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澤穂希の名言

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澤穂希のプロフィール

澤穂希、さわ・ほまれ。日本の女子サッカー選手。東京出身。小学2年生のときに地元のサッカークラブに入団。男子に混ざりながら練習をする。中学に進学し、読売サッカークラブ女子・ベレーザに入団。中学1年でLリーグ(のちのなでしこリーグ)の試合に出場。日本代表選手として活躍した。アジア人史上初の「FIFA最優秀選手賞」を受賞。

澤穂希の名言 一覧

試合にベストの状態で臨むためには、その前の準備がとても大事です。しっかり準備しないと、よい結果は出ません。準備の段階で試合はすでに始まっていると。


将来を見据えて、考えて、準備をした上で行動して、挑戦する。その点では、スポーツでも、スポーツ以外のことでも、基本は変わらないように思います。


一度きりの人生、こうありたい、こう生きたいという思いが私には強くあって、それに向かって、ポジティブに進んでいこうと思っています。嫌なことがあっても、「ここまで落ちたから、あとは登るだけ」と考えるような性格なんです。


アメリカで暮らしたことは、非常に大きかったですね。日本語が通じないし、頼れる人が近くに誰もいない。習慣や生活様式も異なる。そうした環境で、20代の若い時期に一人で暮らした体験はとても貴重で、精神的にも強くなれたと思っています。


私には、「これは一番」というものが、何もないんです。走力、持久力、ジャンプ力、パスの正確さ、ドリブルの巧みさ……どれも、私より優れた選手がいます。でも、一番にはなれないけれど、これは自分の長所だと思うところを磨いていけばいいと思っていました。そうすれば、私が他の選手の苦手な部分をカバーできますし、逆に私の持っていない部分を他の選手がカバーしてくれます。


プレッシャーは克服しない。誰でも失敗ができない時がありますし、自分には荷が重いと思えることもあります。でも、そう感じるのは、雑念があるからだと思っています、やるべきことに意識を集中させると、そのプレッシャーはいつの間にか遠のいていく。


私は、苦手なことをなんとしてでも克服しようとは思っていません。もちろん、苦手なことに対しても努力はします。でも、無理に克服しようとしないで、「できないことはできない」と気持ちを切り替えるのです。できないことに引っかかり続けるよりも、得意なことを伸ばしていくほうがいいという発想です。


自分に対する噂や評判は必要以上には気にしない。信頼している人にわかってもらえればいい。知らない誰かの言葉に煩わされるのではなく、自分が掲げる目標に向かって、自分や家族、自分を応援してくれる人たちのために頑張っていきたい。


アシストがあればこそ。宮間(あや)のボールはいつもいいボールで合わせるだけでいい。このゴールは宮間のゴールといってもいいものだと思います。


英語はもともと好きでしたが、「好き」と「できる」は違います。私も言葉ではやはり苦労しました。アメリカに行ってからも、独習はもちろん、英会話学校に通ったり、チームメイトに自分から話しかけたりして、積極的に英語をマスターしようと努力しました。


心と体を一致させて、トップレベルで戦うことができなくなったことが、引退の大きな理由です。心では世界一をもう一度目指そうと思っても、体がついていかない。反対に、体は元気であっても、その目標に立ち向かうには、心が少ししんどさを感じてしまう。そういうことを感じた時に、引退を決意しました。


私が「よい」と思うチームは、経験豊かなベテラン、元気のいい若手、その間の中堅がバランスよく融合しているチームです。ベテラン選手は、たとえ試合に出ていなくても、ベンチにいるだけで大きな役割を果たすことがあるんです。試合の流れが悪くなった時でも、若手だけだとその悪い流れを止められなくても、ベテラン選手がピッチに入ることで、流れを変えられることもあります。


若い選手だと監督に言いたいことを言えないこともしばしばあります。そういう場合は、若手と監督の間に入って、若手の意見を監督に伝えることも大切だと考えて実行していました。


