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田中マルクス闘莉王の名言

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田中マルクス闘莉王のプロフィール

田中マルクス闘莉王、たなか・まるくす・とぅーりお。プロサッカー選手。ブラジル・サンパウロ州出身。9歳で本格的にサッカーを開始。16歳で来日。日本国籍を取得。サンフレッチェ広島、水戸ホーリーホック、浦和レッズ、名古屋グランパス、京都サンガ、日本代表チームなどで活躍。Jリーグ優秀選手賞9回、Jリーグベストイレブン9回などを達成。

田中マルクス闘莉王の名言 一覧

歴史をつくろう。僕らは名前を残すチャンスがあるんだからチャレンジしよう。


僕は思い切ってやることが大事だと思います。思い切って気合を入れて仕事をすることが自分のスタイル。グラウンドを離れたら、ベストを尽くして気合を入れて遊ぶ(笑)。中途半端にやることは一番嫌いですから。


いろいろうまくいかないときもありますよ。僕だって眠れない夜もある。その時期は仕方ないと思ってますね。結果を出したら、また眠れますから。余計なことは考えないようにしてます。考えすぎると、悪いことばかり浮かんで、さらに落ちるという悪循環になりますから。


自分の責任で思い切って生きてきた。だからこの36年間本当に悔いはない。


負けると悔しい。でも、仮に負けても、あまり落ち込まないんです。次勝つためにどうするか、反省しつつすぐ次に目を向ける性分だから。


決定機にかける思いっていうのは、人一倍強い。チャンスは何回もあるものじゃない。そこで仕留められるかどうかが、天国と地獄の分かれ道ですから。


用具を整えてくれる人など、裏方の人達の支えがあってこそ選手は結果を出せる。フロントがそれをわかっていないと、チームが落ち目になっていくのは当然。


チームを勝たせる力になるには、仲間の信頼を得ることが欠かせない。この人にボールを出せばなんとかしてくれる。いいパスを出せばゴールを決めてくれる。そういう信頼関係は結果とリンクして循環していく。


浦和時代は最年長の岡野雅行さんの姿勢に影響を受けました。誰より練習し、30歳過ぎても上達していました。すごい人です。


自分自身は今シーズン、ハットトリックも決めて、多くの点を取ることができていますけど、ゴールの喜びが目標ではありません。第一は、チームを勝たせること。点はおまけみたいなものです。


選手は、結果を求めて戦います。プロですからそれは当然のこと。でも、良い結果を出すには、それにふさわしい環境が必要なのもまた事実です。


どんなときでも、自分が今までやってきたことをキチンとやる。心をブレさせない。ちょっと頑固なぐらい自分を信じる。もちろん、チームの仲間のことも信頼する。目標への道がまっすぐでくても、山あり谷ありでも、ブレずに這い上がってやるという強い気持ちを持つことが大事です。僕の一番好きな言葉は「気合」ですから。


チームが勝つためには先輩も後輩も関係なく怒鳴りますよ。自分の考えをわかってもらうためですからね。大きな目標に達するには、いろんな壁を乗り越えなきゃいけない。そのためにはイヤなこともしなきゃいけないと思う。


試合だけでなく、イベントに出演したり、取材を受ける日などでも、1日の終わりにちゃんと「頑張ったな」と思いたい。そのためには一瞬一瞬に手を抜かないこと。手を抜くと必ず悔いが残りますから。


自分が、サッカーの結果に誰よりこだわり、そのために必死になるのは、まったく日本語が話せない状態で渋谷幕張高校に入った時から変わりません。絶対にプロになって成功するんだ。そのためには「自分を売る」必要がある。自分を売るにはまずチームを強くしなくちゃいけない、と。


悪い循環の兆候ははっきり見える。チームのことを第一に思わない人たちが現れ、現場に介入してくる。貢献してきた選手を放出し、サポーターや、チームを支えてきた裏方の人たちを大切にしない。悪い循環の始まりです。


どうしてゴールを決められるのか? それは、自分がディフェンダーだからです。攻撃の選手は外しても次に決めると考える。でも、ディフェンダーは89分良いプレーをしても、一度のミスが命取りです。一瞬も気を抜けない。自分はその気持ちのまま、フォワードをやっています。


サッカーは11人のうち1人でも欠ければ負担がかかる。最後にみんなハッピーで終わるには、誰かの1%の力でも足りないと難しい仕事になってしまう。だから、厳しい言葉もかけます。別にその選手を傷つけるつもりはありません。その選手のベスト、どれだけの力を出せるかを把握したうえで、その人に要求します。みんなに普段の100%、あるいは100%プラス何%の力を出してもらうために、チームの中で僕にできる役割があるのかなと思ってます。


