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水田信二の名言

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水田信二のプロフィール

水田信二、みずた・しんじ。日本のお笑い芸人。愛媛県出身。神戸国際調理師専門学校卒業後、料理人修業を経て芸人に。川西賢志郎とお笑いコンビ「和牛」を結成。ABCお笑い新人グランプリ新人賞受賞、NHK上方漫才コンテスト優勝、M‐1グランプリ2年連続準優勝。

水田信二の名言 一覧

去年に準優勝したので「今年は優勝しかないだろう」って意気込んで。その結果、だいぶピリピリしちゃってましたね。二人でケラケラ笑いながら漫才を作ったほうが面白いのができるのに。

【覚え書き|M‐1グランプリ2年連続準優勝を振り返って】


「和牛」はコンビを組んで12年目になります。本人達も、おそらく近くで見てきた芸人さん達もみんな、和牛というコンビはゆっくりと一歩ずつ階段を登ってるという印象じゃないでしょうか。もちろん下りもありましたけど。


今後「和牛」に関わってくれる皆さん、「和牛」は褒めてチヤホヤして認めて持ち上げてそのまま持ち上げ続けといてほしいです。駄目な部分はね、自分で見つけますから。自分で駄目なとこ見つけるのは多分得意なんです。根がネガティブですから。「根がティブ」ですね。


M‐1グランプリはね、今のところ3回決勝に出させてもらってるんですけど3回とも結果出せてないんです。でもたくさんのお客さんや、絡んだこともないような大先輩や近くで見てくれてた芸人の皆さんの「褒め」によって結果に左によって結果に左右されない自信をほんの少しずつですけど持てるようになるんですよね。ありがたいです。


個人的には「屁理屈漫才」と言われるのは、喜び100%ではありませんでした。この呼び名、ちょっと引っかかるじゃないですか(笑)。僕は正論のつもりで言ってるのに。ただ、ホンマの正論やったら笑いは生まれないので、飲み込んで納得しましたけど。


僕の相方(川西賢志郎)への第一印象は、「なんかいい子そうやな」でした。何をやっても一生懸命で、「いいヤツやな」って。組んでから数年は、とにかく「漫才やろう」ってだけでしたね。良くも悪くもいろんなスタイルを試しました。


寝て夢を見るといつも何かから逃げてる夢でした。なぜか凶悪犯から追われたり、自分が囚人で脱獄を企てたり、狭い道でめちゃくちゃでかい鉄球が転がってきたり、シチュエーションは変われど毎回逃げてました。思い通りに行かない現実から抜け出したかったんでしょうね。今思えば自分の意志で芸人になった時点で思い通りの人生の入り口にはちゃんと立ててるんですけど、当時は「いつか辞めなあかんていう日が来るんかな? 俺いつか辞めるんかな?」なんて毎晩考えてました。まあ今も時々、いや、たまには考えちゃいますけど。それでも辞めなかったのは、「芸人みたいな楽しそうな仕事以外の仕事して生きていくのなんて今さら無理無理無理!! ヤダヤダヤダッ!!」っていうわがままが5割と、単に他の芸人へ負けを認めたくないという子供みたいなプライドが3割と、「俺の方が面白い……はず!!……たぶん!!……」という2割の自信を持ち続けたからです。この2割のうす~い自信がね、持ち続けるのキツいんです。ご褒美がないと。ご褒美とは「結果」もしくは強烈な「褒め」ですよね。


他のコンビがエスカレーターやエレベーターで登っていくのを何度も見ました。もう最初からヘリに乗ってる人もいましたよ。「え? ヘリポートどこにあったん? 俺階段しか無いって聞いたんやけど!? あ、自家用なんや……はぁ~、なるほどぉ」みたいな。色んな才能を持った人が集まってくる世界ですからね。他人を羨ましがる機会は何度もありましたが焦っても焦らなくても自信を持ってやれることはネタしかなかったのでひたすら作っては稽古の日々でした。もちろん数えきれないくらい焦ったり心が折れそうになったり劣等感や汚い感情にまみれまくりでしたが。


水田信二の経歴・略歴

水田信二、みずた・しんじ。日本のお笑い芸人。愛媛県出身。神戸国際調理師専門学校卒業後、料理人修業を経て芸人に。川西賢志郎とお笑いコンビ「和牛」を結成。ABCお笑い新人グランプリ新人賞受賞、NHK上方漫才コンテスト優勝、M‐1グランプリ2年連続準優勝。

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