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津田純嗣の名言

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津田純嗣のプロフィール

津田純嗣、つだ・じゅんじ。日本の経営者。産業用ロボットメーカーの「安川電機」社長・会長。福岡県出身。東京工業大学工学部機械科学科卒業後、安川電機製作所(のちの安川電機)に入社。アメリカ法人取締役副社長、安川電機モーションコントロール事業部インバータ事業担当部長、インバータ事業統括部長、取締役ロボット事業部長、常務取締役などを経て社長に就任。

津田純嗣の名言 一覧

未来に向けた種をたくさん蒔かないといけない。今はたいしたことがなく、ドンとくると思えないようなアイデアを大事にする。失敗覚悟で突っ込んだ先にこそチャンスがある。


リスクがあっても成功した時に大きくなっている姿を想像できるビジネスがあります。それは10個やって1個当たればいい。アイデアは現在の部署の枠にとらわれない自由な発想で考えてもらえばいい。


新しい製品を開発する時は「これをやったらお客さんが喜ぶよね」ということを考えよう。


新製品を作る時は「世界一」か「世界初」を外すな。そこを目指すと、今までにない市場を創るような、スジの良いものができてくる。


ただ製品を売るのではなく、どう使われるかにまで思いをはせないと、次に何を作るべきか見えません。


世の中には二番煎じに徹して効率よく稼ぐ企業もありますが、それでは面白くない。


製品開発が独りよがりにならないように、世界各地に販売会社を作り、お客さんから直接フィードバックをもらうようにしています。


今ロボットの世界は、狭く深くなんです。これが横に広がる。ロボットを詳しくは知らないけれど、使ってみたい人はいると思います。そのギャップを埋めたい。


ロボットは使い込まないと、使えるモノにはなりません。使い込みの度合いがロボットの良さや、その後の発展を決めるのです。


日本は有事のことを、災害にしても軍事にしても、発想しないんです。そういうことは起こらないはずと決め込んでしまう。


北九州は長年「製造業の町」と言われていました。最近は町のアイデンティティーが少し薄れてきているように感じます。この地域で、モノ作りに燃えた集団を作りたい。小さな子供から大人まで。製造業を誇りに思い、モノ作りを楽しむムードを盛り上げたい。


会社が東京一極に集中しているのは日本だけですよ。ほかのどの国だって証券と銀行と報道以外は固まっていません。日本だけです。政府の規制が強すぎたり、お願いしなければいけないことが多かったりするのかもしれませんが。


うちは田舎の企業ですが、基本的にお客さんはグローバルで、東京にいてもしょうがない。社員にもよく言うのです。「北九州はアジアに近いぞ」と。東京と上海の間にある。


フランスには原発に関して常に、有事対応の部隊がいるんです。事故を起こさないのは大切だけど、万が一の時に対応する部隊がいる。そういう備えがなければ、有事にどうにかしようとしても無理です。


日本で産業用ロボットが発展したのは、自動車メーカーをはじめとする多くのユーザーが使い込んできたからです。有事対応のロボットは、日本でも国のプロジェクトなどで作られたことはありましたが、結局使い込んでいない。だから(東日本大震災や福島第1原子力発電所の事故で)使えませんでした。米国のようにアフガニスタンに持っていけば使いますよね。同じことはできないにしても、例えば消防署などが、いろいろな場面を想定して使い込むということを常にやっていかないと。


3K(きつい、汚い、危険)の仕事に人が携わらなくて済むようにしたいですね。人間はアイデアを出すとかエンジニアリングをするとか、そちらに集中する方がいいと思います。製造業に従事する人数は減る方向になります。でも、頭を使って製造業をエンジニアリングしながら楽しむ。「こんなふうにロボットを利用しよう」ということを考えてほしい。人間がどんな仕事をするのが一番人間らしいか、というところまで思いを馳せて「ロボットにやってもらった方がいいな」という仕事は任せた方がいい。


今まではエンジニアと呼ばれる人しかロボットは使えなかった。誰もが、というわけにいかないけれど、自動車を運転できるぐらいのレベルで「ロボットは使えます」というようなモノにしていきたい。そういうところまで持っていく必要がある。実現できれば、ロボットの販売台数はこれまでとは違う次元の広がりを見せる。


当社は海外で製品をつくっても技術流出の心配はまったくないです、それは全くない。モノでは真似できます。見た目や機構といったハードウェアはできます。主要部品のサーボモーターやギア(減速機)を買えば組み上がる。けれど、その次には「制御」の技術が要ります。さらにその先には、塗装や溶接といったアプリケーション(用途)の技術が必要です。塗料をいかに均一に塗るか、そして無駄を省くか、これが意外と難しい。ロボットがなぜそういうソフトウェアを取り入れていて、どこでどう使うのがいいのか。これには相当深い知識が要ります。ロボットは単体のモノではなく、大きな仕組みの中で成り立っているのです。


