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泉谷しげるの名言

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泉谷しげるのプロフィール

泉谷しげる、いずみや・しげる。日本のシンガーソングライター、俳優、タレント。東京都出身。高校中退後、ライヴアルバム『泉谷しげる登場』でデビュー。役者としても活躍。

泉谷しげるの名言 一覧

基本的に、安定に興味がなくて、乱世に生きたいタイプですからね。激動の60年代を生きてきたから、そのドタバタのほうが面白い。乱世っていうのは、いろんなものが生み出されるんですよ。


リーダーになるなら、カッコいいことだけやろうとしてもダメ。カッコ悪い自分を受け入れる覚悟を持たないと。率先してトイレ掃除をやるような力強さがなければ、人の面倒なんて見られませんよ。


ハチャメチャな男になりたいという願望もあって。大声で「バカヤロー」って言えて、大暴れできる男になりたかった。元来、気が弱かったから、何とか克服したかったんでしょうね。俺の「暴君」キャラは、つくったキャラだからね。人は「こういう人間になりたい」ってイメージしたものに向かっていくほうが、力が出るんですよ。


大事なのは達観しないこと、悟らないこと。年を取るとものをわかったようなふりができるけど、それは諦めの裏返しだからね。


人間はどうやったって疲れる生き物だから。むしろ、どこまで突っ張って、波風立てて、疲れられるかが勝負だよ。


別の角度から見てみたらいいんだよ。絶対違うやり方が見つかるって。


一生懸命いい演奏したい、いい曲を作りたい。追求し、研究するから、次のレベルに達することができる。やっぱり追求こそ、男の行くべき道だよ。


逃げるって言葉のイメージは悪いけど、なんでもまともにぶつかりゃいいってもんじゃないからね。逃げ道は常に確保しておいたほうがいい。むしろ大事なことなんじゃないかと思うよ。


「俺ってこんなもんだ」と達観すると、急激に老ける。欲望を抑え込んでいるようなもんだからね。イマジネーションを死に追いやることになりかねない。


時代や状況にころころ乗っかって、言うことがいいように変わるヤツより、しつこく同じことを言い続けるヤツ、やり続けるヤツのほうが最終的に尊敬される。


どこに魅力を感じるかなんてのは、相手が決めることで、自分じゃコントロールできない。


ハッキリ言えば、相手を尊敬してりゃあ挨拶するのよ。どんなに礼儀がなってないヤツでも、その人の前で立ち上がる。


自分が無礼を通すなら、相手に礼儀を要求するのはお門違い。


真実というものは、そう簡単に知ることはできない。なのにニュースで流れた見出しだけで瞬時に事実として理解するのは危険なんじゃないの?


どんなネタでも、多面的に調べなきゃ真実には近づけない。諸条件が複雑に絡んでる問題を、マスコミが提示したひとつの視点だけで切って何がわかるの?


ムリするな? 客はムリを見に来てるんだぞ。ペース配分を考えて、無難にこなして面白いかい。


すんなり上手くいってもダメ。アクシデントに遭うことがラッキーなことだったりする。


リハーサルから全力でやることが大事。怪我しておくことですよ。そうすれば、本番はその体験を持って臨める。


逃げるのは絶対に嫌だ。過酷さを避けたら心の中に「避けた自分」が残っちゃう。それなら、やれるかどうか「向かった自分」が残った方がいいよな。


やってやろうという気持ちで取り組まなきゃ意味ない。自分に何が足りないのかを知るためには思いっきりやる必要がある。


いままでだって、やれるわけねーと思って挑んだものばかり。自分を鍛えるためにやってきた人生。


親の苦労なんて家の中でグチャグチャ聞かせてもムダ。一回、外から見せなきゃダメ。貧しい生活も経験させることが出来て一石二鳥よ。


「よく働いた」なんて言えてるうちは本当に疲れてないよ。俺なんか今もバタンキューだから(笑)。


男は、宵越しの体力は持っちゃいけないよ。明日までとっとこうなんて考えんじゃねえぞ、このやろう。一個限界を超えると、自分でも知らなかった力が伸びてくるもんなんだよ。


友達作りに年齢なんか関係ないからね。自分から動き出せば、そこで必ず人と出会うから。動いていって、相手に対して心を閉じなきゃ、友達はできる。


一時の達観を一生の悟りにするんじゃねぇよ。今この瞬間は満ち足りていても、明日には腹が減るだろうが。波風立てず静かに暮らしたいための身勝手な悟りは、やめた方がいい。いい人って信用されないからね。


