田中角栄の名言

田中角栄のプロフィール

田中角栄、たなか・かくえい。日本の政治家。第64・65代内閣総理大臣。新潟県出身。働きながら専門学校・中央校学校土木科で学び卒業。建築会社勤務を経て共栄建築事務所を設立。軍務を経て田中建築事務所を設立。その後、衆議院議員選挙に当選。通商産業大臣、大蔵大臣、郵政大臣、内閣総理大臣などを務めた。

田中角栄の名言 一覧

貸したカネは忘れろ。借りたカネは忘れるな。


今太閤ともてはやされ、権力絶頂の時にこそ、一番難しい問題に挑戦しなきゃいかん。


政治家にはオール・オア・ナッシングというものはない。まず最善手を目指し、一方で次善、三善の策を考える。すべてのリーダーの心得でもある。


相手の気持ちが分からずに、人に好かれるわけがない。


駕籠(かご)に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋(わらじ)をつくる人。
【覚え書き|田中氏の口癖。偉い人も下で支える人がいないと成り立たないという意味】


相手に喜んでもらうなら徹底的にやってあげることだ。中途半端な親切は生きない。


バカ野郎ッ。どこを見て政治をやっているんだ。お前たちは、日本のために政治をやっている。私情で動いてどうする。


「踏まれても、踏まれても、ついて行きます下駄の雪」ということだ。我慢、我慢ということだ。


自分の物差しは引っ込めて黙って汗を流せ。いいところは人に譲ってやれ。損して得取れだ。人にも好かれる。


他人のことをとやかく言う前に、まず自分の頭の上のハエを追ったらどうだ。自分に問題はないのかということだな。


失敗はできるだけしたほうがいい。骨身にしみる。人を見る目ができてくる。


結局、努力、勉強だ。こういったものが、運をとらえるキッカケになる。そのうえで、運を変えて見せるという気概も不可欠だ。


大成したければ大将の懐に入ることだ。ボケッとしていては出世は難しい。


バカになってでも、周りへの目配り、気配りを忘れるな。他人の意見に耳を傾けてやれ。我を通すだけが能じゃない。


できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこのわしが背負う。


大事なことは経験則だ。田んぼに入ったこともない者が、コメのことがわかるわけがない。


勤労から学べることは多々ある。勤労から逃げる者は不幸だと思っている。


人間は休養が必要だ。しかし、休んでから働くか、働いてから休むか。私は一貫して後者だった。


教育ということを間違えてはいかん。子供時代の教育こそが、人間をつくる。


怠けていて、外で「総理を目指す」などと言うとは恥ずかしくないか。勉強、勉強を積んだうえでモノを言え。


相手との「間」が取れないようでどうする。イノシシのような一本調子では何事も前に進まない。相手にされない。


人間はやっぱり出来損ないだ。神様みたいな人は少ない。皆、失敗はする。その出来損ないの人間を愛せるかどうか。


どんな話でも、ポイントは結局ひとつだ。そこを見抜ければ、物事は3分あれば片付く。


私が田中角栄だ。ご承知の通り小学校高等科卒だ。諸君は天下の秀才ぞろいで、財政のエキスパートだ。しかし、私は素人ながらトゲの多い門松をくぐってきたので、実地の仕事の要領は心得ている。


冠婚葬祭、重視したいのは結婚式より葬儀だ。結婚式で楽しく浮かれているのはあと回しにしておいてもいい。人の悲しいときにこそ、できるだけ心を配ってやって当然だ。


ワシの演説を、皆、楽しんで聞いてくれるが、じつは話に信頼感があるからだ。ここでの信頼とは何か。数字をキチンと示すことにある。数字と統計、これに優る説得力はないということだ。


男が恥を忍んで頭を下げてきたら、できるだけのことはしてやるものだ。


何事も相手に対して手を抜くな。誠心誠意、全力投球で向き合うことだ。それが最大の気配りということだ。真の信頼関係はそうした中から生まれる。


私は、「腐った橋を渡っても、橋は自分が渡ったあと落ちる」と信じてきた。


議員というものは、努力、勉強すれば、大臣、幹事長まではなれる。しかし、総理総裁となるとそういうわけにはいかない。それは運による。


戦争を知っている世代が政治の中枢にいるうちは心配ない。平和について議論する必要もない。だが、戦争を知らない世代が政治の中枢になった時はとても危ない。


私にはいつまでも引きずっている余裕、時間などはない。物事は淡々と処理する。叱っても、5分もすれば忘れている。トイレの水に流して終わりということだ。


周りでは私のことをとやかく言っている奴がいる。まあ、人間社会では当たり前の光景だ。悪口にいちいち怒っていたら身が持たない。煮えくり返っても、放っておいたほうがプラスになる場合が多いものだ。


