湯澤剛の名言

湯澤剛のプロフィール

湯澤剛、ゆざわ・つよし。日本の経営者。「湯佐和」社長。神奈川県出身。早稲田大学法学部卒業後、キリンビールを経て家業の湯佐和を継承。40億円の負債を抱え倒産寸前だった同社を立て直した。著書に『ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生は何とかなる』。

湯澤剛の名言 一覧

どんな経験も、振り返れば自分の人生で欠かせない出来事になる可能性は大いにある。だからどんなことも、「やれるだけやってみる」価値はあるのではないかと思います。


永遠に思われた地獄に期限を設け、最悪の事態は自分の妄想よりマシだと客観視する。こうして、私は無力感と決別し、運命と闘えるようになった。


家族全員の人生崩壊を防ぐため、全力を尽くそうと決意した。まず「5年間はとにかくやる」と決めました。5年、1827日の日めくりカレンダーを作り、これがゼロになってもダメなら諦めようと腹をくくりました。また、破産したら起こり得る最悪の事態を、すべて紙に書き出しました。書いてみると、恐怖のどん底で私が見た「人生崩壊の絵」よりも、いくらかマシな結果でした。必死の日々でいつの間にかカレンダーをめくるのを忘れ、気づけば山のようにあった借金は、返済の目処が立つまでに減っていました。


事業を営む父が急逝して、「あくまでも一時的に」と自分に言い聞かせながら、しぶしぶ社長の椅子につきました。ところがふたを開けてみて仰天、会社の負債額は40億円にのぼっていました。私はなし崩し的に、巨額の負債を抱える会社の社長になりました。当然、勤めていた企業は退社。天国から地獄に落ちた心地でした。最初、私は奔走しながらも、どこかで「俺のせいじゃないのに」などと思っていた気がします。しかし、負債を背負って1年後、私のストレスも限界に達した頃、夜中に帰宅すると、妻が電話口で何度も頭を下げていました。督促の電話です。別の部屋では、子供が泣き叫んでいました。このとき、人生が壊れていくのが見えた気がしたのです。38歳にして初めて感じた、すさまじい恐怖。しかし不思議なもので、その恐怖を前に、心が静まっていきました。この瞬間が、転機でした。家族全員の人生崩壊を防ぐため、全力を尽くそうと決意したのです。


湯澤剛の経歴・略歴

湯澤剛、ゆざわ・つよし。日本の経営者。「湯佐和」社長。神奈川県出身。早稲田大学法学部卒業後、キリンビールを経て家業の湯佐和を継承。40億円の負債を抱え倒産寸前だった同社を立て直した。著書に『ある日突然40億円の借金を背負う――それでも人生は何とかなる』。

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