田原総一朗の名言

田原総一朗のプロフィール

田原総一朗、たはら・そういちろう。日本のジャーナリスト、評論家、ニュースキャスター。滋賀県出身。早稲田大学文学部史学科卒業後、岩波映画製作所、東京12チャンネル(のちのテレビ東京)のディレクターを経て独立。フリージャーナリストとして執筆活動やテレビの討論番組司会などで活躍。

田原総一朗の名言 一覧

僕は何をやっても才能がありませんでした。ただ、好奇心だけはあった。だから次々にいろんなことをやり、いまも自分の好きな仕事ができている。興味のあることを手当たり次第にやるのが一番。


熱狂する場を持つことが大事なんです。そこで生まれるエネルギーがあれば、乗り越えられる。だからひとつでもいい。世間体も気にしなくていい。熱中できるものを見つけて欲しい。人生のエネルギーがわいてくると思うから。


気持ちを絞り込む必要はない。チャンスがあればいつでもやってやるという気持ちを大事にすべき。


悩み続ける限りは現役である。もうこれでいいと満足した瞬間に、人は歩みを止める。


信念がある人は立派です。でも、信念は時に重しとなります。信念が好奇心の行く手を阻むなら、むしろ信念なんていりません。


使命感や志で結び付いた組織や人間は、時に数字でははじき出せない奇跡を生み出すもの。僕たち日本人の先輩はそんな奇跡を生み出すことで難局を乗り越えてきた。


僕たちは、いまや報道されている物事の裏を常に自分で読み解かねばいけない時代だと思う。テレビや報道の世界で生きる僕にとっても、現在のマスコミ、ジャーナリズムの姿が残念でなりません。


僕は老害をまき散らす古い政治家や経済人にはもう期待していません。若い人たちに期待しています。


「本当は違うのでは?」「隠されていることがあるはずだ」と疑ってみる。すると新しい発見があるし、興味が出てくる。


僕にとって豊かさの象徴は「言論の自由」。一人一人が空気に流されずに自分の考えを言える社会が、本当に豊かな社会。


追い詰められたとき、日本人は強靱な力を発揮する。僕はそれを戦後復興で体感してきた。


世は移ろう。だからこそ僕らは、より良き方向に変えていかなくちゃいけない。「くじけてなるものか!」と。


威勢のいい掛け声には気をつけなければいけない。世の中の空気が一つの方向に流れたとき、「本当にその方向でいいのか?」と。


厳しい時代を生き抜くためには、自分の目で見て自分の頭で考え、自分なりに判断し行動していかなければならない。


いまの自分の環境を嘆く人がいますが、ハンデが大きい人ほどチャンスがある。


本当の壁は自分自身にあるんだ。できると思えばできるし、できないと思えばできない。


仕事でも人生でも、先が読めないからこそ本気になれる。


どんなに優秀な人だって、新しいことに挑戦すれば99%以上失敗する。うまくいかないのが当たり前なのだから、失敗を怖がるだけムダ。


自分の言葉で話すことに意味がある。


大切なのは事実を受け止めること。ファクトに基づいて未来を考えるしかない。


アメリカ大統領選で、ニューヨーク・タイムズもワシントン・ポストもトランプ勝利を予想できませんでした。専門家が間違えたのは、自分が信じたいことを信じたから。


企業はいま、チャレンジしない人材を必要としない。リスクがあっても新しいことに挑む姿勢が大事。それだけで、何もしない人より、自分の評価は上がる。


うまくいかない時、失敗した時、悩んではダメだけど、その原因を論理的に考えることは必要。反省できない人間は、次のステップには進めない。


好きな仕事に就くことが大事なのでなく、就いた仕事を楽しむ努力をしましょう。その上で失敗しても悩まず、次のチャンスを狙うんです。


僕は酒もタバコもゴルフもやらない。一番、楽しいのが仕事。だから、どんどん仕事に貪欲になれる。


理想の死に方は「朝まで生テレビ!」の本番中に死ぬこと。田原が急に静かになったと思ったら、実は死んでいたというのが面白いでしょう?


世界を変えるエネルギーは、ムチャクチャなところから生まれる。


「言いたい奴には言わせておけ」というくらい図太い人の方が出世する。


似たことをやっているように見えても、後に続く人はきちんと学んで変化している。だから悲観する必要はない。


僕には信念はない。あるのは好奇心だけ。


僕は、理想に向かって走るより、いま面白そうなところに石を投げる生き方をしてきた。


僕がいまもなお最前線で仕事をしているのは、好奇心が人一倍強いから。この年齢になっても、自分が知らないことやわからないことに出会うとワクワクしてしまう。


僕が会った優れた経営者は、人の話をよく聞くタイプが多かった。


優秀な経営者は、グレーなところを飲み込む懐の深さを持っている。


優れた経営者はネアカです。暗い人には人が寄ってこない。


報道とは、予断を持たずに取材をし、最終的にある種の結論に近い答えを導きだすものだと考えています。


本来、取材は何が起きているのかを知りたいという好奇心が先にあるはず。結論ありきの報道は「~べきだ」というキャンペーンと変わりません。


日常の発見や疑問が仕事につながる。毎朝、新聞に目を通す。すると、そこにたくさんの疑問や発見がある。次から次へと疑問や仮説がわいてくる。そこから取材が始まり記事や著作につながっていく。