遠慮と謙虚さが入り混じった「いい人」のツラの裏に打算があるヤツが多すぎる。俺の役割はこいつらにバカヤローとかまして化けの皮を剥ぐことだ。


「暴君」は、つくったキャラなのよ。ハロウィンでゾンビになるのと同じで、俺のは「暴君」ごっこなの(笑)。でも、それは同時に、「大人になる」という決意でもあるんです。きちんと大人にならないと、子供たちを励ますことができないから。


原動力はジャンルを問わず、「いいものをつくる人や才能への嫉妬」ですね。若いミュージシャンでも俳優でも、元気で面白いことを考えてるやつがいっぱいいる。彼らに対して嫉妬を感じても、自分を恥じない。「チキショー、いいものつくりやがって!」と素直に反応すれば、「俺もいいものつくってやる!」という自分の力になります。


最初はロックバンドをやってたんですが、家が火事になって、エレキギターや機材がみんな焼けちゃったんですよ。残った借金を返すために、音楽喫茶やイベントで演奏して金を稼ぎたかったから、ギター1本あれば1人でできるフォークをやり始めたんです。


俺がネットやら、マスコミ情報を鵜呑みにしないのは、「実感主義」だから。誰だかわからんヤツが書いたネタを、無条件でありがたがる気にはなれない。


仕事をしてれば、度を越えた状況にも遭遇するよ。そのとき「右も左もわかりません」と端っこから出て行くよりも、「右も左もわからないのでド真ん中いきます」とやってみたらいい。


自分でも思いがけない力を出せるのは、お客やスタッフの気持ちがシンクロしたある種の「化学反応」のおかげ。


自分には才能があると自信を持つことも大事だけど、足りないものもあると気づくことが修業時代なのかもな。


やりたいことなんて簡単に見つからないから、無理やり探す必要はない。最初はお金のために嫌々やるくらいでもいいんです。それでもできちゃったら、ある意味やりたくてできた時よりスゴイんだよ。ただいずれ、そのレベルじゃ追いつかない時が来る。そこで本気になったら、もっとスゴイことができるはず。世の中には決して狙ったわけじゃない「不本意の勝利」っていうのもあると思うよね。


仕事を遊びだと思っているんだったら、さっさと辞めて、ぶらぶらすればいい。プロなら、レベルを上げなきゃいけないよ。ロックの歴史だってよくよく考えてみると、売れている人たちほど追求しているからね。


ここ2~3年、俺は料理をするようになった。40年以上、台所に立つたこともない男が、「ご飯の炊き方どうするの?」って人に聞くところから始めてみた。わけわかんなくてもやっていると広がっていく。


人間、年齢を重ねるだけで丸くなることはほぼ不可能。年をくえばくうほど、自分の扱いを気にするし、「俺はこんだけやってきた。生きた分だけ尊敬しろ、若いおまえら何様だ」と思う分、怒りっぽくなるのは当たり前の話。


俺はプロとして音楽をやっている。最初はモテたくて始めたけど、やっているうちに乗り越えなきゃならない壁が出てきた。遊びで続けるのか、プロを目指すのか。そこはやっぱり真剣にならないと、一定のレベルを越えられない。


自分の怒りっぽさで悩んでいるなら、それを利用して頑固オヤジになればいいんだよ。俺なんか実際そうしているしね。これは役割だよ、役割。若いヤツから「あの上司は怖い、憎たらしい」と言われるまでやり切る。キャラは自分で選ぶんだよ。


鍛え続ける。要は、条件の悪いところに自分を追い込む。たとえばアート展の前に絵を描く時は、家族やスタッフの助けを断り、1人で事務所の2階にこもります。栄養を考えながら小さいコンロで自炊して、掃除も全部自分でやってね。年齢を重ねて、いい暮らしにどっぷり浸かると自分を甘やかしちゃうけど、それくらい条件が悪いところへ自分を置くと、人を頼らなくなる。必死だからいろんなアイデアが生まれるし、頑張れるんです。


相手の出方ばかりを気にするヤツは問題。向こうが先に頭を下げるべきだとかな。別に目上の人間が先に挨拶したっていいんだからさ。礼儀は自分がどうするかが大事であって、他人をどうこういう時点でセコイね、セコイ!


