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河野貴輝の名言

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河野貴輝のプロフィール

河野貴輝、かわの・たかてる。日本の経営者。「ティーケーピー(TKP)」社長。大分県出身。慶應義塾大学商学部卒業後、伊藤忠商事に入社。日本オンライン証券(のちのカブドットコム証券)立ち上げに参画。イーバンク銀行(のちの楽天銀行)執行役員営業本部長などを経てティーケーピーを設立。

河野貴輝の名言 一覧

情報を得るときには、こちらも差し上げる情報が無いとギブアンドテイクになりません。自己研鑽に努めて情報を出せる人間にならないと、情報は入ってきません。


海外でも国内でも、あまり同じ所には留まらないようにするというのが私のポリシーです。そうしていると、情報に敏感であれば勝手に感じるのです。いかに感じるかが私の情報と言えます。


会社の経営が傾くほどのリスクテイクはいけない。しかし、経常利益の範囲内であれば思い切って投資をすべき。


自ら思い付き、自分で法則をゼロから創り出すことに意味がある。


求めているのは、がむしゃらに突き進んでいく根性のある人。飢餓感がないと学ぼうとせず、成長できない。逆に飢餓感がある人は自ら勉強し、吸収しようとする。少し話せば分かるし、目つきに出る。


経営をする上で心掛けていることは、若さです。物理的な年齢ではなく、思考が新鮮かどうか。それと情熱を持って行動を起こせるかどうかが重要です。私は新しいことに挑戦しているときがワクワクし、夢を語って、何かを創り出すことに生き甲斐を感じます。


やみくもに新規事業を始めても成功確率は低い。「飛び地」は難しいので、コアビジネスの周辺事業から手を付ければ、1+1が3にもなる。


ファイティングポーズを取らなくなったら会社は終わってしまう。


血液が身体を巡るようにビジネスでいうと。当社が心臓部となってデトックス機能を持ち、うまくいかなくなった店舗や事業を再生するように静脈から動脈に戻す。そんな事業ができれば、より社会に貢献できると思う。


アメリカのニューヨークで事業を展開しています。アメリカで仕事をしたことで、日本の小ささ、自分のビジネスの小ささに気付かされた。


これまで様々なピンチがありましたが、逆にチャンスに変えていくという発想でやってきた。


目指すのはバリューを創造し続ける会社です。二番煎じではなく、一番煎じのオリジナルを追求し続けるからこそ、そこに価値がある。


近江商人の「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」のビジネスをやらないと会社は持続成長しないと信じて仕事をしてきました。


ベッドメーキングは大事なお客様との接点。ここがいい加減だと全てが終わる。コストを上げてでもリピーターになっていただくことが大事。


会社を大きくするためには武器が必要。「信用力、資金調達力、ブランド力」があれば会社は大きくなる。上場によって、それらの武器を持つことができると考えた。


10年前に経営理念と行動指針を策定しました。これらを毎週月曜日に全国の支店とテレビ会議中継でつなぎ、唱和して、何かあったらここに立ち戻るようにしています。


当社の事業はマニュアル化するのは難しい仕事なので、メンターとなるような先輩がしっかり指導する環境をつくる必要があります。また、これまでは営業本部長から部長、課長、リーダーと階層化されていた組織を見直し、層を一気に薄くして風通しの良い組織づくりを心がけています。


いち早く全国ネットワークを構築したことによって企業の様々な要望に応えることができるようになったのが当社の強みでしょう。


不要なしがらみにとらわれないよう起業した面もあるので、人付き合いも、とにかく一歩引くようにしています。あまりに親しい友人同士になってしまうと、断れなくなりますからね。


上海では一度事業を展開しようとしましたが、失敗して撤退しました。バブルで不動産価格がどんどん上がり、賃貸料金もうなぎ上りに。こういう場所では、不動産は所有していないといけない。バブルが起きている所は、本来「持たざる経営」をやってはいけない地域なのです。


