名言DB

9490 人 / 112001 名言

法華津孝太の名言

Facebookボタン  Twitterボタン  はてなブックマークボタン  新着 名言

法華津孝太のプロフィール

法華津孝太、ほけつ・こうた。大手水産会社の極洋社長・会長。東京大学卒業後、外務省に入省。第二次大戦の戦前・戦中に欧州で外交官として活躍。太平洋戦争後、極洋捕鯨(のちの極洋)に入社。専務を経て社長・会長

法華津孝太の名言 一覧

若いうちに自分の判断で仕事ができる地位についた人は、報酬の多寡は抜きにして、それだけでも得をしていると言える。


ある人が「運動のために散歩するには、疲れない程度では何にもならない。少し疲れたという程度まで歩かなくては効果がない」と言ったのを思い出す。多少手に余るような仕事に勇敢にぶつかっていくことが大切である。


当社は漁業会社である。社員はホワイトカラーの意識を捨てて長ぐつをはいて魚臭くなって仕事をする心構えが必要である。ただしその際といえども紳士としての心がけを忘れてはならない。すなわち当社の社員はすべからく紳士たる魚屋になってほしい。
【覚書き|社長に就任したときのスピーチにて】


たとえ1%でも安く仕入れれば、それだけ会社が得をする。商売というものはそこまで厳しくやらなければいけないというのが、山地土佐太郎社長の信念であった。計算にうとく、子供のころからあまり苦労しないで育ってきた私には、山地さんのこの実地教育は大変薬になった。
【覚書き|外交官から民間の漁業会社に移った当時を振り返っての発言】


山地土佐太郎社長から仕込まれたのは、値切ることである。外務省時代から、私は言い値が定価だと心得ていた。外交官が値切って物を買うなぞはしたないという見栄もあったのだろう。ところが山地さんは、商売人になったからにはとにかく物を安く買うことを覚えなければいけないと言い、私が購入伝票を社長のところへもっていくたびに必ず「君、これ値切りましたか」と聞く。私が値切っていますと言っても「ちょっと待ちたまえ」と片っ端から値切っていく。何件かの中にはやはり私の買った値段より安いところが出てくる。すると山地さんは「どうです。ここじゃあ、この値段だから、君の買った店にこれだけ引くように言いなさい」と言うのだった。


企業である以上利潤は上げなければならないが、まず社会的、国家的に見てこの事業に携わることが少しでも役に立つかどうかという価値判断の上に立つこと。私はこれをいまも経営理念にしている。


奉天の総領事館は、総領事の次に領事がおり、私たちも上の地位にあった。米国の大使館あたりだと、先輩が多くて何事をするにもその指示を仰がなければならないところだが、ここはほとんど自分の責任で仕事を切り盛りすることができた。だからその時代に、私は自分の判断でものごとを行う訓練ができたように思う。これは望外の幸せであった。


出淵さん(在米日本大使)は、仕事を面白くする方法を教えようと言った。それは自分が大使になったつもりで電信を扱ってみろということだった。本省から訓令を受け取ったら、自分が大使ならどう執行するかを考える。そして大使がその訓令を執行したのち本省に返信を打つ場合も、自分ならどうするかを仕事をしながら考えてみろというのである。これで仕事は面白くなったし、頭を練るうえで大変効果があった。


若いうちは重荷に感じられても、自分の手に余るような仕事に勇敢にぶつかっていくことが大切である。
【覚書き:20代で日本軍とリットン調査団の英語通訳として同行した時のことを振り返っての言葉。】


若き日の山地土佐太郎(極洋捕鯨初代社長)はブラジルから帰りの船賃が足りない。彼は子豚10頭ばかりを移民船に積み込んだ。豚は戦中の移民の食料として買い取ってもらうように三井物産と契約しておいた。2・300人の移民のなかには船に弱くて少し揺れると食欲をなくす人が多かった。思惑通り、豚はその残飯を食べて丸々太っていった。彼が豚のえさを積み込んでなかったことは断るまでもあるまい。


法華津孝太の経歴・略歴

法華津孝太、ほけつ・こうた。大手水産会社の極洋社長・会長。東京大学卒業後、外務省に入省。第二次大戦の戦前・戦中に欧州で外交官として活躍。太平洋戦争後、極洋捕鯨(のちの極洋)に入社。専務を経て社長・会長

他の記事も読んでみる

坂根正弘

約束を誠実に果たし続けてきたことが、結局、自分のその後のキャリアにつながってきました。


デービッド・アーカー

新しいサブカテゴリーが生み出せれば、市場のリーダーになれる可能性が十分にある。


山口拓朗

相手の声が大きければこちらも大きく、ゆっくり話す人ならこちらもゆっくり。これだけで相手と波長が合いやすくなります。もちろん交渉時など、相手のペースに引き込まれてはならない場面は例外ですが、基本的には相手のスタイルと合わせるのが手堅い方法です。


岡本正善

多くの人は「集中力がない」と嘆きますが、誰にでも集中力はあります。人は何かをしている時、常に集中状態にある。ただその方向が、「集中すべきでないところ」に向かっているだけ。スイッチを切り替えることさえできれば、どんな人でも「やるべきこと」に集中できます。


名越康文

松尾芭蕉は、旅から戻ってきたあと、江戸で『奥の細道』を書き上げました。なぜ旅先で書かなかったのか。それはおそらく、旅という体験が芭蕉の中で熟成される期間が必要だったからでしょう。人が新しい発想を生み出すときには、インプットしたものを身体の中で熟成させる時間がいります。効率を追い求めてその期間を省略すると、付加価値の低いアウトプットしか出てこないのです。


瀬戸欣哉

自分がプロならば、より難しい仕事にチャレンジしてみたいと思った。

【覚え書き|LIXIL社長就任要請を受けたことについて】


箱田忠昭

つらい仕事、面倒な仕事を先にやってしまうと後が楽なんです。なぜなら「好・楽・円(好きで楽で円滑にできる)」仕事では味わえない達成感、充実感を得られるからです。気分爽快だから、次の仕事も一層スムーズにはかどります。


細谷功

何らかの報告書を作成する仕事を頼まれたとき、「結論から考える」ことができない人は、とりあえず参考になりそうなデータを片っ端から集めようとします。しかし、こうやって無目的にデータを集めていくと、最終報告には何の役に立たないデータをたくさん集めてしまう可能性が高い。


石橋信夫

人に嫌われるのが嫌な者は、経営者にはなるな。


岡田民雄

私はよく人に会って、その人の話を熱心に聞きます。また、展示会などにもよく行っては、来場した人とのコミュニケーションをよくとるように心がけてきました。そうしたことで得られたヒントが、新製品のアイデアにつながります。


栗原典裕

話が途切れてしまったときは、「苦労話」「自慢話」「感動話」のどれかを聞いてみるといい。記憶に残りやすいのはこの3つ。話題を振れば、様々なエピソードが出てきて、話が続いていきます。


ナラヤン・パント

非常に品質の良い商品が出来上がり、市場に送り出すことになったとします。当然、営業マンたちには自信を持ってその商品を売り込むようにさせなければいけません。しかしそのとき、リーダーがその商品や市場に送り出すという決断に対して自信があるかどうか、自ら下す判断に信念を持っているかどうかによって、結果は大きく変わってくる。