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田口佳史の名言

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田口佳史のプロフィール

田口佳史、たぐち・よしふみ。老荘思想研究者、経営コンサルタント。「イメージプラン」社長。東京出身。一般社団法人「日本家庭教育協会」理事長、一般社団法人「東洋と西洋の知の融合研究所」理事長。著書に『タオ・マネジメント』『不変と先端・経営の道理』『人生尊重なき企業は滅びる』『ビジネス戦士のための幸福論』。

田口佳史の名言 一覧

気付いた時にはもう遅いんです。でも、気付く分だけチャンスはある。危機感が生まれ、何とかしなければならないと思った時に、人は根本的なところに返ってくるのではないでしょうか。


義愛というものを外してしまうと、社会の健全性が崩れてしまう。だから、自分は社会を健全にするために生きているのだから、自らそれを崩してしまっていいのかという歯止めをかける。そうした心のブレーキが必要ですね。


企業というのは様々なステークホルダーがいます。全ての企業活動が社会とつながっているということを考えたら、目先の人を騙したら駄目だということも分かるでしょうし、自分が蒔いた種は自分に返ってくるということを覚えておく必要がありますね。


結局、みんな責任転嫁しているんです。これが今の日本の一番危ういところです。私はまず社会自体を自分のものだと思う心をもっと強く持つべきだと思います。まずは当事者意識を持つことが大事だと。


「有事」の時に何が重要かというと、みんなが慌てふためいている時に、いかにリーダーが泰然自若として、心を鎮めていけるかが問われる。


想定外の連続が現実の世界。想定外が起こった時のことを考えていかに訓練しておくかが重要。有事は平時の備えにありと。これが大事。


日々刻々変わる状況に対応していくには戦略がないといけない。


何事も生命抜きには考えられません。生きているだけですでに満点。


人間は「いま、ここ」でしか生きられません。いま、ここでやると心を決められるかどうかで人間は変わる。それが覚悟。


私もこれまで顧客に「何を望んでいるか」と問い続けてきましたが、もはやその問いが意味を成す時代ではありません。顧客すら「見えていない」要求に応えていけるかどうかが重要。


リスクヘッジの最大のポイントは「義」です。義が通らないと誰も相手にしてくれないわけです。


よく「明治の人はすごい」と言いますが、その人たちは江戸の教育を受けた人たちであることを忘れてはいけない。


人として生まれ、人として生きる意義として「君子は他者の悦(よろこ)びを自己の悦びとする」という教えがあります。「喜」ではなく「悦」という字になっているのには意味があって、喜ぶというのは瞬間的な喜びです。しかし、悦はリフレインする。長続きする。だから、他者の悦びを自分の悦びとすることによって、企業も長続きするんです。


人は常に社会とつながっている。たとえば、企業活動をしていて自分が何らかの偽装表示をしたとしますね。そうすると、これまで自分がお世話になった人たちも騙してしまうかもしれない。その中には大切な家族も入っているかもしれない。ということは結局、相手先だけを騙したつもりが最終的に自分に返ってくるんだということです。


経営者が利益を上げろと言うのは当然です。しかし、人間性と社会性を通して上げるのが利益ということを認識し直すことが大事です。


人間性と社会性を自分の心の中に育んでいくということが規範形成教育なんです。人は生まれた瞬間から両親から愛され育っていく。母性と父性というのがありますが、お母さんから情緒的で主観的な慈愛を受け、お父さんからは論理的で客観的な義愛を受けて育つんです。そうした人間教育の基本が今の日本から急速に失われつつあることが問題なんです。


報道を見ていると、過度に利益を追求するあまり不正を犯してしまっていた、なんてことが書かれていますが、企業ですから利益を追求するのは当たり前のことです。この問題の本質は、利益さえ上がれば何をやってもいいんだという風潮になっていることが問題なのです。利益さえ上がっていれば不正をしていいことにはなりません。


私は最近の日本企業を見るにつけ、企業民度というものが落ちていると思います。民度というのは英語で言うとカルチュラルレベル、つまり文化程度が落ちている。要するに、固有の企業社会で受け継がれてきた文化が劣化しているのではないかと思っています。