情報は「どう感じるか」だと思います。私は、人からもらう情報には限界があると思っていて、正しいこともあれば、間違っていること、嵌められることすらある。人から聞いた情報を元に動くと、失敗することが多いので、あまり情報には振り回されないように心掛けています。


創業当時はITバブルの真っ只中でしたが、私はもっと実体のあるビジネスをしたいと思っていました。貸し会議室事業は会議室の椅子をどれだけ運んだかが会社の売上げに繋がる。そんな泥臭いビジネスに、流行りのITベンチャーより惹かれた。


伊藤忠という大企業にいながら、ベンチャーの楽しさ、醍醐味を肌で感じてしまった。例えばカブドットコム立ち上げの時は、現場に寝袋を持ち込んで寝泊りしていましたが、みんな生き生き働いていましたし、私もワクワクしました。お金だけでなく、「生きた事業」をしたいと思ったのがきっかけです。


近江にある博物館に行ったとき、「相場による投機」、「買い占めによる利益」、「政治家と癒着する利益」が、商人が得てはいけない「悪の利益」と書かれていた。


祖父の経営するスポーツ店には商品があまり置かれていませんでした。私が「なぜ、店に品物を置かないのか」と、祖父に聞いたところ、「在庫になるから」というんです。でも、カタログなら6割で仕入れて4割は利益になる。今でいう通信販売ですよ。40年前に、祖父は持たない経営を行っていた。


伊藤忠商事を辞めて、カブドットコム証券やイーバンク銀行の立ち上げに参画したのは、自分が事業に直接関わりたいと思ったからでした。ただ、立ち上げて、事業を進めるうちに政治的なものに翻弄されるようになってしまった。だったら、オーナーになってイチから事業を始めたい、そう思った。


リスクは最小限に抑えねばなりません。しかし、リスクを取らなければリターンはありませんので、リスクテイクする。私はリスク愛好家ですから(笑)。その際に大事なのは、致命傷を負わない、倒産しないということです。経常利益の範囲内でリスクを取っていれば、たとえ失敗してもそれはある意味でリスクではない。だから、利益が小さい段階ではリスクは少ししか取れませんが、利益が大きくなるとリスクも大きく取れるのです。


最初の就職先では順張り(正攻法)でのビジネスが多くありましたが、利益があまり出ない反面、失敗すると一度で損をしてしまいます。しかし、逆張りは皆が価値を気付いていない部分を取りに行けるので、勝率が高いと思っていました。ただ、普通の会社では期間収益を気にしなければなりませんから、なかなか逆張りでは持ちこたえられないのも事実です。


例えば結婚式場の宴会場は、土日は稼働しますが平日は空いているわけです。そこで平日だけ会議室で使用させてもらい、売り上げを折半していました。物件を借りる際にも、オーナーには、売り上げを折半する、もしくは少し割安に固定費を払うといった2つの選択肢から選んでもらうようにしていました。もちろん、この場所はいけると思ったところは固定費で、難しい場所は売り上げ折半で契約していたのは言うまでもありません。


我々だけでホテルの事業を行ってもバイイングパワーやブランドでは大手ホテルやホテルチェーンにかなわないわけです。どちらを真似したとしてもうまくいかないでしょう。それよりは、自分たちの強みである企業の研修ニーズを持っていて、13万席の会議室と6万社のお客様がいるわけですから、B2Bの世界の延長線上で、B2Cの顧客を求めて行く、それが我が社にとって最善の道だと信じています。


リーマンショックの時には、1か月で5億円のキャンセルが出まして、赤字が1億円も出てしまいました。相場よりも安く仕入れているつもりでしたが家賃相場が大きく崩れ、こちらの契約はむしろ相場より高くなっていました。家賃を下げるために粘り強く交渉してまわり、貸し会議室の販売料金を3割値引くことで乗り切りました。しかも、今まで使っていなかったお客様にも使っていただき、逆に売り上げを拡大することに成功したのです。


