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片岡鶴太郎の名言

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片岡鶴太郎のプロフィール

片岡鶴太郎、かたおか・つるたろう。日本の俳優、画家、お笑い芸人。東京都出身。高校卒業後、声帯模写の片岡鶴八に弟子入り。ものまね芸人としてブレイク。その後、タレント、俳優、ボクサー、画家など様々な分野で活躍。日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。

片岡鶴太郎の名言 一覧

若いときはもちろん、40代、50代、60代と新しいチャレンジを重ねてきたけど、そのおかげで、本当に毎日が楽しいよ!


毎朝、同じことをルーティンでやっているだけですけど、毎日、丁寧にやっていくことで、日々、進化していく喜びに感動しています。

【覚え書き|ヨーガについて】


僕は人より不器用な分、上達に時間もかかるんですよ。だから一定のレベルまでいくには、毎日、丁寧に積み重ねるしかない。なにをやるにしても、丁寧に、毎日やるというのが一番早い習得方法ではないでしょうか。


これまで「これをやろう」と思って、途中で投げ出したことはないですね。だって自分の喜び、「魂の歓喜」を味わうためにやってることですから。やるなら、納得がいくまでやらないと、もったいないじゃないですか。


やってみて初めて自分の良いところ、ダメなところがわかってくる。


好きなら続けるんだ。素養よりも好きかどうか。


昇り調子の最中に自制するのはとても難しい。私の場合も無理でした(笑)。


節目節目を思い返しますと、いつも思うんです。結局、私を支えてくれたのは人との出会いなんだな、と。


人間は結局、生きて死ぬだけだ。すると、人から見てどうこうではない。自分の魂が一番輝く生き方をすることが人生の正である。


バラエティを離れて役者を目指すことも、ボクシングでライセンスを取ることも、絵を描きたいというのも全部、心の声でした。自分の内側から聞こえてくる声には従うしかない。


自分がなにかを決断して行動した時、必ず神様からのプレゼントのような出会いがあるんです。そして、その瞬間に自分の選択が肯定された気持ちになる。


モノマネも、ボクシングも、絵も書も、そしてヨーガも、全部「かっこいい!」という憧れから始めているんです。でも始めたからには、続けて形にならないと何もわからないし、かっこ悪いじゃないですか。


私は役者になるために特別なことをしたわけでもありませんし、たくさん映画を見てきたわけでもないんです。ただただ台本をいただいたら、がむしゃらに役へ入っていくだけで。


人間には経済的なこと、生業があります。そこを完全に切り離すことはできません。でも私はどっかでね、生業だけの人生、生業のためだけに生きていくことが本当の生き方ではないと思ってきた。


この年になって「ご縁」という言葉が好きになったんですが、本当に「円」なんですよね。人はひとつの出会いから恩恵を受け、また次へと進んでいくもの。ですから、どの人との出会いが良縁なのか……とは考えず、自分の声を素直に聞き、肩肘張らずに流れていくことが大切なんじゃないでしょうか。


それまで酒を飲んじゃバカやって、家では何することなく過ごしてきましたから。40代でいままでと真逆の世界にいたらどうだろうって。そこで、安い墨と硯と筆を買ってきて、書斎とは名ばかりだった部屋に水割り片手に入りましてね。完全に形からです(笑)。ところが、気づくと飲むのも忘れて筆を動かしていた。これには自分でも驚きました。


筆を持ち始めたのは40歳のとき、それまで絵筆を持ったことはありませんでした。けれど、その時に支えとなったのが、33歳でボクシングのプロライセンスを取った経験です。あの時はぶくぶくに太っていたバラエティの鶴ちゃん体型から、トレーニングと食事制限で体を絞り、練習を積んでライセンスを取ることができた。


私が筆を持ち始めたのは40歳になる頃です。ボクシングをやり、映画にも出演し、役者として様々な役を経験し、充実した30代でした。ところが、その終わりにかけて、生きていく核をすべて失ってしまったかのような無常感に襲われたんです。明日から40代、なにをしたらいいのだろう……。そんな漠然とした焦燥感を抱えて、京の寺で座禅を組んでみたんですよ。そんなある日、自然が目に飛び込んできたんです。花がきれいだ。月が美しい。夕陽に胸がきゅんとする。これを絵にしてみたいと思ってしまったんです。


この世に生を受けた以上、「なんとか輝いていたい」と必死になって生きてきたのに、自分には何もないじゃないかと。「いったい自分はなんなんだろう」と考えれば考えるほど、淋しく、薄ら悲しくなっていってね。そんなときですよ、絵と出会ったのは。僕にとっては唯一の、かすかな灯りでしたから。


初めてボクシングジムに足を踏み入れた時は、周りの目も冷たかったように思います。「なんで、お前なんかが来るんだよ」っていう雰囲気で。実際、縄跳びをしても30秒で息が上がりましたから。でも、やるからには本気でプロのライセンスを取ろうと。1年で10キロぐらい体重を落としたのかな。そうなると周りの目も変わってきて、33歳でライセンスも取得できたんです。そういう意味でも、30代は本当に充実しきった10年だったんじゃないでしょうか。


片岡鶴太郎の経歴・略歴

片岡鶴太郎、かたおか・つるたろう。日本の俳優、画家、お笑い芸人。東京都出身。高校卒業後、声帯模写の片岡鶴八に弟子入り。ものまね芸人としてブレイク。その後、タレント、俳優、ボクサー、画家など様々な分野で活躍。日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。

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