私は自分のキャプテンシー(チームを統率する力)は「プレーで見せる」「グラウンドで結果を出す」ことだと考えていました。「私の背中を見て」というタイプだったかもしれません。何もしない口だけの人についていこうとは誰も思わないでしょうし、行動で示すのが何より大事だと思っていました。


ワールドカップでは、23人の代表選手が選ばれても、試合に出られない人もいます。そうすると、不満がくすぶることもあります。でも、そのままではチームの雰囲気が悪くなるので、私の次にキャプテンとなった宮間あや選手などに相談しつつ、若手や中堅の話をいろいろ聞くように努めていました。


スポーツ選手には引退する時が必ず訪れますし、その上、寿命の延びた現在、一般的にはセカンドライフのほうが長くなっています。ですから、試合の準備をしっかりとするように、引退後のことも考えて生活しないといけないな、目の前のことだけ考えていては駄目だな、とだいぶ前から思っていました。


子育てで思うように行かず、イライラすることはありません。むしろ私が教えてもらうことが多いですね。子供がいることで学べることって、たくさんあるんだと気づかされます。


ストレスを感じた時は、オンとオフをしっかり切り替えて、オフの時は仕事を忘れて、全力で遊ぶようにしています。


オンとオフをはっきり切り替える姿勢は、アメリカで教わったことです。アメリカのチームにいた時、彼女たちは試合も練習も全力でしますが、オフもまた全力を傾けるんです。遊ぶ時も全力ですし、お酒を飲む時も本当にすごく飲みますし(笑)。


私が小学校に入った頃、兄がサッカーをしていたのですが、その兄の練習を見にいく機会がありました。そこでコーチの方が「君も蹴ってみない?」と言ってくださって、それで蹴ってみたら、ボールがゴールに入ったんです。至近距離で、私が蹴ったのは柔らかいバレーボールでしたが、自分が蹴ったボールがゴールに吸い込まれていく感じが、とても心地よかったのを今も覚えています。


小学6年生頃までは、3歳から始めていた水泳とサッカーを両方やっていました。でも6年生の途中から、スポーツはサッカー一本に絞ることにしました。仲間と一緒にするチームスポーツのサッカーのほうが、性格的に合っていたのだと思います。小学生時代は、男の子のサッカー少年団のチームに入って、週に5日ぐらい、練習に参加していました。


日本代表に選んでいただいてからは、特に合宿や遠征が多くなりました。公欠も多くなったのですが、友人たちが助けてくれました。ノートをコピーしてくれたり、試験に出そうなところを教えてくれたり。通学時の電車やバスの中でも集中して勉強していた記憶はあります。海外遠征の際は、飛行機の中でも勉強していました。


20歳でアメリカのプロリーグに行ったのですが、当時の日本女子サッカーはそれほど強くなかったので、ちょっと下に見られていた気がします。結果をしっかり出して、「私にパスを出してほしい」「ここに出してほしい」とはっきり言わないと、パスもなかなか来ませんでした。


私も若い頃は、同い年の選手などに対抗心を持っていました。でも、年齢を重ねるにつれて、ライバルとして競い合うよりも、その人のよいところ、優れたところを、素直に認めて、受け入れることが大切だと思えるように変わってきたのです。私が持っていない能力や感性を認めることができるようになったことで、精神的にも楽になったし、より一層お互いを尊重し合えるようになったと感じています。


陰で愚痴や不平を言っても、何も解決しないし、状況も好転しません。ですから、不満や不安がありそうな選手には積極的に声をかけたり、選手だけのミーティングを開いたりしていました。もし私が監督なら、サッカーがうまいだけの選手ではなくて、グラウンド外のこともしっかり目配りできて、チームのために中立的に物事を判断できる選手をキャプテンに選びたいですね。