明確にやりたいことがあって独立したわけではなく、まずは、自分で本当の会社をつくりたいということだったんです。そこで、どのような仕事ができるかと考えた時に、これまで培ったITと金融の知識と経験がありましたので、光の当たっていない場所にネットを使ってうまく活用する、そういった思いを漠然と持っていました。そんな時、偶然1階にイタリアンレストランがあるため取り壊せないビルと出合い、「レストランが出て行くまでは2階、3階のスペースが使えるのでは」という逆転の発想が生まれ、立ち退くまでという条件で、安く借りることができました。場所は六本木。3階部分を工事現場の事務所として貸し、そのお金で家賃を支払い、2階部分を時間貸しの貸会議室として始めた。それが我が社のゼロからイチだった。


上場したばかりですが、よく聞かれる質問ですね(笑)。ただ、時価総額の規模を考えると、市場変更も念頭にはおいています。しかし、一部上場企業になることのメリットとデメリットは何か、そういったことを総合的に判断して決めたい。

【覚え書き|東証マザーズから東証一部への変更を考えているかと聞かれて】


地方には、せっかく温泉が出てもうまく集客ができていないホテルや旅館がたくさんあります。そうした施設を借り上げて、当社が運営するリゾート型宿泊研修施設「レクトーレ」として再生していけば、地方活性化にもつながります。


会議室を作りたくて作ったというよりも、空いているスペースがあったので、それを会議室にしたのが始まりです。そして、レンタルオフィスなど他の業態も含めた試行錯誤を繰り返しながら、最終的に貸会議室事業に行き着きました。お金が無かったので、勝負しようとは考えていませんでした。ただ、困っているところには必ずチャンスが転がっているものですから、空きビルや、取り壊しの決まっているビルを上手く活用すれば、ビジネスになるのではないかという単純な発想ですね。


周囲からは「ビジネスの成功には3本柱を立てなければいけない」とのアドバイスを受けていたので、貸会議室以外のビジネスも展開できないかと開業当初は模索していましたが、結局は貸会議室しか上手くいかない。だから、「きっとこれが天職なのだろう」と割り切って、他の2つの事業はきっぱり止め、貸会議室をトコトン伸ばしていくことにしました。


私たちはこれまで、大手の学習塾や予備校をTKPの貸会議室に変えてきました。次はどこを取りに行くかと考えた時、アマゾンエフェクトも取り沙汰されているように、家電量販店や百貨店に目を付けた。実際に広島の百貨店をTKPにしたところ、上手くいっており手応えがありました。大塚家具は新宿の三越百貨店があった場所に出店していますが、大きなショールームを減らしていきたいという意向がありましたので、そのスペースをTKPのイベントホールに変え、土日は催事場に転換。同じスペースながら、時間によって用途を変えるという発想がこの時に生まれました。


新築のビルは大体複合用途に使えるように建築されており、オフィスにも店舗にも飲食店にも出来ます。しかし、日本の古いビルは用途が分かれていて、これを変更するのは至難の業。取り壊して新築を建てた方がよほど良いのですが、私はそのタブーに挑戦し、商業ビルをオフィスにも使えないかと模索しています。アメリカやヨーロッパには、ビルを取り壊して建て直すなどという発想はまずありません。日本は地震大国ですが、耐震がしっかりしていて潰れるビルなど無いわけですから、良いビルは上手く残して、再生していくことに社会的意義があると思っています。


河野貴輝の経歴・略歴

河野貴輝、かわの・たかてる。日本の経営者。「ティーケーピー(TKP)」社長。大分県出身。慶應義塾大学商学部卒業後、伊藤忠商事に入社。日本オンライン証券(のちのカブドットコム証券)立ち上げに参画。イーバンク銀行(のちの楽天銀行)執行役員営業本部長などを経てティーケーピーを設立。