僕はディフェンダーのポジションに入るときでも、ゴールを守っているっていうイメージはないんです。攻撃の第一歩をするという意識でプレーしてますね。相手からボールを奪って、ゴールを狙うために前線にいいボールを出すのが役目。状況に応じて、僕も攻撃に参加します。昔よりもリスクを考えて判断するようになりましたけどね。でも、少々のリスクを負わないことには、ボールを運ぶ距離を稼げません。


お金以前の問題。そろそろ終わりを意識するサッカー人生の中で、お世話になった日本に対して少しでも恩返しをしたい。京都(サンガ)を昇格させたいし、何かを残したい思いは強い。浦和や名古屋ではリーグ優勝のタイトルを取りましたし、京都でもうひと暴れしたいなと思って、戻ってきたんです。


ゴールすべき時に決められるかどうかで結果が大きく変わるのと同じように、チーム作りの分岐点で、どんな選択をするかで、チームの行く末は全く違ったものになります。自分を口うるさい、生意気なヤツと煙たがっている人もいると思います。でも、誰かが間違った選択をし、チームが悪い循環に入ることに、目をつむることのできない性格なんです。


父親の方針で、自分は13歳頃から地元の税理士事務所で仕事を始めました。日中は取引先の会社を訪ねて回り、領収書を集めたり、書類の整理をしたり、銀行や税務署に支払いの振り込みに行ったり、事務所の掃除をしたり。そして、夕方から学校です。だから1日中自転車で街全体を走り回っていました。16歳で日本に行くまでの3年間仕事を続け、お金の価値、稼ぐことの難しさ、仕事の大切さを学びました。その経験はプロサッカー選手になってからも自分の考え方の土台になっています。


大切なのは感謝の気持ちをしっかりと表現すること。自分はピッチ上で、チームが勝つために厳しい要求をすることもあります。うるさがる選手もいるでしょう。だからこそ、ゴールを決めた後は、まずなによりも先に、パスを出してくれた選手やベンチでサポートしてくれる仲間のところへ駆け寄っていくんです。みんながいなければ練習すらできない。つまり自分の仕事ができないわけですから。それにゴールの直後は、感謝を示すいいタイミングなんですよ。ゴールの喜びで、照れくささが少ないですからね(笑)。


しんどい毎日を耐えられたのは、父親の教育があったからこそ。本当に厳しい人で、今でもあいかわらず褒められることはほとんどないんです。日系2世の父は貧しい境遇に挫けず学校の先生となり自分たちを育ててくれました。そして働きながら今度は弁護士を目指し、大学に行き直して実現します。言葉だけじゃなく背中でも、努力して結果を出す姿を見せてくれました。


自分が入団した当時浦和の社長だった犬飼基昭さんは、誰よりも結果を求める人でしたね。練習場を近代化したり、強力な外国人選手を獲得するのに加え、選手の要望に対するスピード感も圧倒的でした。例えばロッカールームやお風呂の不具合に対して選手から改善の声が上がると、それこそ次の日から工事が入るといった具合です。社長自ら勝つための環境作りを率先して進めるわけですから、選手もそれを意気に感じて、ますますモチベーションを高め、「もっとサポーターを喜ばせてやる!」と必死になりました。それがJ1優勝や、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)優勝という良い循環を生んでいったんです。


名古屋のクラブ関係者から「力を貸して欲しい」と電話を受けたとき、ちょうど昼ごはん用のお肉を買いにお肉屋さんにいたんです。その場で、「水曜日の航空券を取ったから帰ってきてくれ」と言われて。おいおい、2週間後には子供が生まれるんだぞ。急に言われても……と焦りました。嫁にも大反対されましたしね。でも結局、男気が残っていたというか、熱い思いが上回ってしまったというか。自分はそういう性格で、たくさん損をしてきたんですけどね。でも、名古屋のサポーターは本当に力になってくれましたから、彼らが苦しむのを黙って見ていられなかったんです。

【覚え書き|2016年に2部落ちの危機にあった名古屋グランパスに復帰したことについて】


田中マルクス闘莉王の経歴・略歴

田中マルクス闘莉王、たなか・まるくす・とぅーりお。プロサッカー選手。ブラジル・サンパウロ州出身。9歳で本格的にサッカーを開始。16歳で来日。日本国籍を取得。サンフレッチェ広島、水戸ホーリーホック、浦和レッズ、名古屋グランパス、京都サンガ、日本代表チームなどで活躍。Jリーグ優秀選手賞9回、Jリーグベストイレブン9回などを達成。