田村潤の名言

田村潤のプロフィール

田村潤、たむら・じゅん。日本の経営者。「キリンビール」副社長。東京都出身。高知支店長、四国、東海地区営業本部長、本社副社長、営業本部長などを務めた。その後、100年プランニング代表を務めた。著書に『キリンビール高知支店の奇跡』。

田村潤の名言 一覧

結果が出なければ、現場のメンバーから信頼を得るのは難しい。リーダーが本気で仕事に取り組み、責任を取る覚悟を決めなければ、部下はきつい仕事についてこない。

今いる場所から離れた視点で物事を見て、考える。だから斬新かつ実用的なアイデアが生まれる。皆さんも今いる場所から離れたところで、誰かと集い話し、アイデアをひねれば、素晴らしい考えが浮かぶのではないでしょうか。

アイデアは生まれてくるものではない。考えても思い浮かばない。人と会って情報を交換していると、あるときアイデアとして返ってくる。

仕事はそれを得意としている人が手がけたほうが、生産性も質もあがる。

働き方の工夫を自ら考えさせたことが、大いにモチベーションアップに繋がった。人は誰かにやらされる仕事より、自ら考え、実行した方が断然やる気が出る。

営業マンの本望は、上手にトークをすることではない。いかに相手の気持ちを動かすかだ。

事態は最悪だった。しかし、底を打ったらあとは跳ねるだけ。

ダメな組織はほぼ全員が「どうせダメだ」と思っています。そこから変えないと、逆転はとうてい不可能。

根回しとは、小細工することではなく、相手の心を動かすための準備。資料を用意し、主張し続けたことは、最高の根回しとなった。

会社の上役の心を動かすためにも、主張の仕方に気をつけました。それは、「高知支店のために」と言うのではなく、あくまでキリンとして必要不可欠であることを強調すること。

会社が一度決めたことを覆すのは難しいこと。でも、私は現場に出ていて、売上げが落ちた原因がわかっていたのです。その確信があったからこそ、声を出し続けました。

ムリして、苦手なことや、自分に合わないことをやるよりも、一度でも人から「いいね」といわれたことをもっと頑張ってみてください。それが、結果を出す近道なのです。

成果が上がらず苦しいときは、うまくいっている人を見て、自分の弱い所を補おうとしがちです。でもそれでは自分の最大の強みまでもが薄まってしまう。売りがブレてしまう。

数字が上がらないときは、思い切って他のことを捨てて1つのことに集中してみてください。徹底してやったほうが、いくつも分散してやるよりも効果がでるはず。

人間は「4つ以上指示されると、1つもできなくなる」。「3つまでならできる」のではなく、やる気が失せて1つもできなくなる。

リーダーとして最も必要なことは「覚悟」。

大事なのは、本社の命令にただただ従うことではなく、お客様の信頼を得続けること。

景気が悪い、本社が悪い、部下が悪い……。言い訳はたくさん転がっている。しかし、そこに逃げ込んでも出口はない。

お客が離れてしまったとき、上層部は「あれをしろ、これをしろ」と指示してくるはず。しかし、答えは必ず現場にある。お客の生の声、いわば心を現場はつかめる。そこに本当にテコ入れすべきヒントがある。

自分でつくった目標を持ってもらうと姿勢が変わる。自分が決めたことなので、達成する意識も強くなる。上からの指示待ち人間だったのが、自分から動くようになる。

組織が頭から腐るのはよくわかる。僕も上に立った経験があるからね(笑)。

私は入社以来、「人は何のために働くのか」といったことを考え続けてきました。自分で導き出した結論の1つが、「生きることとは命を燃焼させること。仕事はその目的を果たすための手段」でした。自分の職務を全うするならば、「ヒラ社員」でも果たすべき役目があると。

現場主義を貫き、「どうしたらお客様に喜んでもらえるのか」を一人ひとりが考えて行動するようになってくると、仕事に熱が入り、地域ともだんだん密着できるようになってきた。すると、「キリンビール」を指名してくれる人が増えてきた。これが業績回復の足がかかりになった。

私が高知で身につけた現場主義は、その後、四国を統括する本部長や名古屋を擁する東海地区の本部長を任された時にも通用した。「ローカルで本質をつかんだらグローバルでも通用する」という言葉があるように、私の仕事の基本はすべて高知で身につけました。

私は、出世欲がそれほど旺盛だったわけではないのですが、左遷も2回目になると、「もう大きい仕事はできないな……」と思いました。ですが、会社をクビになったわけではないし、支社長というのは、見方を変えれば、一国一城の主です。それならば、「自分の好きにやろう」と開き直りました。