信頼関係を築きたければ、いかに相手の懐に入れるかで決まる。相手の懐に人ってナンボ。挨拶はそこそこで十分。それより懐に入れ。距離を置くことも大事だけど、そこを縮める努力も必要。


ギターのテクや、歌だけが上手くても、肝心の表現者の経験が浅ければ、客はグッとこない。情報を仕事に生かしたいなら、自分自身があらゆる情報を受け入れる集合体にならなきゃな。


情報化社会とか騒いでるけどさ、ただの「情報過多社会」ですよ。普通に生活するのに、どれだけの情報が必要なんだよ。最新の情報を誰よりも早くとらなきゃという強迫観念に駆られているだけに見えるよな。


最近の情報って、株取引みたいだよな。ちょっとでも早く情報を入手しようと、みんな躍起になっている気がする。どれだけの情報が必要なんだよって思うけどね。


多くの人に見せるために書くものは本音が極めて薄められる。ブログやミクシィに赤裸々な本音が載っていると思うのは勘違い。良い部分も悪い部分も、見せ方には絶対に演出が生じているからね。


デビュー前は、ピーピーだけど我慢できた。目的がハッキリしてるから。ギターが上手くなりたい、音楽でメシを食いたいって漠然とだけどね。たぶん、目的がない人は仕事がない人より厳しい気がする。目の前の努力を修業と思えず、ただツラいだけになりがちだよな。


弱い者の痛みがわからないヤツには、大きな成功はない。誰にだってできないものが必ずある。オレなんて、音楽の成績が「1」。のちにフォークの帝王と呼ばれるこのオレが(笑)。おかげで、弱い男をテーマにした曲をいっぱいつくれましたよ。


家族関係は杓子定規のスケジュールでは進まない。子供は「命」。命は思い通りに管理できるわけない。だから、こうあるべきだと、親か観念を押しつけるのは間違いだと思うね。子供自身が経験していけばいい。


教育熱心になったり、子供の将来を優先するより、親は自分の幸せを第一に考えた方がいいんですよ。そうすりゃ、子供だってひとりで「自分はどうすれはいいのか」、本気で考えますから。


そりゃ人と接すれば、ぶつかり合いも起きるよ。俺らの世代はベビーブームで同世代の人数がとにかく多かったからさ、自然と競争原理が働いて、人を蹴落とさなきゃいけなかった。むりやり憎しみを作らざるを得なかったし、相手を陥れなきゃいけなかった乱世の時代だよ。でも、これからは少子高齢化で人がどんどん少なくなる。否応なく助け合わなきゃいけないわけだよ。相手のいいところを探して、共生していく意識を持たないと、自分がひとりぼっちであることすら気づかない時代になっちまう。


エンタテインメントは基本、励ましなんだよ。そこで発せられていることの何かがきっかけになって、気づくこともあるから。人間はどうであれ、自分で迷いながら、道を決めていくんだよ。だから、逃げていても、興味がないふりをしていても、じつは横目でちゃんと見ながら、切り替えるきっかけを探している。だから、きつい仕事から一旦、逃げ出してライブに行くのも、雑誌を読むのもムダじゃないし、ちょっといいこと起きないかなって感じで遠回りするのも悪くない。


俺らの世代はベビーブームで同世代の人数がとにかく多かったからさ、自然と競争原理が働いて、人を蹴落とさなきゃいけなかった。ニュースを見ていて、腹が立つのは俺と同じく乱世の時代を生きてきた世代がさ、家の近くに保育園ができるのに反対しているだろ。「子供の声がうるさい」とか言って。さんざん好き勝手やってきて、じじいになったら静かに暮らしたい? 何をぬかしていやがるんだって話だよ、子供はうるせぇもんだろう。ひとりぼっちで静かに暮らしたいなら、山に行けよ。子供のいない社会なんて、何の面白みもない。


お決まりの時間で、お決まりのアンコールでやり過ごすというのはあんまり楽しくないよ。やっとけばいいだろう的な仕事なら、最初からやらなければいいじゃない。お客だって見抜いてくるわけだしね。もうこれ以上のライブは作れねえだろうとか、あれは伝説のうイブだったとか、言われたくないんだよ。常に更新したい。だから、「いいポジションにいるんだから、ムリしないで」と言うアドバイスの意味がわからねえ。


怒りたくない人間になりたいのか、怒り続ける人間になるのか、その選択さえちゃんとすればいい。ムリにやさしくなる必要はない。怒り続ける頑固オヤジは、それはそれで役目があるからな。俺が子供の頃は、悪さをすれば、「コノヤロー!」ってホウキを持ってひっぱたいてきたオヤジがいたよ。他人の子供でも平気でパーンと。