中国古典を紐解けば、義はどういう意味かというと「犠牲」から来た言葉です。つまり、「犠」も「牲」も生贄ですから、生贄とは何かというと己の命を差し出すから全部を助けてくれという意味なんです。そこに義があるということは、私情や私欲が全然ない。あったら義にならない。その覚悟がある人を義人などというんです。


保険を掛ける上では大局観がないといけません。何手先を読むかということが重要で、行く先々まで戦局を見ると。そうやって考えると、戦国武将の最大の特徴は、大局観をもって、要するに、Aが倒れたらBという代案を常に用意している。リスクヘッジの権化みたいな部分がありました。


「グローバル」という言葉は「グローブ(球体)」、つまり地球という言葉から来ています。東洋だけでなく西洋もあります。どちらかに偏ると、昔に逆戻りしてしまいます。ですから私は、「東洋と西洋の知の融合」が必要だと主張しているのです。


今は、ほとんどの人が人からどう見えて、評価はどうなんだろうという「外面志向」になってしまっています。そうではなく、素晴らしい経営者は全て、自己の内面を問い続け、自己の確立を何としてもやり遂げるという人たちです。


もはや欧米の手法ばかりを押し頂いて経営をする時代ではなく、自分の国の伝統を顧みて、日本企業は社員の心、人格、徳義が大事だということを、世界に主張すべき時ではないか。


『四書五経』を現代日本流に訳し直して、それを使った人格・教養教育、リーダーの育成をすべき。技術・知識も大切ですが、人格・教養があって初めて、技術も知識も生きてくる。


江戸期の人間が、幼少期から気を付けたことのひとつに「慎独(しんどく)」があります。悪事は独りの時にする、逆に言えば独りの時に立派な人間は、誰の前でも堂々としていられて繕う必要がないのです。要するに、江戸期には独りの時が勝負だと徹底的に教えたのです。


リーダーは自分が信ずるところ、「正義」と「道理」に基づいて行動しなければいけません。また、「私」を捨て無私にならなければリーダーシップの発揮に難が出てきます。


リーダーを志す人間が、きちんとわきまえなければならないのは、どんな状況になっても自らを失わないという状況を、自らに課さなければなりません。それが「不動心」です。この訓練をまずしなければいけません。


円滑に物事が進んでいる時というのは、社長も要らぬ、総理も要らぬという状態。ところが、危機や有事に際して初めて、リーダーの存在意義が出てくる。リーダーたる者は、自分の出番がいつ来るかと待っているくらいじゃないと駄目。


指示を出す時に、みんなで話し合ったり合議していたら間に合いませんから独断で次々と指示を出す。「権力」とはその為にあるのです。だから権力者に不可欠なのが「人格」なのです。権力を持ちながら人格がないということになったら、国家や企業は混乱をして、何のためにリーダーがいるのかわからなくなります。


江戸末期の儒学者・佐藤一斎の「重職心得箇条」には、「政事は大小軽重の弁を失ふべからず」という言葉があります。リーダーは軽重や前後の順番の判断を誤ってはいけないと。


コストダウンとサービスアップ。これらは矛盾する概念で、どちらかを選べばどちらかは捨てなければならないと考えられてきました。しかし、コストダウンもサービスアップも、考え方次第では補い合う関係になる。たとえば宅配便。配達員が不在宅に何度も行き来するコストを、消費者側に時間指定のひと手間をお願いすることで省き、コストダウンとサービスアップを両立させました。


1日1人に自己の最善を尽くしきるとしましょう。1年で365人と感謝の人間関係ができます。10年で3650人ですね。仮に1万人の組織に尽くしきれば、10年間で日本人の約35パーセントにあたる3650万人があなたのファンになるのです。そうした精神を社員に持たせるのが名リーダーであり、その蓄積を図ってきているのが優れた組織です。


国でも企業でも、トップの運が弱いと大変です。運が強いかどうかは経営の根幹に影響するといえます。運を強くするためには、自己の最善を他者に尽くしきること。感謝の人間関係を成立させていくこと。会社で日々の業務をするということも、そういうことなのです。


社会とは自己と他者から成り立つもの。自己は自分一人で、あとはすべて他者。これは、自己中心になった途端に孤立するということを表しています。自分中心にならないこと。そうすれば社会に出てから協力者がたくさん出てくる。