まず、身内(所属派閥)を知ることに神経を使え。身内のこともよく知らないで、一人前の口をきいてはいけない。自分の物差しばかりで物を言うなということだ。


50歳を目安に、とにかく地道にひたすら勉強、努力するしかない。そういう中で、自然に風格も人脈もできてくる。ダメな奴は、そこまで。上へ行く奴は、そのあたりで決まるのだ。


世の中は白と黒ばかりではない。敵と味方ばかりではない。その間にある中間地帯、グレーゾーンが一番広い。そこを取り込めなくてどうする。真理は常に中間にありだ。その辺がわからんヤツが天下など取れるわけがない。


これから一緒に国家のために仕事をしていくことになりますが、お互いが信頼し合うことが大切だと思います。したがって今日ただいまから、大臣室の扉はいつでも開けておく。我と思わん者は、今年入省した若手諸君も遠慮なく大臣室に来てください。そして、何でも言って欲しい。上司の許可を取る必要はない。
【覚え書き|大蔵大臣就任時のスピーチにて】


男は、一杯飲ませて握らせれば転んでくれる。しかし、女はそうじゃないぞ。一度、こうと決めて支持してくれたら動かない。浮気はしない。むしろ、あちこちで宣伝に努めてくれる。近所の奥さんに売り込んでくれる。歩く広告塔になって支持を取りつけてくれるのだ。女性の支持こそ大事にしろ。


世の中は男と女、半分ずつだ。女の本質がわからずに、支持があるわけがない。選挙だって勝てるわけがない。


おまえは野心、思惑がモロに言動に出ている。そんなことで先輩議員にかわいがってもらえると思っているのか。それを、表に出さずどうコントロールしていくかが、まったくできていない。人脈などできるわけがない、人にかわいがってもらえるわけがない。


政治家、リーダーというものは、最後は51%は公に奉ずるべき、私情は49%に止めておくべきだ。公六分で決断した場合、仮に失敗しても逆風をかわすことができる。私情優先では、同情の生まれる余地はない。


皆がちゃんと写っていなかったら、写ってない人はどんな気持ちになる。写真屋に任せてはおけん。
【覚え書き|集合写真を撮るとき、必ず自分で全員がフレームに収まっているか確認する理由について】


相談を受けたら、結果を曖昧にするな。できないものはできないで、ハッキリ言ったほうがいい。結果はどうあれ、真剣に耳を傾けてくれたことで相手に感謝される場合が多い。


悪口を呑み込んだことで、やがて時期が来て互いの利害損得が一致したとき、再び手を握れる余地が生まれる。人脈は、こうして広げていく部分もある。


一人の悪口を言えば、十人の敵をつくる。よほど信用している相手でも「君だけには言っておくが、じつはあいつは……」とやれば、一日経たないうちに知らぬ者なしとなる。それが政界、社会もまた同じだ。プラスになることは一つもない。どうしても悪口を言いたければ、一人でトイレの中でやれ。


分かったようなことは言うな。気の利いたことを言おうとするな。そんなものは聞いている人は一発で見抜く。世間は甘くない。借りものはダメだ。自分の言葉で全力で話してみろ。そうすれば、初めて人は聞く耳を持ってくれる。


私の演説、スピーチは田舎のジイサンやバアサン、学生、会社の経営者など、誰が聞いても分かるようにできている。何百人いても、その一人ひとりと対話できる。一体感が成立しているから、皆、ああ今日話を聞けてよかった、となるんだ。真の雄弁ということじゃないかな。


いいか。お前は絶対に「これをやるんだ」という態度をみせてはならん。あくまで「もらって頂く」と、姿勢を低くして渡せ。世の中人はカネの世話になることが何よりつらい。相手の気持ちを汲んでやれ。そこが分かってこそ一人前だ。


野党が何だかんだと言っても、気にしなくていいんです。まあ、アレは三味線みたいなもんでね、子どもが一人、二人ならいいが、三人、四人おったら、中にはうるさいのもいるわね。皆さん、笑ってばかりいてはダメですよ。いや、笑いの中にこそ真実がある!


私が大切にしているのは、何より人との接し方だ。戦術、戦略ではない。会って話をしていて安危感があるとか、自分のためになるとか、そんなことが人と人を結びつけると思っている。


田中角栄の経歴・略歴

田中角栄、たなか・かくえい。日本の政治家。第64・65代内閣総理大臣。新潟県出身。働きながら専門学校・中央校学校土木科で学び卒業。建築会社勤務を経て共栄建築事務所を設立。軍務を経て田中建築事務所を設立。その後、衆議院議員選挙に当選。通商産業大臣、大蔵大臣、郵政大臣、内閣総理大臣などを務めた。

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