傍流であるからこそ、世の中の常識を疑う。それが発見や好奇心につながる。特別な才能や能力なんて必要ない。その気持ちがあれば、仕事も人生も、もっとクリエイティブになるはず。


常識なんてしょせん嘘っぱち。天皇陛下は神様だとさんざん教えていた政治家や教師が、戦争に敗れると突然民主主義こそ正しいと言い出す。そんな現場を見てきているから、僕は偉い人も政治家も、そして常識も信用しない。


既得権益を持った組織に反対されるのは、やろうとしていることが画期的である証拠。くじけずに説得を続けて欲しい。


多勢に無勢だと感じるなら、こちらも仲間を募ればいい。同じ志を持った仲間と声を上げれば無視できなくなる。


大切なのは、自分の感性に素直になること。視野を広げるとかにこだわらず、心のままにものを見ればいい。


守備範囲外でも、本当に面白いものならアンテナに引っかかってくる。


僕は過激なことを言うから叩かれたこともあったけど、それは伝えたいことが伝わった証。気にせずガンガン主張してください。


世の中がよくなるという未来図を示していけば、必ず道はひらけるはず。


天才は自分で深く考えれば、答えがみつかる。でも、僕みたいな凡才は自分のアイデアに限界がある。ところが、ツイッターのように自分の意見を他人の目にさらして、そこから瞬時に違う意見に出会えることで、ひらめきや気づきが生まれる。ものすごく刺激になる。


はじめから堂々とオープンにしていたら、たとえ批判されても大きな問題には発展しにくい。


自ら販路を切り開いていく。まさに道なきところに道を作るということ。商売も仕事も人生そのものも、人の通らない道を行くところに醍醐味がある。


日本人は与えられた目標に向かってハードワークをするのは得意ですが、ビジョンを描くのは不得意。とくに政治家や経営者にはビジョンが必要です。大きな仕事をするには、勉強以前に、ビジョンを打ち立てることが大切です。


相手の本音を聞きたかったら、こっちも本音で話さないとダメ。こっちが真剣だから、向こうも「こいつにウソはつけないな」と考える。


僕は、相手が誰であっても、とにかく自分が聞きたいことをストレートにぶつけます。だから相手からも剥き出しの言葉が出てくるのでしょう。


同じ物事を違った角度や新しい切り口で見出す。否定されても、どんどん考えを出していくのが大事。


戦後、日本人はハッキリした目標を持っていました。目標があったのでどのように頑張ればいいかも明確でした。いまは、一体何を目標にするのか。新しい幸せの定義から始めなくてはいけないと思う。


経営者は日和見だと成功しない。経営者を見ていると、市場に振り回される腰の軽いタイプより、自分の信念を持って、それを貫き通しているタイプの方が成功している。


優れた政治家は、よく言えば柔軟、悪く言えば日和見。でも、政治家は清濁併せのむしたたかさがいる。状況に応じて意見を変えてもいいんです。


昔、作家の松本清張に「推理小説を書くのに疲れたらどうしますか」と聞いたら、「邪馬台国(関連の書籍の執筆)をやるんだ」。つまり根っから仕事が好きなの。僕とか堀江さんも同じ。もし仕事に飽きたら、次の仕事にいくだけだから。


僕がこの年まで現役で仕事している理由は2つある。やたらに好奇心が強いこと、いやな仕事はしないこと。


僕たちと違って、会社員には休みが必要だと思う。会社員は上から指示された仕事をしなきゃいけないから、おもしろいわけがない。僕は休みなんていらないけど、それは好きなことをやっているから。上の指示で動かざるをえない人は、仕事とプライベートの境目がない環境には耐えられないよ。


僕は自分がまさか80歳まで生きるとは思っていませんでした。いまは人生の付録。失うものは何もないから、やりたいことをやっています。


リーダーシップは命を懸けるということです。リーダーシップは、もともと軍隊用語。命を懸けてみせることで、みんなもついてくるんですよ。


心で願うだけでなく、会いたいと発信し続けることも大事。積極的に発信すれば、チャンスはやってくる。


成功するとそこに安住する人がいるけど、それじゃ面白くない。


この国で新しいものを根付かせたければ、既存勢力とのケンカを我慢し、したたかに共存する戦略が重要なのかもしれない。


僕は既存勢力と真正面から戦う人が嫌いではない。ただ、それがいい結果につながるとは限らない。


自分の失敗談を話すと、相手の表情が緩むのね。「田原さんも結構、落ちこぼれだったんだな」ということになって、相手も心を開いて自分の話をしてくれるようになる。そういう関係になったうえで本題を切り出せば、すごく中身の濃い話ができます。


僕は新聞を6紙取っていて、各紙で違うことが書かれていたら、記者や関係者に直接電話して確かめます。わからないことを放っておけないタチで、待っていられないのです。


元気の秘訣は好奇心。知識の欲があると、人は歳をとらないのかもしれない。


好奇心の赴くままに好きなことをやればいい。そのほうが仕事も絶対に楽しいし、成功する確率も高くなる。いま私たちは、そういう時代を生きているんですよ。


僕は若いころに編集者から「日本は一穴主義だ」といわれたことがあるの。夫婦関係もそうだけど、政治なら政治、歴史なら歴史をずっと専門でやってきた人間が偉いと見なされるというんだね。「だから田原さんも偉くなりたければ、専門を絞ったほうがいいですよ」とその人からはいわれたけど、僕はそんなのはつまんないと思った。だからいつも、そのとき一番興味があることをテーマとして選んで仕事に取り組んできた。世の中では、僕のことを政治評論家だと思っている人も多いみたいだけど、あんなのはたくさんやっている仕事のうちのひとつだからね。でも一穴主義に縛られなかったからこそ、「田原はおもしろい。人と違うことをいう」ってことで評価されてきたんだと思う。