東京からでは見えないものが地方にはある。本社の会議室では見えないものが現場にはあるんです。そして、その逆の場合もある。

ビールメーカーは、少しでも自社のシェアを拡げるため、「外でも家でも自社のビール」を飲むのが鉄則。けれど、敵を知らなきゃ策は練られないでしょ。僕は内緒で、アサヒをガンガン飲んでいた。強みも弱みも見えたよね。

仕事だけの人間は視野が狭くなる。私はしっかり遊ぶことも推奨しました。中には出勤前に潮干狩りをする社員もいましたね。体験して分かる現地の空気がある。その延長線上で「浜で大鍋キャンペーン」の発想も生まれました。

どんな手を講じても、売上げが伸びない。そんな声をよく耳にします。私にも、そんな状況がありました。でも、諦めないでください。打開策はあります。

雑談は重要。職場の雰囲気をポジティブにして、多くの人がいきいきとアイデアを出すようになる。それこそが「雑談」のメリット。雑談の8割はムダな内容。ただし残りの2割に本音が出てくることがある。それは貴重ですよ。

本来、数値はそれ自体が目標ではなく、自分の仕事の状況を客観的に見るための指標にすぎない。

他人に尋ねるのはいいことずくめ。有益なアドバイスをもらえなくても、尋ねられた人は、「自分の意見を尊重してくれている」と感じてうれしくなるし、コストも一銭もかからない。

年内最後の2か月でどう準備するかで、来年の勝負は決まる。それほど、準備が重要。

イスがあるとラクですが、ダラダラと時間が過ぎていきます。しかし立ち会議ではこれまで1時間かかった会議も10分で終わるようになった。長く立つのは誰でもイヤですからね。

部署もキャリアも関係ない。会議は「事実を見て、自分達の意志決定をするため」にある。

会議には、参加者の人件費がかかっている。長いほど無駄というわけ。コスト意識を持って欲しい。

ミスが出ないようにすることこそプロの責務。ミスの根底には大抵、お客のことを考えていないというプロとしてあるまじき姿勢がある。

「他責」から「自責」へのマインドチェンジ。そうなればミスは減り、個人も、組織も、変わっていきます。ミスは管理するのではなく、根っこの意識を変えることで必ず防げる。

「私が」「会社が」「この商品が」。自分たちを主語にしたセールストークをまず捨てる。主語はいつでも「お客様」。口べただろうが何だろうが、出発点がそこなら間違いない。

会議をやめました。業績をあげていない会社は会議が多いもの。けれど、内実は「言い訳合戦」でしかない。こんな会議ばかりしていると時間のムダどころか、言い訳がうまい営業マンばかり生まれてしまう。相談ごとがあったら個別に呼び出してミーティングすればいい。

全国で売上げ最下位だったキリンビール高知支店をV字回復させた男……。そんな実績のおかげか、私を「すごいアイデアマンだろう」と思われる方がいるようです。しかし、それらは、決して私がひとりでひねり出したものではない。強いていうなら、私は「アイデアが生まれる場」を作り続けた。それだけなんです。

意識して異業種の世界を観察することも大切。ディズニーランドに行ったとき、掃除の人がすごく楽しそうだったんです。そこでディズニーの社員教育を見習って、高知支店でも楽しく働くことを意識しました。それが成果につながりました。

売れていないときは、いろいろ手を打ちたくなるものです。上から下りてくる指示が多くなればなるほど、やることに精一杯で考える余裕がなくなり、責任感も失せてくる。しかし、「これだけでいい」といわれると、自分で工夫する時間や、やり切る余裕も生まれる。

印象的なフレーズに出会ったらジャンルに分け、整理して書くと自分の資産になる。朝礼で話をしたり、部下に励ましのメールを送る際などに、書き留めたフレーズから引用すると、伝わりやすくなります。

関係がしっくりいっていない上司や部下を、ランチに誘って本音で話してみる。相手が何を考えているかが分かるだけでも事態は前に進みます。関係が完全に修復されないにしても、少なくとも自分の足を引っ張る存在ではなくなるはずです。

高知支店長時代、「どうしたら売れるのか」を取引先から支店の事務員、一般のお客様までひたすら尋ね続けました。他社で高知支店のことが話題になり、「キリンの高知支店の田村とは、よく人に尋ねる人物らしい」という評判が立ったほどです。

