名言DB

9429 人 / 110879 名言

清水陽平の名言

twitter Facebook はてブ

清水陽平のプロフィール

清水陽平、しみず・ようへい。日本の弁護士。「法律事務所アルシエン」共同代表。早稲田大学法学部卒業、最高裁判所司法研修所修了、法律事務所、コンサルティング会社などを経て法律事務所アルシエンを開設。

清水陽平の名言 一覧

ネットの炎上を防ぐには、「常に公開されているという認識をしっかりともつこと」「価値観を押しつける発言は避けること」の2つが特に大事。


匿名であっても、それまでの書き込みの内容や、SNSでつながる友人の断片的情報をつなぎあわせて、勤務先や実名が特定されることがあります。個人が特定されると自宅や勤務先にまで嫌がらせがいくケースも。業務やモラルに関わることになれば、評価が下がり、退職に追い込まれる事例も出ています。


フェイスブックやインスタグラムなど、数あるSNSの中で、炎上が起こりやすいのがツイッターです。SNSでつながっている友人が少ないからといって、安心できるわけではありません。友人とのやりとりは他の人に見えているし、赤の他人が見られないように「鍵をかける」設定にしても、スクリーンショットに撮って拡散される恐れもあります。


ネットで炎上してしまったときの一番のお勧めは「逃げるが勝ち」で、個人のアカウントを早急に削除することです。また大体の炎上騒ぎは1か月もすれば鎮まるため、放置するのもひとつの手段ですが、削除しないでいると、虚偽の情報を含んで拡散していくリスクもあるので後にデマを流されたときの反論材料として、何を書き込んだかキャプチャー(画像データとしてファイルに保存)してから、削除するといいでしょう。そして指摘が正しく、自分に非があると思ったら、謝るのが鉄則。苦しい言い訳をすると、さらなる反発を買ってますます炎上します。ネット上といえども、普通の人間関係と同じ。すぐ謝ることで収束することも多いんです。


清水陽平の経歴・略歴

清水陽平、しみず・ようへい。日本の弁護士。「法律事務所アルシエン」共同代表。早稲田大学法学部卒業、最高裁判所司法研修所修了、法律事務所、コンサルティング会社などを経て法律事務所アルシエンを開設。

他の記事も読んでみる

平井正修

禅の修行を積むと人並み外れた集中力や忍耐力といった、特別な能力が身につくと考える人が多いようだ。しかし、禅の修行とは、むしろ逆で、捨てるために行うものなのだ。


陰山英男

仕事の場合、1人だけ速すぎても成果は出にくい。周りの人の状況やスピードに合わせつつ、最速で動くことが大切。それができるのは、仕事の流れを見極めているからでしょう。


星野佳路

社内だけで議論していると、意見が偏ることがある。そういうときは、外部の人の意見を聞くと、いかに自分たちが固定観念の中に閉じこもっていたかがわかるもの。


江口克彦

人生で実力がものをいうと言われるが、松下幸之助さんは実力は10%、運が90%だと言っていた。日本人として生まれたのも、この時代に生まれたのも自分の意志ではない。生まれた家も、環境も、言わば運命で自分が決めたものではない。確かに松下さんの言うとおり、運が90%だと言っても過言ではないだろう。


柳弘之

現場に対していいモノを作れというプレッシャーはかけています。しかし私自身、モノ作りの出身ですから、現場の大変さも十分理解しているつもりです。あまりコストのことをうるさく言って、現場の苦労を思いやる風土が失われてしまうと、いいモノを作ろうという気概までなくなってしまうおそれがあると思います。


野中正人

二年間の減収減益がベクトルを修正するいい機会になりました。


臼井由妃

ビジネス文書作りは、自分の思考を整理するプロセスでもあります。書く目的は何か、わかりやすく具体的に書かれているか、見る人の負担になる書き方をしていないか。これらを考える習慣がつけば、ビジネススキルも確実に上がっていくことでしょう。また、周囲への細やかな気配りもできるようになり、仕事の優先順位のつけ方も的確になるでしょう。


プラユキ・ナラテボー

布施の実践によって「私のモノが増える」ことより「相手の幸せが増す」ことに価値を見出すようになる。すなわち、「私」を中心とした見方が「相手」中心に移行するのだ。それは「自我的」な見方から「慈悲的」な見方への転換を意味する。


おかざき真里

どんなに近づいても自分と他人が完全に混ざり合うことはないと思ってはいるけれど、境界線を溶かすことはできる。境界線はときに自分の限界を示すものかもしれないし、あるいは生と死の区別かもしれない。あらゆる境界線にとらわれず、しなやかに自由に人生を泳ぐこと。その象徴として魚を描くことも多いです。


外山滋比古

学ぶというのは、言われた通りにできる、モノマネがうまいということです。要するに創造性を殺さないとできない。それなのに試験の成績がいいことを才能だと、日本人は考え違いをしている。いくら人の模倣がうまくなっても、教育は自分が誰か、何者かは教えてくれません。