団塊の世代は「今の若いやつに日本をまかせられない」とか言うけど、俺はそうは思わない。アスリートのレベルも格段に上がってるし、スマホみたいな機械を使いこなす若者たちはすごいと思う。団塊世代が嘆くようなことをする人間はごく一部で、ほとんどは今後の日本をまかせられるような成長をしていますよ。だから俺たちの世代は愚痴ってないで「おまえらにまかせる――!」くらいのことを言ってやれよ、と思うよね。あっ、でも、こういうもの分かりのいい発言はカットしてほしい! イメージ的に(笑)。


子供の頃はどちらかというと内弁慶で、1人で部屋にこもって絵を描いているようなタイプだったんですよ。俺たちの若い時って、ちょうど60年代。ベトナム戦争や学生運動があって激動の時代だったから、新しい文化もどんどん出てきた。そしたら、部屋の中で作業してる自分が地味な気がしてきて(笑)。やっぱり、外へ出たかったんでしょうね。音楽をやることで、内弁慶ならぬ「外弁慶」になりたかったんだと思う。


敬語には距離があるだろ。目上の人に対して気やすい言葉をいえるような空気を作ってみな。いつまでも丁寧な口のきき方をするのは、懐に入るなって意思表示してるようなもんじゃん。結局、敬語ばっかり使ってるヤツって、相手の懐に入りたくないし、自分の懐にも入れたくないだけじゃないかな。


挨拶や礼儀はキチンとしてるに越したことはないよ。目上の人といいコミュニケーションがとれるだけじゃなく、仕事的にも印象か違う。作法や礼儀ができないヤツが多い? そういうのは本気で叱ればいいだけのこと。本気の怒りは相手に関心があるってことだから、相手との距離がつまるわけだからOKよ。


俺にとって一番頼れる情報源は仕事仲間。何が面白かった、つまんなかった、これが新しいとかさ。自分の身近な人間と接すると、些細な会話でも大いに得られるネタがあるよね。直接会って、目の前で感情を込めて話してるのを聞けば、こっちも実感できる。雑談して、仕事を含めた時間を共有する楽しさで、刺激されて、本音が弾けていく。ひとつのことに精通してるヤツもいるしさ。演出されたネタよりも、はるかに多くの価値ある情報が出てくる。


分不相応でも、ガツンと責任ある仕事を引き受けるぐらいの方が見込みあるよ。失敗しても修業として学べるし、上手くいったら天狗になればいい。どうせ、すぐに鼻をへし折られるだろうからね。そのくり返しの日々が修業時代であって、自分にとっての余計なモノがドンドン剥がれていくはず。そして、相手に預ける必要がある場面は預けることができる。


プライド潰されて、失敗を経験した役者・泉谷しげるが獲得したのは、「預ける力」ですね。もうオレのやり方はこうだ、とかゴネない。自分自身は白いキャンバスになって、演出する人に好きな絵を描いてもらう。つまり、相手にお任せ、預けてしまうわけ。これができるようになって気持ちがラクになったし、出演依頼も増えたよね。


役者の修業時代は長かったかなあ。最初に勘違いしちゃったから。出始めで「素晴らしい演技」なんて評価されて完全にテング状態。調子こいて自分のやり方で全部イケると思ったら、高い鼻をボキッと折られましたよ。「泉谷しげる」だけじゃ通じないと思い知らされた。失敗作もあったし、企画を持ち込んだって、ほとんど実現化しなかったもんな。面白いだろって提案しても、ほぼ通らない。最初は受け入れない相手を「バカだ、アイツは」と思ってたけどね。いま考えれば通らなくてよかったよ。


2人の娘たちに「勉強しろ」って言ったことはありませんね。勉強をするしないは、その子の選択肢の問題。ただ長女か高校に行きたいというから、中学の成績を見て「これで行けると思うか。馬鹿に出すカネはねえ」とは言った。人間は「やるな」と言われると、プライドを刺激される。まして娘にも子供同士の見栄があるわけよ。友達は進学するのに、自分は行けない喪失感、あえてそこをつつきました。「学校を出てなきゃいけないってのは、オマエ自身の問題だよ」と。そしたらガンガンやりだしたわけ。自分は馬鹿じゃないというプライドもあれば、友達にもカッコ悪い。結局、高校進学できてシメシメよ(笑)。こっちは「勉強しろ」とは、逆のことを言ったわけだから。