本社の指令が現実に即していればいいのですが、現場には現場ごとの事情や濃淡がある。本社の施策も含め自分たちの持つ力を最大限活用して現場で勝つ。それがお客様の期待に応えること。

お客様のところに足繁く通い、声を聴き、何をすべきか考え、試行錯誤しながら、様々な工夫をしながら、ひたすら実行する。どれも当たり前のことですが、スタッフ全員で泥臭く続けた結果、高知支店の業績はV字回復しました。

「キリンらしさ」とは何か、お客様がキリンに求めていることは何か。つまり、キリンビールの「あるべき姿」を考える。そして、その理想と現実とのギャップを見定めて、それを埋めるべく全力で取り組みました。

自分の頭で考えず、上司からの指示でしか動かない社員は、臨機応変な対応ができない。上司の命令だけを仕事と認識し、お客の真のニーズを聞き出さない。結局、お客ではなく、上司の顔色を見て仕事をしているから、お客の声を真剣に聞いていない。

お客様に「ポスターの文字が多い」と言われたらすぐに改善。「卓上テント(卓上POP)が大きすぎる」という意見が届けば小さいモノをすぐ用意するなど、異なるニーズをこまめにキャッチするよう指示しました。

勝つためには1点に集中すること。ビールの消費は圧倒的に家庭のシェアが多いのですが、スーパードライに勝ち目がありませんでした。ならば、少しでも可能性のある料飲店から攻めることにしました。

高知支店長として赴任したとき、私は営業マンに、次の3つを実践させました。まずは「お客の困りごとはなにかを聞き出す」ことです。2つめが、「お客の困りごとの解決につながる提案をする」こと。そして、「お客の困りごとの解決のお手伝いがしたいという本心を伝える」こと。

「どうせムダだ」という思いは言葉の端々からにじみ出て、相手に伝わる。裏を返せば、「お客の困りごとの解決のお手伝いがしたい」という気持ちを本気で宿していれば、それも必ず伝わる。

大阪支社営業部時代、成績のいい先輩を見ると、訥々(とつとつ)と話そうが、使う言葉が稚拙だろうが関係なかった。本気でお客のことを思い、お客のために何ができるかを考えて動ける人は、皆、成績を残していた。それを見習って、口べたな自分もそれなりに成果を上げることができた。

主なお客であった飲食店や酒販店のオーナーは、日々の経営に必死です。「もっとお客を呼ぶ手はないか」と悩んでいる。しかも大抵、相談相手がいなくて孤独です。そこで「何かお手伝いできることはありませんか?」と投げかければ、ぐっと心の距離が近づく。

「なぜラガーからスーパードライに鞍替えを?」とひっきりなしに宴席に顔を出し、その場にいる人にしつこく質問しました。泥くさいヒアリングです。しかしアンケートとはひと味違う声が拾えた。一つは「キリンは苦味が良かった」という本音。酒好きが多くラガーの飲みごたえこそ支持してくれていた人が多かった高知では、とくに味を変えたことに対する抵抗は強かった。もう一つは「スーパードライが売れていると聞き、飲んでみようと思って」という声でした。モノを選ぶなら「評価が高いモノ」を手にしたいのが人情。ドライの隆盛はまさにこの情報の力に支えられていたのです。そこでやるべきことは見えた。

キリンが最もピンチを迎えていた1995年、私はキリンビール高知支店へと赴任しました。左遷みたいなものでした。何せ当時の高知支店は全国でも最下位ランクの売上げの低さのお荷物支店でした。しかし、私はここから支店を再生させました。全国的に負けまくっていたアサヒとのシェア争いを逆転。高知支店はキリンビールの県内トップシェアを奪い返しました。その後、本社副社長となって、全国での戦いにも勝利。2009年に、トップシェア奪還を果たしたのです。しかし、私は実のところ「奇跡」とまでは考えていないんです。当時の高知支店、そしてキリンビールが陥っていたダメな「行動」と「モノの考え方」をひとつずつ変えただけだからです。

私は人事・労務の担当を長らく経験し、人の評価や異動は「とても理不尽なものだ」ということを感じました。評価については必ず「感情」が介在するし、本人の実力や適性とは関係なく組織のローテーションやパズルのピースとして機械的に動かされることも多い。上司に恵まれるかどうかの「時の運」もある。そんな事情を知れば、一時の評価で一喜一憂する必要はないのです。

