経営者。「ストライプインターナショナル」創業者。岡山県出身。学校卒業後、紳士服店勤務を経て23歳でクロスカンパニー(のちのストライプインターナショナル)を創業。レディスセレクトショップ「CROSS FEMME」オープン。その後、セレクトショップからSPA(製造小売業)に事業転換し、自社ブランド「earth music&ecology」を開始。同社を大きく成長させた。主な受賞に企業家ネットワーク年間優秀企業家賞チャレンジャー賞、岡山県男女共同参画社会づくり表彰事業者部門。そのほか、内閣府男女共同参画局推進連携会議議員などを務めた。

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