これまで世の中で常識とされてきたことに、自分を縛りつけないことが大切。個人ができることは、昔よりもずっと広がっているわけだから。


僕は組織と個人の関係が、昔とはまったく違ってきたんだと思う。昔は組織が大きくて、個人は小さかった。だから個人は組織に頼って生きていくしかなかった。でもいまは、組織の規模は関係なくなった。僕はツイッターをやっているけど、フォロワーが40万人いる。40万というのは、週刊誌の発行部数並みです。個人が組織に頼らなくても、それだけの発信力をもてるようになったということ。


自分に都合のいい情報だけをもとに経営判断をしているようでは、いつ会社が倒れてもおかしくない。サラリーマンは、「自分はそういう人間がトップを務めている会社で働いているんだ」ということを認識しておいたほうがいい。


IT時代に本格的に突入しているにもかかわらず、日本の企業のトップの情報の取り方が、旧態依然としている。日本の上場企業のトップって、フェイスブックもツイッターもやってないでしょう?それでは情報が社内からしか上がってこないわけ。社内情報なんて、トップが喜びそうな情報ばかりだよね。


僕はサラリーマンの給料というのは、「我慢料」ではないかと思っているんですよ。やりたくもない仕事をやっている対価として、給料をもらっている。もちろん、なかには好きな仕事を楽しくやっていて、そのうえ給料までもらっているという人もいるだろうけど、それはごく少数。その状況は、昔もいまも、基本的には変わっていないと思うんですね。


社会に出たら正解がないのだから、正解を探したって意味がない。鈍になってチャレンジをする。そしてあきらめず、根気よくチャレンジを重ねる。そこで初めて運が開けてくるのです。


私は滋賀県の出身で近江商人の末裔なのですが、「運・鈍・根」というのを幼いころからよく祖母に聞かされました。一番大事なのが運。その運を開くには、鈍、つまりバカになる。近道をしない、要領よくやらない、小賢しいことをしない、ということです。そして、根、根気よく。鈍になって根になれば、運は開けてくるものだと。


幼いころ近江商人の「三方よし」という考えを教わったが、この意味が分かったのは40歳も過ぎたころです。まずは客に信頼される、次が社会または世間に信頼される、そして自分よし。川上にいる発想に立つと、まずは自分よしとなってしまう。そうではなく、よいかどうかを決めるのは客なのです。


日本の教育では、大学を卒業するまで正解のある問題を解くことばかりに力を入れている。ところが、社会に出たら正解なんてないんです。だから、大学まで教わったことは、そのまま社会には通用しない。正解のない問題にどう取り組むかが大事なのです。


人間というのは、ある程度の基盤、つまりカネ、収入がなかったら、幸せになれない。


私には嫌いな人間というものがいません。世間から叩かれている人や独裁者でも、問題の人物だからこそおおいに興味を持って、そのパワーの源や思考回路、魅力を知りたくなる。こちらがそういう姿勢で臨めば相手も次第に好感を持ってくれ、互いにどんどん好きになっていきます。そういう関係になった瞬間にポロッと本音が出るのです。


新幹線や飛行機の中は書斎だと思っていますから、移動中はたいてい、資料類に目を通しています。裁判の記録は分厚いので、携行して移動中に読めるようにと何冊にも分冊して綴じなおすといった工夫も凝らしながら。以前は移動中も原稿を書いていましたが、体力的にきつくなってきたので、現在では書くのは仕事部屋や自宅にして、移動時間は資料読みに利用というわけです。


執筆のため事件に関するたくさんの一次情報を集めるにあたっては、自分なりの仮説を立てます。しかし、取材を進めるにつれて、その仮説が崩れていくのが面白い。たくさんの当事者に実際に話を聞くことで、仮説が崩れていきます。もし崩れなかったら、少しも面白くありません。一人の当事者の話は氷山の一角。水面下にある部分まで探り出すにはたくさんの当事者と会う必要があり、そのことによって仮説がどんどん崩れていくのです。それが取材というもの。情報収集というものだと思います。


私は自分のことを「情報の交差点」だと称しています。しかも、「動く交差点」だと。私は嫌いな人がいないし好奇心が強いから、堀江貴文や鈴木宗男など拘置所に入ったような人とも、いまも付き合っています。だから、様々な人が私という交差点を通るのでしょう。


企業の経営者と会うときは、事前に必死に勉強します。手に入る限りの資料に目を通す。その人自身について書かれたものやインタビュー記事、企業や業界の現状などなど。質問する側のレベルが低ければ、話し手もそのレベルの話しかしてくれません。相手に「この人間ならこういうレベルまで話し合ってもいいかな」と感じさせる知識や情報を見せないと、深い話はなかなか出てこないものです。