裏から手を回さず、正面から言い続ける。シンプルですが、思いはきっと通じると私は考えます。もちろん、しつこく言い続けたら、上司に嫌われるかもしれない。でも、最後の一人になっても言い続けようと覚悟を決めた。すると、だんだん上司も耳を貸してくれるようになり、周りの賛同も得ることができました。そして、社長に直接提案することができたのです。

実は、年末年始の年の変わり目は、方針が突然変わっても許される唯一のタイミング。1年の途中で、突然方針を変えたら周囲から怪訝に思われるだけだが、「今年を振り返って、こうだったので、来年はこうしたい」と理由をつけて説明したら、180度の方針転換もギリギリ許される。そうした絶好のタイミングを利用しない手はありません。

過去に目を向けて会議を進めると、すぐに評論家的な分析と、責任逃れの言い訳合戦が始まります。しかし、やるべきことは「今」と「未来」にある。だから、数字が悪くても過去の話は一切させませんでした。「今」どうするか、「今後」どうするか、の議論だけとした。すると時間も短縮され、参加者も皆、未来志向、前向き思考になるんですよ。

数字が悪くなると、会社というのは会議が多くなります。「どうにかならないのか」と本社やトップから催促されるからです。そして「こういう理由で今は業績が悪い。しかし、来月からは頑張ります!」といった具合に、対策という名の「言い訳」を用意するのです。さらに問題なのは、そんな言い訳会議で忙しくて、現場に出る機会が減ること。現場に行かずに数字が上がるはずがありません。

38年間キリンビールで働いている中で、「ラッキーだったな」、そう思うことは何度もありました。が、中でも最も大きな幸運は「上司に恵まれた」ことです。私のサラリーマン人生において、上司の存在は大きかった。だから、自分が上司になったら、尊敬する上司の振る舞いを自分なりにマネしてきました。

私は常に「お客様のために喜ばれることをしよう」と行動指針となるビジョンをまず伝えた。ただ、そのための「手法」は、現場を知る一人ひとりの営業マンからの声や提案を聞き入れたのです。上から下に命令を出すのではなく、皆で一緒に考えて、目標に向かっていく。部下という立場や肩書きは関係なく、いい意見は採用し、上司でも悪い意見は採用しない、と。

じつは私は、仕事なんかより、海外旅行や温泉めぐりやお酒が大好き。だから新入社員のときからずっと「仕事はさっさと終わらせて、遊びに行きたい!」、ならば「勝手にビールが売れる状態にするには?」と常に考えていた。「仕事でお客様を幸せにする」というミッションは必ず果たす。けれど、そのプロセスは「可能な限りラクして素早く」がいい。そのほうがいい仕事ができる。

「ダメだったら元に戻せばいい」じつはそんな意識を持っていたことも、時短が成功した大きな要因だと考えています。「絶対に失敗が許されない」などとはしごを完全にはずしてしまうと、言ったこちらにも不安感と悲壮感がにじむはず。それは周囲に伝わってネガティブな空気に繋がります。しかし、失敗しても「ま、いっか」という気持ちで取り組み、また量販店部門の部門長にだけは、「最悪戻せば……」と共有していたので、だからこそ本気で、思い切り改革に取り組めたのだと思います。「玉砕覚悟」の作戦は危ういし、失敗します。

キリンビール東海地区本部長時代、「景品」をやめました。「6本買うとポテチが付く」「1ケース買うと洗剤付き!」。ビールメーカー定番の販促手法に景品付き商品の販売があります。景品は現場で営業マンが手作業でビールにセッティングしていました。もとより「アサヒ派」の人が、ポテチが一つ付いたからといってキリンビールを買うことは少ない。まさしく「労多くして功少なし」な施策だったわけです。

どうすれば、仕事を早く終わらせられるか。その結果、たくさん休むことができるのか。私の答えは一つです。早く終わらせることに「本気」で取り組むこと。キリンビール時代、部下に仕事のやり方や仕組みといった抜本的なところを変えなければ到底、越えられない、とても厳しいハードルを課しました。だから彼らは本気になった。

「スーパードライ」が人気を集め、我がキリンビールは急速にシェアを落としていたとき、私が赴任することになった高知支店は業績低迷で知られていました。社命ですから口では「ありがとうございます。頑張ります」と言いながら、心の中では途方に暮れました。入社以来、業界のガリバーとして君臨する会社で、多くのお客様に支持されていることを誇りに働いてきた。それが、多くのお客様が見放す会社になってしまった。果たしてこの会社は存続する価値があるのか。そして、自分が全力で働く価値があるのだろうか。そうしたことを考える時間は、すなわち仕事に対する姿勢を改めて自問する時間でした。考え抜いた結果、キリンビールはこれからも存続する価値があり、より多くのお客様に喜んでいただくために全力で働く価値がある。そうした思いが腹にストンと落ちた時、私の「覚悟」が定まった。