音楽活動を再開した、60歳あたりからかな。いろんな経験をして、たくさん失敗もして、精神的にも肉体的にも鍛え直して、自信がついた。もうね、ゆるがないんですよ。以前は成功とか失敗とか、ステージや曲の出来・不出来とか気にしてたんだけど、今は全然気にならない。たとえば、風邪を引いてステージをやったとしましょう。「鼻声だ」と言われても、「うるせぇコノヤロー! これが今日の調子なんだよ!」って、開き直ってるの(笑)。でもそうやって自信持って押し切っちゃうと、不思議とお客さんも盛り上がってくれる。今はライブがすごく楽しいですね。


俺の場合、デビューした頃はフォークブームだったから、地方に行って毎日歌って、移動中に曲書いて、2日間でレコードつくって、みたいな日々。忙しすぎて、音楽を嫌いになりそうでしたよ(笑)。乗り物が大の苦手で、移動も本当に苦痛だった。だから乗り物酔いなんかしない、強くて「暴君」な泉谷しげるになるために鍛えましたね、心身ともに。プロである以上、自分が楽しむのではなくスタッフやお客様に喜んでもらえることをしよう、という意識でやっていた。おかげで今は、乗り物も全然平気。あの頃に感謝だね(笑)。


こう言ったら非常に失礼なんだけど、俺の中で「俳優業は精神的にラク」だったのよ(笑)。もちろん撮影は大変だし、演技という表現は楽しいですよ。でも、監督も演出家も脚本家も共演者もいるでしょう? 自分1人で抱えることがほとんどない。だから本当に申し訳ないし、あくまで俺の場合なんだけど、俳優業だけでは自分がダメになると思ったの。対して、ミュージシャンは1人で抱えなきゃいけないことが多い。そこの違いですね。


曲をつくるのって、大変なんですよ(笑)。イチから何かを生み出すのは本当に大変。30年間もやってたら、できなくなって当たり前ですよ。それを、当時は「自分の才能が摩滅した」と思い込んでいた。表現は続けたいけど、もはやアイデアが枯渇した、と。これはものづくりに携わる人間なら誰でもぶち当たる壁だし、逆に、壁に当たらなかったらダメなんじゃないかな。で、そういう時に俺は、「思考に体力がないから、こういうことになるんだ」と考えるわけ。だから精神的にも肉体的にも鍛え直す。実際、具体的に筋トレとかもやってね。


ある程度有名になってくると、何かにつけてみんな周りの人がやってくれて、自分のことを自分でやらなくなるんですよ。そういう怠惰な状況が続くと、全てがダメになる。想像力もです。だからあの時期は、鍛え直しですね。音楽から離れて、自分自身を鍛え直して、表現のアイデア探しをする時期だったんだと思う。

【覚え書き|音楽活動をストップして俳優業に専念していた時期を振り返って】


飲み食いを他人に頼ったり、寂しい時に誰彼構わず電話しまくったり、人に依存するような気持ちが危ないと思いますね。まずは自分で行動している姿を見せて、子供たちが憧れてくれて、若いやつが自然についてくるのが理想。そして、若いやつに対して適度な距離を取ってあげる。俺が「ここから先は入ってくるんじゃねえ!」って、つっけんどんにするのはそういうこと。じゃないと、こっちを頼っちゃうでしょ? 支えたい思いはあっても代わることはできないから、つらいけど突き放す。1人で苦労してほしいし、しっかり自立してほしいからね。


俺たちの世代は、メチャクチャな情報の中で育ってますからね(笑)。「うさぎ跳びは体にいい」だの、「マラソンの時は水を飲むな」だの……。正しいかどうかっていうより、情報がそれしかないから必死でうさぎ跳びして、水飲まないで走ってさ。今思えば間違っていたことも、ちゃんとやり切ってた。すると今度は「こんなことができたんだから、俺は強いのかもしれない」と思っちゃうの。「ギターを弾いたら、スターになれるんじゃないか」とかね。もう、すごく単純。このバカさ加減というか、「無知の強さ」が、この世代のエネルギーなんだよね。


泉谷しげるの経歴・略歴

泉谷しげる、いずみや・しげる。日本のシンガーソングライター、俳優、タレント。東京都出身。高校中退後、ライヴアルバム『泉谷しげる登場』でデビュー。役者としても活躍。