取材はフェース・ツー・フェースでなければ駄目です。話を聞くなら、相手のツバがかかるぐらいの距離でなければ本当のことは聞き出せない。互いに話していて腹が立ったら殴られる距離です。


情報を得るうえで、私が最も心がけているのは、一次情報を得るということです。政治家や経営者、あるいは先端技術など各分野の専門家にしても、できる限り当事者に会う。私が得ている情報の7から8割は一次情報です。


当事者から話を聞く、一時情報源に迫るといっても、電話は駄目です。最近、新聞記者やテレビスタッフの取材力が落ちたのは、携帯電話のせいだと思う。政治家の携帯に電話して取材した気になっています。携帯電話は直接本人とつながるから、当事者から取材した気になってしまうのでしょう。しかし、電話なんかで政治家が本音を言うはずがない。


新聞やテレビの情報は鵜呑みにしない。情報は自分の足で稼ぎ、確認することが大切です。最近はテレビのスタッフも、すぐにグーグルやヤフーで検索して、それで済ませようとします。だから私は怒るのです。「ネットに出ている情報は情報ではない。出た瞬間に古くなっている。我々がつかまなければならないのは、グーグルやヤフーや新聞に出る前の情報だ」と。


各種の統計や数値も、そのまま信じないこと。たとえば、最近は格差問題に関して「サラリーマンの賃金は上がっていない」という統計が良く使われます。しかし、実際に調べてみると高齢者が大量に定年を迎え、景気回復で新入社員の採用数が増えたことが平均給与を押し下げているのです。
【覚書き|2007年時点での発言】


新聞は無論読みますが、それはヒントを得るため。現在とっているのは朝日、毎日、読売、日経、産経の5紙です。政治面でも経済面でも読んで刺激を受けた情報があったら、読んで終わりにしないで当事者に会う。「記事ではこうなっていましたが、どういうことですか」と確かめます。


強いのに弱いふりをするのは日本では美徳でも、国際社会ではうそつきなのだ。こんな演技は対日感情を悪化させる効果しかない。日本で上手に世渡りする秘訣は3つだと外国人が言う。1、弱者を装う、2、被害者ぶる、3、何事も不器用で下手くそですと言う。


僕自身も就職したばかりの若い頃は本当にドン臭い失敗ばかり。とくに岩波の映画会社に勤めた当初は最悪でね。カメラマンからいつも怒鳴られ使えない奴だと思われていた。でも、そこで腐らずにまさにドン臭く必死で自分の強みを探し続けてきたと思う。それがテレビ局に移った頃から形になり始めた。


才能に恵まれ最初から脚光を浴びる恵まれた人もいますが、努力と知恵で一つずつクリアしていく人生は、それはそれで輝かしい。むしろ得る宝は多いと思う。もしあなたが人より不器用だとかドン臭いとしたら、落ち込む必要はまったくありません。素晴らしい人生の宝が得られる可能性があるんですから。


まずは交渉相手として具体的な人を見つけることが大事。顔の見えない組織に向かって何を言っても、聞き流されるだけですから。そして相手にもプラスになることを示して説得する。それが基本。


私は興味の方向がすごく偏っています。政治や経済は好きだけど、芸能は関心がない。興味のないことまで無理して知ろうとしたら、きっとくたびれてしまって頭の働きも悪くなる。


優れた意見や主張があれば、勝手に人に伝わるなんてことを期待してはいけない。たとえばホームページに何か書いただけで満足している人がいますが、それで終われば自己満足。どれほど優れた文章も、人に読んでもらってはじめて意味を持つ。


健康の秘訣があるとしたら、脳天気なとこですね。好きなことをやっているだけという気持ちが強いから、悩まない。昔からストレスとは無縁なんです。


健康のためにやっていることはとくにないです。それでも毎日取材で飛び回ることができるのは、好奇心が旺盛だからでしょう。くたびれている暇はないんです。


世の中に流されず、自分の頭で考えて行動する。言葉で言うと簡単に聞こえるけど、これが難しい。例えば、テレビや新聞の報道を鵜呑みにしていないだろうか? そこから作り上げられる世論や風潮に知らないうちに流されていないだろうか?


成功するには、いい意味での鈍感さ、愚直さが必要。私は滋賀県の出身。近江商人の言葉で「運・鈍・根」という言葉があります。不器用にひとつのことを根気よく続ける。愚鈍に見えるかもしれないが、そういう人に運が向いてくる。


最近の若い人は安定志向が強い。原因は、失敗を必要以上に恐れているから。処方箋のひとつは、とにかく失敗してみること。実際に失敗してみれば、たいしたことがないと実感します。僕も失敗の連続でした。


京セラの稲盛和夫さんに取材したとき、面白い話を聞きました。彼は日本の企業にセラミックを売ろうとしたのですが、最初は相手にしてもらえなかった。それで本場のアメリカに売りに行った。アメリカはテストだけはしてくれるから、チャンスがあったんですね。結果、テキサス・インスツルメンツという大きな半導体会社が買ってくれて、京セラは世界的企業になった。


うまくいかなくてもいい。とにかく新しいアイデアを出していくこと。上司がそのアイデアに取り合ってくれないことは、多々あります。それでも、アイデアは出していくべきで、そこで諦めて、上司になびくことしかやらなくなったら、その人はもう伸びないよ。