ミスを減らすには、仕事への姿勢、根本的な考え方を変えることにつきます。お客に貢献するという理念の徹底。上からの指示でも、自分の成績でもなく「お客が喜ぶことをする」。それが行動基準であると肝に銘じて動く。その意識があればお客の声を見逃すことも減り、確認漏れや段取りミスといったポカミスも減るはず。たとえミスした時も「このまま隠してはお客にさらに迷惑がかかる」と素直に考えられるため、隠蔽するようなこともなくなります。

一見、意欲満々のいわゆるデキる社員も要注意。自分の力を過信したゴーマン社員もミスの常連だからです。さらに怖いのは、その後です。ゴーマン社員の問題はミスが起きたとき「隠蔽」することが多いんです。プライドが高いため、ミスを認めず、上にも報告しない。それがさらなるミスを誘発する。取り返しのつかない不祥事に発展することもあり得るというわけです。

トップダウンで数字目標を出すのではなく、部下自身から目標を提示させました。自分から出した目標であれば、達成しようと前向きになります。そして、行動の結果、目標と現実のギャップはどれだけ埋められたのかをチェックし、少しでも近付くようアドバイスを続けました。

本社から降りてくる施策は一旦無視していい。現場のお客の課題を解決し、感動してもらうことに集中しようと訴えた。「こんなキャンペーンを!」と押し付けるのではなく、個別の課題を丁寧に聞き出し、「ならばこんな施策ができます」「こんな売り場を作れます」とキリンの商品・サービスを利用し、解決を手伝う、という形にしたのです。そして落ち続けていた発注が、1年後あたりからじわじわと増え始めます。ダメ営業マンたちは、全国にその名を轟かす、精鋭部隊になったのです。

成果が出るまでには2年半かかりました。その間、本社からは「あれやれ」「これやれ」と、販促キャンペーンがたくさん降ってくる。けれども、東京のやり方を真似しても、高知では通じないことも多い。そこで、現場のメンバーには、「徹底してやる」「流す」「棚上げする」の3つに分けて指示を出しました。上層部から「目標の達成率が悪い。ちゃんとやっているのか?」と厳しい指摘を受けることもありましたが、「現場は頑張っています」「すぐやります」と言いながら、上手にはぐらかしていました(笑)。

高知支店長就任後、高知のビール市場や土地柄を把握するためです。時間がある限り現場に足を運び続けました。高知には土地勘がなかったので、飲食店や酒販店、さらに温泉施設まで、ビールが置いてある場所はすべて訪れ、「なぜキリンビールが売れないのか」を聞き回りました。こうして気がついたのは、「売りにくい条件がたくさん揃っていた」ことです。地方のビール市場は、首都圏の売れ方とは随分違いしました。また高知県内でも市街地と郊外の郡部などでは全然違っていた。シェアトップの時代に営業経験を積んでこなかった人が多いものだから、部下はどこをどう売り歩けばいいのかも分からない。私自身も、何から手を着ければいいか、見当がつきません。そうこうしている間にも、ライバルのアサヒビールの営業マンは、感心するほど郊外まで足を延ばしていた。「現場で聞く」ことを手がかりにするしかなかったのです。

出世の4つの心得。

  1. 出世は目標ではない。まずは、自分が会社の中でどういう仕事と立場を求めているのかを明確にしよう。
  2. 仕事の理念を常に考えよ。理念が定まれば、評価によって心が揺れ動くのを防げる。思うような評価が得られない時を機に見直そう。
  3. 自分の職務を全うせよ。自分が会社から何を期待されているのか常に考えよう。やるべきことに迷い出したら、現場に出向いてヒントを見つけよう。
  4. 出世は時の運、人事は理不尽。人事ごとは理不尽だし、巡り合わせの要素も大きい。まずは、目の前の仕事に打ち込むことに集中しよう。

45歳でキリンビール高知支店長として赴任した私は、高知の県民性を知らないに等しい状態でした。「本質は現場にある」を信条とする私にとって、高知を知らぬまま知恵を絞るのは違うと思った。そこで、誰よりも地元をよく知る人たちにブレーンになってもらい、定期的に非公式なアイデア会議という名の飲み会を開いたんです。メンバーはラジオ局のプロデューサー、広告代理店の社員、そして地元の女子アナなど多士済済。共通点は、誰よりも地元のことを知っていることでした。高知の人が何を好み、何を嫌うかを、彼らが助言してくれたんです。

