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田中史朗の名言

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田中史朗のプロフィール

田中史朗、たなか・ふみあき。日本のラグビー選手。京都府出身。伏見工業高校、京都産業大学を経て三洋電機ワイルドナイツ(のちのパナソニック ワイルドナイツ)に入団。ハイランダーズ(ニュージーランド)、サンウルブズ、日本代表チームなどで活躍。

田中史朗の名言 一覧

個人能力が高い選手もいますが、それだけでは世界で勝てません。ですが一人一人仕事が決まっていますので、その仕事をきっちりできれば良いトライが取れます。ですからチームワークで最終的なトライにまで結び付けるところを見ていただきたいですね。


自分のプレーでチームを助け、チームに支えてもらう。そう思ってラグビーをやっていれば、怖さも痛さも半減します。


まずは自分が、世界最高峰リーグのスーパーラグビーに挑戦することで国内でのラグビーの認知度を上げたい。日本人選手が頑張っている姿を世界に見せたい。それが日本のラグビーのためになると考えて、ニュージーランドに渡りました。


(ワールドカップで)結果を出したことで今や多くの選手の意識が高まりました。エディ(ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ)の時代には僕がエディと意見を戦わせたり、チームメートにも直接意見したりしましたが、今は何も言わなくても高い意識を持っています。そういう意味では、精神面もプレーの面でも日本代表のレベルは上がっています。


ジェイミー(ジョセフ日本代表ヘッドコーチ)は最後に一声掛けるだけでチームをまとめあげることのできる大きな存在ですね。実際に体も大きく威圧感もありますが、彼のひと言には重たいものがあります。


次のワールドカップのことはあまり考えていません。先を見過ぎると、目の前の試合に集中できないので、まずは1試合1試合、これまで以上に体を張って全力でプレーすること。その結果、4年後に声がかかり、僕がちゃんとチームの勝利に役立てるコンディションであれば、もちろん、命をかける覚悟で代表のジャージを着たいと思います。


2メートル近い大きな選手にタックルするのは、痛いし、今もめちゃめちゃ怖い。でも、負けないコツもあるんです。それは先に仕掛けること。相手がスピードに乗ってしまったら、体のサイズで確実に負けてしまいますから。僕がスピードに乗った状態でタックルすれば、止められる可能性もありますし、それがムリでも相手のスピードを落とすことで次の人がまたタックルできる。


外国人選手のすごいところは、体が痛い、骨にヒビが入っているという状態でも、試合になったら集中力でカバーしてしまい、チームのために体を張る。チームに貢献したいという覚悟が違います。そして、その覚悟の違いはそのまま代表チームに対する思い入れの差になっていくんです。


スクラムハーフというポジションの魅力は、ゲームをコントロールできるところです。体の大きな選手や足の速い選手がいるので、彼らに指示を出して効率的に動いてもらい、ディフェンスやアタックを仕掛けていく。特に攻めて前に出ていく時にはスペースもよく見えるので、フォワードやバックスを投入していきながら試合をコントロールしている実感があります。ただ、その感覚をつかむまでは苦労しました。


15年のワールドカップで得たものは、安心というか安堵感です。というのも、11年の大会で1勝もできなかったことで罪悪感というか、自分たちのせいで日本のラグビー人気が凋落したといった思いがありました。それがスーパーラグビーへの挑戦や代表での頑張りにつながり、ベスト8には届きませんでしたがある程度の結果を残せたので、11年の悪夢を振り払い、肩の荷が下りたと感じました。しんどかったですね。


僕はパシフィックネーションズでの練習後、円陣で「負けているのにこんな練習で代表と言えるのか」と一部の選手の練習姿勢にあえて苦言を呈しました。そういう僕の言動をうっとうしいと感じる選手もいたはずです。距離を置かれていくのも感じましたし、1人になる場面も多く、すごく孤独でした。正直、ラグビーは好きなのに、代表に合流して練習するのは嫌やな……と思った時期もあります。それでもチームが勝つために役立つなら、自分がつらくても嫌われ役をやればいい。その気持ちを、海外での経験があるキャプテンのリーチマイケルや小野晃征は、理解してくれた。


僕は大学時代に一度留学して、19歳以下の州代表選手権にチャレンジした。当時はレベルが本当に違いすぎて、その先にあるスーパーラグビーはムリだなと感じていました。ところが、今回のチャレンジでは州選手権でフル出場。そこでのプレーが認められて、スーパーラグビーのハイランダーズへの入団が決まりました。19歳の時との違いは、トップリーグでの経験もありますが、メンタル面の変化が大きかったと思います。「自分のレベルアップのために……」という考えから、2011年のワールドカップ後は、「日本のために、日本代表というチームのために……」に変わっていましたから。


田中史朗の経歴・略歴

田中史朗、たなか・ふみあき。日本のラグビー選手。京都府出身。伏見工業高校、京都産業大学を経て三洋電機ワイルドナイツ(のちのパナソニック ワイルドナイツ)に入団。ハイランダーズ(ニュージーランド)、サンウルブズ、日本代表チームなどで活躍。

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