今の世の中、きつい仕事をしたいという人は少ない。若者は工場で汗水たらして働くような仕事から逃げたがっています。もともと「3K(きつい、汚い、危険)を社内からなくしたい」というのが安川電機のロボット開発の始まりです。「こんな仕事は人間がやっとるもんじゃない」というのと、品質的にも人間より速く良いものができるというのが重なって、ロボット事業は成長してきた。


まだ見えない新市場を創造するには何が大事なのかを、社長に就任してからも考え続けてきました。そこで感じたのは企業には「自由人」が必要だということです。様々な部署で働く人にはそれぞれの役割があります。開発の人にも、決められた枠やルーティンがある。その中だけで新しい事業を考えても、本当に優れたアイデアはなかなか見つかりません。


英語を「勉強」するのはもちろん大切ですが、それよりも「使う」ことを重視した方がいいでしょう。英語をものにするには、とにかく使わないとダメ。


当社は創業100周年を迎えました。長寿企業の秘訣はこの3つに集約されます。

  1. きちんと役に立つものを作る。
  2. それを継続して提供する。
  3. 顧客にもしっかりと企業方針を認識してもらう。

安川電機にも撤退した事業はあります。フロッピーディスクやプリンターです。モーション技術を拡大解釈し、「データを動かすこと」まで自分たちの領域だと思ってしまいました。コア技術ではなく単なるこじつけでしたから、優位性を出せなかった。


ロボットやインバーターは20年ぐらいかけて世界トップクラスのシェアを獲得しました。時には10年ぐらい赤字になってでも、根気よく続ける覚悟が必要。


「身近に英語を話す相手がいない」という人も、もし本当に英語をものにしたいのなら、英語を話す外国人を見つけて、声をかける努力をした方がいい。会社の短期語学留学制度に応募してもいいし、外国人がよくいる店に行ってもいい。


39歳のときに米国法人に赴任しました。会話も書類も英語だらけ。辞書を引く余裕もなく、とにかく英語漬けの日々を過ごしました。努力もしましたが学習というより、感覚で学んでいった部分が多かったですね。


CNNのニュースだけでなく、映画やドラマをよく見ました。ただし、単に流し見するだけでは効果が薄い。英語字幕を表示させながら見ると、リスニング力は確実にアップします。


「インバーターで海外市場を取ってこい」。そう命じられて90年、私は米国に赴任しました。当初は販売代理店に製品を売ってもらっていましたが、エンドユーザーと直接対話ができません。そこで現地の販売会社を買収するなどして、直販ルートを開拓しました。お客様の声を直接聞いて、新たなニーズを探すことで、空調以外にも、冷蔵庫、自動車などの様々な分野にインバーターの市場を広げることができました。


僕にとって、ビートルズの存在は大きかった。英語云々ではなく、単純なカッコよさに「ビートルズの曲をうまく歌いたい」と思いました。それこそ必死で、英文の歌詞を見ながら歌う練習をした。速いテンポの曲も、どうにかついていこうと一生懸命でしたね。今から思うと、スラスラと口から英語が出てくるようになったのは、あの経験があったからだと思います。そう考えると、「洋楽をカッコよく歌う」のは、スピーキングの練習にぴったりですね。


6年ほど前に野菜工場をやりたいという社員が現れました。「バカなことはやめておけよ」と一度は却下しましたが、それでも「なんとかやらせてください」と諦めずに提案してくる。そういう人がいないと駄目です。熱意に負けて投資を決めました。本人に伝えたのは野菜工場だけで止まってはいけないということ。自動化するなら、より大きな農業や食の分野に展開すればいい。発想を広げました。その事業が新会社の「FAMS(ファムス)」として立ち上がりました。提案者はロボットの開発技術者で、時間を与えて徹底的に考えてもらいました。突き詰めないと次のステップには進ませないようにしました。


現在の主力事業が好調なときにこそ、次の時代に向けたシフトを進めなければならない。入社して間もない1980年代前半、安川電機の主力は鉄鋼や繊維メーカーの生産システムに使われる電機品でした。好調でたくさん利益が出ていても、当時の経営陣は、家電や自動車向けに軸足を移していました。「こんなにもうかっているのに、どうしてたくさんの人をシフトさせるのか」。繊維メーカー向けの製品を担当していた私は反対でしたが、後から振り返ると、当時のトップの判断は正しかった。結果的に、家電やクルマなどの生産ラインで使われるロボット向けのサーボモーターやその回転数を制御するインバーターの製品群の開発にいち早く成功。安川電機が飛躍するきっかけになりました。


津田純嗣の経歴・略歴

津田純嗣、つだ・じゅんじ。日本の経営者。産業用ロボットメーカーの「安川電機」社長・会長。福岡県出身。東京工業大学工学部機械科学科卒業後、安川電機製作所(のちの安川電機)に入社。アメリカ法人取締役副社長、安川電機モーションコントロール事業部インバータ事業担当部長、インバータ事業統括部長、取締役ロボット事業部長、常務取締役などを経て社長に就任。