私は会議は嫌いでしたが、しょっちゅう支店の皆と「雑談の場」は作っていました。一番多かったのは飲みの席でしたけどね(笑)。話すのは、まず他愛のない内容です。社内で顔を見かけたら「最近、どう?」「子供は元気?」と声をかけた。そして、新人もベテランも若い女性も関係なく「どうしたら高知の人たちに喜んでもらえるかな?」と意見を求めました。これ、同じことを会議だけで言っていても意味がないんですよ。廊下であったとき、お酒を酌み交わすとき。そんな日常のリラックスした場で、しかししっかりと問題意識を持った「誠実な雑談」を繰り返すからこそ、一人ひとりの中に「お客様のためにどうすれば?」という意識が染み込む。また「自分のアタマで考え、意見を持ち自ら行動する」という習慣が根づいたのだと思います。だから、高知支店は、営業マンはもちろん、事務職員まで含めて、すべてが「お客様に何ができるか」を考えて言動を続けていた。

「ムダ口も叩けないピリピリした空気が漂っている」「社員同士仲が悪く、仕事以外の会話がない」こうした職場が増えているようです。しかし、断言しましょう。そんな雰囲気を維持し続けたら、さらに売上げが下がるだけです。業績が芳しくない会社がV字回復するには、上から言われたことをこなすことから脱却し、新しいアイデアややり方を実践する必要があります。しかし、会話もない職場から、そんなポジティブな発想が出てくるはずがない。「こんなアイデアはどうですか?」と軽々しく口にでき、「良さそうだね」と盛り上がる。前向きな意見は、前向きなチームから生み出されるものだからです。

「会議を見れば、会社がわかる」。キリンビールを辞め、多くの経営相談を受ける立場になった私が今、確信していることです。たとえば、上の人間が指示を出すだけで議論など皆無、部下はそれを聞くだけの会議をする会社。間違いなくワンマン企業です。あるいは議論がダラダラと続くだけで、結論に至らない会議ばかりの会社は実務能力が低い。必ず業績が下がるといった具合です。そして、会議を見れば会社がわかるように、「会議が変われば、会社も変わる」んです。

実のところ、世の中にいる上司の7割はクズ上司ですよ。ここだけの話、私が営業部に移ったときの上司は、プレイヤーとしては優れていたけれど、上司としてはそうでもなかったんです。だからこそ私はそこで着実に成果を出して、粛々と営業部全体の業績を高めた。すると「田村が来てから変わった」と社内で伝わり始めたんです。上司がイマイチだと、部下が光りやすい。悪い上司にあたっても、自分次第で幸運になるということではないでしょう。

しっかりと部下のことを「見る」ことが大切。人は評価で動きます。部下は自分が正しく評価されることを最も望んでいる。そのためには、しっかりと「部下が何を考え、どう動いているか、どう結果を出しているか」を見ていなければならない。だから私は高知時代には、売上げ、利益、シェアなどの変化を0.1%でも見逃さずにチェックし、部下にフィードバックしました。「見ている」のサインです。結果、「田村さんの部下になってよかった。人生が変わった」と何人かから言われたのは、うれしかったです。皆が自分のアタマで考えた結果、お客に喜ばれて、業績が上がる。仕事でそんな楽しいことはないですからね。そこに自分が関われたことは、私の誇りです。

「戦略的なことは本社が考えるから、お前らはとにかくこのやり方で売上げを上げろ!」という号令だけで動くほど部下はバカではありません。「何のために」「なぜその施策なのか」。思惑と戦略、データを共有してはじめて、共感は生まれる。だから私は高知支店の営業マンたちに「本社の狙いはこうだ」「高知の現状はこうだ」「そこで私が考えた戦略はこうだ」と常に自分が持つ情報をできる限り言葉として伝えました。上司が情報を閉ざすと、部下も口を閉ざす。しかし反対にオープンにすれば、部下は口を開きます。情報量が増えればアイデアも浮かびやすいし、何より「そこまで信頼してくれるなら」と、意欲が増すんです。

田村潤の経歴・略歴

田村潤、たむら・じゅん。日本の経営者。「キリンビール」副社長。東京都出身。高知支店長、四国、東海地区営業本部長、本社副社長、営業本部長などを務めた。その後、100年プランニング代表を務めた。著書に『キリンビール高知支店の奇跡』。

ページの先頭へ