近江商人の言葉に「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」があります。僕は滋賀出身だから知っていますが、これは順番が違っていて、本当は「買い手、世間、売り手」。つまりまずお客に信頼され、それによって社会でも評価され、最終的に自分も潤うのです。


志を遂げるためには、まず目の前の人を喜ばせることが肝心。


本人は意図しないにもかかわらず、周囲から持ち上げられる人と、努力しても報われない人との違いは、好きなことを突き詰めようとする力の差ではないのか。


僕は新聞記事がおかしいなと思ったら、書かれた政治家やコメントした学者本人、あるいは近い人に電話をして話を聞きます。メディアは着眼点を与えてくれるツールだと思って利用すればいい。


本田宗一郎にしても盛田昭夫にしても、ゼロからの出発です。敗戦で何もなかったところから会社をつくって大きくして、その次の世代から右肩上がりになった。彼らが右肩上がりだから楽だったというのは大間違いだ。


先日、ある番組で本田宗一郎のことをやりました。その前はソニーの盛田昭夫。僕は二人ともよく知っているんだけれど、彼らにはコントロールなんていう言葉はない。二人が意識していたのは、現場がいかにやる気を出すか。つまりボトムアップです。


経営者に資質で大事だと思うのはチャレンジ精神。ホンダもソニーも松下も、創業者たちはみんな勝負師。経営者が勝負に行くか行かないか。それが企業の行く末を左右する。


G7などの国際会議で、日本の大臣は発言が非常に少ないですね。でも、僕もそれは英語かできないせいじゃないと思う。欧米では発言しない人が馬鹿にされるけど、日本では「正解を言わないとダメ」と教えられるから、正解がないことがあたりまえの国際会議で発言ができなくなってしまう。日本人は、どうも正解にこだわりすぎるところがある。


僕は男性と女性を比べると、女性のほうが優秀だと思っています。女性は妊娠して出産できるけど、男性は空っぽでしょう。カマキリだって交尾の後はオスがメスに食べられるし、雪山で遭難しても、だいたい男は死んでしまう。女性のほうが強いんですよ。


数年前に日本で流行った「ハーバード白熱教室」では、サンデル教授は正解のない問題を学生たちに投げかけて議論をさせました。一方、日本の教育にはディスカッションがない。本当はディスカッションの中から創造力がつくられるのに、日本では答えはひとつだと教えるから、むしろ議論はしちゃいけなくなっている。


僕は小学3年生のときに算数が嫌いになりました。算数の時間に、「円を三等分しろ」という問題を出されたの。みんな普通に三等分してたけど、僕は「違う」と手をあげて、円をやたらに小さく分けました。すると先生から「むちゃくちゃ。こんなのは愚劣だ」と怒られてしまった。でも、この話を広中平祐(数学者。日本人2人目のフィールズ賞受賞者)にしたら、「それは微分のやり方だよ」と言われました。つまり、先生が答えはひとつしかないと思い込んでいて、そうではない答えは認められないんです。


僕は娘から「お風呂上がりと朝起きたときに必ず電話しろ」と頼まれていて、その通りにしています。だから朝電話がかかってこなかったときが、僕が死んだとき。たぶん前の晩もギリギリまで仕事していると思うけど(笑)。


本田宗一郎さんは社内に失敗賞をつくりました。大きな失敗した人を表彰するのですが、それは裏を返すと、チャレンジしない者は去れということ。そうやって社内に挑戦の風土を根付かせたから、ホンダからイノベーションが生まれた。


価格を下げるということは、価格に見合う付加価値がないということ。当たり前ですが、付加価値を生み出せない商売は長続きしない。より安く売るところと我慢比べになって、最後は倒れるだけ。


商売で成功する秘訣はよくわかりません。ただ、失敗するパターンはある。それは値下げ。価格を下げることでしか勝負できなくなったら、たとえ名経営者でもかなりの確率で失敗する。


僕は会いたい人に会えずに苦労した経験はほとんどない。コツは会いたい理由を素直に話すこと。優れた政治家や経営者は人の話を聞くのが好きだから、かっこつけずに本音を話せば受け入れてくれる。


この年齢になると、好きなことをやり尽くしただろうと言われますが、そんなことはない。好奇心だけは人一倍あるので、やりたいことが次から次に出てきます。


変化をポジティブに捉えられるかどうかも大きい。今後はAIが大きな波の一つになりますが、「シンギュラリティで雇用が奪われる」と悲観的に捉える人はダメ。「AIでこんなことができるようになる」と変化の明るい面に目を向けられる人が、新しい時代をつくっていくのではないでしょうか。


同じ波が目の前で起きているのに、それに乗れる人と乗れない人がいる。年寄りは後者。既存の日本企業の業績が良くないのも、トップが50~60代だから。新しいものに対する感度が落ちているから、波が来ていても肌で理解できないんです。


その昔、リクルート創業者の江副浩正さんは求人情報ばかりの雑誌をつくった。それまで求人情報は記事のついでに新聞や雑誌に掲載されるものだったが、逆転の発想で、求人広告のほうを中心に持ってきた。これには当時、多くの人が驚いた。


常識を破って一世を風靡した人は標的にされやすい。江副(浩正)さんも未公開株でやられたし、堀江(貴文)も検察にやられました。二人とも悪いことをしていないのに、嫉妬でやられた。


