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池田亀三郎の名言

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池田亀三郎のプロフィール

池田亀三郎、いけだ・かめさぶろう。日本の経営者。三菱油化社長。山形県出身。東京帝国大学採鉱冶金科卒業後、三菱合資石炭部に入社、同社で相知炭鉱副長、大夕張炭鉱長、取締役技師長、常務を経て、三菱の子会社日本タール(のちに三菱化成)を設立し社長に就任。旭硝子、三菱マグネシウム工業などの社長を兼務。第二次世界大戦後の公職追放により退社。その後、三菱油化社長・会長。そのほか、石油化学工業協会会長、日本工業教育協会会長なども務めた

池田亀三郎の名言 一覧

三菱に入ったら、真っ先に「どんなところで働きたいか」と聞かれたから「できるだけ難しいところにやってもらいたい」と答えた。


父について私が生涯忘れられないことは、常に「人間はものごとに心配ばかりしていてはつまらん。しかし、工夫は多いにしろ」と言っていた言葉だ。名言だと思う。私はよく若いと言われるが、父の教えに従って、あまりくよくよと心配しないからだろう。


外地に人を送る場合、あまり古い人でも困るが、かといっていまの新しい人はとかく行きたがらない。そこで私はよく「みんな華僑になれ」と言っている。日本人も世界のどこへでも出て、そこに骨を埋める決心でやってもらいたい。とくに最近は国際的な系列化が叫ばれている。そういう情勢を考えれば、この際、技術工業移民として、一生その地で送るつもりで行ってもらいたい。


華商は東南アジアその他に広く活躍しているが、私も収益を得られる事業を、世界のあらゆる市場に持ちたいと思っている。相手は何も東南アジアだけに限らない。これからは視野を広くし、オーストラリア、ニュージーランド、アフリカ、中南米はもちろんのこと、先進国や共産圏諸国も含めて、各地の資源のあるところに工場を建て、技術移民をし、現地に骨をうずめるようにしなければならない。


日本において、開発可能な唯一の資源は「頭脳」である。この頭脳を科学的発展に向けて、世界的に活躍したい。その根源はもちろん理工科教育にある。私が工業教育協会に情熱を持った理由もそこにある。そうして培われた日本人の頭脳から、国民生活を豊かにしていきたい。国民の頭脳の結果によって生まれた新技術、新製品を企業化して国民生活を潤し、さらにこれを遠く海外にのばしていきたいというのが私の念願である。


日本は資源も資本も乏しくて、人口のみが多いから生活は豊かでない。それらの人たちの生活をどうして豊かにするかは、事業に携わる者の責任だ。


大学で理工系に進んだのは、元来私は無口なほうで、三高時代も沈黙主義で押し通したほどだし、また、工科をやって支那大陸で活躍したいという青年らしい夢があったからだ。


日本は資源が少ないので海外に求めなければならないが、それもただ資源を日本に持ってくるだけでは、いかな低開発国でもいい顔をするはずがない。つまりこっちから金や技術や人を持っていって、向こうで仕事をするのが本当だ。事実、こうした合弁会社形式のものが目立って多くなっている。


私はいまの若い人たちを尊敬し、愛し、また彼らに大いに期待を持っているが、また同時に彼らに望みたいことは期待にそうよう責任を持ってもらいたいということだ。やればやれる力を持ちながら、責任の点で足りないものがあるように感ずるが、どういうものだろうか。せっかく期待されたからには、責任をもって期待に応えてもらいたいものだ。幸い私の会社には、近頃珍しくいい人ばかり入ってきて、実によくやってくれるので心強い。


私はしばし呆然とし、次の瞬間、死を考えた。いっそ自分も立て坑に飛び込んでしまおう。その方がどんなに楽かもしれない。が、また次の瞬間、それでは責任者として卑怯者になると考えた。なによりもまず、遺族の方々に対する責任と、会社に対する責任を取らねばならない。そう思ったら勇気が出てきた。
【覚書き:福岡三菱新入炭坑に配属されたとき、大爆発事故が発生。責任者として事に当たる決意をした時を振り返っての言葉】


池田亀三郎の経歴・略歴

池田亀三郎、いけだ・かめさぶろう。日本の経営者。三菱油化社長。山形県出身。東京帝国大学採鉱冶金科卒業後、三菱合資石炭部に入社、同社で相知炭鉱副長、大夕張炭鉱長、取締役技師長、常務を経て、三菱の子会社日本タール(のちに三菱化成)を設立し社長に就任。旭硝子、三菱マグネシウム工業などの社長を兼務。第二次世界大戦後の公職追放により退社。その後、三菱油化社長・会長。そのほか、石油化学工業協会会長、日本工業教育協会会長なども務めた

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