生きていること自体が修行。生きているということをそのまま活かし、修行と生きることを結びつける。会社員であれば修行として業務を行う。せめて自分の業務を修行と思い、一つひとつの仕事を丁寧に心を込めて行う。その過程で自己を見つめ、自己に目覚める。職場はそういうことを学び合う場なのです。


私が経営者と話をしていると、リーマンショック以降、西洋の資本主義に違和感を感じている人はとても多いです。ですから、まずは企業の新人教育研修の場において、規範形成教育を徹底してやってほしい。それこそが日本の閉塞感を打破する解なんです。そして規範の意味を確認することで、自己を律し、社会を導くための根本を考えていく。このことが今の日本に必要なことなのだろうと考えています。


江戸期は、『四書五経』を人間教育の基本としていました。その結果、未曾有の国難である幕末時代に、あれだけ多士済々のリーダーを輩出できたのは、『四書五経』に基づいた教育があったからです。教育を見つめ直す時に、外国の例を持ち出すのではなく、ほんの150年ほど前に大成功した教育システムがあったではありませんか。それをベースにして現代に応用していくことを考えるべきではないか。


企業には必ず社是社訓があって、企業理念がある。でもその前に働く人たちには企業人としての規範が備わっていなければなりませんし、それ以前に社会人としての規範も必要。さらに社会人の前に一人の人間としての規範が求められるんです。ですから、昨今の企業不祥事を見るにつけ、人間のベースにある規範というものができていないから、会社そのものの基盤が揺らいでいる。だから、一旦歯車が狂い始めると暴走を止めることができないのです。この根本が欠けているから、単なる利益追求に走ってしまうことになります。


私が思うのは、時代の流れに沿って学問が細分化されてきましたよね。でも、これだけ西洋の近代主義が行き詰まっている時に、経済学や法学など、現在の縦割り学習では割り切れない問題が世の中にはいっぱいあるわけですよ。江戸期の幼年教育で重視した中国の古典思想「四書五経」には、法律論もあれば、戦略論も人生論も入っている。それが戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)によって、規範形成教育がカットされてしまった。これが戦後70年経って、徐々に社会全体がおかしくなってきた原因だと思いますね。私がこうした話をすると皆さん、納得してくれるんです。だから、まだ復活のチャンスはあると思っています。


中国の儒学者・孟子が説いた「天命論」というのがあるんですが、天命論の基本は、天は健全な社会の持続を希求しているというものです。天は姿も現さないし、声を出すこともない。従って、天は自分の代わりに人間をこの世界に遣わせたんだと。だから、人というのは、天に代わって健全な社会をつくるために自分がここにいるんだという自覚を持って行動することが大事だし、天がその働きぶりを見てちょっと違うなと思ったら天誅、つまり天罰が下されるんです。だからこそ、人は心の中にブレーキを持っていないといけない。たとえば、不正をしたのに何のお咎めもなく売り上げも立ったとしますね。その時に「大丈夫だったよ」なんて思うのは言語道断であり、法の抜け穴を見つけて喜んだりしていては駄目なんです。特にリーダーと呼ばれる人たちにはこれを覚えておいてほしいと思います。


私は企業民度が劣化しているということは、規範形成教育の無さということに行きつくと思っています。規範とは人間の判断や行動の基準となるものです。儒家思想には「四端(したん)と五常(仁義礼智信)」という簡潔かつ普遍的な規範があり、古くから日本社会の基底を形成してきました。江戸期の日本には「四端形成教育」という幼年教育がありました。四端というのは、困っている人を見て気の毒に思う「惻隠(そくいん)の心」、自分の不善を恥じ他者の悪を憎む「羞悪(しゅうお)の心」、謙遜して他に譲る「辞譲の心」、道理に基づき善し悪しを判断する「是非の心」の4つです。


田口佳史の経歴・略歴

田口佳史、たぐち・よしふみ。老荘思想研究者、経営コンサルタント。「イメージプラン」社長。東京出身。一般社団法人「日本家庭教育協会」理事長、一般社団法人「東洋と西洋の知の融合研究所」理事長。著書に『タオ・マネジメント』『不変と先端・経営の道理』『人生尊重なき企業は滅びる』『ビジネス戦士のための幸福論』。