だいたいオフといっても、することないもん。僕の休日は1年に1日。1月2日だけ。元旦は「朝生」をやって、1日の夕方から家族とホテルへ行き、2日はお墓参りとお寺参り。もうそれで十分だよ。


ネット時代になって、新聞やテレビなど既存のマスコミが叩かれるようになりました。僕は叩かれても仕方がない面があると思う。最近のマスコミはタブーが多すぎます。これでは読者や視聴者から信頼されなくなるのも当然です。


世の中は、正解のない問題の方が圧倒的に多い。正解のない問題にどう対処するのか。さらにいうと、自分でどうやって問題を見つけるのか。そこに焦点を当てる教育をして欲しい。


僕はジャーナリストとして、多くの経営者や政治家と話をしてきました。たとえば経営者なら盛田昭夫、松下幸之助、本田宗一郎。政治家なら岸信介、池田勇人、田中角栄、中曽根康弘。全部会って本音を聞いています。これは僕の財産であり、そうした財産を得られる仕事に出会えたことは本当にラッキーだったと思います。


オンラインの情報が増えたからこそ、オフラインの重要性も増しています。今年、オバマ大統領が広島に来て、原爆被爆者の背中をさすりましたね。いくら技術が発達しても、オンラインでは背中に触れない。そこは忘れてはいけない。


僕の友人のコンサルタントである堀紘一氏は、コンサル先で「ここがダメだ」と絶対に言わないそうです。相手は自社がダメなことをよく知ってコンサルを頼んでいるのだから、わざわざ指摘するまでもない。それよりも経営者が気づいていないいい部分を褒めたほうがうまくいくのだそうです。


僕は政治家や経営者によくインタビューしていますが、何よりも最初の質問が肝心です。最初の質問が普通だと、「この程度のやつか」と思われて適当にあしらわれる。だから最初からみんなが知らないことを質問して、「おっ、こいつはまともに相手しなきゃいけないな」と思わせる。それが僕の商売の大事なところです。


どうしていま田中角栄のような政治家が出てこないのか。それは政治家が守りに入ったからでしょう。田中角栄は何もない焼け野原から出発しましたが、いまの政治家は守るものがあってチャレンジしないのです。


経営者の中で印象深かったのは松下幸之助さん。松下政経塾を作られるときに話を聞きに行ったら、「あんた、どう思う?」と逆に僕の考えを聞かれるわけ。1時間ばかり話したけれど、ずっと熱心に聞いてくれた。そして家に帰ってきたら、「またぜひ話をしに来てほしい」と連絡をもらって改めて話をしに行った。こんな人は他にはいなかったね。


雑談がうまくなりたければ、相手に興味を抱くことです。事前に相手のことを知り尽くすのはなかなか難しいとしても、知りたいという気持ちは持っておかなくてはいけない。すると話題に迷うこともないし、自ずと会話も弾むと思います。それと相手から馬鹿にされるのを恐れないこと。


雑談上手な政治家を挙げるとすれば、中曽根康弘さんかな。総理大臣だった頃によくインタビューに行った。すると、時の総理がわざわざ大学ノートを取り出してメモを取りながら、いちジャーナリストである僕の話を熱心に聞いてくれるんだ。当然、こちらも熱を入れて話してしまう。まさに聞き方の達人だね。


僕は政治家とも話す機会が多いけれど、あの安倍晋三さんだって自分の失敗談をいろいろ話してくれますよ。それは、僕自身がまず心を開いて失敗談を話すから、安倍さんも心を開いてくれるんだと思います。


僕は大学を卒業するときに、マスコミで仕事をしたいと思った。ところが、大きいところは全部落ちたんだよね。朝日新聞、NHK、TBS、角川書店、ラジオニッポン……でも、今になって「あのとき落ちてよかったな」と思う。だって、朝日新聞やNHKに入っていたら、待遇がいいから定年まで辞めなかったかもしれない。すると、今の自分はなかったわけだ。


僕が初対面の相手と雑談をするときによく話すのが、自分の失敗談。若い人を相手に会話をするときにも、やっぱり自分の若いときの失敗談から入ります。


僕が会った政治家のなかで、雑談がうまかったのは、なんといっても田中角栄さん。あれだけの大政治家だから、たくさんの人と話すわけだけれど、一度会った相手の名前は必ず覚えていて、「やあやあ、○○さん」と名前で話しかけていた。さすがは「コンピュータ付きブルドーザー」の異名を取った記憶力。これだけでも、相手の心は動かされるよね。


僕が思うのは、初対面の相手と60分の打ち合わせ時間が取れたのなら、50分は雑談に費やせということ。若い人がやりがちな失敗は、いきなり本論から入るのね。でも、相手からしたら、見ず知らずの人間が突然やってきて「あなたのドキュメンタリー番組を作りたいんです」と言い出したら、逃げ出したくなるよね。だからまずは、雑談を通じて自分を知ってもらう必要があります。相手に裸になってほしいのなら、先に自分が裸にならなくてはいけない。


本物のリーダーシップとは、高見から全体を見て状況を分析し、自分で判断して行動する。そしてその結果に責任を持つということ。経営者じゃなくても、会社員でも誰でも、自分の関わる組織や人間関係でそれを実践するだけでも、世の中は変わると思う。


孫(正義)さんは会社を大きくしたけれど、その後も節目節目で、のるかそるかの大勝負を仕掛けています。松下幸之助や本田宗一郎もそう。社会的評価を得た後も、現状に満足せず勝負できるかどうか。それを続けられる人が、歴史に名を残す経営者になるのです。