現役時代、休みは週に一日だけだったのですが、その日はチームメイトにはほとんど会わずに、学生時代の友人や違う分野の人たちに会って、サッカー以外のいろいろな話をしていました。「仕事も全力」「遊びも全力」を意識していて、それが精神的にもよかったように思います。それに、サッカーだけでなく、違う世界の人とも接したほうが、人生はより豊かになるという思いもありました。


クリスティアーノ・ロナウド選手が11人いても、必ずしも勝てるわけじゃない。ロナウド選手はもちろん超一流の選手です。とはいえ、すべてにおいて完璧な選手は存在しないと思います。チームというのは、いろいろな長所・短所、得意・不得意を持った選手たちが集まって構成されるものです。いろいろなタイプの選手がいて、足りない部分、苦手な部分を、それが得意な選手が補いつつ、成長していくのがよいチームですし、強いチームだと私は考えています。


娘が1歳半なのですが、いまはやはり子供中心の生活で、食事も睡眠も、自分の思うようにはできない状況です。家事をしていても、娘からは目を離せないので、常に気を配っていますね。でも、それが全然苦痛でなくて、むしろすごく楽しい。昨日話せなかったことが今日は話せたり、昨日できなかったことが今日はできたり……そうした子供の日々の成長や変化に接するのがとても楽しいです。


自分のことはネットで検索しないですね。まず私、アナログ人間なので、機械系、コンピューター系が苦手でして(笑)。ネットで調べると、おそらく、いろいろな人が、いろいろなことを書いていると思います。でも、そうした書き込みに一喜一憂しても、疲れるだけだし、生産的ではないですよね。知らない人、見えない人たちに、自分の人生が左右されるのはおかしいと思うし、自分をしっかり持って、自分がすべきこと、したいことをしていたほうがずっと充実した日々になるように思います。


現役の時から、結婚もしたいし、子供も欲しいとずっと思っていました。結婚すれば、子供ができると思いがちですけど、実際にはそうとは限りません。ですから私は、20歳の時から基礎体温をつけて、婦人科に毎年、検査を受けに行っていました。そうして、結婚と子供を産み育てる準備もしていました。幸い結婚もできて、子供も授かって、仕事もさせていただいています。多くの方の支えと巡り会いに感謝すると同時に、準備することの大切さも感じています。「澤さん、いいな。結婚も仕事も順調にできて」などと、よく言われることがあります。でも、恋愛したかったら、結婚したかったら、準備をして、行動を起こすことが大切だと思います。それは別に、合コンするとか、婚活するのがいいということではないのですが、ただ待っているだけでは、何も起きないのではないかということです。


現役時代には、栄養面を管理してくれる人がいて、いろいろと指導を受けることができました。トレーナーさんに食事のことを聞いて、参考にさせていただいたこともあります。試合前は炭水化物を多めに、試合後はタンパク質を多めに摂ることを意識していました。現役時代もそうでしたが、今も基本的には自炊していますし、野菜は必ず食べるようにしています。それと、一日三食、決まった時間にバランスよく食べることを基本にしています。そうすると、決まった時間におなかが空きます。実感として、これは体にいいな、という気がしますね。


女子サッカーには、今後何らかのかたちで携わりたいですね。他の競技に関しても、私で何か力になれることがあれば、ぜひ協力したいです。私の人生は、本当にサッカーがあってこそだと心から思っています。今は、しばらくは子供のことを第一に考えたいし、できれば子供はもう一人欲しいという思いもありますが、子育てが一段落したら、サッカーにたくさん恩返ししていきたいですね。


澤穂希の経歴・略歴

澤穂希、さわ・ほまれ。日本の女子サッカー選手。東京出身。小学2年生のときに地元のサッカークラブに入団。男子に混ざりながら練習をする。中学に進学し、読売サッカークラブ女子・ベレーザに入団。中学1年でLリーグ(のちのなでしこリーグ)の試合に出場。日本代表選手として活躍した。アジア人史上初の「FIFA最優秀選手賞」を受賞。