国際政治を理解するうえで重要なのは、歴史を学ぶことです。これまで中国・韓国と日本の関係はどうなっていたのか、歴史を遡ってきちんと理解しないと、メディアが作った雰囲気に流され、現実を見失ってしまう可能性があるので気をつけたいところです。


みなさんが政治ニュースに接する際に、ぜひ心がけていただきたいのは、「なぜこうなったのか?」という視点で見ることです。解説なきメディアのニュースに触れて、知識としてニュースを知っても、生きた知識にはなりません。「なぜこうなったのか?」と素直に考えながらニュースを見ると、ニュースが報道しない疑問点が見つかります。


政治ニュースに接するうえで重要なのは、余計な知識を持たずに、素直に見ることです。すると、「なぜ?」と疑問に思うことが出てくるはず。


僕は世の中から顰蹙を買っている人が好きです。顰蹙を買う人は、世の中に迎合しないから叩かれるのです。叩かれることがわかっているのに迎合しないのは人生を真剣に生きているから。その姿勢に惹かれるのです。


世の中の出来事や現象を漫然と見過ごすのではなく、ちょっとした出来事に目を留め、仮説や疑問を立てメモする。どんな仕事に就いている人でも、この方法を実践するだけで、仕事の見え方・やり方が変わってくるはず。クリエイティブで華々しく活躍する人は、特別な才能を持っているように見えがち。でも、意外にそんな日常のささいな行動や意識の違いが大きいと思う。


ベトナムで、現地の総領事館から食事に招かれ、日系企業の現地代表者ら約30人と会食しました。みな40~50代のバリバリ働いている人たちです。仕事を抜きに話を楽しもうと思っていたのですが、話題に中心は自然と今回の日本の大震災のことになりました。僕はいつもの通り、東電の対応の甘さや杜撰さを厳しい口調で話し、菅政権の後手後手に回るやり方を酷評しました。すると彼らが言うのです。「だけどアジアの国の人たちは、日本人を見直してますよ。震災での日本人の行動をとても評価しています」と。家も肉親も失った人。プライバシーのない避難所生活。食事もトイレも少ない環境――。こんな状況であれば他の国なら大混乱になっていた、と。こうした話は耳にしたことはありましたが、実際に外国の人たちに熱く語られると驚き、衝撃を受けました。社交辞令ではなく、本気で「日本人は誇りをもったほうがいい」と、少し前に同じ日本人をこき下ろした僕に言うのです。恥ずかしかった。僕を含めてマスコミは、批判することこそが良心と錯覚してしまっていたけれど、それは間違いだった。日本人の良さを認め、伝えることも使命であり、責任なのではないかと感じた。


僕が大学卒業後に勤めたのはテレビ東京。大手のテレビ局とは待遇も環境も大差がありました。人手も足りなかった。取材もNHKやTBSみたいにすんなりできない。彼らと同じことをやっていたら勝てない。だから誰もやらない際どい企画を立てた。その経験がいまの自分の基礎を作っていると思う。ハンデがある人はむしろ喜ぶべきでしょう。


先日、京大の山中伸弥さんを取材しました。山中さんは米国に留学中、教授に「VWを大事にしろ」と教わったそうです。「VWはビジョンとワークハード」。山中さんはこの言葉に勇気づけられ、当時みんなに笑われながらiPS細胞を研究したそうです。自分にビジョンがある証拠なのだから気にする必要はないというわけです。


問題なのは、悲観論が若い人に悪影響を及ぼしている点。不況だからといって「すぐに成果を出す」「失敗なくやる」ことを求められ、最短距離で結果を追求する風潮になっています。結果、若い人が寄り道というか「ムダ」なことをするのを忘れてしまっているのです。でも、人生はムダの連続だから面白い。だから、若いうちはどんどんムダなことをやって下さい。そうすることで、自分のオリジナリティが出てくるはずだ。


人はなぜ生きるのか。10代の頃、僕は宗教に興味を持ち、道場破りのようなことをやっていました。終戦を機に価値観をガラッと変えた社会に不信感を持ち、生きる意味がわからなくなったからです。残念ながら宗教では納得のいく答えは得られませんでした。その後は哲学に傾倒。哲学書を読んでも答えはわからなかったけど、生きる意味を考える過程にこそ意味があると思うようになりました。


僕は総理大臣から犯罪者までいろいろ会うけど、とくに面白いのは世間から非難を浴びている人。みんなからバッシングされるのは、周りに合わせようとせず、自分の生き方を一生懸命貫いているから。そういう人は、話を聞いても真剣に話してくれる。優等生より、ずっと面白い。


趣味は全くないです。あえていうなら、人と会うこと。ネットの時代になってから、さらに人と会うことが楽しくなりました。言葉というのは、あくまでも表現のワン・オブ・ゼムに過ぎません。直接会って表情を見れば、言葉だけでわからないものが伝わってくる。だから僕は、フェース・トゥ・フェースに徹底的にこだわります。


僕は新聞を6紙とっていますが、情報を集めるためではありません。むしろ、疑問を持つために新聞を読んでいるのです。6紙に目を通すと、同じニュースでも書いてあることが違う。さらにネットも加えると、みんなバラバラ。ということは、どこかが間違えていたり嘘をついていることになる。そうやって疑問を持つことが、真実に近づく第一歩。


僕は最近もいろんなバラエティ番組に出ています。もともと好奇心は強い方で、飛び込んでいきます。バラエティ番組は真剣勝負。ちょっとでもハズれた事を言ったり、面白くなかったら呼んでもらえなくなる。全員ピリピリした緊張感の中で収録しています。原稿もセリフもないアドリブでのやり取り。報道番組とは違う刺激で、僕はそれが本来の自分の仕事にも役立つと考えています。あえて自分の仕事とは違う分野の世界に飛び込んでこそ、本業でも新しい発想が湧くかもしれない。


僕も討論の場で、知らない言葉が出てくると、「それ何、教えてよ?」と知らないことは知らないということを心掛けています。素の自分をさらけ出す。そして、その素で勝負する。言葉では簡単ですがなかなか難しい。人は歳を取るほど守りに入ります。そして体裁やカッコにこだわる。その結果、自分の心に鎧を被せ、みずみずしい感性を失ってしまう。


リーダーシップとはそもそも軍隊用語。状況を分析し、戦略を立て、自分の部隊の命を預かるのがリーダーです。高見に立ち、敵の位置と動きを見極め、自然状況や地形などを総合的に分析する。その上で、部隊がどう動けばもっとも効率的なパフォーマンスが発揮できるかを瞬時に判断する。


テレビなんて本質はムダなもの。なくてもいいものですから。だからこそ、いかに番組を面白くみせるかが大事なのに、いまはチャレンジしない。逆に、ムダを省く傾向になっている。結果、制作費を抑え、人件費をカットするという話ばかり。あたり障りなく、失敗しないで儲けようなんて、一番ムリな話なんだよ。いわば、つまらない道を選択している。面白がってやれないならテレビじゃないのに。


国民の幸福度を図る調査をすると、決まって日本人は「幸福度が低い」結果が出ます。どうも、日本人は不幸好きのようなんです。なにかとマスコミも不幸にしたがるよね。とにかくネガティブワードがメディアにあふれています。そうすると、なぜか日本人はみな安堵してしまう。アメリカ人なんて、まったく逆です。たとえば、リーマンブラザーズの破綻など金融パニックが起きた一昨年の秋。僕はアメリカに飛んで、専門家の生の声を聞きました。そこで会った米国の政治家やエコノミストなんかは、例外なく前向き。各々が「こういう手段で良くしよう」と、経済再建の持論を熱っぽく話してくれました。ところが、日本に帰ってきたら、悲観論ばかり。どうしてだろうと思って、悲観論を打ち出すテレビや新聞などのメディアの人に聞くと、「楽観論をやると視聴率や売れ行きが落ちる」というんです。景気がいいなんていうと、チャンネルを変えられてしまうと。


僕はテレビ東京のディレクター時代、犯罪ぎりぎりのことを何度もやって、2回捕まりました。普通のことをやっても誰も見てくれない。過激なことをしようという(ユーチューバーの)気持ちはよくわかる。テレビがつまらなくなったといわれるのは、倫理規定がありすぎるからですよ。みんなクレームを怖がってるけど、僕はクレームがたくさんくる番組にしようと思って『朝まで生テレビ!』をやっている。視聴者からだけじゃない。放送は免許事業だけど、国からクレームがくるくらいのことをやらないと。ネットなら、なおさら。


問題は子供を理系嫌いにさせる教育システムにある。日本の教育システムには融通の利かなさがあって、柔軟な発想を潰してしまう。そこを変えないとSTEM(科学・技術・工学・数学)を面白いと感じる子供は増えないんじゃないかな。


僕が小5の夏休みに玉音放送がありました。1学期まで先生は「この戦争は米英に植民地化されたアジアの国々を解放する正しい戦争だ」と教えてきました。しかし、2学期になったら同じ先生が「あの戦争は悪い戦争」と言う。ラジオや新聞も同じで、態度がl80度変わった。その様子を見て、国は国民を騙すことがあるし、マスコミも信用できないと思いました。マスコミが本当のことを伝えなかったのは、言論の自由がなかったから。だから僕は体を張って言論の自由を守りたい。かつて評論家の山本七平さんは「日本は空気の国。空気を乱すと弾かれる」と言いました。僕は生きている限り、空気を乱し続けていこうと思っています。


僕はこの年齢なので、松下幸之助、盛田昭夫、本田宗一郎といった日本を代表する経営者と会って話をしてきました。掲げる理念や経営哲学はそれぞれ異なりますが、共通しているのは損得を判断基準にしていないということ。儲かるからやる、損するからしないという発想で事業をとらえていないのです。では、何を基準にしているのか。細かなニュアンスは違いますが、成功した経営者が必ず口にするのは「社会のためになるかどうか」「客のためになるかどうか」。これは日本にかぎりません。そうした軸を持った経営者が時代をつくっていくのです。


田原総一朗の経歴・略歴

田原総一朗、たはら・そういちろう。日本のジャーナリスト、評論家、ニュースキャスター。滋賀県出身。早稲田大学文学部史学科卒業後、岩波映画製作所、東京12チャンネル(のちのテレビ東京)のディレクターを経て独立。フリージャーナリストとして執筆活動やテレビの討論番組司会などで活躍。

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